第八話、はじまりはじまり~。
ソウゴ達が【ハルツィナ樹海】にて温和で優しい兎達を悪鬼羅刹の如き殺し屋軍団に魔改造している頃、天之川光輝率いる勇者一行は【オルクス大迷宮】近郊にある宿場町【ホルアド】にて一時の休息を取っていた。
実戦訓練を兼ねて攻略に勤しんでいた【オルクス大迷宮】も遂に七十階層に突入し、魔物の量・質共に著しく向上した為に、一度準備と休息を十分に取ってから挑もうという事になったのだ。
メルド達王国騎士団達が光輝達の戦闘に付いて来られなくなった為、それより先には光輝達だけで進まなければならないという事もあり一度落ち着いて心の準備をするという意味もあった。何より大きいのは、七十階層で三十階層への転移魔法陣を発見された事だ。いいタイミングだったとメルドが強く勧めたのである。
そんな訳で二、三日程度ではあるが光輝達は宿場町にて、今度は頼れるメルド団長抜きで新たなステージへ挑戦する為思い思いに心身を休めていた。
そんな中、【ホルアド】の町外れは疲弊を滲ませてる荒い息遣いが響いていた。
「はぁ、はぁ……っ、抑する光の聖痕 虚より来りて災禍を封じよ──"縛光刃"!」
肩で息をしながら、今にも崩れ落ちそうな膝を 咤して純白の長杖を振るうのは、勇者組の一人にして天職"治癒師"を持つパーティの回復役──白崎香織だ。
だが本来、回復系統の魔術に天性の才能を示す筈の彼女の長杖から飛び出したのは、剣の様にも見える幾つもの光の十字架──光属性捕縛魔術"縛光刃"だった。
光の十字架は香織の視線の先で低い唸り声を上げている数体の狼型の魔物"ディロス"を散弾の様に強襲する。が、ディロス達は獣らしい俊敏な動きで光の十字架を躱して香織へと迫った。
「──"縛煌鎖"ッ」
即時発動する新たな捕縛魔術。普通なら魔術名を唱えただけの効果が薄いと予想される魔術だがその実、先の"縛光刃"の詠唱の中に"縛煌鎖"の詠唱をも含めた香織オリジナルの複合詠唱だ。故に、その効果は予想を遥かに跳び越えるものだった。
突如ディロス達の足元から夥しい数の光の鎖が飛び出して、一瞬で絡みついてしまったのだ。しかも、魔物の突進力にもビクともせず確りと持続して拘束している。
辛うじて光の縄を逃れたディロス二体が挟撃する様に香織へと迫った。だが、後衛でしかも回復担当である筈の香織の表情に焦りは無い。
「降れっ」
そう叫んだ直後光の十字架が豪雨の様に空から飛来し、跳躍した直後のディロス達を串刺しにした。尤も、光の十字架は相手を透過して地面や壁に縫い付ける魔術なので殺傷能力は無い。故に、"縛煌鎖"の鎖に囚われたディロス達と同じくダメージは無く、地面に縫い付けられただけだ。
香織は己の放った魔術が、仮に迷宮の魔物であっても効果を及ぼせるだけの効果を持っている事を確認すると、小さく鋭い詠唱を呟いた。
「断罪の光 束縛を超えて封禁せよ 聖浄を以て破邪を齎せっ」
すると殺傷能力など無い筈の拘束を受けているディロス達が、俄かに苦悶の声を上げ始めた。"縛煌鎖"の鎖がギリギリとディロス達を締め上げ、"縛光刃"の十字架がメリメリと地面に押し込んでいるのだ。
例え殺傷能力を無くとも、間接的になら攻撃力を持たない訳ではない。但し、本来の使い方ではないだけにイメージによる補完と魔法陣のアレンジは非常に難しい。
それ故に、香織はこの場所を選んだのだ。迷宮の魔物より遥かに弱い町外れの魔物ならばたとえ戦闘に向かない自分一人でも対応出来るし、捕縛魔術の攻撃転化という至難の技を練習するには丁度良かったのである。
だが既に数時間続けている戦闘混じりの鍛錬は、一人での対応という事もあって心身共に香織へ相当の疲弊を強いていた。魔力もかなり消耗しており、実のところ視界は霞んで意識が朦朧としてきている。香織の限界は近づいていた。
だがそれでも、香織の瞳に宿る意志の輝きは僅かにも陰らない。あの日、大切な人が消えてしまったのだと理解した日から、それでも必ず自分の目で答えを確認するのだと決意した日から、燃え盛りつつも永久凍土の様に凍てついた心が香織を突き動かす。「休息など取ってはいられない」と駆り立てる心が、立ち止まる事を許してはくれない。だから、
「…っ、守護の光は重なりて 意志ある限り蘇るっ──"天絶"ッ!!」
たとえ新手の魔物が飛来しても、背を見せて逃げる事は無いのだ。たとえそれが無茶であり、愚かな事だと理解していても"この程度の事で"と心が囁いてしまえば、"また約束を守れない"と生来の頑固な性質が退こうとする足を逆に踏み出させてしまう。
空に現れたのは烏の様に漆黒の羽に彩られた魔物"バハル"である。決して強い魔物ではないが、冒険者からは割と嫌われている。その理由は、今この瞬間も香織に殺到しているバハルの黒い羽根だ。
決して地上に近づかず、上空からナイフの様に硬化する羽根を撒き散らす嫌らしい戦い方をする魔物だ。
香織は降り注ぐナイフの羽根を、掌程度に圧縮した幾枚もの輝くシールドで防いだ。
(もっとイメージを明確にっ! もっと速く、もっと効率的にっ! 私は鈴ちゃんの様に強力な障壁は張れないけど、それでも手数と技で並んでみせるっ!!)
鬼気迫る表情で本分でないシールドの多重展開を見事に成し遂げる香織は、それでもまだ足りないと数十枚のシールドをバラバラに操作して一つ一つ微妙に角度をつけて、受けるのではなく逸らす様に使っていく。
"結界師"の天職を持つ勇者パーティの一人、谷口鈴が見たのなら、自分でも本気を出さなければ出来そうにない防御魔術の技巧に思わず瞠目したに違いない。香織には光属性魔術の適性はあるものの、だからといって治癒師が結界師と比肩しうる魔術行使を実現するなどこの世界の歴史を見ても非常識極まりない事なのだ。
「はぁ、はぁ、ぅ……」
しかし、香織の表情に変化は無い。バハルの攻撃は凌ぎ切ったものの、魔力の使い過ぎと連日の鍛錬で意識が飛びそうになるのを唇を噛んで耐えている。凄まじい倦怠感に崩れ落ちそうになる身体を、アーティファクトと長杖と意地を支えにして踏ん張る。
バハルの攻撃は羽根を飛ばすという特徴から、使い過ぎれば次が生えてくるのを暫く待つ必要がある。香織はこの隙に上空へ"縛光刃"を飛ばして、"天絶"を展開している間も締めつけと圧迫を続けていた為に瀕死状態になっているディロス達と同じ様にバハルを封殺しようと試みた。
そうして詠唱を紡ごうとした瞬間、
「ぁ……」
ふっと力が抜けて、体がゆっくり傾いた。同時、魔術が制御を離れてディロス達の拘束が解けてしまう。殆どのディロスは気絶したままだが、一、二体は息を荒げながらも立ち上がり、憎悪に濡れた赤い瞳で香織を睨みつけた。
ぼんやりとした頭が激しくアラートを鳴らすが、疲弊しきった身体は香織の言う事を聞いてはくれない。
そしてディロス達が駆け出した。涎を撒き散らし唸り声を上げ、香織を喰らわんと急迫する。片膝を付いて長杖を支えに荒い息を吐きながら、再度捕縛の魔術を行使しようとする香織だが……もう間に合いそうに無い。
あわやそのまま獣の牙が香織の柔肌を突き破るかと思われたその時、
「香織!」
