「……隊長、伝令部隊の奴が持ってきた話は……本当でしょうか?」
真白の深い霧の中を進む一人の男がぼそりと呟いた。
青年と呼べる様な年若い男は、浅黒い肌に先の細い耳を持っていた。紛う事無き魔人族だ。
青年の声は、すぐ隣の同族の男の耳に届いた。厳格な表情が似合う年嵩の男で、眉間の皺は【ライセン大峡谷】の如く深い。
「……セレッカ副隊長、今の発言は伝令部隊が欺瞞情報を撒いているという意味か?」
「い、いえ。そういう事では……申し訳ございません、ダヴァロス隊長」
厳めしい顔に似合った厳しい声音に、セレッカと呼ばれた魔人族の青年は慌てて頭を振った。
ダヴァロスはジロリとセレッカを睨む。明確な叱責が含まれた眼光だ。その視線が彼等の更に後に続く魔人族達に向いた事を考えれば、言いたい事は明白。
即ち、部隊の副長クラスにある者が、不用意な発言をするなという事だ。
「我等が樹海に突入する寸前に、魔物を潰す覚悟で伝えに来た急報だ。間違いあるまい」
「ですが、まさかあのフリード様が討死などと……」
「それ程の強敵が、人間側にいた。そういう事だろう」
「そんな馬鹿な、あのフリード様ですよ!? 白竜ウラノスがいて、他の魔物も……なのに!」
必死に声を抑えてはいるが、瞳の奥の動揺は隠せていない。
ダヴァロスは再度叱責を込めた鋭い眼差しでセレッカを睨んだ。ぐっと言葉を飲み込むセレッカを横目に、しかしダヴァロスは心の内で「無理もない」と思った。
ダヴァロス率いる【魔国ガーランド】所属・特務小隊が、【ハルツィナ樹海】にある筈の"真の大迷宮"を攻略する為に祖国を出発して早二ヶ月が経とうとしていた。
亜人族のテリトリーである【ハルツィナ樹海】は、晴れる事の無い真白の濃霧に覆われた秘境だ。この樹海では、視界はもとより方向感覚すら狂わされる。亜人族と樹海原生の魔物だけがその天然の脅威を無視できるのだ。
現在の【ガーランド】は総司令官フリード・バグワーの指揮の下、各地の大迷宮攻略を積極的に進めている。魔人族の英雄たるフリードの力の源が、"真の大迷宮"を攻略する事で得られる神代の魔法であるからだ。
フリードは一人でも多くの魔人族を自分と同じ神代魔法の使い手とする事で、魔人族全体の更なる強化を図る算段だった。
ダヴァロスは【ガーランド】における古強者という分類で、魔王やフリードの信頼も厚い男だった。今回の樹海遠征において隊長を任せられるというのは、彼ならば"真の大迷宮"を攻略するに足る人材だと判断されたからでもある。
彼自身、期待や信頼に応えたいという意気込みの他、己の力への自信から"真の大迷宮"攻略も不可能ではないと考えていた。
何より、彼には心強い手札があった。
──ギィギィッ
──ヂヂヂヂッ
小さく、金属が擦れる様な音。それは鳴き声だ。彼等が率い、そして騎乗している魔物達の。
それがフリードより与えられた強大な戦力。樹海の濃霧が齎す不利を無視でき、尚且つその戦闘力は呆れる程のもの。他の大迷宮や都市攻略の任務を受けた者達も、同じく強力な魔物という手札を与えられていた。
『この力があれば……!』、作戦開始当時、誰もが不敵な笑みを浮かべたものだ。
魔人族の栄光は約束されたのだと、後は世界の全てに自分達の崇める神と種族の偉大さを叩き込んでやればいいだけだと、自信に満ち溢れていた。
──いつからだろうか、その自信と確信が揺らぎ始めたのは。
樹海攻略には濃霧が齎す不利を無視出来る魔物の存在が不可欠だ。"真の大迷宮"攻略の他、亜人族との戦いもある以上は数もそれなりに必要。そうすると、とてもではないが飛行型の魔物による空輸は不可能。
いくら戦闘力に自信があるといっても、流石に完全に防備を整えた一国と正面切ってやり合うつもりは無い。ギリギリまで隠密行動をする必要性があるという点からも、目立つ行動は避けたかった。
その為、彼等は南大陸中央にある【ガーランド】から【ライセン大峡谷】沿いに東へ進み、南大陸側にも数百キロに亘って存在する樹海へ地道に陸路を進んできた。樹海に到達してからは森の浅い部分を北に向けて進軍、故に【ガーランド】からの伝令と連絡を取り合う事は可能だった。
そしてその間に届く知らせは、各地で同胞達が戦果を上げ、或いは神代魔法を会得したという知らせ……である筈だった。
特命 大規模穀倉地帯の壊滅及び豊穣の女神殺害
──失敗 担当した特務部隊員レイスは消息不明、貸与された魔物は全滅。
特命 真のオルクス大迷宮攻略及び、可能なら勇者の勧誘
──失敗 担当した特務部隊員カトレアは死亡、貸与された魔物は全滅。
特命 アンカジ公国の壊滅
──失敗 担当した特務部隊員ローゲンは帰還後に変死、貸与された魔物は喪失。
次々に届く有り得ない知らせ。情報共有の為に創設された伝令専門部隊の兵は、現れる度に歓喜とは程遠い強張った表情をしていた。
そして亜人族の国【フェアベルゲン】が近づき、樹海の深部へと進軍する直前に届いた信じ難い知らせ。
──フリード将軍 グリューエン大火山にてイレギュラーと交戦
──戦死。その後、切り刻まれた将軍の遺体が伝令部に投げ込まれる。その際に伝令員が六名死亡。
無敵無敗の、魔人族の英雄が殺された……
この知らせを受けた時に衝撃は計り知れない。念の為にと隊長格にだけ情報が渡る様伝令に配慮を求めておいて良かったと、ダヴァロスは心底思ったものだ。
でなければ今頃、この小隊の士気はガタガタになっていただろう。実際、副隊長がこの動揺ぶりなのだ。
ダヴァロスとて動揺はある。だがそれ以上に、憤怒の感情が胸の内にあった。魔人族の栄光に影を差す存在、選ばれし種族たる自分達に楯突く愚者共への、煮え滾る様な怒りが。
「隊長、前方に集落。亜人共のテリトリーに近づいた様です」
セレッカの報告に頷く。負ける要素の無い自分達こそが、吉報一番を祖国に届けるのだと気持ちを滾らせる。
「聴けお前達! 現在、イヴァーセ将軍による王都侵攻作戦とディヴォフ小隊による帝都破壊及び皇帝暗殺作戦が進行している! 両者共、間違いなく吉報を祖国へ持ち帰るだろう。我々だけ手ぶらで帰れば末代までの恥だぞ!!」
その発破に、セレッカを含め部下達の戦意は膨れ上がった。同じく戦意を高める──新種の魔物の軍勢と共に。
だが、ダヴァロスは知らなかった。
王国の大本命たる王国侵攻作戦。そこへそのイレギュラーが向かっていた事を。
そしてイレギュラー本人が居らずとも、かの大樹海には彼が鍛えた一騎当千の狂兵達がいる事を。
最も確実と思われた大樹海こそが、最大の鬼門であったという事を。
眼下の八雲が、流れる様に消えていく。
重なる雲の更に下に見える草原や雑木林、時折小さな村がやはりあっと言う間に遥か後方へと置き去りにされてしまう。相当なスピードの筈なのに、何らかの結界が張ってあるのか風は驚く程心地良い微風だ。
そんな気持ちの良い微風にトレードマークのポニーテールを泳がせながら眼下の景色を眺めているのは、八重樫雫その人だ。
雫は視線を転じて、頭上に燦々と輝く太陽を仰ぎ見た。
雲上から見る恵みの光は、「手を伸ばせば届くのでは?」と錯覚させる程近くに感じる。雫は手で日差しを遮りながら手すりに背中を預け、どこか達観した様な、或いは考えるのに疲れた様な微妙な表情でポツリと呟いた。
「……まさか、飛行要塞なんてものまで所有しているなんてね。……もう、何でもありなのね」
そう。雫が現在いる場所は、ソウゴが呼び出した空中飛行型要塞戦艦"アルティメット・リヴァイアサン・ゴレム"の甲板の上なのである。
この"U・L・G"は、ソウゴが"白の世界"と"青の世界"の武装・造兵技術を転用して量産した対都市侵略用の移動拠点だ。全長約四百メートルの城が生えた軍艦の様な形をしており、中には前面高所にあるブリッジと中央にあるリビングの様な広間の他、更には年単位での遠征に備えた居住区・商業区・戦闘区・行政区を含めた"街"まである。
尤も、樹海までの道のりでそれらの設備がどこまで活用されるかはわからないが。
そしてそれらの設備を差し置いても、乗り物としては間違いなくこの世界最大にして最速であろう。
「……まるで夢みたい」
雲上を飛ぶ。周囲は見渡す限りの絶景。ほぅ、と吐息を漏らしながら呟いた雫の心情は、果たしてどの様なものか。
どこまでも唯我独尊を地で行くソウゴに反発した光輝が、「ならば大迷宮攻略に随行し神代魔術の力を手に入れて自分が世界を救う」と宣言した事に端を発し、雫達も其々の思いを抱えて力を求めたのは事実。
……とはいえ、だ。旅の始まりがいきなり空の上で、しかも目的地である【ハルツィナ樹海】までなら馬車で二ヶ月は掛かる道のりを、僅か三~五時間で移動してしまうと言われれば遠い目をしたくもなる。
王国と樹海の間に【ヘルシャー帝国】があるが、そこまでならたった二時間弱。今後の人間族側の方針等の協議を行う為に同行しているリリアーナなど、白目を剥くという元王族にあるまじき表情で驚愕を露わにしていた。
因みに今までソウゴが使わなかったのは、偏に使う必要性を感じなかったからである。
これまでの面々にリリアーナが加わった程度なら、シアはストライカーに乗せトライドロンで移動する事が出来た。しかし光輝達も加わるとなると定員オーバーであり、トライドロンに乗せる事は出来ない。運転技術も無いだろうからストライカーを貸すという案も不可だろう。しかし全員纏めて転移、というのも旅行・観光という点から見れば退屈。
よって、本国側とハイリヒ側の顔合わせも兼ねて千人前後の乗組員と共に"U・L・G"を呼び寄せたのである。王都から出発する際、何も用意せず王都近郊の草原に集合させたソウゴを訝しむ皆の前で、何の前触れも無く"U・L・G"を着陸させたソウゴは頬を吊り上げながら、
「移動と脅しを兼ねられるし、登場時のインパクトは大事だろう?」
と常識の様に語ったものだ。
"U・L・G"の全面に備えられている多種多様な砲門・兵器を見て、ソウゴの言う"脅し"の意味を正確に理解した面々は揃って顔を青くしたものだ。
「空はこんなに青いのに……」と雫が半ば現実逃避していると、不意に声がかけられた。
「雫……ここにいたのか」
「光輝……」
雫がそちらに視線を向ければ、丁度ハッチを開いて光輝が顔を覗かせているところだった。光輝はそのまま雫の隣に来て、手摺に両腕を乗せると遠くの雲を眺め始める。
そして、ポツリと呟いた。
「これ……凄いな」
「そうね。……もう一々驚くのも疲れたわ」
当然、光輝が言っているのは"U・L・G"の事である。しかしその表情に感心の色は無く、どこか悄然としており同時に悔しそうでもあった。
「光輝一人? 皆は?」
今回ソウゴについてきたのは、リリアーナとその侍女、護衛の近衛騎士達数十名の他は光輝達勇者パーティだけだ。
愛子は戦えない生徒達を放置する事は出来ないと残った。永山パーティや優花達愛ちゃん護衛隊のメンバーもソウゴに誘われたものの、光輝達が不在で居残り組のクラスメイト達を放置できないとして残留した。
「龍太郎と近衛の人達はシアさんが作った料理食べてる。鈴は、こことは反対方向で似た様な事してる。常磐さんは……リリィと話してる」
雫はどこか棘のある光輝の物言いに、チラリと視線を向けた。その横顔で何となく心情を察した雫は、どうしたものかと苦笑いを零しながら頬をカリカリと困った様に掻いた。
「なによ、随分と不満そうね? 常磐さんがモテているのが気に入らないの?」
「……そんな訳無いだろ」
少し茶化す様に声をかけた雫に、光輝がより不機嫌そうな表情になって素っ気なく返した。
「……こんな凄いもん持ってて、滅茶苦茶強い癖に……なんであんな風に平然としていられるんだ。……なんで簡単に見捨てられるんだよ……」
「……」
どうやら光輝は、未だソウゴが神を探すつもりは無いと判断している事に納得がいっていないらしい。これだけの力があるのなら、自分なら絶対世界を救う為に神を倒すのに……と考えている事が、雫には手に取る様に分かった。
「……恐らく、本当に私達とは見えてるものが違うのよ」
「見えてるもの?」
雫の呟く様な返答に光輝が視線を雫に戻して問い返す。雫は視線を遠くにやりながら、言葉を選ぶ様にゆっくり語った。
「彼は、私達が想像するよりも遥かに強くて、その分多くのものを背負っているし、もっと大変なものを知ってるのよ。だから私達には一大事でも、彼にとっては"態々自分が手を出す必要の無い些事"なのよ」
「……」
「それに、言っていたでしょ? "力があるから何かを為すんじゃなくて、何かを為したいから力を得て振るう"みたいな事。光輝が今感じている"差"は、多分想像以上に広い溝よ。溝というより、谷や崖と表現した方がいいかもしれない。たった一人で"失敗できない"という責任感で、無数の取捨選択の果てに得たものなのよ」
「……よく、わからない」
「う~ん。ちょっと違うかもしれないけど、ほら、ボクシングで世界王者になりたくて頑張ったのに、強いんだから街の不良を退治しろ! って言われるようなものって言えばしっくりこない?」
「む……そう言われると……でも、かかっているのはこの世界の人達の人生なんだぞ?」
半ば意地を張る様に反論する光輝に、雫は眉を八の字にする。
「まぁ、困っている人がいたら放っておけないのは光輝のいいところではあるのでしょうけど……それはあくまで光輝の価値観なのだから常磐さんに押し付けちゃダメよ」
「……なんだよ、雫はあの人の肩を持つのか?」
「なに子供っぽい事言っているのよ。ただ、人其々ってだけの話でしょ? それに忘れている訳じゃないでしょうけど、何だかんだで常磐さんは私達も含めていろんな人を救っているわ。ウルの町もそうだし、香織曰く、アンカジ公国も救っている。フューレンでは人身売買をしていた裏組織を壊滅させたらしいし、ミュウっていう海人族の女の子も救い出してお母さんと再会させたそうよ。『殺した数の方が多いからマイナス』って本人は言っていたけど……私達より、よっぽどこの世界の人達を救っていると思わない?」
「それは……」
「そう考えると結局、"もののついで"で神様もぶっ飛ばしてしまうかもね?」
「なんだよ、その哀れな神様は……」
そんな馬鹿なと思いつつも、ソウゴが既に神殺しをしている事とその経緯を思い出し雫がくすくすと笑う。光輝は複雑そうな表情ではあるが、雫の言葉を否定しきれず力のないツッコミをするに留まった。暫く、無言の時間が過ぎる。光輝がまた自分の中のモヤモヤと向き合い出したのを察して、雫も話しかけはしなかった。
どれくらいそうしていただろうか。不意に、今まで真っ直ぐ飛行していた"U・L・G"が急に進路を逸らし始めた。遮る物の無い空の旅だ、帝国までは真っ直ぐ飛べばいいだけの筈であるから、何事かと顔を見合わせる光輝と雫。
「……何かあったのか?」
「取り敢えず、中に戻りましょうか」
二人は一拍おいて頷き合うと、急いで艦内へと戻っていった。
雫と光輝がブリッジに入った時には、既に全員が集まって中央のモニターを囲んでいた。
「何があったの?」
「あっ、雫ちゃん。うん、どうも帝国兵に追われている人がいるみたいなの」
尋ねた雫に香織が答えた。その香織が指差したモニターの画面には、峡谷の合間を走る数人の兎人族と、その後ろから迫る帝国兵のリアル鬼ごっこが映っていた。
雫がディスプレイを覗き込めば、確かに水の流れていない狭い谷間を兎人族の女性が二人、後ろから迫る帝国兵を気にしながら逃げている様だった。だがその足はふらついて遅く、馬に乗る帝国兵達の速度とは比べ物にならない。追いつかれるのは時間の問題に見える。
