前線に紡ぐ物語   作:鞍月しめじ

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二章は平和回☆


10.指揮官の朝

 指揮官の朝は早い──と、言うべきなのだろうが、イリヤに関して言えばそれほどでもない。

 目が覚めると、まずベッドの中でしばらくうつらうつらと現実と夢を行き来する。彼女は凄まじく朝に弱いのだ。

 特に夜に服用した睡眠薬が少々強かった。身体の重さはいつも以上と言えただろう。

 

(眠い……)

 

 起床と睡眠の天秤が、僅かに睡眠へと傾きかける。

 

「起きろ!」

「起きてください、ご主人様!」

 

 それを良く理解しているのが、MTs-255とG36の二人だ。イリヤの世話係として、伊達に長く付き合っていない。

 凄まじい剣幕で指揮官私室に突入するが、事情を知らない訳ではない。

 

「G36、水を頼む」

「既に用意してあります。ご主人様の意識は?」

 

 G36に言われて、MTs-255がイリヤを抱え起こす。反応はあった。二度寝はしていない。

 しかし、単純な手では彼女も起きない。睡眠を薬に頼るイリヤは、なおさらその傾向が強かった。

 

「う……んぅ──」

 

 イリヤの意識は僅かに覚醒に向かっている。

 MTs-255は息を吐くと、真っ直ぐにイリヤを見つめて声を掛けた。

 

「起きな、イリヤ。もう朝だ。天気も良いぞ」

 

 優しげな声音で囁く。MTs-255を知る者であっても、その雰囲気はまるで姉だと思わざるを得ない。

 最も付き合いが長いからこそ、為せる技だろうか。G36は水の入ったコップとピッチャーを用意して、イリヤが目を開けるのを待つ。

 

「んっ……。らいーさぁ……? んー……もう朝ぁ?」

「もう朝だ。水、飲むか?」

 

 まるで子供に戻ったかのように、どこかたどたどしく話すイリヤは、MTs-255の問いに頷く。

 MTs-255が視線を配らせれば、G36はすぐに水をコップに注いで手渡す。

 

「ほら、溢すなよ……」

 

 水を飲ませてやると、ひやりとした水がイリヤの覚醒をより促していく。

 まだ少々寝ぼけてはいるものの、彼女はほぼ覚醒した。

 

「……ありがとう、二人とも。昨日少し強い薬のんじゃったから」

「R93から聞いてる。昨日の巡回も、気が気じゃなかったらしいぞ」

 

 昨晩の出来事はMTs-255にもきっちり報告されている。

 話を聞かされて、イリヤは申し訳無さそうに俯いた。一々心配をかけていては指揮官失格だ。

 

「後で謝っておくわ。ライーサ、着替えを手伝って。G36は修復上がりの人形たちに、調子を訊いてきて。特にX95は重傷だったから、全く同じ素体で大丈夫か気になるの」

 

 修復中の人形たちは既に修復を終えている。一刻も早く人形たちと話はしたいが、何しろイリヤは普通よりも着替えに時間がかかる。

 身体が不自由になって長いが、それでもある程度は一人でこなせるようにはなったつもりだ。無論、そうもいかないのだが。

 

 着替えを終え、MTs-255に車椅子を押してもらってカフェテリアへと向かう。

 前回の任務により、一部休養日が認められたため、後方支援に向かった人形以外は仕事を離れて思い思いに過ごしている。

 カフェテリアでゆっくりとコーヒーを飲む姿も、それなりにあった。

 

「指揮官様……! おはようございます」

 

 ふと、白い服の少女が椅子から立ち上がる。

 敬礼する少女を制すると、イリヤは心底安心したように顔をほころばせた。

 

「X95……。良かった、大丈夫なのね」

 

 白い服の少女──前回の任務で最も重傷を負った人形であるX95は、すっかり元の姿でイリヤへ微笑んだ。

 人形であるが故に、人格を司る『メンタルモデル』のバックアップさえ取れていれば、例え身体がバラバラになろうとも復帰が出来る。見た目が少女ゆえ痛ましいが、それが今の戦場の姿。

 X95は722指揮所で数少ない、その実例の一つになってしまった。

 

「聞きましたよ、指揮官様。昨夜はだいぶ落ち込んでいらっしゃったのでしょう?」

「……それは、ね。私がもっと上手くやるべきだったのに」

 

 俯き加減でイリヤが語ると、X95は彼女の車椅子の前へ跪き、顔を真っ直ぐに突き合わせる。

 

「あまりご自身を責めないでください。小隊の皆さんも、わたしも──指揮官様が悪いとは少しも考えていません」

「でも──」

「むしろ指揮官様が居なければ──あなたがもし諦めていたら、わたし達はこうして基地へ帰ってこれなかったのですから」

 

「でしょう?」とX95はイリヤへ問い掛けた。

 車椅子を押すため後ろにいたMTs-255も、表情には出さないもののイリヤの肩を優しく撫でている。

 