香織の名を呼ぶ聞き慣れた声が届いた。同時に、迫っていたディロスが一瞬で細切れとなって絶命する。
「……ぅ、雫ちゃん?」
「ええそうよ、貴女の親友の雫ちゃんよ。怒髪天を衝きそうな雫ちゃんよ。今この瞬間も香織の頬が真っ赤になる迄抓ってやりたい雫ちゃんよ」
「え、えっと……あはは、……ごめんなさい」
ペタリと女の子座りでへたり込んだ香織の前で、物凄いジト目を至近距離から叩きつけて来る親友──八重樫雫に、香織は誤魔化し笑いを浮かべながら咄嗟に謝罪した。「何で怒ってるの?」等と訊いたら、本当に真っ赤になるまで頬を抓られるに違いないと察したからだ。そして何故雫がそれ程不機嫌なのか、香織は察しがついたからだ。
「まったくもうっ! 無理をするなとは言わない、でも無理をする時は私も一緒にって約束したでしょう!? たとえ町外れの魔物でも、下手をすればあっさり死ぬのよ!? 常磐君を捜すんじゃなかったの!? 香織が死んだら何の意味も無いじゃないこのお馬鹿! 突撃馬鹿! 頑固馬鹿!」
「うぅ、ごめんなさい雫ちゃん……」
「いいえ、そう簡単には許しません! ちょっと目を離すと直ぐに一人で突っ走るんだから。龍太郎の事言えないわよこの脳筋娘! 色々工夫しているのは知ってるけど、香織はあくまで後衛職、前衛が居てこそその本領を発揮できる。私が一緒の方が鍛錬も捗るし、何より安全マージンも取れるでしょう! ちょっと声を掛けるだけなのに、どうしてそれが出来ないの!? ちょっと聞いてるの香織!?」
「き、聞いてます……、ごめんなさい……」
「いいえ! 香織のごめんなさいは私信用しません! ちょっとそこに正座しなさい! 今日という今日は、しっかり聞いてもらうわよ!!」
雫は香織の前で正座した。人差し指をピンと立てて眉をキッと吊り上げ、ガミガミクドクドと説教を始める。香織は内心「雫ちゃん……意識が朦朧として、あんまり言ってる事が分からないよ……」と思っていたが、雫がどれ程自分を心配してくれているのか、どれだけ支えになってくれているのか分かっている為、香織はお母さん化している雫の説教を大人しく受け入れる。
因みに雫の説教の途中で意識を取り戻したディロス達や、羽を復活させたバハルは一早く気付いた雫が「そういえば放置したままだったわ」と言って素早く片付けて説教に戻った。そうして香織がいよいよ美少女に有るまじき白目を剥いて意識を飛ばしかけたところで、
「わわわ、なんだかカオリンが人に見せられない顔をしかけてるよ!?」
「し、雫……説教するのは構わないけど、香織ちゃんの魔力を回復させてあげてからの方が……」
谷口鈴と中村恵里がやってきた。実は雫と一緒に姿の見えない香織を探していたのだが、雫が香織センサーをみょんみょんと発動して一人駆け出した為、見事に置いてけぼりをくらっていたのだ。
雫が二人の声で漸くマシンガン説教を中断する。そして白目を剥いて頭をふらつかせる香織を見て「むっ」と唸ると、ポーチから魔力回復薬の入った小瓶を取り出し半開きの香織の口へズボッと突っ込んだ。
「んむっ」と声を漏らし目を白黒させる香織に、「ほら、ごっくんしなさい!」と無理矢理飲ませる雫。香織の身体を支えながら小瓶を支えて飲ませてやり、口の端から垂れた魔法回復薬の滴を指で拭う姿は傍から見ると……
「シズシズってば、まるでお母——」
「鈴、命が惜しかったらその先は言わない方が良いと思うよ?」
花の女子高生に言うべきではない言葉が漏れ出そうになった鈴を、恵里が慌てて止める。そうして香織が漸く美少女を取り戻した頃、遠くから「お~い」と呼ぶ声が響いた。どうやら光輝達もやって来たようだ。
「香織、どうやら無事の様だね、良かった……」
「おうおう、らしくねぇ無茶やらかしたなぁ。休む為に地上に戻ったとはいえよぉ、別に鍛錬に付き合うくらい問題無ぇんだから遠慮すんなよ」
光輝は安堵した様に香織の傍へ座り込むと香織の肩に手を置いて微笑みを浮かべ、龍太郎は如何にも水臭いと言いたげに鼻を鳴らした。二人は二人で、香織の事を心配していた様だ。
「皆、心配かけてごめんね。町外れの魔物位、私一人でも大丈夫だと思ったんだけど……引き際を間違えちゃった。本当に、ごめんなさい」
一人で無茶をして結局迷惑をかけた事に落ち込みながら、香織は頭を下げる。それで漸く雫のお母さんモードも解除されたらしく、香織の無事も相まって和やかな雰囲気が流れた。
一先ず町に戻ろうと光輝が提案し、他のメンバーも頷く。だが立ち上がろうとしたところで、香織が足元をふらつかせてしまった。魔力はある程度回復して意識はしっかりしていても、肉体的な疲労はやはり無視出来なかったらしい。
咄嗟に香織を支えようと光輝が手を伸ばすが……
「香織、大丈夫?」
「ぅ、雫ちゃん……ありがとう。でも、ちょっと歩くの遅くなるかも」
するりと間合いを詰めた雫が実に自然な動きで香織を支えた為に、光輝の手は行き場を失った。ちょっと悲しそうに眉尻が下がる光輝だったが、こんな事で折れないのが勇者の勇者たる所以。なので歩みが遅くなるという香織を抱いていってあげようと声を掛けようとする。勿論するならお姫様抱っこだ。しかし……
「もう、しょうがないわね。これに懲りたら、本当に一人で突っ走っちゃ駄目よ?」
「って、雫ちゃん! は、恥ずかしいよぉ」
「ふふ、これも罰だと思って甘んじて受けなさい」
大迷宮の下層に挑める剣士が、女子一人支えられない訳が無い。故に、雫は香織をひょいっとお姫様抱っこした。頬を染めて恥じらう香織に、クスクスと笑いながら颯爽と歩き出す雫。凛とした雰囲気と、腰に提げた無骨な剣。そして華奢な少女を抱くその姿は、まるで御伽噺に出てくる勇者様の様……
「やだシズシズったら……マジイケメン」
「あはは……何だか百合の花が見える気がするね」
鈴がちょっぴり頬を染めてそんな事を言えば、隣の恵里は苦笑いを浮かべる。
その後ろで、やはり手を出したまま硬直している光輝。笑顔が崩れないのは流石イケメン勇者と言ったところか。その勇者の肩を、隣の親友がポンポンと優しく叩いた。
「異世界に来ても、香織のナイトはやっぱり雫なのな……。ま、強く生きろよ光輝」
「龍太郎、俺は別に気にしてない。あぁ気にしてないよ。いや本当に」
「……そうか。取り敢えず、何か美味いもんでも食うか」
「……あぁ」
何となくしょぼんとしている勇者に、珍しく気遣いを発揮した脳筋だった。
その後町に戻り、メルド達や永山、檜山が率いる攻略組と合流し十分な休息を取った光輝達は、再び前人未到の七十階層へと挑んだ。
内側に大きな爆弾を抱えている事には誰一人気付かずに。
そして、大きな影が這い寄ってきている事にも気付かずに。
死屍累々。
そんな言葉がピッタリな光景が【ライセン大峡谷】の谷底に広がっていた。ある魔物は頭部から綺麗さっぱり消え、またある魔物は頭部を粉砕されて横たわり、更には全身を炭化させた魔物等、死に方は様々だが一様に一撃で絶命している様だ。
当然、この世の地獄、処刑場と人々に恐れられるこの場所でこんな事が出来るのは……
「一撃必殺ですぅ!」
ズガンッ!!
「……邪魔」
ゴバッ!!
「……」
パァンッ!!
