ありふれぬ魔王が世界最強   作:合将鳥

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すかさず第四話投下。

作者は頭平成なので、ソウゴの強さはいくら盛ってもいいと思っています。




第四話 最奥の終焉

 蠍擬きを倒したソウゴは、サイクロプスの肉を宝物庫にしまいユエと共に次の階層を歩いていた。別に背負っていってもよかったのだが、長い封印で体力が衰えているユエのリハビリに丁度いいかと思い歩かせる事にしたのだ。

 そんな訳で現在ソウゴ達は攻略を進めながら、偶に出会う魔物を片手間で倒しつつお互いの事を話し合っていた。

 

「そうすると、ユエは少なくとも三百歳以上という事か?」

「……マナー違反」

 ユエが非難を込めたジト目でソウゴを見る。女性に年齢の話はどの世界でもタブーらしい。

 

 ソウゴの記憶では、三百年前の大規模な戦争の折に吸血鬼族は滅んだとされていた筈だ。実際、ユエも長年物音一つしない暗闇に居た為時間の感覚は殆ど無いそうだが、それ位経っていてもおかしくないと思える程には長い間封印されていたという。二十歳の時に封印されたというから三百歳ちょいという事だ。

「吸血鬼とは、皆その程度の寿命を?」

「……私が特別。"再生"で歳もとらない……」

 

 聞けば十二歳の時、魔力の直接操作や"自動再生"の固有魔術に目覚めてから歳をとっていないらしい。普通の吸血鬼族も血を吸う事で他の種族より長く生きるらしいが、それでも二百年位が限度なのだそうだ。

 因みに人間族の平均寿命は七十歳、魔人族は百二十歳、亜人族は種族によるらしい。エルフの中には何百年生きている者がいるとか。

 

 ユエは先祖返りで力に目覚めてから僅か数年で当時最強の一角に数えられていたそうで、十七歳の時に吸血鬼族の王位に就いたという。しかも、ほぼ不死身の肉体。行き着く先は"神"か"化け物"かといったところだろう。そして、ユエは後者だったという事だ。

 欲に目が眩んだ叔父がユエを化け物として周囲に浸透させ、大義名分の下殺そうとしたが"自動再生"により殺しきれず、止むを得ずあの地下に封印したのだという。

 ユエ自身、当時は突然の裏切りにショックを受けて碌に反撃もせず混乱したままなんらかの封印術を掛けられ、気がつけばあの封印部屋にいたらしい。

 その為、あの蠍擬きや封印の方法、どうやって奈落に連れられたのか分からないそうだ。

 

「ならば、ファンガイアの方が長命か」

「ファンガイア……?」

「私の国の吸血鬼達の事だ」

 ファンガイアの平均寿命は七、八百年。長い者は千年程生きる。それを聞いたユエは無表情ながら大変驚いた。

 

 ユエの力についても話を聞いた。それによると、ユエは全属性に適性があるらしい。多分そうだろうと思っていたソウゴは「だろうな」と特に驚きもせず返す。また、本人曰く接近戦は苦手らしく、一人だと身体強化で逃げ回りながら魔術を連射する位が関の山なのだそうだ。尤も、その魔術が強力無比なのだから大したハンデになっていないのだが。

 

 因みに無詠唱で魔術を発動できるそうだが、癖で術名だけは呟いてしまうらしい。魔術を補完するイメージを明確にする為になんらかの言動を加える者は少なくないので、この辺はユエも例に漏れない様だ。

 "自動再生"については、一種の固有魔術に分類出来るらしく、魔力が残存している間は一瞬で塵にでもされない限り死なないそうだ。逆に言えば、魔力が枯渇した状態で受けた傷は治らないという事。つまりあの時、長年の封印で魔力が枯渇していたユエは、蠍擬きの攻撃を受けていればあっさり死んでいたという事だ。

「そういえば、ユエはここがどの辺りか分かるか?」

「……わからない。でも……」

 ユエにもここが迷宮のどの辺なのかはわからないらしい。申し訳なさそうにしながら、何か知っている事があるのか話を続ける。

「……この迷宮は反逆者の一人が作ったと言われてる」

「反逆者?」

 この世界に来てから初めて耳にする言葉な上に、そこはかとなく不穏な響きにユエに視線を転じるソウゴ。ユエも合わせて視線を上げると、コクリと頷き続きを話し出した。

「反逆者……神代に神に挑んだ神の眷属の事。……世界を滅ぼそうとしたと伝わってる」

 ユエは言葉の少ない無表情娘なので、説明には時間がかかる。まだまだ下層への階段までは長そうで、二人は歩きながら話を続ける。

 

 ユエ曰く、神代に神に反逆し世界を滅ぼそうと画策した七人の眷属がいたそうだ。しかしその目論見は破られ、彼等は世界の果てに逃走した。

 その果てというのが、現在の七大迷宮といわれているらしい。この【オルクス大迷宮】もその一つで、奈落の底の最深部には反逆者の住まう場所があると言われているのだとか。

 

「……そこなら、地上への道があるかも……」

「成程。奈落の底から一々迷宮を上がってくるとは思えない。神代の魔法使いなら転移系の魔術で地上とのルートを作っていてもおかしくはないか」

 ユエの言葉に納得した様に返事しつつ、飛び掛かって来た魔物を見向きもせず真っ二つにするソウゴ。ユエはそれをジーっと見ている。

「……それ程驚く事か?」

 口には出さずコクコクと頷くユエ。だぶだぶの外套を着て、袖先からちょこんと小さな指を覗かせ膝を抱える姿はなんとも愛嬌があり、その途轍もなく整った容姿も相まって、そこらの人間なら思わず抱き締めたくなる様な可愛らしさだ。

 すると今度はユエがソウゴに質問し出した。

「……ソウゴ、どうしてここにいる?」

 当然の疑問だろう。ここは奈落の底、正真正銘の魔境だ。魔物以外の生き物がいていい場所ではない。

 

 ユエには他にも沢山聞きたい事があった。何故魔力を直接操れるのか、何故固有魔術らしき魔術を複数扱えるのか、何故魔物の肉を食って平気なのか。そもそもソウゴは人間なのか。

 

 ポツリポツリと、しかし途切れる事無く続く質問に律儀に答えていくソウゴ。面倒そうな素振りも見せず話に付き合っている。

 ソウゴが、自身の来歴や異界からこの世界に召喚された事から始まり、同時に召喚された学生達に何故か自身の記憶があり、その記憶の中で無能と呼ばれていた事、ベヒモスとの戦いでその生徒の一人に狙われ奈落に落ちた事等、今に至るまでの事をツラツラと話すと、ユエが目を点にしていた。

「どうした?」

「……ソウゴ様(・・・・)、不思議な人」

「…何だいきなり」

 突然自分に様付けしだし、思わず訊いたソウゴに対し、

「年上だから」

「……そうか」

 

 たった一言で無理矢理納得させたユエ。ある意味大物である。

 

 それはさておき、話を続けるユエ。

「……ソウゴ様は、いつでも帰れるの?」

「勿論。奈落からも、この世界からもな。まぁ、暫くは留まるつもりだが」

 ソウゴがそう言った途端、ユエは沈んだ表情で顔を俯かせる。そして、ポツリと呟いた。

「……私にはもう、帰る場所……ない……」

 その言葉に、ソウゴは足を止めた。

 ユエが自分に新たな居場所を見ているという事は察していた。新しい名前を求めたのもそういう事だろう。だからこそ、ソウゴが元の世界に戻るという事は、再び居場所を失うという事だとユエは悲しんでいるのだろう。

 

 だからこそ(・・・・・)、ソウゴは不思議に思った。

 

「何だ、付いてこないのか?」

「え?」

 ソウゴの言葉に驚愕を露わにして目を見開くユエ。涙で潤んだ紅い瞳にマジマジと見つめられる。

「先程話したが、私は王だぞ? 我が国には数多の人種・種族がいて、何なら異星人までいる。たかが吸血鬼一人の居場所を作るなど、造作も無い事だ」

 暫く呆然としていたユエだが、理解が追いついたのか、おずおずと「いいの?」と遠慮がちに尋ねる。それにソウゴは「最初からそのつもりでは無かったのか?」と訊き返した。

 すると今までの無表情が嘘の様に、ユエはふわりと花が咲いた様に微笑んだ。

 

 

 その後暫く歩き、魔物の気配の無いそこそこのスペースを見つけたソウゴ達は休憩を取る事にし、そこでサイクロプスの肉を焼いて食事をする事にした。

「ユエ、食事だ……おっと、魔物の肉は不味かったか?」

 魔物の肉を食べるのが日常になっていたのでソウゴは軽くユエを食事に誘ったのだが、果たして喰わせて大丈夫なのかと思い直し、ユエに視線を送る。

 ユエは「食事はいらない」と首を振った。

「まぁ、三百年封印されて生きてるのだから食わなくても大丈夫だろうが……飢餓感等感じたりしないか?」

「感じる。……でも、もっと気になるものがある」

「ほう? それは一体?」

 腹は空くがもっと気を惹かれるものがあるというユエに、興味深そうな眼差しを向けるソウゴ。ユエは真っ直ぐにソウゴを指差した。

「ソウゴ様の血」

「私の血か。ならば、吸血鬼は血が飲めれば特に食事は不要という事か?」

「……食事でも栄養はとれる。……でも血の方が効率的」

「ふむ……」

 吸血鬼は血さえあれば平気らしい。するとソウゴは少し思案顔になり、ユエに答えた。

「ユエ、血を吸うのは構わんが覚悟しておけよ?」

「……覚悟?」

 どういう事かわからないという顔のユエに、ソウゴは説明を始める。

「私が力を継いだ戦士の中には、その身に猛毒を宿した者もそれなりにいた。そして…」

 そう言いながらソウゴは袖をまくって手甲を消し、晒された腕をユエに見せながら話を続ける。

 

「それらの毒が私に集中した結果、私の血には少なくとも七桁は下らない猛毒(・・・・・・・・・)が含まれている」

 

「……!」

「私自身で多少は制御するにしても、恐らく万の毒がその身体を襲うだろう。ユエならば即死なんて事は無いだろうが、それでも激痛に苛まれるのは違いない。それでもよいなら、好きにしろ」

「……頑張る」

 そう言って気合を入れたユエは、ソウゴの腕を掴む。「まぁこの先の事を考えれば、抗体を獲得するいい機会にはなるか」なんて考えるソウゴの腕に、ユエが噛みついて血を吸い始めた。

 

 

 そして案の定、想像を絶する激痛にのたうち回るユエにソウゴが「言わんこっちゃない」という表情で回復魔術を掛けるのだった。

 

 

 

 そして再び時間は進み。

 

 光輝達勇者一行は、再び【オルクス大迷宮】にやって来ていた。但し、訪れているのは光輝達勇者パーティと小悪党組、それに永山重吾という大柄な柔道部の男子生徒が率いる男女五人のパーティだけだった。

 

 理由は簡単だ。話題には出さなくとも、ソウゴの死が多くの生徒達の心に深く重い影を落としてしまったのである。"戦いの果ての死"というものを強く実感させられてしまい、真面に戦闘などできなくなったのだ。一種のトラウマというやつである。

 当然、聖教教会関係者はいい顔をしなかった。実戦を繰り返し、時が経てばまた戦えるだろうと毎日の様にやんわり復帰を促してくる。

 

 しかし、それに猛然と抗議した者がいた。愛子先生だ。

 

 愛子は当時、遠征には参加していなかった。"作農師"という特殊かつ激レアな天職の為、実戦訓練よりも教会側としては農地開拓の方に力を入れて欲しかったのである。愛子がいれば、糧食問題は解決してしまう可能性が限りなく高いからだ。

 そんな愛子はソウゴの死亡を知ると、ショックのあまり寝込んでしまった。自分が安全圏でのんびりしている間に生徒が死んでしまったという事実に、全員を日本に連れ帰る事が出来なくなったという事に、責任感の強い愛子は強いショックを受けたのだ。

 

 だからこそ、戦えないという生徒をこれ以上戦場に送り出す事など断じて許せなかった。

 愛子の天職は、この世界の食料関係を一変させる可能性がある激レア職である。その愛子が、不退転の意志で生徒達への戦闘訓練の強制に抗議しているのだ。関係の悪化を避けたい教会側は、愛子の抗議を受け入れた。

 

 結果、自ら戦闘訓練を望んだ勇者パーティと小悪党組、永山重吾のパーティのみが訓練を継続する事になった。そんな彼等は、再び訓練を兼ねて【オルクス大迷宮】に挑む事になったのだ。今回もメルドと数人の騎士団員が付き添っている。

 

 

 今日で迷宮攻略六日目。

 現在の階層は六十層だ。確認されている最高到達階数まで後五層である。

 しかし、光輝達は現在立ち往生していた。正確には先へ行けないのではなく、いつかの悪夢を思い出して思わず立ち止まってしまったのだ。

 

