ありふれぬ魔王が世界最強   作:合将鳥

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人は死ぬよ~、必ず~死ぬ~♪

……第六話です、どうぞ。


第六話 キング・ミーツ・ラビッツ

 僅かな光も無い暗闇に包まれた洞窟の中。

 小さな虫の這いずる音すらも感じられないひっそりとしたその空間は、人の手が入っている様には見えない、凸凹とした極めて自然的な様子だった。

 但し、自然的な洞窟でありながら出入口が無い、閉ざされた空間であるという極めて不自然な点を除けばだが。

 

 自然的に、或いは偶発的に地中にエアポケットが出来るという事はあり得ない事でもない。しかし、この閉ざされた洞窟が不自然である事を裏付ける決定的な異様さが一つ、洞窟の中央に存在していた。

 

 それは地面に刻まれた、複雑にして精緻な円陣に囲まれた幾何学模様だ。所謂魔法陣である。尤も、この直径三メートル程の魔法陣を現代の魔術に携わる者が見たのなら、きっと驚愕に目を剥くか、場合によっては卒倒するに違いない。それ程までに極まった魔法陣だった。

 しかし国宝として扱われそうな程壮麗な魔法陣であっても、現在は埃に塗れて薄汚れておりなんとも物悲しい雰囲気を漂わせている。十年や百年ではきかない程長い年月使われていないのは明白だ。まるで、いつか資格を持つ者が現れて引き抜かれるのを待っている御伽噺の中の伝説の剣の様に、ひっそりと存在していた。

 

 そんな魔法陣に一体どれ程振りなのか、遂に変化が現れた。魔法陣が刻まれた溝に沿って、僅かに金色の光が迸り始めたのだ。最初は蛍火の様に儚く仄かに、そして次第に強く強く輝きを増していく。

 一拍して、光が爆ぜた。鮮やかな黄金の魔法陣を燦然と輝かせ、更には洞窟の暗闇を薙ぎ払っていく。更にその余波で岩壁を焼くという、神秘的でありながら禍々しい壮麗で凄絶な光景。この場に立ち会う者が居たのなら、きっと超常的存在の顕現をイメージし、その途端に何が起きたか解らぬままその生涯を閉じていただろう。

 やがて光が宙に溶け込む様に霧散していき、魔法陣の上に人影が二つ見え始めた頃、木霊したのは……

 

「ほう、すっかり地上に出るものと思っていたが…」

 

 不思議そうな感想の声だった。

 完全に光が収まり暗闇が戻った洞窟内で、興味深そうな表情で佇む声の主。それは三日前、とある生徒の悪意によって【オルクス大迷宮】の奈落に落ちた、異世界からの来訪者──常磐ソウゴだ。

 ソウゴは全百階層と考えられている【オルクス大迷宮】の更に百階層下の最深部において、大迷宮の創設者にしてこの世界トータスで信仰されている神の反逆者"解放者オスカー・オルクス"の隠れ家から、地上に繋がっていると思われる魔法陣から転移してきたのだ。

 にも拘わらず、開けた視界に映ったのは代り映えしない岩壁、岩壁、岩壁……。不思議に思っても仕方無いだろう。

 

 そんなソウゴの裾がクイクイと引っ張られた。ソウゴが「何だ?」と顔を向ければ、そこにはソウゴの腹部辺りまでしかない小柄な体格のユエの姿。

 ユエはほんのりと目元を緩めながら自分の推測を話した。

「……秘密の通路……隠すのが普通」

「それもそうか。解放者の隠れ家への直通の道だ、隠蔽していて当然か」

 そんな簡単な事にも頭が回らないとは、どうやら自分は相当浮かれていたらしい。ソウゴは恥じ入った様に頭を掻いた。

 そうして気を取り直す様にユエは魔術で明かりを付け、ソウゴは“暗視”の技能で洞窟を進む。

「ん? あれは……」

 少し進んだ視線の先、洞窟の奥に異変を見つける。綺麗な縦線の刻まれた壁があり、ソウゴの目線くらいの高さに掌大の七角形が描かれていたのだ。各頂点には異なる紋様も描かれていて、その内の一つはつい最近見たばかりのものだ。即ち、オスカー・オルクスの紋章だ。

 ソウゴはその壁に歩み寄り、“宝物庫”から取り出した【オルクス大迷宮】攻略の証である指環を翳してみた。すると直後にゴゴゴッと雰囲気たっぷりに音を響かせて壁が左右に開き、その奥の通路を晒した。

 ソウゴとユエは顔を見合わせ一つ頷くと、その通路へと踏み出す。分かれ道は見当たらないので道なりに進む。

 途中、幾つか封印が施された扉やトラップがあったが、オルクスの指輪が反応して尽く勝手に解除されていった。二人は一応警戒していたのだが、拍子抜けする程何事も無く洞窟内を進み……遂に光を見つけた。

 

 外の光、陽の光だ。ユエに至っては三百年間、求めてやまなかった光。

 

 ソウゴとユエはそれを見つけた瞬間、思わず立ち止まりお互いに顔を見合わせた。ユエは湧き上がる感情を抑えきれず思わず溢れ出たという様な笑みを浮かべ、ソウゴはそんなユエに微笑み、同時に求めた光に向かって進む。

 近づくにつれ徐々に大きくなる光。外から風も吹き込んでくる。奈落の様な澱んだ空気ではない、ずっと清涼で新鮮な風だ。そして、ソウゴとユエは同時に光に飛び込み……、

 

 

 待望の地上へ出た。

 

 

 

 そこは地上の人間にとって、地獄にして処刑場だ。断崖の下は殆ど魔術が使えず、にも拘らず多数の強力にして凶悪な魔物が生息する。深さの平均は一・二キロメートル、幅は九百メートルから最大八キロメートル、西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】まで大陸を南北に分断するその大地の傷跡を、人々はこう呼ぶ。

 

 【ライセン大峡谷】と。

 

 ソウゴ達は、そのライセン大峡谷の谷底にある洞窟の入口にいた。地の底とはいえ頭上の太陽は燦々と暖かな光を降り注ぎ、大地の匂いが混じった風が鼻腔をくすぐる。

 たとえどんな場所だろうと、確かにそこは地上だった。呆然と頭上の太陽を仰ぎ見ていたユエの表情が次第に笑みを作る。無表情がデフォルトのユエが、誰が見ても分かる程頬が綻んでいる。

「戻って来たな?」

「……んっ」

 優し気な声音でソウゴが訊けば、ユエは目一杯力の籠った返事をする。それで漸く実感が湧いたのか、ユエは太陽から目を逸らすとソウゴを見つめ、そしてガバッとソウゴに抱きついて魂の叫びを迸らせる。

 

「んーーっ!!」

 

 感極まったのか、ユエはソウゴに飛び掛かる様に抱きついた。小柄とはいえ人一人に抱きつかれても、ソウゴは小動もせずユエの頭を撫でて微笑みかける。ソウゴはそのまま、ユエの気が済むまで好きな様にさせた。暫くの間、峡谷にはユエの笑い声が響いた。

 

 

 

 漸く笑いが収まった頃には……すっかり魔物に囲まれていた。

 

 魔物達の唸り声が四方八方から響く中、ソウゴはゆっくりとユエを離して溜息を吐く。

「全く無粋な連中め、もう少し余韻に浸らせてやってもよいだろう」

 そう言いながら魔物を観察していたソウゴは、「そういえば、この場所は魔術が使えないのだったか」と溢す。王国の図書館に出入りしていた頃、有り余る時間で座学に勤しんでいたソウゴは【ライセン大峡谷】最大の特徴を頭に入れていたのだ。

 因みに、その特徴がソウゴに牙を向く事は勿論無い。あらゆる不条理も、ソウゴの理不尽を縛る事は出来ないのだ。

「……分解される。でも、問題無い」

 【ライセン大峡谷】で魔術が使えない理由は、発動した魔術に込められた魔力が分解され散らされてしまうからである。勿論、ユエの魔術も例外ではない。しかし、ユエは嘗て世界最強の一角として周知されていた吸血姫であり、内包魔力は最高位である上に今は外付け魔力タンクである"魔晶石シリーズ"を所持している。

 つまり、大峡谷の特性を以てしても瞬時には分解しきれない程の大威力を以て魔術を放ち、一気に殲滅してしまえばいいという訳だ。

 ふんすっ、と鼻息荒くし何とも豪快な発想を口にするユエに、ソウゴは苦笑いしつつ尋ねる。

「力づくか……効率は?」

「……十倍位」

 どうやら、初級魔術を放つのに上級レベルの魔力が必要らしい。射程も相当短くなる様だ。

「それなら私がやろう。ユエは身を守る程度にしておけ」

「うっ……でも」

「適材適所だ。ここは魔術師にとって鬼門だ、任せておけ」

「ん……分かった」

 ユエが渋々といった感じで引き下がる。折角地上に出たのに、最初の戦いで戦力外とは納得し難いのだろう。少し矜持が傷ついた様だ。唇を尖らせて拗ねている。

 そんなユエの頭を撫でつつ一歩前に出て、徐に両手を上げる。

 

 するとその周囲に、いつの間にか複数のブーメランの様な刃物が現れる。ソウゴが軽く腕を倒すと、目にも止まらぬ速さで刃物群は飛んで行った。

 

「"アイコサプルスラッガー"」

 

 破裂音と共に飛び出した二十のスラッガーはものの数瞬でソウゴの下に戻り、まるで最初から無かったかの様に跡形も無く消失する。

 するとそれが引き金になった様に、二人の周囲の魔物達がサイコロステーキの様に崩れて辺りに散らばった。

 

 それらの一連の流れを見たソウゴは、まるで落胆した様に溜息を吐いて周囲の死体の山を見やる。

 その傍に、トコトコとユエが寄って来た。

「……どうしたの?」

「いや、あまりにあっけなかったんでな。……ライセン大峡谷の魔物と言えば相当凶悪という話だったんで、少しは楽しめると思ったんだが」

「……ソウゴ様が化物なだけ」

「否定できんな。まぁ所詮は野生動物、期待するだけ無駄か」

 そう言って肩を竦めたソウゴは、もう興味が無いという様に魔物の残骸から視線を転じ、峡谷の絶壁を見上げる。

「さて、この絶壁、登ろうと思えば登れるだろうが……どうする? ライセン大峡谷と言えば、七大迷宮があると考えられている場所だ。樹海側に向けて探索でもしながら進むか?」

「……何故、樹海側?」

「貴様の事を考えれば、砂漠横断よりは樹海側の方が楽だ。それに町にも近いだろう」

「……ん、確かに」

 ソウゴの提案にユエも頷いた。魔物の弱さから考えても、この峡谷自体が迷宮という訳ではなさそうだ。ならば、別に迷宮への入口が存在する可能性はある。ソウゴの飛行系技能やユエの風系魔術を使えば絶壁を超える事は可能だろうが、どちらにしろライセン大峡谷は探索の必要があったので特に反対する理由も無い。

 早速進行方向を決めたソウゴは、懐からある物を取り出す。

「ソウゴ様、それは……?」

「これはライドウォッチと言ってな、こう使うんだ」

 

『バイク!』

 

 ソウゴがウォッチを放ると、空中でソウゴの専用機である複合動力駆動二輪"ロードストライカー・グランド"に変形した。

 

 

 

 ソウゴがこの世界に召喚される一ヶ月程前に完成した、ソウゴの専用マシンである。

 

 以前まで使っていた通常のライドストライカーの改造品で、他のライダーマシンをメインに様々な機体の技術が盛り込まれている。

 主な特徴として内蔵された"クラインの壺"により無尽蔵にエネルギーを供給し、燃料切れが発生しない。また、万が一の場合にも通常のガソリンエンジンや原子力エンジン"AB-27Eアトミックブラスト"、水素エンジンや魔石による魔力エンジンも搭載しており、他にもECR放電におけるプラズマ生成でイオン加速による超スピード走行や、空気中のエネルギーを吸収し電力に変換する事も可能で、内部に納められた馬型モンスターの脳による自立駆動も可能等、走行不可という事態は完全に等しいレベルで存在しない。

 外気を特殊タービンで圧縮した超圧縮噴流を4カ所のスラスターから噴射し、その反作用で凄まじい推進力を得ている。また、タービンの動力源となる超伝導モーターによる走行も可能。

小回りや運動性能に優れており、飛行と言える程の大ジャンプを可能にしている。外部装甲に宇宙合金「スペースヒデンアロイ」を使用しており、大気圏突入を可能にする程の防御力を誇る。

 その他にも変形機構、"装甲機ゴウラム"や"魔像ブロン"との合体機構も備えており、その最高時速は6800km/hに至る。走行時には、"シャドウベール"という見えないバリアが車体の周囲を覆い、運転者をあらゆる衝撃から防御する。

 

 その他にも多種多様な機能があるが、それについてはまた別の機会。

 

 

 

「行くぞ」

 ソウゴは驚愕で固まるユエに声を掛け、ストライカーに跨る。正気に戻ったユエがその後ろにピョンと跳び乗ってソウゴの腰にしがみついた。自分の腹部に回されたユエの手をポンポンと軽く叩くと、ソウゴはエンジンを起動してストライカーを発進させた。

 【ライセン大峡谷】は基本的に東西に真っ直ぐ伸びた断崖だ。その為脇道などは殆ど無く、道なりに進めば迷う事無く樹海に到着する。ソウゴもユエも迷う心配が無いので、迷宮への入口らしき場所がないか注意しつつ、軽快にストライカーを走らせていく。

 かの伝説の名機"ビートチェイサー2000"から続くビートチェイサーシリーズの技術を組み込んでいるだけあり、その悪路走破性能で谷底の道も実に軽快な道程となった。

「良い乗り心地だ」

「……ん。すごく」

 風を切りながら太陽の光と土の匂い混じりの空気を存分に堪能し、疑似的なドライブを楽しむソウゴとユエ。ユエはソウゴの背中に頭を軽く預けつつ、実に幸せそうな表情だ。ソウゴもソウゴで、改造後初運転となるストライカーの調子を確かめつつ、搭載された武装や邪眼で襲い来る魔物の群れを蹴散らしている。

 

 暫くストライカーを走らせていると、それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。中々の威圧である、少なくとも今まで相対した谷底の魔物とは一線を画す様だ。もう三十秒もしない内に会敵するだろう。

