セカンダリレベルとは、端的に言えば『電脳世界』の事だ。
作戦時はこのセカンダリレベルやセカンダリ領域へのダイブによってファイヤーウォールを攻撃したりといった、所謂ハッキングに使われたりもする。
一部人形はこの領域をカスタムし、ゲームにも利用している。この場合、そのゲームはフルダイブタイプの体感ゲームである事が多い。
人間である指揮官だが、アバターを用いればセカンダリレベルへの進入は可能だ。
「ゲームにはログインしたけど……」
イリヤは慣れないゲーム設定に苦戦しながらも、なんとかゲームアカウントを作成。セカンダリレベルにて車椅子ではなく、自らの足でゲームの世界に立っている。
しかしながら、現在地はすえた臭いのする洞窟のような場所。申し訳程度に用意されたマットレスや、焚き火から察するにプレイヤーの拠点なのだろうと推測する。
外から吹き付けているであろう風が隙間を通りヒュウヒュウと音を立てていて、換気の悪い部屋で、有害な一酸化炭素を起こす焚き火。これではあまり健康に良い場所とは思えなかった。
(そういえば、武器って何があるのかしら)
ゲーム開始時に、
イリヤはロシアのPMCを選んでいた。
装備はAK-74MアサルトライフルとMP-443ピストル、サブマシンガンにPP-19が使えるようだ。ひとまず無難な装備で固めはしたが、MTs-255やX95たちが来られるかどうかが気になる。
RFBからの連絡もない。
武器を手に途方に暮れていると、一通のメッセージが届く。送り主はMTs-255。内容はパーティへの参加要請だった。
ロビーに移動すると、そこは特に何もない味気のない空間だ。
MTs-255もX95も、武装完了でイリヤを待っていた。しかし、問題は言い出しっぺだ。RFBのことである。
「RFBは? よくわからないけれど、連絡が無くて……」
「どうやら合流出来なかったようですね……。どうしましょうか? 指揮官様。あなたのご判断にお任せします」
X95の判断には、MTs-255も概ね同意のようだった。
仕方ないかとつぶやいて、イリヤは取り敢えず一度だけ3人でゲームに参加することにした。RFBが来ないのなら解散してしまう手もあったのだが、仮にもゲームなら気晴らしになるだろうと考えてのことだった。
□
ゲームスタートと同時。三人は、巨大なショッピングモールの倉庫と思しき建物の入口前にいた。
武器のチェックを行って、イリヤは周囲を見渡した。
(いや、広い!)
イリヤは心の内で、らしくなく叫ぶ。
内心で驚いたのはその広大さだ。所詮ゲームだろうと高を括っていた。
広がるのは見上げるほど巨大な建物と、マップの外側へは果て無く広がる森。空気はどこか淀んでいて、清浄とは言いがたかった。
しかもゲームならある程度あるべき補助表示は一切無い。
「指揮官、足は大丈夫か?」
MTs-255は自身と同じ名のショットガンを手に、イリヤへ訊ねる。
セカンダリレベルでのゲームならば、イリヤの身体も正常だ。彼女が歩けないのは先天的ではなく、後天的原因であるため、歩行の感覚が分からない訳でもない。筋力低下も、無論ない。
「大丈夫よ。──にしても、本当にどこに行ったらいいかわからないわね」
一応ゲーム内で装着する腕時計を見ると、現在のマッチングが残り何分か確認できると共に、数ヶ所の出口を示す場所の名前が、ポップアップで表示される。
──表示はされるのだが、三人ともにこのゲームは未経験なのだ。RFBの言った通り、方角すらも分からない。今向いているのは北か南か、東か西か。
「どこを目指せばよいのでしょう……。目的地の名称は全く把握していませんし」
X95も想定以上の難易度に困惑している。少なくとも、このゲーム中は戦術人形の座標認識はオフになっている模様。
そのような状況では、人形も強みを発揮しづらいだろう。
「……レイルウェイという出口があるな。線路だ。目印になりそうじゃないかい?」
MTs-255が提案する一つの脱出ポイント。他はエリア名やチェックポイントで、探すには余程の経験が必要に思えた。しかし、一箇所はハッキリと『線路』の名があるのだ。つまり、マップのどこかに線路があるということ。
見渡す限りは、現在いるエリアから線路は見えない。どうやら動く他に無いようだ。
外を行くとスナイパーに狙われる可能性もあるとして、一行はひとまず倉庫に入る事にした。
□
内部は無人で、普段はたくさんの在庫を綺麗に積んでいたであろう巨大な棚も、物資はないばかりか、棚そのものが崩れていたりと散々な有様だった。まるで空襲の跡。
周囲警戒を怠ることなく先に進むが、いつ敵に襲われるかも分からない。
既に銃声も数回聴いていた。敵か、はたまた友好的な存在か。どちらにせよ、誰かが既に同じエリアにいることは確実。緊張の糸は張り詰めっぱなしだ。