 そう、彼等の目の前にはいつかのものとは異なるが、同じ様な断崖絶壁が広がっていたのである。次の階層へ行くには崖にかかった吊り橋を進まなければならない。それ自体は問題ないが、やはり思い出してしまうのだろう。特に香織は、奈落へと続いているかの様な崖下の闇をジッと見つめたまま動かなかった。

「香織……」

 雫の心配そうな呼び掛けに、強い眼差しで眼下を眺めていた香織はゆっくりと頭を振ると、雫に微笑んだ。

「大丈夫だよ、雫ちゃん」

「そう……無理しないでね? 私に遠慮する事なんてないんだから」

「えへへ、ありがと、雫ちゃん」

 雫もまた親友に微笑んだ。香織の瞳は強い輝きを放っている。そこに現実逃避や絶望は見て取れない。洞察力に優れ、人の機微に敏感な雫には、香織が本心で大丈夫だと言っているのだと分かった。

 

(やっぱり、香織は強いわね)

 ソウゴの死はほぼ確定事項だ。その生存は絶望的と言うのも生温い。それでも逃避でも否定でもなく、自らの納得のため前へ進もうとする香織に、雫は親友として誇らしい気持ちで一杯だった。

 

 

 だが、そんな空気は読まないのが勇者クオリティ。

 

 

 光輝の目には、眼下を見つめる香織の姿がソウゴの死を思い出し嘆いている様に映った。クラスメイトの死に、優しい香織は今も苦しんでいるのだと結論づけた。故に思い込みというフィルターがかかり、微笑む香織の姿も無理している様にしか見えない。

 そして香織がソウゴを特別に想っていて、まだ生存の可能性を信じている等と露程にも思っていない光輝は、度々香織にズレた慰めの言葉をかけてしまうのだ。

「香織……君の優しいところ、俺は好きだ。でも、クラスメイトの死に何時までも囚われていちゃいけない! 前へ進むんだ。きっと、常磐もそれを望んでる」

「ちょっと、光輝……」

「雫は黙っていてくれ! 例え厳しくても、幼馴染である俺が言わないといけないんだ。……香織、大丈夫だ。俺が傍にいる、俺は死んだりしない、もう誰も死なせはしない。香織を悲しませたりしないと約束するよ」

「はぁ~、何時もの暴走ね……香織……」

「あはは、大丈夫だよ、雫ちゃん。……えっと、光輝くんも言いたい事は分かったから大丈夫だよ」

「そうか、わかってくれたか!」

 光輝の見当違い全開の言葉に、香織は苦笑いするしかない。

 

 恐らく、今の香織の気持ちを素直に話しても、光輝には伝わらないだろう。

 光輝の中でソウゴは既に死んだ事になっている。故に、香織の訓練への熱意や迷宮攻略の目的がソウゴの生存を信じてのものとは考えられない。自分の信じた事を疑わず貫き通す性分は、そんな香織の気持ちも現実逃避をしているか心を病んでしまっていると解釈するだろう。

 長い付き合い故に光輝の思考パターンを何となく分かってしまう香織は、だからこそ何も言わず合わせるのだった。

 

 因みに、完全に口説いている様にしか思えないセリフだが、本人は至って真面目に下心なく語っている。光輝の言動に慣れてしまっている雫と香織は普通にスルーしているが、他の女子生徒なら甘いマスクや雰囲気と相まって一発で落ちているだろう。

 

 普通、イケメンで性格もよく文武両道とくれば、その幼馴染の女の子は惚れていそうなものだが、雫は小さい頃から実家の道場で大人の門下生と接していた事、厳格な父親の影響、そして天性の洞察力で光輝の欠点とも言うべき正義感に気がついていた事から、それに振り回される事も多く幼馴染として以上の感情は抱いていなかった。尤も、他の人よりは大切である事に変わりはないが。

 香織は生来の恋愛鈍感スキルと雫から色々聞かされているので、光輝の言動にときめく事ができない。いい人だと思っているし、幼馴染として大切にも思っているが恋愛感情には結びつかなかった。

 

「香織ちゃん、私応援しているから、出来る事があったら言ってね」

「そうだよ~、鈴は何時でもカオリンの味方だからね!」

 光輝との会話を傍で聞いていて、会話に参加したのは中村恵里と谷口鈴だ。

 二人共、高校に入ってからではあるが香織達の親友と言っていい程仲の良い関係で、光輝率いる勇者パーティーにも加わっている実力者だ。

 

 中村恵里はメガネを掛け、ナチュラルボブにした黒髪の美人である。性格は温和で大人しく基本的に一歩引いて全体を見ているポジションだ。本が好きで、正に典型的な図書委員といった感じの少女である。実際、図書委員でもある。

 

 谷口鈴は、身長百四十二センチのちみっ子である。尤も、その小さな体には何処に隠しているのかと思う程無尽蔵の元気が詰まっており、常に楽しげでチョロリンと垂れたおさげと共にぴょんぴょんと跳ねている。その姿は微笑ましく、クラスのマスコット的な存在だ。

 

 そんな二人も、ソウゴが奈落に落ちた日の香織の取り乱し様にその気持ちを悟り、香織の目的にも賛同してくれている。

「うん、恵里ちゃん、鈴ちゃん、ありがとう」

 高校で出来た親友二人に、嬉しげに微笑む香織。

「うぅ~、カオリンは健気だねぇ~、常磐君め! 鈴のカオリンをこんなに悲しませて! 生きてなかったら鈴が殺っちゃうんだからね!」

「す、鈴? 生きてなかったら、その、こ、殺せないと思うよ?」

「細かい事はいいの! そうだ、死んでたらエリリンの降霊術でカオリンに侍せちゃえばいいんだよ!」

「す、鈴、デリカシーないよ! 香織ちゃんは、常磐君は生きてるって信じてるんだから! それに私、降霊術は……」

 鈴が暴走し恵里が諌める。それがデフォだ。

 いつも通りの光景を見せる姦しい二人に、楽しげな表情を見せる香織と雫。因みに、光輝達は少し離れているので聞こえていない。肝心な話やセリフに限って聞こえなくなる難聴スキルは、当然の如く光輝にも備わっている。

「恵里ちゃん、私は気にしてないから平気だよ?」

「鈴もそれくらいにしなさい。恵里が困ってるわよ?」

 香織と雫の苦笑い混じりの言葉に「むぅ~」と頬を膨らませる鈴。恵里は、香織が鈴の言葉を本気で気にしていない様子にホッとしながら、降霊術という言葉に顔を青褪めさせる。

「エリリン、やっぱり降霊術苦手? せっかくの天職なのに……」

「……うん、ごめんね。ちゃんと使えれば、もっと役に立てるのに……」

「恵里、誰にだって得手不得手はあるわ。魔法の適性だって高いんだから気にすることないわよ?」

「そうだよ、恵里ちゃん。天職って言っても、その分野の才能があるというだけで好き嫌いとは別なんだから。恵里ちゃんの魔法は的確で正確だから皆助かってるよ?」

「うん、でもやっぱり頑張って克服する。もっと皆の役に立ちたいから」

 恵里が小さく拳を握って決意を表す。鈴はそんな様子に「その意気だよ、エリリン!」とぴょんぴょん飛び跳ね、香織と雫は友人の頑張りに頬を緩める。

 

 恵里の天職は、"降霊術師"である。

 闇系魔術は精神や意識に作用する系統の魔術で、実戦等では基本的に対象にバッドステータスを与える魔術と認識されている。

 降霊術はその闇系魔術の中でも超高難度魔術で、死者の残留思念に作用する魔術だ。聖教教会の司祭の中にも幾人かの使い手がおり、死者の残留思念を汲み取り遺族等に伝えるという何とも聖職者らしい使用方法がなされている。

 

 尤も、この魔術の真髄はそこではない。この魔術の本当の使い方は、遺体の残留思念を魔術で包み実体化の能力を与えて使役したり、遺体に憑依させて傀儡化するというものだ。つまり、生前の技能や実力を劣化してはいるが発揮出来る死人、それを使役出来るのである。また、生身の人間に憑依させる事でその技術や能力をある程度トレースする事も出来る。

 

 しかし、ある程度の受け答えは出来るもののその見た目は青白い顔をした生気の無い、正に幽霊という印象であり、また死者を使役するという事に倫理的な嫌悪感を覚えてしまうので、恵里はこの術の才能があってもまるで使えていなかった。

 

 

 そんな女子四人の姿を、正確には香織を、後方から暗い瞳で見つめる者がいた。

 

 檜山大介である。あの日王都に戻ってしばらく経ち、生徒達にも落ち着きが戻ってきた頃、案の定あの窮地を招いた檜山には厳しい批難が待っていた。

 

 檜山は当然予想していたので、ただ只管土下座で謝罪するに徹した。こういう時、反論する事が下策以外の何物でもないと知っていたからだ。特に、謝罪するタイミングと場所は重要だ。

 檜山の狙いは光輝の目の前での土下座である。光輝なら確実に謝罪する自分を許しクラスメイトを執り成してくれると予想していたのである。

 その狙いは功を奏し、光輝の許しの言葉で檜山に対する批難は収まった。香織も元来の優しさから、涙ながらに謝罪する檜山を特段責めるような事はしなかった。檜山の計算通りである。

 

 尤も、雫は薄々檜山の魂胆に気がついており、幼馴染を利用した事に嫌悪感を抱いた様だが。

 

 また、例の人物からの命令も黙々と熟した。とても恐ろしい命令だった。戦慄すべき命令だった。強烈な忌避感を感じたが、一線を越えてしまった檜山はもう止まる事が出来なかった。

 しかし、クラスにごく自然と溶け込みながら裏では恐ろしい計画を練っているその人物に、檜山は畏怖と同時に歓喜の念も抱いていた。

(あいつは狂ってやがる。……だが、付いて行けば香織は俺の……)

 言う事を聞けば香織が手に入る、その言葉に暗い喜びを感じ思わず口元に笑みが浮かぶ檜山。

 

「おい、大介? どうかしたのか?」

 

 檜山のおかしな様子に、近藤や中野、斎藤が怪訝そうな表情をしている。この三人は今でも檜山とつるんでいる。元々、類は友を呼ぶと言う様に似た者同士の四人、一時期はギクシャクしたものの、檜山の殊勝な態度に友情を取り戻していた。

 尤も、それが本当の意味での友情と言えるかは甚だ微妙ではあるが……。

「い、いや、何でもない。もう六十層を越えたんだと思うと嬉しくてな」

「あ~、確かにな。あと五層で歴代最高だもんな~」

「俺等、相当強くなってるよな。全く、居残り組は根性無さ過ぎだろ」

「まぁ、そう言うなって。俺らみたいな方が特別なんだからよ」

 檜山の誤魔化しに、特に何の疑問も抱かず同調する三人。

 戦い続ける自分達を特別と思って調子づいているのは小悪党が小悪党たる所以だろう。王宮でも居残り組に対して実に態度がでかい。横柄な態度に苦情が出ているくらいだ。しかし六十層を突破できるだけの確かな実力があるので、強く文句を言えないところである。

 

 尤も、勇者パーティーには及ばないので彼らも光輝達の傍では実に大人しい。小物らしい行動原理である。

 

 

 一行は特に問題も無く、遂に歴代最高到達階層である六十五層に辿り着いた。

「気を引き締めろ! ここのマップは不完全だ。何が起こるか分からんからな!」

 付き添いのメルドの声が響く。光輝達は表情を引き締め未知の領域に足を踏み入れた。

 暫く進んでいると、大きな広間に出た。何となく嫌な予感がする一同。

 その予感は的中した。広間に侵入すると同時に、部屋の中央に魔法陣が浮かび上がったのだ。赤黒い脈動する直径十メートル程の魔法陣。それは、とても見覚えのある魔法陣だった。

 

「ま、まさか……アイツなのか!?」

 

 光輝が額に冷や汗を浮かべながら叫ぶ。他のメンバーの表情にも緊張の色がはっきりと浮かんでいた。

「マジかよ、アイツは死んだんじゃなかったのかよ!」

 龍太郎も驚愕を露わにして叫ぶ。それに応えたのは、険しい表情をしながらも冷静な声音のメルドだ。

「迷宮の魔物の発生原因は解明されていない。一度倒した魔物と何度も遭遇することも普通にある、気を引き締めろ! 退路の確保を忘れるな!」

 いざと言う時、確実に逃げられる様に先ず退路の確保を優先する指示を出すメルド。それに部下が即座に従う。だが、光輝がそれに不満そうに言葉を返した。

「メルドさん。俺達はもうあの時の俺達じゃありません。何倍も強くなったんだ! もう負けはしない! 必ず勝ってみせます!」

「へっ、その通りだぜ。何時までも負けっぱなしは性に合わねぇ。ここらでリベンジマッチだ!」

 龍太郎も不敵な笑みを浮かべて呼応する。メルドはやれやれと肩を竦め、確かに今の光輝達の実力なら大丈夫だろうと、同じく不敵な笑みを浮かべた。

 そして、遂に魔法陣が爆発したように輝き、かつての悪夢が再び光輝達の前に現れた。

 

