ありふれぬ魔王が世界最強   作:合将鳥

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なんやかんやで第三話。


第三話 魔王と吸血姫

「ふむ、やはり無いか……」

 

 上階へと続く道を探していたソウゴは、納得した様にそう呟いた。

 

 この階層でソウゴにとって脅威となる存在はおらず、広大ではあるものの探索は進められ、既に八割は探索を終えている。にも関わらず、いくら探しても何も見つからない。

 

 否、何も見つからないというのは語弊がある。正確には"上階"への道であり、階下への道なら発見している。ここが迷宮で階層状になっているのなら上階への道も必ずある筈なのだが、どうしても見つからないのだ。

「先に進むしかない、という事か」

 一応の確認をしたソウゴは、階下への階段がある場所へ向かった。

 

 その階段は、なんとも雑な作りだった。

 階段というより凸凹した坂道と言った方が正しいかもしれない。そしてその先は、緑光石が無いのか真っ暗な闇に閉ざされ、不気味な雰囲気を醸し出していた。まるで巨大な怪物の顎門の様だ。

「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか……」

 ソウゴは内心ワクワクしつつ、躊躇う事無く暗闇へと踏み込んだ。

 

 

 そうして暫く進んで分かったのが、どうやらこの階層には緑光石が存在しないらしいという事だ。その階層はとにかく暗かった。

 地下迷宮である以上それが当たり前なのだが、今まで潜った事のある階層は全て緑光石が存在し、薄暗くとも先を視認出来ない程ではなかった。

 

 だとしても、"暗視"を持つソウゴには関係無い事だったが。

 

 そして物陰に隠れるでもなく堂々と進んでいると、不意に気配を感じて視線を向ける。そこには体長二メートル程の灰色の蜥蜴が壁に張り付いており、金色の瞳でソウゴを睨んでいた。

 すると、その金眼が一瞬光を帯びた。次の瞬間、

 

「……何も起きんな」

 

 特に何も起きなかった。何をしたかったか気になったソウゴは、蜥蜴に向けて“鑑定”を使用する。すると程なくして意図が判明する。

(成程、"石化の邪眼"か…)

 恐らくソウゴの"邪眼無効"か"石化無効"、またはその両方でレジストされたのだろう。するとソウゴはお返しとばかりに石化蜥蜴──バジリスクの目を見た。

 

 その直後、バジリスクの身体が燃え上がった。

 

 バジリスクは一瞬で火達磨になり地面に転がる。生命活動が止まると同時に火は消え、ソウゴは焼き蜥蜴を拾って先に進んだ。

 

 

「ここらで一度休憩を取るか」

 

 その後暫く、出会った魔物を仕留めながら進んでいたソウゴだったが、空腹感を覚え休憩を取る事にした。

 ソウゴはその場で座り込み、宝物庫から照明代わりの神結晶(・・・)を取り出した。

 

 起床後あの空間から出た時に、液溜りの神水ごと回収したのだ。伝説の秘宝を照明代わりにする等、教会関係者が見たら卒倒ものだろうが。

 

 それはさておき、ソウゴは続けて食料を取り出した。メニューは降りる前に仕留めた二尾狼四頭とバジリスク、羽を散弾銃の様に飛ばしてくる梟、六本足の猫の丸焼きである。

「…………む、来たか」

 黙々と喰っていると次第に体に不快感を覚える。つまり、体が強化されているという事だ。だとすると、上階の狼を覗いてここの魔物は爪熊と同等以上の強さを持っているのだろう。だがそれより気になるのは…

「…やはり不味いな」

 どうにも味はイマイチだった。

 

 その後完食し、ステータスプレートを取り出すソウゴ。ソウゴの現状は……

 

 

常磐ソウゴ 140346歳 男 レベル:40

天職:大魔王/統一時空大皇帝

筋力:22721537201

体力:24489805417

耐性:23260741317

敏捷:22793662837

魔力:39130926945

魔耐:39599111805

 

 

 予想通り上昇していた。それを確認したソウゴは五分程休息した後、再び探索を再開した。まだ一階層しか降りていないのだ。この奈落がどこまで続いているのか見当もつかない。ソウゴは孤独な奈落の底で一歩一歩踏み締めつつ、偶然始まった迷宮攻略に精を出すのだった。