ソウゴ、ユエ、シアの三人である。ソウゴ達はブルックの町を出た後(ユエ、シアのファンらしき人々の見送り付き)、ストライカーを走らせてかつて通った【ライセン大峡谷】の入口に辿り着いた。現在はそこから更に進み、【オルクス大迷宮】の転移陣が隠されている洞窟もとうに通り過ぎたあたりだ。
【ライセン大峡谷】では、相変わらず懲りもしない魔物達がこぞって襲ってくる。
シアの戦槌が、その絶大な膂力をもって振るわれる度に、文字通り一撃必殺となって魔物を叩き潰す。攻撃を受けた魔物は自身の耐久力を遥かに超えた衝撃に為す術無く潰され絶命する。餅つき兎も真っ青な破壊力である。
ユエは至近距離まで迫った魔物を、魔力に物を言わせて強引に発動した魔術で屠っていく。ユエ自身の魔力が膨大である事もあるが、魔晶石シリーズに蓄えられた魔力が莫大である事から、まるで弾切れの無い爆撃だ。谷底の魔力分解作用のせいで発動時間・飛距離共に短くとも、超高温の炎がノータイムで発動するので魔物達は一体の例外もなく炭化して絶命する。
ソウゴは……言うまでもない。ストライカーを走らせながら、各種兵装や速度重視の下級魔術、邪眼で頭部を狙い撃ちにしていく。ユエを遥かに超える魔力とその回復速度、加えて魔力分解作用が無効化される為、そもそも魔力切れが発生しない。
谷底に跋扈する地獄の猛獣達が完全に雑魚扱いだった。大迷宮を示す何かがないかを探索しながら片手間で皆殺しにして行く。道中には魔物の死体が溢れかえっていた。
「ライセンの何処かにある、というのはやはり大雑把過ぎるな」
洞窟等があれば調べようと注意深く観察はしているのだが、それらしき場所は一向に見つからない。それでふと言葉を溢すソウゴ。
"万里眼"なり"地球の本棚"なり使えばすぐに見つかるのだが、今回は見つけるところも含めて
「まぁ、大火山に行くついでなんですし、見つかれば儲けものくらいでいいじゃないですか。大火山の迷宮を攻略すれば手がかりも見つかるかもしれませんし」
「まぁ、それはそうなんだが」
「ん……でも魔物が鬱陶しい」
「あ~、ユエさんには好ましくない場所ですものね~」
そんな風に愚痴を溢し魔物の多さに辟易しつつも、更に走り続けて日が暮れ谷底から見上げる空に上弦の月が美しく輝く頃、ソウゴ達はその日の野営の準備をしていた。野営テントを取り出し、夕食の準備をする。町で揃えた食材と調味料と共に、調理器具も取り出す。この野営テントと調理器具、全てソウゴの所持品である。
今日の夕食はクルルー鳥のトマト煮である。クルルー鳥とは、空飛ぶ鶏の事だ。肉の質や味はまんま鶏である。この世界でもポピュラーな鳥肉だ。一口サイズに切られ、先に小麦粉をまぶしてソテーしたものを各種野菜と一緒にトマトスープで煮込んだ料理だ。肉にはバターの風味と肉汁をたっぷり閉じ込められたまま、スっと鼻を通るようなトマトの酸味が染み込んでおり、口に入れた瞬間、それらの風味が口いっぱいに広がる。肉はホロホロと口の中で崩れていき、トマトスープがしっかり染み込んだジャガイモ(擬き)はホクホクで、人参(擬き)や玉葱(擬き)は自然な甘味を舌に伝える。旨みが溶け出したスープにつけて柔くしたパンも実に美味しい。
大満足の夕食を終えて、その余韻に浸りながら、いつも通り食後の雑談をするソウゴ達。テントの中にいれば、ソウゴの付与した気配遮断の魔術で魔物が寄ってこないのでゆっくりできる。偶然通りがかる魔物は、テントに取り付けられた窓からソウゴが手だけを突き出して処理する。そして就寝時間が来れば、三人で見張りを交代しながら朝を迎える、という予定だ。
そしてそろそろ就寝時間だと寝る準備に入るユエとシア。最初の見張りはソウゴだ。テントの中にはふかふかの布団があるので、野営にも拘らず快適な睡眠が取れる。すると、布団に入る前にシアがテントの外へと出ていこうとした。
振り向いたソウゴに、シアがすまし顔で言う。
「ちょっと、お花摘みに」
「手短にな」
ソウゴはそう声を掛けると共に、シアに向けて宙に指を走らせる。すると二回、シアの身体を光が包み込んだ。不思議そうにするシアに、ソウゴは「消臭と消音の術を掛けた」と事も無げに口にする。「最早何でもありですねぇ」と言いながらシアはテントの外に出て行った。
その後暫くして……
「ソ、ソウゴさ~ん! ユエさ~ん! 大変ですぅ、こっちに来てくださぁ~い!」
と、シアが魔物を呼び寄せる可能性も忘れたかの様に大声を上げた。何事かとソウゴとユエは顔を見合わせ同時にテントを飛び出す。
シアの声がした方へ行くと、そこには巨大な一枚岩が谷の壁面に凭れ掛かる様に倒れおり、壁面と一枚岩との間に隙間が空いている場所があった。シアはその隙間の前で、ブンブンと腕を振っている。その表情は、信じられないものを見た! という様に興奮に彩られていた。
「こっち、こっちですぅ! 見つけたんですよぉ!」
「わかったから、取り敢えず引っ張るな。身体強化を全開にして、興奮しすぎだぞ」
「……うるさい」
はしゃぎながらソウゴとユエの手を引っ張るシアに、ソウゴは少し呆れ気味に、ユエは鬱陶しそうに顔をしかめる。シアに導かれて岩の隙間に入ると壁面側が奥へと窪んでおり、意外な程広い空間が存在した。そしてその空間の中程まで来ると、シアが無言で、しかし得意気な表情でビシッと壁の一部に向けて指をさした。
その指先をたどって視線を転じるソウゴとユエは、そこにあるものを見て「は?」と思わず呆けた声を出し目を瞬かせた。
二人の視線の先、其処には壁を直接削って作ったのであろう見事な装飾の長方形型の看板があり、それに反して妙に女の子らしい丸っこい字でこう掘られていた。
"おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪"
"!"や"♪"のマークが妙に凝っている所が何とも腹立たしい。
「……何だこれは」
「……なにこれ」
ソウゴとユエの声が重なる。その表情は、正に"信じられないものを見た"という表現がぴったり当て嵌まるものだ。二人共、呆然と地獄の谷底には似つかわしくない看板を見つめている。
「何って、入口ですよ大迷宮の! おトイ……ゴッホン、お花を摘みに来たら偶然見つけちゃいまして。いや~、ホントにあったんですねぇ、ライセン大峡谷に大迷宮って」
能天気なシアの声が響く中、ソウゴとシアは漸く硬直が解けたのか、何とも言えない表情になり、困惑しながらお互いを見た。
「……ユエ。本物だと思うか?」
「…………………………ん」
「長い間だな。根拠は?」
「……"ミレディ"」
「やはりそこか……」
"ミレディ"。その名は、オスカーの手記に出て来たライセンのファーストネームだ。ライセンの名は世間にも伝わっており有名ではあるが、ファーストネームの方は知られていない。故に、その名が記されているこの場所がライセンの大迷宮である可能性は非常に高かった。
だがしかし、はいそうですかと素直に信じられないのは……
「何故こうも浮ついているのだ……」
そういう事である。ソウゴとしては、オルクス大迷宮の内観を思い返し、それを鑑みて他の迷宮は発見からして判り辛いだろうと想像していただけに、この軽薄さは否応なくソウゴを脱力させるものだった。ユエも大迷宮の過酷さを骨身に染みて理解しているだけに、若干まだ誰かの悪戯ではないかと疑わしそうな表情をしている。
「でも、入口らしい場所は見当たりませんね? 奥も行き止まりですし……」
そんなソウゴとユエの微妙な心理に気づく事も無く、シアは入口はどこでしょう? と辺りをキョロキョロ見渡したり、壁の窪みの奥の壁をペシペシと叩いたりしている。
「おいシア、あまり……」
ガコンッ!
「ふきゃ!?」
「不用意に動き回るな」と言おうとしたソウゴの眼前で、シアの触っていた窪みの奥の壁が突如グルンッと回転し、巻き込まれたシアはそのまま壁の向こう側へ姿を消した。宛ら忍者屋敷の仕掛け扉だ。
「「……」」
奇しくも大迷宮への入口も発見した事で看板の信憑性が増した。やはり、ライセンの大迷宮はここにある様だ。まるで遊園地の誘い文句の様な入口に、「これでいいのか大迷宮」とか「オルクスのシリアスを返せ」とか言いたい事は山程あるが、無言でシアが消えた回転扉を見つめていたソウゴとユエは、一度顔を見合わせて溜息を吐くとシアと同じ様に回転扉に手をかけた。
扉の仕掛けが作用して、ソウゴとユエを同時に扉の向こう側へと送る。中は真っ暗で、扉がグルリと回転し元の位置にピタリと止まる。その瞬間、
ヒュヒュヒュ!