「グゥガァアアア!!!」

 

 咆哮を上げ、地を踏み鳴らす異形。ベヒモスが光輝達を壮絶な殺意を宿らせた眼光で睨む。

 全員に緊張が走る中、そんなものとは無縁の決然とした表情で真っ直ぐ睨み返す女の子が一人。

 香織である。香織は誰にも聞こえない位の、しかし確かな意志の力を宿らせた声音で宣言した。

「もう誰も奪わせない。あなたを踏み越えて、私は彼の下へ行く」

 今、過去を乗り越える戦いが始まった。

 

 

 先手は光輝だった。

 

「万翔 羽ばたき、天へと至れ、"天翔閃"!」

 

 曲線状の光の斬撃がベヒモスに轟音を響かせながら直撃する。以前はソウゴに庇われて直ぐにメルドに抱えられ、真面に戦う事も出来なかった。しかし、いつまでもあの頃のままではないという光輝の宣言は、結果を以て証明された。

「グゥルガァアア!?」

 悲鳴を上げ地面を削りながら後退するベヒモスの胸にはくっきりと斜めの剣線が走り、赤黒い血を滴らせていたのだ。

「いける、俺達は確実に強くなってる! 永山達は左側から、檜山達は背後を、メルド団長達は右側から! 後衛は魔法準備、上級を頼む!」

 光輝が矢継ぎ早に指示を出す。メルド直々の指揮官訓練の賜物だ。

「ほぅ、迷いなくいい指示をする。聞いたな? 総員、光輝の指揮で行くぞ!」

 メルドが叫び騎士団員を引き連れベヒモスの右サイドに回り込むべく走り出した。それを機に一斉に動き出し、ベヒモスを包囲する。

 前衛組が暴れるベヒモスを後衛には行かすまいと必死の防衛線を張る。

「グルゥアアア!!」

 ベヒモスが踏み込みで地面を粉砕しながら突進を始める。

「させるかっ!」

「行かせん!」

 クラスの二大巨漢、坂上龍太郎と永山重吾がスクラムを組む様にベヒモスに組み付いた。

「「猛り地を割る力をここに! “剛力”!」」

 身体能力、特に膂力を強化する魔術を使い、地を滑りながらベヒモスの突進を受け止める。

「ガァアア!!」

「らぁあああ!!」

「おぉおおお!!」

 三者三様に雄叫びをあげ力を振り絞る。ベヒモスは矮小な人間如きに完全には止められないまでも勢いを殺され苛立つ様に地を踏み鳴らした。

 

 その隙を他のメンバーが逃さない。

 

「全てを切り裂く至上の一閃──"絶断"!」

 雫の抜刀術がベヒモスの角に直撃する。魔術によって切れ味を増したアーティファクトの剣が半ばまで食い込むが、切断するには至らない。

「ぐっ、相変わらず堅い!」

「任せろ! 粉砕せよ、破砕せよ、爆砕せよ、"豪撃"!」

 メルドが飛び込み、半ばまで刺さった雫の剣の上から自らの騎士剣を叩きつけた。魔術で剣速を上げると同時に腕力をも強化した鋭く重い一撃が雫の剣を押し込む様に衝撃を与える。

 そして、遂にベヒモスの角の一本が半ばから断ち切られた。

「ガァアアアア!?」

 角を切り落とされた衝撃にベヒモスが渾身の力で大暴れし、永山、龍太郎、雫、メルドの四人を吹き飛ばす。

「優しき光は全てを抱く "光輪"!」

 衝撃に息を詰まらせ地面に叩きつけられそうになった四人を光の輪が無数に合わさって出来た網が優しく包み込んだ。香織が行使した、形を変化させる事で衝撃を殺す光の防御魔術だ。

 香織は間髪入れず、回復系呪文を唱える。

「天恵よ、遍く子らに癒しを、"回天"」

 香織の詠唱完了と同時に、触れてもいないのに四人が同時に癒されていく。遠隔の、それも複数人を同時に癒せる中級光系回復魔術だ。以前使った"天恵"の上位版である。

 

 光輝が突きの構えを取り、未だ暴れるベヒモスに真っ直ぐ突進した。そして、先ほどの傷口に切っ先を差し込み、突進中に詠唱を終わらせて魔術発動の最後のトリガーを引く。

「"光爆"!」

 聖剣に蓄えられた膨大な魔力が、差し込まれた傷口からベヒモスへと流れ込み大爆発を起こした。

「ガァアアア!!」

 傷口を抉られ大量の出血をしながら、技後硬直中の僅かな隙を逃さずベヒモスが鋭い爪を光輝に振るった。

「ぐぅうう!!」

 呻き声を上げ吹き飛ばされる光輝。爪自体はアーティファクトの聖鎧が弾いてくれたが、衝撃が内部に通り激しく咳き込む。しかし、その苦しみも一瞬だ。すかさず香織の回復魔術がかけられる。

「天恵よ 彼の者に今一度力を "焦天"」

 先程の回復魔術が複数人を対象に同時回復できる代わりに効果が下がるものとすれば、これは個人を対象に回復効果を高めた魔術だ。光輝は光に包まれ一瞬で全快する。

 ベヒモスが、光輝が飛ばされた間奮闘していた他のメンバーを咆哮と跳躍による衝撃波で吹き飛ばし、折れた角にもお構いなく赤熱化させていく。

「……角が折れても出来るのね。あれが来るわよ!」

 雫の警告とベヒモスの跳躍は同時だった。ベヒモスの固有魔術は経験済みなので皆一斉に身構える。しかし、今回のベヒモスの跳躍距離は予想外だった。

 何と光輝達前衛組を置き去りにし、その頭上を軽々と超えて後衛組にまで跳んだのだ。大橋での戦いでは直近にしか跳躍しなかったし、あの巨体でここまで跳躍できるとは夢にも思わず、前衛組が焦りの表情を見せる。

 だが、後衛組の一人が呪文詠唱を中断して、一歩前に出た。谷口鈴だ。

 

「ここは聖域なりて、神敵を通さず "聖絶"!!」

 

 呪文の詠唱により光のドームが出来るのとベヒモスが隕石の如く着弾するのは同時だった。凄まじい衝撃音と衝撃波が辺りに撒き散らされ、周囲の石畳を蜘蛛の巣状に粉砕する。

 しかし、鈴の発動した絶対の防御は確りとベヒモスの必殺を受け止めた。だが、本来の四節からなる詠唱ではなく、二節で無理やり展開した詠唱省略の"聖絶"では本来の力は発揮出来ない。

 実際、既に障壁には罅が入り始めている。天職"結界師"を持つ鈴でなければ、ここまで持たせるどころか発動すら出来なかっただろう。鈴は歯を食いしばり、二節分しか注げない魔力を注ぎ込みながら必死に両手を掲げてそこに絶対の障壁をイメージする。罅割れた障壁など存在しない。自分の守りは絶対だと。

「ぅううう! 負けるもんかぁー!」

 障壁越しにベヒモスの殺意に満ちた眼光が鈴を貫き、全身を襲う恐怖と不安に、掲げた両手が震える。弱気を払って必死に叫ぶが限界はもうそこだ。ベヒモスの攻撃は未だ続いており、もう十秒も持たない。

 破られる! 鈴がそう心の内で叫んだ瞬間、

 

「天恵よ、神秘をここに、"譲天"」

 

 鈴の体が光に包まれ、"聖絶"に注がれる魔力量が跳ね上がった。香織の回復系魔術だ。本来は他者の魔力を回復させる魔術だが、魔法陣に注ぐ魔力に合わせて発動する事で、流入量を本来の量まで増幅させる事が出来る。"譲天"の応用技だ。天職"治癒師"である香織だからこそ出来る魔術である。

「これなら! カオリン愛してる!」

 鈴は、一気に本来の四節分の魔力が流れ込むと同時に完璧な"聖絶"を張り直す。パシンッと乾いた音を響かせ障壁の罅が一瞬で修復された。ベヒモスは障壁を突破できない事に苛立ち、怒りも表に生意気な術者を睨みつけるが、鈴も気丈に睨み返し一歩も引かない。

 

 そして遂に、ベヒモスの角の赤熱化が効果を失い始めた。ベヒモスが突進力を失って地に落ちる。同時に、鈴の"聖絶"も消滅した。

 

 肩で息をする鈴にベヒモスが狙いを定めるが、既に前衛組がベヒモスに肉薄している。

「後衛は後退しろ!」

 光輝の指示に後衛組が一気に下がり、前衛組が再び取り囲んだ。ヒット&アウェイでベヒモスを翻弄し続け、遂に待ちに待った後衛の詠唱が完了する。

「下がって!」

 後衛代表の恵里から合図がでる。光輝達は、渾身の一撃をベヒモスに放ちつつ、その反動も利用して一気に距離をとった。

 その直後、炎系上級攻撃魔術のトリガーが引かれた。

 

 

「「「「「"炎天"!」」」」」

 

 

 術者五人による上級魔術。超高温の炎が球体となり、さながら太陽の様に周囲一帯を焼き尽くす。ベヒモスの直上に創られた"炎天"は一瞬で直径八メートルに膨らみ、直後、ベヒモスへと落下した。

 

 絶大な熱量がベヒモスを襲う。あまりの威力の大きさに味方までダメージを負いそうになり、慌てて結界を張っていく。"炎天"はベヒモスに逃げる暇すら与えずに、その堅固な外殻を融解していった。

「グゥルァガァアアアア!!!!」

 ベヒモスの断末魔が広間に響き渡る。いつか聞いたあの絶叫だ。鼓膜が破れそうな程のその叫びは少しずつ細くなり、やがてその叫びすら燃やし尽くされたかの様に消えていった。

 そして、後には黒ずんだ広間の壁と……ベヒモスの物と思しき僅かな残骸だけが残った。

 

「か、勝ったのか?」

「勝ったんだろ……」

「勝っちまったよ……」

「マジか?」

「マジで?」

 

 皆が皆、呆然とベヒモスがいた場所を眺め、ポツリポツリと勝利を確認する様に呟く。同じく、呆然としていた光輝が、我を取り戻したのかスっと背筋を伸ばし聖剣を頭上へ真っ直ぐに掲げた。

 

「そうだ! 俺達の勝ちだ!」

 

 キラリと輝く聖剣を掲げながら勝鬨を上げる光輝。その声に漸く勝利を実感したのか、一斉に歓声が沸きあがった。男子連中は肩を叩き合い、女子達はお互いに抱き合って喜びを表にしている。メルド達も感慨深そうだ。

 そんな中、未だにボーっとベヒモスのいた場所を眺めている香織に雫が声を掛けた。

「香織? どうしたの?」

「えっ、ああ、雫ちゃん。……ううん、何でもないの。ただ、ここまで来たんだなってちょっと思っただけ」

 苦笑いしながら雫に答える香織。嘗ての悪夢を倒す事が出来る位強くなった事に対し感慨に浸っていたらしい。

「そうね。私達は確実に強くなってるわ」

「うん……雫ちゃん、もっと先へ行けば常磐くんも……」

「それを確かめに行くんでしょ?その為に頑張っているんじゃない」

「えへへ、そうだね」

 先へ進める。それはソウゴの安否を確かめる具体的な可能性がある事を示している。答えが出てしまう恐怖に、つい弱気が出たのだろう。それを察して、雫がグッと力を込めて香織の手を握った。

 その力強さに香織も弱気を払ったのか、笑みを見せる。

 そんな二人の所へ光輝達も集まってきた。

「二人共、無事か? 香織、最高の治癒魔法だったよ。香織がいれば何も怖くないな!」

 爽やかな笑みを浮かべながら香織と雫を労う光輝。

「ええ、大丈夫よ。光輝は……まぁ、大丈夫よね」

「うん、平気だよ、光輝くん。皆の役に立ててよかったよ」

 同じく微笑をもって返す二人。しかし、次ぐ光輝の言葉に少し心に影が差した。

「これで、常磐も浮かばれるな。自分を突き落とした魔物を自分が守ったクラスメイトが討伐したんだから」

 

「「……」」

 

 光輝は感慨に耽った表情で雫と香織の表情には気がついていない。どうやら光輝の中で、ソウゴを奈落に落としたのはベヒモスのみ(・・)という事になっているらしい。

 確かに間違いではない。直接の原因はベヒモスの固有魔術による衝撃で橋が崩落した事だ。しかしより正確には、撤退中のソウゴに魔術が撃ち込まれてしまった事だ。

 