加えて、その帝国兵のずっと後ろには大型の輸送馬車も数台確認出来た。リリアーナ曰く、帝国でよく奴隷の輸送に使われるタイプの物らしい。
状況から察するに、最初から追って来たというより逃がしたのか、或いは偶然見つけた兎人族を捕まえようとしている様に見える。
「そういう事、だから進路を……」
雫が納得した様に呟く。
本来なら無視して通り過ぎるのだろうが、シアの同族という事で放置するのも気が引けた為のか接近したのだろうと推測する。
そこで、光輝が血相を変えて咆えた。
「不味いじゃないか! 直ぐに助けに行かないと!」
ここは空の上、ましてやソウゴの乗機の中だというのに今にも飛び出していきそうだ。
しかしソウゴは急かす光輝には答えず、片眉を吊り上げディスプレイを眺めている。
「おい、常磐! まさか、彼女達を見捨てるつもりじゃないだろうな!? お前が助けないなら俺が行く! 早く降ろしてくれ!」
「静かにしていろ、金を取るぞ。それよりシア、奴等もしや……」
「へ? ……あれっ? この二人って……」
いきり立つ光輝を無視してシアに声をかけるソウゴ。シアも、よりズームされた映像を見て気がついた様だ。
「二人共、何をそんなにのんびりしているんだ! シアさんは同じ種族だろ! 何とも思わないのか!」
「やかましいんで黙っててもらえます?」
光輝はシアにうるさいと切り捨てられ、思わず口を噤む。
因みに光輝がシアを"さん"付けで呼んでいるのは、爽やかな笑顔で自己紹介と共に呼び捨てにしたところ、『呼び捨てはやめろ』とにこやかに腕を折られたからである。光輝は明確な拒絶を初めて実感した。
「ソウゴさん、間違いないです。ラナさんとミナさんです」
「やはりか、先程骨格照会したところ一致した。間違いないとは思ったが……しかしこの動き、表情……ふむ」
何やら納得した様な呟きを溢すと、途端ソウゴは吊り上げた眉を下げて目を閉じた。どうやら静観するつもりらしい。
そうこうしている内に、逃げていた兎人族の女性二人──シアが言うところのラナとミナがフラフラと倒れ込む様にして足を止めてしまった。谷間の中でも少し開けている場所だ。
それを見て、ハッと正気に戻った光輝がブリッジを出て前部の甲板に出て行こうとする。距離はまだあるが、取り敢えず術でも撃って帝国兵の注意を引くつもりなのだ。
「黙って見ていろ」
「なっ、何を言っているんだ! か弱い女性が今にも襲われそうなんだぞ!」
キッ! と苛立たしげにソウゴを睨む光輝に、しかしソウゴはつまらなそうに溜息を漏らすと、気怠げに光輝に視線を向けて呟いた。
「騒ぐな。……奴等は"ハウリア"、末端とはいえ私の配下だぞ?」
光輝が訝しげな表情をした直後、「あっ!」と誰かが驚愕の声を上げた。
光輝が何事かとディスプレイに視線を向けると、そこには……
──首を落とされ、或いは頭部を矢で正確に射貫かれて絶命する帝国兵の死体の山が映っていた。
「……え?」
光輝だけでなく、その場の全員が目を点にする。
香織達地球組は、"ソウゴ以外による"凄惨な殺戮現場を目の当たりにしたが故に。
リリアーナ達王国組は、この世界の常識が崩れる瞬間を目撃したが故に。
絶句が齎す静寂の中、映像が次の事態を映し出す。兎人族を追った部隊が戻ってこない事を訝しんだ輸送部隊の指揮官らしき者が、数人を斥候に出したのだ。
程なくして、その斥候部隊が味方の死体の山を見つける。次いで、その中央で肩を寄せ合って震えている兎人族の女二人を見つけると、血相を変えて詰め寄った。
映像越しでも分かる程、酷く動揺しながら怒声を上げている。何があったのかと恫喝混じりに問い詰めているのだろう。
彼等も普段ならもっと慎重な行動を心がけたのかもしれないが、いきなり味方の惨殺死体の山を目撃した挙句、目の前にいるのは戦闘力皆無の愛玩奴隷。動揺する精神そのままに無警戒に詰め寄るのも仕方ない事だろう。
その代償は、高くつく事になったが。
斥候の一人が兎人族の女──ラナのウサミミを掴もうとした瞬間、どこからか飛来した矢がその男の背後にいた別の斥候の頭部に突き刺さった。一瞬の痙攣の後、横倒しになった男の倒れる音に気がついて振り返る斥候。
その瞬間、恐怖に震えていた筈のラナが音もなく飛び上がり、いつの間にか手に持っていた小太刀を振るって斥候の首をあっさり落としてしまった。
そしてもう一人の兎人族──ミナも、地を這う様な低姿勢で一気に首を飛ばされ倒れる男の脇を駆け抜け、突然の事態に呆然としている最後の斥候の首をこれまたあっさり刈り取ってしまった。
まるで玩具の様にポンポンと飛ぶ首に、光輝達が「うっ」と顔を青褪めさせて口元を押さえる。鈴など半分白目を剥いて倒れそうになり、龍太郎に支えられている有様。
リリアーナや近衛騎士達は、兎人族が帝国兵を瞬殺するという有り得ない光景に、思わずシアを凝視する。「特殊なのはお前だけじゃなかったのか!?」と、その目は驚愕に見開かれていた。
「いや、紛れもなく特殊なのは私だけですからね? 私みたいなのがそう何人もいる訳ないじゃないですか。彼等のあれは訓練の賜物ですよ。……ソウゴさんと講師の方々が施した地獄というのも生温い、魔改造ともいうべき調教によって、あんな感じになったんです」
「「「「「……」」」」」
操縦員以外の全員の視線が一斉にソウゴに向けられる。その目は何より雄弁に物語っていた。即ち「またアンタかっ!?」と。
ソウゴはポイッと葡萄を口に放り込み、聞こえないフリをした。
その間にも事態は最終局面を迎える。後続の輸送馬車と残りの帝国兵達が殺戮現場に辿り着いたのだ。
道を塞ぐ様にして散らばる味方の変わり果てた姿に足が止まる帝国兵達。まさか何事もなかった様に死体を踏みつけて先へ進む訳にはいかないし、何より動揺が激しい様で騒めいている。
その致命的な隙を、ハウリアはその隙を逃さなかった。否、全てはその隙を作る為の作戦だったのだろう。相手の帝国兵は残り十三名。対して両サイドの崖から飛び出したハウリアは三名。いつの間にか姿を消していたラナとミナの二人、先程から矢を放っている狙撃手を入れても六名。戦力的には倍の差がある。
しかし帝国兵が飛び出してきたハウリアに対して明確な戦闘態勢をとったのは、四人の首が飛び一人の眉間が矢で撃ち抜かれた後だった。
ハウリアの猛攻は止まらない。流れる水の様に、或いは群体の様に帝国兵に襲いかかる。
一人が正面から小太刀を振るい帝国兵が剣で受け止めた瞬間には、脇から飛び出した別のハウリア族があっと言う間に首を刈る。
初撃とは比べ物にならない程遅く山なりに飛んできた正面から飛来する矢を、見え透いているとばかりに帝国兵が切り払った瞬間、その帝国兵の矢を追う視線を読んでいた様に別の兎人族が死角から滑り込んで首を刈る。
雄叫びを上げて迫る帝国兵に、刈り取った兵士の頭部を蹴りつける。怒り心頭といった様子でその不埒なハウリアに視線が固定された瞬間、背後から突如現れた別のハウリアに首を刈られる。
右と思えば左から、後ろと思えば正面から。縦横無尽、変幻自在の攻撃に終始翻弄される帝国兵達。彼等の首が余さず飛ぶまで……そう時間はかからなかった。
「こ、これが兎人族だというのか……」
「マジかよ……」
「うさぎコワイ……」
"U・L・G"のブリッジに、そんな戦慄を感じさせる呟きが響く。
「サボってはいなかった様だが……まだまだか」
唖然呆然とする光輝達と、涙目で震えながら抱き合っている女性陣(主にリリアーナと鈴)を放って、ソウゴは人差し指を一度立て再び下ろす。
途端、丁度馬車から飛び出て発動寸前の術を放つべくハウリアに手を向けた瞬間の帝国兵が、縦に真っ直ぐ両断された。
ディスプレイに、驚いた様な表情で真っ二つになった伏兵を見ているハウリア族が映っていた。彼等は直ぐ様ウサミミを揺らして、空高くを飛ぶ"U・L・G"に気が付く。
普通なら正体不明の飛行物体に警戒心を露わにするものだろうが……次の瞬間には彼等の表情は喜色に彩られていた。
岩陰から飛び出てきたクロスボウを担ぐ少年などは満面の笑みを浮かべながらワイルドな敬礼を決めている。彼等はそこにいるのが誰なのか気がついた様だ。
当然といえば当然かもしれない。
何せ、"原理不明、理解不能な現象"は、彼等が敬愛する王の代名詞の様なものなのだから……
少年に倣って惚れ惚れする様な敬礼を決めるハウリア族の面々。
ディスプレイにデカデカと映ったその姿に、再びソウゴに視線を向けた。今度は、多分に呆れを含んだジト目で。何をしたら温厚の代名詞の様な兎人族があんな事になるのだと、光輝達の目が無言の疑問を投げかけていた
「ソウゴさん、ソウゴさん。早く降りましょうよ、樹海の外でこんな事をしているなんて……もしかしたらまた暴走しているんじゃ……」
シアがソウゴを急かす。
ハウリア族は明らかに作戦を練って帝国兵の輸送部隊を狙っていた為、どうやら樹海の外まで出張って帝国兵を殺す程また戦いに酔いしれて暴走しているのではないかと心配な様だ。
「……ふぅん、どうやら私が居ない間に随分と面白い事をしていた様だな」
ソウゴはシアの心配を尻目に、探る様な笑みを浮かべて呟いた。よってシアを納得させる意味合いも込めて、パイロット達に谷間に着陸させた。
………………
…………
……
谷間に着陸した"U・L・G"から降り立ったソウゴ達を迎えたのは、整然且つキリッとした顔で並ぶハウリア族六名と、戦々恐々といった様子でソウゴ達を注視する数多くの亜人族だった。
百人近くの大所帯だ。兎人族以外にも狐人族や犬人族、猫人族、森人族の女子供が大勢いて、手足と首には金属製の枷が付けられていた。やはり、リリアーナの見立て通り輸送馬車は亜人奴隷を運ぶ為の物だったらしい。
「ね、ねぇカオリン、シズシズ。鈴、あの亜人さん達みたいな顔、見た事あるよ。あれだよ、ほら、映画とかで宇宙人が宇宙船から降りてきた時の地球人の顔だよ」
「え? ……鈴ちゃん、それって私達が宇宙人っていう事?」
「……正に、未知との遭遇という訳ね」
鈴のなんとも言えない表情での言葉に、香織が目をパチクリさせた。
雫は内心、「この中で一番宇宙人っぽいのは香織よね」と思ったが口にはしなかった。
現実離れした美貌という点ではユエも同じだが、加えて銀髪というのは如何にもそれっぽい。見るからに騎士と分かる近衛達や兎人族のシアがいなければ、亜人族の視線は香織に集中していた事だろう。
そんな驚愕八割、警戒二割で絶賛混乱中の亜人族達の中からクロスボウを担いだ少年が颯爽と駆け寄って来た。そしてソウゴの手前で背筋を伸ばすと、見事な敬礼をしてみせた。
「お久しぶりです、陛下! 再びお会いできる日を心待ちにしておりました! まさか、この様な物に乗って登場するとは……この必滅のバルトフェルド、改めて感服致しましたっ! それと先程のご助力、感謝致しますっ!」
「まぁ、先程の戦闘はギリギリ及第点といったところか。武器に頼っているという事は、六式はまだ使える段階ではない様だな。加えて、抑々存在を悟られるな。暗殺者としての自覚を持て」
ソウゴがテストのミスを指摘する様に先程の戦闘での問題点を並べると、ウサミミ少年──必滅のバルトフェルドを自称するパル君(十歳)と同じく駆け寄ってきたラナとミナ、そして男三人が敬礼を決めつつ、一斉に踵を鳴らして足を揃え直すと見事にハモりながら声を張り上げた。
「「「「「「一層精進致しますっ、Sir!!」」」」」」
谷間に木霊する感動で打ち震えたハウリア達の声。
敬愛する王に、直々に指導される喜びに涙ぐむが、決して涙は流さない。全員空を仰ぎ見ながら目にクワッ! と力を込めて流れ落ちそうになる涙を堪えている。若干、力を入れすぎて目が血走り始めているのが見様によっては滑稽だ。
当時を知る三人は平然としているが、後に加わったティオや香織を含めその他メンバーはドン引きである。
「えっと……皆、久しぶりです! 元気そうでなによりですぅ。ところで、父様達は何処ですか? パル君達だけですか? あと、なんでこんな所で帝国兵なんて相手に……」
「落ち着いてくだせぇ、シアの姉御。一度に聞かれても答えられませんぜ? 取り敢えず今、ここにいるのは俺達六人だけでさぁ。色々事情があるんで、詳しい話は落ち着ける場所に行ってからにしやしょう。……それと、パル君ではなく"必滅のバルトフェルド"です。お間違いの無い様お願いしやすぜ?」
「……え? 今そこをツッコミます? っていうかまたそんな名前を……ラナさん達も注意して下さいよぉ」
相変わらずのパル君に、シアが頭痛を堪える様にこめかみを押さえながらツッコミを入れる。
とはいえ場所を移すべきだという意見は尤もなので、取り敢えずそれ以上の追及はせず、シアはラナやミナといったお姉さん的立場の二人にパルの厨二全開の改名を止めさせるよう注意を促した。
だが、現実というのは常に予想の斜め上をいくものなのだ。
「シア。ラナじゃないわ……"疾影のラナインフェリナ"よ」
「!? ラナさん!? 何を言って……」
ハウリア族の中でも、しっかりもののお姉さんだったラナからの、まさかの返しにシアは表情を引き攣らせる。
しかしハウリアの猛攻は止まらない。連携による怒涛の攻撃こそが彼等の強みなのだ。
「私は"空裂のミナステリア"!」
「!?」
「俺は"幻武のヤオゼリアス"!」
「!?」
「僕は"這斬のヨルガンダル"!」
「!?」
「ふっ、"霧雨のリキッドブレイク"だ」
「!?」
全員が凄まじいドヤ顔で、其々香ばしいポーズを取りながら二つ名を名乗った。シアの表情が絶望に染まる。口から「うぼぁ」と奇怪な呻き声が漏れ出した。
どうやら、ハウリアの中では二つ名(厨二)ブームが来ているらしい。この分だと、一族全員が二つ名を持っている可能性が高い。
因みに、彼等の正式名は頭の二文字だけである。
久しぶりに再会した家族が、ドヤ顔でポーズを決めながら二つ名を名乗ってきましたという状況に、口からエクトプラズムを吐き出しているシアの姿は実に憐れだった。
そんなシアの苦悶を知ってか知らずか、ソウゴは呆れ顔で「長い、呼びづらい、ウザい。止めろ」と一刀両断した。
「あの……宜しいでしょうか?」
その時、しっとりした声音が響いた。
ソウゴにばっさりと却下され、地面でのたうつハウリア達をそそと避けながらそう声をかけてきたのは一人の亜人族の女性だった。
足元まである長く美しい金髪を波打たせた、スレンダーな碧眼の美少女だ。耳がスッと長く尖っているので
ソウゴは、どこかフェアベルゲンの長老の一人であるアルフレリックの面影があるな、と感じつつ視線で先を促した。
「貴方は、常磐ソウゴ殿で間違いありませんか?」
「如何にも」
ソウゴが頷くと、森人族の少女はホッとした様子で胸を撫で下ろした。細い腕に嵌められた金属の枷がジャラリと音を鳴らす。
なんとも痛々しい有様だ。特に、足首に付けられた枷は歩く度に擦れるのだろう。彼女の白く滑らかな肌が赤く腫れてしまっている。
「では、私達を捕らえて奴隷にするという事は無いと思って宜しいですか? 祖父から、貴方の種族に対する価値観は良くも悪くも平等だと聞いています。亜人族を弄ぶ様な方ではないと……」
「祖父……、ふむ。貴様、アルフレリックの血縁だな?」
「その通りです。申し遅れましたが、私はフェアベルゲン長老衆の一人アルフレリックの孫娘、アルテナ・ハイピストと申します」
「長老の血族が虜囚になるとは、警備の者は何を……あぁいや、何でもない」