「戦闘は避けましょう。初心者の私達が不利よ」
イリヤはメンバー二人に、隠れながら進むよう指示。MTs-255たちは合わせて姿勢を低く取る。
遠くに足音が聴こえた。どうやら他のプレイヤーが歩き回っているようだ。
「銃撃戦にすらならなかったようですね」
倉庫の棚から、音のする方向を注視するX95は呟く。
少女が一人、遺体を漁っている。想像以上に荒んだバックボーンを持つゲームであるようだ。
ただ、その少女は明らかに戦術人形。手際の良さから、かなり慣れているように見えた。
『コーラだー!』
無骨なリボルバーピストルを片手に、倒した敵からはコーラの缶を奪う戦術人形。
まるで西部劇からそのまま出てきたような彼女には、無論イリヤ一行も見覚えがあった。
「SAA? あの子、セカンダリレベルでゲームなんてやってたの……?」
「そういえばここ数日、コーラを欲しがる声を聞いていませんね」
「まさか電脳世界でコーラ欲を満たしてたとは……」
コーラを花丸の満面笑顔で飲む戦術人形、SAA。722指揮所でも古参の一体だ。
能天気そうな立ち居振る舞いに反し、戦場ではシンプルに『相手が死ぬまで撃ち続ける』ロジックで戦果を上げている。ある意味、恐ろしい戦術人形だ。
恐ろしいとはいえ、ハンドガン以外に武装は無いようで、彼女自身油断しきっているように見えた。
人数もイリヤたちが有利。倒して通る手もあった。
『誰か、そこに居るよねー? 分かってるよー』
突然の呼びかけ。イリヤの鼓動が跳ねた。人形たちも動揺を見せる。
しかし、SAAがカマをかけている可能性は否定できなかった。
「焦っちゃダメ。この距離じゃ撃ち合えないわ」
イリヤも多少の訓練はあるが、銃を立射したことはない。正面からの銃撃をかわしながら、AK-74の射撃反動を受け止める自信がなかった。MTs-255はショットガンで、30メートル以上は離れているであろう現在位置では、威力を発揮できない。
確実にSAAを止められるならX95だろうが、そもそも出来るなら余計な損失は避けたいのだ。
『黙って隠れても分かってるよー?』
未だにSAAは語り掛けてくる。本当にバレているなら、彼女もこれ以上の距離は詰めてこない筈。
隠れる時間が続いて、約二分。また別な銃声が倉庫に響く。
どさり、と何かが落ちるような音を確認する為イリヤが棚から顔を出すと、SAAが床に倒れているのが見えた。すぐさま他プレイヤーが彼女の持ち物を漁る。
「RFB……。案内役を忘れて、敵になってないか」
SAAを倒したのは、他でもない言い出しっぺのRFBだった。合流は果たせなかったものの、おなじマップにマッチングし参加してきたようだ。
その容赦の無さはまさに熟練プレイヤーのそれ。
『しきかーん。かわいい髪の毛見えてるよー』
RFBの言葉で、イリヤの背筋をぞわりとした怖気が襲った。彼女からは逃げられない。倒すしか無い。
素早く装填を確かめ、イリヤは味方に攻撃の号令をかける。
──刹那に、倉庫は戦場に変わった。
轟く銃声は幾重にも重なるが、RFBもイリヤたちもフルオートは使わない。単発で確実に当てる。それが絶対と言えるほど、ゲームの銃器反動の表現は凄まじかった。
「あっ!?」
RFBからの銃撃がイリヤの肩を貫いた。衝撃で後方に吹き飛ぶ。痛みはほぼ無いが、気分が悪くなる。
アイテムインベントリと言う名のリュックから救急キットを引っ張り出し、治療を行うが出血が止まらない。
「クソッ! X95、援護しろッ! 指揮官を下げる!」
ハンドガンで応戦しながら、イリヤが身に着けるチェストリグをつかむMTs-255はそのまま安全な場所へと引き摺る。
リロードする為隠れたX95はその様子を確認しつつ、マガジンを交換。空のマガジンはそのまま投棄した。
──かつーん
X95アサルトライフルのマガジンが床で跳ねる。不思議と、その音だけはイリヤには他の銃声よりもハッキリと聴こえた。
出血により起きる症状は随分とリアルだった。失血により意識も朦朧としている。
「ライーサ……」
「なんだ、イリヤ!? ──いや、喋るな! 喋らないほうが良い!」
銃撃は終わらない。イリヤを寝かせたMTs-255も、ハンドガンでRFBへの応戦を開始。
相手はRFBたった一人。そのたった一人に、ゲーム内での立ち回りで圧されている。MTs-255にも悔しいながら、それが良く分かっていた。
「……今度は、逆になっちゃったね。ライーサ──」
「イリヤ?」
呼ばれて、彼女がイリヤを寝かせた場所へ振り向く。イリヤは死亡扱いでマッチングから外されていた。
音が隔離されていく。同時にトリガーを引く指が動かなくなった。銃を持ち上げる気力すら湧かない。
イリヤを助けられなかった。その感情がMTs-255を呑み込みつつあった。