 ストライカーを走らせ大きくカーブした崖に回り込むと、その向こう側に大型の魔物が見えた。嘗て見たティラノモドキに似ているが、それとは異なり頭が二つある。双頭のティラノサウルス擬きだ。

 だが、真に注目すべきは双頭ティラノではなく、その足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女だろう。

 ソウゴはストライカーを止めて訝し気な眼差しで今にも喰われそうなウサミミ少女を見やる。

「……あれは何だ?」

「……兎人族?」

「何故こんな所に? 兎人族とは谷底が住処なのか?」

「……聞いた事無い」

 ソウゴとユエは首を傾げながら、逃げ惑うウサミミ少女を見る。

 

 すると、そんなソウゴとユエをウサミミ少女の方が発見したらしい。双頭ティラノに吹き飛ばされ岩陰に落ちた後、四つん這いになりながら這う這うの体で逃げ出し、その格好のままソウゴ達を凝視している。

 そして再び双頭ティラノが爪を振い隠れた岩ごと吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がるとその勢いを殺さず猛然と逃げ出した。

 

 

 ……ソウゴ達の方へ。

 

 

 それなりの距離があるのだが、ウサミミ少女の必死の叫びが峡谷に木霊しソウゴ達に届く。

「みづげだぁ!! やっどみづげまじだよぉ~~! だずげでぐだざ~い! ひぃいいい、死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」

 滂沱の涙を流し顔をぐしゃぐしゃにして必死に駆けてくる。そのすぐ後ろには、双頭ティラノが迫っていて今にもウサミミ少女に食らいつこうとしていた。このままでは、ソウゴ達の下に辿り着く前にウサミミ少女は魔物の腹に収まる事になるだろう。

 

「……はぁ。ユエ、少し待っていろ」

「……助けるの?」

「流石にな」

 

 それだけ言ってソウゴは瞬間移動し、ウサミミ少女の前に立つ。

 離れた所にいたソウゴがいきなり目の前に現れ、ウサミミ少女は当然混乱する。

「えっ? あれっ!?」

「『やっと見つけた』というのがどういう事か、後で説明してもらうぞ」

 ソウゴはそう言うと掌を合わせ、外側に開く様に両腕を振るう。

「"バーチカルギロチン"」

 その言葉と共に光刃が飛び、双頭ティラノは真っ二つに裂ける。その身体は慣性に従いソウゴとウサミミ少女の左右に分かれて前のめりに倒れこんだ。

 

 その振動と音にウサミミ少女が思わず「へっ?」と間抜けな声を出し、恐る恐るソウゴの背後で顔を左右に振ってティラノの末路を確認する。

「し、死んでます…そんなダイヘドアが一撃なんて…」

 ウサミミ少女は驚愕も顕に目を見開いている。どうやらあの双頭ティラノは“ダイヘドア”というらしい。

 呆然としたままダイヘドアの死骸を見つめ硬直しているウサミミ少女だが、次の瞬間ソウゴに声を掛けられる。

「さて、怪我は無いか?」

「…! はい! 助けて頂きありがとうございました! 私は兎人族ハウリアの一人、シアといいます! 取り敢えず私の家族を助けて下さい! ものすっごくお願いしますっ! ……助けてくれたら……、そ、その、貴方のお願いを、な、何でも一つ、聞きますよ?」

 

 頬を染めて上目遣いで迫るウサミミ少女。図々しい、そしてあざとい。実にあざとい仕草だ。涙や鼻水で汚れてなければ、さぞ魅力的だっただろう。実際に、近くで見れば汚れてはいるものの自分で美少女と言うだけあって、かなり整った容姿をしている様だ。青みがかった白髪碧眼の美少女である。しかもその格好はボロボロで、女の子としては見えてはいけない場所が盛大に見えてしまっている。そんな姿で迫られたら並の男ならイチコロだろう。

 

「お願いです! お願いします、私の家族を助けて下さい!」

「なら落ち着け、そして事情を話せ。まるで話が見えん」

 峡谷にシアの叫ぶ様な懇願の言葉が響く。そんな彼女を宥めつつ、ソウゴは愛機とユエを自分の傍へ引き寄せる。ユエは自身がいきなり瞬間移動した事に驚きつつも、直ぐに気を取り直してソウゴの傍に駆ける。

「でも早く行かないと! 間に合わなくなるんですっ! …って言うか、普通私みたいな美少女のお願いなら一も二も無く了承しませんか!?」

「そういう事は自分で言うものではないぞ」

 ソウゴが呆れた様に漏らす。実際、彼女はソウゴの目から見ても十分な美少女と言える。

 少し青みがかったロングストレートの白髪に、蒼穹の瞳。眉や睫毛まで白く、肌の白さとも相まって黙っていれば神秘的な容姿とも言えるだろう。手足もスラリと長く、ウサミミやウサ尻尾がふりふりと揺れる様は何とも愛らしい。ケモナー達が見れば感動して思わず滂沱の涙を流すに違いない。

 

 何より、シアは大変な巨乳の持ち主だった。ボロボロの布切れの様な物を纏っているだけなので殊更強調されてしまっているソレは固定もされていないのだろう、彼女が動く度にぶるんぶるんと揺れ激しく自己を主張している。ぷるんぷるんではなくぶるんぶるんだ。

 

 要するに、彼女が自分の容姿やスタイルに自信を持っていても何らおかしくないのである。寧ろ特に反応も興味も示さないソウゴが異常なのだ。

 それ故に、矜持を傷つけられたシアは言ってしまった。言ってはならない言葉を……

「それともあれですか!? あそこの女の子みたいな小っちゃくてペッタンコなのが好みなんですか! ロリコンなんですか!?」

 

 ───ペッタンコ……ロリコン……

 ───ペッタンコ……ロリコン……

 ───ペッタンコ……ロリコン……

 

 峡谷に命知らずなウサミミ少女の叫びが木霊する。そんな彼女が数秒後どうなったかは……語るまでも無いだろう。

 

 

 

「さて、そろそろ話してもらおうか?」

 

 その後ソウゴは宝物庫から荘厳な装飾の施された玉座を取り出して、肘を突き足を組んで座り込む。その隣には腕を組んで如何にも怒ってますという顔のユエ。

 その眼前にはガタガタと震えて地面に座り込むシア。

 

「改めまして。私は兎人族ハウリアの長の娘、シア・ハウリアと言います。実は……」

 

 

 語り始めたシアの話を要約するとこうだ。

 

 シア達ハウリアと名乗る兎人族達は、【ハルツィナ樹海】にて数百人規模の集落を作りひっそりと暮らしていた。

 兎人族は聴覚や隠密行動に優れているものの、他の亜人族に比べればスペックは低いらしく、突出したものが無いので亜人族の中でも格下と見られる傾向が強いらしい。性格は総じて温厚で争いを嫌い、一つの集落全体を家族として扱う仲間同士の絆が深い種族だ。また総じて容姿に優れており、エルフの様な美しさとは異なった可愛らしさがあるので、帝国等に捕まり奴隷にされた時は愛玩用として人気の商品となる。

 

 そんな兎人族の一つのハウリア族に、ある日異常な女の子が生まれた。兎人族は基本的に濃紺の髪をしているのだが、その子の髪は青みがかった白髪だったのだ。しかも、亜人族には無い筈の魔力まで有しており、直接魔力を操る術と、とある固有魔術まで使えたのだ。

 

 当然、一族は大いに困惑した。兎人族として、いや亜人族として有り得ない子が生まれたのだ。魔物と同様の力を持っているなど、普通なら迫害の対象となるだろう。しかし、彼女が生まれたのは亜人族一家族の情が深い種族である兎人族だ。百数十人全員を一つの家族と称する種族なのだ。ハウリア族は女の子を見捨てるという選択肢を持たなかった。

 しかし、樹海深部に存在する亜人族の国【フェアベルゲン】に少女の存在がバレれば間違いなく処刑される。魔物とはそれだけ忌み嫌われており、不倶戴天の敵なのである。国の規律にも魔物を見つけ次第、出来る限り殲滅しなければならないと有り、過去にわざと魔物を逃がした人物が追放処分を受けたという記録もある。また、被差別種族という事もあり、魔術を振りかざして自分達亜人族を迫害する人間族や魔人族に対してもいい感情など持っていない。樹海に侵入した魔力を持つ他種族は、総じて即殺が暗黙の了解となっている程だ。

 

 故に、ハウリア族は少女を隠し、十六年もの間ひっそりと育ててきた。だが、先日とうとう彼女の存在がばれてしまった。その為、ハウリア族はフェアベルゲンに捕まる前に一族ごと樹海を出たのだ。

 行く宛もない彼等は、一先ず北の山脈地帯を目指す事にした。山の幸があれば生きていけるかもしれないと考えたからだ。未開地ではあるが、帝国や奴隷商に捕まり奴隷に堕とされてしまうよりはマシだ。

 

 しかし彼等の試みは、その帝国により潰えた。樹海を出て直ぐに運悪く帝国兵に見つかってしまったのだ。巡回中だったのか訓練だったのかは分からないが、一個中隊規模と出くわしたハウリア族は南に逃げるしかなかった。

 

 女子供を逃がす為男達が追っ手の妨害を試みるが、元々温厚で平和的な兎人族と魔術を使える訓練された帝国兵では比べるまでもない歴然とした戦力差があり、気がつけば半数以上が捕らわれてしまった。

 全滅を避ける為に必死に逃げ続け、ライセン大峡谷に辿り着いた彼等は、苦肉の策として峡谷へと逃げ込んだ。流石に、魔術の使えない峡谷にまで帝国兵も追って来ないだろうし、ほとぼりが冷めていなくなるのを待とうとしたのである。魔物に襲われるのと帝国兵がいなくなるのとどちらが早いかという賭けだった。

 

 しかし、予想に反して帝国兵は一向に撤退しようとはしなかった。小隊が峡谷の出入り口である階段状に加工された崖の入口に陣取り、兎人族が魔物に襲われ出てくるのを待つ事にしたのだ。

 そうこうしている内に、案の定魔物が襲来した。もう無理だと帝国に投降しようとしたが、峡谷から逃がすものかと魔物が回り込み、ハウリア族は峡谷の奥へと逃げるしかなかった。そうやって、追い立てられる様に峡谷を逃げ惑い……

 

 

「……気がつけば、六十人はいた家族も、今は四十人程しかいません。このままでは全滅です。どうか助けて下さい!」

 

 最初の残念な印象とは打って変わって悲痛な表情で懇願するシア。

 話を一通り聞いたソウゴは「ほぅ…」と顎に手を当てて思案顔になる。どうやらシアは、ユエやソウゴと同じ、この世界の例外というヤツらしい。特に、ユエと同じ先祖返りと言うやつなのかもしれない。

「事情は理解した。それで? 先程の"見つけた"とはどういう意味だ?」

 先程から何度か呟かれている不思議な言葉は、何故シアが仲間と離れて単独行動をしていたのかという点と相まって甚だ疑問である。

 

 その気になれば自身で調べる事もできるが、そこまで労力を払う程知りたい事でもなかった。だがここまでくれば話の流れで訊かずにはいられない。ソウゴの質問にシアは一瞬呆けたものの、これはチャンスだと身振り手振りを加えて一生懸命話し出す。

「あ、はい。"未来視"といいまして、仮定した未来が見えます。もしこれを選択したら、その先どうなるか? みたいな……。後、危険が迫っている時は勝手に見えたりします。まぁ、見えた未来が絶対というわけではないですけど……そ、そうです! 私、役に立ちますよ! "未来視"があれば危険とかも分かりやすいですし! 少し前に見たんです! 貴方が私達を助けてくれている姿が! 実際、ちゃんと貴方に会えて助けられました!」

 

 シアの説明する"未来視"は彼女の説明通り、任意で発動する場合は仮定した選択の結果としての未来が見えるというものだ。これには莫大な魔力を消費する。一回で枯渇寸前になる程である。また、自動で発動する場合もあり、これは直接・間接を問わず、シアにとって危険と思える状況が急迫している場合に発動する。これも多大な魔力を消費するが、任意発動程ではなく三分の一程消費するらしい。

 どうやらシアは、元いた場所でソウゴ達がいる方へ行けばどうなるか? という仮定選択をし、結果自分と家族を守るソウゴの姿が見えた様だ。そしてソウゴを探す為に飛び出してきた。こんな危険な場所で単独行動とは、余程興奮していたのだろう。

「その様な固有魔術を持っていて、何故露見した。危険を察知できるならフェアベルゲンの者共にも隠し通せたのではないのか?」

 ソウゴの指摘に、シアは何とも表現し難い表情を見せた。苦笑いとも強がりとも、或いは酷く悲しんでいるとも取れる、そんな不思議な表情。声音までどこか不思議な色を宿している。

「……未来は、一生懸命頑張れば変えられます。少なくとも、私はそう信じています。でも、頑張りが足りなくて、変えられなかった未来も……。いつも後になって思うんです、私が本当に変えたいと願った未来が変えられなかった時、もっともっと頑張っていればよかったのにって……」

「……ふむ」

 シアの言葉にソウゴは思案顔になる。そしてそれと同時に、彼女の辛さを理解できない事を自覚した。

 

 

 同じく未来視を持つソウゴとシアでも、その在り方は大きく異なる。

 ソウゴの持つ未来視はシアと同じく"仮定した未来を視るもの"と、"仮定も含めた数多の可能性を排して結果を覗くもの"の両方を備えている。その為ソウゴの未来的中率は十割、つまり何もしない場合の未来はソウゴの見たものに確定される。

 

 

 そして、そうなった後の事象がシアの場合とは異なる。

 

 

 ソウゴの場合、基本的に未来を変える事に苦労は無い。それが出来るだけの力を持つからだ。更にその気になれば、文字通り未来を書き換える事もできる。何もかも規格外なのだ。

 

 だが、シアは非力な兎人族。あらゆる傲慢が許されるソウゴとは違うのだ。

 

 希望に満ちた未来ならば、迎える夜と明ける朝を指折り数えて心躍らせていればいい。だが見えた未来が悲劇なら? 刻一刻と迫るタイムリミットに、心は悲鳴を上げずにいられるだろうか?

