前線に紡ぐ物語   作:鞍月しめじ

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イリヤ小隊
01.基本作戦


 ロシア某所、市街地。

 少々天候が優れず、重苦しさをはらんだ灰色の雲が空を覆う。

 廃墟と化した街は暗く、じめじめとした空気を纏っていた。

 廃墟となっても形を保ち、樹立するビルの間を人影が複数駆け抜けた。人数にして五名。

 先頭を走っていた者が止まると、続く人影も立ち止まる。

 

「作戦グリッドに到着っと!」

 

 銀色の髪をした少女は乱れた髪をかき上げて呟く。見た目こそ少女だが、その手には厳ついショットガンが握られていた。スカート部分にはショットシェルキーパーが下げられ、腰には分厚い金属製のシールドまで装備されている。

 重量にして20kgは超えるだろうが、少女はまるで気にしていないようだった。

 

「指揮官様に報告をしなければいけませんね」

 

 厳つい装備に身を包むショットガンの少女とは対照的に、白と黒を基調にした清楚な見た目の少女は周囲を確認しつつ語る。

 しかし、やはり手には厳めしいコンパクトタイプのアサルトライフルが握られていた。

 白い少女は曇天の空を見上げると、あたかも天と会話するかのように呟き始める。

 

「指揮官様、X95以下四体。作戦グリッドへ到達致しました」

『了解。座標は追えているから、安心して。間も無く鉄血の部隊がそこを通過する。時間は──五分後』

 

 建物の陰に身を潜めて通信する少女。アサルトライフルの少女含め、その場に居たのは女性のみだった。ただいずれもが銃で武装し、待機する所作での扱いでさえも熟練が見られた。

 指揮官と呼ばれた通信の向こう側の声も、また女性だった。落ち着き払い、安心を周囲にすらもたらすような柔和な響き。しかし、その指示は正反対にその後の騒ぎを予感させるものだった。

 

『R93は現在地のビル屋上から狙撃を。スパス、前衛をお願いね。X95、AR-57は火力で敵を減らして。K5、撹乱は可能?』

 

 指揮官が問うと、ハンドガンを携えた少女は高らかに答える。

 

「見えるのは勝利だよ、指揮官。でももしかすると、状況が変わるかも」

『分かったわ。全員、配置移動開始』

 

 指揮官の声で、全員が散らばった。スパスと呼ばれたショットガンの少女は装填を確認し、道に停められた廃車に身を隠す。

 アサルトライフルの少女、X95はAR-57と共同で予想された進路上を左右挟み込む配置で敵の登場を待つ。

 ハンドガンを携えた少女、K5は軽い身のこなしで道路にあったトラックを足場に、建物の二階部分へ飛び込むと待機姿勢に移る。

 

「残り一分です。R93さん、敵影は?」

『見えていますよ。まだ引き付けますか?』

 

 屋上に上っていたR93は既に手持ちのスナイパーライフルのスコープに前進する敵を捉えていた。

 敵性体のどれもが機械的なバイザーで目を隠して表情は窺い知れない。武器も、待ち伏せる少女たちに比べると、随分と形状が異なる。

 

「今撃つと私たちの射程外です。通過させ、後ろの敵から撃ってください」

 

 X95が壁から身を乗り出し、銃を構える。反対側ではAR-57も合わせていた。

 あとはスパスの距離次第。彼女の掛け声一つで、静かな廃墟は戦場に変わる。ショットガンは散弾を主に使う武器だ。弾が散るため、遠距離では威力が出ない。その為、奇襲の号令はギリギリまで引き付けた上で上げられる事になる。

 一瞬の静寂が、その場では何時間にも感じられる。配置についた少女たちはじっとスパスの声に耳を傾ける。

 

「よし、入った! 射撃開始!」

 

 スパスの結った髪がじっとりと湿気を帯びた風に揺れる。廃車から飛び出した彼女は、先頭を歩いていた敵性体へ向けてトリガーを引く。

 充分に引き付けた効果はあったようで、散弾は散らばりきる前に標的の頭を打ち砕いた。スパークを飛ばし、頭部の半分を失ってもなお仰向けのまま歩行を続けようとする様は人間のそれとは全く異なったものだった。