長老の孫娘と言えば紛れもなく森人族の姫という事であり、当然その警護やいざという時の逃走経路・方法もしっかり確立してある筈だ。それらを使用する事も無く、或いは使用しても捕まってしまったと言うなら、それだけ逼迫した事態に晒されたという事だろう。
ソウゴは"情けない"と言おうとして、途中で止める。
よくよく考えてみれば、フェアベルゲンの主戦力だったであろう熊人族や虎人族を不敬罪の名目で根絶やしにしたのはソウゴ自身である。つまり今回の遠因は自分にあると言えなくもない為、ソウゴは非難を中断したのだ。
だがそれはそれとして幾つか疑問は残る為、ソウゴはパル達から詳しい話を聞く必要があるなと視線を鋭くした。
その様子をジッと見ていたアルテナの視線を制して、ソウゴはパル達に声をかける。
「パル、亜人達を先導しろ。樹海まで送る。」
「Yes,Sir! あっ、申し訳ないのですが陛下。帝都近郊に潜んでいる仲間に連絡がしたいので、途中で離脱させて頂いても宜しいでしょうか?」
現在、ソウゴ達がいるのは帝都のかなり手前の位置だ。そんな場所に亜人奴隷の輸送馬車がいたという事は、この輸送は『樹海から帝都へ行く』ものではなく『帝都から他の場所へ向かう途中』だったという事だ。
つまり、パル達は帝都に何らかの情報収集をしに行って輸送の話を知り追いかけてきた、という事だろう。
察すると同時に納得し、ソウゴは了承の意を伝える。
「構わん。我々も帝都に用があった、帝都から少し離れた場所で一緒に降ろす」
「有難うございますっ! おいアンタ達、 陛下が直々に樹海まで送って下さるそうだ! 死ぬ程感謝しろ! さぁさぁ付いて来い、家に帰りたくないって奴ぁ別だがなぁ!」
十歳のウサミミ少年の張り上げた声に、大の大人も含めて亜人族達はビクっとなった。とはいえ、家に帰れると言われれば不安と恐怖はあれど期待してしまうもの。
亜人達は、パル達の先導に従っておずおずと歩き始めた。それを見て、ソウゴ達も"U・L・G"に戻る。
するとその時、ソウゴの近くで「きゃ!」と可愛らしい悲鳴が上がった。アルテナが、足枷の鎖のせいで躓いた様だ。わたわたと両手が宙をかき、咄嗟に近くにあったもの──即ちソウゴの背中にしがみつこうとして、振り向いたソウゴの腕に収まった。
亜人族達が一瞬で青褪めて硬直する。帝国兵が相手だったなら、支え代わりにした瞬間、平手でも飛んでくるところだ。「なに許可なく触ってんだ、薄汚い獣風情がっ!」とか何とか怒鳴りながら。
なのでアルテナもそうされるのではないかと、殴られる姿を幻視したのだろう。
しかし……
「あぁ、忘れていたな」
アルテナの姿勢を戻したソウゴは、スッとアルテナの前に跪いた。その事に、亜人達がざわっと動揺した様に騒めく。
「あ、あの……」
「いいからジッとしていろ」
いきなり跪かれて動揺するアルテナだったが、次の瞬間には、驚きで目が丸くなった。ソウゴが足枷に触れた途端、足枷が朽ちて塵になったからだ。
「魔力鉱物でも魔鋼でもないなら、
ソウゴは立ち上がると、今度はアルテナの手枷に触れる。同じく、ボロボロと崩れだした。
最後にアルテナの首筋に触れる。奴隷用の首輪が着けられているからだ。「力づくで破壊してもいいんだが、傷がつくのも悪い」と言いながら、ソウゴは同じ様に首輪を崩壊させる。ソウゴの言葉に、何故かアルテナの頬が熱を持った。
あっさり枷を解いたソウゴは、「次は……」と呟くと、くるりと身を翻して他の亜人達に目を向ける。
そのまま手を翳すと、その掌から大量の目視できない極細の繊維の様な物が無数に伸びる。それらは一瞬で亜人達の枷に密着し、アルテナと同じ様にボロボロと朽ちさせた。
「付けたままでは動けんわな。私とした事がうっかりしていた」
参った参ったと嘯きながら、頭を掻いて再び艦へ足を進めるソウゴだった。
それから暫くして、枷を外された全ての亜人達を収容した"U・L・G"は再び空の旅へと戻った。
大人達は"空飛ぶ乗り物"という存在そのものに終始度肝を抜かれている様で、半ば放心している者達ばかりだった。だが種族は違えど子供が元気なのは万国共通らしく、特に景色がよく見えるポイントには歓声が集まっていた。
帝国に捕まっていた時の暗い面持ちは最早無く、【フェアベルゲン】で見る様な笑顔が戻っている。
そんな子供達を見守っているアルテナに、一緒に捕まっていた付き人である森人族の女性がポツリと尋ねた。
「……アルテナ様。彼は、本当に帰してくれるのでしょうか?」
不安と期待が入り混じった声音に、アルテナは子供達から視線を逸らさないまま答える。
「お爺様の仰っていた通りの方でした。あの方には、良くも悪くも亜人に対して思う所は無い……いえ、より正確には"興味が無い"のでしょう。手間でなければ助けて頂けるし、この様な凄まじいアーティファクトにも乗せて頂ける。自由行動の許可まで与えて」
「それは、そうですが……しかし、人間ですよ? しかも、あの長老衆の一人だった熊人族のジン様を殺害した上、土人族のグゼ様、虎人族のゼル様も処刑、そしてその三つの種族を粛清した狂人です。或いは……」
根強い"人間不信"に加え、"大粛清"から齎される恐怖を示す彼女を制止する様に、アルテナは小さく首を振った。
「あれは、仕方が無かった。あのお方の機嫌を損ねた我々が悪かったのです。……いずれにしろ、私達に出来る事はありません。委ねるしかないのです。いざとなれば、私がこの身を差し出しても……」
「アルテナ様……」
確かに、委ねる以外に無い。付き人は自分が立つ建造物の──それを所有する暴力の化身の凄まじさに納得せざるを得なかった。同時に、悲愴な覚悟を持つアルテナに深い敬意を覚えた。
一方その頃。ソウゴ達はというと、ブリッジに集まってパル達一連の事情の説明を受けているところだった。
「──で、貴様等何故こんな外れまで出歩いている? アルフレリックの孫娘が攫われたのならば、フェアベルゲンまで侵攻してきたか?」
「肯定です、陛下」
背筋を伸ばして答えたのはパルだ。
彼等はバルトフェルド小隊で、名の通りパルが小隊長を務めているらしい。まだ幼いながらも中々の気概と指揮能力、狙撃手という後方から全体を俯瞰し観察・分析出来る立場から選ばれたそうだ。
「それは……本当なのですか? 帝国は、樹海の霧をどう攻略したというのでしょう?」
思わず、といった様子で訊ねたのはリリアーナだ。
純粋な疑問と、帝国まで王国に隠れて新たな力を得ているとあれば由々しき事態だという懸念が、その幼さの残る美貌に浮かんでいる。
パルは一瞬だけリリアーナに視線を向けると、問う様に再びソウゴに視線を戻した。リリアーナの問いかけに返事をしない事に、護衛達が俄かに殺気立つ。だがパルはそれを柳に風と受け流し、ただソウゴの答えを待っている。
「リリィ、気持ちは分かるが今は口を閉じている様に。連れの兵士達が騒がしくなるからな。バルトフェルド、リリィは先日私の娘となった。それなりに丁寧に扱ってやってくれ。……それと兵士諸君。命が惜しければ気を荒立てるな。此奴はまだ若いがこれでも私が手ずから育てた戦士だ、争えば首が飛ぶのは自分達の方だと理解しておけ。そうなっても私は止めんからな」
「……申し訳ありません、出過ぎた真似を致しました。お父様にお任せします」
「御意!」
「「「き、肝に銘じます……!」」」
ソウゴが口を開き、リリィへの注意、パルへの説明、護衛達への警告を一気に済ませる。パルは了解の返事を返し、護衛達も慌てて気を静める。そしてリリアーナは、どこかしょぼんとした様子で引き下がった。
彼女もまた敬虔な聖教教会の元信徒であった事から、関わる事は無かったとはいえ亜人族への差別意識も当然あった。
だが、創世神エヒトの真意とその狂気的な手口を知った今となっては、不思議な程亜人族への差別意識が無くなっている事に気が付いた。
パルに無視された事も、歩み寄るべき相手に歩み寄ろうとする事を周囲がよく思わない事も、リリアーナには悲しい事だった。
尤も、パルがリリアーナの事を無視したのは単にソウゴの許可無く部外者に報告するのはいかがなものかと思っただけなのだが。
「取り敢えず、順を追って話せ」
「了解であります。……事の始まりは、帝国ではなく魔人族によるものでした」
パルは少し思案する素振りを見せてから、実際に見聞きした事実とフェアベルゲンの戦士達や敵を尋問して得た情報を基に組み立てた事実を話し始めた。
………………
…………
……
その日は、朝から妙に樹海がざわついている様だった。
明確な根拠は無い。他の亜人族にあっては「何の事だ?」と首を傾げる事だろう。だが、兎人族にとっては確かに感じる事だった。
兎人族は、亜人族に於いて最弱の種族だ。強靭な肉体も、高い身体能力も、圧倒的な膂力も、特殊な技能も持たない。優しい性格で平和的。気弱で争い事が何より苦手。
だからこそ、危機察知能力と身を潜める技能に関しては他の追随を許さない種族。
特に、その逃げ隠れに特化した唯一の能力を先鋭化させ、それをソウゴによって持ち込まれた異世界の技術を合わせる事で戦闘能力にまで高めた兎人族の異端──ハウリア族ならば、より明確に感じる事が出来た。
「ウサミミが疼きやがる……」
真白の濃霧の中、高い樹木の太い枝に立ち、ウサミミをピコピコさせている少年──パルが呟いた。
本来多くのお姉様方に可愛がられるだろう美少年というべき面差しは、歴戦の軍人もかくやという覇気と戦意を湛えている。
「嫌な感じね……帝国兵に遭遇した日の事を思い出すわ」
どこか艶を感じさせる声音でパルに応えたのは、ネア・ハウリア。濃紺色のセミロングを掻き上げる仕草に妙な色気がある。視線は鋭く、パル同様歴戦の軍人の様だ。……因みに、ネアは十歳。パルの友達である。
現在ハウリア族は族長であるカムの指令の下、樹海の方々へ哨戒に出ていた。
何かが起きたとして、
その為、自分達の集落周辺だけでなく【フェアベルゲン】や他の場所にも監視の目を向けているのだ。
「……そうだな。だが、もう以前の俺達とは違う。もう家族を奪われはしねぇ」
「えぇ。悉く、その首を刈り取ってやるわ。……とは言っても、この私達の聖域にノコノコ入ってくるとは思えないけれど」
十歳の少年少女が織りなす物騒な会話が小さく響く。
その時、二人が一糸乱れぬ動きで同時に一つの方向へ視線を転じた。
「感じたか?」
「微かに。何、この気配……?」
ソウゴとはまた違う、樹海で未だ嘗て感じた事の無い気配にウサミミが逆立つ。二人は互いに頷き合うと、次の瞬間一気に駆けだした。枝から枝へ、濃霧を僅かに攪拌しながら凄まじい速度で移動していく。
「っ、悲鳴!」
「戦闘音も聞こえる。けど……何、この音?」
ウサミミを突く「ヴヴヴヴッ」という奇妙な音。近い音を挙げるなら虫の羽搏きだが、それよりももっと高域で頭痛を引き起こしそうな不快な音だ。
パル達は気配を極限まで薄めながら争乱の場へと接近する。少しして見えたのは、血に塗れて倒れている猪人族と狼人族の男。……否、血に塗れてどころではない。
「……こいつぁ凄まじいな」
「胴体が真っ二つ、ね。とんでもない切れ味よ」
地面に着地するなり、フェアベルゲンの警備隊員だと思われる二人の死体を検分して険しい表情になる二人。
直後、二人のウサミミがゾワッと逆立った。
「回避ッ!」
「承知!」
同時に、其々が逆方向に飛び退く。
刹那、二人が先程までいた場所を何かが高速で通り抜けた。視認する余裕は無い。一筋の影にしか見えない程の移動速度。
パルとネアが戦慄しつつも着地したと同時、二人の背後にあった木が斜めにズレた。小さな地響きと共に、何かに切断されて木が倒れた。
「バルトフェルド!」
「チッ!」
舌打ち一つ。その場から横っ飛びしたパルの背後から、二メートル近い巨体が飛び出してきた。今度は先程の何かよりは移動速度は無く視認できる……が、だからといって回避以外の選択肢は無かった。
その正体は、堅固な甲殻と凶悪な角を持った昆虫だった。カブトムシに酷似したフォルムのソレが、背中の羽から魔力と思しきものを噴射して凄まじい速度で突進してきたのである。進路上にあった大木が、木端微塵に粉砕され吹き飛んでいく。
更に、ネアに向かって高速で何かが迫った。独特の音をウサミミが捉えた瞬間、日頃の訓練の賜物か意識するより早く地面に伏せ辛うじて回避するネア。
「ネアシュタットルム! 無事か!」
「無事じゃない! 先端のウサ毛を斬られた! 野郎ぶっ殺してやるっ!」
はらはらと舞う自分のウサ毛を見て、ネアは普通なら美少女と称賛されるだろう可愛らしい顔を般若の如く歪ませる。
因みに、ネアシュタットルムというのはネアの二つ名だ。正式名称は"外殺のネアシュタットルム"である。
とても十歳そこらの少女とは思えない血走った目で周囲を睨むネアだったが、自分たちの周囲に集まり始めている魔物と思しき気配の数に、口の端を引き攣らせる。
「バルトフェルド」
呼ばれたパルも気が付いているらしい。険しい表情のまま静かに指示を出す。
「交戦不可、情報優先。援護する、行け」
「了解」
端的な命令に同じく端的に返す。余計なものを挟まない姿は歴戦の軍人の如く。
パルの戦意が高まり、殺気が辺りに撒き散らされる。気配操作の技能により、存在感が膨れ上がる。
同時に、ネアの気配が濃霧に紛れる様に消えていく。
逃がすものかと言わんばかりに、超高速の何かが「ヴォン…!」と空気を破裂させる様な音と共に飛び出してきた。
一瞬で追いつき、ネアの背後に攻撃を……
「ギィッ!?」
加える直前で小さな悲鳴を上げて錐揉みし、その魔物は木に激突して地に落ちた。
超高速で飛び進路上の対象を割断する何かの正体は、どうやら極薄の羽を六枚持った蜂型の魔物だったらしい。その胴体に、太い矢が突き刺さっている。
「どれだけ速くても、直線起動じゃあ俺の矢からは逃げられねぇぜ?」
クロスボウを構えるパルが不敵に笑う。ネアを襲うだろう事を予測し、極限まで研ぎ澄まされたウサミミで襲撃の瞬間を察知、直感で矢を放ち当てるという熟練の一撃。
嘗て草花をこよなく愛した少年は、今やハウリア族随一の狙撃手だった。
ネアの気配は既に無い。パルでも捉え切れない程気配を殺して、既に戦線を離脱した様だ。
ドッ! という衝撃音と共に甲虫が突進してくる。それも三方向から一斉に。
「おっと、俺も撤退しなきゃな。……やれやれ、一体こいつらは何なのか」
クロスボウにロープ付きの矢をセット、即座に撃ち込み本体のギミックを作動させる。高速の取り巻き機だ。パルは一瞬で甲虫の頭上に飛び上がった。下方で三体の甲虫が衝突し、凄まじい衝撃が周囲の地面を吹き飛ばす。
枝の上に着地したパルのウサミミに、ヴヴヴヴッという無数の羽音が伝わる。それ以外にも様々な気配を捉え、冷や汗が蟀谷を伝う。
「こいつぁ、本気で遁走しないとヤベェな……」
普通の兎人族なら既に生存を諦める状況。否、他の亜人族でもそうだろう。或いは、顔をくしゃくしゃにして天に命乞いをするところか。
しかし、即席のブービートラップを淀みなく設置しながら死の鬼ごっこを開始したパルの顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。
その後、逃げ隠れだけで生き延びてきた種族なだけあって、パルは悠々と魔物達の追跡を撒き逃げ切る事に成功した。
そうして不穏な気配が漂う樹海の中を、一路集落目指して疾走していると……
──ヴォオオオオオオオッ!
