イリヤが指定した20時。ブリーフィングルームにはスパスを始めとした小隊メンバーが集まっていた。もちろん、イリヤもそこにいる。
普通ならば、ブリーフィングは
「ブリーフィングを始めるけど、資料は手に渡ったかしら?」
イリヤは人形たちを見回して訊ねるが、特に声は上がらない。書類は行き渡っているようだ。MTs-255が部屋の照明を落とすと、すぐにプロジェクターに作戦区域マップが表示される。
高低差の無い平面戦術マップではなく、目標地点がどういう場所にあるかを知らせるため通常の作戦マップを使用する。
「作戦内容は単純よ。鉄血の通信基地内部に侵入し、通信機器全てを破壊する。内部も、外部も」
イリヤがレーザーポインターで指し示したのは衛星写真に映し出された巨大なレーダーサイトと、それに対応すると思われる機器モジュールの資料写真。
山岳地帯にある場所というだけでなく、その任務内容も単純ではなかった。潜入による内部破壊工作と、派手な外部破壊工作。これを同時にこなさなければならない。
それは過去に生きた人間──それも、破壊工作に精通したプロですら一筋縄ではいかないような任務だ。人形たちのブリーフィングへ向き合う姿勢も、普段より遥かに真面目だった。
「天候の予想は最悪よ。恐らく今日のまま──もしくは、かなり足場の悪い状態で挑まなければならない。各自、用意は慎重に行ってね」
マップ画面が切り替わる。目標の通信施設は山岳地帯で攻め込みづらくするためか、他の基地に比べわずかに地盤が緩い場所に建てられているようだ。雨が降り続けば、雨音が味方になってくれるかもしれない。しかし、地盤の状態を考えれば百パーセントの信頼は置けない。
「作戦開始は明後日、ヒトロクマルマルより。周囲は木に覆われているわ。想像以上に現場は暗い筈……暗視装備を用意しておくから、各自バックパックに余裕を作っておくこと。明日は丸々休みにするから、しっかり休息するように。以上、解散」
イリヤの声で、人形たちはブリーフィングルームを後にする。ふと、立ち去ろうとしていたK5をイリヤは呼び止めた。
「K5、ちょっと訊きたいのだけれど……」
「どうかした? 指揮官」
「今日の雨、明後日には止むと思う?」
指揮官の問いに、K5は天井へ視線を泳がせる。風の音だけが暫くブリーフィングルームに轟いた。それでも、K5の返答は至極単純で当たり前のようなものだった。
「この天気はきっと変わらない。でも雨もまた、きっと私たちに味方してくれる。大丈夫だよ。作戦は必ず成功させるから」
K5の宣言は心強いものだった。彼女の言葉に頷いたイリヤは、MTs-255を引き連れK5と共にブリーフィングを後にする。
廊下でK5と別れると、イリヤは彼女の背中が見えなくなるまで見送り続けた。自分に出来るのはそれしかない。戦場に共に立てないからこそ、彼女たちにもっと寄り添わなければならない。それが、イリヤの考えだった。
□
ブリーフィング後、X95とスパスはシューティングレンジにいた。休むに休めないのか、射撃訓練に打ち込んでいる。
ASST技術と呼ばれる、武器と人形本体の高度連携システムのおかげで各人形の名前にもなる
X95は弾の切れたマガジンを引き抜いて、新たなマガジンと入れ換える。その所作も熟練されたもののように見えた。
スパスもまた、複雑な機構と手間の掛かるチューブマガジン式のスパス12ショットガンを文字通り手足のように扱っていた。
雷鳴めいた銃声が終わりを告げると、不意にスパスが隣のブースにいたX95へ問いを投げる。
「次の作戦、不安要素が多いよね。X95はどう思う?」
山岳部の敵基地。予想される荒天に、任務の難易度。今までのように殲滅して終わりではない。
仕事に対して恐怖はない。そこは戦術人形ならではだ。問題は不安要素にどう対処するか。今回の小隊長は、スパスだった。前回任務の小隊長、X95に彼女は聞いてみる。
「慎重に越したことはありません。ですが、慎重も過ぎれば臆病になってしまいます。そうすれば、必ず敵に付け入る隙を与えてしまう──」
X95は答えつつ、スコープにターゲットペーパーを捉える。撃った弾痕はスコープの中心とズレは無い。
マガジンを抜き、薬室の弾薬を右手に転がし入れて彼女はスパスへ向き直る。
「現場の状況は常に変わります。私たちも休みましょう」
疲れて判断が鈍るのでは意味がない。X95はそう言いたげだった。現実に他のメンバーは既に休んでいる。
明日は丸一日休みの小隊だが、その休みは作戦準備にほぼ割かれる筈だ。スパスも少々名残惜しそうにターゲットペーパーを一瞥してから、X95に同意した。
□
ブリーフィングから日が明け、翌日。小隊は案の定、朝から作戦準備に勤しんでいた。
イリヤも車椅子でも出来ることは、可能な限り手伝っている。
「指揮官様。ライフルのスコープマウントにマグニファイアを搭載したいのですが、可能ですか?」
「倍率を掛けたいの? どうして?」
X95の提案に、イリヤは問いで返す。装備の変更は指揮官指示によるものが多い。X95ショートアサルトライフルには、無倍率のドットサイトが搭載されている。マグニファイアとは、それら無倍率のドットサイトに一定の倍率を掛ける、拡大鏡のようなアイテムと言える。
勿論小さいものではないから嵩張るし、倍率を掛けたいならスコープを採用した方が手間はない。
「次の作戦は近接戦闘も予想はされますが、中距離以降の攻撃を全てR93さんに任せてしまうのは、あまりにも負担が大きすぎます。スコープよりは、判断で倍率を切り替えられるマグニファイアの方が良いと思って……」
イリヤが暫し悩む。確かに彼女の言う通り、前任務ではR93にばかり中、遠距離の処理が向いていた。
X95ライフルは銃身を極端に短くした分射程こそ短くはなったが、それでもライフル弾である。中距離の処理も充分に可能だろう。
「三倍率の物なら、確か倉庫にあるわ。見に行って、確かめてみて」
「ありがとうございます、指揮官様」
銃を手に走り去っていくX95。マグニファイア案が上手くいけば、AR-57に装着させてもいいかもしれない。準備する人形たちを眺め、イリヤは未だ止まない雨を窓の向こうに見る。
やはり天気は味方してくれそうに無い。K5が話したように、雨は転じて姿を隠すことにも優位に働くが、人形相手ではどうか。今回は夕方から夜間に掛かる、夜戦任務。その上、天候は雨。
イリヤにも指揮官兼オペレーターとしての重責がのし掛かる事になる。
全ては明日判る。何としても、送り出す人形たちを無事に帰還させる。準備を進める人形たちを見つめ、イリヤは決意を固めた。