妖怪退治の相棒は「おむすびの神様」です ~戦う現代の巫女、陰陽五行の少女たち VS 妖怪軍団 百物語~   作:繭山 巣立

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1話  陽の巫女の誕生、おむすびころりんな出会い

 

 フゥフゥフゥ。深く息を吸って、吐く。

 一定のリズムで安定した呼吸をしながら、少女は石畳を登っていた。

 毎日しんどいとは思う。けど、これも修行だ。

 

 そう自分に言い聞かせながら、彼女は自宅の裏にある神社を目指していた。

 

 学校から帰ったら、家族が無事な事を確認して、巫女装束に着替えて神社の掃除をする。いつもの日課、先代である母親から教わった修行である。

 

 そして少女こと『上白(かみしろ)きずな』の視界に、鳥居に書かれた「おむすび神社」の文字が見えた。境内に入れば、傍らに『飯穂穂邇芸邇芸神』と刻まれた石碑がある。あとはいつも通りお掃除を――するはずだった。

 

 おむすびころりんすっとんとん。

 ころころころりんすっとんとん。

 

 しかし今日はころころと、賽銭箱の上から「おむすび」が転がってきた。無人であるはずの(やしろ)から、美しい三角形でありながらも角の尖っていない、美味しそうなおむすびが転がってきたのだ。

 

 その上で、形が崩れることは一切なかった。おむすびは少女の足下で止まり、棒人間のような手が生え足が生えぴょんと立ち、目が浮かび口ができて喋り出した。

 

「ぼくは縁結びの神にして『おむすび』の神、飯穂穂邇芸邇芸神(イイホホノニギニギノカミ)――なんだけど、君なら名乗らなくても伝わるんだろうね。ぼくの巫女、上白(かみしろ)きずなちゃん。その格好、巫女衣装。すごくよく似合ってるよ。小さなころから、ずっと見守ってた」

 

 突如現れた奇妙な生物?に、しかし少女は驚かず、それどころか居住まいを正して冷静に丁寧に返答した。

 

 何故なら、彼女はその名前を知っていた。八十八の苦労を宿すお米ひと固まりの姿を持つ、良縁を司りご縁を結ぶ神。それこそが彼女の神社、「おむすび神社」に祀られた神様なのだから。

 

「お初に目にかかります、御ムスビ様」

 

 通常、飯穂穂邇芸邇芸神(イイホホノニギニギノカミ)の名は使わない。長く普段使いに向いていないからだ。そのためお稲荷様やお不動様のように、『御ムスビ様』という愛称を飯穂穂邇芸邇芸神(イイホホノニギニギノカミ)へ対しては使用する。

 

「おっきくなったねぇ。いくつになったの?」

「14歳です。今年から中学二年生になりました」

「そっか、じゃあ霊能力的には成長期だね。……やっぱり君には適性がある」

 

「それは、どういうことでしょうか」

「何の因果か、君が選ばれたということさ。何百年も前の約束、君の一族が背負ったお役目を君の代で担うことになった。……ねぇ、可愛い可愛い、ぼくの巫女。君は――この町を守りたいと思うかい?」

 

 

 ☆☆☆☆☆

 

 

 ところ変わって、とあるビルの屋上の影。

 そこから、――ぬぅりと少女が這い出てきた。

 

 「…………」

 

 全体的に、不安定な印象の少女だった。

 目がチカチカする、どぎつい原色のパープルとピンクが混ざったツインテール。スカルやチェーンが至る所にあしらわれた、過剰な装飾のヘソ出しファッション。

 ドス黒い口紅に長いつけまつげ。全て異なるネイルが施された指と、はめられた指輪や腕輪、チョーカーの数がさわがしい。左右で長さも柄も違う靴下を履いた、アバンギャルドでアンバランスな格好でたたずんでいる。

 

 彼女の場合、首や全身がブラブラ揺れて安定しないのが、より不安定さを強調していた。

 

 しかし、アクセサリーの多いファッションの割に、少女の存在感は薄い。

 気怠げな目と弛緩した無表情。そしてちゃりちゃり触れ合っているのに、一切音が鳴らないアクセサリー。それらが、彼女の存在の希薄さを強調していた。

 

