ありふれぬ魔王が世界最強   作:合将鳥

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注意 今回の話、キャラヘイトのつもりは一切ありません。いやほら、重力とか地震とか噴火とか、ファンタジー系の強能力だと割と定番だよね……ね? 

後、戦闘シーンにおいて、ユエとシアがほぼ空気化します。


第九話 魔王無双/少女夢想

 【ハイリヒ王国】の王宮の一角には、この世界に召喚された異世界の生徒達専用に開放された食堂兼サロンがある。生徒一人一人に専属の侍従が付けられており、このサロンに来て生徒達が視線を彷徨わせれば、それだけで要望有りと判断して彼等が傍に寄って来る。そうして飲み物でも食べ物でも、頼めば洗練された仕草と共に直ぐに用意してくれるのだ。

 部屋に関しても生徒達には一人一人に専用の部屋が与えられているのだが、異世界の地で一人部屋に引き籠るのは酷く寂しく強い孤独を感じてしまうせいか、一部の例外を除いて大抵はこのサロンで雑談やら何やらで時間を潰す日々を送っていた。

 

 勿論、彼等がこの世界に招かれたのは無為な時間を過ごす為ではない。魔人族という人間族の怨敵と戦争をし勝利する為だ。

 

 では何故そんな彼等彼女等の大半が、日も高い日中にサロンで雑談に時間を浪費しているのかというと……

 

 

 有り体に言って、心が折れたからだ。

 

 

 生徒達は数ヵ月前に、死を目の当たりにした。【オルクス大迷宮】という陽の光が届かない地の底で、慈悲など欠片も持たない魔物の殺意を叩きつけられ、誰もが己の死を幻視する程追い詰められ、実際に一人のクラスメイトが死に誘われて消えてしまった。

 

 ──剣と魔法のファンタジー

 

 夢と希望の詰まった心躍るそのイメージは、圧倒的な現実の非情さと予想を軽く超えて来る不条理の前にあっさりと砕け散った。戦場に出れば死ぬ。そんな当たり前の事を、彼等は大きすぎる代償と共に骨身に刻み込まれてしまったのだ。

 意気揚々と魔法を練習し、己の天職が示す才能に一喜一憂し、魔物を屠る快感に酔いしれる。そんな気持ちは既に微塵も湧き上がりはしない。

 

 どんな人間でも死ぬ時は死ぬ。

 

 それを真に理解した彼等は戦えなくなったばかりか、王都の外に出る事が出来なくなった。

 

 当然、王国や聖教教会上層部はそんな生徒達を戦いへと促した。強引な手法を取った訳ではない、あくまで言葉による説得だ。だがそれでも、ただでさえ追い詰められていた生徒達の心はその説得の言葉に更に追い詰められる事になった。従わなければ、ここを追い出されるのではないか? そうなれば誰の庇護も無いまま、この命が酷く軽い世界に放り出されるのではないか? と。

 

 そんな時だ。その有する天職の希少性と特性から、生徒達とは別行動で各地の食料問題を解決する為に遠征していた──畑山愛子教諭が帰還したのは。

 

 帰還した愛子は帰らぬ人となった少年の事を聞き、激しく取り乱した。しかし愛子は、一見して分かる程追い詰められている生徒達を見ると直ぐ様立ち上がった。毅然とした態度と不退転の意志、そして自分の希少性すら利用した交渉で上層部からの戦線復帰を促す説得を止めさせたのだ。

 

 結果、生徒達は戦いに出る必要も無く、愛子の庇護の下王宮での暮らしを確約されこうしてサロンで身を寄せ合って雑談しているのである。

 

「なぁ聞いたか? 天之川達、遂に七十階層に到達したんだってさ」

「マジかよ。ついこの間、未踏区域の六十六階層の攻略に入ったばっかじゃん」

「流石勇者パーティってか? 俺達みたいな凡人とは出来が違うんだよな」

 肩を竦めて、すまし顔でそんな事を言った男子生徒の一人──玉井淳史は、しかしその表情に何とも言えない複雑な表情を浮かべていた。一番強いのは羨望だろうか。九死に一生を得て、それでも尚前人未到の魔境へ挑み続けている光輝達に、それが出来ている事に羨む気持ちを持たずにはいられない様だ。同時に、自分に対する情けなさと、その事実から目を逸らしている事の気まずさ、それでもあの日の事を思い出せば不可避的に湧き上がる根源的な恐怖の色がチラついていた。

 

 それは淳史に限った事ではなく、今このサロンにいる居残り組の大半も同じ気持ちだった。日本に、家に帰りたい。その為には魔人族との戦争に勝利して、自分達をこの世界に召喚した聖教教会の信仰する創世神エヒトの力を借りなければならない。そう分かっていても、心は奮い立たない。恐怖の黒が、意志の白を塗り潰してしまう。

「そうだよね。やっぱ香織ちゃんとか雫っちとか、ああいう特別っぽい子じゃないとねぇ」

「そうそう。雫とかマジ格好良かったもんね。私、うっかり惚れちゃいそうになっちゃったよ~」

「あはは、なにそれ~。百合は鈴だけで十分だって!」

「えっ、鈴ちゃんってガチなの!?」

「いや、あれは中身がオッサンなだけっしょ」

 淳史達男子と同じく、女子達も表面上は明るくお道化る様に、されどどこか羨望と後ろめたさを宿した表情で上滑りの会話を続ける。そこへ男子達も参加して、何の意味も無い虚しく乾いた会話が続いていく。まるで会話が途切れる事を恐れる様に。

 

 そんな彼等彼女等の様子を、サロンに控える侍従達も露骨な視線を向ける者は皆無であったものの、様々な目で見ていた。

 

 神に選ばれておきながら、或いは仲間が今も戦っているというのにこんな所で何を無意味な時間を過ごしているのかという冷ややかなもの、生徒達の心に巣食った恐怖を察し、そして故郷に帰れない現状に憐憫を宿したもの、ただの学徒だった彼等をここまで追い詰めてしまった事に対する申し訳なさそうなもの、既に見切りをつけたのか、何の感情も浮かんでいない無関心なもの……。

 

 侍従達の垣間見せるそれらは、そのままこの国の貴族達や聖教教会関係者が居残り組に向ける感情だった。勿論、所属によって比率は変わるが。

 そして居残り組も、何となく自分達に向けられる感情の空気は感じ取っていた。それがまた、彼等の現実逃避と傷の舐め合いに等しい乾いた会話へ傾いていく。

 そこへ、ポツリと小さな呟きが零れ落ちた。

 

「……雫様とて、女の子である事に変わりはないでしょうに……」

 

 それは誰に聞かせるでもない、本当に思わず漏れ出た独り言だったのだろう。だがタイミングが悪かった様で、丁度会話が途切れた直後に放たれたその言葉はサロンの全員に届いてしまった。

 生徒達がハッとした様に呟きを漏らした侍従──普段は雫の専属をしているニアへ視線を向けた。ニアは、明らかに余計な事を口走ったと言いたげな様子で直ぐに頭を下げるが……

 

「……何だよ、何か文句でもあんのかよ」

 

 淳史が眉根を寄せて、低く唸る様な声音をニアへ向ける。剣呑な雰囲気を発してはいるものの、しかしその視線は斜め下へ逸らされている。それがニアへの反応が半ば八つ当たり的なものであると如実に示していた。

「いえ、文句などではありません。申し訳ありませんでした」

 再度ニアは、生徒達に向けて深々と頭を下げる。しかし淳史は、そんなニアの殊勝な態度が癇に障った様で、尚言い募るべく口を開いた。

「誰も謝れなんて言ってねぇだろ、馬鹿にしてんのかっ!? 八重樫さんだって変わんないって……つまり変わらないのに俺達だけ戦わないのが情けないって、そう言いたいんだろうが! はっきり言ったらどうだよ!!」

「お、おい。淳史、それくらいにしとけって」

「メイドさんに当たってどうすんだよ」

 癇癪を起した子供の様に怒声を上げる淳史に、友人の相川昇と仁村明人が宥める様に声を掛ける。

「うるせぇよ、俺はただっ……ただ……、くそっ」

「淳史……」

「玉井くん……」

 

 言葉にならない鬱屈した感情が渦巻いて、苛立たし気な様子を露わにする淳史。傍らの昇と明人が何とも言えない表情で淳史から視線を逸らし、女子生徒の何人かも淳史に声を掛けようとしては口を紡ぐ。全員分かるのだ。淳史の言葉に出来ない、まるで蜘蛛の巣にでも搦め捕られたかの様な重く粘ついた心情を。

 俯いて表情を隠す淳史に、ニアが一歩進み出る。

「淳史様。ご気分を害する様な発言をしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。ただ決して、淳史様を含め皆様に皮肉を申し上げた訳では無いのです。どうか、それだけは……」

「ニアさん……、いやその、俺の方こそ……すみません……」

 改めて深々と頭を下げながら、確かに誠意を感じる態度と声音で謝罪するニアに淳史は気まずそうに視線を逸らしながらも、少し気持ちが落ち着いた様で謝罪を返す。実際のところ、悪い所が無い女性に癇癪を起した挙句頭を下げさせているのだ。居た堪れない事この上ない。

 

 そんな淳史にニアは僅かに微笑むと、今度は流さず自分の発言の真意を伝えようと口を開く。

「皆様も。先程の私の不用意な発言でご気分を害されたのなら謝罪致します。しかし、私は雫様付きの侍従として、いえ…一人の友人として思うのです。雫様もまた、時には誰かに守られ、頼り、甘えるべき女の子であるべきだと」

「……でも、雫っちは超強いし。何時だって頼りになるし……正直、弱っちい雫っちなんて想像出来ないんだけど」

「そうだよね……」

 居残り組の女子──宮崎奈々が苦笑いを浮かべながらそう言い、友人である菅原妙子が同意する。

「確かに、雫様に付いてお世話をしていても彼女が弱みを見せたところなど見た事がありません。ですが、完璧な人間などいる筈がありません。雫様もまた、少し前まではただの学徒でしかなかった十代の女の子です。ならば今は大丈夫でも……やっと生還したこの王宮で、心安らぐ暇も無く皆様の"雫様なら出来て当然"というお気持ちが彼女を追い詰めていくのではないかと、私はそれを危惧しているのです」

「ニアさん……」

 

 

 想像以上に雫の事を考えての発言だった事に、奈々達や淳史達が僅かに動揺した様に身動ぐ。

 

