安心安全生活を目指して   作:jejjsuususuwu

13 / 14
今回は少し長めです。
JOJO9部が開始されると聞いたので。


中山国と

 趙国の城壁都市、泊城(はくじょう)。その人口は(おおよ)そ七千人。王都邯鄲や王都圏の城と比べれば少ないが、中華全体で見れば中々(なかなか)の数だ。

 泊城に住まう七千人は、全員が趙国の民というわけではない。

 五千人程は趙人だが、(あきな)いを目的として他国から移り住んできた者達も二百人はいる。

 ならば、残りの千八百人はどこから来たのだろうか。

 それを知っているものは多い。それこそ街の大半は知っている。知らないのは子供か、最近移り住んできた者か、攫われてきた者ぐらいだろう。

 街の総人口約25%の彼等を、大多数の者はこう呼んだ。

夷狄(いてき)』と。

 

 

 

 

「頭痛ってェ!」

 

 そう言って名無しは寝転がったまま、頭を()さえる。

 同居人の如春(じょしゅん)は、それを見て馬鹿にした表情を見せる。

 

「お前よー、俺のありがたい助言聞いてたのか? 『女の話を聞いて、同意だけしろ』って言ったよな? なんで、お前がずっと喋ってんだよ、バカかお前は」

 

「しょうがねぇだろ。趙玲(向こう)が話をしてくれるためには必要なんだったんだよ。 あー頭痛ってェ」

 

 頭痛が(おさ)まらない名無し。

 痛みに耐えながら、起き上がる。

 趙玲(ちょうれい)に明日も来れるといったので、彼女の部屋に向かおうとする名無し。

 覚束(おぼつか)ない足取りの名無しが如春の目の前を通る。如春は名無しの首根っこを捕え、名無しをとめる。

 

「なにすんだよ!」

 

 声を荒げる名無し。

 如春は溜息をつくと、名無しを(わら)に放り投げた。

 顔面から藁に突っ込んだ名無しは、顔を藁から出して、口に入った藁を吐き出す。

 

「如春さっきからなんだ、喧嘩売ってんのか?」

 

 何時もより好戦的な名無し。

 如春は先程よりも深い溜息をつく。

 

「あのな、その状態で女のとこ行ったら、風邪だって思われるぞ。そしたら合うこともできないだろうが」

 

「あ、そっか」

 

 医薬が発達した時代にいた名無しにとって、風邪は簡単に治る病だが、この時代では違う。必要な栄養が取れず、体温を維持できる衣服が貴重な古代中国では、風邪は命を落としかねない重病だ。

 

「というか、俺風邪なの?」

 

「気分は悪いか?」

 

「いや、そんなに」

 

「身体は暑いか?」

 

「いつもどおり」

 

「どこか痛むか?」

 

「痛くもなんともない」

 

「よし、風邪じゃないな」

 

「やった! 趙玲さんのとこに行ってくる」

 

「あ、さっき管外(かんがい)さんに『名無しは体調が悪い』って伝えといたから」

 

「はっ? 嫌がらせ?」

 

「『はっ?』じゃねぇよ。今日、お前、安静、一日中。わかったか?」

 

「なんで?」

 

「管外さんが今日は部屋から出るな、って命令したからなお前と俺に。 体調がどうとかってのはあんまし関係ないけど」

 

 唖然とする名無し。

 

「じゃ、今日一日部屋に居ろよ」 

 

 そう言って、如春は部屋から出ようとする。

 

「ちょっと待てよ、如春どこ行くだ。今日一日部屋から出ちゃいけないって命令されてるだろ」

 

 如春は懐から数枚の棒切れを取り出す。

 それには『優待券』と書かれていた。

 

「名無しよ、俺は今から戦場へ行ってくる。 これは管外さんの命令よりも重要だ。 お前は気にすんな」

 

 そう言って、部屋から出ていた。

 如春の堂々とした命令違反に、名無しは呆気にとられるが、戦場と言いながら如春の向かう先がお気に入りの場所(娼館)だと気づく。

 

「あいつ、自分だけ良い思いしやがって。 俺も命令無視してやろ」

 