 そんな悲鳴を今も上げているのかもしれない。今までも幾度となく上げてきたのかもしれない。目の前のウサミミ少女は。

 実際、一族は樹海を追われ。多くの家族が傷つき、倒れ、捕われた。死に物狂いで助力を懇願する姿は、文字通り"一生懸命"なのだろう。

 シア・ハウリアは、一族の命運を賭けてソウゴという未来を掴もうとしているのだ。

 

 

 それについてソウゴが何か発する前に、意外な援護がシアに届く。

 

「……ソウゴ様、連れて行こう」

 

「ほう?」

「!? 最初から貴女の事良い人だと思ってました! ペッタンコって言ってゴメンなッあふんっ!」

 ユエの言葉にソウゴは面白そうに、シアは興奮して目をキラキラさせて調子のいい事を言う。次いでに余計な事も言い、ユエにビンタを食らって頬を抑えながら崩れ落ちた。一瞬前までのシリアスで心に迫る雰囲気は何だったのか。恐らく態とではない、直ぐに調子に乗る残念なところは、狙いでもなく彼女の素だ。

 めそっとしながら頬を押さえるシアを尻目に、ユエは理由を告げる。

「……樹海の案内に丁度いい」

「そんな理由か」

 

 確かに【ハルツィナ樹海】は充満する濃霧により、亜人族以外では必ず迷うと言われている。その為兎人族の案内があれば心強い。ソウゴ自身は恐らく濃霧の影響を受けない為、方向さえ合っていればいずれ辿り着くと思っていたが、自ら進んで案内してくれる亜人がいるならばそれに超した事は無い。

「まぁユエが良いのなら構わんか。ではシア・ハウリアよ、貴様の願いを引き受けよう。一族の下へ案内せよ」

 その言動は明らかに上から目線の命令口調だが、実際命令できる身分なのだから仕方ない。それでも峡谷に於いて強力な魔物を片手間で屠れる強者との約束を取り付けた事に変わりはない。そして、望んだ未来への分岐点を無事に進む事が出来たと確信したシアは、飛び上がらんばかりに喜びを露わにした。

「あ、ありがとうございます! うぅ~、よがっだよぉ~、ほんどによがったよぉ~」

 ぐしぐしと嬉し泣きするシア。しかし、仲間の為にもグズグズしていられないと直ぐに立ち上がる。

「あ、あの、宜しくお願いします! そ、それでお二人の事は何と呼べば……」

「そう言えば名乗ってなかったか……私は常磐ソウゴだ」

「……ユエ」

「ソウゴさんとユエちゃんですね」

 二人の名前を何度か反芻し覚えるシア。しかし、ユエが不満顔で抗議する。

「……さんを付けろ。残念ウサギ」

「ふぇ!?」

 

 ユエらしからぬ命令口調に戸惑うシアは、ユエの外見から年下と思っているらしく、ユエが吸血鬼族で遥に年上と知ると土下座する勢いで謝罪した。どうもユエは、シアが気に食わないらしい。何故かは分からないが……。例え、ユエの視線がシアの体の一部を憎々しげに睨んでいたとしても、理由は定かではないのだ。

 

「さて、では二人も早く乗れ」

 ソウゴがユエの内心を華麗にスルーしながらストライカーに跨り、シアに指示を出す。シアは少し戸惑っている様だ。それも無理はない。なにせこの世界にバイク等と言う乗り物は存在しないのだ。しかし、取り敢えず何らかの乗り物である事は分かるので、シアは恐る恐るユエの後ろに跨った。

 ユエが小柄なので、十分に乗るスペースはある。シアはシートの柔らかさに驚きつつ、前方のユエに捕まった。その凶器を押し付けながら。

 その感触にビクッとしたユエは、徐に立ち上がると器用にソウゴの前に潜り込む。ユエの小柄な体格は、問題無くソウゴの腕の間にすっぽりと収まった。どうやら、背中に当たる凶器の感触に耐え切れなかったらしい。苦い表情で背後のソウゴに体重を預けるユエに、ソウゴは事情を察して溜息を吐く。

 

 シアは「え? 何で?」と何も分かっていない様子だったが、いそいそと前方にズレるとソウゴの腰にしがみついた。ソウゴは特に反応する事も無くストライカーの動力を作動させる。

 

 そんなユエの微妙な内心には微塵も気づかずに、シアはソウゴの肩越しに疑問をぶつける。

「あ、あの。助けてもらうのに必死で、つい流してしまったのですが……この乗り物? 何なのでしょう? それに、ソウゴさんもユエさん魔法使いましたよね? ここでは使えない筈なのに……」

「それは道中でな」

 

 そう言いながら、ソウゴはストライカーを一気に加速させ出発した。悪路をものともせず爆走する乗り物に、シアがソウゴの肩越しに「きゃぁああ~!」と悲鳴を上げた。地面も壁も流れる様に後ろへ飛んでいく。

 

 

 谷底では有り得ない速度に目を瞑ってギュッとソウゴにしがみついていたシアも、暫くして慣れてきたのか、次第に興奮して来たようだ。ソウゴがカーブを曲がったり、大きめの岩を破壊する度にきゃっきゃっと騒いでいる。

 ソウゴは道中、魔力駆動二輪の事やユエが魔法を使える理由、ソウゴの武器がアーティファクトの様な物だと簡潔に説明した。すると、シアは目を見開いて驚愕を表にした。

「え、それじゃあ、お二人も魔力を直接操れたり、固有魔法が使えると……」

「そんなところだ」

「……ん」

 暫く呆然としていたシアだったが、突然何かを堪える様にソウゴの肩に顔を埋めた。そして、何故か泣きべそをかき始めた。

「……いきなりどうした? 騒いだり落ち込んだり泣きだしたり……一度診ておいた方が良いか?」

「……手遅れ?」

「手遅れって何ですか手遅れって! 私は至って正常です! ……ただ、一人じゃなかったんだな、と思ったら……何だか嬉しくなってしまって……」

 

「「……」」

 

 どうやら魔物と同じ性質や能力を有するという事、この世界で自分が余りに特異な存在である事に孤独を感じていた様だ。

 

 家族だと言って十六年もの間危険を背負ってくれた一族、シアの為に故郷である樹海までも捨てて共にいてくれる家族に囲まれていた以上、きっと多くの愛情を感じていた筈だ。それでも、いやだからこそ、"他とは異なる自分"に余計孤独を感じていたのかもしれない。

 

 シアの言葉に、ユエは思うところがあるのか考え込む様に押し黙ってしまった。いつもの無表情がより色を失っている様に見える。ソウゴには何となく、今ユエが感じているものが分かった。恐らくユエは、自分とシアの境遇を重ねているのではないだろうか。共に、魔力の直接操作や固有魔術という異質な力を持ち、その時代において"同類"というべき存在は持たなかった。

 

 だが、ユエとシアでは決定的な違いがある。ユエには愛してくれる家族が居なかったのに対して、シアにはいるという事だ。それがユエに、嫉妬とまではいかないまでも複雑な心情を抱かせているのだろう。しかも、シアから見れば結局、その"同類"とすら出会う事が出来たのだ。中々に恵まれた境遇とも言える。

 

 そんなユエの頭をソウゴはポンポンと撫でた。

 日本という豊かな国で、僅か九歳で死別してしまったとはいえ親の愛情をしっかり受けて育ったソウゴ。その後魔王となり、世界を一つの国に統一したソウゴの傍には、常に敵がいた。そしてそれ以上に信頼する家臣、仲間がいた。

 だから、特異な存在として女王という孤高の存在に祭り上げられたユエの孤独を、本当の意味では理解できない。それ故、かけるべき言葉も持ち合わせなかった。出来る事は、"今は"一人でない事を示す事だけだ。

 

 

 ソウゴのユエを慰めようという不器用ながらも心の籠った気遣いの気持ちが伝わったのか、ユエは無意識に入っていた体の力を抜いて、より一層ソウゴに背を預けた。ゴロゴロと喉を鳴らしながら主人に甘える猫の様に。

「あの~、私の事忘れてませんか? ここは『大変だったね。もう一人じゃないよ。傍にいてあげるから』とか言って慰めるところでは? 私、コロっと堕ちゃいますよ? チョロインですよ? なのに、折角のチャンスをスルーして、何でいきなり二人の世界を作っているんですか! 寂しいです! 私も仲間に入れて下さい! 大体、お二人は……」

 

「大人しくしていろ。運転に集中できん」

「黙れ残念ウサギ」

 

「……はい……ぐすっ……」

 泣きべそかいていたシアが、いきなり耳元で騒ぎ始めたので、思わず注意と罵倒を飛ばすソウゴとユエ。しかし、泣いている女の子を放置して二人の世界を作っているのも十分酷い話である。その上、逆ギレされて怒られてと、何とも不憫なシアであった。ただ、シアの売りはその打たれ強さ。内心では既に「まずは名前を呼ばせますよぉ~せっかく見つけたお仲間です。逃しませんからねぇ~!」と新たな目標に向けて闘志を燃やしていた。

 暫く、シアが騒いでユエに怒鳴られるという事を繰り返していると、遠くで魔物の咆哮が聞こえた。どうやら相当な数の魔物が騒いでいる様だ。

 

「! ソウゴさん! もう直ぐ皆がいる場所です! あの魔物の声……ち、近いです! 父様達がいる場所に近いです!」

「把握している、しっかり掴まっていろ」

 

 ソウゴは魔力と電気を注ぎ、ストライカーを一気に加速させた。壁や地面が物凄い勢いで後ろへ流れていく。

 多大なエネルギー供給によりストライカーが黄金の燐光を放ちながら走る事十五秒。ドリフトしながら最後の大岩を迂回した先には、今正に襲われようとしている数十人の兎人族達がいた。

 

 【ライセン大峡谷】に悲鳴と怒号が木霊する。ウサミミを生やした人影が岩陰に逃げ込み必死に身体を縮めている。あちこちの岩陰からウサミミがちょこんと見えており、数からすると二十人ちょっと。見えない部分も合わせれば四十人といったところか。

 そんな怯えながら必死に隠れている兎人族を上空から睥睨しているのは、奈落の底でも滅多に見なかった飛行型の魔物だ。姿は俗に言うワイバーンというのが一番近い例えだろう。体長は三~五メートル程で、鋭い牙と爪、モーニングスターの様な先端が膨らみ棘が付いている長い尻尾を持っていた。

 

「ハ、ハイベリア……!」

 

 肩越しにシアの震える声が聞こえた。あのワイバーン擬きは"ハイベリア"と言うらしい。全部で六体確認できる。兎人族の上空を旋回しながら、獲物の品定めでもしている様だ。

 その内の一体が遂に行動を起こした。大きな岩と岩の間に隠れていた兎人族の下へ急降下すると一回転し、遠心力のたっぷり乗った尻尾で岩を殴りつけた。轟音と共に岩が粉砕され、兎人族が悲鳴を上げながら這い出してくる。

 ハイベリアは「待ってました」と言わんばかりに、その顎門を開き無力な獲物を喰らおうとする。狙われたのは二人の兎人族。ハイベリアの一撃で腰が抜けたのか、動けない小さな子供に男性の兎人族が覆い被さって庇おうとしている。

 周囲の兎人族がその光景を見て瞳に絶望を浮かべた。誰もが次の瞬間には二人が無残にもハイベリアの餌になるところを想像しただろう。

 

 しかし、それは有り得ない。

 

 何故なら、ここには彼らを守ると契約した異界の魔王がいるのだから。

 

 

「スペシウム弾頭弾、発射」

 

 

 その声と共に、峡谷に六発の破裂音が響く。同時に、六条の煙線が虚空を奔る。その内の一発が、今正に二人の兎人族に喰らいつこうとしていたハイベリアに着弾する。爆音が響き、二人の身体にハイベリアの血肉が降り注ぐ。

 同時に、後方で同じ様な爆発音が轟いた。呆然とする暇も無く視線を転じた兎人族が見たものは、先程までハイベリアだった物の欠片がバラバラと降ってくる光景だった。

 

「な、何が……」

 

 先程、子供を庇っていた男の兎人族が呆然としながら目の前の光景を眺めていた。

 それから程なくして、兎人族達の優秀なウサミミに、今まで一度も聞いた事の無い異音が聞こえた。キィィイイイという蒸気が噴出する様な甲高い音だ。今度は何事かと音の聞こえる方へ視線を向けた兎人族達の目に飛び込んできたのは、見た事も無い乗り物に乗って超高速でこちらに向かって来る三人の人影。

 

 その内の一人は見覚えがあり過ぎる。今朝方突如姿を消し、ついさっきまで一族総出で捜していた少女。一族が陥っている今の状況に酷く心を痛めて責任を感じていた様で、普段の元気の良さが鳴りを潜め、思いつめた表情をしていた。何か無茶をするのではと心配していた矢先の失踪に、つい慎重さを忘れて捜索し、ハイベリアに見つかってしまった。彼女を見つける前に、一族の全滅も覚悟していたのだが……

 

 その彼女が謎の乗り物の後ろで立ち上がり、手をブンブンと振っている。その表情には、普段の天真爛漫な明るさが見て取れた。信じられない思いで彼女を見つめる兎人族達。

 

「みんな~、助けを呼んできましたよぉ~!」

 

 その聞き慣れた声音に、これは現実なのだと漸く理解した兎人族達が一斉に彼女の名を呼んだ。

 

 

『『『『シア!?』』』』

 

 

 

「シア! 無事だったのか!」

「父様!」

 真っ先に声を掛けてきたのは、濃紺の短髪にウサミミを生やした初老の男性だった。彼はシアと一言二言話をすると、互いの無事を喜んでからソウゴに向き直った。

「ソウゴ殿で宜しいか? 私はカム・ハウリア。シアの父であり、ハウリアの族長をしております。この度はシアのみならず我が一族の窮地をお助け頂き、何とお礼を言えばいいか……。しかも、脱出までご助力くださるとか。父として、族長として、深く感謝致します」

 そう言って、カムと名乗ったハウリア族の族長は深々と頭を下げた。後ろには同じ様に頭を下げるハウリア族一同がいる。

「礼は受け取っておく。だが樹海の案内と引き換えだ、それは忘れるな。それより、随分簡単に信用するのだな。亜人は人間族にはいい感情を持っていないだろうに……」

 

 シアの存在で忘れそうになるが、亜人族は被差別種族である。実際峡谷に追い詰められたのも人間族のせいだ。にも関わらず、同じ人間族であるソウゴに頭を下げ、しかもソウゴの助力を受け入れるという。それしか方法が無いとは言え、あまりにあっさりしているというか、嫌悪感の様なものが全く見えない事にソウゴは疑問を抱いた。