 暫く歩き回り、遂に階下への階段を見つける。ソウゴは躊躇い無く踏み込んだ。

 

 その階層は、地面がどこもかしこもタールの様に粘着く泥沼の様な場所だった。普通に歩けば足を取られ凄まじく動きにくいだろう。それを察したソウゴは"神足通・文曲"を発動する。あらゆる場所を足場とする"文曲"の歩法を用い、更にチャクラを足に纏わせただの地面と変わらないかの様に探索を開始する。

 そして途中で珍しい鉱石を拾ったり、この場が火気厳禁だと判明しつつ、暫く進むと三叉路に出た。取り敢えずはと左の通路から探索しようと足を踏み出した。

 

 その瞬間、ソウゴは上へ跳躍した。

 

 途端、鋭い歯が無数に並んだ巨大な顎門を開いて、鮫の様な魔物がタールの中から飛び出してきた。ソウゴの頭部を狙った顎門はガチンッと歯と歯を打ち鳴らしながら閉じられる。ソウゴを喰い損ねた鮫はドボンと音を立てながら再びタールの中に潜ろうとする。

「逃がすものか」

 しかしそうはさせまいと、ソウゴは跳躍と同時に呼び出した"ペガサスボウガン"を引き絞り、必殺の一矢を見舞った。

 その一撃は正確に鮫の頭を射抜き、事切れた鮫は飛沫を上げながらタールの床に横たわった。

「不意打ちのつもりだったのだろうが、殺気がだだ洩れだ」

 そう言いながらソウゴは鮫を解体して宝物庫に入れ先に進み、遂に階下への階段を発見した。

 

 

 

 タール鮫の階層から更に五十階層は進んだ。過去の記録を知らない為比べ様も無いが、驚異的な速度で進んできたのは間違いない。

 

 その間にも、様々な魔物を仕留め腹に収めてきた。

 

 例えば迷宮全体が薄い毒霧で覆われた階層では、毒の痰を吐き出す二メートルの虹色の蛙や、麻痺の鱗粉を撒き散らす蛾に襲われた。どちらもやはり不味かった事は変わらない(因みに、蛾の方が蛙よりマシな味だったのは未だによくわからない)。

 また、地下迷宮なのに密林の様な階層に出た事もあった。物凄く蒸し暑く鬱蒼としていて今までで一番不快な場所だった。この階層の魔物は巨大な百足と樹だ。密林を歩いていると、突然巨大な百足が木の上から降ってきた時は、流石のソウゴも一瞬固まった。余りにも気持ち悪かったのである。

 しかもこの百足、体の節ごとに分離して襲ってきたのだ。ソウゴはダークローチによく似た黒い虫を思い出した。

 

 そして樹の魔物は、所謂トレントに酷似していた。木の根を地中に潜らせ突いてきたり、ツルを鞭の様にしならせて襲ってきたり。

 

 しかし、このトレントモドキの最大の特徴はそんな些細な攻撃ではない。この魔物、ピンチなると頭部をわっさわっさと振り赤い果物を投げつけてくるのだ。これには全く攻撃力は無く、ソウゴは試しに食べてみた。

 

 

 滅茶苦茶美味かった。

 

 

 

 そんな感じで階層を突き進み、気がつけば五十層。未だ終わりが見える気配はない。因みに、現在のソウゴのステータスはこうである。

 

 

常磐ソウゴ 140346歳 男 レベル:51

天職:大魔王/統一時空大皇帝

筋力:24591009201

体力:26359277417

耐性:25130213317

敏捷:24663134837

魔力:41000398945

魔耐:41468583805

 

 

 

 

 そしてソウゴは、この五十層にて明らかに異質な場所を発見した。

 

 それは、なんとも不気味な空間だった。

 

 脇道の突き当りにある空けた場所には高さ三メートルの装飾された荘厳な両開きの扉が有り、その扉の脇には二対の一つ目巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれる様に鎮座していたのだ。

 

 それを見たソウゴは、すぐに突撃する様な事はせず一旦引いた。装備を整える為だ。

 

 ソウゴは期待と嫌な予感を両方同時に感じていた。あの扉を開けば、確実になんらかの厄災と相対する事になる。だがしかし、同時に変り映えのしない迷宮攻略に新たな風が吹く様な気もしていた。

