名無しが迷子になって途方にくれる三時間前、如春は娼館にいた。管外から名無しの教育係を引き受けた『ご褒美』で人気の
しかし、いまは違う。管外からのご褒美で楊華を無料でしばらく一人占めに出来るので如春は他の男達の悔しがる顔を想像し優越感に浸たっていた。
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「どうすんだよマジ迷子じゃん」
名無しは呟く。彼は街の地理に疎く現在地がわからない。周りは古い小屋が密集している。幾つかの小屋が塊になっていて、塊と塊の間は狭そうだ。雰囲気は陽が出ているがどこか薄暗く重い。普段寝泊まりする建物は人が溢れる大通りから近い場所にあるのでその周辺ではない。現代社会なら警官に助けを求めばいいのだがここは古代中国趙の国泊城。
名前:なし。
住所:
職業:奴隷というなの従業員。
こんなプロフィールでどうしろというのだ。なによりこの国で治安維持を担う憲兵がどこに居るかもわからない。本当にどうしろと言うのだ。
道を通行人に聞くか? 人の売り買いが日常になっている街の住人に? あり得ない。名無しは突然過去に来た驚きと人の命が軽い残酷な世界にこれから死ぬまで住み続けることになるのかとう恐怖に心が侵されていた。詰みに近い状況にある彼だが、名案が一つひらめく。
この泊城は巨大で堅牢だ。門も馬車や牛車が同時にくぐってもぶつかり合わないほど広く、大きいので遠くからでも門の位置が分かる。陽はまだ高く、自分が無意識に歩き出してそれほど時間は経っていない。ならばここから一番近い門が西門だ。「自分は機転が利くなあ」と自画自賛する彼の
「はっ、はっ」
名無しは必死だ。なぜなら門限を破ると罰が待っているからだ。もしかすると『脱走』したと思われるかも知れない。脱走の罪は重い。自分だけが罰を受けるならまだいいが、連帯責任として如春も罰せられるのは嫌なのだ。周りから見れば滑稽に思えるが彼は信頼できるかもしれない人を守ろと頑張っているのだ。しかし、そんな頑張りに意味はない。いくらジャンプしても背が低いから門は見つからない。名案が失敗に終わり、肩を落とす。ここでじっとしていても状況は好転しないと考え名無しは直感に従って進む。名無しは気が付かない。建物の隙間から己の背を見る眼が一つあることを。
直感に従って進むがいまだ西門は見えない。いつの間にか路地裏にいた。密集する家の屋根により陽は遮られているため暗い。朝、如春と別れてから体感時間でおよそ三時間と四十五分。その間に自分は迷子になっている。名無しは今迄を振り返る。どうしてこうなった?古代中国にいて、絶望して、如春と出会って、訓練でボコボコにされて今に至る。わからないまま時間が過ぎてこの世界に一ヶ月近くにいる。いつになれば本当の家に帰れるのだろう。このクソッタレな世界に死ぬまでいるのか?ふざけんな!勝手にこんな時代に連れてきやがってぶっ殺してやる!!
「キミ、趙権とこの子だよね?」
名無しが憤っていると後から声をかけられる。驚いて後ろに振り返ると、左眼に眼帯を付け、痛々しい傷が眼帯からハミ出している隻眼の男が二メートルほど距離を空けて立っていた。男の不気味な雰囲気に呑まれて名無しは声が出せなかった。
「ボクのこと無視しているのかい?」
無視しているのではないと伝えたいが声が出ないので首を横に振る。
「ウーン、ムシしてないならクチがきけないのかな?きけないなら舌なんて要らないっておもわナイ?」
鋏で舌を斬り落とすような仕草をする男に名無しは震えながら声をしぼり出す。
「はっ、話せ…ま…す…。」
「そっかぁ、じゃこっちでちょっと話そうか。」
笑顔で手招きする男に名無しは
「はい…。」
と従うしかないのだ。
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『極楽』。そうとしか言い表せない快感を味わい、少し早いが帰宅についていた如春は名無しと出会った一月前を懐古していた。
名無しを最初見たときは「またガキが死ぬのか」と思っていた。今迄護衛班に配属された子供は最初の仕事で殆ど死ぬ。護衛班の仕事で命を落とす要因はいくつがある。実力不足、脆弱な精神、運。どれか一つもしくは、全てが足りず死ぬ。自分の技術を叩き込んでも死ぬときは死ぬ。可愛がっていても死ぬ。冷たくなり動かなくなった子供だったものを見るのは沢山だ。どうせ死んでしまうのだから教育係なんて嫌なんだ。だからこそ管外班長に「教育係になれ」という命令をされた時は焦った。班長からの命令を拒否したくはないが、子供が死ぬのを見たくはない。本来なら罰を覚悟で断っていただろう。だが、『ご褒美』の内容が魅力的過ぎたので反射的に承知してしまった。