「人も多そうだし、ま、ここでいっか」

 

 感情のない顔で辺りを見回して、抑揚のない声で少女はそうつぶやいた。

 ポケットから古びた和紙を取り出し、構える。それはパンクでアバンギャルドな彼女に最も似合わないであろう、『お札』だった。

 そのまま『お札』が装飾の多い指から手放されると、ひらひらと屋上に落ち、糊付けもされていないまべたりと張りついた。

 

(オン)切切(キリキリ)婆沙羅(バサラ)(ウン)(ハッタ)

 

 呪文と共に、ステップが踏みしめられる。

 影踏み遊びしかり、天の邪鬼を封じる仁王像しかり、踏みつけるという行為には「魔を封じる」という意味合いがある。今回の踏みつけは、ビルそのものに『お札』に込められた悪いものを押し付けるという呪いの一種だった。

 

「――(オソ)レ、(タテマツ)ル」

 

 不気味な『お札』の中心には、閉じた一ツ目が描かれていた。そして最後の呪文が唱え終わった時、絵の瞳が開いた。少女の呪文をトリガーに、『お札』を飛び出た一ツ目がビルを侵食。中にいる人も、外にいる人も気づかないその紋様が、ビル全体に広がっていく。

 

 そして広がり終わった時、ビルの影が周囲の真逆へと反転した。一ツ目が消えた『お札』は墨のようにドス黒く変わり、ビルに染み込んだ時。太陽光に反逆する影の中で、浮かんだ瞳がひとつギョロギョロと動き出した。

 

「オソレロ」

  不気味な声が、聞こえてくる。

 

 

 ☆☆☆☆☆

 

 

 最初は小さな異変だった。揺れているかどうか分からない小さな揺れを、社員の何割かが感じたのだ。暫くすれば治まったので、てっきり気のせいか震度1ぐらいかと大半は油断した

 しかし、やがて見計らっていたかのようなタイミングで大揺れが発生。みんな避難経路を通って避難するも、揺れはどんどん強くなりやがて立ち上がれないほどになっていく。

 

 更に、地震では考えにくい現象までも起こり始めた。停電するでもなく、電灯が不気味に点滅する。棚から落ちた資料や箱が空中に浮かぶ。パソコンの画面に砂嵐が発生し飛び回る。何処からともなく笑い声が聞こえてくる。

 

 けけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ

 けけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ

 けけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ

 けけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ

 

 ポルターガイストだと誰かが叫んだのを切っ掛けに、社内はパニックに陥った。絶叫が絶叫を呼び、みな怯え恐れながら我先にと逃げ出す。

 

 そして、そのビルの異変は外からも確認出来た。

 巨大な一ツ目をもつ手足の生えたビルが、『ビル妖怪』としてビルをつかみ、ガタガタと揺らしていたのだ。それだけで霊現象が発生していた。異様なその姿は、作り物には見えない。その非現実感に、呆然としたままスマホを取り出し写真を撮りだす者がいた。その写真をインターネットに上げる者がいた。事態が、みるみるうちに悪化していく。

 

 

 ☆☆☆☆☆

 

 

「そう、そこの角を右だよ!」

 

 一方、御ムスビ様を頭に乗せて、巫女装束のままきずなは走っていた。袴をつかみ、持ち上げての全力疾走だ。そして、神社の娘である彼女の霊感が強く反応していた。先程まではぼんやり感じていただけの気配が、今ははっきりと感じられる。

 

「御ムスビ様、一体この街で何が起こってるんです? こんな事、初めてなんですけど!」

 

 大きな独り言と共に巫女装束で全力疾走する少女を、逃げ惑いすれ違う人々は怪訝な目で見つめてくる。それらをスルーしながら、上白きずなは人の流れに逆行していた。

 

「この世界の外側には色んな世界がある。現代にいられなくなった妖怪たちが住まう世界も、その中の一つだ。しかしそこに住まう誰かが、この世とあの世のバランスを崩した! その影響でこの町は今、霊現象が多発しやすい『逢魔が時』という状況にある。ほら、あんな感じだ!」