 今では暗黙の了解としてその時の話はしない様になっているが、事実は変わらない。だが、光輝はその事実を忘れてしまったのか意識していないのかベヒモスさえ倒せばソウゴは浮かばれると思っている様だ。基本、人の善意を無条件で信じる光輝にとって、過失というものはいつまでも責めるものではないのだろう。まして、故意に為されたなどとは夢にも思わないだろう。

 

 しかし、香織は気にしない様にしていても忘れる事は出来ない。"誰か"を知らないから耐えられているだけで、知れば必ず責め立ててしまうのは確実だ。だからこそ、無かった事にしている光輝の言葉に少しショックを受けてしまった。

 雫が溜息を吐く。思わず文句を言いたくなったが、光輝に悪気が無いのはいつもの事だ。寧ろ精一杯、ソウゴの事も香織の事も思っての発言である。ある意味だからこそ性質が悪いのだが。それに、周りには喜びに沸くクラスメイトがいる。このタイミングであの時の話をする程雫は空気が読めない女ではなかった。

 若干微妙な空気が漂う中、クラス一の元気っ子が飛び込んできた。

「カッオリ~ン!」

 そんな奇怪な呼び声と共に鈴が香織にヒシッと抱きつく。

「ふわっ!?」

「えへへ、カオリン超愛してるよ~! カオリンが援護してくれなかったらペッシャンコになってるところだよ~」

「も、もう、鈴ちゃんったら。ってどこ触ってるの!」

「げへへ、ここがええのんか? ここがええんやっへぶぅ!?」

 鈴の言葉に照れていると、鈴が調子に乗り変態オヤジの如く香織の体を弄る。それに雫が手刀で対応。些か激しいツッコミが鈴の脳天に炸裂した。

「いい加減にしなさい。誰が鈴のものなのよ……香織は私のよ?」

「雫ちゃん!?」

「ふっ。そうはさせないよ~、カオリンとピーでピーな事するのは鈴なんだよ!」

「鈴ちゃん!? 一体何する気なの!?」

 雫と鈴の香織を挟んでのじゃれ合いに、香織が忙しそうにツッコミを入れる。いつしか微妙な空気は払拭されていた。

 これより先は完全に未知の領域。光輝達は過去の悪夢を振り払い先へと進むのだった。

 

 

 

 

「先程から倒し続けているが、中々鬱陶しいな」

「……ソウゴ様、ファイト……」

 

 

 一方、時間は戻りソウゴ側。

 

 現在、ソウゴはユエを背負いながら草むらの中で魔物達の首を次から次へと跳ねていた。周りは百六十センチメートル以上ある雑草が生い茂りソウゴの胸下付近まで隠してしまっている。ユエなら完全に姿が見えなくなっているだろう。

 そんな生い茂る雑草を鬱陶しそうに払い除けながら、

 

『シャァアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 ソウゴは二百体近い魔物を捌いていた。

 

 

 

 時間は少し遡る。

 ユエがどうにかソウゴの血を吸って空腹感を満たした後、二人は十階層程経て現在の階層に降り立った。因みに、背中の逢魔剣は腰に提げる事にした。

 

 先ず見えたのは樹海だった。十メートルを超える木々が鬱蒼と茂っており、空気はどこか湿っぽい。しかし、以前通った熱帯林の階層と違ってそれ程暑くはないのが救いだろう。

 

 ソウゴとユエが階下への階段を探して探索していると、突然ズズンッという地響きが耳に届いた。何事かと視線を向ける二人の前に現れたのは、巨大な爬虫類を思わせる魔物だ。見た目は完全にティラノサウルスである。

 

 但し、なぜか頭に一輪の可憐な花を生やしていたが……。

 

 鋭い牙と迸ほとばしる殺気が議論の余地なくこの魔物の凶暴さを示していたが、ついっと視線を上に向けると向日葵に似た花がふりふりと動く。かつてないシュールさだった。

 ティラノサウルスが咆哮を上げソウゴ達に向かって突進してくる。

 ソウゴが逢魔剣を抜こうとすると、それを制するように前に出たユエがスッと手を掲げた。

 

「"緋槍"」

 

 ユエの手元に現れた炎は渦を巻いて円錐状の槍の形をとり、一直線にティラノの口内目掛けて飛翔し、あっさり突き刺さって、そのまま貫通。周囲の肉を容赦なく溶かして一瞬で絶命させた。地響きを立てながら横倒しになるティラノ。

 そして、頭の花がポトリと地面に落ちた。

「見事だ」

 それを見てソウゴは拍手と称賛の一言を送った。ユエは振り返ってソウゴを見ると、無表情ながらどこか不満気な顔をする。

「……褒めてくれるのは、嬉しい。でも……ソウゴ様に比べれば、まだまだ」

 どうやら封印の間で見たソウゴの一撃と自分の魔術を比べて落ち込んでいるらしい。そんなユエの頭をソウゴは撫でる。

「そう卑下するものではない。ユエの魔術はそう並ぶ者のいない素晴らしいものではないか」

「でも……」

「自分が足手まといだとでも思っているのか?」

 ソウゴにそう訊かれ、ユエはコクンと頷く。

「存外控えめな性格よな。いいか? ユエが後ろに控えているから、私は安心して前に出られるのだ。それに先程の魔術も、私の手を煩わせまいとしたのだろう? その気遣いで十分だ」

「……ソウゴ様……ん」

 ソウゴに注意されてしまい若干シュンとするユエ。

 

 ソウゴは、どうにもソウゴの役に立つ事に拘り過ぎるきらいのあるユエに苦笑いしながら、彼女の柔らかな髪を撫でる。それだけでユエはほっこりした表情になって機嫌が戻ってしまうのだから、ソウゴとしては微笑ましいものだ。

 

 すると、ソウゴの"感知"に続々と魔物が集まってくる気配が捉えられた。

 十体程の魔物が取り囲む様にソウゴ達の方へ向かってくる。統率の取れた動きに、二尾狼の様な群れの魔物か? と思いながら、ユエを促して集中させる。

 ソウゴは右手を翳し、掌にサッカーボール大の紫の球体を出現させる。

 球体はソウゴの頭上十メートル程で弾け、無数の針に形を変えてソウゴ達の周囲に降り注いだ。

 気配が消えた事を確認したソウゴは、ユエを伴ってその内の一体の場所へ向かう。

 そうして生い茂った草を払い除けた先には、全身に針が突き刺さった体長二メートル強の爬虫類、例えるならラプトル系の恐竜の様な魔物の死骸があった。

 

 頭の傍にチューリップの様な花を落として。

 

「……かわいい」

「……どういう事だ?」

 ユエが思わずほっこりしながら呟けば、ソウゴはシリアスブレイカーな魔物に訝し気な目を向ける。

 因みに残る九体も確認すると、皆同じく頭の傍にチューリップの様な花が落ちていた状態だった。違うのは花の色ぐらいだ。

 そうして十体目の確認が終わると同時、“感知”が再び魔物の接近を捉えた。全方位から夥しい数の魔物が集まってくる。

「ユエ。直近で三十……いや、四十以上の魔物が急速接近中だ。全方位から囲む様に集まっている」

「……逃げる?」

「……いや、面倒だ。一番高い樹の天辺から殲滅する」

「ん……特大のいく」

「任せよう」

 ソウゴとユエは高速で移動しながら周囲で一番高い樹を見つける。そして、その枝に飛び乗り、眼下の足がかりになりそうな太い枝を砕いて魔物が登り難い様にした。

 それと共にソウゴは"機召銃マグナバイザー"、"ブドウ龍砲"を出現させる。するとユエがそっとソウゴの服の裾を掴んだのがわかった。手が塞がっているので代わりに少しだけ体を寄せてやる。ユエの掴む手が少し強くなった。

 

 そして第一陣が登場した。ラプトルだけでなくティラノもいる。ティラノは樹に体当たりを始め、ラプトルは器用にカギ爪を使ってヒョイヒョイと樹を登ってくる。

 ソウゴは引き金を引いた。発砲音と共に閃光が幾筋も降り注ぎカギ爪で樹にしがみついていたラプトルを一体も残さず撃ち落とす。

 弾切れが存在しない銃撃の嵐に、二十を超える数が一瞬で地に落ちる。

 しかし、眼下にはまだ三十体を超えるラプトルと四体のティラノが犇めき合い、ソウゴ達のいる大木をへし折ろうと、或いは登って襲おうと群がっている。

「ソウゴ様?」

「まだだ」

 ユエの呼び掛けにラプトルを撃ち落としながら答えるソウゴ。ユエはソウゴを信じて只管魔力の集束に意識を集中させる。

 そして遂に眼下の魔物が総勢五十体を超え、"感知"で捉えた魔物の数に達したところでソウゴはユエに合図を送った。

「今だ」

「んっ! "凍獄"!」

 

 ユエが魔術のトリガーを引いた瞬間、ソウゴ達のいる樹を中心に眼下が一気に凍てつき始めた。ビキビキッと音を立てながら瞬く間に蒼氷に覆われていき、魔物に到達すると花が咲いたかの様に氷がそそり立って氷華を作り出していく。

 魔物は一瞬の抵抗も許されずに、その氷華の柩に閉じ込められ目から光を失っていった。氷結範囲は指定座標を中心に五十メートル四方。まさに"殲滅魔術"というに相応しい威力である。

 

「はぁ……はぁ……」

「よくやった。流石は吸血姫だ」

「……くふふ……」

 周囲一帯、まさに氷結地獄と化した光景を見てユエを労うソウゴ。ユエは最上級魔術を使った影響で魔力が一気に消費されてしまい肩で息をしている。恐らく酷い倦怠感に襲われている事だろう。

 ソウゴは傍らでへたり込むユエの腰に手を回して支えながら、首筋を差し出す。吸血させて回復させるのだ。それが一番効率がいい。

 

 因みに前回の吸血で一応の抗体はできたので、以前より問題は無い。

 

 ユエは、ソウゴの労いに僅かに口元を綻ばせながら照れた様に「くふふ」と笑いを漏らし、差し出された首筋に頬を赤らめながら口を付けようとした。

 だが、それを止める様に突如ソウゴが立ち上がる。ソウゴの"感知"が更に百体以上の魔物を捉えたからだ。

「ユエ、更に倍の数だ」

「!?」

「たった今、全滅したところでまた特攻、まるで強制されてる様に……。あの花、もしや」

「……寄生?」

「であろうな」

 そこまで言って、互いに頷く。

「……本体がいる筈」

「早急に叩かねばな。流石に面倒だ」

 ソウゴ達は物量で押しつぶされる前に、恐らく魔物達を操っているのであろう魔物の本体を探す事にした。でなければ、とても階下探しなどしていられない。

 座り込んでいるユエに吸血させている暇はないので、ソウゴはユエを背負う。

「ソウゴ様?」

「この状態なら血を吸えるだろう?」

 ソウゴがそう言うと、ユエは見た目相応の笑顔を浮かべてソウゴの背中に抱きついた。それを確認したソウゴは、樹から飛び降りた。

 

 

 そして場面は冒頭に戻る。

 

 ソウゴ達は現在、二百近い魔物に囲まれている。ユエは背中に背負われたままだ。

 後ろからは魔物が地響きを立てながら迫っている。背の高い草むらに隠れながらラプトルが併走し四方八方から飛びかかってくる。

「ここまでにしておくか」

「ソウゴ様…?」

「先の蠍擬きの反省から肉が残る様に対処していたが、この数になると流石に面倒だ。纏めて焼き払う。少し飛ぶ、しっかり掴まっていろ」

「……わかった」

 

 言うが早いか、ソウゴは飛び上がりラプトルが届かない高度で止まる。

 続けて、ソウゴは逢魔剣を掲げた。刹那、ソウゴの全身から黒金の魔力光が迸り、剣の切っ先を伝い上空へと打ち上がる。

 その光は到達と共に雷雲へと変化し、轟々と唸りながら夜よりも濃く黒い強大な空そのものになる。

「……なんて、規模…!」

「ふむ、ここはユエに倣うとするか」

「?」

 ソウゴの言葉に疑問符を浮かべるユエを他所に、ソウゴは自らが作り出した現象の名を告げる。

「"天災・崩天万雷"」

 

 その途端、光の瀑布が大地に降り注ぐ。

 世界を砕かんばかりの光と音。数えきれない程の稲妻が降り注ぐ。

 降り注ぐ万雷は眼下の魔物達に突き刺さり、その都度爆発を起こし魔物達を、地面を炎に包む。

 時間にして約十秒程して、雨の如く降り注いだ雷が止む。その跡には抉れた地面だけが残った。

 

「大体片付いたか」

 魔物達が一掃された事を確認し、ソウゴは地面に降りて再び"感知"を使う。そして今通っている草むらの向こう側にみえる迷宮の壁、その中央付近にある縦割れの洞窟らしき場所に目を付けた。

