ありふれぬ魔王が世界最強   作:合将鳥

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お久しぶりです、遅筆の合将鳥です。

本来は次の話と合わせて一つの話の予定だったのですが、あまりに間隔が空き過ぎた上に長くなるので、分割します。

オリジナル部分が多すぎるので、人を選ぶかもしれません。


ジョジョを見ながら書いたので、割とソウゴの口が悪いです。


第二十六話 変わる国

 

 

 ソウゴが訓練場を去っていった後、雫によって神水を飲まされた光輝はあっという間に全快した。

 

 気絶より目を覚ましたリリアーナの陣頭指揮によって、大混乱の只中にあった王宮も夜が明けぬ内に態勢が立て直され、負傷者の搬送や状況の調査が速やかに行われた。

 

 

 それによれば、恵里に傀儡兵化されていた兵士は五百人規模に上ったらしい。また、王都の近郊に幾つかの巨大な魔石を起点とした魔法陣が地中の浅い所に作られていた様で、それが魔人族軍の対軍用空間転移の秘密だった様だ。恐らく恵里が傀儡を使って作らせ手引きしたのだと思われる。

 

 そして国王を含む重鎮達は既に恵里の傀儡兵により殺害されており、現在【ハイリヒ王国】国王の座は空席になってしまっていた。

 

 

 何より一番混乱に拍車を掛けているのは、聖教教会からの音沙汰が無い事だ。

 

 王都が大変な事になっているというのに、戦時中も戦後も一切姿を見せない聖教教会に不安や不信感が広がっている様である。

 【神山】から教会関係が降りて来ないことを不審に思って、当然確かめに行こうとする者は多かった。

 

 しかし、それを事前に見越していたソウゴによってリリアーナが接近禁止令を出していた為、実際に登頂する者などいなかった。

 

 因みに直通のリフトは停止したままなので、未だ地道な登山しか総本山に辿り着く方法が無いからこそ有効な手段だと言える。

 

 

 尤も普通に作動していた場合、恐らくソウゴは破壊していただろう。

 

 そうして色々な事が判明しつつ、魔人族の襲撃と手痛い仲間の裏切りや死を招いた夜が明けた。

 

 

 恵里と仲が良かった鈴は言わずもがな、心身共に深い傷を負った光輝達はリリアーナ達の王都復興に力を貸しながらも、立ち直る為に療養しつつ、日が昇っても姿を見せないソウゴ達の事をチラチラと考えていた。

 

 前線組や愛ちゃん護衛隊のメンバーはソウゴの実力を知っていたつもりだが、それでも大軍を殲滅した"須佐能乎(スサノオ)"の様な圧倒的な力までは(見せてないのだから当たり前だが)知らず、改めて隔絶した力の差を感じて思うところが多々あった。

 

 

 光輝達ですらそうなのだから、居残り組にとっては衝撃的な出来事だった。

 帰還したメンバーからソウゴの生存や実力の事は聞いていたが、実際のソウゴの凄まじさは自分達の理解が億分の一にも達していなかった事を思い知ったのだ。

 誰も彼も、ソウゴの事や連れて行かれた香織、ソウゴの仲間の事が気になって仕方ないのである。

 

 

 

 そして、それが顕著なのが雫だ。

 

 やるべき事はしっかりやっているのだが、ふとした時に遠い目をして心ここにあらずといった様子になるのだ。香織の事を想っているのだろうという事は誰の目にも明らかで、香織が死んだところを目撃していたクラスメイト達はどう接すればいいのか分からずにいた。

 

 ソウゴと雫の会話から、何やら香織が戻ってくる様な事を言っていたが、死者蘇生など本当に出来るのか半信半疑どころか無理だとしか思えなかったので、安易な慰めも出来なかったのだ。

 

 

 よもや恵里の様に生きた人形にでもするのではないかと邪推し、その場合雫を更に傷つける事になるのは容易に想像が付く為、特に光輝などは露骨にソウゴ達を警戒していた。

 

 

 光輝自身、二度に渡って何も出来ずソウゴに救われたという事実に相当落ち込んでおり、自分とソウゴの差や香織を連れて行かれた事(光輝の中ではそういう認識)も相まって、ソウゴに対しては良い感情も持てていなかった。

 

 それが所謂"嫉妬"であるとは、光輝自身自覚がない。仮に気が付いたとしても、認める事は容易ではないだろう。

 

 認めて、その上で前に進めるか、やはりご都合解釈で目を逸らすか……光輝次第である。

 

 

 光輝も雫もそんな様子で明るいとは言えず、龍太郎は脳筋なので頼りにならない。

 

 こんな時、いつもなら鈴辺りがムードメイカーの本領を発揮してくれるのだが、当の本人は明らかにテンションが低く、時折見せる笑顔も痛々しいものだった。余程恵里に言われた事が堪えているらしい。

 長年親友だと思っていた相手が、実は自分を便利な道具程度にしか思っていなかったのだから、無理もない話だろう。

 

 リーダーを筆頭に主要メンバーに余裕が無い状況は、クラス全体の雰囲気を沈ませる要因の一つでもあった。

 

 

 檜山の裏切りと近藤の死に、いつも一緒だった中野や斎藤は引き籠りがちになっているし、居残り組は身内の裏切りにより疑心暗鬼が芽生えているらしく、以前に増して自室に籠る者が多くなった。

 

 

 恵里の妄執と狂気が生徒達に齎した傷は、想像以上に深かったのだ。

 

 

 それでも自暴自棄になったり深刻な程精神を病む者も無く、現実逃避的な意味が強いとはいえ王都復興に向けて動ける生徒達が多々いるのは、偏に愛子や優花達の存在あってだろう。

 

 

 愛子も香織の事は心配で出来れば何かしたいと思っていたが、ソウゴ達がどうにかすると言うのなら自分の出番はないと分かっていた。

 なので、傷ついている生徒達のケアを優先したのだ。持ち前の一生懸命さで生徒一人一人を鼓舞し、その心情を聞いて回った。

 

 元より信頼を寄せる教師なのだから、生徒達の救いになったのは間違いない。

 

 また優花達は元居残り組であるから、彼等の心情はよく分かった。愛ちゃん護衛隊の精神的ケアは、居残り組にとって確かな支えになっていた様だ。

 

 

 

 

 因みに少し話はズレるが、デビッド達愛子護衛隊の神殿騎士達は健在だったりする。

 

 デビッド達は神殿騎士の立場を利用して何度も愛子との面会を要求したり、それが叶わないとみるや独自に捜索する等して教会上層部を相当辟易させた為、地上待機の命令──基総本山への出入り禁止を喰らっていたところ、王都侵攻の明朝より姿を消していたのだが……どうやらその間、とある場所にて拘束・監禁されていたらしい。

 

 何故彼等が傀儡兵化や洗脳を免れたのかは分からない。

 

 ノイントが監禁中の愛子に何もしなかった事を考えると、後の"神の遊戯"に於いて駒として使うのにその方が都合が良かった、という理由も考えられるが、今となっては確かめる必要性は無い。

 

 そんな彼等も、今のところ現実逃避の為王都復興に精を出している。

 

 

 そんな訳で、誰もが半ば現実逃避で心の平穏を保っている中、ソウゴが破壊したものとは別の訓練場において、王国騎士団の再編成を行う為各隊の隊長職選抜試験が行われていた。

 

 因みに、暫定的な新騎士団長の名はクゼリー・レイル。女性の騎士でリリアーナの元近衛騎士隊長である。

 同じく暫定副団長の名はニート・コモルド。元騎士団三番隊の隊長である。

 

 

 選抜試験における模擬戦で、騎士達の相手を務めていた光輝が練兵場の端で汗を拭っていると……

 

「お疲れ様でした。光輝さん」

 

 そんな労いの言葉が響いた。

 光輝がそちらに視線を向けると、リリアーナが微笑みながらやって来るところだった。

「いや、これ位どうって事無いよ。……リリィの方こそ、昨日の今日で殆ど寝てないんじゃないか? ホントにお疲れ様だよ」

 光輝が苦笑いで返すとリリアーナもまた苦笑いを浮かべた。お互い、碌に眠っていないのだ。

 

 尤も、睡眠時間が削れている理由は、二人では全く違うのだが。

 

「今は寝ている暇なんてありませんからね。……大変ですが、やらねばならない事ばかりです。泣き言を言っても仕方ありません。お母様も分担して下さってますし、まだまだ大丈夫ですよ。……本当に辛いのは大切な人や財産を失った民なのですから……」

「それを言ったら、リリィだって……」

 

 光輝はリリアーナの言葉に、彼女もまた父親であるエリヒド国王を失っている事を指摘しようとしたが、言っても仕方の無い事だと口を噤んだ。

 リリアーナは光輝の気持ちを察してもう一度「大丈夫ですよ」と儚げに微笑むと、話題を転換した。

「雫の様子はどうですか?」

「……変わらないな。普段はいつも通りの雫だけど、気が付けばずっと上を見上げてるよ」

 そう言って光輝は、練兵場の中央でクゼリーと話をしている雫に視線を転じた。

 

 

 二人はリリアーナを通して友人関係にある事もあり、かなり親しげな様子で何やら編成の事で議論している様だ。

 しかし。ふと会話が途切れた時など、自然と視線が上──つまり【神山】の頂上付近に向いているのがよく分かる。

 

 

「彼等を……待っているのですね」

「そうだね。……正直、常磐……さんの事はあまり、信用できない。雫には会って欲しくないと思ってるんだけどね……」

 リリアーナは、少し驚いた様な表情で雫から光輝に視線を戻した。

光輝の表情は何とも複雑な色を宿しており、内心が言葉通りだけで無い事は明らかだった。嫉妬、猜疑、恐怖、自負、感謝、反感、焦燥その他にも様々な感情が入り混じって飽和している様な、表現し難い表情だった。

