前線に紡ぐ物語   作:鞍月しめじ

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02.互いの当たり前

 いつの時代になろうと、食事は重要なものだ。栄養摂取はもちろん、いい食事は士気の向上にも繋がる。

 それは人形であっても同じだった。彼女たちも人間のように食べ、そしてその喜びを知る。稀に無頓着な人形がいるのもまた、人間に近しい。

 

「今日はお肉ですね」

 

 X95たちの前にはローストビーフが並ぶ。いくら復興し始めているとはいえ、鉄血という敵がいつ補給を断つかわからない以上、贅沢はできない。しかし、彼女たちも命を懸けて生きて戻った。多少の贅沢は許されるだろう。

 軍事基地に相応しくない、小洒落た内装のカフェ。その一角の食事スペースに、イリヤが率いた小隊メンバーは並んでいた。

 

「足りるかなぁ……」

「足りなかったら後で買いに行ったら? また太るかもしれないけど」

「うぐっ……」

 

 大食らいのスパスには、少々量が心許ないようだった。AR-57から暗に肥満を指摘されると、言葉を詰まらせる。

 

「大丈夫。スパスはあれだけ動いたんだし、消費エネルギーで相殺できるよ」

「K5……! そうだよね!」

 

 確かにスパスはとてつもないパワーを戦場で発揮した。バスをその脚で蹴り飛ばすには、少々負荷があった。脚部パーツの僅かな交換で済んだのは、スパスの頑丈さ故か。

 K5を見つめるスパスの輝く瞳には、彼女は救世主のように映っているのだろう。

 

「でも、これだけは流石に少なくないです? 奮発はしていただいてるんでしょうけど……」

 

 R93も目の前の皿を見下ろして呟く。付け合わせが無いとなれば、それはもはや夕飯にはならないわけで。

 少しして、メイド服の女性が配膳台と共に現れる。金色の髪を編み込んで下ろす女性。目付きが少々キツいが、それも理由がある。

 メイド服の女性もまた戦術人形だ。G36と呼ばれる彼女は、もっぱら小隊メンバーの交替要員の他、イリヤに代わって家事代行を行う。

 

「ご主人様より、こちらの食事はおかわり自由との言伝てです。作戦お疲れ様でした」

 

 配膳台の上には豪勢な料理の数々。ローストビーフはどうやらほんの一部に過ぎないようだった。

 G36は深々と礼をすると、カフェから立ち去る。

 それから暫く、カフェからは食事を楽しむ声が絶えなかった。

 

 □

 

「ご主人様。小隊メンバーへの配膳、完了致しました」

 

 イリヤの自室にて、G36は姿勢正しく告げた。部屋の主は自室備え付けの机に向かったまま、「ありがとう」と告げた。

 本来なら退室すべきなのだろう。G36も分かってはいた。しかし、普段ならばイリヤも夕食の席についているはず。ほんの数パーセントの違和感が、退室命令を下されないG36を部屋に留めていた。

 

「ご主人様、我々に可能な仕事はこちらにも振ってください。私たちはその為に、ここにいるのですから」

 

 G36もイリヤが普通の屈強な指揮官と違うことは知っていた。それがコンプレックスで、報告書作成程度の仕事は自分で抱え込もうとする事も。

 このまま放っておいては、彼女はこのまま朝まで机に向かいかねない。普通の人間でも体調に支障を来すだろう。それがイリヤならば倒れかねない。

 失礼を承知で、G36はイリヤへ問い掛けた。

 

「ご主人様? 今されているお仕事は、一段落ついていないのですか?」

 

 G36の問い掛けに、イリヤはハッとしたように頭を上げた。仕事用のブルーライトカット仕様のメガネが照明に反射する。

 

「報告書は作成したわ。もう送付もしたし……」

「であれば、今は何を?」

「明後日も出撃になりそうなの。ただ、今回の出撃でダメージが残った子もいるから、その編制を──」

 

 やはりだ。G36はメモリーの通りだと納得する。人間とは──少なくとも、この722基地の指揮官、イリヤ・トレフィロヴァという人物はそういう人間だと。

 自身に力がない事をコンプレックスに、他の部分で無理をする。彼女はそういう人間なのだ。

 

「そういう事であれば、尚更です。私たちをもっと頼ってください。我々は兵器です、指揮官。戦士であり、兵器なのですよ」

 

 戦術人形として、至極当然の事をG36はイリヤへ告げた。だがイリヤは「違うわ」とハッキリ否定して見せた。彼女たちは仲間で、失いたくない家族だとイリヤはG36へ告げた。