無数の風切り音が響いたかと思うと暗闇の中をソウゴ達目掛けて何かが飛来した。ソウゴの"暗視"はその正体を直ぐ様暴く。
それは矢だ。全く光を反射しない漆黒の矢が侵入者を排除せんと無数に飛んできているのだ。
ソウゴが素早く腕を振るうと、計二十一本の矢は一瞬にして宙を舞う塵になり再び静寂が戻った。
と、同時に周囲の壁がぼんやりと光りだし辺りを照らし出す。ソウゴ達のいる場所は十メートル四方の部屋で、奥へと真っ直ぐに整備された通路が伸びていた。そして部屋の中央には石版があり、看板と同じ丸っこい女の子文字でとある言葉が掘られていた。
"ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ"
"それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ"
「……」
「ほう、中々凝った歓迎ではないか」
ユエの内心はかつてない程荒れている。即ち「うぜぇ~」と。態々"ニヤニヤ"と"ぶふっ"の部分だけ彫りが深く強調されているのが余計腹立たしい。特に、パーティで踏み込んで誰か死んでいたら、間違いなく生き残りは怒髪天を衝くだろう。珍しく、額に青筋を浮かべてイラッとした表情をしている。
それに反して、ソウゴは軽く笑みを浮かべていた。理由は不明だが、どうやら先程のトラップがお気に召したらしい。
そしてふと、ユエが思い出した様に呟いた。
「……シアは?」
「あぁ、そういえば」
ユエの呟きでソウゴも思い出した様で、くるりと背後の回転扉を振り返る。扉は一度作動する事に半回転するので、この部屋にいないという事はソウゴ達が入ったのと同時に再び外に出た可能性が高い。結構な時間が経っているのに未だ入ってこない事に嫌な予感がして、ソウゴは直ぐに回転扉を作動させに行った。果たしてシアは……
いた。回転扉に縫い付けられた姿で。
「うぅ、ぐすっ、ソウゴざん……見ないで下さいぃ~、でも、これは取って欲しいでずぅ。ひっく、見ないで降ろじて下さいぃ~」
何というか実に哀れを誘う姿だった。シアは、恐らく矢が飛来する風切り音に気がつき見えないながらも天性の索敵能力で何とか躱したのだろう。だが、本当にギリギリだったらしく、衣服のあちこちを射抜かれて非常口のピクトグラムに描かれている人型の様な格好で固定されていた。ウサミミが稲妻形に折れ曲がって矢を避けており、明らかに無理をしているようでビクビクと痙攣している。尤も、シアが泣いているのは死にかけた恐怖などではない様だ。何故なら……足元が盛大に濡れていたからである。
「……善処しよう」
「うぅ~、どうして先に済ませておかなかったのですかぁ、過去のわたじぃ~!!」
女として絶対に見られたくない姿を、よりにもよって惚れた男の前で晒してしまった事に滂沱の涙を流すシア。ウサミミもペタリと垂れ下がってしまっている。尤も、出会いの時点で百年の恋も覚める様な醜態を見ている上、ソウゴにその気が無いので今更だった。それでもシアの心情は理解できる為、ソウゴは目を閉じた上で出来る限り視覚系の技能を遮断してシアを磔から解放する。その後宝物庫からシアの着替えを出してやり、シアは顔を真っ赤にしながら手早く着替えた。
そしてシアの準備も整い、いざ迷宮攻略へ! と意気込み奥へ進もうとして、シアが石版に気がついた。
顔を俯かせ垂れ下がった髪が表情を隠す。暫く無言だったシアは、徐にドリュッケンを取り出すと一瞬で展開し、渾身の一撃を石板に叩き込んだ。ゴギャ! という破壊音を響かせて粉砕される石板。余程腹に据えかねたのか、親の仇と言わんばかりの勢いでドリュッケンを何度も何度も振り下ろした。
すると、砕けた石板の跡の地面の部分に何やら文字が彫ってあり、そこには……
"ざんね~ん♪ この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~プークスクス!!"
「ムキィーー!!」
シアが遂にマジギレして更に激しくドリュッケンを振い始めた。部屋全体が小規模な地震が発生したかのように揺れ、途轍もない衝撃音が何度も響き渡る。
発狂するシアを尻目に、ソウゴは不敵な笑みで呟いた。
「ミレディ・ライセンは中々ユニークな発想の持ち主らしいな」
「……そういう問題?」
どうやらライセンの大迷宮は、オルクス大迷宮とは別の意味で一筋縄ではいかない場所の様だった。
因みに地面の文字については、シアの精神衛生に考慮したソウゴが不可逆の性質を付与した上で破壊した。
シアが軽く発狂してから数十分後。
たったそれだけの時間で、その推測が当たっていた事をユエは思い知らされた。
先ず、魔術が真面に使えない。谷底より遥かに強力な分解作用が働いている為だ。魔術特化のユエにとっては相当負担の掛かる場所である。何せ、上級以上の魔術は使用できず、中級以下でも射程が極端に短い。五メートルも効果を出せれば御の字という状況だ。何とか瞬間的に魔力を高めれば実戦でも使えるレベルではあるが、今までの様に強力な魔術で一撃とは行かなくなった。
また、魔晶石シリーズに蓄えた魔力の減りも馬鹿に出来ないので、考えて使わなければならない。それだけ消費が激しいのだ。魔術に関しては天才的なユエだからこそ中級魔術が放てるのであって、大抵の者は役立たずになってしまうだろう。
よって、この大迷宮では身体強化が重要になってくる。当然の様に分解作用が無効化されているソウゴとしては、適度に補助しつつシアを鍛える良い機会だと感じていた。
で、その肝心要のウサミミはというと……
「殺ルですよぉ……! 絶対、隠れ家を見つけて滅茶苦茶に荒らして殺ルですよぉ!」
戦槌ドリュッケンを担ぎ、据わった目で獲物を探す様に周囲を見渡していた。明らかにキレている。それはもう深く深~くキレている。言葉のイントネーションも所々おかしい事になっている。その理由は、ミレディ・ライセンの意地の悪さを考えれば容易に想像がつくだろう。
シアの気持ちが良く分かる様で、なんとも言えないユエ。凄まじく興奮している人が傍にいると、逆に冷静になれるという事がある。ユエの心理状態が正にそんな感じだ。それとは逆に、ソウゴは何故か愉快そうに笑っている。
現在それなりに歩みを進めてきたソウゴ達だが、ここに至るまで実に様々なトラップや例のウザい言葉の彫刻に遭遇してきた。シアがマジギレしていなければ、ユエがキレていただろう。
遂に「フヒヒ」と奇怪な笑い声を発する様になったシアを引っ張りつつ、底意地の悪すぎるトラップが仕掛けられてない注意深く周囲を観察しながらソウゴ達は通路を進む。
すると、暫くして複雑怪奇な空間に出た。階段や通路、奥へと続く入口が何の規則性もなくごちゃごちゃにつながり合っており、まるでレゴブロックを無造作に組み合わせて出来た様な場所だった。一階から伸びる階段が三階の通路に繋がっているかと思えば、その三階の通路は緩やかなスロープとなって一階の通路に繋がっていたり、二階から伸びる階段の先が、何もない唯の壁だったり、本当に滅茶苦茶だった。
「これはまた、ある意味典型的と言えそうな迷宮だな」
「……ん、迷いそう」
「ふん、流石は腹の奥底まで腐ったヤツの迷宮ですぅ。この滅茶苦茶具合が奴の心を表しているんですよぉ!」
「……気持ちは分かったが、そろそろ落ち着け」
未だ怒り心頭のシア。それに呆れ半分同情半分の視線を向けつつ、ソウゴは「さて、どう進んだものか」と思案する。
「……ソウゴ様。考えても仕方ない」
「まぁ、そうだな。取り敢えず進むしかないか」
「ん……」
ユエの言葉に頷くソウゴ。ソウゴは早速、入口に一番近い場所にある右脇の通路に適当に傷をつけて目印とし、進んでみる事にした。
通路は幅二メートル程で、レンガ造りの建築物の様に無数のブロックが組み合わさって出来ていた。やはり壁そのものが薄ら発光しているので視界には困らない。緑光石とは異なる鉱物の様で薄青い光を放っている。
ソウゴが試しに"鑑定"を使ってみると、"リン鉱石"と出た。どうやら空気と触れる事で発光する性質を持っている様だ。最初の部屋は、恐らく何かの処置をする事で最初は発光しない様にしてあったのだろう。そんな事を思い浮かべながら長い通路を進んでいると突然、
ガコンッ
という音を響かせてソウゴの足が床のブロックの一つを踏み抜いた。そのブロックだけソウゴの体重により沈んでいる。ソウゴ達が思わず「むっ?」と一斉にその足元を見た。
その瞬間、
シャァアアア!!