 雫の専従として任じられたニアは、騎士の家系の出だ。幼い頃から父や兄達に囲まれて剣術を嗜んでおり、同じく幼少の頃より剣術を習ってきた雫とはお互いのよく似た家庭環境等が相まって直ぐに打ち解けた。最初は神の使徒に対する世話という重圧に終始緊張しっぱなしだったニアだったが、今では友人であると抵抗無く言えるくらいである。だからこそ前人未到の階層に挑んでいる異世界の友人の事を本心から心配しており、故にこそ、居残り組の雫達を特別扱いする発言に心が波立った。大きすぎる期待が、雫の心を擦り減らしてしまうのではないかと。

 その時、このサロンにいながら特に会話には参加せず、どこか遠い目をして静かに座り込んでいた女子生徒の一人がポツリと呟きを口にした。

 

「皆……変わらない、か……」

 

「優花? どうしたの、大丈夫?」

「ひ、久しぶりに優花っちが喋った……マジで大丈夫?」

 妙子と奈々が少しの驚きと心配を含んだ様子でもう一人の友人──園辺優花へ注意を向ける。

 二人の驚きと心配は尤もだった。なにしろあの日、九死に一生を得て生還した日から、優花はまるで生気を失くした様に無気力状態に陥っていたのだ。本来なら、少し勝気な言動が目立つ良くも悪くもパワフルな少女なのだが、口数は激減して友人達が連れ出さなければ一日中自室の椅子に腰かけ、外をボーっと眺めているだけという重症振り。居残り組の中でも一際精神的ダメージが深い者として認識されていた訳であるから、そんな優花が自主的に話し出した事は確かに驚くに値する出来事だった。

 

 しかし当の本人はそんな友人二人の様子にも気が付かない様子で、虚空を見つめたまま言葉を続ける。

「……そうだよね。雫だけじゃない、香織ちゃんや坂上くんも、永山くん達も、檜山達も、きっと天之川くんだって……変わらない。でも、彼は違う……。天之川くんだって、同じなのに……、なら……もしかして……」

 意味を成さない言葉の羅列。誰に聞かせるでもない、心情の吐露。ずっと塞ぎ込んでいた優花の中で、何かが動き出した。

 一人ブツブツと呟く優花に心配そうな表情を深める奈々と妙子だったが、虚空を見つめる優花の瞳が少しずつ光を取り戻していく様を見て、互いに顔を見合わせる。優花の様子に何事かと注目していた他の生徒達も、互いに顔を見合わせて困惑の表情を浮べている。

「ニアさん、愛ちゃん先生の出発って何時でしたっけ?」

「愛子様ですか? 確か……明日の朝には出ると聞き及んでおりますが。行先は湖畔の町ウルですので、帰還には二~三週間かかると思います」

「うわぁ、明日か……うん、逆に良いかな。こういうのは時間を置くと萎えちゃうし」

 

 ニアの返答を聞いた優花は苦笑いしつつ、勢いよく椅子から立ち上がった。その躍動感と力強さを感じる動きに、奈々と妙子は思わず瞠目する。ここ最近全く見なかった友人の姿だ。思わず奈々が問う。

「ちょっ、ちょっと優花っち。いきなりどうしたの? 訳わかんないんだけど」

 

「うん、なんていうか……いい加減じっとしてられないなって思ってさ。だから私、明日の愛ちゃんの遠征に付いて行くよ」

 

 さらりと告げられた優花の決断に、奈々や妙子だけでなく居残り組全員がポカンと間抜け面を晒す。それも当然だろう。優花こそ、心折られた生徒の筆頭という有様だったのだ。空虚な瞳と無気力な態度、時折恐怖に顔を歪める……。王国に帰還してから、ずっと優花が見せていた姿だ。それがいきなり元に戻った様で、奈々達は困惑せずにはいられなかった。

「お…おい、園辺。マジでどうしたんだよ? 何かお前、おかしいぞ? ちょっと落ち着けって」

 我に返った淳史が、何やら焦った様子で窘めの言葉を送る。

「私は落ち着いてるわよ玉井くん。それにいきなりじゃないし。……ずっと、このままじゃいけないとは思ってた。"彼"が死んで、怖くて、訳わかんなくて、頭の中グチャグチャで……でも、何かしなきゃって思ってた。それは玉井くんも、皆も一緒なんじゃない?」

「っ……」

 

 優花の言葉に、淳史は息を呑む。同時に、言葉も飲み込んでしまったかの様に口を閉ざした。他の居残り組は、総じて気まずそうに視線を逸らしている。

 

 そんな仲間の姿に、しかし優花は何を言うでもなく、寧ろどんな気持ちなのかはよく分かっていると言いたげに肩を竦めると、サロンの扉に向かって歩き出した。

「ま、待てよ園辺! 本当に行く気か!? 今度こそ本当に死ぬかもしれないんだぞ! ここは漫画の世界でも映画の世界でもないんだっ、ご都合主義なんて起こらないんだぞ! だから……だからアイツは死んじまったんじゃねぇか! 無能のくせに馬鹿やらかして、あっさり死んじまったじゃねえかっ!! 俺は! 俺はアイツみたいな馬鹿にはなりたくない! 園辺……お前も早まるなよ」

 激しい剣幕で叫んだ淳史だったが、次第に力を失って俯きながら優花を引き留める。そんな淳史に……否、居残り組の仲間達に、優花は振り返らず静かな声音で答えた。

 

「……でも、その"馬鹿な人"に私は救われた。……ううん、私達皆が救われた」

「それはっ」

「別にさ、玉井くん達もついて来いなんて言わないよ。ただ、私は無駄にしたくない、それだけ。勿論、一緒に行ってくれる人が多いなら嬉しいけどね」

 

 肩越しに振り返り少し強張った表情で、それでも笑みを浮かべる優花に淳史は開いた口が塞がらない。だがやはり言葉は出ず、そのまま糸の切れた人形の様に椅子へ腰を落とした。優花はそのまま部屋を出ていく。

 妙子と奈々は未だ呆然としている、或いは悔しげにも見える表情で俯いている居残り組を置いて慌てて優花の後を追った。廊下で追いついた二人は、困惑を隠せない様子で優花に話しかける。

「ねぇ優花、本当に愛ちゃん先生に付いて行くの? 今度こそ死んじゃうかもしれないんだよ?」

「分かってる。でもやっぱり、このままじゃいられないから。天之川くん達に付いて行く度胸は無いけど、せめて愛ちゃんの護衛くらいはしてみせる」

 意志の固さが表れた声音と瞳に、奈々と妙子は顔を見合わせた。そして、奈々がおずおずとした様子で尋ねる。

「優花っち。……あのさ、もしかして、常磐の事……」

「何言ってんのよ。私、そこまで単純な性格じゃないから」

「そうなの?」

「当たり前でしょ。大体、香織ちゃんのあの鬼気迫る訓練を見て、まだ生きてるって信じてる姿を見て横槍を入れようなんて奴がいたら、それはそれで勇者でしょ。そんな度胸があるなら、そもそも居残りなんてしてないし」

「それは、まぁ……」

 

 園辺優花──あの日、【オルクス大迷宮】で暗闇へと消えた常磐ソウゴにトラウムソルジャーの凶刃から間一髪で救われた女子生徒こそ、彼女だった。それ故に邪推した奈々だったが、優花の回答と表情を見れば、ソウゴに対し恋慕とまでは言わずとも複雑な想いを抱いているのは明らかだった。好奇心旺盛な奈々をして、揶揄するのを躊躇う程には。

 

 優花としては、自分の言葉に偽りは無かった。ただ、本当に無駄にしたくなかったのだ。救われた自分の命も、ソウゴの選択も。彼は自分達を進ませる為にあの時あの選択をしたのだ。なのに救われた自分が立ち止まっているなんて、彼に対する酷い裏切りに思えて。そんな自分にだけは成り下がりたくなかった。

「それにここだけの話、何だか私も……まだ生きている様な気がしてきて……」

 

 そう言う優花の脳裏に浮かぶのは、形容しがたい妖しさと美しさを備えた蒼い炎と、それを従える"彼"の姿。その背中は、まるで物語に出てくる王様の様で……。

 

 そんな発言に驚きつつも優花の心情を長年の友人二人は察した様で、一度互いに顔を見合わせると苦笑しながら頷き合う。そして二人共に自分達も遠征に付いて行くと告げる。

「……いいの? 別に私に合わせる必要は無いわよ?」

「優花っちがアイツに救われた事を無駄にしたくないなら、私だって優花っちに救われた事を無駄にしたくないし。優花っちが行くなら、私も行くよ~」

「うん。優花だけ見送るなんて出来ないよね。それに私も、無駄にしたくないって想いは同じだから」

 

 ソウゴに助けられた優花は、恐慌状態に陥っている周囲を正気に戻し、一部の生徒達の態勢を整えて仲間を守った。その一部の生徒には、奈々と妙子も含まれていたのだ。優花によって正気を取り戻せた事が自分達の命を繋いだ事を、奈々も妙子も分かっていた。だから優花が立ち上がるというのなら、二人にも留まるという選択肢は無かった。

 

「そっか。ふふっ、それじゃあ愛ちゃんを魔物と教会から派遣されるイケメン護衛騎士達から守る旅に、一緒に行こうか」

 

 期待していなかった訳ではないが、やはり友人二人が一緒に来てくれるというのは嬉しいもので、優花は頬を綻ばせながら茶目っ気たっぷりに号令をかけた。奈々と妙子も「お~!」と威勢よく応答する。

 笑い合う三人の瞳に巣食っていた恐怖の影は先程までより断然薄れており、光が宿り始めていた。

 

 

 朝靄のかかる日の出前の早朝。薄らと白み始めた東の空と、朝のキンとして清涼な空気が程よい目覚ましとなっている。しかし、そんな絶好の旅日和を約束した様な空気の中で、一人ムスッとした表情を晒す人物がいた。

 畑山愛子教諭、本日の主役だ。

「……皆さん、やっぱり考え直しませんか? 先生の護衛なら騎士さん達がキチンとしてくれますから」

「いいえ愛ちゃん先生、寧ろその騎士連中こそ危険なんです。愛ちゃんを引き込みたい教会が送り込んだハニートラップなのは明らかなんですから」

「そうだよ愛ちゃん先生。揃ってイケメンだからって、ふらついちゃ駄目だよ?」

「まぁ、どちらかと言うとミイラ取りがミイラになった感はあるけどね。それでも愛ちゃん先生は私達の愛ちゃん先生だから、用心に越した事は無いし」

 