 ドアを開け、左右を確認する。

 廊下を音をたてずに歩く。

 いつものことだが、廊下で人とすれ違うことはなかった。 しかし、人の気配はしていた。

 だが、今日は人の気配がしない。

 管外の『外に出るな』という命令と何か関係があるのだろうか。不審に思いながらも廊下を進んでいく。

 進むに連れて、()()な気配が強くなる。ひとつ先の(かど)を曲がった瞬間、尋常ではない殺気を名無しは感じ取り、殺気を放つソレを認識した。 

 ソレは、中肉中背(ちゅうにくちゅうぜ)の男で、廊下の真ん中に立ち、殺気を放っている。名無しからはその男の顔を見れず、男の後ろ姿しか見れない。

 だが、名無しはこの男を知っていた。

 

趙李(ちょうり)、さん?」

 

 思わず、声が出た。

 声に気付いた男が振り返る。

 どす黒い何かを瞳に宿す趙李。

 異様な風貌(ふうぼう)気圧(けお)され、少しも身動きできずにいる名無し。

 

 趙李が右手で廊下の先を指し、口を開いた。

 

「むこうで、ちょっと話そうか」

 

 名無しは首を勢いよく縦に振り、同意する。

 大人しく部屋にいれば良かったと名無しは後悔した。

 

 

 ──────────────────────────

 

「はぁァァァ! 疲れたー」

 

 ソファーの様な物に身を投げ出す趙李。

 趙李の後をついていき、案内されたのは趙李の自室。

 趙権の部屋と比べると小さく、室内の装飾品も少ない。

 しかし趙李は、堂々と街に拠点を持っていられる規模を持つ闇組織のNo.2。

 美術品や骨董品に詳しくない名無しでも高級だと理解する品々が飾っており、部屋の主である趙李を出迎えるためななのか、喉元に入墨(いれずみ)を入れた数人の女たちが横一列に並んでいる。

 

「なにか飲むかい? 酒、水、茶、色々あるけど」

 

『酒』と書かれた白い陶器を取り出す。

 

「あ、じゃあ、水で」

 

「水ね」

 

 側にいた女に目配りし、小さな水瓶(みずがめ)から茶器に水を(そそ)がせる。女は名無しに水の入った茶器を差し出した。

 

「いただきます」

 

 茶器を手にとって、水を飲む。

 緊張で喉が乾いていたのか、美味しく感じた。

 趙李の方に目を向けると、栓を外してグビグビと酒を飲む趙李がいた。

 

「プッはあ!! 酒はウメェな、いつ飲んでも!」

 

「…………」

 

「? どうした、人の顔をじっと見て」

 

「い、いえ、私が思っていた趙李さんの印象と、眼の前の趙李さんとは少し違っていて……」

 

「そりゃそうだ。 キミは俺の全てを知っているわけじゃないからね」

 

 そう言って、趙李はまた酒を飲みだす。

 部屋には酒が趙李の喉を通る音のみがあった。

 気まずさから、名無しは口を開いた。

 

「あ、あの、なんで私をこの部屋に連れてきたのでしょうか?」

 

 酒の入った陶器を机に置き、顎に手を当てる。

 

「なんで、か……。うん、多分テキトー」

 

「…………テキトー、ですか?」

 

「そ。 テキトー」

 

「他にないの?」

 

「そう言われましても……」

 

 名無しは、趙李の言動や仕草から、「俺の興味惹くことはないのか」という意図を読み取る

 名無しは黙考する。

 部屋に連れてきた理由も「テキトー」とあしらわれ、如春の様な繋がりもないので、趙李が喜びそうな話題は分からなかった。

 

「あっ!」

 

 唐突に名無しが声をあげた。

 

「なに?」

 

「あ、はい。えっ、えっその、質問になるですが……」

 

「なんでもいいよ、話してみ?」

 

 言いづらそうにする名無しに、趙李が話すように促す。

 促され、件の女たちをチラッと見て、遠慮気味に話し始める名無し。

 

「ほんの、ちょっとした興味なんですけど……」

 

「それで?」

 

「…………首」

 

「首?」

 

「は、……はい。 く、首に入れ墨がある女の()()()は、一体何なのでしょうか」

 

 名無しからの質問に、趙李は顎に手をあてる。

 その様子を見ている名無しは、趙李が考えているようで実は何も考えていないように見えたし、逆に何も考えていないようで実は考えているという、普通なら考えつかない印象を抱いた。

 

「なに、って聞かれても、ココにいるのは俺達の商会で働く大事な従業員さ。 ま、死亡者が出ることもあるけど」

 

 趙李の解答は名無しを納得させなかった。

 