 

 リリアーナは光輝にかけるべき言葉を見つけられず、ソウゴ達がいるであろう【神山】の頂上を仰ぎ見た。

 

 空は快晴で、ほんの数時間前には滅亡の危機に晒されていたとは思えない程晴れ晴れとしている。

そんな空模様に何となく能天気さを感じて、少し恨めしい気持ちを抱いたリリアーナはジト目を空に向けた。

 

 

 

 

 

「……若者が揃いも揃って、随分と辛気臭い顔している」

 

 

 

 

 

 それ故に、突如かけられたその声はリリアーナ達を驚愕させた。

 

 

「「うわぁっ!!!??!?」」

 

 

 話しかけられたその声は、一度でも会えば忘れられない印象を残す男の声。

 

 

 

 声を掛けたのは、ソウゴだった。

 

 

「常磐さん!! いつの間に戻って……それより! 香織、香織はどうなったの!?」

 

 その瞬間。案の定と言うべきか当然と言うべきか、雫が光輝とリリアーナの間を割ってソウゴに突撃してくる。それに釣られる様に、先程まで話していたクゼリーや騎士達、愛子と優花達や居残り組も駆け寄って来る。

 ソウゴはそれを鬱陶し気に流しつつ答える。

 

「そう心配するな、ユエとティオに任せておけば大丈夫だろう。恐らく後四日もすれば顔を見せられる筈だ。……まぁ二人が仕損じる様なら私が蘇生させるが」

「そ、そうですか……。では、何故常磐さんは先に戻られたのですか?」

「決まっている。労働にはそれ相応の対価というものが発生するものだ、それを受け取りに来たのだよ。冒険者が依頼主から報酬を払われるのは当然だろう?」

 

 続く愛子の問いに返しながらソウゴは虫を払う様に手を振りつつ、集まった生徒達の波を割ってリリアーナに話しかける。

 

 

「それで、だ。……さてリリアーナ姫、いやリリアーナ。準備は出来ているか?」

「──っ! ……はい。今この場にいない騎士及び兵士、そして国民達には城下に集まる様に周知して御座います」

「ご苦労。早朝というのに民達が従うのは、貴様の人気の賜物だな」

「恐悦至極の至りです」

 

 

 ────────?

 

 

 二人のそのやり取りに、その場の全員が疑問符を浮かべると同時に、二人の纏う空気がガラリと変わったのを感じた。

 その疑問を口に出すより早く、二人の会話が進む。

 

「では、後は宣言のみか」

「左様で御座います」

「うむ。ならば行くとしよう」

「御意」

 

 短いやり取りと共に、ソウゴはリリアーナを伴って歩き始める。他の皆が呆然としている中、リリアーナに「皆さんもついてきて下さい」という言葉が告げられ、愛子と騎士兵士達以外が昨夜の一件が脳裏を過り、警戒心を抱きながら後を追って歩き始めた。

 

 

 

 そうして二人を追って辿り着いたのは、街の様子を一望出来るバルコニーの様な場所だった。その視界を埋めるのは、大人二人分程の高さの柵の外側でリリアーナの言葉に集まったハイリヒの民達。そして柵の内側には、今回の襲撃で亡くなった住民や、恵里の傀儡となった人々の遺体が敷き詰められていた。

 

 彼等はリリアーナの姿が見えるとザワザワと騒ぎ出すが、彼女が軽く手を翳すとそれを「静粛に」という意味と捉え静まり返る。

 

 

 そして全員が口を閉じた事を確認したリリアーナは、ソウゴを前に出す様に恭しく頭を垂れて三歩下がる。

 

 入れ替わる様に前に出たソウゴが宙に手を翳すと、空中の至る所にS・F作品宜しくディスプレイが浮かび上がる。

 その光景に優花や淳史辺りが内心「ホントに何でもありだなぁ……」と他人事の様に思っていると、そんな思考も吹き飛ぶ様な言葉がソウゴの口から飛び出る。

 

 

 

 

 

『【ハイリヒ王国】の、延いてはトータスに住む全ての民よ、ごきげんよう。突然だが名乗らせていただこう。私の名は常磐ソウゴ。勇者と共に喚ばれた異界人であり───今日この時を以てハイリヒ王国国王の座に就く者である』

 

 

 

 

 

 その宣言に、リリアーナ以外の全員が驚愕の喧騒に包まれた。

 

 当然、集まった国民達はザワザワと騒ぎ始める。クゼリー達も動揺し、光輝達はどういう事だと今にも掴みかかろうとするが、それはリリアーナに止められる。

 

 

 

 ソウゴは一瞬だけ光輝達に目を向け、直ぐに国民達に視線を戻し言葉を続けた。

 

 そこでソウゴが語ったのは、今まで攻略した五つの大迷宮で知った、反逆者と呼ばれた"解放者"達の歴史。

 

 

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

『───以上が、この世界で信じられてきた神・エヒトの真実である。それを聞いて私は思った、その様な邪神を信仰し崇拝する教会の信徒達と王の愚かさを放置すれば、遠くない内に多くの人々が混乱に陥るとな』

 

 

 そこで一度言葉を切り、ソウゴは手を翳して続ける。

 

 

『……約束しよう! 私は先の無能な愚王とは違う、確かな実力で以て諸君らを守ると! 神の様な不確かなものに縋る必要の無い、“人の為の統治”を! 神代は既に去った、今は人の世である。人間が自らの力で以て時代を切り開くのだ! "人の時代"なのだ!』

 

 

 

 ソウゴの力強い宣言は、突然の真実に戸惑う民衆達の耳に不思議な程確りと届いた。

 リリアーナの制止も無しにピタリと止んだ喧騒、それと共に再び集まる視線。

 

 

『私に永遠の恭順を示すならば、私は諸君等に我が権能の恩恵を与えよう。この様にな』

 

 

 そう言った直後、ソウゴはその顔を天に翳した自分の手に向ける。

 

 その瞬間、ソウゴの掌から緑と金の二つの光が波の様に放たれ王国全体を包んでいく。

 すると空中に大小様々な時計が幾つも出現し、その針は遡る様に逆回転する。

 

 

 途端、街中に転がった瓦礫が独りでに動き出し、元あった場所に戻り建造物を形成していく。

 聴衆達の驚愕を置き去りに、その体に刻まれていた傷が塞がっていく。

 

 そして柵の内側の遺体、恵里によって傀儡になっていた騎士・兵士が息を吹き返していく。

 

 

 

 その光景に、愛子や光輝達は驚愕に包まれる。

 ソウゴの底知れなさを理解していた愛子や優花達ですら開いた口が塞がらず、平静を保っていたのは事前に聞かされていたリリアーナのみ。

 

 

 まして、その神の領域すらも超えたと思わずにはいられない光景を見た国民達は……

 

 

 

 一瞬の沈黙の後、大歓声を挙げた。

 

 

 

「新国王陛下、万歳!」

「常磐ソウゴ様、万歳っ!」

「ハイリヒ王国万歳!」

「ハイリヒ王国に幸あれ!」

「ハイリヒ王国に、栄光あれ!」

「貴方に忠誠を誓いますっ!!」

 

 

『我らが新しき王、常磐ソウゴ陛下に栄光あれ! 万歳!! 万歳!! 万歳!!』

 

 

 

 広場は嵐の様に、ソウゴを称える声が湧き上がる。それはリリアーナや光輝達の後ろに控えていたクゼリー達や兵士達も同様で、一様に熱に浮かされた様にソウゴを称える。

 

 その様に困惑する光輝達を他所に、ソウゴは歓声を制して尚も続ける。

 

 

『我が新たな民達よ。諸君等の忠誠、感謝する。……ところで諸君。私は、今回の様な痛ましい悲劇が二度と起きない様に、その原因を排除するべきだと考えている。違うかね?』

 

 するとソウゴは話題を変える様にそんな事を言い出し、国民達に問い掛ける。

 対する国民達は、ソウゴの言葉の意味を探るよりも『ソウゴの言葉は絶対的に正しい』とでも言うかの様に、次々に首を縦に振る。

 

 それを確認したソウゴは、自身も国民達に頷きを一つ返して続ける。

 

 

『ならば、だ。早速だが諸君、私はこれより二つの策を行う』

 

 

 そう言うとソウゴは、二本指を立てて声を張り上げ宣言した。

 

 

 

『先ず一つ! 明日この広場にて、今回の襲撃事件を企てた主犯格三名を公開処刑とする!』

 

 

 その宣言に、国民達はまたも歓声を。生徒達は驚愕の声を上げる。

 

 

 

「常磐さんっ!! どういう事──」

「そうだ、公開処刑って一体──」

「主犯格って、まさか──」

 

 ソウゴの口から出た公開処刑という言葉。その意味が理解出来ない程幼い訳でも無く、当然ながら愛子、光輝、雫が口々に訴えながらソウゴに近づこうとして……

 

 

 

 

 ──突如現れた四つの人影に止められた。

 

 

 

 

『なっ───ッ!?』

 

 気配も無く、突然自分達の間に割り込んだ四人に、光輝達は目を見開く。特に光輝と雫は、いつの間にか首筋に抜き身の剣を当てられ、少しでも身動きすればその首が跳びかねない程まで間合いに入られている。

 

「貴方達は、一体──」

「いけませんよ。我等が王の行いを邪魔立てては」

 

 

 質問をしようとした雫に、その首に日本刀を当てる少女──雫達と同年代位の白髪の少女が告げる。

 

 目を伏せているが、その眼力は確実に雫達の一挙手一投足を逃すまいとしているのが気配で分かる。

 

 

 その言から、彼女も他の三人もソウゴの配下だろうという事だけは予想がつく。その裏付けかの様に、ソウゴは突如現れた四人に対して見向きもしない。

 

 

