それは、ほんの他愛もない会話から始まる。
「ねぇねぇ〜杏ちゃん聞いた?」
「何を?」
「さっき隣のクラスの子が恋文を渡したとかで、その話題で持ちきりだよ〜!」
ほぉ!恋文を!好いた相手に文をしたためるという…
あれか!
「最近、そういうの多いよね〜」
そう言いながら笑う千鶴ちゃんも興味あるのだろうか?
そう、この年頃になれば若い娘達が一番興味があるのが恋愛。
以前の学校ではほとんど無かったけど、ここは同じ学校内に一応は男子がいるので
それなりに皆意識はするらしく、日々キャッキャとお年頃らしく恋愛のお話に花を咲かせているという訳なのだ。
「ほら、あの子も昨日一緒に男の子と帰ってたよ〜」
千鶴ちゃんは顔が広いので色々情報が早い。
楽しそうに話す友の顔を眺めていると、
急に黙ってこちらを見つめる千鶴ちゃん。
「な、何?急に黙って」
ジーッと顔を見られる。
はっ!またご飯粒が顔に付いているのだろうか!?
もしそうなら今週3回目!
すると、
「やっぱり、杏ちゃん、最近何かあったでしょ〜!」
「なにかって何?」
「だって、最近凄く表情が明るくなったよ〜!」
「そ、そうかな?」
「そうだよ〜!少し前までさ、、こういう話したら表情暗かったから…
その儚げな感じも、またいつにも増して色っぽくて良かったんだけどね〜」
前の学校では、隣の男子生徒とばかり喋ってる!媚びてる!淫乱!と散々な言われようだった。
こちらだって好きで話してる訳でもなし…
下校中などに話しかけられ、仕方無くそれに答えていただけなのに…
なので、異性の話は正直好きでは無い。
でも、最近は心なしかそこまで嫌じゃないような気も…
千鶴ちゃんも薄々分かってたのか、、、そういえば最近だな。
こういう話を私にするようになったのは…
母上達からも多少なりとも事情を聞いてるのだろうし、彼女なりに気を遣ってくれてたんだな…
千鶴ちゃん、優しいな。
そんな事を考えていると
「あのお兄さんでしょ!」
不意に千鶴ちゃんが発したその言葉に。
「どのお兄さん?」
ぱっと誰か浮かばなかった自分は薄情かもしれない。
「ほら〜!この前、杏ちゃんにお弁当持ってきたお兄さん!」
それは、、、時透さんか?
「あのお兄さんとどういう関係なの〜?」
「ど、どういうって、、、あの人は父の昔からの知り合いなだけだから…。」
「ほんとにほんと〜!?」
怪しまれてる!?
「あれから結構噂になってるんだよ〜」
「噂?怖すぎて?」
あの絶対零度の視線が?
「違うよ〜!あの中性的で綺麗な顔立ちでしょ?しかも、ああやって女子生徒を助ける所なんてさぁ〜!
小説に出てくる主人公みたいで、あの姿にやられた人は多かったみたいよ〜」
あの時か!格好良かったといえば確かに、そうかも、、、少しは認める。
「なんかさ〜杏ちゃんが明るい太陽なら、あのお兄さんは月の神秘的な感じなんだよね〜!対照的だけど… その感じが絵になるというのか」
時透さんは本当に見た目評判良い。
まぁ、確かにその辺の女子より綺麗ではある!
「どこの高等部の人かって、みんな知りたがってるよ〜」
え?高等部?
そうか、見た目があんな感じだから!
確かに昔から知ってる私でも29には見えない。
「でも、そうやってかっこいい男子を見て騒げるのも今だけだよね〜。はぁ…」
急に溜め息をつきだす千鶴ちゃん。
「それはどういう…?」
「だってさ〜、ここも地元の子ばかりだけど、一応は私立の学校だよ?