「ユエ、歩けるか?」

「……うん。ソウゴ様、やっぱり凄い」

 驚愕と尊敬に目を輝かせるユエを伴い、ソウゴは縦割れに向かって歩き出した。

 

 

 縦割れの洞窟は大の大人が二人並べば窮屈さを感じる狭さだ。ソウゴは先に入り、直近の危険が無い事を確認してからユエに入ってくる様促した。

 暫く道なりに進んでいると、やがて大きな広間に出た。広間の奥には更に縦割れの道が続いている。もしかすると階下への階段かもしれない。ソウゴは辺りを探る。"感知"には何も反応は無いが、万が一を考え警戒は怠らない。気配感知を誤魔化す魔物など、この迷宮にはごまんといるのだ。

 

 ソウゴ達が部屋の中央までやってきた時、それは起きた。

 

 全方位から緑色のピンポン玉の様な物が無数に飛んできたのだ。ソウゴとユエは一瞬で背中合わせになり、飛来する緑の球を迎撃する。

 ソウゴは周囲に同じ様な光の玉を複数出現させ、そこから幾筋もの閃光を迸らせ緑球を撃ち抜いていく。ユエの方も問題無く、速度と手数に優れる風系の魔術で迎撃している。

「さして脅威にも思えんが…、どう思う?」

「……」

「どうした?」

 敵の意図を探る為、ユエにも意見を求めるソウゴ。しかし、ソウゴの質問にユエは答えない。訝しみ尚話しかけるソウゴだが、その返答は……

 

「……逃げて……ソウゴ様!」

 

 いつの間にかユエの手がソウゴに向いていた。ユエの手に風が集束する。ソウゴは放たれた風刃を握り潰してユエを見た。

「……成程」

 ユエの頭の上にあるものを見て事態を理解する。そう、ユエの頭の上にも花が咲いていたのだ。それも、ユエに合わせたのか? と疑いたくなるぐらいよく似合う真っ赤な薔薇が。

「先程の緑玉が原因か……」

 ソウゴは原因に目星を付けながら、ユエの風の刃に対処し続ける。

「ソウゴ様……うぅ……」

 ユエが無表情を崩し悲痛な表情をする。花をつけられ操られている時も意識はあるという事だろう。体の自由だけを奪われる様だ。

 だが、それなら解放の仕方も判り易い。ソウゴはユエの花を焼き切ろうと光線を放とうとした。

 

 しかし、操っている者もソウゴが花を撃ち落とした事を知っている様で、そう簡単にはいかなかった。

 

 ユエを操り、花を庇う様な動きをし出したのだ。上下の運動を多用しており、外せばユエの顔面を吹き飛ばしてしまうだろう。ならばと接近し切り落とそうとすると、突然ユエが片方の手を自分の頭に当てるという行動に出た。

「……ほう」

 つまり、ソウゴが接近すればユエ自身を自らの魔術の的にすると警告しているのだろう。

 

 ユエは確かに不死身に近い。しかし、上級以上の魔術を使い一瞬で塵にされてなお"再生"出来るかと言われれば否定せざるを得ない。そしてユエは、最上級ですらノータイムで放てるのだ。特攻など分の悪そうな賭けは避けたいところだ。

 

 ソウゴの逡巡を察したのか、それは奥の縦割れの暗がりから現れた。

 アルラウネやドリアード等という人間の女性と植物が融合した様な魔物がRPGにはよく出てくる。ソウゴ達の前に現れた魔物は正しくそれだった。尤も、神話では美しい女性の姿で敵対しなかったり大切にすれば幸運を齎す等という伝承もあるが、目の前の似非アルラウネにはそんな印象皆無である。

 確かに見た目は人間の女なのだが、内面の醜さが溢れているかの様に醜悪な顔をしており、無数の蔓が触手の様にウネウネとうねっていて実に気味が悪い。その口元は何が楽しいのかニタニタと笑っている。

 ソウゴはすかさず似非アルラウネに光線を放とうとする。しかし、ソウゴが照射する前にユエが射線に入って妨害する。

「ソウゴ様……ごめんなさい……」

 悔しそうな表情で歯を食いしばっているユエ。自分が足手纏いなっている事が耐え難いのだろう。今も必死に抵抗している筈だ。口は動く様で、謝罪しながらも引き結ばれた口元からは血が滴り落ちている。鋭い犬歯が唇を傷つけているのだ。悔しい為か、呪縛を解く為か、或いはその両方か。

 ユエを盾にしながら似非アルラウネは緑の球をソウゴに打ち込む。

 ソウゴはそれを握り潰した。球が潰れ、目に見えないが恐らく花を咲かせる胞子が飛び散っているのだろう。

 しかし、ユエの様にソウゴの頭に花が咲く気配はない。ニタニタ笑いを止め怪訝そうな表情になる似非アルラウネ。ソウゴには胞子が効かない様だ。

(恐らく耐性系の技能でだろうな)

 

 ソウゴの推測通り、エセアルラウネの胞子は一種の神経毒である。その為"猛毒無効"、"状態異常無効"によりソウゴには効果が無いのだ。つまり、ソウゴが無事だとしてもユエが油断した事にはならない。ユエが悲痛を感じる必要はないのだ。

 

 似非アルラウネはソウゴに胞子が効かないと悟ったのか不機嫌そうにユエに命じて魔術を発動させる。また風の刃だ。もしかすると、ラプトル達の動きが単純だった事も考えると操る対象の実力を十全には発揮できないのかもしれない。

(不幸中の幸いだな)

 風の刃に対処しようとすると、これみよがしにユエの頭に手をやるのでその場に留まり、ソウゴはユエの攻撃を無防備で受ける。

 元々ソウゴのステータスを考えれば、例えユエの全力であったとしてもソウゴには傷一つ付けられない。その為この程度の攻撃は防御するまでもない。

 ソウゴがこの状況をどう打開すべきか思案していると、ユエが悲痛な叫びを上げる。

「ソウゴ様! ……私はいいから……攻撃して!」

 何やら覚悟を決めた様子でソウゴに攻撃してと叫ぶユエ。ソウゴの足手纏いになるどころか、攻撃してしまうぐらいなら自分ごと撃って欲しい、そんな意志を込めた紅い瞳が真っ直ぐソウゴを見つめる。

「まったく……、ユエは心配性だな?」

 ソウゴはそんなユエに苦笑しつつ、ソウゴは指を鳴らす。

 

 その瞬間、三つの事が同時に起きた。

 

 先ず、ユエの頭の薔薇が消えた。次に、ソウゴの姿が消えた。最後に、ユエの背後でブチッという音が鳴った。

 ユエがそっと両手で頭の上を確認すると、そこに花はない。続けて背後に目を向けると、そこには似非アルウラネの首無し死骸が転がり、後ろにその首を手に持ったソウゴがいた。

「ユエよ、大事ないか?」

 気軽な感じでユエの安否を確認するソウゴ。だが、ユエは未だに頭をさすりながら呆然とした目でソウゴを見る。

「……何したの?」

「"大噓憑き(オールフィクション)"という技があってな。それでユエが花に寄生された事を無かった事(・・・・・)にしたのだ」

「……過去に、干渉できるの?」

「まぁ、そんなところだ」

 何気なく言われたソウゴの言葉に、ユエは驚愕を隠せない。そんなユエを立ち上がらせ、ソウゴはそのまま奥に進んでいった。

 それからユエの目の尊敬の色が増したのは言うまでもない。

 

 

 そして遂に、次の階層でソウゴが最初にいた階層から百階目になる所まで来た。その一歩手前の階層でソウゴは逢魔剣の手入れにあたっていた。相変わらずユエは飽きもせずにソウゴの作業を見つめている。

「ソウゴ様……いつもより慎重……」

「うん? ああ、次で百階だからな。万が一不備があっては困ると思ってな。一般に認識されている上の迷宮も百階だと言われていたが、……まぁ念の為だ」

 ソウゴが最初にいた階層から八十階を超えた時点で、ここが地上で認識されている通常の【オルクス大迷宮】である可能性は消えた。奈落に落ちた時の感覚と、各階層を踏破してきた感覚からいえば、通常の迷宮の遥かに地下であるのは確実だ。故に、出来る時に出来る限りの準備をしておく。

 因みに今のソウゴのステータスはこうだ。

 

 

常磐ソウゴ 140346歳 男 レベル:68

天職:大魔王/統一時空大皇帝

筋力:26355013201

体力:28123281417

耐性:26894217317

敏捷:26427138837

魔力:42764402945

魔耐:43232587805

 

 

 暫くして、全ての準備を終えたソウゴとユエは、階下へと続く階段へと向かった。

 その階層は、無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本が直径五メートルはあり、一つ一つに螺旋模様と木の蔓が巻きついた様な彫刻が彫られている。柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。天井までは三十メートルはありそうだ。地面も荒れた所は無く平で綺麗なものである。どこか荘厳さを感じさせる空間だった。

 

 ソウゴ達が足を踏み入れる。すると、全ての柱が淡く輝き始めた。警戒するソウゴとユエ。柱はソウゴ達を起点に奥の方へ順次輝いていく。

 ソウゴ達は暫く警戒していたが特に何も起こらないので先へ進む事にした。感知系の技能をフル活用しながら歩みを進める。二百メートルも進んだ頃、前方に行き止まりを見つけた。

 しかしそれは行き止まりではなく、巨大な扉だった。全長十メートルはある巨大な両開きの扉が有り、これまた美しい彫刻が彫られている。特に、七角形の頂点に描かれた何らかの文様が印象的だ。

「これはまた凄いな、もしや……」

「……反逆者の住処?」

 いかにもラスボスの部屋といった感じだ。実際、感知系技能には反応が無くともソウゴの経験がこの先に何かあると告げていた。ユエも感じているのか、うっすらと額に汗をかいている。

「つまり、漸くゴールに辿り着いたという事だ」

「……んっ!」

 ユエも覚悟を決めた表情で扉を睨みつける。

 そして、二人揃って扉の前に行こうと最後の柱の間を越えた。

 

 その瞬間、扉とソウゴ達の間の三十メートル程の空間に巨大な魔法陣が現れた。赤黒い光を放ち、脈打つ様にドクンドクンと音を響かせる。

 ソウゴは、その魔法陣に見覚えがあった。忘れようもない。昨日(・・)、ソウゴが奈落へと落ちた時に見たトラップと同じものだ。だが、ベヒモスの魔法陣が直径十メートル位だったのに対して、眼前の魔法陣は三倍の大きさがある上に、構築された式もより複雑で精密なものとなっている。

「さて、どれ程の相手か……」

「……大丈夫……私達、負けない……」

 ソウゴが試す様な笑みを浮かべ、ユエは決然とした表情を崩さずソウゴの腕をギュッと掴んだ。

 ユエの言葉に「そうだな」と頷き、苦笑いを浮かべながらソウゴも魔法陣を睨みつける。どうやらこの魔法陣から出てくる化物を倒さないと先へは進めないらしい。

 魔法陣はより一層輝くと遂に弾けるように光を放った。咄嗟に腕を翳し目を潰されないようにするソウゴとユエ。光が収まった時、そこに現れたのは……

 

 体長三十メートルの身体に六つの頭と長い首、鋭い牙と赤黒い眼の化け物。例えるなら神話の怪物ヒュドラだ。

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 不思議な音色の絶叫をあげながら六対の眼光がソウゴ達を射貫く。身の程知らずな侵入者に裁きを与えようというのか、常人ならそれだけで心臓を止めてしまうかもしれない壮絶な殺気がソウゴ達に叩きつけられた。

 同時に赤い紋様が刻まれた頭がガパッと口を開き火炎放射を放った。それはもう炎の壁というに相応しい規模である。

「"フリージング・シールド"」

 ソウゴが絶対零度の氷壁で炎を防ぎ、その陰からユエが飛び出す。それに続いてソウゴは手の中に光の槍を創り出し、赤頭を狙い投げ放つ。光槍は狙い違わず赤頭を吹き飛ばした。

 まずは一つとソウゴが次のターゲットに移ろうとした時、白い文様の入った頭が「クルゥアン!」と叫び、吹き飛んだ赤頭を白い光が包み込んだ。すると、まるで逆再生でもしているかの様に赤頭が元に戻った。白頭は回復魔術を使えるらしい。

 ソウゴに少し遅れてユエの氷弾が緑の文様がある頭を吹き飛ばしたが、同じ様に白頭の叫びと共に回復してしまった。

 ソウゴは"念話"でユエに伝える。

『あの白頭を狙う。これではキリがない』

『んっ!』

 青い文様の頭が口から散弾の様に氷の礫を吐き出し、それをソウゴが炎で相殺しながらユエと共に白頭を狙う。

「"ルーベル・シドゥス・グングニル"」

「"緋槍"!」

 燃え盛る双槍が白頭に迫る。しかし直撃かと思われた瞬間、黄色の文様の頭がサッと射線に入りその頭を一瞬で肥大化させた。そして淡く黄色に輝きソウゴとユエの光槍が直撃する。衝撃と爆炎の後には黄頭の残骸があったが、白頭の雄叫びで回復して元通りだ。