「MTs-255さんッ! 相手の武力の方が上です! 退きましょう!」
下がってきたX95に肩を揺すられ、我に帰る。急激に戦闘の音と感覚が戻ってくる。
そう、今は戦闘中なのだ。戦術人形として、戦闘中に放心などあってはならない。
「リタイヤするぞ! 話にならんッ!」
「──はいっ!」
MTs-255、X95は二人でマッチングから切断。ペナルティはあるが、もうこの仮想空間の大地を踏むつもりは二人ともにも無かった。
□
MTs-255がセカンダリレベルから帰還し、部屋を見渡す。X95は私室に戻ったが、彼女はイリヤと同じ部屋に居た。護衛の為でもある。
しかし、イリヤの姿がない。彼女は移動に車椅子を必要としているため、何処かに隠れられはしない。
先に帰還して部屋から出ていってしまっただろうか? 何にせよ、後味の悪いゲームになってしまった。
(あのゲーム馬鹿。よりにもよって初心者狩りとはな。もう少し配慮してくれると思ったけどね)
RFBは良くも悪くもゲームに全力を傾けている。ゲームを広める時も全力だが、そこで敵対されても容赦などされない。彼女にとって、手加減こそ失礼だから──とはRFB本人がMTs-255に以前話した事だった。
いわゆる『初心者狩り』になってしまったのは結果論かもしれないが、それにしても後味は良くない。
悩んでいると、部屋の扉が開いた。姿を見せたのはX95。悩まし気な表情で、彼女は部屋へ一歩踏み入った。
「どうかしたかい? さっきのゲームの話なら──」
「ゲーム内で聞いた話ですが、ゲームの話ではありません」
ふるふるとX95は首を横に振った。
「聴こえたのです。指揮官様が『逆になった』と仰っていました。──これが、わたしの中で引っ掛かっていて」
「知る必要は──」
「スパスさんも話はしてもらえなかったそうです。勿論、深くお訊ねするつもりはありません。しかし、わたしが少しでもお役に立てるなら、立ちたいのです」
あぁ、そうだった──とMTs-255は頭を抱える。X95とはそういう戦術人形であった。彼女は敵すらも赦してしまうほど、優しいメンタルモデルを持っているのだ。
「……アタシの話だけをしよう」
「ありがとうございます」
X95はそれでも構わなかった。指揮官であるイリヤとMTs-255はただの指揮官とオペレーターの立場ではない。それはもはや、イリヤに付いてくる人形たち皆が抱く、ある種共通の認識だった。
それを少しでも紐解けるのなら、X95はそれ以上を求めることはしなかった。
「……私は、根っからの戦術人形じゃない。本来は指揮官──イリヤ・トレフィロヴァを介護する為の介護人形だ」
「介助用だったのですか?」
「ああ。ライーサの名前はその時に貰ったものだ」
「それがどうして、戦術人形に……」
「詳しくは、アタシからは言えない。ただ、アタシはイリヤがグリフィンと契約する際に副官として、彼女専用の戦術人形としてASSTを組み込まれることになった」
重い空気が部屋を埋め尽くしたようだった。イリヤでさえ、根っからの指揮官では無かったということ。X95は話を聞いて、そこまで予測を立てた。
MTs-255はワンオフの戦術人形であり、イリヤをよく知る人形であった。
「それがなんやかんやで、今に至る。アタシが出来る話はそれまでだよ」
話を切り上げるMTs-255だったが、X95からすれば十二分だ。スパスにも話されなかった話を、彼女は話してくれたのだ。
「……ライーサという名前の由来は訊いたのですか?」
なんとなしの質問のつもりだった。だが、MTs-255は深刻そうに息をつく。
「……姉の名前だそうだ。それ以外は話せない。口外もするな」
「勿論です。──ありがとうございました、MTs-255さん。指揮官様が何を背負っていらっしゃるのか私にはまだ知り得ませんが、あの方は恐らく沢山の悲しみを背負っている気がします。……それでは、残りの休息をお互い満喫しましょう」
話を聞いていたX95は深々と一礼すると、静かに部屋を立ち去った。
残されたMTs-255は真っ白の無機質な天井を仰ぐ。
「……全く。アタシも甘いな」
とうとう、一部とはいえ話してしまった。X95は純粋な戦術人形だ。一部で話題の『グリフィンタレコミ掲示板』に持っていくとも考えにくい。
アンニュイではあるが、MTs-255は話す相手だけは間違えていないと確信していた。
随分長ったるくなりましたが、ゲーム編は終わりです。お疲れ様でした。
ちょっと色々ありまして、執筆にめちゃめちゃな時間がかかりましてですね……えぇ。おまたせいたしました。
モデルにしたゲーム、マップにインして目的地わからず右往左往してたらスポーン地点を張ってたスナイパーにぶち抜かれて死んだ思い出しかありません(
次回は平和回(詐欺)になるかもしれません。それだけ先にお知らせしておきます。