 

  気がつけば、周りには人が一人もいなかった。

 

「何あれっ!」

 

 頭上の御ムスビ様が指す先には、ビルに巨大な一ツ目がついて墨のような手足を生やした、未だかつて存在しない妖怪がいた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「んー?」

 屋上の謎の少女が、きずなの存在に気がついた。

 オフィス街の道路に立つ巫女服の少女は、当然よく目立つ。

 

「なんか逃げない人がいるね。脅かしたれ」

「オォン!」

 

 首を軽く、折れそうなぐらいにまで曲げながら、感情を感じない声で少女は指示を出す。そして、ビル妖怪は全身からオーラを放ちながら威嚇した。

 

 常識外れの妖怪。その姿を見つめながら、少女はスッと、一瞬だけ目を閉じた。先々代の祖母。先代の母。二人から受け継いだ言葉が、反復される。

 

 ――人には役割というものがある。おむすび神社の巫女が、「縁結び」を司る御ムスビ様に仕えてきたのはその御役目を果たすため。人を結び、縁を結び、命を結ぶ。いつか必ず絶対に、あなたの力を使う時が来る。あなたに役目が回る時が来る――

 

 今がその時だと、魂で理解した。

 

「……ここは神守町。神が人を守り、人が神を守る町。この町を守るために――何をすればいいのでしょうか」

 

 即断即決。祖母の言葉を思い出しながら、上白きずなは覚悟を決めた。すると、彼女の決意の言霊に反応して、御ムスビ様の中から具が飛び出すように白磁色の勾玉が現れた。

 

「うん、流石はぼくの巫女だ。今、八百万の神々は世界の歪みを直していて手が足りない。しかし我々もそんな事態が起こる事を想定し、今を生きる人間に手伝われるよう準備していた!

 今、現れたものこそ『神様勾玉(カミサマガタマ)』! 八百万の神々が人と共に戦うため生み出した神器である! 使い方は簡単。勾玉を手にとって強い自分を思い描きながら、自身の存在を世界に宣言すればいい。

 この言霊をもって――『卍句(バンク)』と言う!」

 

 そして、彼女の口からただ一言告げられた。

 

「『変身、月の白兎』!」

 

 言葉が紡がれ終わった時、白磁色の勾玉から薄布のような気が流れ体にまとわりついていく。美しい白髪(はくはつ)は三日月の髪留めでツインテールに纏められ、額には日の紋様が塗られていく。

 更に、服装が巫女装束のまま、細部が異なるものへと変化していく。

 

 足元は赤い鼻緒のわらじ履き。動きやすいよう、袴は膝が見える丈にまで短くなった。その代わりに、足袋が露出を隠す太ももの長さにまで変化した。

 腕の可動域を広げるためか、袖の部分を翻す巫女装束が肩から二の腕にかけて省略された。最後に、袴のお尻の部分に白いボンボンが一つ付いていて、ツインテールと相まって全体的に兎を思わせる格好へと至る。

 

「『(ソラ)まで届く純白の決意』。――『陽』の巫女、『ラビットW(ホワイト)』見参!」

 

【挿絵表示】

 

 神と縁で結ばれた少女は、キッと敵を見つめ勇ましく名乗りを上げた。

 

「おお!? すごい、動きやすくなってる!!」

 上白きずな、もとい白兎の巫女こと『ラビットW(ホワイト)』は仰天した。こんな改造した巫女服のような衣装は、見るのも着るのも初めてだったからだ。

 

「そんな場合じゃないよ、敵の手が伸びてる! 話は後でするから、今はとにかく戦いだよ!」

 

 いつの間にか頭の上にいた御ムスビ様が、棒人間のような細い腕で、必死に白兎の巫女の頭をペチペチと叩いている。もう片方の腕は、ビル妖怪を指し示していた。

 

「何アレ、一瞬で姿が変わった? けどまぁいいや、やっちゃえ」

 

 ビル妖怪の屋上で、謎の少女は折れそうな角度で首をかしげている。瞬間的に終わった変身に戸惑っているのだろう。だが、それはそれとして指示を出す。

 ビル妖怪の巨大な拳が、白兎の巫女めがけ繰り出された。

 