そんな腹の底に響く様な重低音が樹海全体に響き渡った。
「これは……フェアベルゲンの警報音?」
年に一度、訓練を兼ねて鳴らされる【フェアベルゲン】の緊急警報。大笛による警笛は【フェアベルゲン】全体、或いは都において緊急事態を示すもの。どうやら新種の魔物の襲来は、亜人族の国を揺るがす程の規模の様だ。
「ま、何はともあれまずは族長に報告だ」
より足を速め、程無くしてハウリア族の集落へと到着した。フェアドレン水晶が作り出す濃霧除けの結界の中へ飛び込む。
集落の中心部では、既にカムが幾人ものハウリア族から報告を受けていた。その中にはネアの姿もある。
「バルトフェルド!」
「応!」
ネアがパルに気付いて手を挙げる。怪我らしい怪我も無く無事に戻って来たパルを見て、ネアだけでなくカム達も僅かに表情を緩めた。
「よく戻った、バルトフェルド」
「はい族長。いくつか新種の魔物の情報が有ります」
「聞こう」
カムの静かな声が響く。腕を組み、瞑目する姿は堂に入っている。
パルは、ネアと別れた後に手にした情報を報告する。
曰く。超高速で飛び回り、すれ違い様に対象を割断する蜂型の魔物。背中より魔力を噴射し、自身の超重量と恐ろしく頑丈な一角を以て突撃してくる甲虫型の魔物。羽の紋様から熱線を放つ蝶型の魔物。羽の音で樹海先住の魔物を操る鈴虫型の魔物等。
先住の魔物以外は濃霧による"感覚が狂う"という作用に例外は無い筈だが、それらの魔物は全く意に介してなかった。正確にパルの位置を把握しており、気配遮断に長けた兎人族だからこそ逃げ切る事が出来たと言えるだろう。
「やはりどれも新種だな。他の者からの報告では、周囲の景色に完全同化出来る枝の様な魔物もいるそうだ。長い足で木の上から刺突を放ち、毒もあるらしい」
「成程。そいつらがフェアベルゲンを襲っている、と」
「正確には、"魔人族と、奴等が引き連れた魔物"が、だな」
「魔人族! 侵攻ですか!?」
「かもしれん。イオルニクス達の報告だと、魔人族自体には樹海の効果は出ているそうだ。どうやってか連中、樹海で活動できる魔物を大量に仕入れたらしい」
集まっているハウリアの面々が難しい表情となる。
その時、新たなハウリアの女が飛び込んできた。
「ラナインフェリア、及びミナステリア。ただいま帰還しました」
ラナとミナは【フェアベルゲン】の対応状況を確認すべく出払っていたメンバーだ。持ち帰ったであろう情報に、誰もがウサミミを欹てる。
「フェアベルゲンは門を閉ざし、戦士団の総力を以て迎撃に当たっています。しかし完全に奇襲を決められた様で、既に多数の死傷者が出ています。特に南寄りの集落やその周辺を巡回していた警備隊はほぼ全滅状態らしく、動揺が士気に影響しています。魔物が強力な事もあり、防衛線を突破されるのも時間の問題かと」
予想は出来ていた。だがそれでも、ざわつく事は避けられない。ハウリア族は既に離反したとはいえ、亜人族国家壊滅の危機だ。
「狼狽えるな!」
落雷の様な怒声が響き渡った。条件反射の様に、ハウリア全体がザッと足音を立てて姿勢を正す。鋭い、鷹の様なカムの眼光が巡る。
「フェアベルゲンが劣勢だからなんだというのだ。我々のやる事に変わりは無い、違うか?」
全員の顔に、不敵な笑みが浮かぶ。
「フェアベルゲンが時間稼ぎをしてくれるなら、今の内に我々は十分に準備をっせてもらおうじゃないか。……聞け! ハウリア諸君!」
あっさりと【フェアベルゲン】を捨て駒にしたカムに、ハウリア達はウサミミを傾ける。
「敵はいずれここまでやって来る、座して死を待つ等愚の骨頂だ! 樹海はそれ程甘い所ではないと骨身に刻んでやろうではないか! ガルフストリーム小隊! 防備を整えろ! トラップ地帯の最終確認をしておけ!」
「Sir,yed,sir!!」
「アイデルハイト小隊! 魔人族の編成を調べろ!」
「Sir,yes,sir!!」
「インビジブル小隊! お前達は魔物の特性を調べろ! 行動パターンと固有魔術を徹底的にな!」
「Sir,yes,sir!!」
「バルトフェルド小隊! フェアベルゲンに赴き援護せよ! 但し姿は見せず、時間稼ぎに徹しろ! フェアベルゲンが保てば保つだけ我等の有利となる。然る後に撤退し、状況を報告しろ!」
「Sir,yes,sir!!」
「残りの小隊は他の同族の集落へ急げ! 少しでも安全な場所へ避難させるか、場合によってはこの集落へ連れてこい!」
「Sir,yes,sir!!」
「さぁ諸君! 遥々南の僻地より余興を提供してくれた彼等に、最高のもてなしをしようではないかっ!!」
「「「「「YAHAAAAAAAAッ!!!!!!」」」」」
初の対外戦力との戦い。自分達の集落を、家族を、同族を。今度こそ守れるのか……。
理不尽に抗う心と力を。そう求めて与えられ、鍛えられた力。
最弱と揶揄されたウサギ達の真価が、試される時が来た。
怒声と悲鳴が木霊する【フェアベルゲン】が敷いた防衛線より、五百メートル程南。
「もう少しだ、急げ! 一人でも多くフェアベルゲンに収容しろ!」
全身を血と汗で濡らした豹人族の男──第二警備隊隊長レドが声を張り上げる。前隊長であるギル、及び虎人族の粛清により新たに隊長職に就いた彼の視線の先には、警備隊に守られながら必死に【フェアベルゲン】目指して駆ける同族がいた。
彼等は南の集落の生き残りだ。命辛々戻った警備隊の生き残りが伝えた危急の知らせを受けて、レド達は救援に駆けつけたのだ。
「隊長、もう保ちません! 防衛線までは逃げ切れない!」
──非戦闘員たる避難民を連れては、という言外の言葉を感じ取り、レドは歯を鳴らした。
「出来る出来ないではない、やるしかないんだ! 俺達はその為にいるんだぞ!?」
「ですがっ! 避難民の殆どは兎人族で──」
「それ以上言うな!」
生き残りの多くは、逃げ隠れが得意な兎人族だった。争いを何より苦手とする彼等は、老若男女誰もが怯えた様子で必死に逃げている。
最弱種族への軽視の価値観は根強い。兎人族を救う為に、貴重な戦力である警備隊が命を投げ出すのかという想いを抱く部下を、一概に責められない。たとえ、レド自身に偏見など無かったとしても。
「もう一度言うぞ。戦えない同胞を死守する、それが俺達の役目だ。少なくとも、フェアベルゲンの戦士となった日、俺はそう誓いを立てた。お前は違うか?」
「っ、……自分も同じです!」
大きく深呼吸し決然とした眼差しとなった部下に、レドは力強く頷く。
──直後。
「ッ! どけっ!!」
「!?」
レドは部下の青年を片手で突き飛ばした。刹那、濃霧を吹き飛ばして甲虫型の魔物が突っ込んできた。警備隊の防衛網が突破されたと理解すると同時、翳した剣に甲虫の一角が激突した。
「がぁ!?」
意識を彼方に飛ばされたのかと錯覚する様な衝撃。
ピンボールの様に吹き飛んだレドは、地面をバウンドしてから背後の大木に激突した。
「隊長!」
部下の叫ぶ声が聞こえた気がしたが、全身がバラバラになりそうな激痛により応える事が出来ない。ただ、吹き飛んだレドを勢いそのままに追撃しようとする魔物の姿だけがその霞む視界に映った。
(こんな、ところで……っ!)
歯噛みするレド。視界いっぱいに広がる魔物の巨体。そして、
「さて、これは効くか?」
頭上より聞こえた声。
次の瞬間、突進していた魔物が悲鳴を上げ錐揉みしながら僅かに進路がズレる。そのままレドの脇を通り過ぎ、地響きを上げながら墜落していった。
更に濃霧の向こうから連続した魔物の悲鳴が聞こえ、やがてそれも小さくなり消えていった。
「小太刀を使っても甲殻にダメージ無し。但し関節部に有効」
「突進中に開く甲殻の中は弱点。ダメージ大を確認」
「魔力噴射を推進力にしている。これを固有魔術と断定。二つある噴射機構の出力調整である程度の進路変更が可能。どちらかを狙撃すれば意図的に進路を変えられる」
「十分だ。対象を次の魔物に移す」
レドが苦し気に頭上を仰ぐと、凭れる大木の上に複数の人影を見た。その頭頂部でピコピコと忙しなく動くウサミミ……
「と、じんぞく……だと?」
シュパシュパシュパッと枝から枝にへと飛び移って濃霧の向こうへ消えていく兎人族達を呆然と見るレド。そんな彼を、最後に残った兎人族の男がニヤリと笑って見下ろした。
「同族を守ってくれた礼だ、精々足掻いて生き残れ」
それだけ言って、最後の兎人族も濃霧の中に消えていった。気配に敏感なレドをして、一瞬にして気配を感じられなくなった。
「隊長! ご無事ですか!? 一体何が……」
慌てて駆けてくる部下を前に、レドは乾いた笑いを上げる。部下が「頭を打ったのか!?」と更に慌てるが、反論する余裕も無い。
レドの脳裏を過るのは、青みがかった白髪の兎人族。
不思議と、魔物が襲ってくる気配は無い。彼等がどうにかしたのかと予測しながら、レドは軋む体を叱咤して起こす。
「隊長?」
「っ……問題無い! 助力があって命拾いした、それより直ぐに次の魔物が来るぞ。今の内に一気にフェアベルゲンまで駆ける!」
「りょ、了解です!」
指示を出す為駆けていく部下の背を見送るレド。状況は依然厳しい。果たして、防衛線は無事なのか……
「……クソッ。これ程の無力を感じたのは、あの男を見た時以来だ」
レドは厳しい表情のまま、吐き捨てる様にそう言った。
【フェアベルゲン】の中枢たる長老会議の場には、最古参の森人族族長たるアルフレリックをして未だ嘗て感じた事が無い程の重苦しい雰囲気が満ちていた。当然と言えば当然だろう。何せ、今正に亡国の危機に晒されているのだから。
車座になっている長老衆の内、豹人族族長のザフが拳を床に叩き付けながら咆えた。
「クソッ、一体どうなっている!? 何故外の魔物が樹海の影響を受けない!」
「未だに情報は入っていません、今は“何故”より“どうすれば”を議論しなければ」
長老衆の中でも若手である狐人族族長のルアが糸目を更に細めて言う。
「落ち着けザフ、ルアの言う通りだぞ」
「とはいえ、魔人族が統率する魔物の力は常軌を逸している。防衛線もいつまで保つか分からないわよ」
土人族族長のグゼに代わって長老衆に選ばれた猪人族族長のノボシが窘める言葉を吐き、翼人族族長のマオが頭を振った。
「そんな事は分かっている! アルフレリック、貴方が最も長く生きている。何かないのか?」
ザフが藁にも縋る様な声音で尋ねる。アルフレリックは瞑目していた両の眼をゆっくり開いた。
「……或いは、資格者か」
その呟きに、全族長が肩を震わせた。脳裏を過る、三つの種族を根絶やしにした栗毛の青年。
「馬鹿な……建国以来一人も現れなかった存在が、こんな短期間にもう一人?」
「一人現れたのだ、後何人いてもおかしくなかろう。尤も、常磐ソウゴと異なり此度の相手は魔人族。敵対の意思無しと伝えたところで、果たして矛を収めるか……」
アルフレリックは一拍置いて、意を決した様に口を開いた。
「国を捨てる……その選択肢を考えるべきかもしれん」
「何をっ!」
ザフが反論しかけるが、直ぐに口を噤んだ。他の族長達も絶句している。
「命には代えられん。樹海の更なる奥地、北の山脈地帯、南大陸、或いは大陸を横断し、遥か西の海にいる同胞の町に保護を求める。いずれも厳しい道だが、徹底抗戦よりは生存の可能性はあろう」
「だが、この地を捨てるなどっ! 我等の聖域、故郷だぞ!?」
「死んでしまっては意味が無い。国が無くとも生きてさえいれば、いつかまた寄り添い合う事が可能であろう」
反論の言葉は無く、しかし容易に決断出来る事でもなく。長老達は再び重苦しい雰囲気の中に沈み込んだ。
そこへ、決断を後押ししてしまう様な報告が飛び込んできた。バンッと激しい音を立てて飛び込んできた狼人族の青年が、泣きそうな顔で叫ぶ。
「戦士団団長、ゴート様が戦死されましたっ!」
「「「「「っ!?」」」」」
【フェアベルゲン】の戦士団を纏めていた狼人族族長ゴート。長老衆の信頼も厚い、亜人族にとって軍の象徴的人物だった。その人物が討たれた衝撃は計り知れない。
「現在、副団長が指揮を引き継いでおられますが、既に防衛線を最終ラインまで下げる事を決定しています。……そして、副団長からの伝言です。──『我等、ここを死地とする。長老衆に於いては、フェアベルゲンより退避を』と!」
「最早、猶予無しか……」
アルフレリックの言葉に異論は出なかった。
孫娘アルテナを想いながらアルフレリックは各種族の次代の種を選別し、優先的に脱出させる決議を取ろうと口を開きかける。
するとそこへ、更に伝令が飛び込んできた。やって来たのは決死の諜報を行っていた狐人族の青年だ。
「ルア族長、長老衆の皆様。ご報告致します。敵の狙いは"真の大迷宮"の模様です」
「っ、それは本当ですか?」
ルアが糸目を見開いて思わず問い返す。
「はっ。瀕死の同胞達に魔人族共が尋ねているのを聞きました。一体何の事か、答えられた者はいませんが……」
報告に来た狐人族の青年自身、困惑を露わにしている。が、少し前の騒動が脳裏を過っているのだろう。長老衆を窺う様に見つめている。
ルアの視線がアルフレリックへ向いた。
「是非も無い、教えて手を引くなら安いものだ。私が出向く。その方が説得力もあろう」
いざという時の為に、ザフ達他の族長への脱出の準備を促しながらアルフレリックは早々に部屋を出て行った。
「アルフレリック様、危険です! 内容をお伝え頂ければ我等がっ!」
種族に関係無く、長老会議の側近達が言い募る。アルフレリックはそれら全てを「議論している時間的余裕は無い」と切り捨てながら、一応の妥協案として愛用の弓矢を持ってこさせ最年長とは思えない速度で門へと向かった。
最終の防衛線は、都への巨大な門そのものだ。その前にロープを切るだけで転がり出る大木の防壁があり、後は周囲の木々や門の上部から矢で攻撃出来る様になっている。
アルフレリックは年齢も体重も感じさせない動きで門の上部に登り切ると、目を凝らして戦況を確認した。
「よく戦ってくれている」
その言葉通り、戦士団はよく戦っていた。誰も彼も傷ついているが、決死の覚悟で未知の魔物を阻んでいる。
だが、時間の問題なのは明らかだ。アルフレリックはその遠くまで見通す瞳で、敵側の後方に人影を捉えた。大きく息を吸うと、よく響く声で名乗りを挙げる。
「私の名はアルフレリック・ハイピスト、フェアベルゲンの長老衆が一人! 魔人族よ、"真の大迷宮"を求めるか!」
怒号と悲鳴が木霊する戦場に不思議とよく響いたその声に、フェアベルゲンの戦士達がギョッとした様に一瞬動きを止めた。一拍して、魔物達も動きを止める。
その狭間を魔人族──ダヴァロスが進み出てきた。
「ほぅ、貴様が長老とやらか。その様子だと、"真の大迷宮"を知っているな?」