通ってる子のほとんどがお見合いで結婚するのが決まってるんだから、今くらいしか好きに恋愛出来ないでしょ〜?」
そうなのか。
確かに、そこまでお嬢様、お坊ちゃんが多い訳でも無いけど一応ここも私立。
忘れてた。
「杏ちゃんの家だってそうでしょ?」
「えっ?」
何となく他人事のように考えていた私に衝撃が走る。
「だって、昔から続いてる由緒ある武家のお家でしょ?煉獄家といえば、この辺りじゃ有名だよ〜」
「そ、そうだけれど、私が見合い!?」
「絶対そうだよ〜!杏ちゃん家だったら…
うん、軽く100枚位お見合い写真が来ててもおかしくないよ〜!」
「ひゃっ!100枚!?」
そうなのだろうか…。
そういえば、お祖父様達は見合いだと言っていたけれど、、、でも、母上と父上は違うし…
一度気になり出すと、どうしようもなくなる性分で…
今日一日、もう気になって気になって!
これは!一度父上に聞いてみなければ!!
そして放課後。
今日は袴だから良かった。
それに合わせて履物もブーツ!
これなら自転車がこげる!
昔はおなごが自転車などもってのほかだったらしいけれど…
今の時代はだいぶ乗りやすくなってきた。
ということで、千鶴ちゃんに借りたのだ!
千鶴ちゃんはよく遅刻するので学校の裏に自転車を隠して置いている。さすが!
と言う訳で、立ちこぎで急ぐ!
そして、家についたら真っ先に父上の元に急ぐ!
「ち、父上!お話が!!あれ?」
勢いよく襖を開けると、そこに父上はおらず…。
「おかえり〜今日は早かったね。そんなに慌てなくてもおやつのどら焼きなら」
今はどら焼きなどどうでも良い!
「母上!父上は?」
「あぁ、今日は近所の寄り合いがあるから
出掛けたみたいだよ。」
仕方ない…
目の前にいる母上に聞くしか…
母上に視線を向ける。
「ん?どうかした?」
相変わらず、優しい眼差しを私に向ける。
「こんなに髪の毛クシャクシャになって!
おいで」
「い、良いよ、別に…」
そう言うと、自転車で乱れた髪の毛を手で軽くとかしてくれる。
「髪の毛、だいぶ伸びて来たね。
前髪も、、小さい頃はあんなに跳ねてたのに…
いつの間にかお風呂入った時のお父さんみたいに目にかかるくらい下りてきて」
そう言いながら愛おしそうに私を見つめる。
って!今はそんな事してる場合じゃないのに!
「ちょ、ちょっと聞きたいことが…
私って、お見合いの話とかあったりするのかなって…」
「え?お見合い?杏子に?またいきなり。」
暫く母は黙っていた。そして…
「まぁ、煉獄家はこういう昔からの家だしね。
やっぱり、そういう話が無い訳じゃ無いよ。
だけど…」
ショック!ほ、本当だったんだ!
急に立ちくらみが…
「ちょ!ちょっと!大丈夫?熱でもあるの!?」
そっと私のおでこに手を当てる。
私がこんなに絶望していることなど、母上は知らないのだろう…
なぜ、、お見合いの話があるなら私に言ってくれなかったのだろうか…
「少し部屋で休みます…。」
「熱は無いみたいだし、、、後で温かい飲み物持って行くから。」
そう言って、心配そうに部屋へ向かう私の後ろ姿を見つめていた。
フラフラと部屋に戻り、窓から外を眺める。
お見合い…
私は好きでも無い殿方と結婚してしまうのか…
そんなぁ…
確かに、今は異性にそこまで興味は無いけど、それでもいずれは自分も母上達と同じようにお互い好きになって… それで…
そう思っていたのに…
恋も知らないまま、、顔も見たこともない人と結婚!?今日、学校でも皆好いた人がどうのと言っていたけれど…
そ、そういう事知らなまま!?