「ジャンプして!」

「分かった!」

 

 とっさに、御ムスビ様の指示に反応。

 大きく足を折りたたみ、高く跳ぶための姿勢をとる。

 

「それじゃあ力入れ過ぎだよ!」

「え?」

 

 だから、御ムスビ様がそう言った時にはもう遅かった。

 既に白兎の巫女の足は伸びきり、思いっきりジャンプした後だった。

 

 バビュン!と、巫女と神が吹っ飛ぶ音がした。同時に、跳躍の反動でドゴン!と道路のアスファルトぶち割れる音もした。

 彼女が風圧と重量から解放された時、気づけば目線が雲と同じ位置にあった。

 

「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!」

「今の君は体が何百倍も強くなってるんだよ。全力で飛べば、そりゃこうなるよ!」

「先に言ってくださいぃぃぃ!!」

 

 高所からの急降下。といか急落下。

 内臓が持ち上がる感覚を味わいながら、新米巫女は絶叫した。

 そのまま落ち続けている。

 

「どうしましょう! ねぇこれどうしましょう! このままだと地面に大激突ですッ!!」

「大丈夫、強度も上がってるから激突しても死なない! たぶん凄い痛いけど(ボソッ)」

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「何やってんだろ」

 

 謎の少女が、遥か上空を見上げながら、無表情かつ無感情に言葉を吐き出す。

 

「だぁぁぁ、もうしょうがない!空を飛べるわけでもないし、痛いのは我慢する! こうなったらいっそのこと、このまま突っ込んで攻撃してやる!!」

「いいねその割り切り、その意気だよ! ぼくも付き合うからさ!」

 

 そのまま白兎の巫女は、ビル妖怪へ重力を利用した体当りを仕掛けることにした。  

 その根性に御ムスビ様が拍手し、一緒に落ちていく。

 

「避けちゃえ」

 ドゴォン!!

 そして、かわされてビル妖怪に当たることなく地面に激突した。

 

「おぉぉ、体がバラバラになるかと思った……めちゃくちゃ痛い」

 

 もうもうと立ち込める土煙を全身にかぶりながら、白兎の巫女はどうにかこうにか体を起こす。その体はふらふらと揺れているが、一切の傷を負っていなかった。

 

「すごい、あの高さから落ちたのに普通に無事だ。全身痛いけど」

 打撲による激痛も、時間経過で少しづつ和らいでいった。

 なお、この時、御ムスビ様も彼女の頭の上で目を回していた。

 

「何やってるの?」

「!」

 すると声を掛けられ顔を上げた白兎の巫女の目前に、屋上にいたはずの謎の少女がいた。音もなく、気が付けばそこに移動していた。

 

「貴女、何? 不良?ぎゃる?外国の人? それとも……妖怪?」

 

 そして、浮世離れしている白兎の巫女からしてみれば、パンクでアバンギャルドな少女の格好はまるで訳が分からなかった。戦闘中にも関わらず、訳の分からないまま尋ねた。

 

 謎の少女が、そういう雰囲気を醸し出していたからだ。

 

 敵意も悪意も感じない、主体性や自我すらも希薄な少女。攻撃してくるようには見えず、そもそも攻撃する発想を持っていなさそうにも見える。状況からして怪しいと頭では分かるが、変わった格好の一般人がただ巻き込まれただけなのではと、錯覚しそうにもなる

 それ程までに、他人事な態度で少女はそこにいた。

 

「フリョー、ぎゃる、ガイコクのヒト。全部知らない言葉だけど最後のは知ってる。そう、妖怪。訳の分からないもの。人でないもの。不思議なもの。うん、ボクは間違いなく妖怪だ」

 

「……これは、あなたがやったのよね」

「そう」

「何のために? どうして、こんな騒動を起こしてるの」

 

 答えてくれるとは思ってなかった。

 しかしグデングデンと不安定な適当な態度から、もしかしたらと思い尋ねてみた。

 

「それは言っちゃあいけないらしいから、言わない」

「――そう」

 