そんな刃が滑る様な音を響かせながら、左右の壁のブロックとブロックの隙間から高速回転・振動する円形でノコギリ状の巨大な刃が飛び出してきた。右の壁からは首の高さで、左の壁からは腰の高さで前方から薙ぐ様に迫ってくる。
「二人共、出来るだけ私の背後に隠れる様に立て」
ソウゴは二人にそう指示しつつ、首の高さの刃を掴んで握り潰す。腰の高さの物も軽く虫を払う様に手を振れば、まるで砂の塊の様に簡単に木端微塵になる。後ろから「はわわ、はわわわわ」と動揺に揺れる声が聞こえてくるが、苦悶の声ではない様なので怪我はしていないのだろうと推測するソウゴ。破片が飛ぶかと思い背後に来る様言ったが、問題無かった様だ。
第二陣を警戒して暫く注意深く辺りを見回すソウゴ。しかし、どうやら今ので終わりらしい。「ふむ…」と息を吐き後ろを振り返ろうとして、ソウゴは微かな金属音を捉えた。
自身の耳を信じるまま、頭上に向けて灼熱を放つ。直後、頭上からギロチンの如く無数の刃が射出され、そのままソウゴの焔に触れて溶ける間も無く蒸発する。やはり、先程の刃と同じく高速振動していた。
微笑を浮かべて天井を見つめるソウゴ。ユエとシアは硬直している。
「ははっ、完全な物理トラップか。いいぞ、実にらしくなってきたではないか」
ソウゴはこの迷宮に入ってから、やけに上機嫌で笑顔を浮かべている。どうやらこの迷宮の典型的なまでの『古代遺跡とそこに仕掛けられたトラップ』という状況が大層お気に召したらしい。それで気が昂ったのか、先程の焔は明らかに過剰な熱を持っていた。
「はぅ~、し、死ぬかと思いましたぁ~。ていうか、ソウゴさん! あれくらい普通に対処して下さいよぉ! 焼け死ぬかと思いましたよ!」
「すまんな、うっかり気が昂ってな」
「う、うっかりって……死ぬところだったんですがっ!」
「無傷だったのだから良いではないか」
「そりゃそうですけどね!?」
楽し気に笑うソウゴに、掴みかからんばかりの勢いで問い詰めようとするシア。そんなシアにユエが言葉の暴力を振るう。
「……お漏らしウサギ。死にかけたのは未熟なだけ」
「おもっ、おもらっ、撤回して下さいユエさん! いくらなんでも不名誉すぎますぅ!」
シアの「○○ウサギ」シリーズに新たに加わった称号の不名誉さに、シアが我慢出来ず猛抗議する。この迷宮に入ってから、この短時間で既に二度も死にかけたというのに意外に元気だ。やはり、シアの最大の強みは打たれ強さなのだろう。本人は断固として認めないだろうが。
シアが文句を言った通り、完全な不意打ちに迎撃を選択したが、ソウゴならさっきの刃も障壁を張るなり盾を召喚するなりで受け止められただろう。身に纏う法衣自体もこの世ならざる素材を利用したものでかなりの防御力を誇っている為、そもそもあの程度では汚れすら付かない。
しかし、先程のトラップは唯の人間を殺すには明らかにオーバーキルというべき威力が込められていた。並みの防具では、歯牙にもかけずに両断されていただろう。ソウゴの様に埒外の化物や、神代の素材を用いた武器防具でも持っていなければ回避以外に生存の道はない。
「でもまぁ、あの程度なら問題ないか」
シアとユエの喧嘩? を尻目に、そう独りごちるソウゴ。どれだけ威力があっても、唯の物理トラップではソウゴは傷つけられないだろう。そして、ユエには"自動再生"がある。トラップにかかっても死にはしない。となると……必然的にヤバイのはシアだけである。その事に気がついているのかいないのか分からないが、シアのストレスが天元突破するであろう事だけは確かだった。
「あれ? ソウゴさん、何でそんな試す様な目で私を……」
「何でもない、行くぞシア」
ソウゴ達は、トラップに注意しながら更に奥へと進む。
今のところ、魔物は一切出てきていない。魔物のいない迷宮とも考えられるが、それは楽観が過ぎるというものだろう。それこそトラップという形で、いきなり現れてもおかしくない。
ソウゴ達は、通路の先にある空間に出た。その部屋には三つの奥へと続く道がある。取り敢えず目印だけつけておき、ソウゴ達は階下へと続く階段がある一番左の通路を選んだ。
「うぅ~、何だか嫌な予感がしますぅ。こう、私のウサミミにビンビンと来るんですよぉ」
階段の中程まで進んだ頃、突然、シアがそんな事を言い出した。言葉通り、シアのウサミミがピンッと立ち、忙しなく右に左にと動いている。
「そういう事を言うと大抵、直後に何か『ガコン』……すまん」
「わ、私のせいじゃないすぅッ!?」
「!? ……フラグウサギッ!」
ソウゴとシアが話している最中に、嫌な音が響いたかと思うと、いきなり階段から段差が消えた。かなり傾斜のキツイ下り階段だったのだが、その階段の段差が引っ込みスロープになったのだ。しかもご丁寧に地面に空いた小さな無数の穴からタールの様なよく滑る液体が一気に溢れ出してきた。
「成程、その系統か」
ソウゴは即座に浮遊系技能を発動し、それと同時に背後から鎖を射出しユエとシアを縛って滑り落ちない様に引き上げる。
「このタイプも典型だな」
「た、助かったですぅ……」
ユエはともかく、経験の浅いシアでは一瞬で滑っていただろう。ソウゴは鎖を緩めていき、代わりに二人へ浮遊魔術を付与する。
「わわっ、飛んでます、飛んでますよ!」
「……ふふん」
「……何でユエさんが偉そうなんですかねぇ」
そんなやり取りがありつつ、三人は元々進んでいた方向へ下っていく。
そのまま三人は、長いスロープを抜けて広い空間に出た。そして、全員が何気なく下を見て盛大に後悔した。
カサカサカサ、ワシャワシャワシャ、キィキィ、カサカサカサ
そんな音を立てながら夥しい数の蠍が蠢いていたのだ。体長はどれも十センチくらいだろう。嘗ての蠍擬きの様な脅威は感じないのだが、生理的嫌悪感はこちらの方が圧倒的に上だ。即座に浮遊しなければ蠍の海に飛び込んでいたかと思うと、全身に鳥肌が立つ思いである。
「「……」」
「流石にこれはな……」
思わず黙り込む二人と、難しい顔をしつつ蠍の海に炎弾を投げるソウゴ。蠍達の断末魔を聞きつつ、何気なく天井に視線を転じる。すると、何やら発光する文字がある事に気がついた。既に察しはついているが、つい読んでしまうソウゴ達。
"彼等に致死性の毒はありません"
"でも麻痺はします"
"存分に可愛いこの子達との添い寝を堪能して下さい、プギャー!!"