でも、恋愛結婚だとしても… それもあまりピンと来なかったりするけど…
そんな感じで一人絶望していた。
お腹も空いてきた…
「どら焼き… 食べとけばよかったな…」
そんな切ない気持ちで空を眺めていると。
ん?
あれは…
時透さんのカラスだ。
度々父とやり取りするのにやってくるのだ。
そうだ!!
良い事を思いついた!
「ねぇ〜!ちょっとそこの鴉〜!こっちにきて欲しいのだけど〜!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
遅い。
飛ばした鴉が帰ってこない…
いくら待っても気配すら感じない。
煉獄さんからまた家に遊びに来るように言われていたから、その返事を返すのに飛ばしたんだけど、、、
因みに返事は、都合が合えば。とだけ
こんな事、今まで無かった。
庭で空を見上げていると、外の方が何だか騒がしい。
なんか、、、聞き覚えのある声がする。
この声は…。
門扉を開けると、やっぱり
「何で僕の鴉が君の肩に乗ってるのさ。」
「あっ、お久しぶりです!時透さん!この子に案内して貰いました!」
何でここに、、、
しかも、自転車で…!?
「あの、、、少し聞いて貰いたい話があって… 」
「それより…よくこんな所まで自転車でこれたね。」
煉獄さん家から凄く離れてる訳でもないけど、近くも無い。
しかも、緑に囲まれた場所…。
簡単に言えば、田舎だ。
先代の親方様に与えられ、そのまま住んでる自分としては不便はないけど…
自転車でとなると道も悪いし、一体どうやって。
「こんなの呼吸を使えば容易いことですよ!」
その手があった。彼女は普通の娘じゃない、あの炎の呼吸の使い手、煉獄さんの娘だ。
妙に納得。
「で、今日は何?ここに来る事、煉獄さんには?」
未成年なので念の為聞く。
「黙ってきました…。」
彼女はそう言うと続けざまに…
「実は… 聞いて欲しい事があって…。
私の人生に多大な影響を及ぼす出来事なんです!
これは!外見は幼くとも… 中身は一応大人の時透さんの意見を聞かなければ!と思いまして…」
凄く神妙な顔をしている。
そして何だか色々言われた。
でも、なぜだろう…
予感がする。
凄くしょうもない予感が。
「私… 私… お見合いさせられるんです!!!」
やっぱり。
「すればいいだろ。お見合い。」
「時透さんの薄情者!
友達がこんなに困っているというのに!」
「だって、もう決まってるならしょうがないし、それに行き遅れなくて良いと思うけど。」
「うっ、、まぁ、そうなんですが… でも、嫌なんです…」
でも、煉獄さんが愛娘にお見合いなんかさせるのか?
何かの間違いだと思うけど。
すると
「だから、一緒に考えて欲しいんです!」
「何を?」
「お見合いしなくて良い方法をです!」
「そんなの君一人で考えなよ。」
「なんでですか!?そのあからさまに面倒くさそうな顔は!」
「普段からこういう顔だよ。」
「ならば、、、もうこれしかありませんね。本当はこの手段は最後にとっておきたかったのですが…
致し方ない!」
真剣な表情でこちらを見据える。
ここに来て5分ほどで最終手段。
早い。
「これは!もう駆け落ちするしかありません!」
駆け落ち…
婚姻を許されない者同士が、最後は着の身着のままで逃げて結ばれるという、、、あれか。
「念の為聞くけど、駆け落ちって意味分かってる?」
「もちろん!
男女が逃げながら様々な観光地を周って行くやつです!ちょっと楽しそうだと千鶴ちゃんが言っていました!」
「それは最早、駆け落ちという名の旅行だよ。そして千鶴って誰。」
たまに大人顔負けの表情をするくせに、こういう所はやっぱりまだまだ子供だ。
「で、誰と駆け落ちを?」
そんな事したら煉獄さんが大変な事になるのは想像に難くない。
見つかったら最後その男は生きて帰ってこれるかどうか…
「決まってますよ!貴方ですよ?時透さん!」
とりあえず、空を眺めた。
なんて?