 そこまで言って尚、気怠げな彼女は動こうとしない。攻撃しない、質問し返してこない、反論もしない。かと言って、怪現象を止めるわけでもない。鏡に映る自分に話しかけている様な虚しさを白兎の巫女は抱いた。

 

「あなた、名前は?」

 

 何を言っても無駄そうな空気に耐えかねて、無理やり捻り出した問いを投げかける。このまま話が終われば、そのまま彼女は向こう側に行くだろうから。

 

「名前? ふ〜ん、名前ねぇ。残念ながら、ボクは君に名乗るような名前はない。――もういい? 君はボクらが怖くないみたいだし、これ以上ここに居てもしょうがない気がする」

 

 どうやら目的を話しているようなのに、言葉が耳を滑る。右から左に音が抜ける、話の意味を読み解けない不思議な感覚。声に何もこもっていないから、分析のしようも考察のしようもない言葉だった。

 

 声に魂がこもってない。言霊が宿っていない。

 

 そんな戸惑う白兎の巫女を歯牙にも掛けず、謎の少女の呟きを聞いたビル妖怪は別方向に向けて動き出した。

 

「待ちなさい!今すぐこの怪現象を止めないと、物理的に止める!」

「ふ〜ん、あっそぉ、お好きにどうぞ。好きにすれば? ボクはボクのやることをやるだけ」

 

 棒読み。無感情。がらんどう。

 何も分からない。何も読み取れない。

 脚を開き拳を握り、臨戦体勢に構えた白兎の巫女をちらりと見ただけで、少女はそのままビル妖怪の影に沈んでいった。

 

「御ムスビ様!」

「うぇ?」

「起きてください!相手が動き出しましたので、こちらも動きます! アドバイスがあればお願いします!」

 

 そうこう言っている内に、ビル妖怪が移動し始めた。

 このままでは、もっと被害が拡大する。

 

「ん、ああ、ごめん。あの妖怪は人間のオソレ、つまりは『陰』の気によって無理やり実体化した存在。よって別の気をぶつけて上書きすればいい! 狙うは陰の気の核の部分、流れる気の淀み! ずばりアイツの『一ツ目』だ!! あそこに君の『陽』の力をぶつければ浄化できる!」

 

 御ムスビ様が説明する最中も、ずんずんビル妖怪は背を向けて進んでいく。

 牛歩ではあるが、着実に距離は離れ始めていた。

 

「分かりました、やってみます!」

 慌てて白兎の巫女は駆け出そうとした。

「また力入れ過ぎ!」

「え?」

 そして失敗した。駆け出す際の一歩を強く踏み出し過ぎて、そのまま前のめりでぶっ飛んでしまった。

 

「あぁぁぁ!! またやっちゃったぁぁぁ!!!」

 そして、頭からビル妖怪の背中に突き刺さった。

「オォン!?」

 ビルの壁に頭から突き刺さる少女に、ビル妖怪から戸惑いの鳴き声が漏れる。

 

 

「ハッ!ぬ、抜けないっ!!」

 

 一方、白兎の巫女はビルの壁に突き刺さり、上半身だけがビル内にあった。頭の上では御ムスビ様も目を回している。2人ともすぐに意識を取り戻したものの、巫女の体が穴にはまってしまっていた。そんな2人の視界に、おどろおどろしいオーラを纏った浮遊するコピー用紙や机が映った。ポルターガイスト攻撃だ。

 

「え?あっ、ちょ、やばいっ!」

 

 明らかな敵意を持った物質が、霊的オーラをまとい飛んでくる。当たればひとたまりもないだろう。

 

「ああ、もう!」

 

 もうヤケだ――とばかりに、やぶれかぶれに白兎は両腕を掲げ握りこぶしを作り、そのまま思いっきり床へと叩きつけた。

 ドッゴォォォォォォォォン!!!