「そういうことじゃないんです。 首に入れ墨がある人は全員が女性です。 最初は娼妓ではないかと思いましたが、首に入れ墨がある女を抱くもの好きはいません」

 

「断言するね。 もしかしたらいるかもしれないよ? 例えば、キミの眼の前とかね」

 

 巫山戯(ふざけ)る様に、趙李は返答する。

 

「…………彼女らが娼妓なら、何故私達がココに来た初日に彼女たちが私達の身体を洗ったのでしょうか」

 

「さあ? その日は全員が休みだったんじゃないの?」

 

 名無しの質問の意図を見抜いているにも関わらず、趙李は真相を話さない。その態度に名無しは、自分が遊ばれているのではないか、と考えた。

 

「あっ、遊んでいるわけじゃないよ? ほんのちょっとからかってやろうって思っただけ。 そう怒んないでよ」

 

 名無しの考えを読み解き、弁解する趙李。

 やっぱり俺で遊んでいたのか、と名無しは思った。

 

「ほら、今度はちゃんと答えてあげるからさ。 もっかい俺に質問してよ」

 

 いい加減な態度に名無しは、ムカつきつつあるがここで怒りをぶつけてもどうしょうもない事だ、と自分に言い聞かせ、もう一度趙李に問うた。

 

「首に入れ墨がある女の()()()は、一体何なのでしょうか」

 

「うん。 ()()()

 

「……えっ?」

 

「だから、()()()だって」

 

 まるで朝挨拶を交わすかのように自然に言い放つ趙李。

 名無しは趙李の言葉を()()出来ず、その言葉の意味を探ろうとしていた。だが、何度考えても趙李の言葉の意味が分からず、困窮(こんきゅう)するのみであった。

 そんな名無しに気を遣うことなく酒を飲みだす趙李。

 

「一体、ソレはどういう意味なんですか?」

 

 名無しは、趙李に問うた。

 最初、その質問の意味がまったく分からなかった趙李だが、名無しがまだ子供であった事を思い出し、()()()見せてやろうと思い、最も近くにいる女を手招きする。

 手招きされた女はもたつくことなく、趙李の足元に跪いた。

 

「この世にはニ種類の人間がいる。 支配する側とされる側。 (趙李)は支配側で、キミ(名無し)は支配される側。 でも、コイツラは違う。 ほら、見ててご覧」

 

 趙李は靴を脱ぎ、自分の足元に跪く女に顔を上げろと命令する。 命令された女は顔を上げる。 瞬間、趙李の足が、顔を上げた女の鼻面(はなずら)に突き刺さり、女は吹っ飛んで部屋の壁に叩きつけられた。

 血を吹き出し、痙攣(けいれん)している女には目もくれず、女が壁にぶつかった振動で部屋に飾ってあった美術品や骨董品が床に落ちないように他の女たちは必死に抑えていた。

 

「いいか? コイツらは()()じゃない。 ただの肉塊。それ以上でもそれ以下でもない。 人間に似たナニカさ」

 

 ここまでの出来事を固唾をのんで観ていた名無しは、猛烈な吐き気に襲われた。今にも腹の中を空にしてしまいたいと。しかし(理性)がそれを許すことはなく、右手で口を抑え込む。

 

 気分を害した名無しに構わず、趙李は軽蔑しきった表情で、美術品を抱いている入墨が入った女たちを一瞥する。

 

「夷狄共って、なんか俺達とは少し違っていてさー。 言葉では現せないんだけど、何かが違うんだよ。にしても、こんな()()()()が趙国の土地に()()()を興していた事は、趙国の恥じだな」

 

 中山国だ。名無しは、趙李の言っている獣の国を文章上で知っている。

 中原の国であったが、他の国とは違い遊牧民族である『狄』の勢力が興した。そのため史料が少なく、現代でも中山国のことはいまいちよくわからず神秘の国とも呼ばれる。紀元前296年に版図を拡げる趙国に滅ぼされる。

 

 趙李はあっ、と声をあげて名無しの方に視線を向けた。

 

「おっと、忘れてた。確かにコイツラは豚クズだが、例外はある。何事にも例外はあってね。ソイツは確かにコイツラと同じ豚クズの系譜だが、俺はソイツを人間だと認めている。ここ大事」

 

「は、はぁ」

 

 気の抜けた返事をする名無し。

 手を2度叩く趙李。気絶している女を連れ、部屋から退室する女たち。

 この流れで自分も退室しようとする名無し。

 