 昨夜の内に準備を済ませ、愛子に付いていく事を宣言した優花、奈々、妙子の言葉に愛子はガクリと肩を落とした。既に昨夜の内に危険だからと散々した説得は全て空振りだったのだ。最早何を言っても無駄なのは明白である。

 

 因みに、優花の言う様に教会が愛子に対してハニートラップを仕掛けているというのは邪推ではない。愛子の王国各地の農地改革・開拓の遠征には神殿騎士の護衛隊が付いているのだが、それが揃いも揃ってイケメンばかりであり愛子にアプローチをかけているのだ。それもこれも、この世界の食料事情を一変させる可能性を秘めた愛子を繋ぎ止める為。尤も、妙子の言った様に生徒達が愛子に好意を寄せるのと同じ理由で、今やイケメン騎士軍団は愛子信者になりつつある。愛子本人は乙女ゲームの主人公の様に気付いてないが。

 

 愛子は自分を心配して、或いは慕って付いて行きたいと言ってくれる事や、もう一度頑張りたいと奮い立ってくれた事に嬉しく思いつつも、やっぱり危険性を否定できない旅の同行に複雑になる頭を抱えていると、やがて王宮の方からガヤガヤと喧騒が聞こえ始めた。

 

 愛子達が視線を向ければ、丁度集合場所に馬車や馬を牽いて騎士達がやって来るところだった。だがその中に、意外な人物達が混じっており、その彼等が何やら神殿騎士達に食って掛かっている様だった。目を剥く愛子と、意外そうな表情をする優花達。

「た、玉井君? それに相川君と仁村君まで! まさか、あなた達まで……」

「あぁ愛ちゃん先生、おはようっす。俺達も同行するんで、よろしく」

 神殿騎士達を睨みつけていた淳史達が、実に軽い様子で愛子へ挨拶する。それに対し愛子は苦言を呈しようとするが、その機先を制する様に優花が声を掛けた。

「……行くんだ? ちょっと意外」

「うっせ。……お前だけじゃねぇんだ、切っ掛けが欲しかったのは。俺達だって同じだ、他の奴等は……やっぱりまだ無理みたいだけどな」

「そっか。うん……じゃあ私達だけでも一緒に頑張りますか」

 

 肩を竦めて、あっさり淳史達の同行を受け入れた優花。「愛ちゃん護衛隊ここに結成!」と号令を飛ばせば、淳史達も緊張と恐怖を表情に浮かべながらも元気よく「応っ」と返す。

 

 

 その後出発前にもう一人生徒が愛ちゃん護衛隊に加わり、神殿騎士達と小さな衝突を繰り返しつつ一行は農地改革・開拓の遠征へと出発した。"もう一度"と、決意を胸に秘めて。

 

「うぅ、また流されてしまいました……。生徒一人説得できない、私はダメな先生です。ぐすっ」

 

 馬車に揺られながらしょげる愛子。その様子にイケメン騎士達が身悶えているのは言うまでも無く、手を出そうとする彼等へ優花達が「ガルルッ!」と唸り声を上げたのは言うまでもない。道中、絶えず愛子を挟んで火花が散り、護衛対象である筈の愛子の胃がマッハでダメージを受けていたのだが……それに気付く者はいなかった。

 

 

 

 とある長い通路の中。壁から放たれる青白い仄かな光が、壁にもたれ掛かりながら寄り添う三人の人影を映す。ソウゴ、ユエ、シアの三人だ。

 

 ソウゴを中心に右側にユエ、左側にシアが座り込んで肩にもたれ掛かっている。場には静寂が満ちているが、耳を澄ませばほんの僅かにスゥースゥーと呼吸音が聞こえる。ユエとシアの寝息だ。二人はソウゴの両腕を抱いたまま、その肩を枕替わりに睡眠をとっているのだ。

 

 ソウゴ達がライセンの迷宮に入ってから大体一時間は経過しただろうか。動く部屋を強制的に脱出したソウゴ達は、本来ゴーレム騎士達の間から続いていた筈の通路に降り立った。十分程歩いたところで、身体が空腹を訴えた。夕食を摂ってから暫く経っており、頃合いかと思い一度休息を取る事にしたのだ。

 

「どんな場所でも眠れるのは大事だが……ここは大迷宮だぞ?」

 

 ソウゴの苦笑い混じりの囁きが響く。見張り役として起きていたソウゴは、何となしに抱きしめられている腕をそっと解いて、ユエの髪を撫でる。僅かに頬が綻んだ様に見えた。ソウゴの目元も僅かに緩む。

 次いで反対側のシアに視線を転じると、ソウゴの肩に盛大に涎を垂らしながらムニャムニャと口元を動かし実に緩んだ表情で眠っていた。そう言えば頭を撫でて欲しいと言っていたなと思い出し、そっとシアの髪も撫でるソウゴ。ついでにウサミミもモフモフしておく。そうすると唯でさえだらしない事になっている表情が更にゆるゆるになってしまった。安心しきった表情だ。ソウゴが見張り役をしている……いや、もしかしたらソウゴが傍にいるだけで安心なのかもしれない。

 柔らかな青みがかった白髪やウサミミを撫でながらソウゴは苦笑を深める。

「まったく、私の様な年寄の何処がいいんだか……」

 

 悪態は付いているが眼差しは柔らかい。シアに対して、ユエも求める様な王妃に対するものと同じ感情を抱けるとは一切思わないが、それでもシアのポジティブな考え方や明るさ、泣き言を言いながらも諦めない根性は結構評価しているソウゴ。自然、撫でる手付きも優しくなる。

 と、その時。シアがムニャムニャと寝言を言い始めた。

「むにゃ……あぅ……ソウゴしゃん、大胆ですぅ~、お外でなんてぇ~、……皆見てますよぉ~」

 

「ふんっ」

 

 途端そのまま頭を掴んで反対側の壁に投げつけるソウゴ。ボコッという音を立て、ピクトグラムの様に壁に後を付けるシア。そこまで衝撃が来れば、流石に目も覚める。

「プギャ!!!?? はぁ、はぁ、な、何するんですか! 寝込みを襲うにしても意味が違いますでしょう!」

 ぜはぜはと荒い呼吸をしながら目を覚まし猛然と抗議するシアに、ソウゴは冷ややかな目を向ける。

「目は冷めたかピンク娘。発情期も大概にしておけよ」

「えっ? ……はっ、あれは夢!? そんなぁ~、せっかくソウゴさんがデレた挙句、その迸るパトスを抑えきれなくなって、羞恥に悶える私を更に言葉責めしながら、遂には公衆の面前であだだだだだだだっ!?」

 聞いていられなくなって顔面を掴みアイアンクローを叩き込むソウゴ。シアは藻掻きながら持ち上げられた挙句、真上に投げられ天井に頭を強打した後涙目で蹲った。やはり残念なキャラは抜け出せないらしい。

 

 頭頂部を摩りながら「何となく幸せな気持ちになったのですが気のせいでしょうか?」と呟く。恐らく無意識にソウゴの撫でを感じていたのだろう。だがそれを言えば調子に乗るのは目に見えているので、ソウゴは無視して言わない事にした。

 

 シアが起きたので、ソウゴはユエも起こす事にした。ユエは「……んぅ……あぅ?」と可愛らしい声を出しながらゆっくりと目を開いた。そしてボーっとした瞳で上目遣いにソウゴを確認すると目元をほころばせ、一度ソウゴの肩口にすりすりするとそっと離れて身だしなみを整えた。

「うぅ、ユエさんが可愛い……これぞ女の子の寝起きですぅ~、それに比べて私は……」

 今度は落ち込み始めたシアにユエは不思議そうな目を向けるが、"シアだから"という理由で放置する。

「ほれ、寝ぼけてないで探索開始だ」

 そして、ユエの女子力全開の可愛い仕草もソウゴには全く通じなかったらしい。

 

 

 三人は迷宮攻略を再開し、長い通路の先を行く。

 そして歩き続ける事十分程。遂に通路の終わりが見えた。通路の先は巨大な空間が広がっている様だ。道自体は途切れており、十メートル程先に正方形の足場が見える。

「ユエ、シア。跳ぶぞ」

 ソウゴの掛け声に頷くユエとシア。ユエとシアを小脇に抱え、ソウゴは通路から勢いよく飛び出した。ソウゴ達は眼下の正方形に飛び移ろうとした……その目の前で、正方形のブロックがスィーと移動し始めたのだ。

「おっと、それは困る。大人しくしてもらおう」

 それでも慌てるでもなく、何でもない様に直ぐに対応するソウゴ。“停止の邪眼”を発動し、ブロックを元の座標に縫い止める。そこへ落ち着いて着地し、二人を降ろす。そのまま周囲を見渡して……

 

 

「あはは、常識って何でしょうね。全部浮いてますよ?」

 

 

 シアの言う通り、ソウゴ達の周囲の全ては浮遊していた。

 

 ソウゴ達が入ったこの場所は超巨大な球状の空間だった。直径二キロメートル以上ありそうである。そんな空間には、大小様々な形の鉱石で出来たブロックが浮遊してスィーと不規則に移動をしているのだ。完全に重力を無視した空間である。だが、不思議な事にソウゴ達はしっかりと重力を感じている。恐らく、この部屋の特定の物質だけが重力の制限を受けないのだろう。

「恐らくだが、ここに術者がいるのだろう」

 ソウゴの推測にユエとシアも賛同する様に表情を引き締めた。取り敢えず、何処かに横道でもないかと周囲を見渡す。ここが終着点なのか、まだ続きがあるのか分からない。だが、間違いなく深奥に近い場所ではあるはずだ。

 ソウゴは、この巨大な球状空間を調べようと目を凝らした。その次の瞬間、シアの焦燥に満ちた声が響く。

 

「逃げてぇ!」

 

「「!!」」

 ユエは問い返す事もなくシアの警告に瞬時に反応し弾かれた様に飛び退いき、ソウゴも気配を感じ視線を向ける。

その先には、隕石の様に赤熱化し迫る巨大な物体。ソウゴは手を翳し、ぶつかる寸前でサイコキネシスを使い無理矢理軌道を変える。

 直後、

 

 ズゥガガガン!!