「知っている。長老衆にのみ口伝で伝わっているものだ、内容ならば教えよう。引き替えに、これ以上の戦闘を即刻止めてもらいたい。我等は貴殿達の大迷宮攻略を邪魔立てしたりはせん」
「ふむ、命と引き替えに情報を渡すと? 交換条件という訳か」
考える様に顎を撫でるダヴァロス。【フェアベルゲン】の戦士達が固唾を吞んで見守る。
果たして、ダヴァロスの答えは……
「何故、私達が後方に下がっていたか。考えたか?」
「……何の話だ?」
「出来る限り温存する為だ。"真の大迷宮"に挑む前に消耗などしたくはなかったのでな。まして、我等選ばれし種族の力を亜人族如きに使うなど贅沢が過ぎるというものだ」
ざわり、と。戦士達から怒気が立ち昇る。全く意に介した様子を見せないダヴァロスは、スッとその視線をアルフレリックへと向けた。
その瞳に宿る狂気を見て、アルフレリックは総毛立つ。同時に理解する。常磐ソウゴの時とはまるで違う。交渉など最初から有り得なかったのだと。
「だが、交換条件を持ち出されてはな……。理解しているか? それは、
徐に掲げられたダヴァロスの手。同時に紡がれる熟練にして高速の詠唱。
対するアルフレリックも、尋常でない速度で矢を放った。空を切り裂く様な矢は、見事その軌道上にダヴァロスの心臓を捉えている。距離と放った速度を考えれば、正に神業と言えるだろう。
だが、それを予期していたのか別の魔人族が風壁で防いでしまった。
「備えよ!」
アルフレリックが警告の声を発するが、ダヴァロスの術の発動の方が一瞬早かった。
「──"炎殻槌"!」
──土・火属性上級複合魔術"炎殻槌"。地面が隆起し巨大な岩石を構築、その岩石が高熱の炎を纏い溶岩となって爆発・射出される魔術。上級複合だが、威力だけなら最上級に匹敵する。そんな赤熱する溶岩の砲弾が弧を描いて門へと迫った。
轟音と共に、衝撃と爆風が戦士達を薙ぎ倒す。
全長三十メートルはあった重厚な門は内側へと吹き飛び、周囲の木々は抉れ吹き飛んだ。門の外周と上部が炭化しつつも辛うじて残っているが、最後の防壁はたった一撃で吹き飛ばされた。
「なんという……」
門の内側に視線を投げたアルフレリックは、戦慄の声を漏らした。
未だ赤熱化したまま地面を焼く岩石の周囲にも、戦士達の多くが倒れている。息絶えているのか、まだ辛うじて生きているのか。ピクリとも動かない様子からは判断出来ない。
「理解するがいい」
憎悪すら孕んだ狂気の声音が響いた。
「神から見放された半端な生物。貴様等獣風情が“国”を名乗る事自体、我等選ばれし者にとって堪え難き侮辱であると。世界は、我等魔人族によって導かれ繁栄すべきなのだ。何故それがわからないのか、貴様等の愚かしさには眩暈すら感じる」
ダヴァロスの血走った目が、衝撃からどうにか立ち直り始めた亜人族達を睥睨した。
「国落としも任務の内である事を心から感謝しよう。獣共、光栄に思え。人間の国の様に奴隷になどせん、……狩り尽くしてくれる」
飛び出す超高速の影が二つ。一直線に迫るは、アルフレリックの下。
"真の大迷宮"に関する情報を聞き出していない段階で殺害されるとは思えないが、それ故に瀕死になるまで痛めつけるつもりかもしれない。
「──ッ!」
矢筒より引き抜かれたのは三本。同時に、門の内側へ仰向けのまま飛び降りるアルフレリック。長年の経験と受けた報告の内容から咄嗟に取った行動は正解だった。
どれだけ速くとも、標的が飛び降りた以上は進路を変えて頭上から攻撃しなければならない。その一瞬は、確実に減速する。
刹那、飛び降りながら放たれた二本の矢が蜂の魔物に突き刺さった。弧を描いて飛んだ三本目の矢は、まるで着弾地点をロックでもしているかの様に頭上からダヴァロスを狙う。更に空中で身を捻り矢を抜いたアルフレリックは、門の向こう側から矢を放った。人と魔物の間を縫う様に飛翔する矢は、確実にダヴァロスを狙っている。
神弓と呼ぶに相応しい腕前。流石のダヴァロスもこれには目を剥いた。咄嗟に横っ飛びで矢を回避する。
「おのれっ!」
亜人族如きに回避を余儀なくされた事に激怒を示すダヴァロス。即座に放たれたのは無詠唱にも近い速度で放たれる初級魔術“炎弾”の嵐。初級だというのに、一発一発が恐ろしい程の威力がある。着弾する度に地面が吹き飛び、衝撃が走る。
「ぐあっ!?」
吹き飛ばされるアルフレリック。最年長の長老の窮地に、戦士達が雄叫びを上げる。
だが再び魔物達が動き出し、更には他の魔人族の攻撃も加わった事で、雄叫びは悲鳴に変わってしまう。
門を破られた衝撃は、既に【フェアベルゲン】中に伝わっている。伝令も既に走っており、今頃は他の長老衆が必死に非戦闘員達を分散脱出させている事だろう。だが、果たして逃げ切れるのか。戦士団は、どれだけ時間を稼げるのか。
絶望しかない。どれだけ希望を見出そうとしても、何も見つからない。【フェアベルゲン】は、今日終わる。とても抗いきれるものでは……
「……違う、まだ希望はあるッ!」
たった今、肋骨を数本折られながらも甲虫の魔物の突進をハルパードで叩き返した戦士が荒い息を吐きながら呟いた。
彼の名はウギバ。ソウゴに粛清された熊人族に代わって長老衆に選ばれた牛人族の戦士で、現族長の右腕に当たる青年だ。
「彼等だ、彼等の助力があれば、まだ! 行かねばっ!」
蝶の魔物がひらりと舞う。飛び出す熱線がウギバの脇腹と腕を貫いた。間髪入れず、甲虫の魔物が突進。
「がぁっ!?」
ウギバは激痛に意識が飛びかけるが、フェアドレン水晶が作り出す濃霧除けの結界外に転がり出た。
「すまん皆、今暫く耐えてくれ!」
満身創痍の身ながら、ウギバは残りの力を振り絞りながら走り出した。
ウギバがハウリア族の集落へ辿り着いた時、そこには既に臨戦態勢のハウリア族が揃っていた。
フェアドレン水晶の結界を抜けてウギバが姿を現した途端に向けられた、ハウリア達の「アァン!?」という声と射殺す様な眼光に、ウギバは思わず足が止まりかけた。
「誰かと思えば、新しく長老衆に選ばれた牛人族ではないか」
カムが代表して言葉を発する。ウギバは一瞬止まってしまうものの、一拍するとそのまま膝を落とし額を地面に擦り付けた。
「恥知らずは百も承知! 望むならば我が身命の全てを捧げよう! 頼む、力を貸して頂きたい!」
多くを語らず、ただ額を地面に擦り付け続ける。恥も外聞も無い土下座。
【フェアベルゲン】の戦士が、最弱と軽視される種族の一部族へ伏して願う。きっと、他の兎人族が見たら腰を抜かして驚くか、夢でも見ているに違いないと己のウサミミを抓る事だろう。
だがしかし。元来牛人族とは現族長をはじめ、常に強さを第一とし強き者に従う事を信条とする種族。たとえ元が最弱と呼ばれていようと、実力を示した者には敬意を払う種族。故にハウリアへ遜る事に、何の躊躇も無い。
そして、そんな懇願を聞いたカムは、
「邪魔だ、口を閉じていろ」
「──」
バッサリと切り捨てた。
しかし、ウギバは何も言わない。もとより此方が頼む立場、彼等の行動に苦言を浮かべるのはお門違いというものだ。
──次の瞬間、カムの何か悍ましい程の感情を孕んだ声が響いた。
「全員、情報は共有したな? 連中の狙いは"真の大迷宮"らしい。……そう、いずれ再訪される"陛下"の為の、あの大迷宮だ」
「「「「「……」」」」」
ゾワリ、と。ウギバの肌が粟立った。静かだが、ハウリア達から発される雰囲気のなんと恐ろしい事か。
「連中、陛下のものに手を出そうってハラらしい」
キィキィと小さく悲鳴が聞こえた。同時にカサカサと周囲の草木が揺れる音と、それが離れていく音が聞こえる。魔物か虫か、溢れ出る殺気に逃げ出したらしい。
「……もし、だ。もし連中が大樹に何かして、陛下の大迷宮への道が閉ざされでもしたら……」
カムの口からギリッと歯軋りが響いた。ウサミミがブワリと逆立っている。
「訊こう、諸君。我が同志にして家族よ。我等がいながら、 みすみす陛下の望みが潰えるなど……耐えらえるか?」
「「「「「Sir,no,sir」」」」」
凄まじい声量と覇気。集落を囲む霧が攪拌される。
「胸を張って、再会の喜びを享受出来るか!?」
「「「「「Sir,no,sir」」」」」
「我等に、陛下の臣だと名乗る資格があるか!?」
「「「「「Sir,no,sir」」」」」
「そうだっ! そんな無能は糞にも劣る■■だ! 我等は■■か!?」
「「「「「Sir,no,sir」」」」」
「あぁ違うとも! 我等はハウリア族、陛下の忠実な駒であり剣! 証明するぞ、魔人族共に目にもの見せてくれる! 樹海に潜む悪鬼羅刹ここにありとな!」
「「「「「Aye,aye,sirッ!!」」」」」
不意に訪れる静寂。高まった熱気が霧散していく。
(いや、違う。熱はそのままに……あぁ、これが本物の殺気だ)
気配が薄れていく。目の前にいるのに、ハウリア達の存在感が希薄になっていく。
これぞハウリア族。否、これぞ最弱と軽視された兎人族の本当の力。隠れた熱の代わりに、ウサギ達の口元が裂けた。夜天に嗤う三日月の様に。
ゆらりゆらりと揺れて一人、また一人と消えていく。何処へ? 決まっている。兵士が赴く場所など一つ。
──戦場だ。
最初に異変に気付いたのは、副隊長のセレッカだった。
「ん? どうした、何故戻って来る?」
傍らに滞空する蜂の魔物──魔人族はスキアーと呼ぶ──を見て首を傾げる。
このスキアー、移動速度の速さから足に紙を括り付けて伝令役もこなすのだが、別働隊の部下に送った伝令用の紙がどう見てもセレッカ自身が先程括り付けたものなのだ。
それはつまり、このスキアーが部下の居場所を見失ったという事。念の為紙を開いて内容を確認するが、やはり自分が用意したものだ。
「まさか、今更樹海の影響が出ている訳じゃないだろう……」
一つ懸念が沸き上がったが、セレッカは直ぐ頭を振って否定した。
前方ではダヴァロスが率先して戦闘を繰り広げており、アルフレリックを含む長老衆や隊長格の戦士達が総出で凌いでいる。
本音を言えばセレッカも亜人族の根絶やしに参加した気持ちでいっぱいだったが、魔物の統率や全体の把握をする者は必要だ。
とはいえ既に【フェアベルゲン】の中に多数の魔物が侵入しており、戦闘員・非戦闘員問わず亜人族を襲っており趨勢は決まった様なもの。
若干肩から力を抜きつつ、もう一度伝令を飛ばそうとスキアーに命じかけたその時。
「……何? そちらもか?」
新たなスキアーが戻って来た。やはり別働隊に送っていた伝令のスキアーだ。出来る限り亜人族の逃亡を許さない為に、小隊を三つに分けて各方面に差し向けている。その内の二つと連絡が取れない……
「……念の為、増援を出しておくか」
まさか、伝令に気が付かない程余裕が無いとは思えない。或いは、亜人族狩りに夢中になっていて伝令に気が付いていないだけかもしれない。
こんな時魔物と意思疎通が出来れば苦労しないのにと苦笑しつつ、セレッカは本隊後方に予備兵力として控えさせている魔物達に、人種の可聴域では捉えられない音を出す笛で集合を呼び掛けた。
フェアベルゲンの周辺を取り囲む様に展開している予備兵力は霧の向こう側にいる。程無くして、濃霧を散らしながら姿を見せる筈……
「……」
確かに、姿を見せた。
──想定の三分の一程の数の魔物が。
セレッカはもう一度集合を呼び掛ける笛を吹いた。魔物は……やって来ない。ヒヤリとした何かが、セレッカの胸中を過った。
「どう、なってる? 何故、魔物が来ない? 制御を離れた……? 馬鹿なっ! フリード様が作り出した魔物だぞ、有り得んっ!」
セレッカは本隊に残した部下の一人に様子を見に行く様命令する。
「フィドラー! 魔物が反応しない、様子を──。……フィドラー? おい、どこだ!? フィドラー!」
……しようとして、言葉は途中で止まった。先程まで、少し離れた場所で門周辺に陣取る亜人族達を相手にしていた筈の部下がいない。
周囲を見渡すセレッカは、そこで漸く周囲の変化に気付いた。
「結界の範囲が……狭まっている?」
そう、【フェアベルゲン】周辺はフェアドレン水晶の結界で濃霧がある程度晴れた場所だった。その範囲が、明らかに狭くなっているのだ。
その時、濃霧の向こう側をサッと過る人影が見えた。
「フィドラー! お前か!? ……くっ、返事をしろ!」
返事は無い。
未だ、精鋭たる部下の身に何かあったとは考えない。趨勢は決したのだ。粘る戦士達を掃討し終われば、ダヴァロスが長老衆や隊長格を倒し汚らわしい獣共の虐殺の時間が始まる筈なのだ。
「お前達っ、行け! フィドラーを援護しろ!」
命令を受けた十体程の魔物が、人影の見えた霧の向こう側へ突撃する。これで何も問題無い。無い筈だ。何故か流れる冷や汗を、セレッカは無視した。
唐突に、背を突く殺気。
「っ──、《風刃》!」
振り返り様の術は、成程一流のソレだ。だが、風の刃は真白の霧を攪拌するだけ。意味の無い一撃となった。
「何だ? 何が起きて……」
漸く何か起きていると認めたセレッカの足下に、ゴトッと何か重い物が落ちる音がした。吸い寄せられる様に視線を転じる。
そこにあったのは……
「ッ──!!!」
思わずその場を飛び退いたセレッカ。転がっていたのは"フィドラーの一部"だった。
「隊長! 襲撃を受けています! 敵は正体不明!」
門の内側で激戦を繰り広げていたダヴァロスが、その悲鳴じみた警告に動きを止めた。
奇しくもそれは、地に倒れ死に体のアルフレリックへ《緋槍》を突き込む寸前だった。既にザフを筆頭に長老衆は軒並み倒れ、隊長格が膝を突いた状態。
"真の大迷宮"の情報を得る為に急所は外すつもりだろうが、凡そ決着の一歩手前といった状態。
「何? 襲撃? どういう意味だ?」
肩越しに振り返りながら、ダヴァロスは表情を歪める。
「霧の中に“何か”います! フィドラーが戦死、二隊と連絡途絶! 送り込んだ魔物も全滅の模様!」
「ッ!? 都内に侵入させた魔物を呼び集めろ! 残りの一隊は誰のだ!?」
「バレン隊です!」
「直ぐに呼び戻せ!」
不測の事態。ダヴァロスの血走った目が、足下で膝立ちになったアルフレリックに向く。燃え盛る炎の槍が、彼の顔に向けられた。
「何を隠している? このタイミングで切り札とは、やってくれるではないか!」
大事な同胞を失い、敬愛する亡き将軍より預かった魔物を多数失った。それを事実だと察し、激情を抑えるダヴァロスの声音は震えている。
とはいえ、アルフレリックには何の事か分からない。切り札なんてものがあるのなら、門を突破される前に切っている。寧ろ、困惑しているのはアルフレリックの方だ。正直に何の事か分からないと口にしかけたアルフレリックだが、その視線が門の上を流れた途端硬直した。
質問に答えず大きく目を見開いて驚愕しているアルフレリックを見て、ダヴァロスもその視線を辿る。そこには……
人がいた。ウサミミを靡かせる兎人族が。