「さながらパンドラの箱だな」

 そう呟くソウゴの手元には、一振りの剣が鎮座していた。

 

 

 扉を見つけたソウゴは、それを機に一つ武器を作る事にしたのだ。

 

 戦力的にはサイキョウジカンギレードや乖離剣エアでも使えばいいのだろうが、ギレードはこの場の雰囲気には合わず、エアは元々の自分の持ち物ではない。こういう世界の雰囲気に合い、且つ自身オリジナルの武器がソウゴは欲しかったのだ。

 そうして出来たのが目の前の剣である。ソウゴの持つ無数の武具と同じ権能を宿し、"ディアマンテゴールド"や"ヒヒイロノオオガネ"、"魔皇石"、"アダマントストーン"、"飛電メタル"に加え、鋼鉄の1200倍の強度を持つ"ザバルダストグラフェニウム"や、重量と密度を自在に変化させられる"ダークマターインゴット"をメインに、その他様々な物質の長所を掛け合わせた珠玉の一品である。

 

「完成だ。銘は……"逢魔剣"とでもしておこう」

 名前を付けると鞘に納め、ソウゴは立ち上がる。そのままその足は、扉の間へと向かって行った。

 

 

 扉の部屋にやってきたソウゴは、油断無く歩みを進める。特に何事も無く扉の前にまでやって来た。近くで見れば益々、見事な装飾が施されていると分かる。そして、中央に二つの窪みのある魔法陣が描かれているのが分かった。

「ふむ……、これは図書館のどの文献にも無かったな」

 王国に居た頃は、訓練に参加しなかった事もあって座学に力を入れていた。勿論、全ての書物に目を通した訳ではないが、それでも魔法陣の式を全く読み取れないというのは些かおかしい。

 扉を調べるが特に何かが分かるという事もなかった。いかにも曰くありげなのでトラップを警戒して調べてみたが、トラップは無いという事が分かったのみだ。

「仕方ない、少々手荒にいくか」

 一応、扉に手をかけて押したり引いたりしたがビクともしない。なので、扉を破壊して無理矢理通ろうとする。ソウゴは右手を扉に触れさせその手を発光させる。

 しかしその途端、

 

 バチィイ!

 

「む……」

 扉から赤い放電が走りソウゴの手を弾き飛ばした。ソウゴの手にダメージ等は無いが、煙が吹き上がっている。直後に異変が起きた。

 

 ──オォォオオオオオオ!!

 

 突然、野太い雄叫びが部屋全体に響き渡ったのだ。

 ソウゴはバックステップで扉から距離をとり、背中の逢魔剣を抜いた。

「まぁ、当然と言えば当然だな」

 苦笑いしながら呟くソウゴの前で、扉の両側に彫られていた二体の一つ目巨人が周囲の壁をバラバラと砕きつつ現れた。いつの間にか壁と同化していた灰色の肌は暗緑色に変色している。

 

 一つ目巨人の容貌はまるっきりファンタジー常連のサイクロプスだ。手にはどこから出したのか四メートルはありそうな大剣を持っている。未だ埋まっている半身を強引に抜き出し無粋な侵入者を排除しようとソウゴの方に視線を向けた。

 

 その瞬間。その身に一本線が走り、サイクロプスは動きを止めた。

 

 左のサイクロプスがキョトンとした様子で隣のサイクロプスを見る。右のサイクロプスは縦に真っ二つに分かれながら、前のめりに倒れ伏した。巨体が倒れた衝撃が部屋全体を揺るがし、埃がもうもうと舞う。

「良い切れ味だ。試し斬りは成功だな」

 色んな意味で酷い攻撃だった。あまりにサイクロプス(右)が哀れだった。

 恐らく、この扉を守るガーディアンとして封印か何かされていたのだろう。こんな奈落の底の更に底の様な場所に訪れる者など皆無と言っていい筈だ。

 漸く来た役目を果たす時。もしかしたら彼(?)の胸中は歓喜で満たされていたのかもしれない。満を持しての登場だったのに相手を認識する前に真っ二つにされる。これを哀れと言わずしてなんと言うのか。

 サイクロプス(左)が戦慄の表情を浮かべソウゴに視線を転じる。その目は「コイツなんて事しやがる!」と言っている様な気がしない事もない。

 