「すまないけど、僕をそんなややこしい事に巻き込まないでくれない?僕はまだ死にたくない」
「え?死ぬ?そんな事言わずにお願いしますよ〜!こんな事お願い出来るの時透さんだけなんですよ…」
「何でそこまでしてお見合いが嫌なのさ。良家のお嬢様にはよくある話だろ?」
すると、思い詰めた表情で…
「実は… 私、この年になっても人を好きになった事無くて…。」
そして
「でも、思うんです!本当にそれで良いのか… 恋を知らないまま、知らない人の元に嫁ぐなど…。」
「それに…」
「それに?」
「今日、お友達が言っていました。結婚すれば、、、そ、その… い、色々するのだと…」
色々…
まぁ、うん…
「自分が心から好いた相手でなければ、、私は、身を捧げるなど絶対に嫌なのです!!」
こういう時の女子は凄い。
そう言って熱弁を振るう彼女に少し圧倒される。
そしてその眼力がさらに僕を追い詰める…
「なので!私とちょっとそこまで駆け落ちしてくださいな!
そうすれば、母上達も考え直してくれるやも!」
ちょっとそこまで買い物みたいに。
これは、頭が痛いな… どうするのが良い。
説得した所でこの子は簡単には折れない気がする。
この前一緒に帰った時みたいに、またあんな顔でグイグイ迫られても…。
一瞬、可愛い… と思った自分を思い出す。
いや、無いな… この年齢差でそれは無い。
とりあえず、本人の気が済むまで付き合うしか無いか、、面倒だけど…。
「あっ!それに良い物がありますよ!これで逃げましょう!」
そう言って停めてある自転車を指差す。
えぇ…
「なので、その着物!洋服に着替えて来てください!」
そう言って、風呂敷に包まれた何かを渡される。
中身は… 洋服。
なんて準備がいい。
まぁ、最近洋装が動きやすい事に気づき、度々着てるから良いけど…。
とりあえず服も着替え、髪の毛も邪魔になるので縛った。準備も整い自転車へ、その後ろに彼女が横向きに座る。
もうすでに3時も過ぎてる。
あまりゆっくりもしていられない。
そうなると自然とこぐスピードも速くなる、、、
「と!時透さん!はっ速い!速すぎますよ。」
「普通だよ。」
暫く走る。
だいぶ、周りも人が増えて賑やかになってきた。
この前煉獄さん達と来て以来。
自分としてはこんなに頻繁に人の多い所に出てくるのは珍しい、基本的に田舎暮らしが好きなので
後ろに乗る彼女はこういう所に慣れてるのだろう。
産まれながらのお嬢様だし。
そんな事を考えてると、急に。
「ここ!ここで停めて下さいな!」
「ここは…。」
明らかに、自分が入る雰囲気の店ではない。
これは甘露路さんとかが似合いそう。
店を見上げ、少し固まる…
「ここは今とっても人気のある洋菓子屋さんなのです!目新しい洋風のお菓子が人気で一度行ってみたいと思ってたんですよ!」
「僕も入るのか?どう見ても店内女の子ばかり…」
「大丈夫ですよ!時透さんも髪の毛長いから女の子みたいに見えますよ!」
やっぱり自分も入るのか…
「そういう問題じゃあ」
問答無用で店内に引っ張り込まれる。
店に入り、座席に案内される。
「とりあえず、好きな物頼みなよ。」
「えっ!ご馳走してくれるんですか!?一応貯金箱持ってきたんですが!」
「大人だからね。そのブタの貯金箱はしまっておきなよ。」
「やったぁ!では、遠慮なく!」
そう言って、色々注文してた。
甘そう…。
そして、暫くすると
「時透さんは鬼殺隊の時、どんな感じだったんですか?」
「どんな感じ?」
「父から色々聞いた事がありますよ。とにかく貴方様は強かったと、、今の私より年下だというのに柱を努めるのですから、それは凄い事ではありませんか!」
凄い、、ねぇ…
目の前の彼女は興味津々という感じでこちらを見る。
初めて鬼を殺した日。