 

 隕石は変えられた軌道上のブロックに直撃し、木端微塵に爆砕した。ブロックを破壊すると、勢いそのままに通り過ぎていく。

 

 それを見て、ソウゴの顔に笑みが浮かぶ。あのサイズの物体が、今の今まで自分の知覚網に引っ掛からなかったのである。当たったとしても無傷ではあっただろうが、足場からは落とされていたかもしれない。自然、この後ぶつかるであろう存在への期待感は高まっていく。

(場合によっては、"羅生転輪"に加えてもいいかもしれんな)

 

 

「えへへ、"未来視"が発動して良かったです。代わりに魔力をごっそり持って行かれましたけど……」

「……ん、お手柄」

 

 どうやら、ソウゴの感知より早く気がついたのはシアの"未来視"が発動したからの様だ。"未来視"はシア自身が任意に発動する場合、シアが仮定した選択の結果としての未来が見えるというものだが、もう一つ、自動発動する場合がある。今回の様に死を伴う様な大きな危険に対しては直接・間接を問わず見えるのだ。

 

 つまり、直撃を受けていれば少なくともシアは死んでいた可能性があるという事だ。改めて期待を込め、ソウゴは通過していった隕石擬きの方を見やった。ブロックの淵から下を覗く。と、下の方で何かが動いたかと思うと猛烈な勢いで上昇してきた。それは瞬く間にソウゴ達の頭上に出ると、その場に留まりギンッと光る眼光をもってソウゴ達を睥睨した。

「ほほぅ、これは楽しめるか…?」

「……すごく……大きい」

「お、親玉って感じですね」

 三者三様の感想を呟くソウゴ達。若干、ユエの発言が危ない気がするが、ギリギリ許容範囲……の筈だ。

 

 ソウゴ達の目の前に現れたのは、宙に浮く巨大なゴーレム騎士だった。全身甲冑はそのままだが、全長が二十メートル弱はある。右手はヒートナックルとでも言うのか赤熱化しており、先ほどブロックを爆砕したのはこれが原因かもしれない。左手には鎖がジャラジャラと巻きついていて、フレイル型のモーニングスターを装備している。

 

 辺りに静寂が満ち、まさに一触即発の状況。動いた瞬間、命をベットした殺し合い(ゲーム)が始まる。そんな予感をさせるほど張り詰めた空気を破ったのは……

 

 

 巨体ゴーレムのふざけた挨拶だった。

 

 

「やほ~、はじめまして~、みんな大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

 

「「「……は?」」」

 凶悪な装備と全身甲冑に身を固めた眼光鋭い巨体ゴーレムから、やたらと軽い挨拶をされた。何を言っているか分からないだろうが、ソウゴにもわからない。頭がどうにかなる前に現実逃避しそうだった。ユエとシアもポカンと口を開けている。

 そんな硬直する三人に、巨体ゴーレムは不機嫌そうな声を出した。声質は女性のものだ。

「あのねぇ~、挨拶したんだから何か返そうよ。最低限の礼儀だよ? 全く、これだから最近の若者は……もっと常識的になりたまえよ」

 実にイラっとする話し方である。しかも、巨体ゴーレムは、燃え盛る右手と刺付き鉄球を付けた左手を肩まで待ち上げると、やたらと人間臭い動きで「やれやれだぜ」と言う様に肩を竦める仕草までした。

 

「……はははははははは!!」

 

 すると突然、堰を切った様に笑い出したソウゴ。道中散々見てきたウザイ文を彷彿とさせる気配を目の前の"ミレディ・ライセン"を名乗るゴーレムから感じたのだろう。つまり、このゴーレムは間違いなくミレディ本人という事だ。

「えぇ~……? 何いきなり、どうしたの君? って君! さっき私の突撃軌道を捻じ曲げたよね!? 何やったのさ!」

「くくっ、いやなに。まさか本人がいるなんぞ思わなかったんでな、その上人形遊び(・・・・)が趣味なぞ案外可愛らしいものだと少々昂った。その姿はアレか? 魂を移したとかそんなところであろう?」

「いや無視すんなし。……ん~? ミレディさんは初めからゴーレムさんですよぉ~何を持って人間だなんて……」

「オスカーの手記に貴様の事も少し書いてあった。きちんと人間の女として出てきてたぞ? それと言いたい事があるなら手短に話せ。私は早く貴様と戦いたくて疼いているのだよ」

「お、おおう……久しぶりの会話に内心狂喜乱舞している私に何たる言い様。っていうかオスカーって言った? もしかして、オーちゃんの迷宮の攻略者?」

「ああ、オスカー・オルクスの迷宮なら攻略した。話は終わりか? 戦闘に入るぞ? 目的は会話じゃないんでな」

 

 ソウゴが逢魔剣に手をかけ視線を巨体ゴーレムに向ける。ユエはすまし顔だが、シアの方は「うわ~、戦闘狂……」と感心半分呆れ半分でソウゴを見ていた。

 

「……目的は神代魔法かな? ……それってやっぱり、神殺しの為? あのクソ野郎共を滅殺してくれるのかな? オーちゃんの迷宮攻略者なら事情は理解してるよね?」

「まだ続くのか。早く終わらせろ」

「こいつぅ~ホントに偉そうだなぁ~、まぁ、いいけどぉ~、えっと何だっけ……ああ、私の正体だったね。うぅ~ん」

「語るなら簡潔にな。オスカーの様な細かい説明なら無視するぞ」

「あはは。確かにオーちゃんは話が長かったねぇ~、理屈屋だったしねぇ~」

 

 巨体ゴーレムは懐かしんでいるのか、遠い目をするかの様に天を仰いだ。本当に人間臭い動きをするゴーレムである。ユエは相変わらず無表情で巨体ゴーレムを眺め、シアはその威容に気が引けているのかそわそわしている。

「うん、要望通りに簡潔に言うとその通り。私は確かにミレディ・ライセンで、ゴーレムの身体に魂を移したのさ。もっと詳しく知りたければ見事、私を倒してみよ! って感じかな」

「別に貴様の情報は求めてないし、たったそれだけを言う為に随分と時間を無駄にしたな」

「……君さぁ、せっかちってよく言われない?」

 今度は巨大なゴーレムの指で顔を掻き、訝し気な仕草をするミレディ・ゴーレム。

 そしてその中身については、凡そソウゴの推測通りだった。ソウゴはそれで話が終わったと判断して剣の柄を握る。だが最後の最後で戦士としての礼として、いきなり斬りかかる前に声を掛ける。

「それで、話は終わりか? ならとっとと始めるぞ」

 

「──その前に、今度はこっちの質問に答えなよ」

 

 その瞬間、いきなり声音が変わった。今までの軽薄な雰囲気が鳴りを潜め、真剣さを帯びる。その雰囲気の変化に少し驚くユエ達。また戦いを焦らされたソウゴが面倒そうに問い返す。

「なんだ?」

「目的は何? 何の為に神代魔法を求める?」

 

 嘘偽りは許さないという意思が込められた声音で、ふざけた雰囲気など微塵もなく問いかけるミレディ。もしかすると、本来の彼女はこちらの方なのかもしれない。思えば、彼女も大衆の為に神に挑んだ者。自らが託した魔術で何を為す気なのか知らない訳にはいかないのだろう。オスカーが記録映像を遺言として残したのと違い何千年もの間、意思を持った状態で迷宮の奥深くで挑戦者を待ち続けるというのは、ある意味拷問ではないだろうか。軽薄な態度はブラフで、本当の彼女は凄まじい程の忍耐と意志、そして責任感を持っている人物なのかもしれない。

 

 ユエも同じ事を思ったのか、先程までとは違う眼差しでミレディ・ゴーレムを見ている。深い闇の底でたった一人という苦しみはユエもよく知っている。だからこそ、ミレディが意思を残したまま闇の底に留まったという決断に共感以上の何かを感じた様だ。

 その真剣さを察したソウゴは、ミレディ・ゴーレムの眼光を真っ直ぐに見返しながら嘘偽りない言葉を返した。

「ならはっきり言おうか。私の目的は神代魔法では無い」

「……どういう事?」

「私がここに来たのは、ただの暇潰しだ。強いて言うなら、強者との手合わせが目的になるか。少なくとも……」

「少なくとも?」

 

「貴様等の目指した神殺し等というつまらん些事(・・・・・・)が目的ではないな」

 

 ソウゴの言葉に、ミレディ・ゴーレムは暫く呆気にとられた様に黙る。それはミレディだけでなく、ユエとシアも同じだ。何故ならその言葉は……。

 ミレディはジッとソウゴを見つめた後、また別の雰囲気を纏いだした。それは……

 

「「───ッ!?」」

 

 怒りだった。ソウゴへの激しい怒りだ。オスカーの言葉を聞いた上で、その無念を聞いた上で。自分達の秘匿した神秘を"暇潰し"で暴き、生涯をかけて目指した理想を"些事"と切り捨てたソウゴへの、燃え盛る様な怒り。

 それを肌で感じ取り、ユエとシアは背中に粟立つものを感じながらも戦闘態勢に入る。それをソウゴが手で制した。

「……!」

「ちょっ、ソウゴさ───、ひっ!?」

 抗議しようとして、二人はミレディ以上の圧をソウゴから感じ取った。しかし感じ取った感情は、ミレディとは真逆のもの。

「悪いが、手出し無用で頼む。漸くやる気を出した様なのでな」

 

 

 ───即ち、喜び。悍ましく、恐ろしい程の狂喜。

 

 

 事実、ソウゴの表情はギラつく程の笑みを湛えている。これから繰り広げられる、ミレディとの戦いを心底から楽しもうとしている顔だ。

 

 実は先程の言葉、半分以上はミレディに全力全霊を出させる為の挑発だった。時に怒りは、本人が持ちうる実力以上の力を発揮させる事がある。どうせ打ち倒すならば、それは強ければ強い程良い。挑発に乗ってこない可能性もあったが、それは限りなく低いとソウゴは考えていた。

 

 先程の会話で感じた事だが、ミレディは存外仲間想いで使命に燃えるタイプだと推測した。ならばその仲間との共通目的を軽んじてやれば、たとえ挑発だと分かっていても乗って来ると思っていた。

 ソウゴは逢魔剣をユエに預け、ミレディに手招きする。

 

「さぁかかって来いミレディ・ライセン! 先程の詫びだ、こちらは私一人、武器を使わずに戦ってやろう!」

 

 その返答は、言葉でなく行動で示された。

 ミレディは左腕のフレイル型モーニングスターをソウゴ達に向かって射出した。投げつけたのではない。予備動作なくいきなりモーニングスターが猛烈な勢いで飛び出したのだ。

 

 

 七大迷宮が一つ、ライセン大迷宮最後の戦いが始った。

 

 

 