 戦術人形には理解できない人間の感情だった。イリヤは戦術人形を指揮する立場にいながら、彼女たちの価値を無に帰すような思考の持ち主なのだ。

 兵器は使われなければ意味がない。G36ら戦術人形はそう考える。しかし、イリヤは逆だ。

 なぜ兵器ならば感情モジュールなど搭載したのか。イリヤの属するグリフィン&クルーガーと契約する人形製造会社『I.O.P.』が何を考えているか、一介の指揮官であるイリヤには分からない。

 

「ご主人様?」

 

 気付けば、イリヤは俯いて震えていた。G36も討論しに来たわけではない。彼女に休息を促しに来たのだ。これでは意味がない。

 完璧なメイドであるG36も、対する人間によってはごく稀にミスをする。今回はその代表例となったようだった。

 

「G36、一つ仕事があるの」

 

 不意に振られた話に、G36はイリヤの傍らにしゃがみこんで視線を合わせて訊ねた。

 

「何でもお申し付けください、ご主人様」

 

 無論、嘘偽り無い言葉だ。G36は、意味の無い自己破壊と指揮官の殺害以外なら何でも言うことは聞くつもりだった。

 

「あったかいココアをちょうだい。確かに、少し根を詰めすぎたかもしれないから、少し休むわ」

 

 そう言って微笑むイリヤ。やっと休んでくれる気になったようで、思わずG36にも安堵から来る笑みが浮かぶ。「お任せください」と語って、G36は部屋を後にする。

 残されたイリヤは、車椅子の上で伸びをする。部屋にはMTs-255も居ない。誰も居ない隙に、彼女は夜の分の薬を飲む。

 薬を飲み下し、作戦予定地点の情報へ再び目を通した。分厚い雲に覆われていた空からは大粒の雨が降りだして、嵐のように風が吹き始める。

 

「……この天気が回復すればいいのだけれど」

 

 作戦予定地域は山岳部にある鉄血の通信施設となっている。このまま荒天が続けば、非常に危険な任務になるかもしれなかった。

 楽観視は出来ない。出来うる限り危険を潰さなければ、任務成功はないとまで考えている。しかし、その前に身を案じてくれる仲間がいる事も忘れてはならなかった。

 仕事に戻る前に、G36の言葉に甘えよう。イリヤはそう考えて、少しの間メガネを外して目を瞑る。目が疲れた時は、眠れなくともそうしておくだけで違うものだ。

 

 十分ほどで、G36はマグカップ一杯のココアを持って戻ってきた。立ち上る湯気が淹れたてである事を教えてくれる。

 

「どうぞ、ご主人様」

 

 音を立てる事無く、G36はマグカップをテーブルに置いた。イリヤは礼を述べつつ一口啜る。どうやらある程度冷ましてくれたのか、良くある突き刺すような熱さは感じなかった。

 身体が暖まっていくのが良く分かる。ほっと一息つけるのが分かる。思考も再びクリアになっていくようだった。

 外で吹き荒れる風の音に耳を傾けつつ、イリヤはG36へ問う。

 

「この天気が、明後日までに回復すると思う?」

「難しいでしょう。出撃する方にはしっかりと話をしておくべきかと。ただ、まだ時間はあります」

 

 G36の言葉を聞いて、イリヤは自室の時計を見る。昔ながらのアナログ時計だ。時間は夜七時を指している。

 自身の夕食は後回しにしたとしても、まずはブリーフィングが必要だ。それは早ければ早いほどいい。

 

「G36。スパス達へ20時にブリーフィングへ集合するように伝えてくれる?」

 

 イリヤが告げると、G36は小さく頭を下げて部屋を後にする。

 彼女が淹れてくれたココアを啜りながら、イリヤは再び端末へ向かう。ふと、画面にメッセージが入っている事に気がついた。

 すぐにそれを開く。送り主はMTs-255。メッセージには一言『何も無かった』とだけ添えられていた。それを確認すると、イリヤは別な場所へ向けてメッセージを送信する。完了の表示が出ると、彼女はそのままメッセージデータを消去してしまった。

 

 風は強まり、遂には雷まで鳴り出した。G36の言った通り、これでは任務当日の天気には恵まれなさそうだ。

 下ろしたブラインドを上げ、真っ暗な外を眺める。大きな雨粒が絶えること無く窓にぶつかってきていた。

 ブラインドを戻すと、イリヤは車椅子を漕いで自室を出ていった。




戦術人形って人間に近いせいで、どう書き分けて良いものか分からなくなりますね。

G36好き。目付き悪いメイドさんすき……。
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