 尤も、それはソウゴがその首を一閃した後の話だったが。

 

 恐らく何をされたか理解できないまま、サイクロプス(左)の意識は暗闇に沈む。それに遅れて、彼の首が土煙を上げながら地面に落ちた。

「こんなものか。肉は後で取るとして……」

 倒れる胴体には目もくれず、ソウゴはチラリと扉を見て少し思案する。

 そして、そのままサイクロプスを切り裂き体内から魔石を取り出した。血濡れを気にするでもなく二つの拳大の魔石を扉まで持って行き、それを窪みに合わせてみる。

 結果ピッタリとはまり込んだ。直後、魔石から赤黒い魔力光が迸り魔法陣に魔力が注ぎ込まれていく。そして、パキャンという何かが割れる様な音が響き光が収まった。同時に部屋全体に魔力が行き渡っているのか周囲の壁が発光し、久しく見なかった程の明かりに満たされる。

 ソウゴは少し目を瞬かせ、そっと扉を開いた。

 

 扉の奥は光一つなく真っ暗闇で、大きな空間が広がっている様だ。

 それでもソウゴの"暗視"の前に意味を成さず、手前の部屋の明りにも照らされて少しずつ全容が見えてきていたが。

 

 中は聖教教会の大神殿で見た大理石の様に艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光を反射してツルリとした光沢を放っている。

 その立方体を注視していたソウゴは、次いで立方体の前面の中央辺りから生えている光るものに目を向ける。

 その正体を探ろうとソウゴが近づこうとした瞬間、それは動いた。

 

「……誰?」

 

 掠れた、弱々しい少女の声だ。尚もソウゴが進み続けると、先程の"生えている何か"がユラユラと動き出した。差し込んだ光がその正体を暴く。それを見てソウゴは呟いた。

「ほう……生きていたか」

 "生えていた何か"は、人だった。

 

 上半身から下と両手を立方体の中に埋めたまま顔だけが出ており、長い金髪が某ホラー映画の女幽霊の様に垂れ下がっていた。そしてその髪の隙間から、低高度の月を思わせる紅眼の瞳が覗いている。年の頃は十二、三歳位だろう。随分窶れているし垂れ下がった髪で分かりづらいが、それでも美しい容姿をしている事がよく分かる。

 生えていたのが人体だったのは一目見て分かっていたが、凡そ生命反応らしきものが無かった為に、生きていた事に少し驚きつつもソウゴは尚近づいていく。そして……

 

 逢魔剣の柄に手を掛けた。

 

 それに金髪紅眼の少女は慌てた。即座に命乞いを始める。尤も、その声はもう何年も出していなかった様に掠れて呟きの様だったが。

「ま、待って! ……お願い! ……助けて……」

「何故だ?」

 ソウゴは聞く耳持たんとばかりに剣を抜く。

「ど、どうして……なんでもする……だから……!」

 少女は必死だ。首から上しか動かないが、それでも必死に顔を上げ懇願する。

 しかしソウゴは取り合わず、剣を抜いた理由を告げる。

「貴様、人間ではないだろう(・・・・・・・・・)?」

 そしてそのまま、刃を少女の首に当てる。

「人外の存在がこの様な秘匿された場所に封印されているのだ、ならば貴様は明らかに何かしらの災厄を齎す存在と見るべきだろう。そして、どうやら自力では戒めを解けない状態だ。ならば滅する為に武器を取るというのは何ら間違っておらんだろう?」

 全くもって正論だった。

 すげなく断られた少女だが、もう泣きそうな表情で必死に声を張り上げる。

「ちがう! ケホッ……私、悪くない! ……待って! 私……」

 聞く気はないと言わんばかりにソウゴは振りかぶり、少女目掛けて逢魔剣を振り下ろして……

 

 

「裏切られただけ!」

 

 

 少女の首を両断する寸前で止められた。

 

