鬼ババアの店で肉料理を奢ってもらってから太陽が二十回昇り、ニ十回沈んだ。如春との修行は日にちを増すごとに厳しくなってゆく。朝は薄暗い時間から起きて城の外で身体を苛め抜く。昼からは城内に戻り如春との模擬戦をする。太陽が東の山々に顔を隠す頃に終わる。修行が終わると常に擦り傷、打撲の跡が残り、身体全身の筋肉が悲鳴を上げる。風呂に入り疲れを癒やした後、如春と二人で街を歩き飯を食う。食ったら寝床に戻り気絶したように眠る。それが「名無し」と呼ばれている彼の生活である。
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憑依者である彼がこの時代にやってきて一ヶ月近く経つ日のこと名無しは一人街を歩いていた。ここに来てから修行、風呂、飯、寝る、を繰り返してきた名無しがいま一人で街を歩いているのは如春が今日の修行を中止したからである。理由はおそらく名無しの教育係を受けたご褒美》を満喫しに行ったのだろう如春である。名無しが一人で街を歩くのは初めてである。街の通りを進むのは城外での筋トレと飯屋に行くことのみで、しかもいつもは如春と一緒であるので街を自由に出歩くことは出来ない。だが、時間が出来たので彼はこうして街を目的なく進んでいるのだ。
「すっごく退屈。」
一人零した。今まで自由な時間など無かったので時間を持て余していた。なにか退屈を紛らわす物はないか辺りを見回す。だが、未来から来た名無しを楽しませる物はない。
「漫画もねえ、アニメもねえ、音楽もねえ。なんにもないないな。」
この時代にはそんな物は存在しない。多くが農民で鍬で畑を耕し、戦争の主力は騎馬と鉄の武器で、紙だってまだ発明されていない時代に動く絵を求める方が馬鹿なのだ。名無しや如春がいる泊城では賭博が黙認されているので金さえあればいくらでも時間を潰せる。(同時に金も失うだろうが…。)名無しはまだ仕事をしていないので仕方なく如春は名無しに小遣いをやった。出店で買えるトカゲの串焼き四本分だが金を短期間で使い切る如春にとっては無視できない出費だが、小遣いを与えておかないと後を付いてきてお楽しみを邪魔されかねない。そのため如春は名無しに小遣いを与えたのである。小遣いを貰った名無しは金の価値がいまだよくわかっていないので貰った金が安いのか判断出来ないが「如春が渡したのできっと安いんだな。」と思っていた。グウゥゥゥっと腹の音がなった。太陽はちょうど真上に昇っていた。貰った金を手に握りながら腹を満たせる物を買おうと名無しは立ち並ぶ出店を一軒一軒見ていた。そこら中から良い匂いがする。その中でも特に良い匂いがするのを名無しの嗅覚は逃さなかった。。目をつぶり鼻を集中させて匂いのもとを探す。匂いは「鳥焼」と書かれた出店から立ち込めている。名無しは手元にある金で一本の串焼きを購入し、食べながら宛もなく歩く。
「ん?」
見覚えのある門が見える。この門は名無しがこの泊城に連れてこられた時に通った門である。しばらく道の真ん中でじっと門を見つめるとなにを思ったか串焼きの串を咥えながら走って門に近づいていく。別に脱走する理由ではない。「ただ見てみたい」と思った好奇心である。近づくとまず城門の大きさに驚く。馬や牛に車を引かせている車が何台もあってぶつかったりしていない。馬車や牛馬が同時に門をくぐっても泊城の城門は間が開くほど広くデカイのだ。門の上には『西門』と書かれている。馬車の一台に目がいった。車の外装に目がいったのではない。運んでいる『物』に目がいったのだ。ボロを着た十人ばかりの子供が馬車に乗せられている。みな目が死んでいる。一ヶ月前の自分だ。そう名無しは感じた。だが、助けようとは思っわなかった。そんなことをすれば如春に迷惑を掛ける。なにより自分には助けてやれるほどの力はないのだ。子供を乗せた馬車はそのまま名無しの前を通って行ってた。離れていく馬車を名無しは一瞥をくれると来た道を寂しげに折り返した。
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西門から北に名無しは歩いていた。西門で見たものが脳裏から離れず、気持ちが悪かった。頭の中では先程のことに自問自答が行われていた。
「何故見捨てる?」
「仕方がない。力が足りないから。」
「嘘。力が無くても勇気が有れば立ち向かえる。」
「嘘じゃない。それは勇気ではなく蛮勇だ。もし立ち向かっていたら殺される。なにより如春に迷惑を掛ける。」
「嘘。ホントは怖いくせに。如春を言い訳にしてるだけ。」
「違う!」
「違わない。腰抜けで怖いだけ。」
問は名無しを責め、解は名無しを擁護する。もし名無しがこの時代の人間なら悩まなかった。だが、彼はモラルと倫理観を持つ常識人だ。苦悩してしまう。逃れられない感情から逃れるため彼は歩いている。しばらく歩きふと気づく。ここはどこだろうか。まったく知らない建物だらけだ。この状況を一言だけで言うと
「迷子だ…。」
陽はまだ高いが名無しの目の前は真っ暗である。