「盾役も完備か。豪勢な事だ」

 ソウゴは"機召銃マグナバイザー"を取り出し、その弾倉部分にカードを差し込む。するとソウゴの眼前に『鋼の巨人マグナギガ』が出現し、その背中のジョイントにマグナバイザーの銃口を接続する。そして引き金を引くとマグナギガの各部装甲が展開し、銃砲撃の嵐"エンドオブワールド"が黄頭を襲う。それと同時に"携行用多目的巡航4連ミサイルランチャー・ギガント"を取り出し、間髪入れず発射する。ユエも合わせて"緋槍"を連発する。ユエの得意技"蒼天"なら黄頭を抜いて白頭に届くかもしれないが、最上級を使うと一発でユエは行動不能になる。吸血させれば直ぐに回復するが、その隙を他の頭が許してくれるとは思えなかった。せめて半数は減らさないと最上級は使えない。

 それらの連撃は黄頭を焼き払い、他の首にも無視できないダメージを与える。

「クルゥアン!」

 しかしすかさず白頭が回復させる。全くもって優秀な回復役である。しかしその直後、"エンドオブワールド"の何割かが直撃し、その苦痛に悲鳴を上げながら悶えている。

 チャンスと感じたソウゴは"念話"でユエに合図を送り、同時攻撃を仕掛けようとする。

 が、その前にユエの絶叫が響いた。

 

「いやぁああああ!!!」

「ユエ!」

 

 ソウゴは咄嗟に瞬間移動でユエの傍に飛び、近くにいた黒頭と青頭を斬り飛ばす。そのままユエを抱え、再び瞬間移動を使って柱の陰へ移動する。

「ユエ、しっかりしろ」

「……」

 ソウゴの呼びかけにも反応せず、青ざめた表情でガタガタと震えるユエ。ペシペシとユエの頬を叩き"念話"でも激しく呼びかけ、回復魔術と神水も同時に使う。暫くすると虚ろだったユエの瞳に光が宿り始めた。

「……ソウゴ様?」

「あぁ私だ。大丈夫か? 一体何をされた?」

 パチパチと瞬きしながらユエはソウゴの存在を確認する様に、その小さな手を伸ばしソウゴの顔に触れる。それで漸くソウゴがそこにいると実感したのか安堵の吐息を漏らし目の端に涙を溜め始めた。

「……よかった……見捨てられたと……また暗闇に一人で……」

「一体何の話だ?」

 怯えるユエに質問するソウゴ。ユエ曰く、突然強烈な不安感に襲われ気がつけばソウゴに見捨てられて再び封印される光景が頭いっぱいに広がっていたという。そして、何も考えられなくなり恐怖に縛られて動けなくなったと。

「成程、精神攻撃か。まったく、無駄にバランスのいい事だ」

「……ソウゴ様」

 敵の面倒さに呆れるソウゴに、ユエは不安そうな瞳を向ける。余程恐ろしい光景だったのだろう、ソウゴに見捨てられるというのは。何せ自分を三百年の封印から解き放ってくれた人物であり、吸血鬼と知っても変わらず接してくれるどころか、日々の吸血までさせてくれるのだ。心許すのも仕方ないだろう。

 そして、ユエにとってはソウゴの傍が唯一の居場所だ。一緒にソウゴの故郷に行くという約束がどれほど嬉しかったか。再び一人になるなんて想像もしたくない。それ故に植えつけられた悪夢はこびりついて離れず、ユエを蝕む。

「……私……」

 泣きそうな、不安そうな表情で震えるユエ。

 

 

 その瞬間、ソウゴは自分の中で何かが切れる音がした。

 

 

 ソウゴは服の裾を思わず掴んで震えているユエの頭を撫で、その小さな体を抱きしめた。

「……あ」

「ユエ、すぐ戻ってくる」

 それだけ言うと、ソウゴはユエを柱の陰に隠したまま瞬間移動を使いヒュドラの前にやってくる。そしてヒュドラを睨み、この世界に来てから初めて本気を出した。

 ソウゴの腰に雷が走り、精緻な装飾が施された黄金のベルトが出現する。ソウゴはベルト──"オーマジオウドライバー"の両端に触れ、その力を解放した。

 

 

祝福の時!

 

 

 その瞬間ソウゴの足元が時計状に割れ、マグマが吹き上がり稲妻が迸る。暴風と衝撃が部屋中を走り抜け、ヒュドラを後退させながらその鱗を剥ぎ肉体を焼いていく。

 

 

最高! 最善! 最大! 最強王!!

 

 

 そしてその全てがソウゴに収束し、究極にして絶対不可侵の装甲となってソウゴを包んでいく。

 

 

オーマジオウ!!

 

 そして一際強い衝撃波を放ち、変身が完了する。

 

 

 唯一にして絶対の大魔王、仮面ライダーオーマジオウ・フォーエバーフォームがトータスに降り立った瞬間である。

 

「…塵すら残らんと思え」

 

 その言葉と共にジオウは六人の分身を生み出し、其々が一つの首に襲い掛かる。

 

 

 

 

 ジオウAが黒頭に迫り、自身の周囲に八つの紫電の光球を浮かべて激しく放電させる。その迸りが最高潮に達した時、ジオウはその奔流を黒頭に放つ。

「"バルキーコーラス"」

 

 

 ジオウBが黄頭に迫り、逢魔剣を掲げる。それと共に万雷が降り注ぎ、その全てが逢魔剣に収束する。雷が光剣となり、ジオウは黄頭に振り下ろした。

「"ギガブレイク"」

 

 

 ジオウCが青頭に迫り、同じく剣を掲げる。するとその周囲に七人の虚像が出現し、光の弾丸を放つ。それと共にジオウも斬撃を放ち、更にそれらが八人の虚像に変化する。虚像達が連続で切り裂いていき、ジオウが最後の一太刀を浴びせる。

「"ゴーカイ・レジェンドリーム"」

 

 

 ジオウDが赤頭に迫り、逢魔剣の切っ先に魔力を集中させる。するとそこに黄金の魔法陣が広がる。赤頭が炎を吐き出そうとするが、その前に魔法陣から必滅の一撃が放出される。

「"スターライトブレイカー"」

 

 

 ジオウEが緑頭に迫り、拳を握り締め力を込める。九番目の意識領域・第九感覚(ナインセンシズ)を解放し、その拳に黄金の輝きと黒雷を纏って振り抜いた。

「"厳霊乃虚無(ライトニングボイド)"」

 

 

 ジオウFが白頭に迫り、逢魔剣を振りかぶる。その刀身に凄まじい量の魔力と闘気が迸り、光の柱と見紛うばかりの巨大なエネルギーの塊となる。そしてそれらが圧縮され、一振りの剣の形に収束する。白頭が行動する前に、伝説の聖剣の一撃が放たれた。

「"約束された勝利の剣(エクスカリバー)"」

 

 

 

 

 六つの衝撃が同時に迫り、ヒュドラの首は抵抗する間もなく光に飲まれる。その瞬間になって漸く命の危険を実感したのか、ヒュドラの隠された七番目の銀頭が現れる。

 だが銀頭が何かする前に、その視線は宙に立つジオウの本体に向けられる。

 

 

 

 その瞬間、ヒュドラは自らの命を諦め、抵抗する事の無意味さを悟った。

 

 

 

「………」

 

 ジオウはそれに何か思うでもなく、ただ淡々とドライバーに触れた。

 

 

 

終焉の時!

 

 

 

 それと同時に全てのエネルギーがジオウに集中していき、宇宙を照らす太陽の様に眩く、そして全てを飲み込むブラックホールの様に禍々しくその力が増していく。

 

 

 

 

 

逢魔時王必殺撃!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその力が臨界点に達し、ヒュドラは跡形も無く消し飛んだ。

 

 

 

 

「終わったぞ」

 

 ヒュドラが消えた部屋の中央で、変身を解いたソウゴは振り返ってユエに声を掛けた。

 するとユエは柱から恐る恐る顔を出し、次いで脇目も振らずソウゴに駆け寄って抱きついた。

「ソウゴ様……!」

「ユエよ、私はお前を見捨てん。言っただろう、我が国に来いと」

「ソウゴ様、ソウゴ様……!」

 その後暫く、ユエは泣き疲れて眠るまで、外見通りの子供の様にソウゴに抱きついて泣き続けた。

 

 こうしてソウゴは、奈落こと真の【オルクス大迷宮】をたった一日(・・・・・)で攻略したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここでまた時間は少し未来に飛ぶ。

 

 

 勇者一行は、一時迷宮攻略を中断してハイリヒ王国王都に戻っていた。

 道順のわかっている今までの階層と異なり、完全な探索攻略である事から、その攻略速度は一気に落ちた事、また魔物の強さも一筋縄では行かなくなって来た為メンバーの疲労が激しく一度中断して休養を取るべきという結論に至ったのだ。

 

 尤も、休養だけなら宿場町ホルアドでもよかった。王宮まで戻る必要があったのは、迎えが来たからである。何でも、ヘルシャー帝国から勇者一行に会いに使者が来るのだという。

 

 

 

 光輝達の脳裏に「何故、このタイミングで?」という疑問が浮かんだのは当然だろう。

 

 

 

 

 勇者召喚の際に同盟国である帝国の人間が居合わせなかったのは、エヒト神による"神託"がなされてから光輝達が召喚されるまで殆ど間がなかった為に同盟国である帝国に知らせが行く前に勇者召喚が行われてしまい、召喚直後の顔合わせができなかったのが理由である。

 

 尤も、仮に勇者召喚の知らせがあっても帝国は動かなかったと考えられる。何故なら、帝国は三百年前にとある名を馳せた傭兵が建国した国であり、冒険者や傭兵の聖地とも言うべき完全実力主義の国だからだ。

 突然現れ、人間族を率いる勇者と言われても納得はできないだろう。聖教教会は帝国にもあり、帝国民も例外なく信徒であるが、王国民に比べれば信仰度は低い。大多数の民が傭兵か傭兵業からの成り上がり者で占められている事から信仰よりも実益を取りたがる者が多いのだ。尤も、あくまでどちらかといえばという話であり、熱心な信者である事に変わりはないのだが。

 

 そんな訳で、召喚されたばかりの頃の光輝達と顔合わせをしても軽んじられる可能性があった。勿論教会を前に、神の使徒に対してあからさまな態度は取らないだろうが。王国が顔合わせを引き伸ばすのを幸いに、帝国側──特に皇帝陛下は興味を持っていなかったので、今まで関わる事が無かったのである。

 

 しかし、今回の【オルクス大迷宮】攻略で歴史上の最高記録である六十五層が突破されたという事実を以て、帝国側も光輝達に興味を持つに至った。帝国側から是非会ってみたいという知らせが来たのだ。王国側も聖教教会もいい時期だと了承したのである。

 

 

 

 

 

 そんな話を帰りの馬車の中でツラツラと教えられながら、光輝達は王宮に到着した。

 

 

 馬車が王宮に入り、全員が降車すると王宮の方から一人の少年が駆けて来るのが見えた。十歳位の金髪碧眼の美少年である。光輝と似た雰囲気を持つが、ずっとやんちゃそうだ。

 その正体はハイリヒ王国王子ランデル・S・B・ハイリヒである。

 ランデル殿下は、思わず犬耳とブンブンと振られた尻尾を幻視してしまいそうな雰囲気で駆け寄ってくると大声で叫んだ。

 

 

「香織、よく帰った! 待ちわびたぞ!」

 

 

 勿論この場には、香織だけでなく他にも帰還を果たした生徒達が勢揃いしている。その中で、香織以外見えないという様子のランデル殿下の態度を見ればどういう感情を持っているかは容易に想像がつくだろう。

 

 実は、召喚された翌日からランデル殿下は香織に猛アプローチを掛けていた。と言っても、彼は十歳。香織から見れば小さい子に懐かれている程度の認識であり、その思いが実る気配は微塵もない。生来の面倒見の良さから、弟の様に可愛く思ってはいる様だが。

「ランデル殿下、お久しぶりです」

 パタパタ振られる尻尾を幻視しながら微笑む香織。そんな香織の笑みに一瞬で顔を真っ赤にするランデル殿下は、それでも精一杯男らしい表情を作って香織にアプローチをかける。

「ああ、本当に久しぶりだな。お前が迷宮に行ってる間は生きた心地がしなかったぞ。怪我はしてないか? 余がもっと強ければお前にこんな事させないというのに……」

 ランデル殿下は悔しそうに唇を噛む。香織としては守られるだけなどお断りなのだが、少年の微笑ましい心意気に思わず頬が緩む。

「お気遣い下さりありがとうございます。ですが、私なら大丈夫ですよ? 自分で望んでやっている事ですから」

「いや、香織に戦いは似合わない。そ、その、ほら、もっとこう安全な仕事もあるだろう?」

「安全な仕事ですか?」

 ランデル殿下の言葉に首を傾げる香織。ランデル殿下の顔は更に赤みを増す。隣で面白そうに成り行きを見ている雫は察しがついて、少年の健気なアプローチに思わず苦笑いを浮かべる。