 ソウゴはブロックから飛び出し、モーニングスターを蹴り飛ばして挨拶代わりと言わんばかりに腕を振るう。するとソウゴの叩いた空間に罅が入り、ミレディを衝撃波が襲う。

「はあっ!?」

 衝撃はミレディにぶつかるとその鋼の身体をへこませ、装甲を剝ぐと共に大きく後方へ吹き飛ばす。

「ぶへっ! 痛ったたたた……思いっきりへこんでんじゃん、どんな馬鹿力してんの…!」

「どうした、まだ始まったばかりだろう!」

 

「っ!!」

 

 壁に叩きつけられ、ダメージを確認した瞬間いつの間にか目の前にその元凶がいた。明らかにあり得ない動きだ。

「どんな速さしてんの!? ホントに人間!?」

「まだ人間のつもりだよ! 貴様より長生きしてるがな!」

「マジかよお爺ちゃん!」

 そんな軽口を叩きつつ、今度は右手のヒートナックルを振るうミレディ。ソウゴは難なく受け止め、そのまま拳を掴む。

「貴様、格闘戦は素人か?」

「熱くないのソレ!?」

「呵々、私を焼くには温すぎるぞ!」

 ソウゴはそのまま体を捻り、ミレディが最初に墜落したブロックまで彼女を投げ飛ばす。ミレディが轟音を上げながら着地した所へ、ソウゴが宙を蹴って勢いをつけて跳び蹴りの姿勢で突っ込んでくる。

 ミレディは咄嗟にブロックを操作し、ソウゴと自分の間に複数のブロックを浮かべてその威力を減衰する。

 

「そう来なくてはな!」

 

 ソウゴは幾つか蹴り砕いたところで反転し、ミレディから距離を取って着地する。

 距離が空いたのをいい事に、ミレディは近場のブロックを引き寄せて身体を再構成しようとする。だが……

「嘘、直らない!? 何で!?」

 塞がらない傷に声を荒げるミレディ。その隙を逃す筈も無く、ソウゴの次の一手が放たれる。

「"聖剣抜刃(エクスカリバー)"!」

「ちょっ、タンマタンマ!」

「待った無しだ!」

 ミレディの叫びを無視して放たれる手刀の連斬が迫る。ミレディは先程と同じくモーニングスターを射出して第一波を受け止めようとする。だがソウゴによって放たれた光速の手刀は鉄球を容易く両断し、勢いそのままミレディの左腕を半ばまで裂く。それに驚く間もなく、第二波三波がやって来る。ミレディは受け止めようとせず、そのまま上方へ引っ張られる様に飛んで回避する。だが完全には躱し切れず、片足に深々と切れ目が出来た。

 

「ほほぅ、真っ二つにしてやるつもりだったが……まさか切り傷だけとはな」

「普通ならこんな深々斬られるどころかそもそも傷つかないんだよっ! ていうかここじゃ魔法は碌に発動しない筈なのに、何なのさこの威力!!」

「おいおい勘違いするな、さっきのは体術だぞ!」

 

 そう言うが早いか、再びソウゴは破裂音を響かせながら突進する。

「マジで化物じゃんこのハイスペックジジイ!」

 ミレディは吐き捨てる様にそう言い、今度はソウゴに向かって自身の秘奥、神代魔法たる"重力魔法"を使用する。

 その影響圏にソウゴが入った瞬間……ミレディに圧力がかかった。

「ッ!? ……なん、で…!?」

「悪いな、私の肉体は常に物理・術問わず攻撃を反射する様になっていてな!」

「クソ野郎共を超える理不尽仕様だねこのクソ爺!!」

「褒めても何もやらんぞ!」

 悪態を吐くミレディの身体に、ソウゴの剛拳が叩き込まれる。ミシミシと不快な音を立てながら、ミレディは再びブロック上に激突する。

 

「くっそ……、褒めてないってこの野郎……!」

 

 濛々と舞う土煙の中、ミレディはソウゴに断たれた事で二又になったモーニングスターを振るう。だが鉄球はソウゴを捉える事無く、その身体をすり抜ける。

「はぁ!?」

「おいおい、霊体化如きで驚いてくれるなよ」

「いやいやおかしいでしょ!?」

 そこで先程の様に近づかず、そのまま宙に留まるソウゴ。初対面時と丁度逆転した状態だ。

「貴様が先程やったのは“重力操作”か何かか。……成程、この空間の石が浮いているのはそれがタネか。大した手品だな」

 ミレディの重力操作を手品と表現したソウゴは、両の五指を確と伸ばして掌が見える様にミレディに向ける。

 

「褒美だ、私もちょっとした手品を見せてやろう」

 

 途端、伸ばしたソウゴの指先。その一つ一つに超々高温の極々小さな火球が生成される。その数、両手あわせて十。

「依然立ち寄った世界で見かけた技をアレンジしたものでな。"メラガイアー"と"イオグランデ"という、どちらもその世界では超上級に属する魔術、その合わせ技だ」

「なんかヤバそうなんで絶対受けたくない……!!」

 その瞬間、ミレディはまたブロックを集めて防御しようとする。それに構いもせずソウゴは十の火球を撃ち出す。

「そう遠慮せずに食らっていけ、"フィンガープラズマボムズ"!」

 ソウゴの言葉と共に飛び出した火球は、着弾したブロックごとその奥のミレディを飲み込む大爆発を起こす。

 

 

「きゃっ!」

「ひょわああぁあぁ!?」

 

 

 その衝撃は凄まじく、戦闘の規模が激しく遠くに避難していたユエとシアが悲鳴を上げ、あわやブロックから落ちかけた。

 そんな二人に気付いているのかいないのか。爆発によって発生した煙塵を気にした風も無く、ソウゴは口を開く。

 

「……この技だがな、威力はあるんだが指向性を持たせたばかりに範囲が元の術より狭まるのが難点でな。そこをどう思うミレディよ?」

 

 言い終わると共に腕を振れば、その方向の煙が晴れる。そこには、先程の炎獄を凌ぎ切ったミレディがいた。防御しきれないと判断したミレディは、即座に少しでも爆心地から離れる為に強力な重力操作で自身を壁に叩きつける様に後退したのだ。

 

 だがそれでも、ミレディ側の損害は激しい。盾となるブロックは半分以上を失い、自身も左の脇腹に当たる部分がごっそり抉れている。半ばまで断たれていた左腕は、肘から先が綺麗さっぱり無くなっている。

「……これを見て文句があるなら、欲張りが過ぎない?」

「当然だろう? 王とは強欲でなければ務まらんよ。それより、周りは気にしないで良いのか?」

「!?」

 

 そう言われてミレディが周りを見れば、いつの間にか自分を囲む様に無数の淡い光の粒が漂っている。ソウゴが先程腕を振るった際に振り撒いた物だ。

 

「"グランドスイーパー"」

 技名と共に指を鳴らせば、夏祭り終盤のスターマインの様に連続した爆発音が響き渡る。

 

「──────ッ! ホンッッット容赦無いなこの爺さん!!」

 

 ソウゴへの不満を言いつつ、爆炎を突破して前進するミレディ。ミレディは自分の周囲のブロックを変形させ、道中で見たゴーレム騎士を数体作り出す。

「その状態で更に(・・)人形遊びか、存外器用なものよな!」

 そう言いつつソウゴは腕を十字に組み、"スペシウム光線"でその悉くを破壊する。ミレディは「チッ!」と舌打ちしつつ、今度は無数の棘に変形させて射出する。それをソウゴが"ウルトラギロチン"で撃ち落とす。

「これはどうだ!?」

 ミレディがそう口にした瞬間、ソウゴの真下から唸りを上げてマグマの奔流が迫る。どこから現れたか判らないが、ミレディが操作しているのだろう。身体強化増し増しのシアでも躱し切れないであろう速度で迫る。

 これを見たソウゴは一瞬で空中に六行もの文を綴り、氷の魔術──闇術を発動させる。

 

「"氷結地獄(ブライト・ホワイト・フロスト)"」

 

 白く輝く猛吹雪は一瞬でマグマの奔流を包み、熱の無い石柱に変えてしまう。

「あぁもう! あれも対処するかよ!?」

「長年生きていればああいう事も多々ある!」

「あるか馬鹿!!」

 攻撃が全て防がれ、口汚くソウゴに返すミレディ。だがその間も手は緩めず、マグマの熱を拳に与えて握りしめる。

「ヤケクソだ! ミレディちゃん怒りの赤熱鉄拳!!」

「"水流の鼓動"!」

 

 重力操作を駆使した高速移動で迫るミレディに、ソウゴはジェット噴射の如き激流をぶつける。

 急激な温度変化で、ミレディの拳は罅割れる。

「さぁ、もう終わりか? どうせなら貴様の持つ"神代魔法"とやらを使って見せよ」

「もう重力魔法なら使ってるっての! 効かないからこうして足掻いてるんでしょうが!」

 

 

「…………何だと?」

 

 

 その瞬間、ソウゴの攻撃の手が止んだ。辺りを何とも言えない空気が支配し始める。ミレディが「え、何これ?」と言うと、最初に顔を合わせた時の様にソウゴはいきなり笑い出した。

「……くっ、ははははは! ミレディ、貴様道化の才もあるらしいな! ……そう隠さずともよい、ここまで来たのだ。貴様の秘奥を見せるがいい。出し惜しみをする性格でもあるまい?」

 ソウゴはミレディの言葉を一笑に付し、早く神代魔法を見せろと急かす。

 

「だ・か・ら! 私の神代魔法は重力魔法! 正確には"星のエネルギーに干渉する魔法"で、その気になれば地震や噴火を起こしたりできる優れものなの! さっき使って跳ね返されたけどねっ!」

 

 ミレディがキレ気味に言ったその瞬間、ソウゴの笑みが消え無表情になる。先程までの圧倒的なプレッシャーの代わりに、血の一滴に至るまで凍り付く程の冷気を伴った沈黙が広がる。

 それだけで、ミレディは生身を捨ててから久しく感じなかった寒気と恐怖を覚えた。

 

「……ユエ、シア」

「「っ!!」」

 

 突然、ソウゴは観戦に徹していた二人に声を掛ける。ソウゴの無色の威圧に中てられた二人は、ビクッと体を震わせながらも呼び掛けに応じる。

「な、何でしょう…?」

「たった今、ミレディは『自身の持つ神代魔法は重力魔法』だと言った気がするが、私の聞き間違いか?」

「……ん、間違いない」

「星のエネルギーを操り、地震や噴火を起こせる魔法と、そう言ったか?」

「その通りです。ま、まったく恐ろしい魔法です!」

 そこまで言ったところで、二人はソウゴが別の感情を宿した事を感じ取った。この感情は……落胆だろうか。

 

「ふ、ふふふふ……、はははははははははは!!」

 