だが異様だった。魔人族側も、亜人族の各種族の特性はある程度知っている。今回の樹海襲撃で、兎人族が戦いとは無縁の腰抜けである事も理解している。
だがその兎人族は、悠然と佇んでいた。ウサミミを返り血に染め、殺意に染まった眼光で睥睨している。片手には抜き身の小太刀。もう片方の手には……
「き、さまっ……!」
魔人族の首。連絡が途絶した、部隊を任せていた部下だった。
「カム、ハウリア……?」
アルフレリックが呆然と呟く。かつて、追放した一族の長の名を。長老衆が、戦士達が、同じ様に呆然と門上を仰いだ。誰も彼も、驚愕に目を見開く。
そんな中カムは無造作に、それこそゴミを捨てる様に首を放り投げた。そしてダヴァロスをジッと見つめると……
「フッ」
誰にだって分かる、勘違いの余地も無い程に……あからさまな"嘲笑"だった。
ゆらりと揺れて、カムの姿が木々の狭間の霧の向こうに消え去る。フェアドレン水晶が撒かれたのか、消えた道筋を示す様に霧が道を作っていく。これもまた、丁寧な程の"挑発"だった。
「……セレッカ、全戦力を揃えろ。ウサギ狩りの時間だ」
抑揚の消えた声。ダヴァロスは嘘の様に無表情となっていた。沸点を超えた怒りは、人から表に見える感情を奪うらしい。
「直ちに!」
反対に、激情を抑えきれないセレッカの声が応えた。
ダヴァロスは長老衆を一度も見る事無く、真っ直ぐカムの消えた道へと進み始めた。疲弊とダメージで碌に動けない彼等を捨て置いても問題無いと判断したのだろう。或いは価値を認めない亜人族の、それも最弱種族からの嘲笑に冷静さを失ったか……
いずれにしろ魔人族と魔物が消えた【フェアベルゲン】で、アルフレリックはバタリと倒れ込んで呟く。
「まさか、彼等に救われる事になるとはな……」
長老衆も戦士達も、その言葉に呆然と頷くのだった。
濃霧の中を、魔物の先導に従って進むダヴァロス達。途中残りの一隊が合流したが、やはり残る二つの部隊は各個撃破されたらしかった。
生き残った人員は、ダヴァロスとセレッカ含め僅かに六人。魔物の損耗率は実に五割超という目も当てられない事態だった。
何より屈辱なのは、『気が付いたのがそこまで被害を出してから』という点だ。
自分達が【フェアベルゲン】を攻めている間、端の方からジワジワと削り取られたのだと思うと、そしてそれこそが作戦だったのだと思うと、まんまと嵌められた事に腸が煮えくり返る思いだった。絆が強い事で有名な亜人族が、まさか本国を囮にするなど思いもしなかったのだ。
仕方無い誤算と言えば仕方無い。
まさかダヴァロス達も、襲撃者が既に【フェアベルゲン】から追放された一族で、同じ亜人族(兎人族を除く)の命をなんとも思っていないなどと思いもしないだろう。
「これ程の屈辱、未だかつて感じた事も無い! 根絶やしにせねば本国に顔向け出来ん!」
「仰る通りです隊長! 戦争に卑怯は無いとはいえ、同胞を犠牲にするやり方は虫唾が走る! 奴等は生かしておけません!」
ダヴァロスとセレッカの言葉に、他の四人も激しく頷いた。
その時、視界の端に人影が過った。
予め命じていた通り、スキアー数体が迅雷の速度で飛び出していく。そして……何も無い所で真っ二つに裂けて落下した。
「なっ!?」
「馬鹿なっ、どこから攻撃を!?」
ダヴァロスが目を見開く。セレッカが周囲に警戒の視線を飛ばす。
再び人影が霧の向こうに走った。命令は撤回されておらず、次のスキアー達が飛び出していく。そして、同じ様に木々の狭間で真っ二つに裂けて落下した。
「違うセレッカ、木々の間を見ろ! ──糸だ、極細の糸が張られている! トラップだ、スキアーを突撃させるな!」
代わって、木々ごと吹き飛ばす甲虫型の魔物──ドライガを突撃させる。
「小細工を。纏めて轢殺してしまえっ!」
ワイヤーの張られた木々が粉砕され、そしてドライガは……地面に落ちた。
「今度はなんだ!?」
粉砕された木々に固定されたワイヤー。それが地面へと引かれる事で射出される矢が、ドライガの弱点──魔力噴出時に露出する背中に殺到したのである。
そして文字通り叩き落されたドライガは地面を滑り、その先の落とし穴へ見事に落ちた。その途端どこからともなく投げ込まれる火種が、落とし穴の底に溜めてあった可燃物に引火して標的を焼く。突撃させた数体のドライガは皆、同じ末路を辿った。
「円陣を組め、全方位に範囲魔法! キュベリアにも掃射させろ!」
無数の熱線を放つ蝶型の魔物──キュベリアが熱線を以て全方位を撫でる。
その間に範囲攻撃魔術の詠唱を行うダヴァロス達。術に優れた魔人族六人の一斉攻撃となれば、辺り一帯がまとめて吹き飛ぶのは必然。
しかし、時間稼ぎにキュベリアの熱線を乱発させたのは悪手だった。熱線に撫でられ両断された木が倒れると同時に、バツンッと何かが切れる音が鳴った。
次の瞬間、轟ッと風を唸らせながら急迫したのは大木の振り子。巨大な槌と化したそれが数体の魔物ごと魔人族の一人を吹き飛ばした。
「ぐぁっ!?」
霧の中に吹き飛び消える魔人族。直ぐに霧の中から生々しい断末魔の声が漏れ聞こえた。
「クレイマっ! ──がっ!?」
特に親しい間柄だったのか、別の魔人族が絶命したと思われる戦友の悲鳴につい詠唱を中断してそちらを見てしまう。
その瞬間、狙い澄ました様に一本の矢が延髄に突き立った。
ぐらりとドライガの背から落ちる魔人族。一瞬で六人中二人を失った。
だが、詠唱を継続した甲斐はあった。周囲一帯を塵芥に変える魔術が発動する。
「「「「──《千刃嵐帝》!」」」」
──風属性最上級魔術“千刃嵐帝”。衝撃すら伴う突風に無数の風の刃を交ぜた全方位型の術だ。
周囲の鬱陶しい木々や霧ごと敵を吹き飛ばし切り刻んでやろうという意図は、確かに戦況を変える意味では正しい。だが、複数のトラップが張られていたという事をもう少し考慮すべきだった。
そう、ここは彼等の領域。当然、見えないトラップに業を煮やした敵が何をするかなど想定済み。故に緊急回避の為の措置も準備されている。
深く掘った塹壕を丁寧に削り出した岩盤で補強し、これまた衝撃に強い硬質な板で蓋を作ってある。彼等の持つ小太刀が、アザンチウム製かつこの世界では尋常ではない切れ味を持つからこそ出来る防御方法。
せめて、先程の《炎殻槌》の様にクレーターを生み出す様な爆撃系の術なら違ったのだろうが……
「ふん、多少は見晴らしも良く──」
「隊長ッ!」
ダヴァロスの隣に飛び出したセレッカの肩に矢が突き立った。更に、全方位からお返しとばかりに矢が殺到する。
「セレッカ! チッ、地面の下に逃げ込んでいたか!」
射角から位置を割り出そうとするも、夥しい数の矢や投石。更には投石に紛れて袋に包まれた謎の粉が充満し始め、障壁展開を余儀なくされるダヴァロス。
実は、それはただの無害な植物粉だとは思いもしない。これはただの時間稼ぎだ。吹き飛んだ濃霧が再び彼等を覆うまでの。
矢と投石が止んだ後も植物粉が濃霧の代替を果たす中、風の魔術を準備する魔人族達。
「魔物共よ行け! 兎を駆逐しろ!」
濃霧が迫ろうと、魔物達なら敵を捕捉出来る。だが、肝心の魔物達は指示を出しても右往左往するばかりで突撃しない。
「どうした? 何故敵を追わない……、っ!」
そこで気が付く。そういえば、あの兎人族を追い始めた時から"見つけ次第強襲する"ように命じてある。
だが魔物達は、霧の向こうに人影を見つけた時しか突撃しなかった。自分達と異なり、視認などしなくとも居場所を掴める筈の魔物達が!
それはつまり、敵は気配すら感知させない技を持っているという事で……
「っ、まずい! 来るぞ、備えろ!」
ダヴァロスが警告の声を発すると同時、ぬるりと地を這う様な姿勢で忍び寄って来た影が複数。
「残念、一歩遅い」
魔人族達はダヴァロスの障壁で守られていたものの、その範囲外にいた魔物達が一斉に断末魔の悲鳴を上げた。
八方向より現れ魔物の合間を縫う様にして進み、一度も足を止めずすれ違い様に急所へ一撃ずつ。敵ながら惚れ惚れする様な一撃必殺のヒット&アウェイ。
再び八方へ消えていく兎人族に、漸く敵を見つけたと殺到する魔物達。当然、行き先は八方に分散する。
「隊長、ここは奴等のテリトリーです! 一度フェアベルゲンまで戻りましょう! 忸怩たる思いですが、魔物まで気配を捉え切れないとなれば不利に過ぎます!」
「……何たる事だ、獣風情にっ!」
握った拳から血を滴らせるダヴァロスだったが、セレッカの進言は正しい。態勢を立て直す為、ダヴァロスは一時後退を決断した。
「行くぞ、一気に突破する!」
ドライガに騎乗し、来た道を引き返す。だがそれは、再び木々の群生地帯へ分け入る事で……
「あぁああああああっ!?」
「ヘザー!」
ヘザーと呼ばれた魔人族が、垂れ下がったロープに首を取られて吊り上げられた。振り返った直後、霧に覆われた頭上より血の雨が降り注ぐ。
キュベリアが熱線を乱射するが、的確に飛来する矢が一体また一体と貫いていく。地上を走る魔物は落とし穴に落ち、或いは粘性の高い樹液らしきものに捕らわれ動きを封じされていく。置き去りにした背後から断末魔の悲鳴が響く。
そして挑発する様に、時折見える人影。
「調子に乗るなぁああっ!!」
痺れを切らした一人が、進路をずらし突進。術を乱れ撃つ。程無くして、人影が吹き飛んだ。
「ハハッ! 見たかっ、これが──」
「バレン! 隊列を乱すな!」
ダヴァロスが怒声を上げるも、時既に遅し。
爆風で一時的に晴れた濃霧の向こうに見えたのは、木で作られた張りぼてだった。バレンが疑問顔になった瞬間、頭上より舞い降りた兎人族が撫でる様に彼の首を刈った。
着地の瞬間を狙ってダヴァロスとセレッカが魔術を放とうとする。が、合わせて急ブレーキをかけたドライガが突如悲鳴を上げて暴れだし、術は中断され二人揃って投げ出された。
「おのれ、どれだけトラップを仕掛けた!?」
ドライガの足に食らいついているのは、割れば鋭利な断面を見せる黒曜石の様な鉱石を使ったトラバサミだった。
「た、隊長……っ!」
苦し気な声。視線を転じれば、四つん這いになっているセレッカの背には無数の立体的な棘が刺さっている。
それは撒菱だった。トラバサミで転倒し、転げ回ったら刺さる様にセットしてあったのだろう。ダヴァロスに刺さらなかったのは僥倖だった。
だがそんな幸運は、やはり滅多に無い。
周囲では、見える範囲でも魔物達が次々と罠に嵌っていた。
踏み込んだ瞬間隠れていた袋を踏み、噴き出した毒花の花粉を浴びて悶え苦しむ鈴虫型の魔物──リンバル。
てこの原理で跳ね上がった槍に腹を貫かれるドライガ。
有刺鉄線の様な植物の蔦で作られた網に捕らわれ、同時に落ちた石の重みで網が引き絞られる事で中でズタズタになったナナフシ型の魔物──オゾムス。
神出鬼没に発生する気配に翻弄されて、蜘蛛の糸の様に張り巡らされたワイヤートラップに両断されるスキアー。
先程八方に分散して敵を追った魔物達も、現在進行形でブービートラップの餌食になっていた。
勿論、トラップだけではない。これはあくまでハウリア族の数的不利、能力的劣勢を覆す為の一手段に過ぎない。
蝶型の魔物であるキュベリア等は、パルを筆頭にハウリア族の狙撃部隊が的確に撃ち落としている。気配を極限まで消し一撃放つ毎に場所を変え、濃霧の向こうからクロスボウで狙い撃ちにするのだ。
そしてトラップで致命傷を負わずとも、気が逸れた瞬間いつの間にか踏み込んできたハウリア族達が小太刀で斬殺していく。
「なんと悪辣な! 樹海の獣共は悪魔かっ!?」
次々と罠に嵌る魔物を見て、ダヴァロスが思わず叫んだ。
きっと、【フェアベルゲン】の戦士が聞いたら全力で首を振るに違いない。こんなブービートラップを多用する亜人族など、ハウリア族だけだと。
これも全て、異界の大魔王による教育の賜物とは思うまい。魔人族の英雄と呼ばれたフリードを肉片に変えたイレギュラーの影響力は、悪辣ウサギという形で確り樹海に根差していたのだ。
「フェアベルゲンまで下がれば、長老を人質に……」
『無意味だと思うがね』
ダヴァロスの呟きに、反響する様な声が響いた。周囲を動き回ってるせいか、はたまた気配が唐突に現消を繰り返しているせいか、居場所が判然とせず声がブレて聞こえる。
「無意味だと?」
『然り。長老衆を殺りたければご自由に、という事だ。特に何とも思わんよ』
「……貴様等の統率者ではないのか?」
『我等を統率できるのは、世界にただ一人しかいない。そしてそれは、これから死ぬお前が知る必要の無い事だ』
「獣風情が、この私を殺すと? ならばこの命、決して易くはないと証明してやろう」
『その前に、そちらの青年は放っておいていいのか?』
「何?」
そういえば、先程からセレッカが随分と静かだ。棘が背中に刺さってはいたが、致命傷になる程深いものではない筈だったが……
「ぅ、ぁ……たい、ちょう。逃げ、てくだ、さ……」
「セレッカ!? どうし……この顔色──毒か!」
確殺が信条のハウリア族。敵を誘い殺す場で、ただの撒菱など設置しない。
霧の中から、ゆらりと姿を見せる兎人族が一人。
「……信じられん、本当に兎人族なのか。最弱という話はなんだったのだ?」
「嘘ではないよ、全ては気合の問題だ。戦わず逃げ隠れするだけと言われれば確かに最弱の誹りは免れないが、逆に言えば戦わずしてこの樹海で生き残れるという事。即ち、それだけのポテンシャルがあったという事でもある」
一拍置いて、カムはニヤリと不敵に笑う。
「ことこの樹海に限って言うならば、兎人族程上手く戦える種族はおるまい。戦う意思さえ持てれば、ハルツィナ樹海最強の種族とは──我等兎人族である」
「咆えたな、己を最強と称するか」
鼻で嗤うダヴァロスに、カムはやれやれと肩を竦める。
「最強は我等が陛下にこそ相応しい称号だが……まぁお前に言っても仕方ない」
溜息を一つ吐いて、カムは試す様に告げる。
「……ところで、魔物共は我が一族が各個撃破し残りも時間の問題だ。少なくとも、この場には救援に来られん。ご自慢の部下も死にかけが一人のみ。問おう──ハウリア族族長たる私と、一騎打ちを望むか?」
その問いかけに、ダヴァロスは目を見開いた。そして不敵に笑うカムを見て、状況的有利から慢心していると判断した。
(こいつを人質に取れば、他の兎人族を抑えられるか? 祖国には顔向け出来ん失態だが、せめてこいつらの情報だけは伝えたい)
一瞬でそう判断したダヴァロスは、スッと立ち上がると半身に構えた。
「獣風情の中にも気概のある者がいる様だ……一騎打ちを望もう! 尋常に勝負されたし!」
「ふむ、そうか。では戦おう」
カムが小太刀を抜き、腰を落とした。今にも飛び掛からんばかりの臨戦態勢。
(初級の魔法でいい、速度重視。魔法名のみの詠唱省略で、まずは足を奪う!)