「う、うむ。例えば、侍女とかどうだ? その、今なら余の専属にしてやってもいいぞ」

「侍女ですか? いえ、すみません。私は治癒師ですから……」

「な、なら医療院に入ればいい。迷宮なんて危険な場所や前線なんて行く必要ないだろう?」

 医療院とは、国営の病院の事である。王宮の直ぐ傍にある。要するに、ランデル殿下は香織と離れるのが嫌なのだ。しかし、そんな少年の気持ちは鈍感な香織には届かない。

「いえ、前線でなければ直ぐに癒せませんから。心配して下さりありがとうございます」

「うぅ」

 ランデル殿下は、どうあっても香織の気持ちを動かすことができないと悟り小さく唸る。そこへ空気を読まない厄介な善意の塊、勇者光輝がにこやかに参戦する。

「ランデル殿下、香織は俺の大切な幼馴染です。俺がいる限り、絶対に守り抜きますよ」

 光輝としては、年下の少年を安心させるつもりで善意全開に言ったのだが、この場においては不適切な発言だった。恋するランデル殿下にはこう意訳される。

 

『俺の女に手ぇ出してんじゃねぇよ。俺がいる限り香織は誰にも渡さねぇ! 絶対にな!』

 

 親しげに寄り添う勇者と治癒師。実に様になる絵である。

 ランデル殿下は悔しげに表情を歪めると、不倶戴天の敵を見る様にキッと光輝を睨んだ。ランデル殿下の中では二人は恋人の様に見えているのである。

「香織を危険な場所に行かせることに何とも思っていないお前が何を言う! 絶対に負けぬぞ! 香織は余といる方がいいに決まっているのだからな!」

「え~と……」

 

 ランデル殿下の敵意むき出しの言葉に、香織はどうしたものかと苦笑いし、光輝はキョトンとしている。雫はそんな光輝を見て溜息だ。

 ガルルと吠えるランデル殿下に何か機嫌を損ねる事をしてしまったのかと、光輝が更に煽りそうなセリフを吐く前に、涼やかだが、少し厳しさを含んだ声が響いた。

 

「ランデル。いい加減にしなさい。香織が困っているでしょう? 光輝さんにもご迷惑ですよ」

 

「あ、姉上!? ……し、しかし」

「しかしではありません。皆さんお疲れなのに、こんな場所に引き止めて……相手の事を考えていないのは誰ですか?」

「うっ……で、ですが……」

「ランデル?」

「よ、用事を思い出しました! 失礼します!」

 ランデル殿下はどうしても自分の非を認めたくなかったのか、いきなり踵を返し駆けていってしまった。その背を見送りながら、王女リリアーナは溜息を吐く。

「香織、光輝さん、弟が失礼しました。代わってお詫び致しますわ」

 リリアーナはそう言って頭を下げた。美しいストレートの金髪がさらりと流れる。

「ううん、気にしてないよ、リリィ。ランデル殿下は気を使ってくれただけだよ」

「そうだな。なぜ、怒っていたのかわからないけど……何か失礼なことをしたんなら俺の方こそ謝らないと」

 香織と光輝の言葉に苦笑いするリリアーナ。姉として弟の恋心を察している為、意中の香織に全く意識されていないランデル殿下に多少同情してしまう。まして、ランデル殿下の不倶戴天の敵は別にいる事を知っているので尚更だった。

 

 

 因みに、ランデル殿下がその不倶戴天の敵に会った時、一騒動起こすのだが……それはまた別の話。

 

 

 リリアーナ姫は、現在十四歳の才媛だ。その容姿も非常に優れていて、国民にも大変人気のある金髪碧眼の美少女である。性格は真面目で温和、しかし、硬すぎるという事もない。TPOをわきまえつつも使用人達とも気さくに接する人当たりの良さを持っている。

 光輝達召喚された者にも、王女としての立場だけでなく一個人としても心を砕いてくれている。彼等を関係ない自分達の世界の問題に巻き込んでしまったと罪悪感もある様だ。

 

 そんな訳で、率先して生徒達と関わるリリアーナと彼等が親しくなるのに時間はかからなかった。特に同年代の香織や雫達との関係は非常に良好で、今では愛称と呼び捨て、タメ口で言葉を交わす仲である。

 

「いいえ光輝さん、ランデルの事は気にする必要ありませんわ。あの子が少々暴走気味なだけですから。それよりも……改めて、お帰りなさいませ皆様。無事のご帰還、心から嬉しく思いますわ」

 リリアーナはそう言うと、ふわりと微笑んだ。香織や雫といった美少女が身近にいるクラスメイト達だが、その笑顔を見てこぞって頬を染めた。リリアーナの美しさには二人にない洗練された王族としての気品や優雅さというものがあり、多少の美少女耐性で太刀打ち出来るものではなかった。

 現に、永山組や小悪党組の男子は顔を真っ赤にしてボーッと心を奪われているし、女子メンバーですら頬をうっすら染めている。異世界で出会った本物のお姫様オーラに現代の一般生徒が普通に接しろという方が無茶なのである。昔からの親友の様に接する事ができる香織達の方がおかしいのだ。

「ありがとう、リリィ。君の笑顔で疲れも吹っ飛んだよ。俺も、また君に会えて嬉しいよ」

 さらりとキザなセリフを爽やかな笑顔で言ってしまう光輝。繰り返し言うが、光輝に下心は一切ない。生きて戻り再び友人に会えて嬉しい、本当にそれだけなのだ。単に自分の容姿や言動の及ぼす効果に病的なレベルで鈍感なだけで。

「えっ、そ、そうですか? え、えっと」

 王女である以上、国の貴族や各都市、帝国の使者等からお世辞混じりの褒め言葉をもらうのは慣れている。なので、彼の笑顔の仮面の下に隠れた下心を見抜く目も自然と鍛えられている。それ故、光輝が一切下心なく素で言っているのがわかってしまう。そういう経験は家族以外ではほとんどないので、つい頬が赤くなってしまうリリアーナ。どう返すべきかオロオロとしてしまう。こういうギャップも人気の一つだったりする。

 光輝は相変わらず、ニコニコと笑っており自分の言動が及ぼした影響に気がついていない。それに、深々と溜息を吐くのはやはり雫だった。苦労性が板についてきている。本人は断固として認めないだろうが。

「えっと、とにかくお疲れ様でした。お食事の準備も、清めの準備もできておりますから、ゆっくりお寛ぎくださいませ。帝国からの使者様が来られるには未だ数日は掛かりますから、お気になさらず」

 どうにか乱れた精神を立て直したリリアーナは、光輝達を促した。

 光輝達が迷宮での疲れを癒しつつ、居残り組にベヒモスの討伐を伝え歓声が上がったり、これにより戦線復帰するメンバーが増えたり、愛子先生が一部で"豊穣の女神"と呼ばれ始めている事が話題になり彼女を身悶えさせたりと、色々あったが光輝達はゆっくり迷宮攻略で疲弊した体を癒した。

 香織は内心、迷宮攻略に戻りたくてそわそわしていたが。

 

 

 それから三日、遂に帝国の使者が訪れた。

 現在、光輝達迷宮攻略に赴いたメンバーと王国の重鎮達、そしてイシュタル率いる司祭数人が謁見の間に勢ぞろいし、レッドカーペットの中央に帝国の使者が五人程立ったままエリヒド陛下と向かい合っていた。

「使者殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」

「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょう?」

「うむ、まずは紹介させて頂こうか。光輝殿、前へ出てくれるか?」

「はい」

 陛下と使者の定型的な挨拶の後、早速光輝達のお披露目となった。陛下に促され前に出る光輝。召喚された頃と違い、まだ二ヶ月程度しか経っていないのに随分と精悍な顔つきになっている。

 ここにはいない王宮の侍女や貴族の令嬢、居残り組の光輝ファンが見れば間違いなく熱い吐息を漏らしうっとり見蕩れているに違いない。光輝にアプローチをかけている令嬢方だけで既に二桁はいるのだが……彼女達のアプローチですら「親切で気さくな人達だなぁ」としか感じていない辺り、光輝の鈍感は極まっている。正に鈍感系主人公を地で行っている。

 そして、光輝を筆頭に、次々と迷宮攻略のメンバーが紹介された。

「ほぅ、貴方が勇者様ですか。随分とお若いですな。失礼ですが、本当に六十五層を突破したので? 確か、あそこにはベヒモスという化物が出ると記憶しておりますが……」

 使者は光輝を観察するように見やると、イシュタルの手前露骨な態度は取らないものの、若干疑わしそうな眼差しを向けた。使者の護衛の一人は、値踏みする様に上から下までジロジロと眺めている。

 その視線に居心地悪そうに身じろぎしながら、光輝が答える。

「えっと、ではお話しましょうか? どの様に倒したかとか……あっ、六十六層のマップを見せるとかどうでしょう?」

 光輝は信じてもらおうと色々提案するが、使者はあっさり首を振りニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

「いえ、お話は結構。それよりも手っ取り早い方法があります。私の護衛一人と模擬戦でもしてもらえませんか? それで、勇者殿の実力も一目瞭然でしょう」

「えっと、俺は構いませんが……」

 光輝は若干戸惑った様にエリヒド陛下を振り返る。エリヒド陛下は光輝の視線を受けてイシュタルに確認を取る。イシュタルは頷いた。神威をもって帝国に光輝を人間族のリーダーとして認めさせる事は簡単だが、完全実力主義の帝国を早々に本心から認めさせるには、実際戦ってもらうのが手っ取り早いと判断したのだ。

「構わんよ。光輝殿、その実力、存分に示されよ」

「決まりですな、では場所の用意をお願いします」

 こうして急遽、勇者対帝国使者の護衛という模擬戦の開催が決定し、一行はぞろぞろと場所を変えるのだった。

 

 

 光輝の対戦相手は、なんとも平凡そうな男だった。高すぎず低すぎない身長、特徴という特徴がなく、人ごみに紛れたらすぐ見失ってしまいそうな平凡な顔。一見すると全く強そうに見えない。

 刃引きした大型の剣をだらんと無造作にぶら下げており、構えらしい構えも取っていなかった。

 光輝は、舐められているのかと些か怒りを抱く。最初の一撃で度肝を抜いてやれば真面目にやるだろうと、最初の一撃は割かし本気で打ち込む事にした。

「いきます!」

 光輝が風となる。"縮地"により高速で踏み込むと豪風を伴って唐竹に剣を振り下ろした。並みの戦士なら視認する事も難しかったかもしれない。勿論、光輝としては寸止めするつもりだった。

 だが、その心配は無用だったらしい。寧ろ舐めていたのは光輝の方だと証明されてしまう結果となった。

 

 バキィ!!