 リリアーナが視線だけで四人が何者かソウゴに問い掛ければ、ソウゴが四人にチラッと視線を向ける。

 それだけで「自己紹介しておけ」と汲み取ったのか、光輝の首に剣を当てていた小麦色の髪の少女から口を開いた。

 

「オーマジオウ陛下に仕えし神闘士(ゴッドウォーリアー)が一人、ウルのレナ」

「同じく、ロキのマイ」

「同じく、ルングの雷禅」

「同じく、ミッドガルドの趙雲」

 

 

 レナに続き、愛子に立ち塞がる様に立っていた青いポニーテールの少女と灰髪の大男、雫に警告した少女が名乗り終えると同時、ソウゴは空中投影されていた映像に顔写真を三人分映しながら言葉を続ける。

 

 

 

 その三人とは──イシュタル、恵里、檜山の三人だった。

 

 

『此度の一件の元凶は、この三人である。その罪状は、これより告げる以下の通りである』

 

 

 ソウゴの言葉に、聴衆は興味津々とばかりに耳を傾ける。

 

 

 

『聖教教会教皇、イシュタル・ランゴバルト。この者は国に仕える聖職者のトップでありながら、敵方の扇動者に唆され王国に混乱を齎した。よって死罪とする!』

 

 

 同時、国民からソウゴを称える声とイシュタルへの罵倒が噴き上がる。光輝や神殿騎士達は教皇が元凶の一因だった事に目を見開いており、教会に不信感を抱き始めていた雫や愛子、優花達等はどこか納得した表情を見せていた。

 

 

『そして勇者と共に召喚された者でありながら、己の欲望の為に仲間を裏切り魔人族を手引きした裏切り者、中村恵里! 及びその口車に乗せられ多くの者を手にかけた檜山大介! その罪は余りに重く、両名共に生かす事は不可能。よってこの二人も死罪である!』

 

 

 そして勇者パーティのメンバーであった恵里と檜山が裏切っていたと知り、当事者達以外からは驚愕のどよめきが広がる。

 

 

『民達よ、諸君等の不安は分かる。勇者一行から背信者が出た以上、また裏切り者が出るのではないかと心配しているのだろう?』

 

 ソウゴの問いかけに、国民達は声に出さないながらも心中で頷いていた。

 

 

 自分達より圧倒的な力を持ち、何より絶対的な味方だと思っていた召喚組から裏切り者が出た。

 

 その事実は、彼等がほんの僅かでも疑念を抱くには充分過ぎるのだ。

 

 ましてや、その勇者本人が自分達に刃を向けたらと想像すれば……

 

 

 

 

 

 ──しかし、国民がそんな疑念を抱く事もソウゴの思い描いたシナリオ通り。

 

 

 

 

 

 

 

『だが安心するがいい! 我等の勇者はそんな皆の不安を払拭すべく、自ら汚れ役を引き受けてくれるらしい! 決別と決意の表明として、罪人達の介錯役をすると申し出た!』

 

 

 

 

「なっ──!?」

 

 ソウゴがそう宣言した瞬間、当然ながら光輝が驚愕と反感を抱き掴みかかろうとして……レナによって組み敷かれる。

 

「陛下の邪魔しちゃダメですよ?」

 

 無論雫達も瞠目するが、自身を足止めしている趙雲達との実力差を本能で感じ取り踏み止まる。

 

 ソウゴが今言った事は、要するに光輝に死刑執行という名の"殺人"をさせようという事なのだから、その反応は予想出来ただろう。

 ソウゴはさも事前に相談して決めた風に語っていたが、実際の所相談はおろか王都に戻ってから一言も話してすらいない。リリアーナの依頼を受けた時に思いついた、ソウゴの独断だ。

 

 

 

 

『次に。私に忠誠を誓わず未だ聖教教会に与する者、及び邪神エヒトを信仰する者についてだが……』

 

 

 

 ソウゴはそう言うと掌に光球を出現させ、天に向けて飛ばす。光球は幾つもの破壊光線へと形を変え、目視出来る範囲から映像越しの遥か向こうまで様々な村や町、都市に降り注いだ。

 

 その光景は、この場にいながら僅かにソウゴへ不信感を抱いていた聴衆の心をへし折るには充分だった。

 

 

 

『その様な輩は国に背く者と看做し、世界規模で指名手配とする! 無論、諸君等に得の無い話では無い。生死を問わず、捕らえた者及び捕縛に協力した者達には……』

 

 

 

 

 

『──一人に付き、一億の褒賞を出そう!』

 

 

 

 

 ソウゴの容赦も躊躇も無い突然の虐殺に息を呑み、一部の者達は泣き崩れたが次の瞬間にはソウゴの“一億の褒美金”という言葉に沸き立ち、その全員が歓声を挙げて狂喜乱舞した。

 

 

 それだけ告げたソウゴはリリアーナ達を引き連れて踵を返し、後には興奮で騒ぐ国民達だけが残された。

 

「おい! さっきのは一体どういう事だ!? 俺は一言も聞いてな───ぐはッ!?」

「どうやら貴方、学習能力が無い様ですね」

「やめろ子龍、下がっていろ」

 

 ソウゴは光輝を床に叩き伏せた趙雲を窘めながら、自分の物となったハイリヒの玉座に座る。そのまま流れる様な動きで足を組んで頬杖をつけばそのままリリアーナが玉座の隣に侍り、牽制を止めた四人も後ろで直立不動の姿勢になる。

 それを確認したソウゴは、立ち上がろうとする光輝に視線を向ける。

 

「さて、先程の質問だが……何故私が逐一貴様に説明する必要がある? 貴様の了承など得る必要も無い。これは既に決定事項だ」

 

 ソウゴはにべもなくそう言い切り、つまらなそうに目を伏せる。

 

「だからって、俺達が従う訳──」

「光輝、少し黙ってて。私達が話すから」

「天之川君、少しだけ先生に話させて下さい」

 

 それでも尚言い募ろうとする光輝だったが、そこへ雫と愛子がストップをかける。気勢を削がれる光輝だったが、雫や愛子なら冷静に反論してくれるかと思い引き下がる。

 ソウゴは二人が前に出るのを見て、光輝よりは建設的に話が出来るだろうと耳を傾ける事にする。

 

 

「常磐さん。今までこの世界に興味が無さそうだったのに、どうしていきなり国王に?」

「さっきリリィと話していた、"依頼"や"報酬"っていうのが関係しているのかしら?」

 ソウゴの想像通り、二人は光輝の様にただ反対をぶつけるのではなく、事の次第と経緯を聞きたがった。

 それで少し気を良くしたソウゴは説明を始める。

「愛子には救出の際に話したが、私がここに来たのはリリアーナに頼まれたからでな」

「リリィが?」

「態々鼠の様に裏道を使ってコソコソと城を脱出してな。自力で商団まで雇って探しに来たぞ」

「なんて無茶を……」

 ソウゴのカミングアウトに、雫は驚きと呆れの視線をリリアーナに向ける。それに対しリリアーナは素知らぬ顔で口笛を吹くフリで誤魔化す。

「まぁそんな訳でだ、私はそれを“依頼として”受けた。報酬としてこの国の国王の座を条件にな」

 その言葉を受けて雫や光輝達は無茶苦茶だと思う一方で、愛子や優花等はその行動にこれまでに見た"ソウゴらしさ"の様なものを感じた。

「えっと……常磐さんが来てくれた理由は分かったのだけれど、まだ国王になった理由が分からないわ。答えてくれない?」

 雫の指摘に、そういえば自分の質問の答えを得てなかったと愛子は思い返す。それはソウゴも分かっていたのか、特に隠す事も無くそのまま続ける。

「私がハイリヒの王座に就いた理由は、大まかに分ければ二つだ」

 そう言ってソウゴは二本指を立てて説明する。

 

 

「一つ目に、この世界で動くに当たってそろそろ権力を持つ立場が必要な状況になった。ここまでの旅で、それなりに賛同者や庇護下にある者が増えてな。守る物が多くなれば、それに応じた立場という物が必要になってくる」

 

 "何かを守る為に、相応の権力や地位が必要になる"という考えは、リリアーナや愛子、雫も理解が出来るものだった。

 

 愛子も不慣れな地で生徒達を守る為に、自分の才能を人質に"豊穣の女神"という名声を得て、王国の圧力から生徒達を守ってきたのだ。

 

 

「そして二つ目だが」

 

 愛子が心中でそんな共感を覚えていると、ソウゴが自分達を指しながら話している事に気づいた。

 

「一応ではあるが、貴様等を安心させてやってもいいかと思ってな」

 

 その答えは、実に意外なものだった。

 

 

 

「どういう事だ? 俺達を安心させる為って……」

 真っ先に反応したのは光輝だった。目の敵にしているソウゴに気遣われたとあっては、光輝としては無視出来るものではないだろう。

 その理由はリリアーナも初耳ではあったが、直ぐに何となくではあるがヒントの様なものが頭を過る。

 

「もしかして、異端者認定の一件でしょうか?」

 

 その言葉を聞いて、雫や愛子も遅ればせながら思い至る。

 その一方で、それ以外の者達はソウゴが異端者認定を受けていた事が初耳だったので、一様に驚愕の表情を浮かべていたが。

 

「その通りだ。私も遅かれ早かれ認定されていただろうとは思っていたのだがな」

 ソウゴはリリアーナの言葉を肯定しつつ愛子達に向けていた指を再び立て、今度は問い掛ける様な声音で口を開く。

 

「それで、だ。そのまま事が進行していた場合、異端者認定を受けた者には討伐隊を編成されるのが常らしい。……そこで問題だ。この場合、私に差し向けられるのは誰になると思う?」

「……私達、ですよね?」

「だろうな。現状王国側で最高戦力である勇者達が、私の相手をする事になっただろう。そしてそうなった場合……」

 

 

「……確実に、天之川君達は死にます」

 