 カムは、それに苦笑いで返した。

 

「シアが信頼する相手です。ならば我らも信頼しなくてどうします。我らは家族なのですから……」

 

 その言葉にソウゴは感心半分呆れ半分だった。一人の為に一族ごと故郷を出て行く位だから情の深い一族だとは思っていたが、初対面の人間族相手にあっさり信頼を向けるとは警戒心が薄すぎる。というより人がいいにも程があるというものだろう。

 

 それはさておき、何時までもグズグズしていては魔物が集まってきて面倒になるので、ソウゴは出発を促した。ウサミミ四十二人をぞろぞろ引き連れて峡谷を行く。

 当然、数多の魔物が絶好の獲物だとこぞって襲ってくるのだが、ただの一匹もそれが成功した者はいなかった。例外なく、兎人族に触れる事すら叶わず、接近した時点でソウゴとユエの攻撃が飛びその身体を粉砕されるからである。

 鳴き声と共に崩れ落ち、気がつけばライセン大峡谷の凶悪な魔物が為すすべなく絶命していく光景に、兎人族達は唖然として、次いで、それを成し遂げている人物であるソウゴに対して畏敬の念を向けていた。

 

 尤も、小さな子供達は総じてそのつぶらな瞳をキラキラさせて圧倒的な力を振るうソウゴをヒーローだとでも言うように見つめている。

 

「ふふふ、ソウゴさん。チビッコ達が見つめていますよ~、手でも振ってあげたらどうですか?」

 子供に純粋な眼差しを向けられても何の反応も無いソウゴに、シアが実にウザイ表情で「うりうり~」とちょっかいを掛ける。鬱陶しく思ったソウゴは、「黙れ」と言わんばかりにシアの頭を乱暴に撫でた。

「あわわわわわわわっ!?」

 撫でるというより擦る様なそれに、ぐわんぐわんと頭を揺らして目を回すシア。道中何度も見られた光景に、シアの父カムは苦笑いを、ユエは呆れを乗せた眼差しを向ける。

「はっはっは、シアは随分とソウゴ殿を気に入ったのだな。そんなに懐いて……シアももうそんな年頃か、父様は少し寂しいよ。だが、ソウゴ殿なら安心か……」

 目尻に涙を貯めて娘の門出を祝う父親のような表情をしているカム。周りの兎人族達も「たすけてぇ~」と悲鳴を上げるシアに生暖かい眼差しを向けている。

「この状況を見て出てくる感想がそれか?」

「……ズレてる」

 ユエの言う通り、どうやら兎人族は少し常識的にズレているというか、天然が入っている種族らしい。それが兎人族全体なのかハウリアの一族だけなのかは分からないが。

 そうこうしている内に、一行は遂に【ライセン大峡谷】から脱出できる場所に辿り着いた。ソウゴが“万里眼”で見る限り、中々に立派な階段がある。岸壁に沿って壁を削って作ったのであろう階段は、五十メートル程進む度に反対側に折り返すタイプの様だ。階段のある岸壁の先には樹海も薄らと見える。【ライセン大峡谷】の出口から、徒歩で半日くらいの場所が【ハルツィナ樹海】になっている様だ。

 ソウゴが何となしに遠くを見ていると、シアが不安そうに話しかけてきた。

「帝国兵はまだいるでしょうか?」

「どうだろうな。もう全滅したと諦めて帰ってる可能性も高いが……」

「そ、その、もし、まだ帝国兵がいたら……、ソウゴさん……どうするのですか?」

「どうするとは?」

 質問の意図が分からず問い返すソウゴに、意を決した様にシアが尋ねる。周囲の兎人族も聞きウサミミを立てているようだ。

「今まで倒した魔物と違って、相手は帝国兵……人間族です。ソウゴさんと同じ。……敵対できますか?」

「シア、貴様は未来が見えていたんじゃないのか?」

「はい、見ました。帝国兵と相対するソウゴさんを……」

「だったら何が疑問なんだ?」

「疑問というより確認です。帝国兵から私達を守るという事は、人間族と敵対する事と言っても過言じゃありません。同族と敵対しても本当にいいのかと……」

 シアの言葉に周りの兎人族達も神妙な顔付きでソウゴを見ている。小さな子供達はよく分からないとった顔をしながらも不穏な空気を察してか大人達とソウゴを交互に忙しなく見ている。

 しかしソウゴは、そんなシリアスな雰囲気などまるで気にした様子もなくあっさり言ってのけた。

 

「それがどうかしたのか?」

 

「えっ?」

 疑問顔を浮かべるシアに、ソウゴは特に気負った様子もなく世間話でもする様に話を続けた。

「だから、人間族と敵対する事の何か問題なのかって言っているんだ」

「そ、それは、だって同族じゃないですか……」

「貴様等とて、同族に追い出されているではないか」

「それは、まぁ、そうなんですが……」

「大体、前提が間違っているぞ」

「前提?」

 更に首を捻るシア。周りの兎人族も疑問顔だ。

 

「まさかこの様な力を持つ私が、人を殺した事が無いとでも? 今更相手にしたところで、何とも思わんよ」

 

「…………」

 さも当然の様に言うソウゴに、絶句しつつも納得するシア。"未来視"で帝国と相対するソウゴを見たといっても、未来というものは絶対ではないから実際はどうなるか分からない。見えた未来の確度は高いが、万一、帝国側につかれては今度こそ死より辛い奴隷生活が待っている。表には出さないが"自分のせいで"という負い目があるシアは、どうしても確認せずにはいられなかったのだ。

「はっはっは、分かりやすくていいですな。樹海の案内はお任せくだされ」

 カムが快活に笑う。下手に正義感を持ち出されるよりも信用に値したのだろう。その表情に含むところは全くなかった。

 

 

 一行は、階段に差し掛かった。ソウゴを先頭に順調に登っていく。帝国兵からの逃亡を含めて、殆ど飲まず食わずだった筈のハウリア族だが、その足取りは軽かった。亜人族が魔力を持たない代わりに身体能力が高いというのは嘘ではない様だ。

 そして遂に階段を上りきり、ソウゴ達は【ライセン大峡谷】からの脱出を果たす。

 登りきった崖の上、そこには……

 

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~。こりゃあ、いい土産ができそうだ」

 

 三十人の帝国兵が屯していた。周りには大型の馬車数台と、野営跡が残っている。全員がカーキ色の軍服らしき衣服を纏い、剣や槍、盾を携えていた。ソウゴ達を見るなり驚いた表情を見せたが、それも一瞬の事。直ぐに喜色を浮かべ、品定めでもする様に兎人族を見渡した。

「小隊長! 白髪の兎人もいますよ! 隊長が欲しがってましたよね?」

「おお、ますますツイてるな。年寄りは別にいいが、あれは絶対殺すなよ?」

「小隊長ぉ~、女も結構いますし、ちょっとくらい味見してもいいっすよねぇ? こちとら何もないとこで三日も待たされたんだ。役得の一つや二つ大目に見てくださいよぉ~」

「ったく、全部はやめとけ。二、三人なら好きにしろ」

「ひゃっほ~、流石、小隊長! 話がわかる!」

 帝国兵は、兎人族達を完全に獲物としてしか見ていないのか戦闘態勢を取る事もなく、下卑た笑みを浮かべ舐めるような視線を兎人族の女性達に向けている。兎人族は、その視線にただ怯えて震えるばかりだ。

 帝国兵達が好き勝手に騒いでいると、兎人族にニヤついた笑みを浮かべていた小隊長と呼ばれた男が、漸くソウゴの存在に気がついた。

「あぁ? お前誰だ? 兎人族……じゃあねぇよな?」

 ソウゴは帝国兵の態度から彼らの処遇を考えながら、一応会話に応じる。

「ああ、人間だ」

「はぁ~? なんで人間が兎人族と一緒にいるんだ? しかも峡谷から。あぁ、もしかして奴隷商か? 情報掴んで追っかけたとか? そいつぁまた商売魂が逞しいねぇ。まぁいいや、そいつら皆国で引き取るから、置いていけ?」

 勝手に推測し勝手に結論づけた小隊長は、さも自分の言う事を聞いて当たり前、断られる事など有り得ないと信じきった様子で、そうソウゴに命令した。

 当然、ソウゴが従う筈も無い。

「断る」

「……今、何て言った?」

「断ると言ったんだ。彼らは既に私の民だ。貴様等には一人として渡すつもりはない。諦めて国へ帰るがいい」

 聞き間違いかと問い返し、返って来たのは不遜な物言い。小隊長の額に青筋が浮かぶ。

「……小僧、口の利き方には気をつけろ。俺達が誰かわからないほど頭が悪いのか?」

「貴様こそ立場を弁えろ。その不敬、既に万死に値するぞ?」

 

 ソウゴの言葉にスっと表情を消す小隊長。周囲の兵士達も剣呑な雰囲気でソウゴを睨んでいる。その時、小隊長が剣呑な雰囲気に背中を押されたのか、ソウゴの後ろから出てきたユエに気がついた。幼い容姿でありながら纏う雰囲気に艶があり、そのギャップからか、えもいわれぬ魅力を放っている美貌の少女に一瞬呆けるものの、ソウゴの服の裾をギュッと握っている事から余程近しい存在なのだろうと当たりをつけ、再び下碑た笑みを浮かべた。

「あぁ~成程、よぉ~く分かった。てめぇが唯の世間知らず糞ガキだって事がな。ちょいと世の中の厳しさってヤツを教えてやる。くっくっく、そっちの嬢ちゃんえらい別嬪じゃねぇか。テメェの四肢を切り落とした後、目の前で犯して、奴隷商に売っぱらってやるよ」

 その言葉が彼らの運命を決した。ユエは無表情でありながら誰でも分かるほど嫌悪感を丸出しにしている。目の前の男が存在する事自体が許せないと言わんばかり、ユエが右手を掲げようとした。

 それを制する様にソウゴは手を翳し、訝しむユエを他所に一言呟く。

「"ドミネーションランゲージ"」

 その行動を理解出来ない小隊長は、イラついた様に言葉を荒げる。

「あぁ!? まだ状況が理解できてねぇのか! てめぇは、震えながら許しをこッ───」

 

 

「『自害せよ』」

 

 

 ザシュッ───

 

 

 恫喝の言葉を全て言い切る前に一言、ソウゴの言葉が響く。

 

 その瞬間、武器を構えていた前衛達は己の武器を自身の首や頭、心臓に突き立て、後衛達はその口腔に向けて術を放って自ら命を絶った。皆一様に、その顔に恐怖や絶望を浮かべて。

 

「私が直接手を下してもよかったのだが、この方が面倒が無いな」

 そんなソウゴの言葉に、息を呑むハウリア族達。あまりに容赦の無いソウゴの行動に完全に引いている様である。その瞳には若干の恐怖が宿っていた。それはシアも同じだったのか、おずおずとソウゴに尋ねた。

「あ、あのっ、……今のは、全員殺す必要は無かったのでは?」

 その言葉を受けて、分かりやすく溜息を吐くソウゴに「うっ」と唸るシア。自分達の同胞を殺し、奴隷にしようとした相手にも慈悲を持つようで、兎人族とはとことん温厚というか平和主義らしい。ソウゴが言葉を発しようとしたが、その機先を制する様にユエが反論した。

「……一度剣を抜いた者が、結果相手の方が強かったからと言って見逃してもらおうなんて都合が良すぎ」

「そ、それは……」

「……そもそも、守られているだけのあなた達がそんな目をソウゴ様に向けるのはお門違い」

「……」

 ユエは静かに怒っている様だ。守られておきながら、ソウゴに向ける視線に負の感情を宿すなど許さないと言わんばかりである。当然といえば当然なので、兎人族達もバツが悪そうな表情をしている。

 

「ふむ。ソウゴ殿、申し訳ない。別に、貴方に含むところがある訳では無いのだ。ただ、こういう争いに我等は慣れておらんのでな……少々、驚いただけなのだ」

「ソウゴさん、すみません」

 

 シアとカムが代表して謝罪するが、ソウゴは気にしてないという様に視線を外すだけだった。

 ソウゴは無傷の馬車や馬の所へ行き、兎人族達を手招きする。樹海まで徒歩で半日くらいかかりそうなので、折角の馬と馬車を有効活用しようという訳だ。ストライカーを起動し、馬車に連結させる。ストライカーに牽引される馬車と、直接馬に乗る者と分けて一行は樹海へと進路をとった。

 

 

 無残な帝国兵の死体は、ソウゴが呼び出したミラーモンスター達の餌となる。後にはただ、彼等が零した血だまりだけが残された。

 

 

 七大迷宮の一つにして、深部に亜人族の国【フェアベルゲン】を抱える【ハルツィナ樹海】が遠くに見える。少しずつ樹海の輪郭が大きくなっているので、近づいているのがよく分かった。

 

 ストライカーにはソウゴの前にユエが、後ろにシアが乗っている。当初、シアには馬車に乗る様に言ったのだが、断固としてストライカーに乗る旨を主張し言う事を聞かなかった。ユエが何度叩き落としても、ゾンビの様に起き上がりヒシッとしがみつくので、遂にユエの方が根負けしたという事情があったりする。

 

 シアとしては、初めて出会った"同類"である二人ともっと色々話がしたい様だった。ソウゴにしがみつき上機嫌な様子のシア。果たして、シアが気に入ったのはストライカーの座席かソウゴの後ろか……場合によっては手足をふん縛って引きずってやる! とユエは内心決意していた。

 

 若干不機嫌そうなユエと上機嫌なシアに挟まれたソウゴは、遠くを見つつストライカーを走らせていた。

 そんなソウゴにユエが声をかける。

「……ソウゴ様、さっきのは何?」

「さっきのとは?」

 

 ユエが言っているのは帝国兵との戦いの事だ。先程のソウゴの攻撃は、最早神の所業と言っても差し支えないものだった。魔術の天才と言われたユエですら出来ない領域の術に、ユエはどうしても訊きたくなったのだ。その旨を伝えると、ソウゴは簡潔な説明をする。