「では、私もこれで失礼します」

 

「ダメ。キミはまだここに居てね」

 

 趙李と名無しの二人だけになる。

 二人しか居ないので、より気まずくなる名無し。

 意を決して、口を開く。

 

「あ、あの自分も──」

 

「どこから話そうか、あっ! そうだ、コレは俺がまだ子供の頃の話なんだけどね──」

 

 人の話を遮り、好き勝手に趙李は話始めた。

 口を挟もうとするも、挟み込む余地なく趙李の話は続いた。それが名無しの体感時間では三十分を越えた辺りから名無しは心を無にし、()()で趙李の話に相槌(あいずち)を打つ。この頃には吐き気が治まっていた。

 

「──てことがあってさー、キミもそう思うだろ?」

 

「はい、そうですね」

 

「やっぱそうだよな! あの場面は『手を切り落とす』じゃなくて、『脚を切り落とす』べきだったんだよな。結果論だけど」

 

「はい、そうですね」

 

「俺も言ったんだよ? 『逃げられないように脚を落とすべきだ』って。 そうしたら務義(むぎ)やつが、『脚よりも手を落としたほうが出血量は減る』なんて言うんだ。 兄貴(趙権)も兄貴だ。 『そうか、ならそうしよう』じゃネェよ! 脚落としたあとに火で焼けば問題ないんだよ! 脚じゃなく手を落としたからギリギリの所で逃げられたし、まったく。 俺ってば結構な苦労人なのかな? どう思う?」

 

「はい、そうですね」

 

「そう!! 俺ってば可哀想ー。 こんなに可哀想何だから神様だってもっと俺に優しくしてくれてもいいって思わない?」

 

「はい、そうですね」

 

「そうか!! そうか!! キミもそう思うか!」

 

 一際(ひときわ)上機嫌になる趙李。

 

「キミって見た目の割に中々筋が良いよ。 いや~()()知り合いにあったり、白起が攻めて来るまであと五日になったりして、色々溜まっていたけど君のお陰で少しは晴れたよ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 名無しは趙李の爆弾発言に気が付くことなく、頷いた。

先程まで上機嫌であった趙李が「痛て」と、苦悶(くもん)し、右肩を抑える。

 右肩から出血し、趙李の着物を赤く染める。

 

「どうされたんです? その傷」

 

「ああ。 この傷は昔馴染みにつけられてね。まったく、務義には困ったもんだ。 昼間から奇襲を仕掛けやがって。 アイツの執着心キモすぎ。 もう十年以上も前の事を恨んで俺を襲って来やがって、過去なんて忘れて前に進めばいいのに」

 

「はい、そうですね」

 

 名無しは今まで通りテキトーに相槌を打つ。

 だが、必要ではない場面で同意する相槌を打ってしまった。

 

「はっ? なに他人が務義の悪口言ってんの?」

 

「えっ?」

 

 名無しの眉間に趙李は蹴りを叩き込み、血を撒き散らしながら空中を舞う。 この時名無しの意識は完全に飛び去った。

 

 

 ──────────────────────────

 

「うっ…………ここは…………」

 

 名無しが眼を覚ます。顔全体が痛い。

 

「お! 生きてたか」

 

 如春の声が聞こえた。

 

「如春……ここは?」

 

「ん? 部屋だよ、俺達の。 にしてもお前何があったんだ? 大好きな趙玲ちゃんに会いに行ったじゃねぇのかよ」

 

「あっ? ……あっ!! そうだ、今日行くって言ってた」

 

 藁から起き上がろうとするが、顔だけでなく、体中が痛み、藁の上に倒れる。

 

「如春……俺の身体ものすっごい痛いんだけど」

 

「だろうな。 身体の骨がいくつか折れてる。 顔面、右腕、肋骨がな。 医者に診せたから間違いねぇよ」

 

「そうか…………」

 

 これで暫くは趙玲と会うことはできない。先ずは怪我を治す方が先だ。そう思った瞬間、名無しの脳裏には至極当然の疑問が湧いた。

 

「自分が明日を迎えることが出来るだろうか」という疑問が。

 

 

 ここは紀元前295年以降の趙国。現代とは違い、命がけで生きるしかない弱肉強食の世界。

 怪我をした子供を完治するまで面倒を見てくれる、なんて都合の良いことは起きない。

 怪我をした子供なんて、それだけでお荷物。

 殺すか、捨てるしかない。

 それ即ち、『死』。どんなな存在であっても決して覆せぬ事象。

 死神がその(かま)を己の首筋に当てているような錯覚を名無しは見た。全身の毛穴が開き、そこから汗が噴き出す。顔色も更に悪くなる。

 