態々リン鉱石の比重を高くしてあるのか、薄暗い空間でやたらと目立つその文字。ここに落ちた者はきっと、蠍に全身を這い回られながら、麻痺する体を必死に動かして、藁にもすがる思いで天に手を伸ばすだろう。そして発見するのだ。このふざけた言葉を。
「「……」」
(これは……二人の精神衛生上良くないな)
また違う意味で黙り込むユエとシアと、火縄大橙DJ銃を取り出し文字を破壊するソウゴ。「相手するな」と二人に言い聞かせ、何とか気を取り直すと周囲を観察する。
「……ソウゴ様、あそこ」
「どれどれ」
すると、ユエが何かに気がついた様に下方のとある場所を指差した。そこにはぽっかりと横穴が空いている。
「横穴か……どうする? 元の場所に戻るか、あそこに行ってみるか」
「わ、私は、ソウゴさんの決定に従います」
「……同じく」
「シア、貴様の"選択未来"は如何なのだ?」
「うっ、それはまだちょっと。練習してはいるのですが……」
"選択未来"はシアの固有魔術だ。仮定の先の未来を垣間見れるのだが、一日一回しか使用できない上、魔力も多大に消費するのであまり使えない固有魔術だ。シアの強みは身体強化なので、魔力が枯渇しては唯の残念なウサギになってしまう。一応日々鍛錬をしており、消費魔力が少しずつ減ってきていたりするのだが……十全に使いこなすにはまだまだ道のりは遠そうである。
「まぁ私が使ってもいいんだが、それでは面白くない。では横穴を行くとしよう」
「ん……、ん!?」
「はい!?」
何気なく言われてつい流しそうになって、ソウゴの言葉に思わず二度見した二人。二人の驚いた顔に、ソウゴも意外そうな顔になる。
「? どうした、鳩が豆鉄砲食らった様な顔をして」
「どうした、じゃありませんよっ! ソウゴさんも使えるんですか!?」
「言ってなかったか。私が最も得意とするのは時を操る術でな、未来視もその一つだ。まぁここ暫くは戦闘にも使ってないがな」
「……初耳」
「やっぱり消費が激しいからですか?」
「いや? 単に先が分かってもつまらんからだ。後はまぁ……態々使う程の敵が居なかったのもあるが」
ソウゴは何でもない様に言いつつ、浮かせた二人を伴って移動し横穴へと辿り着いた。
リン鉱石の照らす通路はずっと奥まで続いている。特に枝分かれの通路がある訳でも無く、見える範囲では只管真っ直ぐだ。今までのミレディの罠の配置からして、捻りの無さは逆に怪しい。
警戒しつつ──ソウゴだけは楽しみつつ、道なりに先へと進むソウゴ達。数百メートル進んだだろうか、代り映えのしない規則正しい石造りの通路は微妙に距離感を狂わせる。同じ場所をずっと歩き続けている様な錯覚に陥るのだ。
何となく気分が悪くなりそうなソウゴ達だったが、まるでそんな心情を見越した様に変化が現れた。前方に大部屋が見えたのだ。何かありそうだと思いつつも、ソウゴ達は躊躇わず部屋へと飛び込んだ。…直後、ガコンッとお馴染みになった音が響く。
「さて今度は……天井か」
「……シアっ!」
「は、はいですぅ!」
「いや待て」
全員が頭上に注意を向けた瞬間、ソウゴの言葉通り天井が降って来た。何とも古典的なトラップであるが、魔力行使が著しく難しいこの領域で範囲型のトラップは反則だ。
もし通路から部屋を見ていた者がいたのなら、きっとズシャッ! という音と共に部屋が消えて通路が突然壁に覆われた様に見えただろう。通路の入口を完全に塞ぐ形で天井が落ちて来たのだ。後に残ったのは、傍から見れば一瞬で行き止まりとなった通路のみ。
一見すれば、部屋全体を押し潰した天井により中にいたソウゴ達も圧殺されたとしか思えない状況だ。静寂がそれを後押ししている。
だがソウゴ達が入って来たのとは反対側の壁に面する通路。そこにはいつの間にか三人の姿があった。
「いやはや、今のは少し焦ったな」
「……ん、潰されるのは困る」
「いやいや、困るとかそんなレベルの話じゃないですからね? 普通に死ぬところでしたからね?」
逃げ場は無く、奥の通路までは距離がありすぎて普通に走ればソウゴ以外は間に合いそうにない。だからソウゴは、咄嗟にユエとシアを抱えて反対側の通路へテレポートしたのだ。
安堵した表情で冷や汗を拭うユエとシアを立ち上がらせつつ、作り置きしてあったサンドイッチを取り出して簡易的なエネルギー補給をするソウゴ達。そうして気合を入れ直し前を向いた。
そして再び、例のウザイ文を発見した。
"ぷぷー、焦ってやんの~、ダサ~い"
どうやらこのウザイ文は、全てのトラップの場所に設置されているらしい。ミレディ・ライセン……嫌がらせに努力を惜しまないヤツである。
「あ、焦ってませんよ! 断じて焦ってなどいません! ださくないですぅ!」
ソウゴの視線を辿り、ウザイ文を見つけたシアが「ガルルゥ!」という唸り声が聞こえそうな様子で文字に向かって反論する。シアのミレディに対する敵愾心は天元突破しているらしい。ウザイ文が見つかる度に一々反応している。もしミレディが生きていたら「いいカモが来た!」とほくそ笑んでいる事だろう。
「いいから、行くぞ。いちいち気にするな」
「……思うツボ」
「うぅ、はいですぅ」
その後も進む通路、辿り着く部屋の尽くで罠が待ち受けていた。突如全方位から飛来する毒矢、硫酸らしき物を溶かす液体がたっぷり入った落とし穴、アリジゴクの様に床が砂状化しその中央にワーム型の魔物が待ち受ける部屋、そしてウザイ文。その悉くをソウゴが無効化するが、シアのストレスはマッハだった。
その後も暫く歩き、この迷宮に入って一番大きな通路に出た。幅は六、七メートルといったところだろう。結構急なスロープ状の通路で緩やかに右に曲がっている。恐らく螺旋状に下っていく通路なのだろう。
ソウゴ達は警戒する。こんな如何にもな通路で何のトラップも作動しないなど有り得ない。
そして、その考えは正しかった。もう嫌というほど聞いてきた「ガコンッ!」という何かが作動する音が響く。既に、スイッチを押そうが押すまいが関係なく発動している気がする。なら、スイッチはつくる必要はないのでは? と思うソウゴだったが、きっとそんな思いもミレディ・ライセンは織り込み済みなのだと捉える。
今度はどんなトラップだ? と周囲を警戒するソウゴ達の耳にそれは聞こえてきた。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……
明らかに何か重たいものが転がってくる音である。
「「「……」」」
三人が無言で顔を見合わせ、同時に頭上を見上げた。スロープの上方はカーブになっているため見えない。異音は次第に大きくなり、そして……カーブの奥から通路と同じ大きさの巨大な大岩が転がって来た。岩で出来た大玉である。全くもって定番のトラップだ。きっと、必死に逃げた先には、またあのウザイ文があるに違いない。
ユエとシアが踵を返し脱兎の如く逃げ出そうとする。しかし、少し進んで直ぐに立ち止まった。ソウゴが付いて来ないからだ。
「……ん、ソウゴ様?」
「ソウゴさん!? 早くしないと潰されますよ!」
二人の呼びかけに、しかしソウゴは答えず、それどころかその場で腰を軽く落として左手を真っ直ぐに前方に伸ばした。掌は大玉を照準する様に掲げられている。そして、右腕は軽く引き絞られた状態で鈍い光沢を放つ鉄色に変色する。
ソウゴは轟音を響かせながら迫ってくる大玉を真っ直ぐに見つめ、しかし意識は背後にいる二人に向ける。
「二人共、よく見ておけ」
鈍色に輝く腕が放つ圧力が、ソウゴの言葉と共に一層激しさを増す。
そして……
ゴガァアアン!!!
凄まじい破壊音を響かせながら大玉が木端微塵に弾け飛ぶ。
ソウゴは拳を突き出した状態で残心し、やがてフッと気を抜くと体勢を立て直した。左腕からはもう鈍い鉄の輝きは消えている。ソウゴはユエとシアの方へ振り返った。
「今のは手本だ。いずれ貴様等にもコレを使える様になってもらうぞ」
ソウゴが使ったのは、"覇気"と呼ばれる力の一つである"武装色の覇気"。その発展形の"流桜"である。近接戦主体のシアは勿論、近距離での戦闘手段を持たないユエが対応出来る様に覚えさせるつもりで手本として見せたのだ。
「ソウゴさ~ん! 流石ですぅ! カッコイイですぅ! すっごくスッキリしましたぁ!」
「……ん、すっきり」
「……聞いてないな」
言葉を聞かずに燥ぐ二人に苦笑いするソウゴ。それだけストレスが溜まっていたのだと解釈して好きな様にさせようとしたソウゴだが、その耳は新たな脅威を察知する。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……
という聞き覚えのある音によって。溜息を吐くソウゴ。笑顔で固まるシアと無表情ながら頬が引き攣っているユエ。締め切りを迫られる小説家の様に背後を振り向いたユエ達の目に映ったのは……
───黒光りする金属製の大玉だった。
「……はぁ」
ソウゴが先程より深く溜息を吐いた。
「あ、あのソウゴさん。気のせいでなければ……アレ、何か変な液体撒き散らしながら転がってくる様な……」
「……溶けてる」
そう。事もあろうに金属製の大玉は、表面に空いた無数の小さな穴から液体を撒き散らしながら迫ってきており、その液体が付着した場所がシュワーという実にヤバイ音を響かせながら溶けている様なのである。
ソウゴはそれを確認し一度「二度目は適当でいいか」と呟くと、無言で大玉に向けて灰色のオーロラを出現させる。そのまま大玉の方へ進ませると、オーロラは液体ごと大玉を飲み込んで消えた。
ソウゴはそのまま振り返り、何事も無かった様に「行くぞ」と声を掛けて歩き出した。そんなソウゴに釣られた様に、ユエもシアも無表情になって歩き出した。
その後先程の蠍の間の様な広間に出たが、同じくソウゴによって浮遊状態を付与されて楽に超えて反対側の部屋に辿り着く三人。
その部屋は長方形型の奥行きがある大きな部屋だった。壁の両サイドには無数の窪みがあり、騎士甲冑を纏い大剣と盾を装備した身長二メートル程の像が並び立っている。部屋の一番奥には大きな階段があり、その先には祭壇の様な場所と奥の壁に荘厳な扉があった。祭壇の上には菱形の黄色い水晶の様な物が設置されている。
ソウゴは周囲を見渡しながら話しかける。
「如何にもな扉だな。ミレディの住処に到着か? それなら少々拍子抜けだが……この周りの騎士甲冑が飾りでない事を願おう」
「……大丈夫、お約束は守られる」
「それって襲われるって事ですよね? 全然大丈夫じゃないですよ?」
そんな事を話しながらソウゴ達が部屋の中央まで進んだ時、確かにお約束は守られた。
毎度お馴染みのあの音である。
ガコン!