「あれは"ドミネーションランゲージ"と言ってな。早い話が相手の肉体を自らの発した言葉通りに操る技だ」

「……言葉通りに、従わせる」

「ある神に仕えていた、裏切り者の技だ」

「……そんなの、私にも出来ない」

 そのやり取りに、ソウゴの底の無さに内心驚嘆するシア。そして改めて、自分はソウゴやユエの事を何も知らないのだなぁと少し寂しい気持ちなった。

「あの、あの! ソウゴさんとユエさんの事、教えてくれませんか?」

「私達の事は話した筈だが?」

「いえ、能力とかそういう事ではなくて、何故奈落? という場所にいたのかとか、旅の目的って何なのかとか、今まで何をしていたのか、とか。お二人自身の事が知りたいです」

「……聞いてどうするの?」

 

「どうするという訳ではなく、ただ知りたいだけです。……私、この体質のせいで家族には沢山迷惑をかけました。小さい時はそれがすごく嫌で……もちろん、皆はそんな事ないって言ってくれましたし、今は、自分を嫌ってはいませんが……それでも、やっぱり、この世界のはみだし者のような気がして……だから、私、嬉しかったのです。お二人に出会って、私みたいな存在は他にもいるのだと知って、一人じゃない、はみだし者なんかじゃないって思えて……勝手ながら、そ、その、な、仲間みたいに思えて……だから、その、もっとお二人のことを知りたいといいますか……何といいますか……」

 

 シアは話の途中で恥ずかしくなってきたのか、次第に小声になってソウゴの背に隠れる様に身を縮こまらせた。出会った当初も、そう言えば随分嬉しそうにしていたとソウゴとユエは思い出し、ユエはシアの様子に何とも言えない表情をする。あの時はユエの複雑な心情により有耶無耶になった挙句、すぐハウリア達を襲う魔物と戦闘になったので、谷底でも魔術が使える理由など簡単な事しか話していなかった。きっとシアは、ずっと気になっていたのだろう。

 

 確かに、この世界で、魔物と同じ体質を持った人など受け入れがたい存在だろう。仲間意識を感じてしまうのも無理はない。かと言って、ソウゴやユエの側が、シアに対して直ちに仲間意識を持つ訳ではない。が……樹海に到着するまでまだ少し時間がかかる。特段隠す事でもないので、暇潰しにいいだろうとソウゴとユエはこれまでの経緯を語り始めた。

 

 

 結果……

 

「うぇ、ぐすっ……ひどい、ひどすぎまずぅ~、ユエさんがわいぞうですぅ~。そ、それ比べたら、私はなんで恵まれて……うぅ~、自分がなざけないですぅ~」

 

 号泣した。滂沱の涙を流しながら「私は、甘ちゃんですぅ」とか「もう、弱音は吐かないですぅ」と呟いている。そしてさり気なく、ソウゴの法衣で顔を拭いている。どうやら、自分は大変な境遇だと思っていたら、ユエが自分以上に大変な思いをしていた事を知り、不幸顔していた自分が情けなくなったらしい。

 しばらくメソメソしていたシアだが、突如決然とした表情でガバッと顔を上げると拳を握り元気よく宣言した。

「ソウゴさん! ユエさん! 私決めました! お二人の旅に着いていきます! これからは、このシア・ハウリアが陰に日向にお二人を助けて差し上げます! 遠慮なんて必要ありませんよ。私達はたった三人の仲間。共に苦難を乗り越え、望みを果たしましょう!」

 勝手に盛り上がっているシアに、ソウゴとユエが実に冷めた視線を送る。

「現在進行形で守られていて何を言っている?」

「……さり気なく『仲間みたい』から『仲間』に格上げしている……厚皮ウサギ」

「な、何て冷たい目で見るんですか……心に罅が入りそう……」

 意気込みに反して、冷めた反応を返され若干動揺するシア。そんな彼女に追い討ちがかかる。

 

「……貴様、単純に旅の仲間が欲しいだけだろう?」

 

「!?」

 ソウゴの言葉に、シアの体がビクッと跳ねる。

「一族の安全が一先ず確保できたら、貴様は奴等から離れる気だろう? そこにうまい具合に“同類”の我々が現れたから、これ幸いと同行しようという魂胆という訳か。その様な珍しい髪色の兎人族が一人で旅を出来るとは思えんからな」

「……あの、それは、それだけでは……私は本当にお二人を……」

 図星だったのか、しどろもどろになるシア。実はシアは既に決意していた。何としてでもソウゴの協力を得て一族の安全を確保したら、自らは家族の元を離れると。自分がいる限り、一族は常に危険に晒される。今回も多くの家族を失った。次は本当に全滅するかもしれない。それだけは、シアには耐えられそうになかった。勿論その考えが一族の意に反する、ある意味裏切りとも言える行為だとは分かっている。だが"それでも"と決めたのだ。

 

 最悪、一人でも旅に出るつもりだったが、それでは心配性の家族は追ってくる可能性が高い。しかし、圧倒的強者であるソウゴ達に恩返しも含めて着いて行くと言えば、割りかし容易に一族を説得できて離れられると考えたのだ。見た目の言動に反してシアは、今この瞬間も"必死"なのである。

 

 勿論、シア自身がソウゴとユエに強い興味を惹かれているというのも事実だ。ソウゴの言う通り"同類"であるソウゴ達に、シアは理屈を超えた強い仲間意識を感じていた。一族の事も考えると、正にシアにとってソウゴ達との出会いは"運命的"だったのだ。

「別に責めている訳ではない。だが妙な期待はするな。私達の目的は七大迷宮の攻略だ。恐らく奈落と同じで本当の迷宮の奥は珍獣バケモノ揃いだ。今の貴様では瞬殺されて終わりだ。ならば、同行を許すつもりは毛頭ない」

「……」

 ソウゴの全く容赦ない言葉にシアは落ち込んだ様に黙り込んでしまった。ソウゴもユエも特に気にした様子がないあたりが、更に追い討ちをかける。

 シアはそれからの道中、大人しく二輪の座席に座りながら、何かを考え込む様に難しい表情をしていた。

 

 

 それから数十分して、遂に一行は【ハルツィナ樹海】と平原の境界に到着した。樹海の外から見る限り、ただの鬱蒼とした森にしか見えないのだが、一度中に入ると直ぐさま霧に覆われるらしい。

 

「それではソウゴ殿、ユエ殿。中に入ったら決して我らから離れないで下さい。お二人を中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。それと行き先は森の深部、大樹の下で宜しいのですな?」

「ああ、聞いた限りでは、そこが本当の迷宮と関係してそうだからな」

 カムがソウゴに対して樹海での注意と行き先の確認をする。カムが言った"大樹"とは、【ハルツィナ樹海】の最深部にある巨大な一本樹で、亜人達には"大樹ウーア・アルト"と呼ばれており、神聖な場所として滅多に近づく者はいないらしい。峡谷脱出時にカムから聞いた話だ。

 

 当初ソウゴは【ハルツィナ樹海】そのものが大迷宮かと思っていたのだが、よく考えればそれなら奈落の底の魔物と同レベルの魔物が彷徨いている魔境という事になり、とても亜人達が住める場所ではなくなってしまう。なので【オルクス大迷宮】の様に、真の迷宮の入口が何処かにあるのだろうと推測した。そしてカムから聞いた"大樹"が怪しいと踏んだのである。

 

 カムはソウゴの言葉に頷くと、周囲の兎人族に合図をしてソウゴ達の周りを固めた。

「ソウゴ殿、できる限り気配は消してもらえますかな。大樹は神聖な場所とされておりますから、あまり近づく者はおりませんが特別禁止されている訳でもないので、フェアベルゲンや他の集落の者達と遭遇してしまうかもしれません。我々はお尋ね者なので見つかると厄介です」

「ああ、承知している。私もユエもある程度の隠密行動は可能だ」

 ソウゴはそう言うと"気配遮断"を使う。ユエも、奈落でソウゴに教わった方法で気配を薄くした。

「ッ!? これは、また……。ソウゴ殿、できればユエ殿くらいにしてもらえますかな?」

「……こんなものか?」

「はい、結構です。さっきのレベルで気配を殺されては、我々でも見つけるのは不可能ですからな。いや全く、流石ですな!」

 

 元々兎人族は全体的にスペックが低い分、聴覚による索敵や気配を断つ隠密行動に秀でている。地上にいながら、奈落で鍛えたユエと同レベルと言えばその優秀さが分かるだろうか。普通に達人級といえる。

 しかし、ソウゴの"気配遮断"は更にその上を行く。普通の場所でも一度認識しても直ぐ様見失いそうで、こと樹海の中では、兎人族の索敵能力を以てしても見失ってしまったハイレベルなものだった。

 その後にソウゴは他にも同系統の技能を持っており、それらも併用すれば他者の記憶や記録からも消える事が可能という事を知らされた一同は開いた口が塞がらなかった。

 

 カムは人間族でありながら自分達の唯一の強みを凌駕され、もはや苦笑いだ。隣では、何故かユエが自慢げに胸を張っている。一方シアは、どこか複雑そうだった。ソウゴの言う実力差を改めて示されたせいだろう。

「それでは、行きましょうか」

 カムの号令と共に準備を整えた一行は、カムとシアを先頭に樹海へと踏み込んだ。

 暫く道ならぬ道を突き進む。直ぐに濃い霧が発生し視界を塞いでくるが、カムの足取りに迷いは全くなかった。現在位置も方角も完全に把握している様だ。理由は分かっていないが、亜人族は亜人族であるというだけで、樹海の中でも正確に現在地も方角も把握できるらしい。

 順調に進んでいると、突然カム達が立ち止まり周囲を警戒し始めた。魔物の気配だ。当然ソウゴとユエも感知している。どうやら複数匹の魔物に囲まれている様だ。樹海に入るに当たって、ソウゴが貸し与えたナイフ類を構える兎人族達。彼等は本来なら、その優秀な隠密能力で逃走を図るのだそうだが、今回はそういう訳には行かない。皆一様に緊張の表情を浮かべている。

 

「"星の杖(オルガノン)"」

 

 すると突然、ソウゴが静かに呟いた。微かに、ブゥン…という風切り音が響く。

 直後、

 

 ドサッ、ドサッ、ドサッ

 

「「「キィイイイ!?」」」

 

 三つの何かが倒れる音と、悲鳴が聞こえた。途端慌てた様に霧を描き分けて、腕を四本生やした体長六十センチ程の猿が三匹滑り落ちてきた。その全てが両足を切断されている。

 バランスを失った猿の群れに向けてユエが手をかざし、一言囁く様に呟く。

「"風刃"」

 魔術名と共に風の刃が高速で飛び出し、空中にある猿を何の抵抗も許さずに上下に分断する。猿共は悲鳴も上げられずにドシャと音を立てて地に落ちた。

 

 その後も度々魔物に襲われたが、ソウゴとユエが静かに片付けていく。樹海の魔物は一般的には相当厄介なものとして認識されているのだが、何の問題も無かった。

 しかし樹海に入って数十分が過ぎた頃、今までにない無数の気配に囲まれ、ソウゴ達は歩みを止める。数も殺気も、連携の練度も、今までの魔物とは比べ物にならない。カム達は忙しなくウサミミを動かし索敵をしている。

 そして、何かを掴んだのか苦虫を噛み潰したような表情を見せた。シアに至っては、その顔を青褪めさせている。ソウゴとユエも相手の正体に気がつき、面倒そうな表情になった。その相手の正体は……

 

「お前達……何故人間といる! 種族と族名を名乗れ!」

 

 虎模様の耳と尻尾を付けた、筋骨隆々の亜人だった。

 

 

 樹海の中で人間族と亜人族が共に歩いている。その有り得ない光景に、目の前の虎の亜人と思しき人物はカム達に裏切り者を見るような眼差しを向けた。その手には両刃の剣が抜身の状態で握られている。周囲にも数十人の亜人が殺気を滾らせながら包囲網を敷いている様だ。

「あ、あの私達は……」

 カムが何とか誤魔化そうと額に冷汗を流しながら弁明を試みるが、その前に虎の亜人の視線がシアを捉え、その眼が大きく見開かれる。

「白い髪の兎人族…だと? ……貴様ら……報告のあったハウリア族か。……亜人族の面汚し共め! 長年同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは! 反逆罪だ! もはや弁明など聞く必要もない、全員この場で処刑する! 総員か──」

 

 ドパンッ!!

 

 虎の亜人が問答無用で攻撃命令を下そうとしたその瞬間、一本の槍が飛来して轟音と共に一条の閃光が彼の頬を掠めて背後の樹を抉り飛ばし樹海の奥へと消えていった。

 理解不能な攻撃に凍りつく虎の亜人の頬に擦過傷が出来る。もし人間の様に耳が横についていれば、確実に弾け飛んでいただろう。滅多に聞かない様な炸裂音と反応を許さない超速の攻撃に誰もが硬直している。

 そこに、気負った様子もないのに途轍もない圧力を伴ったソウゴの声が響いた。"気配遮断"を解いて、技能ではないただの威嚇をしただけで全員が動けなくなる。

「今の攻撃は、刹那の間に数億単位で連射出来る。周囲を囲んでいる者共も全て把握している。貴様等がいる場所は、既に私の間合いだ」

「な、なっ……詠唱がっ……」

 

 詠唱も無く、見た事も無い強烈な攻撃を連射出来る上、味方の場所も把握していると告げられ思わず吃る虎の亜人。それを証明する様にソウゴの背後に不自然な揺らぎが発生し、その中から無数の武器の切っ先が出現する。その先には、奇しくも虎の亜人の腹心の部下がいる場所だった。霧の向こう側で動揺している気配がする。

「戦うというのなら容赦はしない。契約が果たされるまで、これらの命は私の物だからな。……ただの一人でも生き残れる等と思うなよ?」

 威圧感に加え、ソウゴが目線を鋭くする。その視線に込められた殺気を真正面から叩きつけられている虎の亜人は冷や汗を大量に流しながら、ヘタをすれば恐慌に陥って意味もなく喚いてしまいそうな自分を必死に押さえ込んだ。

 

(冗談だろ! こんな、こんなものが人間だというのか! まるっきり化物じゃないか!)