「すっげえ汗。 おい大丈夫か? どこか痛むのか」

 

 名無しの尋常ではない様子に如春は心配し、かけ寄る。

 しかしかけ寄ってくる如春の様子は死の恐怖に囚われる名無しを狼狽させるには十分だった。

 

「く、来るんじゃねぇ!! 近付いたら、ぶっ殺してやる!!」

 

 藁から起き上がり、爪と歯で如春を威嚇する。

 如春は一瞬驚くような表情をするのみであった。

 

「おいおい、いきなり立つなよ、びっくりしたわ」

 

「五月蝿え!! さっさと俺から離れろ!」

 

「身体も万全じゃないのによくやるな。 いいぜ。離れてやるよ、あとこいつもくれてやる」

 

 如春は部屋の隅まで下がり、懐を漁る。

 そして一本の小刀を懐から取り出して名無しの足元に投げた。

 

「ほらやるよ。 狩猟用の刃物だ」

 

 如春に警戒しながら、足元の小刀を拾う。鞘から少し抜いて刀身を確認する。

 抜刀し、鞘を放り投げ、如春に剣を向ける。

 

「ん? どうした。 剣を抜いたんだ。 俺を殺すつもりだろ。 やってみろよ」

 

 挑発する如春。

 名無しは手を震わせ、如春をじっと見る。

 その様子に如春は軽く息を吐きだし、大股で名無しに近付いていく。

 

「来んじゃねえ!! ブチ殺すぞ!!」

 

「やってみろよ。 殺せないから」

 

 近付いてくる如春が名無しには死神に視えていた。

 生きるため、今ここで殺す!! 

 

 名無しは足に力を入れて、飛び出す。 剣は大振りではなく、後に引いて確実に刺す。切るのではなく、刺す。

 そっちのほうが、成功するっと直感が告げていた。

 

「お! 大振りじゃなくて、刺突(しとつ)か。悪くない判断だ」

 

 冷静に分析する如春に焦りの表情はなく、余裕綽々といった表情である。

 

「でも、まだ甘い」

 

 名無しの剣が如春の腹に刺さる瞬間、如春は拳で剣の側面を殴り、刀身を折る。

 折られた刀身が宙を舞い、名無しは驚愕の表情を見せた。

 その隙をついて、如春は名無しの腹に拳を撃ち込み、剣を奪いとって、名無しの首にあてる。

 

「はい、終わり」

 

 本来なら刃物を持った側が優勢のはずだが、名無しは手負いで身体は子供。 現代でも刃物での戦闘経験などない。

 故に、経験と体躯で勝る如春が勝利したのだ。

 

「何か言うことは?」

 

「ま、……参った」

 

 手をあげ、降伏する名無し。

 如春は何も言わず、翻って名無しが捨てた鞘を取りに行く。

 

 side:名無し

 

 名無しは自分の死を少しばかり受け入れていた。

 管外の命令とはいえ、名無しは今までこの組織に貢献したことは一度もない。 

 それも子供であり、手負いである。お荷物にしかならない。

 こちらの世界で学んだ戦闘技術も如春には全く通用しなか

 った。

 

 もういいじゃないか。 

 

 そう思った。

 こっちに来て、兄貴分の様な親友が出来た。 

 嫌なこともあったが、如春との生活は悪くなく、日々が楽しかった。 

 もし如春がいなければ、俺は壊れていた。

 彼がいたからこそ、俺は生きてこれた。

 ならば最後は如春に終わりにしてほしい。

 心残りが無いうちに。

 

 いや、ある。趙玲だ。

 男勝りな性格と言動。艶のある黒髪に、向こうが見えそうな白く美しい肌。芸術の神様がその手で創り出したかのように思ってしまう程に端整(たんせい)な容姿。

 胸はなさそうだが、それ以外は『完璧』だと思う女。

 あゝ、最後に彼女を一目だけでも見たかった。

 それこそ、死ぬ寸前まで彼女を見続けたい。 

 さようなら、趙玲。

 

 ……………………

 

 ……………………

 

 ………………

 

 ………………

 

 …………

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 いや、待てよ。

 俺が死んだら趙玲はどうなる? 