出鼻を挫く目論見で、最速の術を放つ。カムが踏み込んだ瞬間、その足を狙うのだ。まるでガンマン同士の決闘の様に、俄に高まっていく緊張感。
そしてカムの足に……グッと力が込められた。
「──《風撃》!」
風の礫がカムの踏み込む足を撃ち抜く──
「なっ!?」
事は無かった。カムが、そのままバックして霧の中に消えてしまったが故に。
ダヴァロスをして息を吞む様な殺気を叩き付けながら、全力で逃走するその姿。さしもの歴戦の軍人も一瞬の啞然は避けられない。
そしてその隙を、先程の会話の間に完全包囲を済ませたハウリア族の狙撃チームが逃す筈も無く。
「ぐぁっ!?」
目論見とは逆に、ダヴァロスは幾本もの矢で足を撃ち抜かれ膝を突く。更に、その顔面にスリングショットで飛ばされた小袋が着弾。樹海の一角に群生する激辛調味料の元となる種を磨り潰したハウリア特製催涙弾。
呼吸困難に陥り、盛大に咳き込むダヴァロスの背後から凶刃が迫る。
「っ!」
咄嗟に振り返りながら回避するダヴァロスだったが、気配を感じ取れた時点でそれは罠だ。
──ズブリ、と。ダヴァロスの胸から小太刀の鋩が飛び出した。
「ぎ、ざまっ……一騎打ちだとっ!」
憎悪の声を上げるダヴァロス。小太刀を握るカムが首を傾げて言う。
「私は"一騎打ちを望むか"と訊ねただけだが?」
つまり、「お前は一騎打ちがしたいんだな、よく分かったよ。私はしないけどね」という事だったらしい。
「この……外道がっ!」
「陛下以外に褒められても嬉しくはない」
その言葉を最後に、二本目の小太刀がダヴァロスの首を薙いだ。
意識が闇の中に沈んでいく中、ダヴァロスは神に祈りながら国に向けて心中で叫んだ。
──樹海には、悪鬼羅刹が棲んでいると。
「──とまぁ、そんな感じで魔人族共をブチのめしてやったわけですが。生憎フェアベルゲンの被害は……どうされました皆さん? そんな苦虫を纏めて嚙み潰した様な、物凄く居た堪れないというか、もうどうしたらいいのか分かんないみたいな顔して」
「パル君、分かってて言ってないですぅ?」
正にパルの言っている通りの顔をしていたシアがジト目で言う。
しかしパルは本気で分かっていない様で首を傾げた。ラナ達他のハウリアの面々も同じだ。一体どうしたんだろうと言いたげにキョトンとしている。
パルが話し始めた当初、ブリッジでは誰もが亜人族の境遇を思い痛ましそうな表情をしていたのに、今や感情の向く先は魔人族であり空気は最早通夜の様。
宿敵たる魔人族相手にまさか冥福を祈る日が来ようとは、リリアーナを筆頭に王国の面々は沈痛そうな顔でそう思わずにはいられなかった。
そして光輝達は、かつて【オルクス大迷宮】で遭遇した女魔人族相手に「最後に言い残す事は? ……そうか、では死ね」と焼き殺し、王都侵攻時に「クラスメイト? 知らん」とばかりに自分達ごと巻き添えに大軍を焼き払ったソウゴを思い出し、言葉にはしないものの表情と視線で盛大にツッコもうとして……気付いた。
ソウゴの顔が、まるで怒りの限界を超えて逆にフラットになってしまった様な無表情になっていた事を。
それに気付く事無く、シアがソウゴに絡みに行く。
「ソウゴさん、どうしてくれんですか? 私の家族、すっごく成長してますよ。それも突き抜けた方向に」
「強くなったのならば問題あるまい。……それよりも、だ」
ポカポカとソウゴを叩くシア。それを適当に押しのけ、ソウゴは温度の無い目をパルに向ける。
「報告を続けろ。今のは現状の前段階であろう」
「……あの、陛下? もしや俺達、何か機嫌を損ねる事を「続けろ」……はい」
ソウゴの様子がおかしい事に気付いたパルが理由を訊ねるが、ソウゴに続きを促された為報告を再開する。
「肯定です。魔人族を撃退した俺達ですが、大量の魔物を狩るのにほぼ全てのブービートラップや消耗系の武器を使っちまいました。だから集落の防備を整える為と、フェアベルゲンからの煩わしい彼是を避ける為に集落に引っ込んでいました」
「そうか……それで?」
当然【フェアベルゲン】の戦力はガタ落ち状態で、負傷者の手当てや脱出させていた同胞の呼び戻し、壊れた門を含め防衛線の再構築等にてんやわんやの状態だった。
事が起きたのはその最中だった。魔人族の襲撃から僅か三日といった頃か。
「泣きっ面に蜂って奴ですかね、今度は帝国の連中が侵攻してきたんでさぁ。それも奴等、樹海の特性を突破出来ないからってとんでもない力押しで来やがったんです」
「……大方、森でも焼いたのだろう?」
「なっ、樹海に火を放ったのですか!?」
ソウゴの予想に、リリアーナが思わず声を張り上げた。その予想を肯定するパルの姿に、リリアーナだけでなく他の者も驚愕を隠せない。
「今まで帝国は、樹海の住人を攫う時は奴隷に強制して案内させるって手法を取っていましたから、まさかの事態でしたよ」
当然、奴隷の亜人は隙あらば牙を剥こうとする。自分の案内で同胞が同じ境遇になるかもしれないのだ、当然である。
故に。奴隷に対する強制力はあっても、樹海への侵入は相応のリスクがある行為でそう頻繁にある事でもなかった。
なのにまさか、魔人族侵攻直後のタイミングでそんな前代未聞の方法でやって来るとは誰も想像していなかったのである。
「目的は侵攻ではなく、人攫いでした」
「態々樹海を焼野原にしておいて、何をするかと思えばコソ泥か?」
「肯定です。俺達も気付くのが遅れちまい、駆けつけた時には……。フェアベルゲンは碌に抵抗も出来なかった様です」
「帝国にも何かあった、という事か」
パルは頷く。
「殿の部隊から兵を何人か攫い尋問した結果、どうやら帝国でも強力且つ未知の魔物が大暴れした様で。帝都は結構な被害を受けたそうです。アイツ等、"消費した労働力を確保する必要が"なんて言ってやがりました」
吐き捨てる様なパルの言葉に、誰もが息を呑んだ。
特にリリアーナの動揺は激しい。これから支援を含めて協議しようとしていた目的地が同じく襲撃に遭っていて、無茶をしてまで労働力の確保に努めている状況だったのだから当然と言えば当然だろう。
「で? ここまでの貴様等の言動からして、外に出ているのは兎人族にも被害が出たからだろう?」
「え、えぇ。胸糞悪い話です」
愛玩動物として認識されている兎人族が、帝国でどういう末路を辿るかなど火を見るより明らかだ。【フェアベルゲン】がどうなろうと特に関心の無いハウリア族でも、流石に同族の悲惨な未来を見過す事は出来なかった。
カムは部下の殆どを樹海の警戒に残しつつ、自ら少数精鋭の選抜部隊を率いて帝都へ向かったのだという。
しかし帝都に到着し都内に侵入した後、カム達からの連絡が途絶えてしまった。伝令役との待ち合わせ場所に、部隊の誰も姿を見せなかったのだ。
カム達の身に何かが起きた。
そう考えたハウリア族は、最早ジッとしていられないと更に選抜した部隊を帝都へと送り出したのだ。
その一部隊が、パル率いるバルトフェルド小隊という訳だ。
「不用意に侵入して二次遭難じゃ目も当てられません。それで帝都の警備体制やら出入り関係やら、情報収集に徹していやしたところ大量の奴隷を乗せた輸送車が他の町に向けて出発したもんで。内部情報の収集も兼ねて奪還を試みたって訳でさぁ」
そこへ偶然、帝国へ向かっていたソウゴ達が通りかかったのだ。後は先程見た通り、殺戮ウサギの宴が開始された訳である。
「……それにしても、魔人族側は随分と余裕がある様だな。ウルやオルクスで失敗しても策を変えないどころか、王国で大半が壊滅したというのに軍の見直しすらせんとは。徒に遊ばせられるだけの人員があるとは羨ましい限りだな」
ソウゴがボヤく様に呟く。国家経営の大変が理解出来るリリアーナは大きく頷き、光輝達も危うく全滅しかけた苦い記憶を思い出し顔を顰める。
するとソウゴのボヤキに反応したパルが、ウサミミを傾げて訊いた。
「その様子ですと陛下、もしや魔人族は他の場所にも?」
「私の知る限り……ウル、オルクス、アンカジ、ハイリヒ。行く先々にカビの様に涌いてくる」
今思えば、魔人族にとってソウゴは疫病神以外の何者でもないだろう。明確に種族全体に対して敵対意識を持っている訳でもないのに、彼等が事を起こした場所にタイミングよく居合わせて、特に理由も無く虐殺されているのだから。
今回の【ハルツィナ樹海】での事など、本人がいないのに残した影響力だけで酷い有様である。パルは泣きっ面に蜂などと言ったが、寧ろ泣きたいのは魔人族側かもしれない。
「それでですね、陛下には申し訳ないんですが……」
「……言われずとも、全員樹海に送る。但し、貴様等も来い。一度、残ったハウリアの面々だけでも伝える事が出来た」
「有難うございます!」
パル達が一斉に頭を下げる。そんな彼等を見てシアは何か言いたそうにモゴモゴしていたが、結局ウサミミを凹ませつつ何も言わなかった。
ソウゴはそれに気がついていたが、今はハウリア族への要件に比重を置いて何も言わなかった。
その後、樹海に残っているハウリアの部隊も回収。ソウゴは帝都から少し離れた場所でリリアーナ達と護衛として召喚したゴーレム群を降ろした。
そして一行は【ハルツィナ樹海】に向かって高速飛行に入るのだった。
遠目に【ハルツィナ樹海】が見えてきた時。そこに残された爪痕を見て、シアは思わずといった様子で息を呑んだ。
帝国から一直線に飛んできたからだろう。帝国軍が樹海に進軍したルートと被ったらしく、彼等の強引極まりない進軍経路がまざまざと残されていた。
「……酷い」
「自然軽視の考えは、少々頭にくるものがあるのぅ」
炭化し黒く染まった道筋。幅百メートル超のブラックロードが、樹海の負った傷の様に奥へと続いている。
一応延焼はしない様に配慮した様だが、そこにあった動植物が根こそぎ灰燼に帰した様子は悲惨で、香織やティオが表情を歪めている。
良い思い出ばかりではなかったが、それでも生まれ故郷。シアのウサミミはしょんぼりと垂れてしまった。傍らのユエが、そっとシアの手を握った。
「フェアベルゲンが露出している、という訳ではない様だ。奥地に行けば、焼けてはいても霧は充満していると見える」
ソウゴが目を閉じながら告げる。その言葉に、そろそろ樹海に到着すると言われてブリッジに来ていたアルテナが答えた。
「疲弊していたとは言え、流石にフェアベルゲンに直接手がかかるまで気が付かなかった訳ではありません。少数の戦士達が迎撃に出た時点で、彼等は樹海へ火をかけるのを止めたのです。恐らく、攫うつもりの私達が炎に巻かれて死んでしまうのを避ける為でしょう」
「成程、それは道理だな。で、パルの話ではフェアベルゲンまで進軍された様だが……恐らく魔人族の侵攻跡を辿られたか」
「その通りです。……よくお分かりになりましたね? まるで見てきたかの様に的中しています」
「戦争の基本だろう」
ソウゴはアルテナの感嘆に適当に返しつつ、着艦指示を出す。程無くして、巨大な機体は霧がかかる手前の炭化した開けた場所に着陸した。
タラップが下り、ソウゴ達に続いて捕らわれていた亜人族達が恐る恐る降りてくる。故郷に戻って来られた喜びを浮かべつつも、樹海に刻まれた傷跡に悲しそうな眼差しを向ける。
そんな彼等を見て、光輝が帝国への憤りを見せる。龍太郎や雫、鈴も同様だ。けれど、だからと言ってどうする事も出来ない。出来ないが……
同じく憤りつつも、どうにか出来てしまう者が一人。
「ねぇねぇソウゴくん、ちょっといいかな?」
「どうした」
神の造形たる美貌にやる気を漲らせた香織の声に、ソウゴは投げやりに返す。
後ろで雫が「あ、突撃モードっぽいわ……」と呟いているのが耳に届き、ソウゴは眉間に皺を浮かべる。
「ちょっとね、再生魔術を使おうと思うの。魔力なら大丈夫! 今ならこれ位の範囲、ババ~ンと出来る気がするの!」
「再生魔術? ……あぁ成程、──やめろ」
香織のやらんとする事を理解し、ソウゴは直ぐ様制止する。
「え~、何で!?」
「今後の事を考えれば、元あった森を再生させても意味が無い」
不満たっぷりの香織に説明しながら、ソウゴは一歩前に出る。そしてどこから取り出したのか、種の様な物を放り投げると地面に触れる。
「故に、今回は私が作り変える。──"木遁・樹海降誕"」
途端、雄大なる新たな生命の大波が到来する。
焼け焦げた木々を割る様に新たな枝が伸び、その根元からバキバキと轟音を響かせながら幹が元の木を包み込む。早送りでもするかの様に数分と経たず硬く青々とした大樹となり、黒を緑へと塗り替えていく。
アルテナを始めとした亜人達どころか光輝達も目を見開いて硬直する中、ソウゴは「こんなものか……」と立ち上がる。
「再生魔術を使わなくてもここまで出来るなんて、ソウゴくんはやっぱり凄い……。でも、これってどう違うの?」
ソウゴが一瞬で樹海を作り上げた様に感嘆しつつも、この結果が自分が再生魔術を行使するのとはどう違うのかが分からず、香織はそのままソウゴに問う。
直後に再び充満し始めた霧を気にした風も無く、ソウゴは香織の質問に答える。
「これは先程言った通り、元々あった木を治したのではなく、私が新たに作り変えた」
「作り変えた?」
「"産褥"と"神樹"という特殊な樹木を掛け合わせた物だ。貴様等、まかり間違っても近づいたり、ましてや触れたりするなよ。魔力や生命力を糧に成長するからな、今の貴様やユエでも数分と経たず干乾びて死ぬぞ」
「何ですかその危険植物!?」
ユエすら干乾びるレベルと聞いて、シアが思わず震え上がる。その絶叫に構う事無く、ソウゴは濃霧の中へ歩き出した。
ソウゴとユエが前に此処を訪れたのは、半年近く前の事。その時と変わらず感覚を狂わせる濃霧の世界に、ユエは相変わらず鬱陶しいとはねのける仕草を見せる。その一方、霧の効果を受けないソウゴは元奴隷の亜人達がついてこれる程度の速さを保って、先頭で歩き続ける。そのお陰で、ユエや香織、光輝達も迷う事無く進んでいられる。
そして、その後ろをぞろぞろと歩く亜人達は、ソウゴ達が自分達に対する悪意や偏見が欠片も無い事を理解したのか、かなり気を許し始めていた。特に子供達はソウゴに懐いている様で、先程からちょろちょろと足下をうろついて抱っこやおんぶ、肩車を強請っている。それにソウゴの方も律儀に一人一人に応えているものだから、尚の事子供達も集まって来る。
それに便乗する様に寄って来たアルテナにも間食の菓子類を与えつつ、進む事一時間程。
表情はいつも通りでも、どこか萎れた様子のシアのウサミミがピコピコと反応する。ハッとしてウサミミを立てたシアは、霧の向こうを見通す様に見つめ始めた。
「ソウゴさん、武装した集団が正面から来ますよ」
シアの言葉に、周囲の亜人族が驚いたようにシアの方を向いた。
その中には攫われていた兎人族も含まれており、どうやら自分達ではまるで察知できない気配をしっかり捉えているシアに驚いているようだ。
そのシアの言葉の正しさを証明する様に、霧を掻き分けていつか見た様な武装した豹耳の集団が現れた。全員険しい表情で、正に臨戦態勢といった様子で武器に手をかけている。とはいえ、彼等も亜人族が多数いる気配を掴んでいた様で、いきなり襲いかかるという事は無さそうだった。
彼等のうち、リーダーらしき豹人族の視線がソウゴ達に止まった。直後、驚愕に目を見開いた。
「お前達は、あの時の……」
その豹人族の様子と装備に、ソウゴも彼の素性に思い至る。
彼の名はレド。かつてソウゴが粛清した虎人族の穴埋めとして警備隊に選ばれた豹人族の一人であり、隊長をしている男だ。どうやら襲撃を生き延びていたらしい。
「一体、今度は何の……って、アルテナ様ぁ!? ご無事だったのですか!?」
「あ、はい。彼等とハウリア族の方々に助けて頂きました」
レドはソウゴに目的を尋ねようとして、その傍らにいたアルテナに気がつき素っ頓狂な声を上げた。そして、アルテナの「助けてもらった」という言葉に、安堵と呆れを含んだ深い溜息を吐きつつ居住まいを正した。
「それはよかったです。アルフレリック様も大変お辛そうでした。早く、元気なお姿を見せて差しあげて下さい。……常磐ソウゴ。我等の同胞を助けて頂き、感謝する」
「ほぅ。同じ
何やら知り合いらしい雰囲気に、光輝達が疑問顔になる。シアがこっそり何があったのかを簡潔に説明すると、シアがソウゴに惚れている理由も分かるというもので、皆納得顔を見せた。
と同時に、熊人族・虎人族・土人族の三種族を粛清したと聞き、少しの義憤とそれ以上の恐怖に包まれた。
「ところで、フェアベルゲンにハウリア族はいるか?」
「む? ハウリア族の者なら数名、フェアベルゲンにいるぞ。聞いているかもしれないが、襲撃があってから、数名常駐するようになったんだ」
「……そうか。案内せよ」
そう言ってソウゴはさっさと先を促す。その口角が引き攣っている事を不思議に思いながら、レドは部下達に武器を収めさせて先導を務め始めた。