 

「射撃開始!」

 

 スパスの攻撃開始から間髪置くことなく、AR-57とX95も射撃開始。K5もビル中層階の窓から敵を撃っていた。

 

「おっとと……!」

 

 K5に気付いた敵の後衛が彼女へ銃を向ける。ビル内部に居たK5はその場にしゃがみ、壁に身を隠す。

 複数の小口径のプラズマキャノンによる射撃は壁を砕こうとするが、刹那響いた銃声がそれを止めた。

 

「いい位置! やっぱり、運は私に向いてますね!」

 

 硝煙を上げる銃口の向こうで、R93は勝ち気に笑む。

 ボルトハンドルを引き、装填。後衛の敵は次々と撃ち出される彼女の銃弾からは逃れられなかった。

 

 スパスはシールドを巧みに用いながら、敵を引き付ける。K5が上から射撃を繰り返すのもあり、敵はスパスに集中を向けきれない。

 

「リロード!」

 

 スパスが叫ぶ。ショットシェルを連結したローダーを装填口に挿し込み、一気に押し込む。後退したままロックしたボルトを戻し、再び攻撃に転ずるスパス。時間にして二秒もない。攻撃はシールドに全て防がせていた。

 

『皆そのまま聞いてちょうだい。鉄血の部隊が更に接近しているわ。その部隊を迅速に排除し、我々は退避。応援に来る別部隊と交代する事になりそうだわ』

「だけど指揮官。悔しいけど時間制限付けて殲滅するには、火力が足りない!」

 

 AR-57が再装填のため物陰に隠れながら指揮官へ返す。

 実際、彼女の言う通りだ。X95、AR-57共に押し寄せる敵全てに銃弾を叩き込んでいては弾が足りない。スパスへの負担も大きくなる。K5はその武器の通り、敵を一体倒すにも難しい。

 大火力の要であるスナイパーライフルを構えるR93も、武器の取り回しが悪く全ての敵に対応するのは難しい状態だ。

 

『そうね。ただ、その地点をこちらでスキャンした結果、敵から見て右側に通路がある。R93がいるビルを回り込めば、そこへ出られるわ』

 

 通信を聞いて、K5は指揮官の示した地点を目視確認する。

 

「そこはバスが塞ぐように停まってるよ。あれじゃ、敵の不意を突けないと思うけど」

『そこは手を打てるわ。ううん、そのバスが頼りなの。行けるわね? ()()()()?』

 

 指揮官が誰かの名前を呼んだ。反応したのはスパスだった。重苦しい装備と思わせない跳躍で後退した彼女は、シールドを投げ捨てる。

 

「いつでも行けるよ、指揮官!」

「サブリナ……?」

 

 AR-57がクエスチョンマークを浮かべる。

 味方すら混乱する状況。指揮官は変わらず淡々と告げた。

 

『一度スパスは前衛から外れる。スパス、指定した地点への到達予想は?』

「障害物次第だけど、距離にして100メートルもない。30秒間、敵を押さえつけてくれれば間に合うよ」

『よし。スパスを除いた全員、30秒間敵をその場から動かさないで。何でもいい、ありったけの銃弾を叩き込んで。スパス、味方が全力で抑えるわ。貴女は全力で指定ポイントへ向かって。ポイントについたら、やるべき事はすぐに分かる』

「了解っ!」

 

 装備を外したスパスは今までよりもずっと足取り軽く、路地裏へ消えていく。

 残された人形たちへ課せられたのは、敵を一歩も前に進めてはならないというオーダーだ。

 

「指揮官様とスパスさんを信じましょう。全員、総攻撃を」

 

 X95とAR-57は前進を開始。接敵距離を縮め、より敵を足留めしやすい位置に移動する。

 R93は膝立ちに姿勢を変え、始末を終えた後衛の攻撃から前衛から中団への攻撃に切り替えた。

 

「私も加わるよ!」

 

 ビルからしなやかに飛び降りたK5は道路を横断しつつ、射撃を繰り返す。彼女に気を取られた敵は、X95とAR-57が撃破していった。

 予定時間から20秒経過。残弾は全員が尽きかけていた。

 