 かなりギリギリのタイミングだった様で、薄皮が切れたらしく少女の首から薄っすら血の玉が浮かぶ。

 十秒、二十秒と過ぎ、ソウゴは逢魔剣を鞘に納めた。問い質す様に口を開く。

「裏切られたと言ったな? だがそれは貴様が封印された理由にはならん。その話が本当だとして、裏切った者は何故貴様をここに封印した?」

 ソウゴの質問が聞こえてないのか、呆然としている少女。ジッと、豊かだが薄汚れた金髪の間から覗く紅眼でソウゴを見つめる。

 何も答えない少女にソウゴが「貴様の来歴を話せ。話せないのなら…」と言いながら再び剣に手を掛ける。すると少女はハッと我を取り戻し、慌てて口を開いた。

「私、先祖返りの吸血鬼……凄い力持ってる、……だから国の皆の為に頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって。……叔父様、……これからは自分が王だって……。私……それでもよかった……でも、私、凄い力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

 枯れた喉で必死にポツリポツリと語る女の子。所々気になるワードがあるので、ソウゴは尋ねた。

「貴様、王族だったのか?」

 少女は頷く。

「殺せないとはなんだ?」

「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」

「先程の"凄い力"とはそれか?」

「これもだけど……魔力、直接操れる……陣もいらない」

 そこまで聞き、ソウゴは納得を見せる。

 

 

 この世界(トータス)における魔術は、体内の魔力を詠唱により魔法陣に注ぎ込み、魔法陣に組み込まれた式通りの魔術が発動するというプロセスを経る。魔力を直接操作する事は出来ず、どの様な効果の魔法を使うかによって正しく魔法陣を構築しなければならない。

 そして、詠唱の長さに比例して流し込める魔力は多くなり、魔力量に比例して威力や効果も上がっていく。また、効果の複雑さや規模に比例して魔法陣に書き込む式も多くなる。それは必然的に魔法陣自体も大きくなるという事に繋がる。

 

 例えば、RPG等で定番の"火球"を直進で放つだけでも、一般に直径十センチ程の魔法陣が必要になる。基本は、属性・威力・射程・範囲・魔力吸収(体内から魔力を吸い取る)の式が必要で、後は誘導性や持続時間等付加要素が付く度に式を加えていき魔法陣が大きくなるという事だ。

 

 しかし、この原則にも例外がある。それが適性だ。

 

 適性とは、言ってみれば体質によりどれくらい式を省略できるかという問題である。例えば、火属性の適性があれば、式に属性を書き込む必要は無く、その分式を小さくできると言った具合だ。

 この省略はイメージによって補完される。式を書き込む必要がない代わりに、詠唱時に火をイメージする事で魔術に火属性が付加されるのである。

 因みに、魔法陣は一般には特殊な紙を使った使い捨てタイプか、鉱物に刻むタイプの二つがある。

 前者はバリエーションは豊かになるが、一回の使い捨てで威力も落ちる。後者は嵩張るので種類は持てないが、何度でも使えて威力も十全というメリット・デメリットがある。

 

 しかし、この少女は周りが詠唱やら魔法陣やら準備している間に一瞬で魔術を撃てるのだから、正直この世界の術師では勝負にならない。しかも不死身。恐らくソウゴと違い絶対的なものではないだろうが、それでも勇者すら凌駕しそうなチートである。

 

 

「……、たすけて……」

 ソウゴが一人で納得しているのをジッと眺めながら、ポツリと少女が懇願する。

「だが要は、貴様に臣下を従わせる人望も、反乱を鎮める力も足りなかった。だから封印されただけの話だろう? 自業自得ではないか」

 しかしソウゴにそう言われると少女は目を見開き、大きく俯いた。

 だが、その様子を見たソウゴは目を伏せ、

「しかしまぁ……どうやら嘘は言っていないらしい。正直に答えたのなら、こちらも誠意を見せねばな」

 溜息を吐きながらそう言ったソウゴは、少女を捕える立方体に手を置いた。

 

 直後、少女の周りの立方体が塵になった様に崩れていき、彼女の枷を一瞬で解いていく。

 

 それなりに膨らんだ胸部が露わになり、次いで腰、両腕、太腿が露出する。一糸纏わぬ彼女の裸体は痩せ衰えていたが、それでもどこか神秘性を感じさせる程美しかった。そのまま体の全てが解き放たれ、少女は地面にペタリと女の子座りで座り込んだ。どうやら立ち上がる力が無いらしい。少女は呆然とした表情で呟く。