 

 ソウゴの言葉の続きを告げたのは愛子だった。その声には、どこか確信の様なものを帯びている。

 

「そんなっ!? 俺達が負ける訳が──」

 

 光輝は自分達の敗北が確定しているかの様な愛子の言い草に、即座に反論しようとする。だが……

 

 

 

「残念だけど光輝、私達はどうあがいても常磐さんには勝てないわ。それどころか、どれだけ手加減されても死ぬ。それが事実なのよ」

「ごめん、天之川君。悪いけど愛ちゃん先生の言う通りよ。常磐は私達全員で挑んでも、傷一つ付けられないわ」

「わりぃ、光輝。俺も勝てる気がしねぇんだわ。なんつぅんだ、こう……直感ていうか、本能っていうか……とにかく、"戦ったら死ぬ"ってのが分かるんだ」

「天之川、俺と重吾も同じ意見だわ。信じらんないかも知れねぇけど常磐ってさ、俺の事全く見落とさないんだ。だからいざ敵対したらって考えたら、逃げられる気がしないんだ」

「そんな、皆まで……!」

 

 

 

 雫、優花、龍太郎、遠藤に次々に否定され愕然とする光輝。ソウゴはそんな光輝を視界に収めつつ、視線は雫達に向けたまま口を開く。

「まぁその通りだな。その時の気分にもよるだろうが、少なくとも勇者は確実に潰しただろう。そうでなくとも、私の気分や思いつき次第で城に残っていた者達も始末していたかもな?」

 ソウゴのその言葉に、城に滞在していた居残り組や騎士達も反応する。

 

 

 たかだか一個人の気分や思いつきだけで殺されるなど冗談にも程があるが、ソウゴの言葉は冗談に聞こえない実力に裏打ちされている事を昨夜の内に嫌という程目の当たりにした為、唯々背筋が凍るばかりだ。

 

 

「……とまぁこの様に、大人しく怯えて過ごさせるのも邪魔にならずに済むとも思ったのだがな」

 ソウゴは身を竦める居残り組達を見ながら可笑しそうに目を伏せる。

「貴様等に恩を売る折角にして絶好の機会なんでな、チャンスは活かさねばな」

「恩?」

 "恩を売る"という言葉に疑問符を浮かべる愛子に、ソウゴは答えた。

 

 

「いいか? 貴様等はこの【ハイリヒ王国】に召喚された。つまり"この国の客人"であり、"国王の私兵"という事だ。ならば私が国王になった今、貴様等は私の指揮下に入る。何より"私の客人"でもあるという事だ。そうなれば、少なくとも私の機嫌一つで殺すという勝手は出来ん。どうだ、貴様等に損は無いだろう?」

 ソウゴがそう説明した途端、光輝以外の面々が一筋の光明を得た様な表情を浮かべる。特に居残り組や愛子等は嬉しさが前面に出ている。

 

 雫も同様に安堵を浮かべていたが、ふともう一つの問題を思い出して表情を改める。

 

「そ、それより! 常磐さん、国王になった理由は分かりましたけどもう一つ……光輝に恵里達を、その……し、処刑させるっていうのは?」

 

 雫のその質問に、皆冷や水を掛けられた様に我を取り戻す。

 

「そ、そうだ! 俺が処刑なんて……人殺しなんてするものか!」

「わ、私からも! もう一度恵里と話したい、お願い……じゃなくて、お願いしますっ!!」

「常磐さん、私からもお願いします。中村さんも檜山君も、もう一度チャンスを与えてくれませんか?」

 

 光輝の反抗と鈴、愛子の懇願に対して、ソウゴはにべもなくバッサリ切り捨てる。

 

「駄目だな。処刑は既に決定し、リリアーナに手筈も進めさせている。そもそも荒療治の一環として、罪人の死刑執行をさせるという提案をメルドに打診していた。人を殺せん様では戦士として話にならんからな。……これでも私としては、最大限の温情且つ譲歩なのだがな。私にも貴様等にもメリットがある話でもある」

「温情? 譲歩? メリット? 一体どういう事ですか?」

 メルドが行方不明になる前から処刑人の話が上がっていた事に驚きつつ、ソウゴの言うメリットの意味が理解出来ない他の者を代表して愛子がソウゴに質問する。

 

 

「普段ならば、処断した後に過去を書き換えて存在を無かった事にする。一族郎党の末端に至るまでな。そうしてあらゆる記憶・記録からその血の痕跡を消し去る」

 前時代的だがな、と自嘲する様に嘯くソウゴ。その様は「笑うところだぞ」と言っている様だが、周囲からすれば全く以て笑い事ではない。

 

 

「そ、そんな……なんて事……嘘でしょ?」

 

 優花が無意識の様に首を振りながら否定を溢すが、ソウゴはそんな優花の希望を切って捨てる。

「私が時間に干渉出来るのは、先程見せた通りだろう? それを今回は貴様等に免じて記憶処理をせずに"今迄生きていた事"を、"確かに死んだ"という事を覚えさせておいてやろうと言っているのだがな。……畑山愛子、貴様も嫌だろう? 確かに存在した筈の生徒達の事を忘れ、最初から存在しなかった様に過ごすのは」

 ソウゴにそう問いかけられ、愛子はビクッと肩を揺らす。それと同時に愛子は、正確には愛子と優花達は理解した。

 

 

 【ウルの町】の一件で骨すら残さず消されてしまった清水の事を、自分達は未だに忘れずに覚えている。その事自体が既に、ソウゴの温情であるのだと。

 

 

 

「……それで、メリットというのは?」

 震える様な声になりつつ、雫が問う。

「先ず貴様等へのメリットだが、先に述べた様に貴様等に殺しの耐性を付けさせる事が一つ。次に、民衆の疑念と不安を払拭出来る。現状では、貴様等を王都から追い出そうとする者達が出てもおかしくないぞ? そして、勇者自らが裏切り者を罰する事で "強い先導者"として印象付けられる」

 ソウゴは光輝達側の利点を三つ程挙げ、続けて自分にとっての利点を説明する。

「それで私側のメリットだが、明確な人間側の指導者であるとして民衆の支持を確かなものに出来、それによって王国の隅々まで私の手が届く。そうなれば、貴様等も今より過ごしやすくなるかもな?」

 ソウゴは冗談めかして言葉を切る。

 

 今のところ、互いのメリットは3:3。正確には4:2で、光輝達の方が利がある様に見える。

 

 

 ──無論、光輝が引き受けた場合だが。

 

 

「──もし、断ったら?」

 勿論その事に気づかない雫ではない。光輝と違い、世の中何事もプラスの面だけではないと知っている雫は即座に問い質す。

 それに対しソウゴは困った様な笑みを浮かべる。

「そうだな、もし断られたら……私と貴様等の間に消えない溝が出来るな。それは明確なデメリットと言える」

「具体的には?」

 

 

 雫が訊いた途端、ソウゴは笑みを消して目を伏せる。

 

 

 ソウゴは徐に立ち上がり、一歩、また一歩とゆっくり雫達に近づく。

 近づきながら、独白する様に語る。

 

「畑山愛子、八重樫雫。……否、召喚された勇者一同よ。貴様等が必死に力を付けるのは、偏に元居た世界に帰りたいからだろう?」

「……は、はい」

 ソウゴの放つその独特の迫力──"覇気"や"威圧"系技能とは違う、謂わば"色の無い圧力"とでも呼ぶべきソレは、今まで纏っていた弛緩した雰囲気を一瞬にして消し飛ばす。

 その圧に当てられながらも、この中では一番慣れていると言うべき愛子が肯定すれば、ソウゴは足を止める。

 

「……少々頓智臭い事を言う様だが、"帰る"という行為は"帰る場所"があってこそだ。ならば──」

 

 そう言って見開いたソウゴの瞳は"万華鏡写輪眼"に変化していた。

 

 

 "神威"が発動され、その渦の中から手足を縛られた七人の男女が放り出される。

 

 突如七人もの人間が瞳の中から飛び出してきた事に驚く一同だが、愛子だけはその七人に見覚えがあった。

 

 

 彼等は、今正に議題となっている檜山の両親と恵里の母親、そして【ウルの町】で焼死した清水の家族だ。全員気絶している様で、起きる気配も無く規則正しい寝息のみが聞こえる。

 それを認識した瞬間……

 

 

 

「っ! やめ────」

 

 

 

 

 

 

 ──愛子の叫びが終わるより速く、ソウゴが七人の首を刎ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『キャアアアァァァァッ!!?!!?!??』

 

 

 

 途端、玉座の間が悲鳴に包まれる。床に転がる胴体から、先程まで巡っていたであろう鮮血が零れ出る。

 

 その凄惨な光景と絶叫を生み出した本人であるソウゴは、まるで日常風景を見るかの様な視線と周囲の声が煩わしいと言いたげな表情で告げる。

 

 

「たとえ"帰る力"を得ようと、この様に"帰る場所"が無くなれば意味がなかろう?」

 

 

 そう言ったソウゴの顔は、先程の渋面から一変愉快気な表情を浮かべながら問い掛けた。

 

 

 

 否、それは問い掛けというには些か以上に強烈な衝撃を与え、その裏の悍ましい真意を鈍い光輝や龍太郎にすら理解させた。

 

 

 『処刑を断れば、家族を殺す』と。

 

 

 それを裏付ける様に、ソウゴは付け加える。

「畑山教諭から聞いているかもしれんが、私は世界を自由に行き来出来る。貴様等が必死に自分の世界に戻ろうと汗を掻いている間に、その目的を奪う事など容易いのだ」

 出来ればそんな事はしたくないがな、と続けながら再度“神威”を発動すれば、その渦から出てきたのは光輝、雫、龍太郎、鈴等の主要メンバーから居残り組、果ては愛子の両親まで一様に縛られ気を失った状態で現れる。