 

「ガフッ!?」

 不意に襲った衝撃に短い悲鳴を上げながら吹き飛んだのは光輝の方だった。

 

 護衛の方は剣を掲げる様に振り抜いたまま光輝を睥睨している。光輝が寸止めの為に一瞬力を抜いた刹那に、だらんと無造作に下げられていた剣が跳ね上がり光輝を吹き飛ばしたのだ。

 

 光輝は地滑りしながら何とか体勢を整え、驚愕の面持ちで護衛を見る。寸止めに集中していたとは言え、護衛の攻撃が殆ど認識出来なかったのだ。護衛は掲げた剣をまた力を抜いた自然な体勢で構えている。そう、先程の攻撃も動きがあまりに自然すぎて危機感が働かず反応できなかったのである。

「はぁ~、おいおい。勇者ってのはこんなもんか? まるでなっちゃいねぇ、やる気あんのか?」

 平凡な顔に似合わない乱暴な口調で呆れた視線を送る護衛。その表情には失望が浮かんでいた。

 確かに、光輝は護衛を見た目で判断して無造作に正面から突っ込んでいき、あっさり返り討ちにあったというのが現在の構図だ。光輝は相手を舐めていたのは自分の方であったと自覚し、怒りを抱いた。今度は自分に向けて。

「すみませんでした。もう一度、お願いします」

 今度こそ本気の目になり、自分の無礼を謝罪する光輝。護衛はそんな光輝を見て「戦場じゃあ"次"なんて無いんだがな」と不機嫌そうに目元を歪めるが、相手はする様だ。先程と同様に自然体で立つ。

 

 光輝は気合を入れ直すと再び踏み込んだ。

 唐竹、袈裟斬り、切り上げ、突きと"縮地"を使いこなしながら超高速の剣撃を振るう。その速度は既に、光輝の体をブレさせて残像を生み出している程だ。

 

 しかしそんな嵐の様な剣撃を、護衛は最小限の動きで躱し捌き、隙あらば反撃に転じている。時々光輝の動きを見失っているにも拘らず、死角からの攻撃にしっかり反応している。

 光輝には護衛の動きに覚えがあった。それはメルドだ。彼と光輝のスペック差は既にかなりの開きが出ている。にも拘らず、未だ光輝はメルド団長との模擬戦で勝ち越せていないのだ。それは偏に、圧倒的な戦闘経験の差が原因である。

 恐らく護衛も、メルド団長と同じく数多の戦場に身を置いたのではないだろうか。その戦闘経験が光輝とのスペック差を埋めている。つまり、この護衛はメルド並かそれ以上の実力者という訳だ。

 

「ふん、確かに並の人間じゃ相手にならん程の身体能力だ。しかし……少々素直すぎる、元々戦いとは無縁か?」

 

 物理的にも精神的にも衝撃覚めやらぬ光輝に、少し目を眇めて考える様な素振りを見せていた護衛の男は、不意に随分と不遜さを感じさせる態度と声音で尋ねた。いきなりの質問に、光輝は息を詰まらせつつも答える。

「えっ? えっと、はい、そうです。俺は元々ただの学生ですから」

「……それが今や"神の使徒"か」

 チラッとイシュタル達聖教教会関係者を見ると護衛は不機嫌そうに鼻を鳴らした。そして、これまたごく自然な歩みを以て光輝との距離を詰める。

「おい勇者、構えろ。今度はこちらから行くぞ。気を抜くなよ? うっかり殺してしまうかもしれんからな」

 護衛はそう宣言するやいなや一気に踏み込んだ、強烈な殺気と共に。光輝の背中が泡立つ。光輝程の高速移動ではない、寧ろ遅く感じる程だ。だというのに……

 

「ッ!?」

 

 けたたましく警鐘を鳴らす本能に従って、咄嗟に聖剣を翳せたのは僥倖だった。

 気がつけば目の前に護衛が迫っており、剣が下方より跳ね上がってきていた。光輝は慌てて飛び退る。しかし、まるで磁石が引き合うかの様にピッタリと間合いを一定に保ちながら鞭の様な剣撃が光輝を襲った。

 不規則で軌道を読みづらい剣の動きに、"先読"で辛うじて対応しながら一度距離を取ろうとするが、まるで引き離せない。"縮地"で一気に距離を取ろうとしても、それを見越した様に先手を打たれて発動に至らない。次第に光輝の顔に焦りが生まれてくる。

 そして遂に、光輝がダメージ覚悟で剣を振ろうとした瞬間、その隙を逃さず護衛が魔術のトリガーを引く。

 

「穿て──"風撃"」

 

 呟く様な声で唱えられた詠唱は小さな風の礫を発生させ、光輝の片足を打ち据えた。

「うわっ!?」

 踏み込もうとした足を払われてバランスを崩す光輝。その瞬間、壮絶な殺気が光輝を射貫く。冷徹な眼光で光輝を睨む護衛の剣が途轍もない圧力を持って振り下ろされた。

 途端、更に濃密な殺気が光輝の身体を貫く様に叩きつけられた。

 

 刹那、光輝は悟る。彼は自分を殺すつもりだと。

 

 実際、護衛はそうなっても仕方ないと考えていた。自分の攻撃に対応できない位なら、本当の意味で殺し合いを知らない少年に人間族のリーダーを任せる気など毛頭無かった。例えそれで聖教教会からどの様な咎めが来ようとも、戦場で無能な味方を放置する方がずっと耐え難い。それならいっそと、そう考えたのだ。

 しかし、そうはならなかった。

 

「ぁ、っ、うぁわぁああああっ!!!」

 

 光輝は無意識に悲鳴とも雄叫びともつかない絶叫を上げて、全身から凄絶な魔力の奔流を走らせた。

「ガァ!?」

 先程の再現か、今度は護衛がその力に押されて吹き飛ぶ。護衛が地面を数度バウンドしながらも両手を使いながら勢いを殺して光輝を見る。光輝は全身から純白のオーラを吹き出しながら、護衛に向かって剣を振り抜いた姿で立っていた。

 護衛の剣が振り下ろされる瞬間、光輝は生存本能に突き動かされる様に"限界突破"を使ったのだ。

 

 これは一時的に全ステータスを三倍に引き上げてくれるという、ピンチの時に覚醒する主人公らしい技能である。

 

 だが、光輝の顔には一切余裕はなかった。恐怖を必死で押し殺す様に険しい表情で剣を構えている。

 そんな光輝の様子を見て、護衛はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「ハッ、少しはマシな顔する様になったじゃねぇか。さっきまでのビビリ顔より余程いいぞ!」

「ビビリ顔? 今の方が恐怖を感じてます。……さっき俺を殺す気ではありませんでしたか? これは模擬戦ですよ?」

「だからなんだ? まさか適当に戦って、はい終わり、とでもなると思ったか? この程度で死ぬならそれまでだったって事だろ。お前は、俺達人間の上に立って率いるんだぞ? その自覚があんのかよ?」

「自覚って……俺は勿論人々を救って……」

「傷つける事も、傷つく事も恐れているガキに何ができる? 剣に殺気一つ込められない奴が御大層な事言ってんじゃねぇよ。おら、しっかり構えな? 最初に言ったろ、気抜いてっと……死ぬってな!」

 護衛が再び尋常でない殺気を放ちながら光輝に迫ろう脚に力を溜める。光輝はその瞬間を突いて聖剣の一撃を繰り出した。しかし、相手に裂傷を刻もうかというタイミングで聖剣の動きが明らかに鈍る。それは模擬戦だからという寸止めの意思が働いたから、というよりももっと無意識的なものだった。護衛の目がスッと細められた。そして……

 

「やめだ」

 

 そんな冷めた呟きと共に、踏み込む為に溜めた力を抜いていとも簡単に光輝の一撃を躱して距離を取った。更にはそのまま剣まで鞘に収めてしまう。

「え? えっ?」

 当然、いきなりの中止に困惑するしかない光輝に、護衛は冷めた眼差しを向けながら口を開いた。

「なぁ。お前さん、一体何と戦うのか理解してんのか?」

「え、えと、それは当然、魔物とか魔人族とか……そういう人々を苦しめているものとです」

「"魔物とか魔人族とか(・・・・・・・・・)"ね。……そんな腑抜けた剣で出来んのか? 俺にはとてもそうは思えねぇな。まして俺達を率いて戦うなんざ、まるで夢物語でも騙られてる気分だ」

 光輝の返答を含みを以てリピートしながら、嘲るでも侮るでもなく、ただ淡々と事実を語るかの様に酷評する護衛。これには流石の光輝もカチンと来た様で咄嗟に反論を行おうとする。

「腑抜けとか夢物語とか……失礼じゃないですか? 俺は本気で──」

「さっきも言ったが、傷つける事も、傷つく事も恐れているガキに何ができる? "本気"なんて言葉はな、もうちょい現実ってもんを見てから言え」

 自分の言葉を遮って放たれた言葉に、光輝は思わず口を噤んだ。直ぐに「恐れてなどいない」と反論しようとするが、その前に護衛は踵を返してしまう。

 

 勇者に対して不遜な言動を取ったばかりか、自分達の方から模擬戦を申し込んでおいて、一方的に終わりを宣言するその態度に、王国や教会側の観戦者達も俄かにざわつき始めた。それに後押しされる様に光輝が抗議の声を上げようとするが、その前に老成した声音が護衛へと注がれた。

 

「ふむ、勇者殿は未だ発展途上。経験が足りぬのは仕方のない事、そう結論を急ぐ必要は無いでしょう。取り敢えず、今の発言は勇者殿を気遣ったものとして受け取っておきましょう。でなければ、如何に貴方と言えど聖教教会の教皇として信仰心を確かめなくてはならなくなりますからな。分かっておいででしょうな、──ガハルド皇帝陛下」

「……チッ、バレていたか。相変わらず食えない爺さんだ」

 護衛が周囲に聞こえない位の声量で悪態をつく。そして、興が削がれた様に振り返りながら右耳にしていたイヤリングを取った。

 すると、まるで霧がかかった様に護衛の周囲の空気が白くボヤけ始め、それが晴れる頃には全くの別人が現れた。

 

 四十代位の野性味溢れる男だ。短く切り上げた銀髪に狼を連想させる鋭い碧眼、スマートでありながらその体は極限まで引き絞られたかの様に筋肉がミッシリと詰まっているのが服越しでもわかる。その姿を見た瞬間、周囲が一斉に喧騒に包まれた。

 

「ガ、ガハルド殿!?」

「皇帝陛下!?」

 そうこの男、何を隠そうヘルシャー帝国現皇帝ガハルド・D・ヘルシャーその人である。まさかの事態にエリヒド陛下が眉間を揉み解しながら尋ねた。

「どういうおつもりですかな、ガハルド殿」

「これはこれはエリヒド殿。碌な挨拶もせず済まなかった。ただな、どうせなら自分で確認した方が早いだろうと一芝居打たせてもらったのよ。今後の戦争に関わる重要な事だ。無礼は許して頂きたい」

 謝罪すると言いながら、全く反省の色がないガハルド皇帝。それに溜息を吐きながら「もう良い」と頭を振るエリヒド陛下。

 光輝達は完全に置いてきぼりだ。なんでもこの皇帝陛下、フットワークが物凄く軽いらしく、この様なサプライズは日常茶飯事なのだとか。

「イシュタル殿。勿論貴方の言う通り、先の発言は危うい様子の勇者殿への助言のつもりだ。我等が神の使徒を侮る等ある筈が無い。粗野な言葉遣いは国柄という事でご容赦を」

 これまたどこか白々しさの滲む声音でイシュタルに謝罪なのかよく分からない感じの返答をするガハルドに、イシュタルは僅かに目を眇めつつも穏やかな表情を崩さずに「分かっているとも」という様に頷いた。

 

 なし崩しで模擬戦も終わってしまい、その後微妙な雰囲気を散らす様に場が取り繕われ、予定されていた形式的な会談がなされる晩餐で帝国からも将来性を理由に勇者を認めるとの何とも機械的な返答が成された事で、一応今回の訪問の目的は達成されたようだ。

 

 その晩、部屋で部下に本音を聞かれた皇帝陛下は鼻を鳴らして面倒臭そうに答えた。

「ありゃダメだな、ただの子供だ。理想とか正義とかそういう類のものを何の疑いもなく信じている口だ。なまじ実力とカリスマがあるから性質が悪い。自分の理想で周りを殺すタイプだな」

「確かに。それに、どうも魔物と魔人族を同列に語っている様でした。意識的であれば問題ありませんが……」

「まぁ間違いなく無意識だろうよ。それも"無知である事を良しとする故に"だ。ある意味、よくあんな在り方で生きてこれたもんだ。そういう世界だったのか、能力の高さ故か。どっちにしろ面倒な奴である事は変わりはねぇが"神の使徒"である以上蔑ろには出来ねぇ。取り敢えず、合わせて上手くやるしかねぇだろう」

 どうやら、皇帝陛下の中で勇者光輝の評価は赤点らしい。ただ、数ヵ月前まで戦いとは無縁のただの学生だったという点と、その能力の高さを思い出してガハルドは肩を竦めながら保留を付けて結論を口にした。

「まぁ、魔人共との戦争が本格化したら変わるかもな。見るとしてもそれからだろうよ。今は小僧共に巻き込まれない様、上手く立ち回る事が重要だ。教皇には気をつけろ」

「御意」

 

 そんな評価を下されているとは露にも思わず、光輝達は翌日に帰国するという皇帝陛下一行を見送る事になった。用事はもう済んだ以上留まる理由も無いという事だ。本当にフットワークの軽い皇帝である。

 

 因みに、早朝訓練をしている雫を見て気に入った皇帝が愛人にどうだと割かし本気で誘ったというハプニングがあった。雫は丁寧に断り、皇帝陛下も「まぁ、焦らんさ」と不敵に笑いながら引き下がったので特に大事になった訳ではなかったが、その時、光輝を見て鼻で笑った事で光輝はこの男とは絶対に馬が合わないと感じ、暫く不機嫌だった。

 

 

 雫の溜息が増えた事は言うまでもない。

 

 




この作品のソウゴがどういう存在かジャンプ作品に例えて分かりやすく言うと……

「神のカードに選ばれて卍解を覚えた上に幽波紋とグルメ細胞の悪魔を宿して悪魔の実を食べた人柱力なサイヤ人の黄金聖闘士……が本気を出すと仮面ライダーに変身して覇王色の覇気を纏って蹴りに来るよ」


※参考までに、黄金聖闘士は特殊能力抜きの素の身体能力で光速移動します。



関係無い上に今更ですが、作者の名前は「フィッツジェラルド」と読みます。
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