「そんな……どうやって? ……どんな魔法も通らない筈なのに」

「ちょっとした手品だ」

 ソウゴは何でもない様にそう言った。

 

 ソウゴが行ったのは、"小宇宙の闘法"と"モーフィングパワー"の合わせ技だ。

 "小宇宙の闘法"の原子を砕くという仕組みと、"モーフィングパワー"の原子・分子を操るという原理を組み合わせたのだ。

 

 ソウゴは少女を立ち上がらせようと手を伸ばす。その手を女の子がギュッと握った。弱々しい、力の無い手だ。小さくて、ふるふると震えている。

 ソウゴが視線を向けると少女は真っ直ぐにソウゴを見つめている。顔は無表情だが、その奥にある紅眼には彼女の気持ちが溢れんばかりに宿っていた。

 そして、震える声で小さく、しかしはっきりと女の子は告げる。

「……ありがとう」

 

 その言葉を贈られた時の心情をどう表現すればいいのか、ソウゴには分からなかった。ただ少なくとも、「悪くない」と思ったのは確かだった。

 

 繋がった手はギュッと握られたままだ。いったいどれだけの間、ここにいたのだろうか。少なくともソウゴの知識にある吸血鬼族は数百年前に滅んだ筈だ。この世界の歴史を学んでいる時にそう記載されていたと記憶している。

 話している間も彼女の表情は動かなかった。それはつまり、声の出し方、表情の出し方を忘れる程長い間、たった一人この暗闇で孤独な時間を過ごしたという事だ。

 しかも、話しぶりからして信頼していた相手に裏切られて。よく発狂しなかったものである。もしかすると先程言っていた自動再生的な力のせいかもしれない。だとすれば、それは逆に拷問だっただろう。狂う事すら許されなかったという事なのだから。

「……名前、なに?」

 少女が囁く様な声でソウゴに尋ねる。そういえばお互い名乗っていなかった事を思いだしたソウゴは名乗りつつ、少女にも訊き返した。

「常磐ソウゴだ。貴様は?」

 少女は「ソウゴ、ソウゴ」と、さも大事なものを内に刻み込む様に繰り返し呟いた。そして問われた名前を答えようとして、思い直した様にソウゴにお願いをした。

「……名前、付けて」

「……ふざけているのか?」

 長い間幽閉されていた割に余裕だな、と少しばかり青筋を立てるソウゴだったが、少女はふるふると首を振る。

「もう、前の名前はいらない。……ソウゴの付けた名前がいい」

「そうは言うが……」

 少女は期待する様な目でソウゴを見ている。ソウゴはカリカリと頬を掻くと少し考える素振りを見せて、仕方ないという様に彼女の新しい名前を告げた。

「"ユエ"というのはどうだ? ネーミングセンスなど無いから気に入らなければまた考えるが……」

「ユエ? ……ユエ、ユエ」

「あぁ。ユエと言うのはな、私の国のある地域で"月"の事をそう呼ぶらしい。最初、この部屋に入った時にその金色の髪や紅い眼が夜に浮かぶ月の様に見えたんでな、……どうだ?」

 思いの外きちんとした理由がある事に驚いたのか、少女がパチパチと瞬きする。そして、相変わらず無表情ではあるが、どことなく嬉しそうに瞳を輝かせた。

「……んっ。今日からユエ。ありがとう」

「うむ。取り敢えずだ……」

「?」

 礼を言う少女改めユエの握っていた手を解き、ソウゴは宝物庫から適当な外套を取り出す。何も無い所から突然物を出したソウゴに目を丸くするユエに、ソウゴはその外套を被せた。

「それでも着ておけ。いつまでもそのままでは風邪をひくぞ」

「……」

 そう言われて差し出された服を反射的に受け取りながら自分を見下ろすユエ。確かに、大事な所とか丸見えである。ユエは一瞬で真っ赤になるとソウゴの外套をギュッと抱き寄せ上目遣いでポツリと呟いた。

「ソウゴのエッチ」

 その瞬間、ソウゴのデコピンがユエを襲った。

「あうっ」

「百年早いわ、小娘」

 そう言うソウゴは心底呆れた様な目を向ける。それに対してユエは頬を膨らませて反論しようとして……

 

 

 突如ソウゴに抱きかかえられた。

 

 