 

 

「さて、ここまですれば伝わったとは思うが敢えて言っておこう。『もし処刑を断るなら、貴様等の家族を殺す』。選ぶがいい。矜持を捨てるか、家族を捨てるか。二つに一つだ」

 

 

 

 

 

 ソウゴの問いかけに、他の誰かが答えるよりも速く動いたのは光輝だった。

 

 

「貴様ァァァァァァァァッッ!!!!!!!!!」

 

 

 今まで見た事の無い様な憤怒の表情を浮かべ、それどころか“限界突破・覇潰”を発動して聖剣を構えソウゴに斬りかかる。

 その頭には、自分の行動によって自分を含めた生徒達本人や家族の命がもっと危険に晒される可能性は一切無い。唯々感情任せの攻撃だった。雫達が制止する暇も無いし、聞く耳も無い。

 

「そう来るだろうと思ったよ貴様は」

 

 それを呆れた視線で眺めながら、ソウゴは光輝の一撃──“覇潰”発動状態で放たれる詠唱省略版簡易"神威"──を、特に防御姿勢を取るでもなく自然体のまま受けた。

 その衝撃と閃光に、レナ達四人以外が顔を伏せる。突如嵐の如き突風と閃光弾の如き輝きを目の当たりにすればさもありなんと言えるだろう。

 

 

「光輝ッ! 常磐さんッ!」

 

 

 雫の絶叫が響く中、果たしてその爆心地では──

 

 

 

「俺達の家族に手を出──「だから餓鬼なのだ貴様は」…………は?」

 

 

 

 あまりの驚愕に恐怖すら通り越して、キョトンとして顔になった光輝の視線の先には。

 

 

 

 

 ──身動ぎ一つしていない、無傷のソウゴがいた。

 

 

 

 

 光輝の攻撃は、今までで一番の威力と言える一撃。チート中のチートと言える破格のスペックに、"限界突破"の最終形"覇潰"の発動、魔力暴走とも言える一時的な攻撃力の上昇。それらを上乗せして放たれる、光輝の切り札"神威"。

 それに対しソウゴは、"鉄塊"や"武装色"、"金剛通"や"静血装"等の防御系の技能も魔力も異能も一切使っていない、完全なる素の肉体で無防備に受け止めるだけ。

 

 

 

「そんな、何で……」

「貴様、今の一撃に人質が巻き込まれる可能性は考えなかったのか? 私が貴様等の家族を盾にする可能性を考えなかったのか?」

 ソウゴの呆れながらの問いに、光輝は答えないどころか自身最大の攻撃が通じなかった事に呆然とする。

「……抑々頭に無かった様だな。周囲の者達の苦労が目に浮かぶ」

「がふッ!?」

 溜息を吐きながら手を翳せば、光輝の体が木の葉の様に宙を吹き飛ぶ。聖剣は氷の様に罅割れ、鎧は土塊の様に砕け散る。

 その体は愛子達を通り過ぎて、扉のすぐ近くの壁に激突する。

 

「「ッ! 光輝!!」」

 

 凄まじい破砕音が響き、正気に戻った幼馴染二人が名を呼びながら駆け寄る。

「死なん様に手加減はした。精々肋骨が数本折れた程度だろう、三流治癒士でも治せる」

 ソウゴが適当に告げた“三流治癒士”という言葉に、自分が言われている気がしてビクッと肩を揺らす"治癒師"の綾子。

 しかしそんな彼女を気に留める事も無く、ソウゴは視線を光輝に向けたまま続ける。

 

「それはそれとして、これは私に刃を向けたペナルティだ」

 

 言うが早いか、突然ソウゴは手にした逢魔剣を自身の首筋に当て、何の躊躇いも無く引き斬った。

 

 

 次の瞬間、縛られていた生徒達の家族達、その内二人の首から噴水の様に血が噴き出た。続け様に起こるスプラッタな光景に、愛子は更に血の気が引きながらも状況を確認する。

 

 

 どうやら血を噴き出しているのは、昨夜恵里によって殺害された近藤礼一の両親のようだ。

 一方、自ら首を斬った筈のソウゴの首筋には一切傷跡など無い。そして奇妙な事に、その体からは首の外れかかった藁人形が二体、生え落ちていた。

 

 

「さて。今見せた通り、私を攻撃すれば貴様等の家族の誰かが死ぬ事になるのだが……どうするかね?」

「…………一つだけ、質問していいかしら?」

「述べてみよ」

 

 

 恐る恐るといった様子で挙手する雫を、ソウゴは玉座に戻って促す。

 

「もし最後まで光輝が断った場合、具体的にどうするつもり?」

「そうさなぁ……前述の通り人質達は全員処分するとして、その上で城に残っていた連中も処理するだろうな。そうした後、こちらで体を操作して強制的に処刑人を務めさせようか。……無論、"断れば"の話だが」

 

 

 ソウゴの言葉を受け、光輝は両膝を着き首を垂れた。雫達は片膝を着き、首を下ろした。

 

「……分かりました。国王陛下のご配慮、感謝致します」

「賢明な判断だ」

 

 

 その日。彼等彼女等は、真の意味で権力者を相手にするという意味を思い知らされた。

 

 

 

 

 その翌日の事。聴衆の蔑視と罵倒に包まれながら、イシュタル、檜山、恵里の三人は処刑された。

 

 

 イシュタルは最期までエヒトへの忠誠を叫び続け、ソウゴへの憎悪の表情のままその首が舞った。

 

 檜山はソウゴへの罵詈雑言と呪詛を吐き続けたが、自身の両親の首を見せられた途端面白い位顔色を変え、絶望しながら死んだ。

 

 そして恵里は……全てを諦め切った様な、処刑される罪人とは思えない程清々とした表情をしていた。

 

 

 その数時間後、カッシーンや冥闘士(スペクター)と呼ばれるソウゴの私兵と冒険者達によって、ソウゴがノイントとの戦闘の際に焼き殺した司教達やイシュタルの血族が末端に至るまで捕縛・処刑され、主犯格三名を含めた全員が晒し首となった。

 

 

 

 尚、残った死体は「後で再利用するかもしれない」という事で、ソウゴの部下──ガンマ星フェグダのエスデスと名乗った女性──が回収していった。

 

 

 

 

 それからユエ達が戻って来るまで、様々な変化があった。

 

 

 一つ。王国騎士団"前"団長である、メルド・ロギンスの帰還。

 

 恵里の謀略によって行方知れずとなり、既に亡くなっていたものと思われていたメルドが戻ってきたのである。

 

 彼は冥闘士の中でも精鋭と呼ばれる冥界三巨頭──天猛星ワイバーンの諸葉、天雄星ガルーダの刃更、天貴星グリフォンのキャロルの三人──によって王国外の安全地帯に匿われており、ソウゴによって待機命令を受けていたのだ。

 

 メルドの帰還は生徒達と騎士達に多大な驚愕と歓喜を招いた。

 またそれに伴い、"現"団長であるクゼリーが騎士団長の座を返還しようとしたが、それはメルド本人によって止められた。

 

『此奴は直接指導する立場にありながら、檜山大介及び中村恵里の暗躍に気づけなかった。故に騎士団長の任は務まらんと判断し、【ホルアド】へ左遷、二ヶ月の警備を命ずる。その後に剣術指南役として【アンカジ公国】へ派遣する。以上だ』

 

 尚ソウゴ曰く、今後メルドは王国中枢の業務に関わる事は無いらしい。

 

 

 

 二つ。リリアーナを含めた、残るハイリヒ王族の処遇。

 

 結果から言えば、"王族"から"公爵"への降格と、多忙であるソウゴに代わってハイリヒ王国の代理統治が命じられた。謂わば現状維持のお咎め無しである。

 

 ソウゴが国王の座に就いた時から、リリアーナの母である王妃ルルアリアは、自分達が平民や奴隷に落とされる事も、処断される事も覚悟していた。その場合、自分の持ちうる文字通り全てを差し出してでも、どうにかして子供達の助命を願おうと心に決めていた。

 

 そして教皇達処刑の翌日。いざ覚悟して謁見してみれば、告げられたのは"公爵"としての立場を与え、自分の代わりにこの地を統治せよという勅命のみ。

 

 その宣言には、同席した召喚組一同も驚いた。

 リリアーナに聞いたところによれば、ソウゴはエリヒド国王が死んでいなかった場合は彼も纏めて公開処刑にするつもりだったのだと言う。

 そんなソウゴであるから、妻とその子供であるルルアリアとリリアーナ、ランデルも邪教信仰に加担したとして処刑するかもと思っていたからだ。

 ソウゴもそんな心を読んでいたのか、

 

『私がイシュタル共の血族を始末したのは奴等が死んでも国政に影響が無く、且つ処刑する方が最も利用価値があるからだ。貴様等が死ねば今後の政に響く上、抑々罪を犯した本人でもないのに有能な人材を処分する程私も暇じゃない。反対意見があるのなら聞くが?』

 

 と鼻を鳴らすのみだった。

 

 

 

 三つ。リリアーナの立場について。

 

 王族の処遇発表と共に、リリアーナ個人についてもまた別の対応が行われた。

 

 何とリリアーナは、ソウゴの養子として迎えられたのである。

 

 これもまたソウゴの政治的判断であり、これによってルルアリアに恩を売る事が出来、親王族派を懐柔し取り込める。元々リリアーナ自身の人気が高い事も相まって、その人気をソウゴに持ってくる事も可能なのである。

 また、これはリリアーナ本人やルルアリアにも悪い話ではなく、彼女等の身に何かあれば、ソウゴの恐るべき権能の恩恵を与る事が出来るのだから。

 

 

 

 

 

 それから二日後。

 

 習慣になりつつある我武者羅な訓練に光輝達が精を出し、騎士団がクゼリー新体制の下での新たな連携等の確認、そして雫がリリアーナと共に無意識の内に香織の安否を求めて【神山】の方へ顔を向けた、ある昼下がりの事

 

 その時、何やら空に黒い点が複数見え始めた。訝しそうに目を細めたリリアーナだったが、その黒い点が徐々に大きくなっていく事に気がつき、何かが落ちて来ているのだとわかると慌てて傍らの光輝を呼んだ。

 

「こ、光輝さん! アレっ! 何か落ちて来ていませんかぁ!?」

「へ? いきなり何を……っ、皆ぁ! 気をつけろ! 上から何か来るぞぉ!」

 

 リリアーナの剣幕に驚いた光輝だったが、促されて向けた視線の先に確かに空から何かが落ちて来ているのを確認して「すわっ、敵襲かっ!」と焦燥を表情に浮かべて大声で警告を発した。

 

 雫達が慌てて練兵場の中央から退避したのと、それらが練兵場に降り立ったのは同時だった。

 

 ズドォオン───!!