 □

 

 スパスが飛び込んだ路地裏はゴミが散らばっていたが、進路を妨げるようなものは落ちていない。

 銃声はまだ彼女にも聴こえていた。まだ味方はスパスを信じて戦っている。

 

「あった。これだね……」

 

 指定ポイントには道を遮るようにバスが停まっている。二度と動くことが無いような朽ち方ではあったが、形は保たれていた。

 敵はその先に展開しているようだ。やるべき事は理解していた。指揮官がスパスを別の名で呼んだその時から。

 ショットガンの装填を確認し、フルローディングを認識する。ゆっくりバスへ歩み寄ると、スパスはゆっくりと右足を後ろへ引いた。

 

「せぇいっ!」

 

 掛け声と共に、軸のぶれない華麗な後ろ回し蹴りがバスの側面を叩く。

 凄まじい衝撃音と共に、バスは反対側から強い力で引き寄せられたかのような勢いで吹き飛んだ。その先に居た敵部隊を横転に巻き込みながら。

 続いて飛び出したスパスは、残った敵を後ろから撃ち抜き、瞬く間に全滅させる。

 

「スパスさんっ!」

 

 X95がスパスへ叫んだ。彼女は左へショットガンを向けると、不意を突こうと銃を向けていた敵へ顔も向けずに二回の射撃を見舞う。

 

「よし、全滅を確認!」

 

 スパスの声で、その場の味方部隊が安堵に胸を撫で下ろす。

 

『ご苦労様。次は脱出よ。南西に2キロ進んだ先をランディングゾーンに設定するから、急いで』

 

 スパスが部隊に再合流し、シールドを回収。指揮官の示すポイントへ全員が向かった。

 既に弾薬は尽きている。敵との遭遇は即ち死を意味する。索敵の分時間を掛け、少女たちは派遣されたヘリコプターに乗り込み作戦地域を離脱した。

 

 □

 

 ヘリコプターが向かったのは、森を切り開いた中にある広大な軍事施設だった。

 巨大な隔壁に周囲を囲われ、対空機銃まで点在している。

 それが、少女たちの帰る場所だった。

 

 ヘリコプターはヘリパッドの上に滞空すると、ゆっくりと高度を下げていく。小さな揺れと共に接地し、キャビンのドアが開いた。

 

「任務ごくろうさん」

 

 ドアを開けたのは、またもや少女だった。健康的に日焼けした肌にスポーティーなショートカット。指揮官と呼ばれた女性からすると、少々粗野っぽい印象だ。

 

「今日は指揮官様のお出迎えは無いのですか? MTSさん」

「すぐに来るさ。とにかく降りな、ヘリを整備に回せない」

 

 少女が三歩下がると、ヘリコプターからX95を先頭に部隊員が降りてくる。その目は、基地から出てくる女性に向けられていた。

 

「おかえりなさい。今回は無茶な作戦だったわね、ごめんなさい」

「問題ないよ、指揮官。あれだけ弾ばらまくのは久し振りだったし」

 

 AR-57が話す女性は車椅子に座っていた。軍事施設には似つかわしくない、ひ弱さを感じる。腕はか細く、力も無いように見えた。だが、AR-57が話したように、彼女こそが少女たちを動かした指揮官だった。

 

「各自、メンテナンスへ。修復不要な者から、休息してよし。今日の夕飯は少し豪勢になりそうよ」

 

 指揮官が告げると、少女たちは歓喜の声を上げる。反応に差はあれど、激戦を潜り抜けた猛者の印象がかき消えてしまうほどだ。

 指揮官の指示通りに基地へ戻る少女たち。

 

「報告はどうするんだ、指揮官?」

「すぐにするわよ、()()()()。彼女たちをお願い」

「……了解した。ただ、今はMTs-255と呼べ。さっきもだ。作戦中にスパスの別名を呼ぶなんて──」

「ごめんなさいってば。でも、結果オーライだったでしょう?」

 

 指揮官にこれ以上物申すのも無駄だと判断したのか、ライーサと呼ばれた少女は一足先に基地へと戻っていく。もっとも、少女は今そう呼ばれるのを嫌っているようだが。

 