兄を亡くしたあの時から、修羅と化した自分は… ある意味鬼よりも冷酷だったんじゃないだろうか。
記憶も無いので余計と…。
当時のそれを見ても、彼女は僕に変わらずその純粋な笑顔を向けてくれるのだろうか。
「そんな良い物でも無いけど。」
すると
「では、もしまだ鬼が[[rb:蔓延る > はびこ]]世の中なら、私が時透さんの継ぐ子になっていたもしれませんね!」
「君は煉獄さんの後を継ぐんだから、僕の継子になってる場合じゃないよ。それに、当時の自分は記憶も無い…
合理的過ぎて残酷、明るい君とは真逆の人間さ。きっと僕に近づきすらしないよ。」
そう言って、運ばれてきた珈琲に口をつける。
あの頃は今思い返しても、冷たい人間だったと思う。
炭子にも残酷だと怒られたし…
弱い者は役に立たないとみなし、先のある者、上に立つ者を優先して助けていた。
その判断で見落とした命も多くあるだろう。
誰も死なせなかった煉獄さんとは大違いだな…
自己嫌悪…。
久々に思い出した、、、当時の自分へのこの苦い気持ち。
目の前の珈琲に映る自分をかき消したくなる…
「そうでしょうか?」
そう言うと、目の前の彼女はこちらを真っ直ぐ見つめる。
「きっとそんな貴方にでも、私は興味を持つと思うんですよ。冷酷で冷たい貴方にも記憶が無い貴方にも… 出逢えば必ず、、何かのきっかけ一つでお友達になって下さい!と…」
「実際見てないから言えるんだよ。そんなことは…」
少しキツイ言い方に後悔する。でも、君達親子のように熱い志しで生きてきた人達には分からない。
今でも微かにこの心に霞がかかったままの自分の気持ちは…。
「確かに、私は当時を知りませんし、想像でしか語れませんが、、、
でも、後悔して悔いてる人間は見てれば分かりますよ。
今の貴方のように…
父上ならば、ほっとかないような気がするんですよ。当時の貴方を、、それはきっと私も同じです。この煉獄家のお節介は遺伝なのかもしれませんね!」
そう言って笑う彼女を見て、当時の煉獄さんを思い出す。
無愛想な自分にも変わらない態度で接してくれた。
「共に頑張ろう!」と肩を叩いてくれた。
気にもかけてくれていた。
記憶が戻ってから、その言葉と暖かさに気付かされる。
まさか、15年後その娘にまで励まされるなんて…。
そして、少し想像する。
当時の自分と今の彼女が出逢っていたらと…。
彼女のことだ、ぼんやりしてる僕にも構わず。
「友達になって下さい!」と大きな声で、そして冷めた自分が「柱なんだけど…」と言う。
少し当時の自分が救われた気がした。
「君達親子には負けるよ。本当に…」
思わず笑いが出た。
いつぶりだろうか、こんなに笑ったのは。
そんな僕の事を、彼女は余程珍しかったのか真顔で眺める。
「その笑顔は、、、反則です…。」
何か呟かれた気がしたけど、聞き取れなかった。
そして、ある事を思い出す。
「そうだ、良い所に連れてってあげるよ。」
「それはどこですか?」
彼女は目を輝かせる。
時間的に、自転車ならぎりぎり間に合うだろうか。
「そろそろ夕暮れだ。急ぐよ!」
そう言って、彼女の手を引いて店を出る。
何となく、今あそこに彼女を連れて行きたいと思った。
もうすぐ終わってしまうこの季節、、
最後の思い出に…。
日が沈むまでに間に合ってほしい。
そして、暫くして二人乗りしてる自転車の後ろでお腹に手を回されてるのに気づく。
結構な速さで走ってるので、落とされない為なのは分かってるけど。
暖かい… 自分以外の誰かのぬくもり。
そして、何だか少し恥ずかしい…
「ここだよ。」
「こ、これは、、、凄い!この紫陽花の数!時期ももう過ぎてる頃なのに… どうして?」
そう、ここは紫陽花がとにかく群生してる場所。
日当たりなのか、種類の問題なのか…