 

 そんな地響きを立てながら墜落じみた着地を決めて、濛々と舞う砂埃の中から姿を現したのはユエ、シア、ティオの三人だった。派手な登場を好むソウゴに影響されたのか、シアはどこで覚えたのかヒーロー着地を決めている。

 

「ユエさん!」

 

 真っ先に雫が飛び出す。

 ソウゴの言葉通り、信じて待っていたのだ。勢い余るのも仕方ないだろう。しかし、彼女達の中に香織の姿が無い事から、徐々にその表情に不安の影が差し始める。救いを求める様に、その視線は観覧席に座るソウゴに向かう。

 

 

「常磐さん……香織は? 何故、香織がいないの?」

 

 

 目の前に香織がいないという事実に、やはり香織の死を覆す事など出来なかったのではないかと、既に不安を隠しもせずに震える声で問いかけた。

 

 ソウゴはそれに対して、空中に視線を向けて答える。

 

「そう心配せずとも、直ぐに来るだろう。……ただまぁ、試運転をせずに来た様だな。新しい体の動かし方にまだ慣れてないと見える。それで外見が変わっているだろうが、本人の希望故、私に文句は言うなよ?」

「え? ちょっと、待って。何? 何なの? 物凄く不安なのだけど? どういう事なのよ? 貴方、香織に何をしたの? 場合によっては、貴方がくれた黒刀で……」

 

 ソウゴの途轍もなく不安を煽る発言に、雫の瞳からハイライトが消えて腰に吊るした黒刀に手が伸び始める。ソウゴが「折角拾った命を無駄にする必要はあるまい」と雫を挑発気味に抑えていると、突如上空から悲鳴が聞こえ始めた。

 

 

「きゃぁああああ!! ソウゴく~ん! 受け止めてぇ~!!」

 

 

 雫達が何事かと上を見ると、何やら銀色の人影が猛スピードで落下して来るところだった。

 

 雫の優れた動体視力は、歴史的芸術家が作り出した美術品かと思う程完成された美しさを持つ銀髪碧眼の女が、そのクールな見た目に反して情けない表情で目に涙を浮かべながら手足を無様にワタワタ動かしているという奇怪な姿を捉えていた。

 

 落ちて来た銀髪碧眼の女は真っ直ぐソウゴに突っ込む。その目には受け止めてくれる筈という信頼が見て取れた。

 

「……チッ。"ストーンフリー"」

 

 面倒臭そうに舌打ちしながらも、ソウゴは助けに応える。ソウゴの指から不可視の糸の様なものが伸びていき、幾重にも編み絡まって網となって彼女を受け止める。その柔軟性で衝撃を殺し切り、ソウゴは安全に彼女を地面に降ろす。

 

 そこに現れた銀髪碧眼の美女を見て、愛子とリリアーナが悲鳴じみた警告の声を張り上げた。

 

「なっ、何故、貴女がっ……」

「皆さん離れて! 彼女は愛子さんを誘拐し、恵里に手を貸していた危険人物です!」

 

 その言葉にその場にいた光輝や他の生徒達、クゼリー達騎士団の面々が一斉に武器へ手をかけた。特に、雫はその場で居合の構えを取ると香織が死んだ原因の一端である相手に、殺意を宿らせた眼光を向けた。隙あらば即座に斬るといった様子だ。

 

 そんな眼光を向けられた相手──銀髪碧眼の芸術品の様な美貌を持つ女は、以前の機械じみた無表情や声音からは信じられない程感情を表情や声に乗せて、慌てた様に雫に話しかけた。

 

「ま、待って! 雫ちゃん! 私だよ、私!」

「?」

 

 自分の名を呼びながら必死に自分をアピールする初対面の女に雫が訝しげな表情をする。

 観覧席から立ち上がり飛び降りたソウゴが「それで通じると思っているのか?」と呟いていたが、女がキッ! と睨むと溜息混じりに視線を逸らした。愛子達の言う敵とは思えない程親しげだ。

 そして、姿も声も違うが、自分を呼ぶときの何気ない仕草や雰囲気が、見知らぬ女に親友の影を幻視させた。

 雫は抜刀術の構えを緩やかに解くと、呆然とした様子で親友の名をポツリと呟く。

 

 

「……かお、り? 香織…なの?」

 

 

 雫が自分に気が付いてくれた事が余程嬉しかったのか、銀髪碧眼の女は怜悧な顔をパァ! と輝かせて弾む声と共に返事をする。

 

「うん! 香織だよ。雫ちゃんの親友の白崎香織。見た目は変わっちゃったけど……ちゃんと生きてるよ!」

「……香織、……あぁ、香織ぃ!」

 

 雫は数瞬の間、呆然とする。

 一体何をどうすればこんな事態になるのかさっぱりわからなかったが、それでも親友が生きて目の前にいるという事実を、真綿に水が染み込む様に実感すると、ポロポロと涙を零しながら銀髪碧眼の女──改め、新たな体を手に入れた香織に思いっきり抱きついた。

 

 香織は、自分に抱きついて赤子の様に泣きじゃくる雫をギュッと抱きしめ返すと、そっと優しく囁いた。

 

「心配かけてゴメンね? 大丈夫だよ、大丈夫」

「ひっぐ、ぐすっ、よかったぁ、よがったよぉ~」

 

 お互いの首元に顔を埋め、しっかりお互いの存在を確かめ合う雫と香織。

 

 誰もが唖然呆然としている中で暫くの間、晴れ渡った練兵場に温かさ優しさに満ちた泣き声が響き渡っていた。

 

 

 

 

 

「それで、一体どういう事なの?」

 

 盛大に泣きはらしたせいで目元を真っ赤に染めて、同じ位羞恥で頬も染めた雫が照れを隠す様にそっぽを向いたまま事情説明を求めた。

 

 

 場所は練兵場から移動して、現在は光輝達が普段食事処として使用している大部屋だ。雫に対して、心は香織、体は使徒という状態の説明をするのに、取り敢えず落ち着いた場所でとリリアーナに促されたのだ。尚、この場には雫だけでなくクラスメイト全員と愛子、リリアーナが同席している。

 

「そうだな……簡潔にいうと、身体を乗り換えた」

「成程……簡潔過ぎて、かえって全然分からないわ」

 

 ソウゴの簡潔すぎる説明に雫がジト目を送る。その眼差しには明らかに「説明する気あんのか? あぁ?」という剣呑さが潜んでいた。尤も、一瞬ソウゴと目が合っただけでその気概はへし折れたが。

 

 ソウゴの雑な説明に、慌てた表情をしながら香織が代わりに説明する。

 

「えっとね、雫ちゃん。今、私達が使ってる魔法が神代と呼ばれる時代の魔法の劣化版だってことは知ってるよね?」

「……ええ。この世界の歴史なら少し勉強したもの。この世界の創世神話に出てくる魔法でしょ? 今の属性魔法と異なってもっと根本的な理に作用でき……待って。もしかして、そういう事? 常磐さん達は神代魔法を持っていて、それは魂魄……人の魂というものに干渉出来る力って事? それで死んだ香織の魂魄を保護して、別の体に定着させたのね?」

「そう! 流石、雫ちゃんだね」

 何故か誇らしげに胸を張る香織。実際、雫の頭の回転は実に速い。ソウゴも内心感心していた。

「まぁ、厳密には半分違うんだけど……」

「えっ、半分も違うの……?」

 香織の呟きに、雫は内心ギョッとしながら疑問を投げる。香織はそれ首肯しながら、正解と不正解を説明していく。

「えっと……先ず、ソウゴくん達が神代魔法を持ってるのは正解。それでこの体に入ったのも正解。間違ってるのは私の魂魄の保護と、抑々の魔法への認識についてかな?」

「魔法への認識?」

「うん。ソウゴくんが言ってたんだけど、抑々私達が"魔法"として使ってるのって、厳密には"魔術"って言って魔法の簡易版らしいの。これは神代魔法も例外じゃなくて、ソウゴくんが言うには一瞬で世界を書き換えるとか、幾つもの世界を一気に飛び越えるとか、それ位出来ないと魔法とは呼ばないんだって」

「……桁違い過ぎない?」

「"魔の法"って言うぐらいだからそんなものらしいよ。それで私の魂魄を保護した方法だけど、魔法とか魔術じゃなくて、"積尸気"っていう全く別の技術らしいよ」

「セキシキ?」

「私もよく分かんないけど、蟹座がどうとか言ってた様な……」

 ソウゴくん牡牛座の筈だけど……、と呟く香織を見ながら雫は頭を整理する。それから数秒経って一区切りつけ、雫は話題を切り替える……というより最初に戻す事にした。

 

「でも、どうしてその体なの? 香織の体はもうダメだったのかしら? 心臓を貫かれた部分の傷を塞ぐくらいなら回復魔法……じゃなくて、魔術で何とか出来ると思うのだけど……」