 その瞬間、ソウゴは今までで一番の大音声で笑った。

「さっきから何なの爺さん、情緒不安定?」

「これが笑わずにいられるか! はははははははは……いやなに! 漸く気付いただけよ、この世界の程度にな!」

「……どういう事かな?」

 ミレディの言葉が皮切りになったか、ソウゴは声を荒げて語り出す。

 

 

「火や土、闇に才ある者ならば生後間もない赤子だろうと無意識に、そうでなくとも素養のある者ならば遅くとも二十年もあれば習得できる程度の事を! たかが中の上程度の魔術を(・・・・・・・・・・・・)! 事もあろうに神代、それも魔法などと宣うなぞ笑止千万、滑稽にも程がある!」

 

 

「は、いや……え───?」

 ソウゴから発せられた言葉に、ミレディは固まる。この魔法が中の上? 才能があれば生まれたばかりの赤ん坊でも使える? 才能が無くても修行すれば至れる程度のもの? ソウゴの言葉が理解できない。否、心が理解する事を拒んでいる。

 

「仮にもこの様な迷宮を造り上げた者だ。如何なる曲者かと心躍らせ、事によっては"羅生転輪"に加えようと期待したが、蓋を開ければ重力操作、地震や噴火の操作如きを神代の奇跡と信じる臆病で矮小な小娘ときた! 期待外れも甚だしい! そんな小娘を恐れ人心を操ってまでこんな辺境に追い詰めたのならば、どうやらこの世界の神とやらも余程小心の臆病者と見える! ならばその実力も所詮知れているというものよ!」

 

 どうやらソウゴは、ユエやシアが思っていた以上にミレディを高く評価していたらしく、それが過大評価だったと知れた今、その失望も相まって言葉が止まらない。

 

「思えば私も愚かなものよ。たかが神殺し程度(・・)も成せん敗北者、ましてやこの様な取るに足らん臆病な小娘如きの力を恐れる小心者も倒せん者が……この私の身体に傷をつけ、剰え命に届きうるなど出来よう筈も無いであろうに!」

 

 

「それ以上言うなッッ!!!」

 

 

 神殺し程度、敗北者、取るに足りない……。そんな言葉に堪え切れず突撃し拳を振るうミレディだが、ソウゴが軽く手を翳すだけで動けなくなる。ミレディが得意としていた重力操作。だがソウゴの放ったそれはミレディの全力の数段も上。その目に浮かぶ感情は、最早失望でも怒りでもなく憐みに近い。ミレディの中で、永い間必死に彼女を支えていた何かが崩れていく。

「戯れに出した程度の威力で指先一つ動かせんとはな。あぁいや、唆された人間達を敵だと割り切り殺す事も出来ん小娘だ。アインズや司波の小僧、アノスと同程度を求めるなど酷な話であったか……。もうよい、貴様の人形劇(・・・)に付き合うのも飽きた」

 そう言うソウゴの掌には、高密度の光球が形成される。

「……お前に、何が分かるッ!?」

「分からんさ。私は貴様ではないからな」

 ミレディの憤怒の叫びを素気無く一蹴し、最後の一撃を放つ。

 

「眠れ。身の丈に合わん夢を見た、憐れな小娘よ。───"ガイアフォース"」

 

 

 ドゴォォォン———!!!

 

 

 ソウゴが放ったそれは、轟音を響かせながら一片の塵すら残さずミレディの鋼の身体を消し飛ばした。

 巻き上げられた土煙が晴れれば、そこにあるのは焼け焦げた地面と痛い程の静けさだけだった。

 

 

 その沈黙を破ったのは、ソウゴの傍に来た二人だった。

「……最初は、性根が捻じ曲がった最悪の人だと思っていたんですけどね。ただ一生懸命なだけだったんですね」

「……ん」

 

 どこかしんみりとした雰囲気で言葉を交わすユエとシア。だが、ミレディに対して限りなくその評価を下方修正したソウゴは、最早気にする価値すら無いといった様子でユエに預けた逢魔剣を腰に佩き、二人に話しかけた。

「さっさと先に行くぞ」

「ちょっとソウゴさん、そんな死人に鞭打つ様な事を! 戦闘中も思いましたが、あれはあんまりですよ!」

「……ソウゴ様、鬼畜」

「……一応言っておくが、私は聖人では無い。少なくともこんな状況で人形越しに(・・・・・)戦場に来る臆病者にかける礼儀は持たん」

「「?」」

 

 そんな雑談をしていると、いつの間にか壁の一角が光を放っている事に気がついたソウゴ達。気を取り直してその場所に向かう。

「……ソウゴ様、自分の世界に帰る?」

「……いや、もう暫くはお前達との旅を楽しむとしよう」

 

 ソウゴとユエがそんなやり取りをしつつ、上方の壁にあるので浮遊ブロックを足場に跳んでいこうとブロックの一つに三人で跳び乗った。その途端、足場の浮遊ブロックがスィーと動き出し、光る壁までソウゴ達を運んでいく。

「……」

「わわっ、勝手に動いてますよ、これ。便利ですねぇ」

「……サービス? ……あ、もしかしてソウゴ様、人形って……」

 

 勝手にソウゴ達を運んでくれる浮遊ブロックにシアは驚き、ユエは首を傾げる。だが次の瞬間それがどういう事か気付いたのか、ソウゴに方を向く。ソウゴは見るからに興味無さげな無表情だ。十秒もかからず光る壁の前まで進むと、その手前五メートル程の場所でピタリと動きを止めた。すると光る壁は、まるで見計らった様なタイミングで発光を薄れさせていき、スっと音も立てずに発光部分の壁だけが手前に抜き取られた。奥には光沢のある白い壁で出来た通路が続いている。

 

 ソウゴ達の乗る浮遊ブロックは、そのまま通路を滑る様に移動していく。どうやらミレディ・ライセンの住処まで乗せて行ってくれる様だ。そうして進んだ先には、【オルクス大迷宮】にあったオスカーの住処へと続く扉に刻まれていた七つの文様と同じものが描かれた壁があった。ソウゴ達が近づくと、やはりタイミングよく壁が横にスライドし奥へと誘う。浮遊ブロックは止まる事無く壁の向こう側へと進んでいった。

 潜り抜けた壁の向こうには……

 

 

「……………………」

 

 

 実に不機嫌そうな、小さなミレディ・ゴーレムがいた。

 

 

 言葉もないシアと、途中で気付いたユエ。この状況を予想できたのは、ミレディが意思を残して自ら挑戦者を選定する方法をとっているからだ。それでは、一度のクリアで最終試練が無くなってしまう。

 

 小さなミレディ・ゴーレムは、巨体版と異なり人間らしいデザインだ。華奢なボディに乳白色の長いローブを身に纏い、白い仮面を付けている。本来はニコちゃんマークなのだが、今はムスっとした不満顔だ。

 その視線が自分に向いていると理解した上で無視したソウゴは、事務的な無感情さで話しかける。

「ミレディ・ライセン、貴様の持つ知識と財の全てを渡せ」

「…………そこに立って」

 無感情に徹しようとしている様な声で、魔法陣を起動させるミレディ。

 

 それと共に魔法陣の中に入るソウゴ達。今回は、試練をクリアした事をミレディ本人が知っているので、オルクス大迷宮の時の様な記憶を探るプロセスは無く、直接脳に神代魔術の知識や使用方法が刻まれていく。ソウゴとユエは経験済みなので無反応だったが、シアは初めての経験にビクンッと体を跳ねさせた。

 ものの数秒で刻み込みは終了し、あっさりとソウゴ達はミレディ・ライセンの神代魔術を手に入れる。

「……やはりオスカーのものと同じく、とても魔法とは呼べん粗末な代物だな」

「…………だろうね、私達と同じ事を全部もっと凄い規模で出来るとか……嫌味かクソ爺。……後、ウサギの子は適正無いね」

「……あ、私ですか!? はい……えっと?」

 ミレディの言う通り、シアは重力魔術の知識等を刻まれても真面に使える気がしなかった。ユエが生成魔法をきちんと使えないのと同じく、適性が無いのだろう。

「……体重の増減位なら使えるんじゃないかな。金髪ちゃんは適性ばっちりだね。修練すれば十全に使い熟せる様になるよ」

 ミレディのソウゴに対するより幾分マシな解説にユエは頷き、シアは打ちひしがれた。折角の神代魔法を適性無しと断じられ、使えたとしても体重を増減出来るだけ。ガッカリ感が凄まじい。また、重くするなど論外だが軽くできるのも問題だ。油断すると体型がやばい事になりそうである。寧ろデメリットを背負ったんじゃ……とシアは意気消沈した。

 

 落ち込むシアを尻目に、ミレディは自身の持つ資材とそれをしまってある宝物庫と攻略の証の指輪、他の大迷宮の場所を記した紙きれをソウゴに押し付ける様に手渡した。

「………私が渡せるのはそれで全部。しまったらさっさと帰って」

「ふむ、私も長居する理由が無いな」

 答えつつ、攻略の証を確認するソウゴ。ライセンの指輪は、上下の楕円を一本の杭が貫いているデザインだ。その指輪に向けて眼魔紋を描き、ミレディ眼魂を取り出す。それがライドウォッチに変化したのを確認し、ソウゴは懐に仕舞う。

 

「……………待って」

 

 そのまま身を翻して帰ろうとするソウゴ達の背に、ミレディが声を掛ける。

「……何だ?」

 その言葉が自分にかけられたものだと判っているソウゴは、一拍置いて訊き返す。

「神殺し、した事があるの?」

「何故そう思う?」

「……さっき調べてみたら、あのクソ野郎共と同質だけどもっと強い力を感じた。それと、戦ってた時に神殺し"程度"って言った。そんな言葉、前に経験が無いと出ない言葉だもん」

 

 ミレディの冷静な状況分析に、ソウゴは苦虫を嚙み潰した様な表情になる。それを不思議に思いユエが表情の理由を尋ねると、意外な理由が返って来た。

 

「……まぁ、そこに関してはあまり思い出したくない事柄なんでな。所謂黒歴史という奴だ」

 ソウゴがまるで恥じ入る様に頬を掻いてそう言えば、ミレディの真剣な眼差しが刺さる。そこに何か感じるものがあったのか、ユエとシアも興味津々な視線を向けて来る。ソウゴは観念した様に息を吐いた。

「……わかった、話してやろう。だがアレだぞ、はっきり言って貴様等が期待する様な話では決してないからな?」

 そう前置いてソウゴは、自身の神殺しの顛末を語り出した。

 

「あれは、私がユエと同じ年頃の時だ……」

 

 そうしてソウゴは、あまり自慢出来る様な事ではない過去を語り始めた───。

 

 

 

………………

…………...