ピタリと立ち止まるソウゴ達。内心「やっぱりなぁ~」と思うユエとシア、そして喜ぶソウゴ。周囲を見ると、騎士達の兜の隙間から見えている眼の部分がギンッと光り輝いた。そしてガシャガシャと金属の擦れ合う音を立てながら、窪みから騎士達が抜け出てきた。その数、総勢五十体。
騎士達はスっと腰を落とすと、盾を前面に掲げつつ大剣を突きの型で構えた。窪みの位置的に現れた時点で既に包囲が完成している。
「呵々、期待通りだな。ユエ、シア。やるぞ」
「んっ」
「か、数多くないですか? いや、やりますけども……」
ソウゴは腰に佩いた逢魔剣を抜く。ここまで数々のトラップを処理してきたソウゴだが、やはり彼の本領は相対者のいる戦闘及び殲滅。一騎当億の大覇王なのだ。それがやっと発揮できる場面になり、ソウゴは中々に高揚している。
ユエはソウゴの言葉に気合に満ちた返事を返した。この迷宮内では、自分が一番火力不足である事を理解している。だが足手纏いになるつもりは毛頭ない。ソウゴのパートナーたるもの、この程度の悪環境如きで後れを取る訳にはいかないのだ。まして今は、もしかしたら或いは、万に一つの可能性で恋敵になるやもしれない相手もいるのだから余計無様は見せられない。
一方シアは、少々腰が引け気味だ。この環境で影響無く力を発揮出来るとは言え、実質的な戦闘経験はかなり不足している。真面な魔物戦は谷底の魔物だけで、僅か半日程度の事だ。ユエとの模擬戦を合わせても半年にも満たない戦闘経験しかない。元々ハウリア族という温厚な部族出身だった事からも、戦闘に対して及び腰になるのも無理はない。寧ろ、気丈にドリュッケンを構えて立ち向かおうと踏ん張っている時点でかなり根性があると言えるだろう。
「シア」
「は、はいぃ! な、何でしょうソウゴさん」
緊張に声が裏返っているシアに、ソウゴは声をかける。それは、どことなく普段より柔らかい声音だった……シアの気のせいかもしれないが。
「貴様は強い、私達が保証してやる。こんなガラクタ如きに負けはせんよ。だから下手な事は考えず好きに暴れよ、危ない時は援護する」
「……ん、弟子の面倒は見る」
シアはソウゴとユエの言葉に思わず涙目になった。単純に嬉しかったのだ。色々と扱いが雑だったので「ひょっとして付いて来た事も迷惑に思っているんじゃ…」とちょっぴり不安になったりもしたのだが……杞憂だった様だ。ならば、未熟者は未熟者なりに出来ることを精一杯やらねばならない。シアは全身に身体強化を施し、力強く地面を踏みしめた。
「ふふ、ソウゴさんが少しデレてくれました。やる気が湧いてきましたよ! ユエさん、下克上する日も近いかもしれません」
「「……調子に乗るな」」
ソウゴとユエの両方に呆れた眼差しを向けられるも、テンションの上がってきたシアは聞いていない。真っ直ぐ前に顔を向けて騎士達を睨みつける。
「かかってこいやぁ! ですぅ!」
「やる気が出たのなら可とするか……」
「……だぁ~」
「……貴様はもう少し真面目にやれ」
五十体のゴーレム騎士を前に、戦う前から何処か疲れた表情をするソウゴ。そんなソウゴの状態を知ってか知らずか……ゴーレム騎士達は一斉に侵入者達を切り裂かんと襲いかかった。
ゴーレム騎士達の動きは、その巨体に似合わず俊敏だった。ガシャンガシャンと騒音を立てながら急速に迫るその姿は、装備している武器や眼光と相まって凄まじい迫力である。まるで四方八方から壁が迫って来たと錯覚すらしそうだ。
そんなゴーレム騎士達に向けて先手を取ったのはソウゴだ。握り締めた至高の一振りが、神すら置き去りにする速度と威力を以てゴーレム騎士達に放たれた。
スゥッ……───
不可視の閃光が寸分違わず二体のゴーレム騎士を切り刻む。自身の駆けた勢いでパズルの様に崩れて散らばる騎士達、それを踏み越えて後続の騎士達がソウゴ達へと迫る。ソウゴはそれを蹴飛ばしてスクラップに変え、かかって来いと後続に手招きする。
そんなソウゴに次々と鉄屑にされながら、遂にソウゴ達の目前へと迫った数体の騎士。
だがそこは、青みがかった白髪を靡かせ超重量の大槌を大上段に構えたまま飛び上がっていたシア・ハウリアのキルゾーンだ。限界まで強化したその身体能力を以て遠慮容赦の一切を排した問答無用の一撃を繰り出す。
「でぇやぁああ!!」
ドォガアアア!!
気合一発。打ち下ろされた戦槌ドリュッケンは、凄まじい衝撃音を響かせながら一体のゴーレム騎士をペシャンコに押し潰した。一応騎士も頭上に盾を構えていたのだが、その防御ごと圧壊されたのである。
地面にまで亀裂を生じさせ、めり込んでいるドリュッケン。渾身の一撃を放ち死に体となっていると判断したのか、盾を構えて衝撃に耐えていた傍らの騎士が大きく大剣を振りかぶりシアを両断せんと踏み込む。
シアはそれをしっかり横目で確認していた。柄を捻り、ドリュッケンの頭の角度を調整すると柄に付いているトリガーを引く。
ドガンッ!!
そんな破裂音を響かせながら地面にめり込んでいたドリュッケンが跳ね上がった。シアの脇を排莢されたショットシェルが舞う。跳ね上がったドリュッケンの勢いを殺さず、シアはその場で一回転すると遠心力をたっぷり乗せた一撃を、今正に大剣を振り下ろそうとしている騎士の脇腹部分に叩きつけた。
「りゃぁあ!!」
そのまま気迫を込めて一気に振り抜く。直撃を受けた騎士は、体をくの字に折り曲げてまるで高速で突っ込んできたトラックに轢かれたかの様にぶっ飛んでいき、後ろから迫って来ていた騎士達を盛大に巻き込んで地面に叩きつけられた。騎士の胴体は、原型を止めない程拉げており身動きが取れなくなっている。そこへ、
ヒュンヒュンッ!