「ああ。実際、香織の体は完璧に修復したとも。心臓を貫かれたと言えば重篤に聞こえるが、要は"臓器が一つ潰れただけ"だからな」

 

 

 魂魄魔術は、魂魄の固定と定着を行う事で擬似的に不老不死を実現できるというぶっ飛んだ──ソウゴの世界の実力者ならば誰でも出来る初歩的な──神代魔術だ。

 

 

 "固定"とは、死ぬ事で霧散してしまう魂魄に干渉して霧散・劣化しない様に保存する魔術で、最初ティオが香織に施したのはこれである。死亡から数分以内でないと効果が無いので、ティオが間に合う様にソウゴが"積尸気冥界波"で現世に縛ったのだ。

 

 そして"定着"とは、文字通り固定した魂魄を有機物・無機物を問わず定着させる事だ。老衰した体や、欠損して生存に適さない体に定着させてもまた死ぬだけだが、健康体なら蘇生が出来るし、【ライセン大迷宮】の守護者ミレディの様にゴーレムに定着させる事で肉体の衰えという楔を離れて不老不死となる事も出来る。

 

 勿論、簡単なのはソウゴ基準の話で、ぶっつけ本番で出来る様な簡単な術ではない。魔術に関しては天性の才を持つユエがティオと共に行ったからこそ成功した様な物だ。それでも、定着に丸五日もかかったというのだから、その難易度はお察しというものだろう。

 

 無論、それで二人が失敗した様ならソウゴが蘇らせるつもりだったので問題は無かったが。

 

 

 因みに、ユエとシアの魂魄魔術習得については比較的容易だった。

 元々二人共"エヒト"への信仰心など微塵も持ち合わせていなかったので、条件の一つはクリアしていた様なものだ。

 そして、"神の力が作用している何らかの影響に打ち勝つ"という条件については、現代の教会関係者と戦わない場合に於ける大迷宮が用意していた試練の内容は、洗脳・魅了・意識の誘導・無意識への刷り込み等、挑戦者の精神と価値観に働きかけながら過去の教会の戦士達と夢幻空間で戦うというものだったのだが、それらもユエとシアはあっさりクリアした。

 

「じゃあ、どうして……香織の元の体はどうなったの? やっぱり何か問題でも──」

「雫ちゃん、落ち着いて。ちゃんと説明するから」

 身を乗り出す雫を落ち着かせながら香織が続きを話す。

 

 

 最初、ソウゴは香織の傷ついた体を修復し、香織の魂魄を戻す事で蘇生させようとした。

 

 しかし、そこで待ったを掛けたのが香織本人だ。

 

 魂魄状態で固定されていても、"心導"という魂魄魔法で意思疎通を図る事は出来る。その魂魄状態の香織が、話に聞いていたミレディ・ライセンの様にゴーレムに定着させて欲しいと願い出たのだ。ソウゴなら、強力なゴーレムを作れる筈だと。

 

 

 【メルジーネ海底遺跡】で、自分の弱さについては割り切った香織だったが、そのままで良い等とは微塵も思っていなかった。

 ソウゴの隣に立つ事を諦めるつもりなど毛頭なかった。

 

 

 その矢先、自分はあっさり殺されてしまった。

 

 不甲斐なくて、情けなくて、悔しくて……ならば、"たとえ人の身を捨てても"と、そう思ったのも無理はないだろう。

 

 

 一度こうと決意したら、とんでもなく頑固になる香織だ。ユエ達も一応説得したのだが、聞く耳を持たなかった。その決意は、ソウゴをして軽く拍手を送る程強いものだったのだ。

 

 要望通りゴーレムでも作ろうかと思ったところで、ソウゴの頭にある閃きが過った。「そういえば、アレは使えるのでは?」と。

 

 

 ソウゴが愛子に仕掛けた“天照”で倒され、そのままソウゴが王宮側を監視する為に放っていた端末に回収させた、外傷の一切無いノイントの同型機である。

 

 

 ソウゴは直ぐに空の肉体を取り出し、人ならざる本当の"神の使徒"の強靭な肉体を香織の新たな肉体として、ユエ達にその魂魄を"定着"させてみたところ、見事成功したのである。

 

 尚、魔石に似た器官は黒炎で焼き切っていた為、自分の心臓を一つ与えて代用し、使徒の固有魔術"分解"や双大剣術、銀翼や銀羽、ソウゴ由来の無限の魔力も扱える様だった。

 

 どうやら、使徒の体がそれらの扱い方やこれまでの戦闘経験を覚えている様で、慣れない体と過剰な力を持ったソウゴの心臓に適応しきってない故に未だ飛ぶこともままならないが、慣れれば"神の使徒"としての能力を十全に発揮できるだろう。魔力の直接操作も出来るので、能力的には十分ソウゴ達と肩を並べられる。

 

 魂魄の定着が成功した後の香織の喜び様は中々に凄かったらしい。

 

 

 因みに、香織の本当の体は、ユエの魔術とソウゴの"フリージング・コフィン"により二重凍結処理を受けて宝物庫に保管されている。

 巨大な氷の中に眠る美少女といった感じで非常に神秘的だ。解凍時に再生魔術で壊れた細胞も修復してしまえるので、戻ろうと思えば戻れる可能性は極めて高い。

 

 

「成程ね。……はぁ~、香織。貴女って昔から突飛も無い事仕出かす事があったけれど、今回は群を抜いているわ」

 一連の説明を聞いて、雫は頭痛を堪える様に片手を額に当てた。

「えへへ、心配かけてごめんね、雫ちゃん」

「……いいわよ。生きていてくれたなら、それだけで……」

 雫はそう言って申し訳なさそうな表情をする香織に微笑むと、スッと表情を真剣なものに変えてソウゴ達の方を向き姿勢を正し、深々と頭を下げた。

 

「常磐さん、ユエさん、シアさん、ティオさん。私の親友を救ってくれて有難うございました。借りは増える一方だし、返せるアテもないのだけど……この恩は一生忘れない。私に出来る事なら何でも言って頂戴。全力で応えてみせるから」

「気にするな。香織の死に関しては私も非があるからな」

「……?」

 ソウゴの意味深な答えに、雫は疑問符を見せる。しかしソウゴは「いずれ説明する」と煙に巻くだけだった。

 そんなソウゴに、雫は苦笑いを浮かべる。香織だけでなく自分達も救われているのだ。それも命を二度も。自分達の窮地を救った事さえ、きっとソウゴにとって気分が乗った程度のどうという事も無い出来事だったのだろうと思うと、その余りの差に最早笑うしかない心境だった。

 

 そして、何となく平然とした態度が憎らしくもあったので雫は唇を尖らせて指摘する。

 

「……その割には、私の事も気遣ってくれたし、光輝の為に秘薬もくれたわね?」

「貴様に壊れられたら、真面に話を出来る者がいないだろう?」

「そ、それは流石に……」

 雫の嫌味にも平然と返し、ソウゴは逆に質問をぶつける。

「それよりも、だ。貴様等、私に訊きたい事があるんじゃないのか? どうせ四日前の演説は耳に入ってなかった様だしな?」

「そ、そうね!」

 微妙な空気の変化を敏感に察した雫が、遠慮無く質問を投げる。

 

「それじゃああの日。先生が攫われた日に、先生が話そうとしていた事を改めて聞いてもいいかしら? それはきっと、常磐さん達が神代の魔術なんてものを取得している事と関係があるのよね?」

 

 ソウゴは雫の言葉を受けて愛子に視線を向ける。「同じ事を何度も説明するのは嫌いだ、貴様が説明しろ」という無言の圧力が愛子にかかった。

 

 

 愛子は「コホンッ!」と咳払いを一つすると、ソウゴから聞いた狂った神の話、そして自分が攫われた事や王都侵攻時の総本山での出来事を話し出した。

 

 

 全てを聞き終わり、真っ先に声を張り上げたのは光輝だった。

 

「なんだよそれ……じゃあ俺達は、神様の掌の上で踊っていただけだっていうのか? なら、なんでもっと早く教えてくれなかったんだ! オルクスで再会した時に伝える事は出来ただろう!?」

 非難する様な眼差しと声音に、しかしソウゴは視線すら寄越さず無視を決め込む。その態度に光輝がガタッ! と音を立てて席を立ち、ソウゴに敵意を漲らせる。

「何とか言ったらどうなんだ! お前が、もっと早く教えてくれていれば!」

「ちょっと、光輝!」

 諌める雫の言葉も聞かずいきり立つ光輝にソウゴは五月蝿そうに眉を顰めると、盛大に溜息を吐いて面倒臭そうな視線を光輝に向けた。

「私がそれを言ったとして、貴様が信じたとは思えんが?」

「なんだと?」

「どうせ思い込みとご都合解釈だけで生きて来た様な貴様の事だ、大多数の人間が信じている神を"狂っている"と言われた挙句、自分のしている事は無意味だと私から言われれば、信じないどころか寧ろ私に食って掛かっただろう? "未来視"が無くともその光景が目に浮かぶ」

「だ、だけど、何度もきちんと説明してくれれば……」

「……貴様、頭脳が間抜けか? 一体今迄どんな教育を受けてきたんだ? 人を不快にする為に生まれてきたのか? その見るからにモテそうな顔面は、脳味噌に行く筈の栄養を使って作ったのか? ……ったく、何故私が態々貴様等の為に時間を割かねばならん。まさか私がクラスメイトだから、自分達に力を貸すのは当然だと思っているのか? もしそう思ってるなら、今この場である程度間引いてもいいのだぞ?」

 

 永久凍土の如き冷めた眼差しで睥睨するソウゴに、クラスメイト達はさっと目を逸らした。

 だが光輝だけは納得出来ない様で、未だ厳しい眼差しをソウゴに向けている。ソウゴの隣でユエが「二度も救われておいて何だその態度は」と言いたげな目を向けているが、光輝は気が付いていない。