「…っ! ソウゴ…!?」

 驚愕するユエを抱えたまま、ソウゴはその場から飛び退いた。

 続いて、直前までいた場所にズドンッと地響きを立てながら一体の魔物が姿を現した。

 その魔物は体長五メートル程、四本の長い腕に巨大な鋏を持ち、八本の足をわしゃわしゃと動かしている。そして二本の尻尾の先端には鋭い針がついていた。

 

 一番分かりやすい例えをするなら蠍だろう。二本の尻尾は毒持ちと考えた方が賢明だ。

 

 目の前の蠍はつい数瞬前まで、ソウゴの“探知”に引っ掛からなかった。という事は少なくとも、この蠍擬きはユエの封印を解いた後に出てきたという事だ。つまり、ユエを逃がさない為の最後の仕掛けなのだろう。

 ソウゴは腕の中のユエをチラリと見る。彼女は、蠍擬きになど目もくれず一心にソウゴを見ていた。凪いだ水面の様に静かな、覚悟を決めた瞳。その瞳が何よりも雄弁に彼女の意思を伝えていた。ユエは自分の運命をソウゴに委ねたのだ。

 

 その瞳を見た瞬間、ソウゴの腹は決まった。

 

 酷い裏切りを受けたこの少女が、今一度、その身を託すというのだ。これに答えられなければ男が廃る。何より……

 

「"仮面ライダー"を名乗る資格が無いな」

 

「……?」

 ポツリと呟いたその一言に、ユエは不思議そうな顔をする。それに「何でもない」と返しつつ、ソウゴはユエを降ろした。

「ソウゴ?」

「少し待っていろ。直ぐに終わらせる」

 ソウゴはそう言いながら、ユエの額に触れる。すると衰え切った体に活力が戻ってくる感覚を覚え、ユエは驚いた様に目を見開いた。魔術の気配もなく、しかも魔法陣や詠唱を使用していない。つまりソウゴが自分と同じく、魔力を直接操作する術を持っているという事にユエは気がついたのである。

 

 自分と"同じ"、そして何故かこの奈落にいる。ユエはそんな場合ではないと分かっていながら、蠍擬きよりもソウゴを意識せずにはいられなかった。

 

 

 一方、ソウゴはユエの回復を終えると彼女から少し離れ、蠍擬きを正面に見据える。

 そして逢魔剣を抜き、その切っ先がゆらりと蠍擬きに向けられる。

 

 すると剣の柄から刀身に向かって罅割れの様な、或いは血管の様な赤光が走る。赤光は瞬く間に刃全体に及び、剣を焼けた鉄の様な有様に変える。

 そこに込められるは、『膨大な熱』。

 

 

 次の瞬間、部屋全体を灼かんばかりの光が溢れ、轟音と共に凄まじい熱線が蠍擬きに放たれた。

 

 

「……!」

 余りの眩しさにユエは腕で顔を覆う。圧倒的な熱がユエの肌をチリチリと焼いていく。

 ユエは痛みを感じつつ、ソウゴの圧倒的な力に驚愕する。それと同時に、ユエは肝を冷やした。

 何せ、その力がつい数分前まで自分に向けられていたのだ。いくら不死身でも、あれを受ければ確実に無事では済まない。九死に一生の気分だ。そんな事を考えていると、

 

「やり方を間違えたな、何一つ残ってない」

 

 ソウゴのそんな言葉が聞こえ、ユエの思考は中断される。ふと見れば、熱線はいつの間にか止んでいる。

 そして絶句した。ソウゴの正面が溶けている。蠍擬きがいた位置の遥か後方、つまりこの部屋の扉まで。その射線上には、ソウゴの言葉通り塵一つ残っていなかった。

「終わったぞ」

 そう言ってソウゴは剣を鞘に納め振り返る。ついでに軽く手を振ると、無表情ながらどことなく嬉しそうな眼差しで女の子座りしながらソウゴを見つめているユエがいた。迷宮攻略がいつ終わるのか分からないが、どうやら可愛らしい同行者ができたらしい。

 パンドラの箱には厄災と一握りの希望が入っていたという。この部屋に入る前に出したその例えは、中々どうして的を射ていたらしい。そんな事を思いながら、ソウゴはゆっくりと彼女のもとへ歩き出した。

 




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