…………

「……以上が事の顛末だ」

 

「「「…………は?」」」

 

 それが聴き終わった三人の反応だった。まるで信じられないものを見た様な顔をしている。

「……ソウゴ様、理不尽」

「……え~? あ、いや…その……えぇ?」

 事実ユエとシアの反応は、何ともやるせないというか、若干引いてる様に見える。

 すると突然、ミレディが笑い出す。何とも自嘲的な笑みを。

「ははははは、ははは、はは……。あぁ、そっか……。そんな簡単にできる人から見れば、そりゃ私達なんて滑稽に見えるか……」

 

 ミレディが纏う空気は、今まで見たどれとも違う。後悔、悲嘆、諦観、そのどれとも近い様で違う、何とも言い難い空虚な色。しかし、その姿は実に痛々しかった。

 

「………」

 原因が自分だと判ってるソウゴは、先程から視線が刺さって居心地が悪そうだ。

「……あー、少し待っていろ」

 そう言うが早いか、ソウゴの姿が突然消える。それを見たミレディが「空間魔法? ……違うか、魔力感じなかったし……」そう言って俯いてしまった。途端、ユエとシアはいたたまれなくなってしまう。

 一分程して、ソウゴは戻って来た。但し、その傍らに成人男性が一人簡単に収まる程の大きな長方形の箱を携えている。

 疑問符を浮かべる三人の視線を受けながら、ソウゴは箱を開ける。そこには……

 

 一人の少女の身体があった。

 

 歳の頃は十五、六程度。シアと同年代ぐらいだろうか。ユエと似た様な金髪をポニーテールに束ね、豪奢でありながら動きやすさを重視した様なドレスを纏ったその少女は、微動だにせず箱の中に鎮座している。

「……ソウゴ様? 誰?」

「ちょっとソウゴさん? こういう子がタイプなんだとしても誘拐は不味いですよ?」

 ユエとシアは初め、その美貌にソウゴを射殺す様な視線で見ていた。だが直ぐに、シアが彼女の違和感に気付く。

「……あれ? ユエさん、この人おかしくないですか?」

「……ん?」

「ただ眠ってるだけだと思ったら、何か気配が無いんですよ」

「……そういえば」

 それでユエも気付いたのか、少女の身体に手を触れる。

「……冷たい」

「では私もちょっと失礼して……」

 シアはそう言って少女の胸にウサミミを当てる。そして気付いた。そこから本来聞こえるべき音が聞こえてない事に。

「え!? ちょっ、これ、死体じゃ……痛っ!」

 その瞬間、ソウゴのデコピンがシアを襲う。そしてソウゴは、先程から固まっているミレディに視線を向ける。

「さてミレディよ、この身体に見覚えは無い(・・・・・・)か?」

 そう言って少女の身体を指差すソウゴに、ミレディは先程から"ありえない"と叫ぶ心を抑えつけて、最早存在しない筈のその身体を見て呟いた。

 

「これ……私、だよね……?」

 

 そう。この横たわる少女は生身だった頃のミレディと瓜二つ、というより寸分違わず全く同じだった。

「これはヒューマギアと言ってな。分かりやすく言えば最先端のゴーレムの様な物だ」

 ソウゴがそう言えば、驚いたのは他の三人だ。ユエとシアはペタペタと触り出す。

「……凄い。これがゴーレム?」

「ですよねー、もうこれ人間じゃないですか。肌なんかモチモチですよ、メッチャ触り心地良いですもん」

「貴様の記憶を覗いてな、それを参考に国で作らせてもらった。別に生身の身体を用意してもよかったんだが、機械の身体ヒューマギアの方が何かと便利かと思ってな」

 そう言いながら、ソウゴは未だ自身を模した機体に目を奪われているミレディに声を掛ける。

「ミレディ。今から貴様の魂をこちらに移す」

「……出来るの?」

「当然。その程度出来ずして、誰が魔王などと呼ばれようか」

 言い終えた瞬間、ソウゴは蒼く燃える指先を振るった。

 

「"積尸気冥界波"」

 

 その瞬間、ミレディの身体から半透明の人影が抜けてソウゴに操られる様にヒューマギアの機体に入っていった。ユエとシアは機体から離れる。

 数秒して、『Take off toward a dream』というヒューマギア共通の起動音と共に、指が微かに動き出す。次いで瞼を開き、新たな身体を得たミレディは身体を起こす。

「…………」

 ミレディは信じられないといった表情で自身の顔を触る。そのまま二、三度瞬きして立ち上がり、箱から出た。次いで、声が出るか確かめようと口を開いた。

「あー、あー。……凄い、間違いなく私の声だ……」

「一応は魔力回路も作っておいた。先程までの身体よりは威力は増している筈だ」

 ソウゴに言われ、ミレディは試しとばかりにシアに術をかけた。すると、

「ぷぎゃっ!?」

 

「っ!」

 

 ミレディは驚いた。以前より少ない魔力で、より速く、より強く発動されたのだ。同じ術とは思えない位に効率が上がっている。消費も下級と上級ぐらい違う。

「ぶへっ……、一瞬とはいえ、酷い目に遭いましたぁ……」

「……残念」

 

 そんなやり取りをする二人を他所に、呆然と自身の掌を見つめるミレディにソウゴは声を掛ける。

「他に迷宮の改修と代わりの試練用の機体も用意させて貰った。それが私からの……まぁ詫びだ、言葉が過ぎたな。……では達者でな」

 それだけ言うとソウゴはオーロラを展開し、ユエとシアを伴って部屋を後にしようとする。

「待って。……もう一つだけいい?」

「…私に答えられる範囲でな」

 

 振り返らず、だが立ち止まったソウゴの背に向けて、ミレディは質問する。

 

「私は……私達は、何で失敗したのかな?」

 その問いを背中に受け、少しの沈黙と三人の視線を得たソウゴは、瞑目の後に答える。

 

「……私が思うに、神殺しとは強欲と傲慢を併せ持ち、何よりも己の欲に忠実でなければならん。自身とその所有物だけを愛し、それらを害するならばたとえ無辜の民であろうと一切躊躇無く鏖殺せしめる、暴虐の化身にして傍若無人の体現者たる究極の自己主義者(エゴイスト)。……少なくとも私の知る神殺し達は、大なり小なりその様な気質の持ち主だった」

 

 そこで一度言葉を切り、首を傾け視線をミレディに向けて続ける。

「ミレディ・ライセン。貴様は神殺しを成すには、些か優しすぎた。『ただ唆されただけ』だと、敵に容赦をかけてしまった。排除という選択を出来なかった。……ここからは私の推測だが、オスカーの日記やこの迷宮の随所で垣間見えた貴様の理不尽さや身勝手さは、生来のものでは無かったのだろう。本来の貴様は、恐らくどこまでも受動的な性質だった筈だ。ただ言われた事を淡々とこなす機械の様にな」

 ミレディは言葉が詰まった。そこまで言って、ソウゴはミレディから視線を切った。

「酷な様だが……その様に生まれた貴様がどれだけの力や仲間を得ようとも、神殺しは到底成し得なかっただろう。神殺しを成す様な者は、生まれながらにそういう星の下に生まれるものだ。選ばれなかった貴様が背負うには荷が重すぎた。人並の才能を持ってしまった小娘が夢見た、身の程を弁えない過ぎた理想だったのだ」

 

 言い終えると、ソウゴは今度こそ振り返らずオーロラの中へ消えた。ユエもソウゴに従って駆け出していき、シアも何が何やらオロオロしつつミレディに一度頭を下げ、部屋を後にした。

 

 

 

 

 後に残されたのは、この部屋の本来の持ち主のみ。彼女は先程まで来客が居た方向を見て拳を握り、人知れず涙を流した。

 

 

 

 

 町と町、或いは村々をつなぐ街道を一台の馬車と数頭の馬がパッカパッカとリズミカルな足音と共にのんびりと進んでいた。勿論、その馬上には人が乗っている。冒険者風の出で立ちをした男が三人と女が一人だ。馬車の方には御者台に十五、六歳の女の子と化け物……基巨漢の漢女が乗っていた。

 

「ソーナちゃぁ~ん、もうすぐ泉があるから其処で少し休憩にするわよぉ~」

「了解です、クリスタベルさん」

 

 クリスタベルと呼ばれた漢女は、何を隠そうブルックの町でユエとシアが世話になった服飾店の店長である。そしてそのクリスタベルと隣に座る少女は、"マサカの宿"の看板娘ソーナ・マサカである。何やら常に驚愕してそうな名前だが、ちょっと好奇心と脳内の桃色成分が多いだけの普通の少女だ。

 

 この二人、現在冒険者の護衛を付けながら、隣町からブルックへの帰還中なのである。クリスタベルは、その巨漢からも分かる通り鬼の様に強いので、服飾関係の素材を自分で取りに行く事が多い。今回も仕入れ等の為に一時町を出たのだ。それに便乗したのがソーナである。隣町の親戚が大怪我を負ったと聞き、宿を離れられない両親に代わって見舞いの品を届けに行ったのだ。冒険者達は元々ブルックの町の冒険者で任務帰りなので、ついでに護衛しているのである。

 ブルックの町まであと一日といったところ。クリスタベル達は、街道の傍にある泉でお昼休憩を取る事にした。

 泉に到着したクリスタベル達が、馬に水を飲ませながら自分達も泉の畔で昼食の準備をする。ソーナが水を汲みに泉の傍までやって来た。そして、いざ水を汲もうと入れ物を泉に浸けたその瞬間、

 

 

「ふむ……迷宮の出口に設定したが、ここは何処だろうな?」

 

 

 突如今まで居なかった、なのに聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。

 

「きゃあ!」

「ソーナちゃん!」

 

 悲鳴を上げて尻餅をつくソーナに、クリスタベルが一瞬で駆け寄り庇う様に抱き上げ他の冒険者達の下へ戻る。それが目に入ったのか、突如現れた人物──ソウゴが声をかける。

「ん? 貴様、宿屋の娘か?」

「わっわっ、何!? ……って、アブノーマルなお客さん!?」

 いきなり現れたのがソウゴ達である事に初めに気付いたのは、妄想過多な宿の看板娘ソーナちゃん。そして「あら? 貴女達確か……」と体をくねらせながらユエとシアを記憶から呼び起こすクリスタベル。そして、「何だ何だ?」と野次馬の様に集って来る冒険者達だった。