そんな風切り音がシアのウサミミに入る。チラリと上空を見ると、先程のゴーレム騎士が振り上げていた大剣がシアに吹き飛ばされた際に手放なされた様で、上空から回転しながら落下してくるところだった。シアは落ちてきた大剣を跳躍しながら掴み取ると、そのまま全力で迫り来るゴーレム騎士に投げつけた。
大剣は尋常でない速度で飛翔し、ゴーレム騎士が構えた盾に衝突して大きく弾く。シアはその隙を逃さず踏み込み、下段からカチ上げるようにドリュッケンを振るった。腹部に衝撃を受けた騎士の巨体が宙に浮く。騎士が苦し紛れに大剣を振るうが、シアはカチ上げたドリュッケンの勢いを利用してくるりと回転し大剣をかわしながら、再度今度は浅い角度で未だ宙に浮く騎士にドリュッケンを叩きつけた。
先のゴーレム騎士と同様、砲弾と化してぶっ飛んだゴーレム騎士は後続の騎士達を巻き込みひしゃげた巨体を地面に横たわらせた。
シアの口元に笑みが浮かぶ。戦いに快楽を覚えたからではない。自分がきちんと戦えている事に喜びを覚えているのだ。自分はちゃんとソウゴ達の旅に付いて行けるのだと実感しているのだ。その瞬間、ほんの少しだけ気が抜ける。
戦場でその緩みは致命的だった。気がつけば視界いっぱいに騎士の盾が迫っていた。なんとゴーレム騎士の一体が自分の盾をシアに向かって投げつけたのである。流石ゴーレムというべきか、途轍もない勢いで飛ばされたそれは身体強化中のシアにとって致命傷になる様なものではないが、脳震盪位は確実に起こす威力だ。そうなれば、一気に畳み込まれるだろう事は容易に想像できる。
まさか盾を投げつけるなどといった本職の騎士でもしなさそうな泥臭い戦い方をゴーレム騎士がするとは思いもしなかったシア。最早「しまった!」と思う余裕も無い。せめて襲い来るであろう衝撃に耐えるべく覚悟を決める。だが盾がシアに衝突する寸前で銃撃が飛来し盾に衝突、破壊しその破片を撒き散らす。破片はシアの頭部のすぐ脇を通過し、背後のゴーレム騎士に突き刺さる。
「……油断大敵。お仕置き三倍」
「ふぇ!? 今のユエさんが? す、すみません、ありがとうございます! ってお仕置き三倍!?」
「ん……気を抜いちゃダメ」
「うっ、はい! 頑張りますぅ!」
ユエに「メッ!」という感じで叱られてしまい、自分が少し浮かれて油断してしまった事を自覚するシア。反省しながら気を引き締めなおす。改めて迫って来たゴーレム騎士を倒そうとして、後方から飛んできたゲリラ豪雨の様な銃撃が、密かにシアの背後を取ろうとしていたゴーレム騎士をドパンッと焼断したのを確認した。
ユエが自分の背中を守ってくれていると理解し心の内が温かくなるシア。師匠の前で無様は見せられないと、より一層気合を入れた。
その後も、暴れるシアの死角に回ろうとする騎士がいれば同じ様に弾丸が飛び、最早撃ち抜くというより焼き払っていく。
ユエは両手に、盾とガトリング銃が組み合わさった様な武器を持っていた。両肩には小型砲台の様な物を纏っている。
これらはソウゴから貸し与えられた武器"ウォーターメロンガトリング"、及び"ギガキャノン"だ。ユエが引き金を引けば銃弾が、撃つと頭で思う度に砲弾が飛び出し敵を粉砕していく。
シアの爆発的な近接攻撃力と、その死角を補う様に放たれるユエの砲銃火。騎士達は二人のコンビネーションを破る事が出来ず、いい様に翻弄されながら次々と駆逐されていった。
そんな素晴らしい連携を披露するユエとシアを横目にソウゴは呟く。
「シアの初陣は良好、ユエも初めて使う割には上手くやっている」
そんな風に分析しながら、ゴーレム騎士達を片付けていくソウゴ。
騎士の振り下ろした大剣を叩き壊し、逢魔剣を振るう。盾ごと両断される騎士には目もくれず、そのまま振り向かずに背後の騎士を貫く。横凪に振るわれた大剣を防御姿勢を取るでもなく身体で受け止め、砕け散る大剣には目もくれず騎士達を切り裂く。
素の技量のみで放たれた斬撃が、まるで素振りの様に盾も鎧も滑らかに切り裂いていく。
そうやって、まるで子供が持て余した傘で道端の草花を斬り飛ばす様な気軽さで次々とゴーレム騎士達を屠っていった。
「ふむ、こんなものか」
「……ん、終わり」
「や、やっと終わりました」
一息つきながら祭壇へ向かう三人。
実はこの部屋の床、及びゴーレム騎士は"感応石"という鉱石で作られており、その性質故の再生能力があるのだが、ソウゴ自身とその武器に付与された不可逆と魔力遮断の性質によって再生能力が無効化されたのだ。
シアのドリュッケンはソウゴ謹製の品であり、ユエが使っていたのはソウゴからの借り物だ。だから二人が倒した騎士達も復活しなかったのだ。
そんな事に気付く由も無く、三人は祭壇を超え扉に辿り着く。
「ユエさん、扉は?」
「ん……やっぱり封印されてる」
「あぅ、やっぱりですか」
見るからに怪しい祭壇と扉なのだ。封印は想定内。
「封印の解除はユエに任せる。出来るな?」
「ん……任せて」
ユエは、二つ返事で了承し祭壇に置かれている黄色の水晶を手に取った。その水晶は正双四角錐をしており、よく見れば幾つもの小さな立体ブロックが組み合わさって出来ている様だ。
ユエは背後の扉を振り返る。其処には三つの窪みがあった。ユエは少し考える素振りを見せると、正双四角錐を分解し始めた。分解し各ブロックを組み立て直す事で、扉の窪みにハマる新たな立方体を作ろうと考えたのだ。
分解しながら、ユエは扉の窪みを観察する。そして、よく観察しなければ見つからないくらい薄く文字が彫ってある事に気がついた。それは……
"解っけるかなぁ~、解っけるかなぁ~"
"早くしないと死んじゃうよぉ~"
"まぁ、解けなくても仕方ないよぉ! 私と違って君は凡人なんだから!"
"大丈夫! 頭が悪くても生きて……いけないねぇ! ざんねぇ~ん! プギャアー!"
何時ものウザイ文だった。めちゃくちゃイラっとするユエ。いつも以上に無表情となり、扉を殴りつけたい衝動を堪えながらパズルの解読に集中する。
それから五分程して、
「……開いた」
「早かったな、進むぞ」
「はいっ!」
部屋の中は、遠目に確認した通り何もない四角い部屋だった。てっきり、ミレディ・ライセンの部屋とまではいかなくとも、何かしらの手掛かりがあるのでは? と考えていたので少し拍子抜けする。
「これは、あれか? これみよがしに封印しておいて、実は何もありませんでしたというオチか?」
「……ありえる」
「うぅ、ミレディめぇ。何処までもバカにしてぇ!」
三人が一番あり得る可能性を浮かべていると、突如もううんざりする程聞いているあの音が響き渡った。
ガコン!
「「「!!」」」
仕掛けが作動する音と共に部屋全体がガタンッと揺れ動いた。そして、ソウゴ達の体に横向きのGがかかる。
「この部屋自体が移動してるのか?」
「……そうみたッ!?」
「うきゃ!?」
ソウゴが推測を口にすると同時に、今度は真上からGがかかる。急激な変化に、ユエが舌を噛んだのか涙目で口を抑えてぷるぷるしている。シアは転倒してカエルの様なポーズで這いつくばっている。
「…! 久方振りに使うべきか!」
瞬間、ソウゴは頭を駆け巡った直感に従って未来視を発動する。数千年ぶりに使用したその視界は、数十秒後の自分達の姿を正確に映す。
「これは……流石に笑い事ではすまんな!」
ソウゴは部屋の壁を殴り壊し、ユエとシアを小脇に抱えて飛び出した。
「……ソウゴ様?」
「ど、どうしたんですか!?」
「なに、少し質の悪い未来が視えたんでな」
ソウゴは手短に話し、手近な通路に降り立った。そのまま二人を降ろすと、ソウゴはすぐ傍の壁に手を置いた。
「これはついでだが……。ミレディ・ライセン、少し弄らせてもらう」
その言葉と共に、二人はソウゴの魔力が途轍もなく広範囲に広がるのを感じ取った。まるで植物の根の様に広がったそれは、数秒と経たずにその場に定着する。
「……何したの?」
「大した事では無い。少し釘を刺しただけだ」
それだけ言うと、ソウゴは二人を立たせて先へ進んだ。
実は先程の部屋、双六で言うところの「振出しに戻る」系統のトラップであり、その先の壁には……
"ねぇ、今どんな気持ち?"
"苦労して進んだのに、行き着いた先がスタート地点と知った時ってどんな気持ち?"
"ねぇねぇ、どんな気持ち? どんな気持ちなの? ねぇねぇ"
"あっ! 言い忘れてたけど、この迷宮は一定時間毎に変化します"
"いつでも新鮮な気持ちで迷宮を楽しんでもらおうという、ミレディちゃんの心遣いです"
"嬉しい? 嬉しいよね? お礼なんていいよぉ! 好きでやってるだけだからぁ!"
"因みに、常に変化するのでマッピングは無駄です"
"ひょっとして作っちゃった? 苦労しちゃった? 残念! プギャァー!"
という文が彫られていたのだが、ソウゴが未来視によって部屋を強引に脱出し、その上迷宮の仕組みに介入して変化機構を無効化した為に、この文こそが無駄になった事を知った創造主が悔しがるのはソウゴ達には知らぬ話。
やっぱり覇気って必修技能だよね。