 恐怖心に負けない様に内心で盛大に喚く虎の亜人など知った事かという様に、ソウゴが逢魔剣の柄に手を掛けながら言葉を続ける。

 

「だが、この場を引くというのなら追いもしない。敵対しないなら殺す理由もないからな。さぁ選べ。敵対して無意味に全滅するか、大人しく家に帰るか」

 虎の亜人は確信した。攻撃命令を下した瞬間、先程の閃光が一瞬で自分達を蹂躙する事を。その場合、万に一つも生き残れる可能性は無いという事を。

 

 虎の亜人は、フェアベルゲンの第二警備隊隊長だった。フェアベルゲンと周辺の集落間における警備が主な仕事で、魔物や侵入者から同胞を守るというこの仕事に誇りと覚悟を持っていた。その為、例え部下共々全滅を確信していても安易に引く事等出来なかった。

「……その前に、一つ聞きたい」

 虎の亜人は掠れそうになる声に必死で力を込めてソウゴに尋ねた。ソウゴは視線で話を促した。

「……何が目的だ?」

 端的な質問。しかし返答次第では、ここを死地と定めて身命を賭す覚悟があると言外に込めた覚悟の質問だ。虎の亜人は、フェアベルゲンや集落の亜人達を傷つけるつもりなら、自分達が引く事は有り得ないと不退転の意志を眼に込めて気丈にソウゴを睨みつけた。

「樹海の深部、大樹の下へ行きたい」

「大樹の下へ……だと? 何の為に?」

 

 てっきり亜人を奴隷にする為等という自分達を害する目的なのかと思っていたら、神聖視はされているものの大して重要視はされていない"大樹"が目的と言われ若干困惑する虎の亜人。"大樹"は亜人達にしてみれば、言わば樹海の名所の様な場所に過ぎないのだ。

 

「そこに、本当の大迷宮への入口があるかもしれんのでな。私達は七大迷宮の攻略を目指して旅をしている。ハウリアは案内の為に契約を結んだ」

「本当の迷宮? 何を言っている? 七大迷宮とは、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰る事も叶わない天然の迷宮だ」

「それはないな」

「なんだと?」

 妙に自信のあるソウゴの断言に虎の亜人は訝しそうに問い返した。

「大迷宮というには、ここの魔物は脆弱すぎる」

「……弱いと?」

「そうだ。大迷宮の魔物というのは、ここに比べればもう少し楽しめるぞ。少なくとも【オルクス大迷宮】の奈落はそうだった。それに……」

「なんだ?」

「大迷宮というのは、"解放者"達が残した試練らしい。亜人族は簡単に深部へ行けるのだろう? それでは試練になっていない。だから、樹海自体が大迷宮というのは間違いだ」

「……」

 

 ソウゴの話を聞き終わり、虎の亜人は困惑を隠せなかった。ソウゴの言っている事が分からないからだ。樹海の魔物を弱いと断じる事も、【オルクス大迷宮】の奈落というのも、解放者とやらも、迷宮の試練とやらも……聞き覚えの無い事ばかりだ。普段なら"戯言"と切って捨てていただろう。

 だがしかし、今この場においてソウゴが適当な事を言う意味は無いのだ。圧倒的に優位に立っているのはソウゴの方であり、言い訳など必要無いのだから。しかも、妙に確信に満ちていて言葉に力がある。本当に亜人やフェアベルゲンには興味が無く大樹自体が目的なら、部下の命を無意味に散らすより、さっさと目的を果たさせて立ち去ってもらう方がいい。

 

 虎の亜人は、そこまで瞬時に判断した。しかしソウゴ程の驚異を自分の一存で野放しにする訳には行かない。この件は、完全に自分の手に余るという事も理解している。その為虎の亜人はソウゴに提案した。

「……お前が、国や同胞に危害を加えないというなら、大樹の下へ行く位は構わないと俺は判断する。部下の命を無意味に散らす訳には行かないからな」

 その言葉に、周囲の亜人達が動揺する気配が広がった。樹海の中で、侵入して来た人間族を見逃すという事が異例だからだろう。

「だが、一警備隊長の私如きが独断で下していい判断ではない。本国に指示を仰ぐ。お前の話も、長老方なら知っている方もおられるかもしれない。お前に本当に含む所が無いというのなら、伝令を見逃し私達とこの場で待機しろ」

 冷や汗を流しながら、それでも強い意志を瞳に宿して睨み付けてくる虎の亜人の言葉に、ソウゴは少し考え込む素振りを見せる。

 

 虎の亜人からすれば限界ギリギリの譲歩なのだろう。樹海に侵入した他種族は問答無用で処刑されると聞く。今も、本当はソウゴ達を処断したくて仕方ない筈だ。だが、そうすれば間違いなく部下の命を失う。それを避け、且つソウゴという危険を野放しにしない為のギリギリの提案。

 

 ソウゴは、この状況で中々理性的な判断ができる男だと少し感心した。そして今、この場で彼等を殲滅して突き進むメリットと、フェアベルゲンに完全包囲される危険を犯しても彼等の許可を得るメリットを天秤に掛けて……後者を選択した。大樹が大迷宮の入口でない場合、更に探索をしなければならない。そうすると、フェアベルゲンの許可があった方が都合がいい。勿論、結局敵対する可能性は大きいが、しなくて済む道があるならそれに越した事はない。人道的判断ではなく、単に殲滅しながらの探索は酷く面倒そうだからだ。

「……いいだろう。先程の言葉、曲解せずに正確に伝えよ」

「無論だ。ザム! 聞こえていたな! 長老方に余さず伝えろ!」

 

「了解!」

 

 虎の亜人の言葉と共に、気配が一つ遠ざかっていった。ソウゴはそれを確認するとスっと逢魔剣の柄から手を離し、威嚇を解いていつの間にか取り出した玉座に座る。空気が一気に弛緩する。それにホッとすると共に、あっさり警戒を解いたソウゴに訝しそうな眼差しを向ける虎の亜人。中には「今なら!」と臨戦態勢に入っている亜人もいる様だ。その視線の意味を理解しているソウゴが面白くもなさそうに告げる。

「貴様達が攻撃するより、私が樹海ごと貴様達を塵にする方が早い。……試してみるか?」

「……いや、だが下手な動きはするなよ。我らも動かざるを得ない」

「わかってるとも」

 

 包囲はそのままだが、漸く一段落着いたと分かり、カム達にもホッと安堵の吐息が漏れた。だが彼等に向けられる視線は、ソウゴに向けられるものより厳しいものがあり居心地は相当悪そうである。

 

 暫く重苦しい雰囲気が周囲を満たしていたが、そんな雰囲気に飽きたのか、ユエがソウゴに構って欲しいと言わんばかりにちょっかいを出し始めた。それを見たシアが場を和ませる為か、単に雰囲気に耐えられなくなったのか「私も~」と参戦し、苦笑いしながら相手をするソウゴに、少しずつ空気が弛緩していく。敵地のど真ん中で、いきなりイチャつき始めた(亜人達にはそう見えた)ソウゴに呆れの視線が突き刺さる。

 

 時間にして一時間と言ったところか。調子に乗ったシアが、ユエに関節を極められて「ギブッ! ギブッですぅ!」と必死にタップし、それを周囲の亜人達が呆れを半分含ませた生暖かな視線で見つめていると、急速に近づいてくる気配を感じた。

 

 場に再び緊張が走る。シアの関節には痛みが走る。

 

 霧の奥からは、数人の新たな亜人達が現れた。彼等の中央にいる初老の男が特に目を引く。流れる美しい金髪に深い知性を備える碧眼に、その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせる。威厳に満ちた容貌は、幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。何より特徴的なのが、その尖った長耳だ。彼は森人族──所謂エルフなのだろう。

 ソウゴは瞬時に彼が"長老"と呼ばれる存在なのだろうと推測した。その推測は、どうやら当たったらしい。

 

「ふむ、お前さんが問題の人間族かね? 名は何という?」

「常磐ソウゴだ。貴様は?」

 ソウゴの言葉遣いに、周囲の亜人が長老に何て態度を! と憤りを見せる。それを片手で制すると、森人族の男性も名乗り返した。

「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さんの要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。"解放者"を何処で知った?」

「オルクス大迷宮の奈落の底、解放者の一人、オスカー・オルクスの隠れ家だが」

 

 目的等ではなく、解放者の単語に興味を示すアルフレリックに訝しみながら返答するソウゴ。一方、アルフレリックの方も表情には出さないものの内心は驚愕していた。何故なら、解放者という単語と、その一人が"オスカー・オルクス"という名である事は、長老達と極僅かな側近しか知らない事だからだ。

「ふむ、奈落の底か、聞いた事が無いがな……。証明できるか?」

 或いは亜人族の上層に情報を漏らしている者がいる可能性を考えて、ソウゴに尋ねるアルフレリック。ソウゴは不機嫌な表情になる。証明しろと言われても、すぐ示せるものは自身の強さ位だ。青筋が浮かびかけるソウゴにユエが提案する。

「……ソウゴ様、魔石とかオルクスの遺品は?」

「……そうだな、それならば……」

 察したユエの言葉に怒りを鎮めつつ、宝物庫から地上の魔物では有り得ない程の質を誇る魔石を幾つか取り出し、アルフレリックに渡す。

「こ、これは……こんな純度の魔石、見た事が無いぞ……」

 アルフレリックも内心驚いていたが、隣の虎の亜人が驚愕の面持ちで思わず声を上げた。

「後はこれだ。オルクスが付けていた指輪だが……」

 

 そう言って見せたのはオルクスの指輪だ。アルフレリックは、その指輪に刻まれた紋章を見て目を見開いた。そして、気持ちを落ち着かせる様にゆっくり息を吐く。

 

「成程……、確かにお前さんはオスカー・オルクスの隠れ家に辿り着いた様だ。他にも色々気になるところはあるが……よかろう、取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、勿論ハウリアも一緒にな」

 アルフレリックの言葉に、周囲の亜人族達だけでなく、カム達ハウリアも驚愕の表情を浮かべた。虎の亜人を筆頭に、猛烈に抗議の声が上がる。それも当然だろう。嘗て、フェアベルゲンに人間族が招かれた事等無かったのだから。

「彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」

 アルフレリックが厳しい表情で周囲の亜人達を宥める。しかし、今度はソウゴの方が抗議の声を上げた。

「待て、何を勝手に私の予定を決めている? 私は大樹に用があるのであって、フェアベルゲンに興味はない。問題無いなら、このまま大樹に向かわせてもらう」

「いや、お前さん。それは無理だ」

「なんだと?」

 あくまで邪魔する気か? と身構えるソウゴに、寧ろアルフレリックの方が困惑した様に返した。

 

「大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で、霧が弱まるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならん。次に行けるようになるのは四ヶ月後だ。……亜人族なら誰でも知っている筈だが……」

 

 アルフレリックは、「今すぐ行ってどうする気だ?」とソウゴを見た後、案内役のカムを見た。ソウゴは聞かされた事実に眉を顰めた後、アルフレリックと同じ様にカムを見た。そのカムはと言えば……

 

 

「あっ」

 

 

 正に、今思い出したという表情をしていた。ソウゴの額に青筋が浮かぶ。

「カム?」

「あっ、いや、その何といいますか……ほら、色々ありましたから、つい忘れていたといいますか……私も小さい時に行った事があるだけで、周期の事は意識してなかったといいますか……」

 しどろもどろになって必死に言い訳するカムだったが、ソウゴとユエのジト目に耐えられなくなったのか逆ギレしだした。

「ええいシア、それにお前達も! なぜ、途中で教えてくれなかったのだ! お前達も周期の事は知っているだろう!」

「なっ、父様逆ギレですかっ! 私は、父様が自信たっぷりに請け負うから、てっきり丁度周期だったのかと思って……つまり父様が悪いですぅ!」

「そうですよ。僕たちもあれ? おかしいな? とは思ったけど、族長があまりに自信たっぷりだったから、僕たちの勘違いかなって……」

「族長、何かやたら張り切ってたから……」

 逆ギレするカムに、シアが更に逆ギレし、他の兎人族達も目を逸らしながら、さり気なく責任を擦り付ける。

「お、お前達! それでも家族か! これは、あれだ、そう! 連帯責任だ連帯責任! ソウゴ殿、罰するなら私だけでなく一族皆にお願いします!」

「あっ、汚い! お父様汚いですよぉ! 一人でお仕置きされるのが怖いからって、道連れなんてぇ!」

「族長! 私達まで巻き込まないで下さい!」

「馬鹿者! 道中のソウゴ殿の容赦の無さを見ていただろう! 一人で罰を受けるなんて絶対に嫌だ!」

「あんた、それでも族長ですか!」

 亜人族の中でも情の深さは随一の種族といわれる兎人族。彼等は、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら互いに責任を擦り付け合っていた。情の深さは何処に行ったのか……。流石シアの家族である。総じて、残念なウサギばかりだった。

 青筋を浮かべたソウゴが一言、ポツリと呟く。

「……ユエ」

「ん」

 ソウゴの言葉に一歩前に出たユエがスっと右手を掲げた。それに気がついたハウリア達の表情が引き攣る。

「まっ、待ってください、ユエさん! やるなら父様だけを!」

「はっはっは、何時までも皆一緒だ!」

「何が一緒だぁ!」

「ユエ殿、族長だけにして下さい!」

「僕は悪くない、僕は悪くない、悪いのは族長なんだ!」

 喧々囂々と騒ぐハウリア達に薄く笑い、ユエは静かに呟いた。

「──"嵐帝"」

 

 

 ────アッーーーー!!!