 そしてその人の限界を何段階も超えた膂力による一撃は、彼女が突き刺ささっていたオフィスのみならず、ビル妖怪の壁の一部ごとまとめて破壊した。

 偶然の産物ではあるが、脱出に成功する。

 

「こ、こんなに凄い力を出せるんだ……」

「八百万の神々が力を合わせてねり上げた神器だからね!」

 

 瓦礫を押し上げながら息も絶え絶えな様子の2人だが、どちらも目は死んでいない。

 活路を見出したのだから当然だ。

 

「私が全力で攻撃すれば、アイツの体を壊せる! てことは――御ムスビ様、危険ですので此処に!」

 

 覚悟を決めた白兎の巫女は、袖の袂に御ムスビ様をむんずと掴んで突っ込んだ。

 

「え、何する気?」

「突っ込みます!!」

 

 彼女は両足をそろえ、兎跳びの体勢に入る。

 そのまま両足を伸ばし、ビル妖怪の背中に突っ込んだ。

 めちゃくちゃ痛いが、同時に壁が砕かれ床が崩れる。

 

(力を使いこなせないなら、使いこなせてなくてもいい使い方をするだけ!)

 

 選んだ戦術は実にシンプルだった。手加減無用で、跳びはねる。つまりは圧倒的な身体能力による、攻撃のゴリ押しである。

 しかし縦横無尽に跳ね回る攻撃は、無軌道にビルの影から生まれたビル妖怪の体を破壊していく。

 

「オオォォォォォン!!」

 

 がんがんがんごん、がんがんがん。

 コンクリートや鉄筋を、頭突きによってぶち破っていく。

 

 普通に白兎の巫女にもダメージは大きいが、それでも痛いのが続くだけで死ぬほどではない。痛いは痛いが、それだけ。それなら彼女は止まらない。

 

(一度やるって覚悟を決めて、限界も出さずにやっぱり辞めますなんて言えるか!! 口に出した言葉の責任は取る! これぐらい体を張らずにどうする!!)

 

 床を使って跳び壁を使って跳ね、ぶつかっては跳び壊しては跳ね、どこかにはまれば周囲を破して脱出する。衝撃で前後不覚になってからも跳ね続けていると、暫くして白兎の巫女は、とうとうビル妖怪の腹を突き破って外に飛び出た。

 

「オ、オソ……」

「良かった、効いてる――ウゥッ」

 

 片膝をついたビル妖怪を見ながら、三半規管が揺れまくった白兎の巫女も膝をついた。めまぐるしい高速突撃移動と加速の繰り返し。

 Gと揺れに加え、頭を何十回も打ち付けたのだから当然だ。

 

「む、無茶し過ぎ。君もだいぶ効いてるじゃなか……オェッ」

 巫女服の()()()から這い出た御ムスビ様も、吐きそうな顔をしてえづきそのまま地面に落っこちた。

 

「取り敢えず、このまま陽の気を――ぶつける!」

 

 目を閉じて、神経を集中させた。

 激しい運動をした時に、ドクドクと動く血管を頭で感じ取れる事がある。

 それと同じように、全身を巡る『陽』の気の流れを彼女は感じとる。

 

 へその下、胸の奥、そして眉間。

 三つの丹田を中心に、流れはより大きくなっていく。

 

 特に胸元の『神様勾玉』が、肉体と精神に宿る気を増幅させていく。

 流れることでエネルギーが消費されず、寧ろ流れれば流れるほど、エネルギーの総量が増加した。

 物理法則とは、別の世界に存在するエネルギー。

 それを、彼女は敵にぶつけた。

 

「『神威(しんい)陽光波(ようこうは)』ーっ!!」

 

 技名という名の呪文と共に、全身から昂ぶった『陽』属性の真っ白い光が、全方位に向かって放たれる。白兎の巫女の光はビル妖怪を飲み込み、核である『お札』の一ツ目消し去った。

 

「――――オォォォォォォォン…………」

 そして、断末魔と共にビル妖怪は消滅した。

 

「ふーん、ちゃんと知らせとかなくちゃ、だ」

 

 その攻撃が直撃する直前に、謎の少女は影の世界へ音も無く沈んでいた言葉以上の意味が込められていない、悔しさも何も感じられない、魂のこもってない台詞をつぶやいて。

 

「よっしゃ! とにかく今日は、私の勝ちィ!!」

 それを受けて、少女は勝どきを上げるのだった。

 

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