なぜだか分からないけど、他よりだいぶ時期がずれて咲いてるのを昔の任務の時に見つけた。
まさか煉獄さんの娘と見に来る事になるとは思っても見なかったけど…
「ここの紫陽花は他所より咲くのがニヶ月以上遅いんだよ。こうやって周りに草木が生い茂ってるのも原因だと思うけど…」
「でも、、生い茂ってはいますが、見て下さい!こんな上からでもちゃんと見えますよ!あそこも!」
「本当はこんな高台からじゃなくて、ちゃんと下に降りて見せたかったけど…
この時間だと、ここまでが限界だよ。」
「この距離からでも十分です。
ほら!紫陽花一つ一つが金平糖みたいに、、綺麗…。」
高台には転落防止の柵が設置されてる。
そこに手をかけ、身を乗り出しながら必死で紫陽花を眺める彼女の後ろ姿を少し離れた場所から眺める。
何だか感慨深いな。
ほんの前までこの腕に収まっていたのに…
少し大きくなっても、自分から離れなかった幼いこの子を思い出す。
もう彼女の記憶にさえ、残ってはいないだろうけど…
僕は覚えている。
もう、すっかり年頃のお嬢さんに成長したんだな。
誰かのものになるのも時間の問題だろう。
そして、少し前にこっそり鴉を煉獄さん家に飛ばした。
炭子と煉獄さんなら、ここに来るのにそんな時間はかからないだろう。
もう日もだいぶ前に沈んでしまった…。
その代わり満点の星と、月明かりが辺りを照らし出す。
想像以上に幻想的。
僕ですら、綺麗だと思うほど…。
花も、、目の前の彼女も…
でも、このままじゃ駄目だ。
親が迎えに来ても彼女は素直に家に帰らないかもしれない。
煉獄さん達も心配する。
彼女はそんな事気にする様子も無く、嬉しそうにその紫陽花達を眺めている。
久しぶりに再会した時のように
正直、今日は自分も少し楽しかった。
誰かとこんな風に過ごのは本当に久々で…
でもこの子は帰る家がある。
心配して、待ってくれる家族も、、
こういう事は自分より宇随さんとかの方が様になるんだろうけど、、
仕方がない… 少し手荒だけど…
重い腰を上げ、彼女の方へ向かう。
それにしても、高台だからか満月が近く感じるな。
夜空を見上げながら、そして… すぐ目の前に迫った彼女の背中へと視線を移す。
「ねぇ」
「はい?」
そうやって振り向いた瞬間、彼女の手を掴み…
そして、出来るだけ優しく自分の方へと引き寄せる。
「駆け落ちがこんなものだって本当に思ってるの?」
「時透…さん…?」
少し驚いた顔で、まだ少しあどけなさの残る瞳で僕を見つめる。
そして、その耳元に… そっと、、
「逃げた男女がその夜何をするのか…
君は知ってるの…?」
柄にもない事をするのは、もうこれが最後でありたい… 本当に…。
帰らす為とはいえ、、子供相手にこんな事をしないと行けない自分が恥ずかしい。
でも、これでいい。
軽く脅せばいつものように彼女は顔を真っ赤にして怒り…
それを自分が冷静に諭せば良いだけ、、、そう思っていた。
でも、返ってきた答えは…
「知ってるに決まってるじゃないですか。」
そう言って、目の前で微笑む彼女を背後の月明かりが妖しく魅せる。
彼女の金色の前髪が眉を隠し、余計と大人っぽくみえる。
その姿に息を飲む。
本当にさっきまで無邪気に笑っていた少女なのかと思うほど…
彼女のこんな顔は…
その魅力的な表情は大人の女性と同じ…いや、それ以上に綺麗で、そしてどこか妖しくて…。
「なんで…」
そう言うのが精一杯だった。
「だって、本当の事を言ったら時透さん… 一緒に逃げてくれないじゃないですか…」
一瞬、こっちが翻弄される。
主導権は大人の自分にある… はず…
なのに… まだあどけなさの残る彼女の金色に輝く瞳から目が離せないのは…
その瞳に魅入られたのかもしれない…
すると、
「騙されましたね!びっくりしましたか??