 

 

 天高く舞い上がるウサミミ達。樹海に彼等の悲鳴が木霊する。同胞が攻撃を受けた筈なのに、アルフレリックを含む周囲の亜人達の表情に敵意は無かった。寧ろ、呆れた表情で天を仰いでいる。彼等の表情が、何より雄弁にハウリア族の残念さを示していた。

 

 

 死屍累々といった様子で地面に横たわるハウリア達。ピクピクと痙攣している辺りが実に哀れを誘う。そんな彼等を死なない程度の電流で叩き起こしたソウゴは、どことなくめそっとした湿っぽい彼等を尻目に先を促す。

 

 何とも言えない表情を浮かべながらも、アルフレリックが虎の亜人・ギルに視線で合図を送る。ギルはどこか疲れた様子で溜息を吐くと、一行を先導して濃霧の中を歩き出した。

 

 ソウゴとユエ、ハウリア族、そしてアルフレリックを中心に周囲を亜人の警備隊隊員で固めて歩く事一時間程。未だ到着しない亜人族の国を思い、ソウゴは先程伝令に出されたザムという男はそれなりに急いで伝えたのだなと何とは無しに思った。

 そうして暫く歩いていると、突如霧が晴れた場所に出た。晴れたといっても全ての霧が無くなったのではなく、一本真っ直ぐな道が出来ているだけでまるで霧のトンネルの様な場所だ。よく見れば、道の端に誘導灯の様に青い光を放つ拳大の結晶が地面に半分埋められている。そこを境界線に霧の侵入を防いでいる様だ。

 

 ソウゴが青い結晶に注目している事に気が付いたのか、アルフレリックが解説を買って出た。

「あれはフェアドレン水晶というものだ。あれの周囲には、何故か霧や魔物が寄り付かない。フェアベルゲンも近辺の集落も、この水晶で囲んでいる。まぁ、魔物の方は"比較的"という程度だが」

「成程。四六時中霧の中じゃあ気も滅入る、住んでいる場所位霧は晴らす術はあるか」

 

 どうやら樹海の中であっても、街の中は霧が無い様だ。数ヵ月は樹海の中にいなければならなかったので朗報である。ユエも霧が鬱陶しそうだったので、二人の会話を聞いてどことなく嬉しそうだ。

 

 

 そうこうしている内に、眼前に巨大な門が見えてきた。太い樹と樹が絡み合ってアーチを作っており、其処に木製の十メートルはある両開きの扉が鎮座していた。天然の樹で作られた防壁は高さが最低でも三十メートルはありそうだ。亜人の"国"と言うに相応しい威容を感じる。

 

 ギルが門番と思しき亜人に合図を送ると、ゴゴゴと重そうな音を立てて門が僅かに開いた。周囲の樹の上から、ソウゴ達に視線が突き刺さっているのが分かる。人間が招かれているという事実に動揺を隠せない様だ。アルフレリックがいなければ、ギルがいても一悶着あったかもしれない。恐らくその辺りも予測して長老自ら出てきたのだろう。

 

 門を潜ると、そこは別世界だった。直径数十メートル級の巨大な樹が乱立しており、その樹の中に住居がある様で、ランプの明かりが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れている。人が優に数十人規模で渡れるであろう極太の樹の枝が絡み合い空中回廊を形成している。樹の蔓と重なり、滑車を利用したエレベーターの様な物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも二十階位ありそうである。

 

 ソウゴが眉を上げ、ユエがポカンと口を開けてその美しい街並みに見蕩れていると、ゴホンと咳払いが聞こえた。どうやら気がつかない内に立ち止まっていたらしく、アルフレリックが正気に戻してくれた様だ。

「ふふ、どうやら我らの故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれた様だな」

 アルフレリックの表情が嬉しげに緩んでいる。周囲の亜人達やハウリア族の者達も、どこか得意げな表情だ。ソウゴはそんな彼等の様子を見つつ、素直に称賛した。

「ああ、こんな綺麗な街はそう多くない上、空気も美味い。自然と調和した見事な街だな」

「ん……綺麗」

 掛け値なしのストレートな称賛に、流石にそこまで褒められるとは思っていなかったのか少し驚いた様子の亜人達。だがやはり故郷を褒められたのが嬉しいのか、皆フンっとそっぽを向きながらもケモミミや尻尾を勢いよくふりふりしている。

 ソウゴ達はフェアベルゲンの住人に好奇と忌避、或いは困惑と憎悪といった様々な視線を向けられながら、アルフレリックが用意した場所に向かった。

 

 

「……成程。試練に神代魔法、それに神の盤上か……」

 

 現在、ソウゴとユエはアルフレリックと向かい合って話をしていた。内容は、ソウゴがオスカー・オルクスに聞いた"解放者"の事や神代魔術の事、自分が異世界の人間であり七大迷宮を攻略すれば神代魔術が手に入るかもしれない事等だ。

 

 アルフレリックは、この世界の神の話を聞いても顔色を変えたりはしなかった。その事に試す様な笑みを浮かべてソウゴが尋ねると、「この世界は亜人族に優しくはない、今更だ」という答えが返ってきた。神が狂っていようがいまいが、亜人族の現状は変わらないという事らしい。聖教教会の権威も無いこの場所では信仰心も無い様だ。あるとすれば自然への感謝の念だという。

 

 ソウゴ達の話を聞いたアルフレリックは、フェアベルゲンの長老の座に就いた者に伝えられる掟を話した。それは、この樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つ者が現れたらそれがどの様な者であれ敵対しない事、そしてその者を気に入ったのなら望む場所に連れて行く事、という何とも抽象的な口伝だった。

 

 【ハルツィナ樹海】の大迷宮の創始者リューティリス・ハルツィナが、自分が"解放者"という存在である事(解放者が何者かは伝えなかった)と、仲間の名前と共に伝えたものなのだという。フェアベルゲンという国が出来る前からこの地に住んでいた一族が延々と伝えてきたのだとか。最初の敵対せずというのは、大迷宮の試練を越えた者の実力が途轍もない事を知っているからこその忠告だ。

 そして、オルクスの指輪の紋章にアルフレリックが反応したのは、大樹の根元に七つの紋章が刻まれた石碑があり、その内の一つと同じだったからだそうだ。

 

「それで、私は資格を持っているという訳か……」

 アルフレリックの説明により、人間を亜人族の本拠地に招き入れた理由が分かった。しかし、全ての亜人族がそんな事情を知っている訳ではない筈なので、今後の話をする必要がある。

 ソウゴとアルフレリックが話を詰めようとしたその時、何やら階下が騒がしくなった。ソウゴ達のいる場所は最上階にあたり、階下にはシア達ハウリア族が待機している。どうやら、彼女達が誰かと争っている様だ。ハジメとアルフレリックは顔を見合わせ、同時に立ち上がった。

 

 

 階下では、大柄な熊の亜人族や虎の亜人族、狐の亜人族、背中から羽を生やした亜人族、小さく毛むくじゃらのドワーフらしき亜人族が剣呑な眼差しでハウリア族を睨みつけていた。部屋の隅で縮こまり、カムが必死にシアを庇っている。シアもカムも頬が腫れている事から既に殴られた後の様だ。

 

 ソウゴとユエが階段から降りてくると、彼等は一斉に鋭い視線を送った。熊の亜人が剣呑さを声に乗せて発言する。

「アルフレリック……貴様、どういうつもりだ。何故人間を招き入れた? こいつら兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど……返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下す事になるぞ」

 必死に激情を抑えているのだろう。拳を握りわなわなと震えている。やはり、亜人族にとって人間族は不倶戴天の敵なのだ。しかも、忌み子と彼女を匿った罪があるハウリア族まで招き入れた。熊の亜人だけでなく他の亜人達もアルフレリックを睨んでいる。

 しかし、アルフレリックはどこ吹く風といった様子だ。

「何、口伝に従ったまでだ。お前達も各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できる筈だが?」

「何が口伝だ、そんなもの眉唾物ではないか! フェアベルゲン建国以来一度も実行された事等無いではないか!」

「だから今回が最初になるのだろう。それだけの事だ、お前達も長老なら口伝には従え。それが掟だ。我ら長老の座にある者が掟を軽視してどうする」

「なら、こんな人間族の小僧が資格者だとでも言うのか! 敵対してはならない強者だと!」

「そうだ」

 

 あくまで淡々と返すアルフレリック。熊の亜人は信じられないという表情でアルフレリックを、そしてソウゴを睨む。

 フェアベルゲンには、種族的に能力の高い幾つかの各種族を代表する者が長老となり、長老会議という合議制の集会で国の方針等を決めるらしい。裁判的な判断も長老衆が行う。今この場に集まっている亜人達が、どうやら当代の長老達らしい。だが、口伝に対する認識には差がある様だ。

 

 アルフレリックは口伝を含む掟を重要視するタイプの様だが、他の長老達は少し違うのだろう。アルフレリックは森人族であり、亜人族の中でも特に長命種だ。二百年くらいが平均寿命だったとソウゴは記憶している。だとすると、眼前の長老達とアルフレリックでは年齢が大分異なり、その分価値観にも差があるのかもしれない。因みに、亜人族の平均寿命は百年くらいだ。

 

 そんな訳で、アルフレリック以外の長老衆はこの場に人間族や罪人がいる事に我慢ならない様だ。

「……ならば今、この場で試してやろう!」

 いきり立った熊の亜人が、突如ソウゴに向かって突進した。あまりに突然の事で周囲は反応出来ていない。アルフレリックも、まさかいきなり襲いかかるとは思っていなかったのか驚愕に目を見開いている。

 そして一瞬で間合いを詰め、身長二メートル半はある脂肪と筋肉の塊の様な男の豪腕がソウゴに向かって振り下ろされた。

 

 亜人の中でも、熊人族は特に耐久力と腕力に優れた種族だ。その豪腕は一撃で野太い樹をへし折る程で、種族代表ともなれば他と一線を画す破壊力を持っている。シア達ハウリア族と傍らのユエ以外の亜人達は、皆一様に肉塊となったソウゴを幻視した。

 

 

 しかし次の瞬間には、有り得ない光景に凍りついた。

 

 

 衝撃音と共に振り下ろされた拳は、あっさりとソウゴに掴み止められていたからだ。

「……ふむ、そちらから攻撃したのだ。反撃されても文句はあるまい?」

 そう言って、ソウゴは握力を高める。熊の亜人の腕からメキッと音が響いた。驚愕の表情を浮かべながらも危機感を覚え、必死に距離を取ろうとする熊の亜人。

「ぐっう! 離せ!」

 必死に腕を引き戻そうとするが、体長が半分程度しかないにもかかわらず、ソウゴはピクリともしない。

 ソウゴは無言で握力を高め、無造作にその腕を引き千切った。

 

「ッ!?」

 

 それでも悲鳴を上げなかったのは流石は長老といったところか。だが、痛みと驚愕に硬直した隙をソウゴは逃さない。

 後退る熊の亜人の懐へ踏み込み、空いているもう片方の腕を引き絞る。

「無礼の代償は、命で以て償ってもらおう」

 

 ドパンッ!

 

 絶大な威力を込められた拳が遠慮容赦なく熊の亜人族の腹に突き刺さり、その場に衝撃波を発生させる。熊の亜人は悲鳴一つ上げられず、体を無数の肉片と血煙に変えながら背後の壁の染みになる。

 誰もが言葉を失い硬直していると、ソウゴが長老達に試す様な視線を向ける。

「反抗心を持つのは構わんが、実行に移すなら相応の実力を持たねば身を滅ぼすだけだぞ。……さて、まだ挑む者は?」

 

 その言葉に、頷ける者はいなかった。

 

 

 

 ソウゴが熊の亜人を処理した後、アルフレリックが何とか執り成し、ソウゴによる蹂躙劇は回避された。

 

 現在、当代の長老衆である虎人族のゼル、翼人族のマオ、狐人族のルア、土人族──俗に言うドワーフのグゼ、そして森人族のアルフレリックがソウゴと向かい合って座っていた。ソウゴの傍らにはユエとカム、シアが座り、その後ろにハウリア族が固まって座っている。

 

 長老衆の表情は、アルフレリックを除いて緊張感で強ばっていた。戦闘力では一、二を争う程の手練だった熊の亜人・ジンが、文字通り手も足も出ず瞬殺されたのであるから無理もない。

「それで、貴様達は我々をどうしたいんだ? 私は大樹の下へ行きたいだけで、邪魔しなければ敵対する事もないんだが。……亜人族としての意思を統一してもらえないと、私は先程の様に暴君として振舞わねばならなくなるが、如何かな?」

 ソウゴの言葉に身を強ばらせる長老衆。言外に亜人族全体との戦争も辞さないという意志が込められている事に気がついたのだろう。

「こちらの仲間を殺しておいて、第一声がそれか……それで友好的になれるとでも?」

 グゼが苦虫を噛み潰した様な表情で呻く様に呟いた。

「先に手を出したのは奴だ、私は相応の罰を与えたに過ぎん」

「き、貴様! ジンはな! ジンは、いつも国の事を思って──」

 

 そこまで言ったところで、グゼの首が宙を舞った。

 

 恐らくグゼはジンと仲が良かったのだろう。その為、頭ではソウゴの言う通りだと分かっていても心が納得しなかったのだろう。だがそんな心情を汲み取る程、"暴君としてのソウゴ"は甘くない。そんなソウゴの手には、いつの間にか先程までの表情のまま固まったグゼの首がある。

「先程言ったばかりだぞ、暴君として振舞わねばならなくなると。私とてこの様な行いは不本意なのだ、あまりさせるでない」

「ッ! ……確かに、君の言い分は正論だ」

 ソウゴは、まるで聞き分けの無い子供に言い聞かせる様に言葉を投げる。序にグゼの首も投げ捨てる。

 グゼの亡骸が倒れ、アルフレリックは絞り出す様な声でソウゴの正当性を認めた。会議の場を否応無く緊張感が支配する。

「……確かにこの青年は、紋章の一つを所持しているし、その実力も大迷宮を突破したと言うだけの事はあるね。僕は彼を口伝の資格者と認めるよ」

 そう言ったのは狐人族の長老ルアだ。その奥に戦慄を宿す糸の様に細めた目でソウゴを見た後、他の長老はどうするのかと周囲を見渡す。

 その視線を受けて翼人族のマオ、虎人族のゼルも相当思うところはある様だが同意を示した。代表して、アルフレリックがソウゴに伝える。

「常磐ソウゴ。我らフェアベルゲンの長老衆は、お前さんを口伝の資格者として認める。故に、お前さんと敵対はしないというのが総意だ……可能な限り、末端の者にも手を出さないように伝える。……しかし……」

「絶対じゃない……か?」

「ああ。知っての通り、亜人族は人間族をよく思っていない。正直、憎んでいるとも言える。血気盛んな者達は、長老会議の通達を無視する可能性を否定できない。特に、今回殺されたジンとグゼの種族、熊人族と土人族の怒りは抑えきれない可能性が高い。ジンは人望があったからな……」

「そうか。私は熊人族と土人族を絶滅させねばならないのか、悲しい事だ」

 アルフレリックの話を聞いて、ソウゴは態とらしく残念そうな表情を浮かべて二つの種族を絶滅させると言った。すべき事をしただけであり、すべき事をするだけだという事務的な無感情さがその瞳から見て取れる。さも当然かの様に言われたアルフレリックは、その言葉に恐怖しつつ、長老として意志の宿った瞳を向ける。