適当に鍛えようと思ったが、班長に「一人前に育てる」と言ってしまった手前そうは行かない。鍛えると言ってしまったので班長が満足する使い手にしなければならない。
初日は様子を見て才能に合った鍛え方をしてやろうと思っていた。才能が無くても根性が有れば「そこそこ」ぐらいにはなるだろと。しかし、名無しの剣の才能は想定を遥かに上回っていた。自分は十年以上護衛班にいる。当然いくつもの修羅場を経験している。そんな自分に剣をふるったこともないボロのガキが才能だけで食い付いてくる。あってはならないことだ。
模擬戦でヒヤッとする場面がいくつがあった。そんな時、己を動かしたのは使命感に似た嫉妬だった。後から思い返すと情け無いが剣を持ったことのない名無しに自分が負けることは今迄の全てが否定されるように感じたのだからしょうがない。
如春の中には一つの確信があった。二年、いや、一年後には自分を追い越してしまうだろ。それは教育係としては嬉しいが先輩とし漢として負けたくはない。
「帰ったら俺も鍛え直すか。」
後からとてつもない速度で駆け上がってくる後輩の姿を想像し、追い越されないように今より強くなろうと如春は決意する。
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「それでね趙権がね、何も言わずに突撃して大変だったんだ。趙李は勝手に略奪してさ、収集がつかなかったんだ。ねぇどう思う?」
「え、あ、大変だったんですね。」
「そのとおり!本当に大変だったんだ。」
俺は路地裏から離れ、茶屋に連れてこられた。注文したお茶は最初、温かったが今は冷たくなっている。目の前に座る眼帯の男はずっと趙権や趙李に迷惑を掛けられた話ばかりする。十分程度なら我慢できるが一時間以上も連続で話すので飽きてきた。
この男は誰だ。趙権や趙李の過去を話しているので古い友人だろうか。趙権はあまり知らないが趙李はクソ野郎だ。趙李の友達ならコイツもクソ野郎である確率は高い。そんな人物と俺は関わりを持ちたくはないので、この場からとっとと退散したいのだか眼帯男はそれを許してはくれないだろう。今は気を見計らってこの場から逃げるチャンスを待つのが正解だ。だが、待つだけではチャンスは訪れない。こちらから話を広げれば脱出のヒントが見つかるかもしれない。
「あの、すいません。」
「なに?」
「まだ、お名前を知らないのですが…。」
「…そんなにボクの名前、知りたいの?」
「は、ハイ。知りたいです。」
「そっかあ。ボクの名前知りたいのか。」
こちらをジッと見つめてくる単眼に俺は気味悪さを覚え、つばを飲む。
「そんなに知りたいなら教えてあげよう。ボクの名前は
「務義さん(宜しくしたくないけど)宜しくお願いします。自分は名無しと言います。」
「その『名無し』って名前?」
「いえ、名前が無いので取り敢えずの呼び名として『名無し』と呼ばれています。」
「へぇ、珍しいね。」
眼帯男の名前がしれたのであとはコイツが何故俺に話し掛けたか知れれば脱出のヒントが見つかるかもしれない。
「なんで俺に話しかけたんですか?」
「キミが趙権達の店から色ボケた顔をした青年と出てきたからさ。」
俺と如春の朝のやり取りを聞いていたのか。如春が離れて一人になった時から俺をストーキングしていやがった。やっぱりコイツは変態クソカス野郎だ。俺の中で脱出の重要度が跳ね上がった。
「キミさ、趙権たちキライだろ?」
趙権は知らないが趙李は殆どの人から嫌われていると思うのだが、馬鹿正直に「死んで欲しいほど嫌い。」なんて言えばコイツから趙李に知らされるかもしれない。ここは当たり障りのないようにしておこう。
「そんな事は無いですよ?趙権さんたちのおかげで孤児だった俺が飯を食えているんですから。」
完璧な答えだ。この一文を見れば誰だって俺が趙権たちを嫌っているなんて思われない。
「フーン。」
俺の完璧な答えを務義はつまらなそうに流した。
「あっそ。そんなに趙権たちがスキならこれからボクがすること聞いたらビックリしてキミはボクを殺すね。きっと。」
「?なにをするんですか?」
「ああ、趙権と趙李を殺すのさ。」
「は?」
新キャラ
務義(むぎ) 29歳 男
目標:趙権、趙李の殺害?
身長173cm 左に眼帯をしている。傷は眼帯では隠せていない。