私も、ちょっと頑張れば大人っぽい女性の振る舞いも出来るんですよ!」
ぱっといつもの元気な娘の顔へと戻る。
ハッとした。
とりあえず、冷静に… 。
「分かってるなら、何でこんなことしたの?」
落ち着いた口調で話しかける。
彼女の眉が下がるのが分かった。
「お見合いが嫌だと言いましたが…
よく考えると、私はもともと男性がそこまで好きではないのです…
だからそんな私がもし恋愛で結婚出来るとしても、好いた殿方が出来る保証なんてどこにも無いんですよね…。
ならば家の為に見合いをする方が余程家族の為じゃありませんか?それが父上達の望みとあらば、尚更…」
そんな風に考えてたのか…
「だから、時透さんの家に向かう時思ったんです。
ならせめて、一番好きな異性のお友達とこうやって出掛けてみたいと…
これで思い残す事もありません。
覚悟は決まりました。煉獄家のおなごとして、私は私の責務を全うするのです。
時透さん、今日は本当にありがとうございました!」
きっと、炭子も煉獄さんも、この子にお見合いなんてさせない。
彼女の勘違いだと分かってるけど、、、
それでも、
そんな、切なそうな顔で笑わないで欲しい。
とっさに彼女に手を伸ばしかけたけど…
すぐに手を引いた、、
そのまま触れる事は出来なかった…。
彼女が今にも泣きそうな顔をしても、自分は何も出来ない。
鬼を葬り続けてきたこの手で慰めることなんて…
その時、、、
「こんな所で何してるの!?急に家から居なくなるから心配してその辺探したんだよ!!」
炭子が血相を変えて向こうから走ってくる。
「えっ!?母上!?な、なんで?透明さん!裏切ったの!?」
「当たり前だよ、、、君はまだ未成年なんだから。
とりあえず、ちゃんと君の母上に聞いてみなよ。多分誤解だから。」
「え!?誤解!?そ、そんなはず!」
その後、炭子から「お見合いの話は沢山くるけど、勿論全て断ってるよ!」と聞かされ、呆気なく駆け落ちは終わった。
元気になった彼女をみて、ほっとした…
彼女には笑っていてほしい。
そして、さっきの別人のような表情を思い出す。
末恐ろしい…
さっきの表情、わざとだとしても男を魅了するには十分だろう。
これがわざとじゃなくなれば彼女はこの先、どれほどの男達の人生を狂わせるのか…。
煉獄家、その不思議な魅力は恐ろしいものかもしれない。
もしかしたら自分は、とんでもない娘に気に入られてしまったのか…。
その瞬間あの表情を思い出し、ゾクッとした。さして、女性に興味もなく生きてきた自分でもこうなるのだから…
その後、二人を家まで送る。
すると別れ際、
「きっと私の方がいずれ先に結婚すると思いますが!時透さんはどうせずっと独身なのでしょ?なら、ずっとお友達でいれるじゃないですか!」
そう言って、さっきとは打って変わった笑顔をこちらに向ける。
その言葉を思い出しながら、、
さっきまで一緒に眺めていた星空を見上げ歩く。
「見合いか…」
人の心配をしてる場合じゃないな。
自分もそろそろ答えを出さないと…
親方様にあの日の返事を…。