「どうやら思ったより賑やかな場に出てきた様だな」

「……ん、ちょっとビックリ」

「しかも、何だか見た顔の人達もいますよぉ」

 

 そんな事を話していると、クリスタベルがソウゴ達の下へやって来た。ソウゴは近寄ってくる人物に見覚えが無い為首を傾げたが、隣でシアが「あっ、店長さん」と知り合いらしい振る舞いを見せるので「二人が世話になったか」と思い話に応じる事にする。

 

 結果、自分達のいる場所がブルックの町から一日程の場所にあると判明し、ソウゴ達も町に寄って行く事にした。クリスタベルの馬車に便乗させてくれるというので、その厚意に甘えることにする。道中色々話をしながら、暖かな日差しの中を馬の足音をBGMに進んでいく。

 

 

 新たな仲間と共に、二つ目の大迷宮の攻略を成し遂げたソウゴ。馬車の荷台に腰を降ろし燦々と輝く太陽を眩しげに見つめながら、ソウゴの脳裏には去り際のミレディの顔が何度も過り、その視線は何処か遠くを見ていた。

 

 

 

 

「君こそ、真の勇者に相応しい」

 

 半月が煌々と山間を照らし、時期に限らない万年の紅葉が妖しく輝く中、その言葉はやけに明瞭に響いた。告げた男は、誘う様に片手を差し出し細めた目を真っ直ぐに向けている。

 

「っ、お、俺は……」

 

 対して、そんな言葉を送られた者は、ゴクリと喉を鳴らしながら生唾と共に言葉を飲み込んだ。自分が今、人生の岐路に立っている事を明確に理解し、その危うさと誘惑の強さに心が激しく揺れているのを自覚する。

 

 周囲を見渡せば、そこには自分の従えた魔物共の姿がある。【ハイリヒ王国】の王都から離れた【湖畔の町ウル】の北に聳え立つ【北の山脈地帯】へ、仲間を置いて一人でやって来たのは、どうしようもない自分の現状を変えたかったから。異世界召喚という妄想の中にしかなかった素晴らしい出来事の当事者に選ばれ、その上反則じみた才能を授かったというのに、自分の"脇役(モブキャラ)"という位置付けに納得が出来なかったから。

 

 何より、自分を差し置いて物語の勇者そのものを体現しているかの様なあの男が許せなかったから。だから、こうして強力な魔物を従えて周囲の連中に自分を認めさせようとしている。

 

 だが、それも限界に感じていた。時間をかければ、自分の望みは叶うかもしれない。しかし時間をかければ成長するのは他の者も同じだ。特に、最前線で成長し続けているであろう勇者一行は、今この瞬間も自分を引き離しているかもしれない。見返してやりたい、認めさせてやりたいと思いながら、それでも恐怖に負けて大迷宮から逃げ出した自分では、追いつけないかもしれない。やり方次第だと自分に言い聞かせて、見つけた方法ならば"きっと"と信じているが、それでも不安と焦燥と、所詮自分と勇者達とでは生まれ持ったものが違うのだという諦観が胸中に幾度となく過るのを止められなかった。

 

 だから突然眼前に現れ「君こそ特別だ」と、そんな事を言って自分を勧誘する男の言葉に、心は激しく揺れる。

 

 

 ……たとえその代償が、取り返しのつかない事だとしても。

 

 

「ほ……本当に、俺を勇者にしてくれるのか? 後で裏切る気じゃないだろうな?」

「えぇ。君が今までの全てを切り捨て、我が主の下へ来てくれるというのなら、その証を。あの町の住人と“豊穣の女神”相手に示してくれるというのなら、我等は君を信じ勇者として迎えましょう。裏切るなどありえない、他の誰でもない“特別な”君だからこそ、我等の陣営に来て欲しいと願っているのです」

「……俺が、勇者に……物語の主人公に……」

 

 再び男の言葉を受けたその人物は、ゴクリと生唾を飲み込んだ。その瞳には、野望の黒い炎がチロチロと燻り始めている。欲望が、鬱屈した心が、決壊した堤防から噴き出る水の様に彼の深奥を染めていく。静かな興奮を隠しもせずに、その人物は舌舐りしながら頷いた。

「……いいだろう。俺が、アンタ達の勇者になってやるよ」

 

 その表情は、誰がどう見ても"勇気ある者"という称号には相応しくない、醜く歪んだものだった。

「それは良かった、これからよろしくお願いしますよ……我等が勇者殿」

 誘いをかけた男は柔和に笑いながら、心の中で嗤う。これから起こるであろう凄惨な蹂躙劇を想い、それが敵自身の招いた結果という皮肉を浮かべて。

 

 

 【北の山脈地帯】の一角に、音にならない二つの嗤い声が重なった。それを、半月と意思無き魔物達だけが静かに見つめていた。

 




豆知識

※ソウゴにとって神殺しの過去は「若さ故の過ち」という扱いなので、誇るべきではなく寧ろ隠したい過去です。


※「羅生転輪」とは?
 ソウゴが使う特殊な死者蘇生術、及びその術で蘇った死者の総称です(簡単に言うと穢土転生と英霊召喚の良い所取りの術)。全員が生前より大幅に強化されており、聖闘士星矢世界の各鎧を与えられます。


以下、現在のメンバーと登場原作(一部略称有り)。


牡羊座の夢結
『アサルトリリィ』

牡牛座の古城
『ストライク・ザ・ブラッド』

双子座の美炎
『刀使ノ巫女』

蟹座の一護
『BLEACH』

獅子座のゴジット
『ドラゴンボール』 全サイヤ人の集合体的存在

乙女座の飛鳥
『閃乱カグラシリーズ』

天秤座のナルト
『NARUTOシリーズ』

蠍座のゼレフ
『FAIRY TAIL』

射手座の光牙
『聖闘士星矢Ω』

山羊座のロジャー
『ONE PIECE』

水瓶座のエーデルワイス
『落第騎士の英雄譚』

魚座のなのは
『魔法少女リリカルなのはシリーズ』

蛇遣座のサターン
『美少女戦士セーラームーン』

海馬のカミト
『精霊使いの剣舞』

スキュラの春虎
『東京レイヴンズ』

クリュサオルの縁壱
『鬼滅の刃』

リュムナデスのマキセ
『非公認魔法少女戦線』

クラーケンのユナ
『くまクマ熊ベアー』

海魔女のミク
『VOCALOIDシリーズ』

海龍のオーフィス
『ハイスクールD×D』

トリトンのめだか
『めだかボックス』

天猛星ワイバーンの諸葉
『聖剣使いの禁呪詠唱』

天雄星ガルーダの刃更
『新妹魔王の契約者』

天貴星グリフォンのキャロル
『戦姫絶唱シンフォギアシリーズ』

天暴星ベヌウのシャナ
『灼眼のシャナ』

天魁星メフィストフェレスのルシファー
『sin 七つの大罪』

天哭星ハーピーの士道
『デート・ア・ライブ』

天捷星バジリスクのサルトリーヌ
『ピーチボーイ・リバーサイド』

天魔星アルウラネのルザミーネ
『ポケットモンスター サン・ムーン』

天英星バルロンのメリル
『エロティカル・ウィザードと12人の花嫁』

天孤星ベヒーモスの斬々
『武装少女マキャヴェリズム』

天寿星ヴァンパイアのフラン
『劇場版イナズマイレブンGO&ダンボール戦機』

天損星ケートスのハンナ
『好きで鈍器は持ちません!』

天機星キラービーの姫乃
『ヒメノスピア』

天異星バイコーンのケヤル
『回復術師のやり直し』

天満星キメラのシアン
『奴隷姫と過ごす日々』

天空星リンドブルムのティグル
『魔弾の王と戦姫』

天勇星ウンディーネのターニャ
『幼女戦記』

天殺星アメミットのスノーホワイト
『魔法少女育成計画』

天罡星麒麟のほむら
『魔法少女まどかマギカシリーズ』

天微星ジャバウォックの星屑
『ああ勇者、君の苦しむ顔が見たいんだ』

天富星イフリートの暁月
『はぐれ勇者の鬼畜美学』

天牢星ミノタウロスのクラン
『Re:魔法少女』

天間アケローンのジニア
『魔王学院の不適合者』

天角星ゴーレムのシータ
『装甲娘』

天敗星トロルのジョナサン
『ジョジョの奇妙な冒険 第一部』

天罪星リュカオンの弔
『僕のヒーローアカデミア』

天傷星マンドレイクのギィ
『転生したらスライムだった件』

天究星ナスのアドルフ
『K』

天退星玄武の一方通行
『とある魔術の禁書目録』

天巧星ハヌマーンの31
『イジメカエシ』

天立星ドリュアスのライザリン
『ライザのアトリエシリーズ』

天威星マンティコアのウェルベリア
『クイーンズブレイド』

天暗星アラクネのアサギ
『対魔忍シリーズ』

天祐星レギオンの茉莉香
『モーレツ宇宙海賊』

天速星スプリガンのオルクボルグ
『ゴブリンスレイヤー』

天剣星ドレイクのフラスコ
『鋼の錬金術師』

天平星ガーゴイルのハンター
『モンスターハンター』

天慧星ヘカトンケイルの金一
『緋弾のアリア』

重爆雷斬刃のメイプル
『防振り』

武神光臨剣のアナスタシア
『Free Life Fantasy On-Line』

天地崩滅斬の束
『インフィニット・ストラトス』

天神創世剣のケイ
『バトルスピリッツ 正史覇王伝』

ミカエルの魅零
『ヴァルキリードライヴマーメイド』

ガブリエルの深雪
『魔法科高校の劣等生』

ウリエルのメリオダス
『七つの大罪』

ラファエルのキリト
『ソードアートオンライン』

メタトロンのリーリァ
『すかすか』

ラドゥエリエルのイングリス
『英雄王、武を極めるため転生す』

アズラエルのラインハルト
『Re:ゼロから始める異世界生活』

オファニエルのゾーイ
『グランブルーファンタジー』

ガルガリエルの喜美
『境界線上のホライゾン』

サマエルのオルステッド
『無職転生』

サリエルのルベド
『オーバーロード』

サンダルフォンのオリヴィア
『俺だけが入れる隠しダンジョン』

ラジエルのエリカ
『カンピオーネ!』

ザドキエルのフェリス
『十歳の最強魔導師』

カマエルのレナリア
『異世界で最強の装備は、全裸でした』

ザフキエルのティンクトゥラ
『宝石姫』

アブディエルのフアナ
『オトギフロンティア』

シャムシエルのアテム
『遊戯王』
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