イリヤはゲームからのログアウト後、すぐに部屋を立ち去っていた。
MTs-255たちを覚醒させる理由もなく、楽しんでいたら申し訳ない。そんな思いから、彼女は黙って立ち去った。
自分で車椅子を動かすのは慣れたが、最近はMTs-255がずっと押してくれていた。普段より腕が疲れるのを感じる。
「ご主人様! 良かった。ずっと探していたんです」
慌てたように駆けてきたのはG36。何事か、とイリヤも思わず背筋を正した。
「どうかしたの?」
「いえ、それが……」
要領を得ない発言をするG36は、比較的珍しい。
「……ご主人様へ、面接希望の方が」
「え……?」
思わず耳を疑った。
──面接だと? この世の中に、今更面接を受けてグリフィンへ入りたい人間がいるのか?
なにかの罠ではないか。スパイではないか。あらゆる思考を巡らせる。
「経歴は?」
「
G36の話ではいまいち決め手に欠ける。だが、会ってみるだけ会ってみようか。イリヤはそう考え、面接を受け入れることにした。
手を借りてグリフィンの制服を羽織り、帽子を被って見掛けだけでも正装を取り繕う。
□
訪問者は722基地の応接室にいた。
G36に車椅子を押され、イリヤが立ち入ったそこに居たのは、中性的で端正な顔立ちの人物。ざんばらなショートカットヘアーという先入観もあってか、ただ見ただけでは男女の判別も難しかった。
「貴方が、面接希望の方ですか……?」
イリヤが問うと、訪問者はちらりと切れ長の目を向ける。
「突然の話を持ち込んで、申し訳ないと思っています。ただ、どうしても自分はここで働きたいのです」
座っていた椅子を立ち上がり、脱帽し一礼を見せた。
極東──中でもアジア式の『辞儀』だろうが、訪問者にアジア系の雰囲気はない。
イリヤはG36から受け取った資料を開く。そこでようやく、名前と性別が判明した。
「レヴォーヴナ・エリツィナさん。女性なのね」
声には出さないが、少なからず驚いた。レヴォーヴナの外観はそれこそ、男女どちらと言われても違和感はない。声質もハスキーで、多少女性らしい響きは感じられるが、気付かない範囲だ。
端的に表すなら、クールビューティーとでもいうべきか。立ち上がった彼女の背は高く、脚はすらりと長かった。身長はデータ上、170cmぴったりになっている。
「女性では役不足ですか」
レヴォーヴナが問う。『嘗めてくれるな』と暗に言いたげな、少し冷たい雰囲気だ。
「違うわ。確認をしたの。……精神鑑定も問題無いのに、どうして前の基地を辞めたの? グリフィンの選抜試験は難しいし、人員だって無限じゃないのよ」
「それは……。元の基地では、自分は目的を果たせないから──」
「目的?」
イリヤに問い掛けられ、レヴォーヴナは『しまった』とばかりに身体を強張らせる。
「……自分──私は、貴方の下で働きたいのです。他の人間ではない、イリヤ・トレフィロヴァ指揮官──貴女のもとで」
目を伏せ、レヴォーヴナはそう語る。
「信用ならなくとも仕方ないでしょう。ですが、この気持ちに嘘偽りはありません」
一瞬こそ物悲しげな表情を見せたレヴォーヴナだったが、そう語ったときには真っ直ぐ射抜くようにイリヤを見つめていた。
対するイリヤは口元に手をやり、悩む。経歴などはG&Kの内部文書に則っていたが、果たして頭から信用してよいものか。
(少なくとも、ヘリアンさんたちには報告が要るわね)
ここはイリヤの率いる指揮所だが、最終的な権限までを有している訳ではない。あくまでも、基地運営に関する指揮権を有するに過ぎない。
採用可否だけならばイリヤが決められるが、人員の異動があるのだから上官への報告義務はつきまとう。
「エリツィナさん、少し待っていて。G36、彼女にお茶を。私は少し席を外すわ」
レヴォーヴナへ軽く手を振り、イリヤは車椅子を漕いで部屋を出る。向かったのは司令室だ。
どうにもレヴォーヴナの態度が気に掛かった。イリヤは別段、グリフィンでも目立つ存在という訳ではない。鉄血工造に対する反撃を最前線で引っ張った794基地の指揮官の方が、よほど有能だとイリヤ自身考えている。
それでもレヴォーヴナは『イリヤがいい』というのだから、それなりの理由があるはずなのだ。
□
「──ヘリアンさん、レヴォーヴナ・エリツィナについては知っていましたか?」
司令室で、イリヤは真っ先にヘリアントスへ通信を繋いだ。ラグもなく繋がると、通信の向こうからは少々呆れたような溜息が聴こえてくる。
「はぁ……。こちらも早まるな、と再三注意はしたんだがな。そうか、やはり貴官の元へ行ったか」
「早まるな、とは?」
「彼女は元いた基地の後方幕僚だ。それだけ重要な任務を負っていた事になる。そのような人材を『はい、そうですか』と簡単に異動など出来んだろう」
確かに。ヘリアントスの話を聞いて、イリヤは全く同感だと内心で頷いた。
しかし、後方幕僚となれば、その上官である指揮官も居るはず。その問題もレヴォーヴナは解決しているのだろうか。試しにヘリアントスに訊いてみる。
「エリツィナさんの上官──指揮官はなんと?」
「真っ先に連絡した。『扱いづらいから要らん』だそうだ。貴官に押し付けるつもりだな」
「うーん……。なんだか彼女の執着は異常な気が……」
やはり堂々巡りか。振り出しに戻ろうとしたその時、イリヤの前にそびえるモニターにデータの受信があった。
送信者はヘリアントス。データはR05地区と呼ばれる、とうの昔に戦闘によって廃墟と化した、イエローゾーンの街だ。
「これは……」
イリヤが目を丸くする。その地区は、イリヤの家がある地区なのだ。
──同時に、彼女が自由に動く身体を失った場所でもある。
現在も立ち入りは制限されていないため、仕事が空くとたまにMTs-255と赴くこともあった。
しかし、それが今なんの関係があるのか。
ヘリアントスは語る。
「レヴォーヴナ・エリツィナは、約二年前のR05地区対鉄血防衛戦にて、部隊を率いた。──あとは説明しない」
ヘリアントスの言葉を聞いて、合点がいった。何故レヴォーヴナがイリヤにこだわるのかが。
「……なるほど。よく分かりました。──ただ、一先ず彼女は722基地にて預かります。何を考えているのかを知りたいですし、MTSにも今は知られるわけには行きません」
「了解した。レヴォーヴナ・エリツィンの人事については、こちらで上に報告を上げておく。──
通信が終了すると、一気に静寂が司令室を包み込む。
大きく、肺いっぱいに空気を吸い込んでから息を吐く。
イリヤはヘリアントスが考えるほど自らを見失ってはいない。何かするつもりはないし、今はひどく頭も冷静だった。
まずは物事を整理しなくては。イリヤは再び車椅子を動かし、レヴォーヴナへ採用の通知を行うため、応接室へと戻っていった。
最近年食ったのか、なかなか創作に頭が回らなくなってきたしめじです。
某ゲームでカーモデル作ってたりするので、それも良くない。
今回は平和より何かキナ臭い雰囲気のある話になりました。
いつまでも謎で引っ張りたくないですしね。
次回はゆっくり更新します。
感想などお待ちしております。
6/7
原作との設定齟齬(グリーンエリア周り)の修正のため、一部文章を書き換えました。
6/25
後の展開と原作タイムラインに齟齬が発生するため、一部修正致しました。