「はぁ……。今日も一日、生き延びたか」

 

 相変わらず空は晴れない。車椅子を自分で動かしながら、指揮官は暗い鈍色の空を見上げた。

 

「けほっ……。報告は薬の後ね」

 

 咳き込みだす指揮官。回数は時間と共に増えていった。

 基地へ戻り、通信区画で指揮官は薬の瓶から錠剤を取り出して口へ放り込む。

 決して速効性の薬ではないが、『薬を飲んだ』という意識が体調も改善に向かわせる。プラシーボ効果とも言うべきものだろう。

 大きく息を吸い、チャンネルを本部へ繋ぐ。

 

「こちら722基地、イリヤ・トレフィロヴァ。聞こえますか」

 

 指揮官──イリヤがそう訊ねると、すぐにチャンネルが開いた。画面に映し出されたのは片眼鏡の少々堅物な印象を与える女性だった。

 

「ヘリアンさん、()()()()は上手く行きましたか?」

『問題ない。そちらのスパス12が道中に障害物を作った以外はな』

「私のミスです。敵の侵攻を食い止めるには、ああする他……」

『責めてはいないぞ、イリヤ指揮官。……調子が悪そうだな?』

 

 ヘリアンと呼ばれた女性は、イリヤの体調を見抜いているようだった。対するイリヤは画面へ微笑みかける。

 

「それこそ、問題ありません。彼女たちに比べれば、こんなもの──」

『指揮官、彼女たちは人間ではない。貴官のように病気にはならないし、仮に破壊されてもバックアップさえあれば何とかなる。我々人間は、彼女たちと対等にはなれない』

「それでも──それでも私は、戦えるなら彼女たちと戦場に立ちたかった。それが叶わないから、こうして指揮に全力を尽くしているつもりです」

 

 ヘリアン──本来はヘリアントスという──が画面の向こうで頭を抱えた。イリヤは頑固なのだ。決めたことはなかなか曲げようとしない。

 ヘリアントスも口論する気は無いようで、『そうだな』と一言返すと改めて真っ直ぐにイリヤを見つめる。

 

『とにかく、ご苦労だった。人形たちを労ってやるといい。別命については、また後で連絡する』

「了解。それでは、失礼します」

 

 通信終了と共に、イリヤは車椅子の背凭れに身体を預けた。一先ず、これで仕事は終わりだ。

 通信機器に囲まれた周囲を見渡し、無機質な天井を見上げる。蛍光灯の灯りが目に刺さるようだった。

 

「人間とは違う、か」

 

 呟きは飾り気も何もない壁に、吸い込まれるように消えていく。

 イリヤが作戦指示を出していた少女たちは人間ではない。『戦術人形』と呼ばれる、アンドロイドだ。

 イリヤが所属する民間軍事企業『グリフィン&クルーガー』は、その戦術人形を用いて、人類に反旗を翻した『鉄血工造』の人形(アンドロイド)たちと日夜戦っている。

 ヘリアンが語ったように、戦術人形はバックアップデータと同型の素体さえあれば事実上『復元』が可能だ。身体が弱くなったり、病気になったりする事もない。

 見た目は人間社会に溶け込めるよう、生体素材を用いているのもあって、人間そのものだ。生活習慣も大して変わり無いし、食べ過ぎれば太る。性格もまちまちだ。

 人形たちがそういうものだからなのか、それともイリヤが特殊なのか。彼女はそうした戦術人形たちに、必要以上に肩入れしていた。

 

 通信室の電気を消し、部屋を後にするイリヤ。向かう先は、戦友である人形たちの元だ。

 

 ──時代は2062年。場所はロシア。ここが少女たちの最前線である。




ドルフロアニメ見たら、結構創作意欲が刺激されまして。
MTs-255は現状オリジナル人形です。あそこの事だから、その内増えそうな気がしますが……。
ゆっくり更新していきますので、よろしくお願いいたします。

スパスちゃんバカ力概念流行って(

タイトルは仮のものです。もうちょいカッコよさげ(?)なのが浮かんだら変わると思います。
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