「今日はわたしが指揮官様とMTs-255さんに付いていきます。宜しいですか?」

「アタシは構わないぞ。指揮官はどうだ?」

「えぇ。じゃあ、休暇を少しでも楽しみましょう」

 

 イリヤたちの意見がまとまると、X95は両手を合わせ、ぱぁっと花が咲いたような笑顔を見せた。

 この後は基地内を散歩しようか、と考えていたイリヤだったが、カフェテリアの片隅から気になる発言が聴こえてくる。

 

「うーむむ……。あのゲーム、どうやって脱出しようかなぁ」

 

 真剣な面持ちで悩む少女こそ、たまに基地を困らせるゲーマー戦術人形ことRFBだった。

 イリヤたちはRFBへ近寄り、話を聞くことにする。

 

「RFB? 何かのゲームの話?」

「あっ! 指揮官じゃん! いやぁ実はさぁ、最近発掘されたゲームがあるんだけど、これがハードコアなんだよぅ」

 

 いつにも増して饒舌になるRFB。

 MTs-255は聞くだけ無駄、といった空気を醸し出しているものの、イリヤたちはそんなに冷たくはなかった。

 

「どういうモノなの……?」

 

 ゲームに詳しい訳ではないイリヤだが、知的好奇心で訊ねてみる。ゲーマーであるRFBすら苦戦するゲームとは何なのか、指揮官的な面でも興味があった。

 

「まぁ、舞台は良くある閉鎖された街なんだけどね。端的に言うと、そこから脱出するってゲームだよ」

 

 ゲームに関しては比較的饒舌な筈のRFBだが、珍しく内容の大半を端折ってきた。

 やれやれと首を振る彼女は、更に続ける。

 

「──っていうのも、ざっくりしたシナリオはあるんだけど、ゲーム中で明確なイベントシーンは無いんだ。アイテムとかで背景が分かっていく感じかな」

 

 そこからエンジンが掛かってきたのか、RFBの説明に熱が入りだす。

 

「問題はそのゲーム内容! ほぼ現実そのものなの! セカンダリレベルで遊べるシューティングゲームなんだけど、実銃で戦うんだ。──で、弾薬とかは最初に持っていったり、倒した敵から漁るんだけど……」

 

 この辺りはまだイリヤからすれば、よくゲーム好き人形たちが話している内容と変わりないように思えた。

 

「さっきも言ったけど、脱出が目的なんだけど脱出地点は数ヶ所あるうちランダムで、アイテムとしてコンパスを持ってないと方角さえわからないの! 勿論、案内なんて出ないよ!」

「要するに、極端に情報量が少ない……ということですか?」

 

 X95の問い掛けに、首が折れんばかりにRFBは頷く。

 

「それから体温、水分、空腹の要素もあるし、私達人形じゃ味わえない骨折だとか頭痛だとか──そういう病気にかかる概念もあるの。薬もあるけど、副作用が出たりもするよ」

「それじゃあ、ほぼ戦闘状態だと思うんだけれど……休息は取れてるの?」

 

 イリヤの心配は、件のゲームを『人形が人間の極限状態を味わえるサバイバルゲーム』だと仮定するなら、休息にならないのではないかということ。

 その心配に関しては、RFBが否定した。

 

「私達は大丈夫。このゲームが難しいっていう人形たちはもっとカジュアルなのをやってるし、あくまでも仮想体験だから過剰な痛みや疲れは多分無いよ。指揮官たちもどう? セカンダリレベルなら歩けるし、協力プレイも出来るよ。──背中を撃たれない保証はないけど」

「サラッと最後に恐ろしいことを言いやがったな」

 

 含みの有る笑みを浮かべたRFBを見て、MTs-255が身構える。

 

「うーん……。試しに一回だけなら、今日は指揮所に仕事もないし、良いわよ」

「えっ!? おい指揮官、大丈夫なのか……?」

 

 MTs-255は目を丸くして車椅子のイリヤへ問う。セカンダリレベルでは関係ないとはいえ、戦場の追体験となっては危ういかもしれない。

 心配をよそに、イリヤとRFBはゲーム内で落ち合う約束をして、RFBは去っていってしまった。

 

「心配ですね……。わたしも一緒に行きましょう」

「アタシもだ。あのゲーム馬鹿がイリヤに何かしでかしたら、タダじゃおかないぞ」

 

 時間はまだ午前。イリヤたちは一度RFBとの合流を果たすべく、それぞれの私室へと戻っていった。

 ゲームに少し付き合うだけだ。イリヤはさほど重く考えていなかった。少なくとも、今の段階では。




このゲームのモデルが察せた人は、恐らく皆脱出しようとしてるんでしょうね……。
ええ、私もその一人。出来たことないですけど。

多分最近ドルフロに来てる銃はわりとここから来てると思うので、MTs-255が本実装されてしまうのも近い気がする。
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