人間族からの襲撃があったばかりだというのに、見知らぬ人間の混じるソウゴ達に対して以前のような敵意を感じないのは、ソウゴに鍛えられたハウリア族に救われたからなのか、あるいは長老衆から何か言われているのか……それとも、ソウゴに反抗する事の恐ろしさを理解しているのか。
何にしろ揉めなくて済むのは好都合だと、ソウゴはユエ達を促して歩を進めた。
辿り着いた【フェアベルゲン】は、予想に違わず大きく様変わりしていた。
まず、威容を示していた巨大な門。話には聞いていたが見事に崩壊しており、その残骸が未だ処理されずに放置されたままだった。門の内側には大きなクレーターと、その中心に岩石群が埋もれている。
そして、ソウゴをして魅了された幻想的で自然の美しさに満ちた木と水の都はそこかしこに破壊された跡が残っており、木の幹で出来た空中回廊や水路もボロボロに途切れてしまって用を成していなかった。
「ひどい……」
誰かがそう呟いた。
ユエ達も全く同感だった。フェアベルゲンそのものも、どこか暗く冷たい風が吹いているようで、どんよりした雰囲気を漂わせている。
その時、通りがかった【フェアベルゲン】の人々がアルテナ達を見つけ信じられないといった表情で硬直し、次いで喜びを爆発させる様に駆け寄ってきた。
傍に人間族がいる事に気がついて一瞬表情を強ばらせるものの、アルテナ達が口々助けられた事を伝えると、警戒心を残しつつも抱き合って喜びを露わにした。連れ去られていた亜人達の中には、ソウゴ達に礼をいうと家に向かって一目散に駆けていく者もいる。
次第にソウゴ達を囲む輪は大きくなり、気が付けば周囲は【フェアベルゲン】の人々で完全に埋め尽くされていた。
暫くその状態が続いた後、不意に人垣が割れ始める。その先には、フェアベルゲン長老衆の一人──アルフレリック・ハイピストがいた。
「お祖父様!」
「おぉ、おお、アルテナ! よくぞ、無事で……」
アルテナは目の端に涙を溜めながら一目散に駆け出し、祖父であるアルフレリックの胸に勢いよく飛び込んだ。
以前、アルフレリック自身が言っていた。樹海の外に連れ去られた者は死んだものと見做すのだと。後を追って被害が拡大するのを防ぐ為に。
故に、もう二度と会える事は無いと思っていたに違いない。祖父と孫娘の再会に、周囲の人々も涙ぐんで抱きしめ合う二人を眺めている。
暫く抱き合っていた二人だが、そのうちアルフレリックは孫娘を離し優しげに頭を撫でると、ソウゴに視線を向けた。その表情には苦笑いが浮かんでいる。
「……とんだ再会になったな、常磐ソウゴ。まさか、孫娘を救われるとは思いもしなかった。縁というのはわからないものだ。……有難う、心から感謝する」
「悪縁奇縁も縁の内だろう、生きていればこういう事もあろう。……それよりも、私はここにハウリア族がいると聞いたのだが?」
ソウゴはアルフレリックの言葉に適当に返しつつ、ハウリアの面々の現在地を訊ねる。
そんなソウゴを、ユエやシア、ティオ、香織が微笑ましげに、そして誇らしげに見つめている。
一方で、人間を救う為に迷宮に潜って訓練を積んできた自分よりも、世界を巡り意図せず人々を救ってきたソウゴに、光輝は一層複雑そうな表情を見せていた。
アルフレリックがチラリと面識の無い光輝達に視線を向けつつ、ソウゴの質問に答える。
「ハウリア族の事だが、タイミングが悪かった様だ。丁度都の外に出ていてな、直ぐに戻ると思うが……」
「なら待たせてもらうとしよう。代金代わりと言ってはなんだが、香織──そこの銀髪の娘はそこそこの癒し手でな。怪我人を治したくてウズウズしている、こき使ってやってくれ」
「待つ位で代金代わりなんぞ求めんよ、我が家に来ると良い。ハウリア族については、戻り次第知らせを寄越すよう門番達にも言っておく」
そう言って、アルフレリックは快くソウゴ達を自宅へと促した。
アルテナが案内するつもりなのか、ソウゴの手を取ろうとしてシアにペシッとインターセプトされる。森人族の姫に張り合おうとするシアをデコピンで諫め、ソウゴは香織へと視線を移す。
香織は自分の意を汲んでくれた事に嬉しそうに笑う。そして我慢できないとばかりにソウゴに抱き着こうとして、ユエにインターセプトされる。改造した神の使途に憑依した突撃乙女と、チート吸血姫がバチッと視線を交わす。ソウゴはそれを冷めた目で視界から外す。
「これじゃ! この疎外感! どうじゃ 鈴よ、慣れれば悪くなかろう?」
「あの、ティオさん。鈴を仲間扱いしないでほしいです。そっちの道はちょっと……」
「素質あると思うんじゃがなぁ……?」
ささっと雫の背に隠れる鈴を、残念そうな目で見送るティオ。何をやっているのかと呆れた様子のソウゴは、アルテナに先導を任せ先へ進んだ。
アルフレリックの家に招かれた一行はハウリア達が戻るのを待っている間、アルテナが手ずから入れたお茶をご馳走になった。妙に頬を染めて、ソウゴの周りを動き回り世話を焼こうとする孫娘の様子に、アルフレリックが何とも難しそうな顔をしている。
やがて茶を飲み干し、ある程度の近況をアルフレリックと共有した頃、パタパタッと銀翼を羽搏かせた香織が窓から入って来た。アルフレリックの招いた部屋は、地上から十メートル程高い場所にあったのだ。
「休憩か?」
「ううん、外傷がある人は皆癒したよ。後、門も含めて都の中心周辺は全部復元出来た。練習にもなるし、いっそ飛び回りながら他の場所も全部直しちゃおうと思ったんだけど……」
ソウゴの問いに香織は首を振り、困った様な表情で言葉を濁す。
ふと気を向ければ、さして耳を澄ませずとも聞こえてくる「香織様!」という住民達の熱烈なコール。アルフレリックとソウゴが窓から下を覗けば、多数の亜人族が顔を紅潮させて興奮気味に香織を讃えていた。
「存外元気そうではないか、アルフレリックよ?」
「……奴等、何をしとるんだ」
どうやら香織は亜人族の間に新しい宗教が起こりそうな程の熱気に、少々恐怖を感じて逃げてきたらしい。アルフレリックが頭痛を堪える様に眉間を揉んでいる。
香織がそのまま窓から部屋に上がった次の瞬間、
──ドドドドドドッという足音が聞こえ始めた。
ソウゴ以外の全員が何事かと扉の方を見ると同時、その扉がズバンッと勢いよく開いた。衝撃で扉に亀裂が入り、アルフレリックが悲し気な顔になる。
「陛下ァ!! お久しぶりですっ!!」
「お待ちしておりました陛下ァ!!」
「お、お会いできて光栄ですっ、 Sir!!」
「うぉい新入りぃ! 陛下のご帰還だぁ! 他の野郎共に伝えてこい、三十秒でな!」
「りょ、了解でありますっ!!」
飛び込んできたのはハウリア族の集団だった。余りの剣幕に、パル達でハウリアの反応を予想していた筈の光輝達が「ブフゥー!」とお茶を噴き出した。ボタボタと垂れるお茶を拭いながら全員がそちらを見ると、そんな光輝達もお構いなしにビシッ! と踵を揃えて直立不動し、見事な敬礼を決めているハウリア達。
ソウゴにも見覚えの無い者が何人かおり、先程の言動も踏まえるとどうやらハウリア族は他の兎人族の部族を取り込んで自ら訓練を施し勢力を拡大している様だ。
そしてこれだけ騒いでいるにも関わらず、ソウゴは微動だにしない。そのまま数分経ち、新入りとやらに呼ばれた残りの者とパル達も集合した後、漸くソウゴは口を開いた。
「残っている者はこれで全員か?」
「「「「「「「Sir,Yes,Sir!!!」」」」」」」
「樹海全体に響け!」と言わんばかりに張り上げたボスへの久しぶりの掛け声に、とても満足そうなハウリア族と、初めて経験した本物の掛け声に「俺達もついに……」と感動しているハウリアでない兎人族達。
きっとソウゴが樹海を出て行った後も、樹海にはハートマ○軍曹式の怒声が響いていたのだろう。
「ここに来るまでにバルトフェルド達と会って大体の事情は聞いている。中々、活躍したそうだな?」
「「「「「「きょ、恐縮でありまずっ!!」」」」」」」
最後が涙声になっているのはご愛嬌。だがソウゴは構う事無く、席を立ってハウリア達の正面に立つ。
「貴様、名は?」
「はっ! "雷刃のイオルニクス"であります!」
「ではバルトフェルド、イオルニクス。代表して前に出ろ」
「「は? ……はっ!」」
突然前に出ろと言われ、困惑しつつも前に出る二人。直々に何かしらの御言葉を賜るのかとソワソワしていると、
次の瞬間、二人はソウゴに蹴り飛ばされた。
本人達や周囲が驚愕の声を上げるよりも速くソウゴはイオの頭を踏み躙り、倒れ伏すパルの背を楔で貫く。
「「「「「なっ……!?」」」」」
「ソウゴ様!?」
「ソウゴくん!?」
「ソウゴさん何を──」
「貴様等、随分と偉くなったものだな」
ソウゴの発したその声は、周囲の疑問を引っ込めるには過剰な程の圧を伴っていた。抑揚が無いのに、周辺一帯の気温が変化したかと錯覚する程の凍える熱さを感じさせる問い。それによって発生する、疑問を挟むどころか口を開く事も許されないと思わせる空間の中、ソウゴは這いつくばる二人に言葉を投げる。
「力を手に入れ、私の言に殉ずる必要など無いと自惚れたか。貧弱な兎が、随分な変わり様だな」
「お、お言葉ですが陛下……!」
すると、ソウゴに踏まれながらもイオが声を上げる。
「説明を……! 我等、陛下の意に反する事も、は……背信を考えた事も、一片たりとも御座いません! ご機嫌を損ねたならば、どうか訳を仰って──」
「この場でその様な言葉が出てくる時点で、貴様等は私の言葉を聞いていなかったという証明に他ならんだろう」
ソウゴはイオの言葉を遮り、脚に込める力を増す。メキメキとイオの頭蓋が悲鳴を上げているのを聴きながら、パルに刺した楔を捩じる。
「貴様等、私は樹海を離れる時に何と言った?」
ソウゴはその冷めた視線を、イオとパル以外のハウリア達に、そしてユエとシアにも向ける。あの場には二人も同席していた為、ソウゴの言葉を聞いていたからという事だろう。
「え、え~っと、確か……」
「……?」
真っ青な顔をしながら必死に思い出そうとする一同だが、何せ数ヶ月前の事。心酔しているハウリア達すら、一言一句違わずというのは無理がある。
「私は言った筈だな? 『フェアベルゲンは我が領土であり、貴様等に
その言葉を聞いた瞬間、ハウリア達の青白かった顔色が更に悪くなる。問い詰められて、初めて自分達が最初から失敗していた事を悟ったのだ。
「分かるな? 私は"フェアベルゲンの守護"と言ったのだ。だというのに、だ。──もう一度問おう。貴様等、一体何をしていた?」
「お、俺達は……」
「貴様等ハウリアには私の名代としてこの樹海を統治し、長老衆を取り込んで政の分野を補い、有事の際は守備隊に先駆けて夷敵を掃う。私が貴様等に望んだ役割はそういうものだ」
「ぐっ!?」
「ぎっ!? ぁ……」
突如、数人のハウリア達が藻掻きながら宙に浮く。どうやら、ソウゴの念力で締め上げられているらしい。
「それが蓋を開けてみれば、何だこれは? 『他の種族は知った事ではない』? 『フェアベルゲンからは独立した』? 『警備隊を時間稼ぎに準備に徹していた』? ましてや『戦後処理の諸々に巻き込まれるのが嫌で集落に籠っていた』だと? ……貴様等は、一体どれだけ私をコケにすれば気が済むのだ?」
「も、申し訳御座いません陛下……!」
身体を貫かれながら、パルが必死に謝罪する。だが、ソウゴの叱責は続く。
「訊けば、今回一連の件で戦士団団長を務めていた狼人族の族長が死んだらしいな。それに加えて、アルテナというフェアベルゲンの要人まで攫われる始末。貴様等の怠慢のせいで我が国が侵略され、兵が死に、民が攫われた。どう責任を取るつもりだ?」
「……っ」
ハウリア一同は何も言えない。自分達の過ちを自覚した彼等は、只管許しを請う事しか出来ない。
ソウゴは暫くハウリア達を見ていると、不意に全ての圧を解く。同時に楔を引き抜き、パルの傷も癒す。
「しかしリーチはリーチ、ビンゴではない……か。イオルニクス、帝都に行く者を選別せよ」
「は……?」
「裁定を下すには、カムが居らねば話にならんだろう。先ずは奴と合流すると、そう言ったんだが……一から十まで言わねば分からんか?」
「は、はっ! 了解であります! 直ちに!」
痛む体を起こしながら、一瞬何を言われているのか分からなかった様で間抜け顔で聞き返すイオだったが、直ぐにソウゴが帝都に同行してくれるという意味だと察し敬礼姿勢に戻ると、他のハウリアを引き連れて急いで出て行った。
イオは、ソウゴは大迷宮の為──そして先程の叱責の為に戻って来たのであって、自分達を手伝ってくれるとは思っていなかったのだろう。さっきまでとの落差ある言葉に動揺してしまった様だ。
そしてそれはイオ達だけでなく、寧ろ一番驚いているのはソウゴの傍らにいるシアだった。その大きな瞳をまん丸に見開き、ウサミミをピンッ! と立ててソウゴを凝視している。
「ソ、ソウゴさん……大迷宮に行くんじゃ……」
「そのつもりだった。が、今回の件はどうしてもカム本人に問い詰めねばならん。高々帝国如きに捕えられたという点も叱責せねばな。……それに、貴様とてカム達の事は気になっていたでだあろう?」
「っ、……それは……その、でも……」
ソウゴに図星を突かれて口籠るシア。
ソウゴの目的が大迷宮でありカム達の事情は関係ない以上、シアとしては態々面倒事が待っていそうな帝都に入ってまでカム達の行方を探して欲しい等とは言えなかった。まして、カム達は連れ去られたというわけではなく、自分達から向かったのだ。何かあっても自己責任である。
シア自身もソウゴに付いて行くと決めたのだ。ならば父親達は父親達の道を、シアはシアの道を進むべきだと、そう思って何も言わなかった。
しかしそれでも家族の行方が分からないと知れば、心配する気持ちは自然と湧き上がるもので、そう簡単に割り切れるものではない。それが憂いとなって顔に出た為に、ソウゴにもユエ達にもシアの心情は筒抜けだった。
ソウゴは余計な手間を取らせていると恐縮して口籠るシアの傍に寄り、そっとその額を小突いた。
「あぅ」
突然のソウゴの行動に、シアがポカンと口を開けて間抜け顔を晒す。そんなシアに、ソウゴは呆れた様に溜息を吐きながら言葉を紡いだ。
「元気印の貴様らしくもない。カム達が心配なら心配だと言えばいいだろう?」
「で、でも……」
「でもじゃない。いつもの図々しさはどうした? 貴様が萎れていては、ユエ達の調子が狂うだろう」
「ソウゴさん……」
ぶっきらぼうではあるが、それは紛れもなくシアを気遣う(?)言葉。シアを想っての言葉だ。それを理解して、シアの瞳は嬉しさと愛しさで潤み始めていた。
「ほら、言いたい事を言ってみろ。今日は珍しく貴様の我儘を聞いてやろうという気分なんだ」
額に残る優しくも熱い感触と、真っ直ぐ見つめてくるソウゴの眼差しに、シアは言葉を詰まらせつつも、湧き上がる気持ちのままに思いを言葉にした。
「……私、父様達が心配ですぅ。……一目でいいから、無事な姿を見たいですぅ……」
「それでいい。子供が遠慮なんぞするものではないぞ」
「わ、私そこまで無遠慮じゃないですよぉ! もうっ、ソウゴさんったら、ほんとにもうっ、ですよぉ!」
拗ねたように頬を膨らませているが、その瞳はキラキラと星が瞬き、頬はバラ色に染まっていて、恋する乙女を通り越して完全に愛しい男を見る女の顔だった。贈られた言葉に、幸せで堪らないという気持ちが全身から溢れ出ている。
シア自身、そこまでソウゴに遠慮しているという自覚は無かったのだが、ソウゴを想うライバルが増えてきたため、無意識の内に良い所を見せようと気張ってしまっていたようだ。
「……ん。元気になって良かった」
ユエは微笑ましげにシアを見守る。完全にお姉さん思考だ。
「ふむ、偶には罵り以外もいいかもしれんのぉ~」
ティオは変態とは思えない真面な感想を抱く。重病を治すチャンスかもしれない。
「うぅ~、羨ましいよぉ~」
「まぁ、惚れた男にあんな風に言われれば嬉しいでしょうね……」
「な、常磐さん……鈴はびっくりだよ」
「シアさん……妬ましい、羨ましい。私もソウゴ様に……」
上から順に香織、雫、鈴、そして何故かアルテナである。
そこで漸く周囲に大勢いることを認識したシアが、真っ赤になって両手で顔を隠してしまった。しかし、羞恥以上に嬉しさが抑えきれないのか、ウサミミがわっさわっさ、ウサシッポがふ~りふ~りと動きまくり気持ちをこれでもかと代弁している。
一方、ソウゴにジッと視線を注いでいた光輝は、ポツリと呟いた。
「……やっぱり、仲間の為なら戦うのか」
先程の叱責の際は全く動けなかった事もあって、どこか感情を抑え込んだ様な、或いは苛立った様子で呟く光輝。親友の様子に、龍太郎は「どうしたもんか」と頭を掻いた。
その時、丁度良いタイミングでイオが戻って来た。どうやらハウリア族の準備が整ったようだ。ソウゴの機嫌を損ねない様に迅速な対応である。
ソウゴ達は、アルフレリックとアルテナの見送りを受けながら樹海を抜け、帝都に向けて再び"U・L・G"を飛ばした。