「待ってくれ、お前さんを襲った者達を殺さないで欲しい!」

「……無礼を働いた者を処罰するなと?」

「そうだ。お前さんの実力なら可能だろう?」

「可能か否かで言えば可能だろうな。だが、奴らの種族の絶滅は決定事項だ。貴様の気持ちは分かるが、そちらの事情は私にとって関係の無いものだ。これ以上の問答は貴様達森人族もその対象になると心得よ」

 一度暴君に徹したソウゴは、例え生まれたばかりの子供であろうと容赦しない。敵対するならば一切容赦無く殺す。その為、ソウゴがアルフレリックの頼みを聞く事は無かった。

 

 しかし、そこで虎人族のゼルが口を挟んだ。

 

「ならば我々は、大樹の下への案内を拒否させてもらう。口伝にも気に入らない相手を案内する必要は無いとあるからな」

 その言葉にソウゴは訝しそうな表情をした。元より案内はハウリア族に任せるつもりで、フェアベルゲンの者の手を借りるつもりはなかった。その事は彼等も知っている筈である。だが、ゼルの次の言葉で彼の真意が明らかになった。

「ハウリア族に案内してもらえるとは思わない事だ。そいつらは罪人、フェアベルゲンの掟に基づいて裁きを与える。何があって同道していたのか知らんが、ここでお別れだ。忌まわしき魔物の性質を持つ子とそれを匿った罪。フェアベルゲンを危険に晒したも同然なのだ。既に長老会議で処刑処分が下っている」

 ゼルの言葉にシアは泣きそうな表情で震え、カム達は一様に諦めた様な表情をしている。この期に及んで、誰もシアを責めないのだから情の深さは折紙付きだ。

「長老様方! どうか、どうか一族だけはご寛恕を! どうか!」

「シア! 止めなさい! 皆、覚悟は出来ている。お前には何の落ち度もないのだ。そんな家族を見捨ててまで生きたいとは思わない。ハウリア族の皆で何度も何度も話し合って決めた事なのだ。お前が気に病む必要はない」

「でも、父様!」

 土下座しながら必死に寛恕を請うシアだったが、ゼルの言葉に容赦は無かった。

「既に決定した事だ。ハウリア族は全員処刑する。フェアベルゲンを謀らなければ忌み子の追放だけで済んだかもしれんのにな」

 

 ワッと泣き出すシア。それをカム達は優しく慰めた。長老会議で決定したというのは本当なのだろう。他の長老達も何も言わなかった。恐らく忌み子であるという事よりも、その様な危険因子をフェアベルゲンの傍に隠し続けたという事実が罪を重くしたのだろう。ハウリア族の家族を想う気持ちが事態の悪化を招いたとも言える。何とも皮肉な話だ。

「そういう訳だ。これで、貴様が大樹に行く方法は途絶えたわけだが? どうする? 運良く辿り着く可能性に賭けてみるか?」

 それが嫌なら、こちらの要求を飲めと言外に伝えてくるゼル。他の長老衆も異論はないようだ。しかしソウゴは特に焦りを浮かべることも苦い表情を見せる事も無く、何でもない様に軽く返した。

 

「貴様、余程の阿呆か?」

 

「な、なんだと!」

 ソウゴの物言いに、目を釣り上げるゼル。シア達も思わずと言った風にソウゴを見る。ユエはソウゴの考えがわかっているのかすまし顔だ。

「私が態々この場に足を運んだのは、一応はハウリアの者達に免じての事だ。その気になれば迷宮なぞ、この森を貴様等ごと更地に変えて見つける事も出来たのだぞ? 感謝こそすれ、罰するのは筋違いも甚だしい」

 ソウゴは長老衆を睥睨しながら、スっと伸ばした手を泣き崩れているシアの頭に乗せた。ピクッと体を震わせ、ソウゴを見上げるシア。

「それがこの無礼の数々、私の所有物を害そうというなら……覚悟を決めろ」

「ソウゴさん……」

 ソウゴにとって今の言葉は単純に自分の邪魔をする事は許さないという意味で、それ以上では無いだろう。しかしそれでも、ハウリア族を死なせないために亜人族の本拠地フェアベルゲンとの戦争も辞さないという言葉は、その意志は、絶望に沈むシアの心を真っ直ぐに貫いた。

「本気かね?」

 アルフレリックが誤魔化しは許さないとばかりに鋭い眼光でソウゴを射貫く。

「当然だ」

 しかし、全く揺るがないソウゴ。そこに不動の決意が見て取れる。この世界に対して自重しない、邪魔する者には妥協も容赦もしない。ソウゴの暴君としてスタンスだ。

「フェアベルゲンから案内を出すと言っても?」

 ハウリア族の処刑は、長老会議で決定したことだ。それを、言ってみれば脅しに屈して覆す事は国の威信に関わる。今後ソウゴ達を襲うかもしれない者達の助命を引き出す為の交渉材料である案内人というカードを切ってでも、長老会議の決定を覆す訳にはいかない。故に、アルフレリックは提案した。しかしソウゴは交渉の余地など無いと言わんばかりにはっきりと告げる。

「くどい。貴様こそ、私の決定に逆らうか?」

「なぜ、彼等に拘る。大樹に行きたいだけなら案内人は誰でもよかろう」

 アルフレリックの言葉にソウゴはシアをチラリと見た。先程からずっとソウゴを見ていたシアはその視線に気がつき、一瞬目が合う。すると僅かに心臓が跳ねたのを感じた。視線は直ぐに逸れたが、シアの鼓動だけは高まり続ける。

 

「私はハウリアを気に入った、ただそれだけの事だ」

 

 ソウゴに引く気がないと悟ったのか、アルフレリックが深々と溜息を吐く。他の長老衆がどうするんだと顔を見合わせた。暫く静寂が辺りを包み、やがてアルフレリックがどこか疲れた表情で提案した。

「ならば、お前さんの奴隷という事にでもしておこう。フェアベルゲンの掟では、樹海の外に出て帰ってこなかった者、奴隷として捕まった事が確定した者は、死んだものとして扱う。樹海の深い霧の中なら我らにも勝機はあるが、外では魔法を扱う者に勝機はほぼない。故に、無闇に後を追って被害が拡大せぬ様に死亡と見なして後追いを禁じているのだ。……既に死亡と見なしたものを処刑はできまい」

「アルフレリック! それでは!」

 完全に屁理屈である。当然、他の長老衆がギョッとした表情を向ける。ゼルに到っては思わず身を乗り出して抗議の声を上げた。

「ゼル、わかっているだろう。この男が引かない事も、その力の大きさも。ハウリア族を処刑すれば、確実に敵対する事になる。既に熊人族と土人族の絶滅が決定している今、そうなればどれだけの犠牲が出るか……。長老の一人として、その様な危険は断じて犯せん」

「しかし、それでは示しがつかん! 力に屈して、化物の子やそれに与するものを野放しにしたと噂が広まれば、長老会議の威信は地に落ちるぞ!」

「だが……」

 ゼルとアルフレリックが議論を交わし、他の長老衆も加わって、場は喧々囂々の有様となった。やはり、危険因子とそれに与する者を見逃すという事が、既になされた処断と相まって簡単には出来ない様だ。悪しき前例の成立や長老会議の威信失墜など様々な思惑があるのだろう。

 だがそんな中、ソウゴが敢えて空気を読まずに発言する。

 

「さて。ゼルと言ったか、貴様の無礼への罰も与えねばな」

 

 ソウゴの言葉に、ピタリと議論が止まり、どういう事だと長老衆がソウゴに視線を転じる。

 

 

 途端、その肉体に変化が生じる。全身の筋肉が盛り上がり、獣の様な金色の毛が生える。身の丈は倍程になり、爪牙は鋭く、雄々しき尖角が現れる。髪は鬣の様に荒々しく靡いて、その様は正しく百獣の王に相応しい。

 

 そこには、獅子の獣人の様な姿になったソウゴが立っていた

 

 長老衆は、ソウゴのその異様に目を見開いた。そして詠唱も魔法陣も無く魔術を発動した事に驚愕を表にする。ジンを倒したのは身体能力だけのせいだと思っていたのだ。

「"獣化"という技能だ。貴様等には丁度よかろう」

 ソウゴのそんな言葉が背後から聞こえ、慌てて振り向く。そこには、先程までゼルだったと思われる血だまりの上に立ち、その首を掌で弄ぶソウゴがいた。見せつける様に宙を舞う首を見て、アルフレリックが恐る恐る長老会議の決定を告げる。

「……ハウリア族は忌み子シア・ハウリアを筆頭に、同じく忌み子である常磐ソウゴの身内と見なす。そして、資格者・常磐ソウゴに対して一切敵対はしない。以降、常磐ソウゴの一族に手を出した場合は全て自己責任とする……以上だ。何かあるか?」

「結構だ」

 アルフレリックの言葉と共に、ソウゴは用済みとばかりにゼルの首を握り潰す。その光景に、アルフレリックは更に顔の血の気を引かせながら告げる。まるで懇願する様に。

「……そうか。ならば、早々に立ち去ってくれるか。ようやく現れた口伝の資格者を歓迎できないのは心苦しいが……」

「構わん。だが熊人族と土人族、虎人族の者達全員に招集を掛けよ。もし一人でも逃していれば……分かるな?」

 言うが早いか、ソウゴはその巨体からは想像出来ない速さで音も無くアルフレリックに迫り、その鋭爪を首筋に突き付ける。その爪はまるで至高の名剣の様に、軽く触れただけでうっすらとアルフレリックの首に血が滲む。

 ソウゴの言葉に戦慄するアルフレリック。他の長老達は恐怖を隠し切れない表情だ。恨み辛みというより、早くこの場から逃れたいという雰囲気である。その様子に肩を竦めるソウゴは"獣化"を解きながら、驚くユエやシア達を促して立ち上がった。

 ユエは獣人態のソウゴに驚いていたが、話は聞いていたのか特に意見を口にする事も無く元に戻ったソウゴに合わせて立ち上がった。

 

 しかしシア達ハウリア族は、未だ現実を認識しきれていないのか呆然としたまま立ち上がる気配がない。ついさっきまで死を覚悟していたのに、気がつけば追放で済んでいるという不思議。「えっ、このまま本当に行っちゃっていいの?」という感じで内心動揺しまくっていた。

「おい。何時まで呆けている、さっさと行くぞ」

 ソウゴの言葉に、漸く我を取り戻したのかあたふたと立ち上がり、さっさと出て行くソウゴの後を追うシア達。

 シアが、オロオロしながらソウゴに尋ねた。

「あ、あの、私達……死ななくていいんですか?」

「先程の話を聞いてなかったのか?」

「い、いえ、聞いてはいましたが……その、何だかトントン拍子で窮地を脱してしまったので実感が湧かないといいますか……信じられない状況といいますか……」

 周りのハウリア族も同様なのか困惑したような表情だ。それだけ、長老会議の決定というのは亜人にとって絶対的なものなのだろう。どう処理していいのか分からず困惑するシアにユエが呟く様に話しかけた。

「……素直に喜べばいい」

「ユエさん?」

「……ソウゴ様に救われた、それが事実。受け入れて喜べばいい」

「……」

 ユエの言葉に、シアはそっと隣を歩くソウゴに視線をやった。ソウゴは前を向いたまま肩を竦める。

「契約を果たしただけだ。それに言ったであろう、貴様達が気に入ったと」

「ッ……」

 シアは、肩を震わせる。樹海の案内と引き換えにシアと彼女の家族の命を守る。シアが必死に取り付けたソウゴとの契約だ。

 

 

 元々、"未来視"でソウゴが守ってくれる未来は見えていた。しかし、それで見える未来は絶対ではない。シアの選択次第で、いくらでも変わるものなのだ。だからこそ、シアはソウゴの協力を取り付けるのに"必死"だった。相手は亜人族に差別的な人間で、シア自身は何も持たない身の上だ。交渉の材料など、自分の"女"か"固有能力"しかない。それすらあっさり無視された時は、本当にどうしようかと泣きそうになった。

 それでもどうにか契約を交わして、道中話している内に何となく、ソウゴなら契約を違える事は無いだろうと感じていた。それは、自分が亜人族であるにも拘らず、差別的な視線が一度も無かった事も要因の一つだろう。だが、それはあくまで"何となく"であり、確信があった訳ではない。

 

 だから内心の不安に負けて、"約束は守る人だ"と口に出してみたり"人間相手でも戦う"等という言葉を引き出してみたりした。実際に何の躊躇いもなく帝国兵を殺した時、どれ程安堵した事か。

 

 だが、今回はいくらソウゴでも見捨てるのではという思いがシアにはあった。帝国兵の時とは訳が違う。にもかかわらず一歩も引かずに契約を守り通してくれた。例えそれがソウゴ自身の為であっても、ユエの言う通りシアと大切な家族は確かに守られたのだ。

 

 先程、一度高鳴った心臓が再び跳ねた気がした。顔が熱を持ち、居ても立ってもいられない正体不明の衝動が込み上げてくる。それは家族が生き残った事への喜びか、それとも……

 シアは、ユエの言う通り素直に喜び、今の気持ちを衝動に任せて全力で表してみる事にした。即ち、ソウゴに全力で抱きつく!

「ソウゴさ~ん! ありがどうございまずぅ~!」

「いきなりどうした?」

「むっ……」

 泣きべそを掻きながら絶対に離しません! とでも言う様にヒシッとしがみつき顔をグリグリとソウゴの肩に押し付けるシア。その表情は緩みに緩んでいて、頬は薔薇色に染め上げられている。

 それを見たユエが不機嫌そうに唸るものの、何か思うところがあるのか、ソウゴの反対の手を取るだけで特に何もしなかった。

 喜びを爆発させソウゴにじゃれつくシアの姿に、ハウリア族の皆も漸く命拾いした事を実感したのか、隣同士で喜びを分かち合っている。

 それを何とも複雑そうな表情で見つめているのは生き残った長老衆だ。そして、更に遠巻きに不快感や憎悪の視線を向けている者達も多くいる。

 

 ソウゴはその全てを把握しながら、ここを出ても暫くは面倒事に巻き込まれそうだと苦笑いするのだった。




今更ですが、多分総死者数は原作を超えますよ。
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