 

「でも、これから一緒に神と戦うなら……」

「冗談も程々にしておけよ糞餓鬼。何故私が自分から出向く必要がある? 向こうからやって来れば遊んでやるが、自分から態々探し出すつもりはないぞ? 暇潰しの範疇を超えるからな」

 

 その言葉に、光輝は目を大きく見開く。

 

「なっ、まさか、この世界の人達がどうなってもいいっていうのか!? 神をどうにかしないと、これからも人々が弄ばれるんだぞ! 放っておけるのか!」

「あんな貧弱な羽虫が切り札の時点で、放っておいて問題あるまい」

「なんで……なんでだよっ! お前は、俺より強いじゃないか! それだけの力があれば何だって出来るだろ! 力があるなら、正しい事の為に使うべきじゃないか!」

 

 光輝が吠える。いつもながら、実に正義感溢れる言葉だ。しかし、そんな“幼稚さ故の理想論”は、意志なき者なら兎も角ソウゴには届かない。ソウゴは、まるで路傍の石を見る様な眼差を光輝に向ける。

 

「おいおい、貴様の基準で私を測るなよ。正否の基準は個々人で違うんだ、自分の価値観が絶対だと思うんなら相応の実力を見せろ。抑々根本的な話、"力があるから何かを成す"のではない。"何かを成す為に力を得る"のだ。前提を履き違えるなよ? それに再三言う様だが今の私はこの国の王だぞ? これ以上噛みつく様なら不敬罪で切り捨ててもよいのだぞ? こんな風にな」

 

 ソウゴはそう言うと、光輝達に興味が無いという事を示す様に目を瞑ると同時に指を下に振った。

 

 

 途端、光輝の右腕が肘から宙に舞った。

 

 

「……は、えっ……、う、ウァァァァァアアッ!? 腕がっ! 俺の腕がぁっ!」

 

 

 遅れてきた激痛に、光輝は悲鳴を上げる。

 その絶叫と裏腹に、超高熱で焼き切ったのかその切断面から血は一滴も出ず、黒ずんで灰化してしまっている。

 

 そして光輝が痛みでのたうち回っていても、ソウゴはまるで気にもかけていない。それどころか、喧しいとばかりに何らかの術で声を奪って喋れない様にしてしまった。

 

 その態度から、ソウゴが本気で自分達や世界に対して嫌悪も恨みもなく、唯ひたすら興味がないという事を理解させられた一同。

 何となく、ソウゴが戻ってきて自分達とまた一緒に行動するのだと思っていた事が幻想だったと思い知り、下手な事をすればそれこそ気紛れに殺されるかもしれないと震え上がった。

 

 何せ傀儡にされていたとは言え、近藤を何の躊躇いも無く溶かしてしまったのだ。居残り組に関しては、あまりの恐怖に視線すら向けられないでいた。

 

 

「……やはり、残ってはもらえないのでしょうか? せめて王都の防衛体制が整うまで滞在して欲しいのですが……」

 

 

 そう願い出たのはリリアーナだ。

 未だ混乱の中にある王都において大規模転移用魔法陣は撤去したものの、いつ魔人族の軍が攻めてくるか分からない状況ではソウゴ達の存在はどうしても手放したくなかったのだ。魔人族の率いた百万の軍勢は、ソウゴただ一人に殲滅させられた。ソウゴ達は、そこにいるだけで既に抑止力になっているのである。

 

「やる事も無いんでさっさと次に行きたい、というのが本音だが……。うむ、娘の頼みとなれば無下には出来んな。防衛機構の再構と、当面の運営指針は出しておこう」

「……! 有難うございます陛下!」

 

 パァ! と表情を輝かせたリリアーナに、「公式の場ではないのだから父と呼んで構わんのだが……」と先程の光輝に対するものとは正反対の反応を見せれば、「身内には甘いんだなぁ」と再認識したユエ達と、あまりの突然の変化に驚く生徒達。

 

 

 

「えっと……それで、常磐さん達はどこへ向かうの? 神代魔術を求めているなら大迷宮を目指すのよね? 西から帰って来たなら……樹海かしら? ……後、光輝の腕も治してくれないかしら」

「ああ、その予定だ。フューレン経由で向かうつもりだったが、一端南下するのも面倒だからこのまま東に向かおうと思っている。そしてその腕は暫く放置する。……声は戻してやるが」

 驚愕の硬直からいち早く立ち直った雫の質問と申し出に其々返すソウゴの予定を聞いて、リリアーナが何か思いついた様な表情をする。

「では、帝国領を通るのですか?」

「ふむ、そうなるな」

「でしたら、私もついて行って宜しいでしょうか?」

「ほう?」

「今回の王都侵攻で帝国とも話し合わねばならない事が山程あります。既に使者と大使の方が帝国に向かわれましたが、会談は早ければ早い方がいい。陛下……お父様の移動用アーティファクトがあれば恐らく帝国まですぐでしょう? それなら、直接私が乗り込んで向こうで話し合ってしまおうと思いまして」

 

 何とも大胆というかフットワークの軽いリリアーナの提案に、ソウゴは軽く口角を上げて拍手を送る。

 

「正解だ。即断即決と熟考が政治の基本だからな。急ぐ旅じゃない、私も新国王として皇帝に顔見せしておこうか?」

「ふふ、そこまで図々しい事は言いませんよ。送って下さるだけで十分です」

 

 急な過保護発言に思わず苦笑いを浮かべるリリアーナだったが、そこへソウゴに物理的に黙らされた光輝が再び発言する。

 

「……だったら、俺達もついて行くぞ! この世界の事をどうでもいいなんていう奴にリリィは任せられない、道中の護衛は俺達がする! それに、アンタが何もしないなら、俺がこの世界を救う! その為には力が必要だ! 神代魔法の力が! お前に付いていけば神代魔法が手に入るんだろ!」

「……貴様、常識だけじゃなくデリカシーも無いのか? 普通家族旅行に水を差すのが楽しいのか? 自分で探して勝手に向かえ」

 

 勝手に盛りがって何を言っているんだと呆れ顔をするソウゴ。非難しながら頼るなど支離滅裂にも程がある。そこに、愛子がおずおずと以前のソウゴの言葉を指摘する。

 

「でも常磐さん、今の私達では大迷宮に挑んでも返り討ちだって言ってませんでした?」

「……正直、私の知らんところで勝手に死ねば楽だと思っている。よく言うだろう? “馬鹿は死なねば直らん”とな」

「ぶっちゃけ過ぎでは……?」

 

 ソウゴのあまりに身も蓋も無い発言に、愛子は想像以上にたじろぐ。

 

 ソウゴとしては、【大迷宮】を全てクリアした後に生徒達を基の世界に送る位はやってもいいと思っていた。だが、彼等が一から神代魔術を手に入れる手伝いをするなどまっぴらごめんだった。そこまで愛着も無く魅力も感じない以上、時間の無駄以外の何ものでもない。

 

「常磐さん、お願いできないかしら? 一度でいいの。一つでも神代魔術を持っているかいないかで、他の大迷宮の攻略に決定的な差ができるわ。一度だけついて行かせてくれない?」

「寄生したところで手に入らんぞ? 攻略したと認められるだけの行動と結果が必要だ」

「勿論よ。神の事はこの際置いておくとして、帰りたいと思う気持ちは皆同じよ。死に物狂い、不退転の意志で挑むわ。……だから、お願いします。何度も救われておいて、恩を返すといったばかりの口で何を言うのかと思うだろうけど、今は、貴方に頼るしかないの。もう一度だけ力を貸して」

「……鈴からもお願いします、常磐さん。もっと強くなれば、恵里の事を理解したい。だからお願い! このお礼は必ずするから鈴達も連れて行って!」

 

 今のままでは無理という愛子の言葉を聞いて、雫が一つだけ神代魔術を手に入れる助力をして欲しいと懇願する。その顔は、恩も返せない内にまた頼らなければならない事を心苦しく思っているのか酷く強ばっている。

 

 雫に感化されて、ずっと黙っていた鈴まで頭を下げだした。どうやら、恵里の事で色々考えているようだ。その声音や表情には必死さが窺えた。

 

「頼めねぇか、常磐さん。せめて自分と仲間くらい守れる様になりてぇんだ。もう、幼馴染が死にそうになってんのを見てるだけってのは……耐えられねぇ」

 必死さで言えば、龍太郎も同じ様だった。土下座する勢いで頭を下げている。

 

 【オルクス大迷宮】での事にしろ、今回の事件にしろ、何も出来なかった自分を相当責めているのだろう。握られた拳から僅かに血が滲んでいる。

 

 

 

 

 それを見てソウゴは逡巡する。本来なら【ハルツィナ樹海】の攻略に光輝達を連れて行く様な面倒事を引き受けるなど有り得ない。さっさと断って、【オルクス大迷宮】でも【ライセン大迷宮】でも適当な所に放り出すところだ。

 

 

 しかしこの時、ソウゴの脳裏にふと僅かな可能性が過る。

 

 

 というのも、彼等彼女等は今のところ一兵卒どころか、戦闘職に就いていない民間人にすら劣る。

 

 しかし雫や優花、愛子、浩介等、所々実力以外の点が評価出来ないでもない面々はいる。そして光輝は実力は彼等よりは上なのだ。だからこの先の経験如何によれば、それなりに退屈を凌げる掘り出し物にはなるかも知れない。

 

 

 獅子身中の虫を育てるのも悪くないかと考え、最終的に【ハルツィナ樹海】に限って同行を了承する事にした。一応ユエ達にも視線で確認を取るが、特に反対意見は無い様だ。

 

 

 

 

 雫達の間に安堵の吐息と笑顔が漏れる中、ソウゴは残り二つとなった大迷宮とこれからの展開に思いを巡らせた。

 

 




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