 俺が死んでも趙玲は死なず、生き続ける。

 恐らくは、俺の後任となる者はなく、ほとんど誰とも合わない状態で監禁され続ける。 

 俺と同時期にここに連れてこられた者たちが俺の後任に起用される可能性については考えたが、可能性はほぼない。

 趙玲は知的好奇心が旺盛(おうせい)で、趙玲と趙権や趙李ら両者の思惑が合致する人材は俺しかいないはず。

 

 趙玲:自分と同程度かそれ以上の知識や才能を持つ相手が欲しい。

 

 趙権と趙李:懐柔して、趙玲を手に入れたい。 趙玲の存在を知っているものは最低限であり、その最低限は力のない弱者(子供)が好ましい。

 

 といった具合だろう。

 

 では、趙権や趙李側が折れて趙玲よりも知識を持った大人を連れてくる? いや、それは絶対にない。

 管外は最初、『変な気は起こすなよ』といった。

 大方、俺が趙玲の美しさに嵌って、()()()()()にならないように釘を差したのだ。あんなに軽く釘を差したのは俺がまだ子供で、制御しやすいと思ったから。

 つまり、大人は(正確には、生殖能力を持った男)絶対にNG。

 そして趙玲が折れることはないし、『落とし所』を模索することもない。

 趙玲を懐柔(かいじゅう)したいのだろうが、持て余している現状を考えれば、この仮説はほとんど正解。

 

 ならば俺の今、取るべき最適解は────

 

 side:out

 

 隅に捨てられた鞘を拾い、小刀を鞘にしまう。

 名無しの前まで歩き、数歩の所で止まる。

 

「ん」

 

 如春は右手に小刀を持ち、名無しに付き出す。

 受け取れ、と言っているのだ。

 名無しはその小刀を受け取る。

 

「あ、ありがと?」

 

 疑問符を浮かべながらも感謝を口にする名無し。

 名無しが受け取った事を確認すると如春は口を開いた。

 

「名無し、お前な…………」

 

 唾を呑み込み、如春の言葉を待つ。

 名無しが見つけた最適解は、如春が自分よりも先に口を開く事で発動するのだ。

 深呼吸して呼吸を整える如春。

 さあ来い、如春。 お前がこの状況ならば必ず発するであろう一言を。

 

「バカやろう……」

 

「ん? 今なん────」

 

「バカやろう!!!!! って言ったんだボケ!!!!」

 

 馬鹿でかい声で名無しを罵倒する如春。

 予想とは違う言葉に困惑する名無し。

 しかしなんとか切り返そうと言葉を口を開くのだが、そんな暇なく如春に、肩を抑えられる。

 

「前も言ったよな!? 敵が背中を見せたら、速攻で攻撃しろって!」

 

「えっ? ……そっちの話?」

 

「はぁ? 何いってんだお前。 俺は管外さんにお前を一人前にしろって言われてんだよ。 なのに何だテメェは。 敵が背中見せてんのにボケっとし。 戦闘ならテメェは五回は死んでんぞ!」

 

「えっ、えっ、戦闘の話? 組織の先輩に刃物を突きつけた事にキレてんじゃなくて、背後を襲わなかったからキレてんの?」

 

「そう言ってんの」

 

「そ、そうか……」 

 

「でも、聞きたいことはある。 なんで突然俺のこと襲ったんだ?」

 

 如春に聞かれて、名無しは今日一日のこと、今日感じたことを総て如春に話した。

 

 趙李が首に入墨が入った女を蹴った辺りの話は、如春も顔を(しか)めていたが、名無しが気絶したあとの話を聞いてゲラゲラと笑った。

 ()られて名無しも笑った。

 一頻(ひとしき)り笑うと、名無しは一言、「ごめん」と謝り、如春は「俺にもそんな時期があったから気にすんな」と返してまた笑い、今日の晩飯はどうするか名無しに聞いた。

 

「肉が食いたい」

 

「あんなことがあったのに?」

 

「いいだろ別に。肉が食いたい、それだけだ」

 

 二人は趙香(ちょうか)の店へと向かった。

 

 

 

 一方、夜明け前から起床し、筆と書簡を大量に準備し、散らかった部屋を整理し、簡単な化粧をして一日中待ち続けた女は……

 

 

「アイツ、ぶっ殺す」

 

 

 約束をすっぽかされた事に憤怒(ふんぬ)していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




来年の三月までには、第一章を終わらせますよ。
タブンネ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。