前線に紡ぐ物語   作:鞍月しめじ

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04.ヘビーレイン

 輸送ヘリコプターを降りた小隊は、改めて今回の任務が一筋縄ではいかないことを思い知らされた。雨はやはり止まず、山岳部特有の強風が強く人形たちの顔を打ち付ける。地面はぬかるみ、生い茂る木々は時間の感覚を狂わせてしまうほどに外の光を遮ってしまっていた。

 暗闇の中、小隊は歩み始める。既に敵の勢力圏内だ。特に対象は通信施設。指揮官への連絡は傍受の危険がある。人形同士の短距離通信ですらもだ。

 故に、人形たちに求められたのは昔ながらのやり方だった。戦術人形ならさして必要の無いハンドサイン、アイコンタクトといったオールドスクールな方式こそ、まさに今求められたものだった。

 時間をかけ、敵に気付かれないよう山を上がり、目標に接近する。ただひたすら、それを繰り返す。索敵はR93をメインに、K5も加わる。

 

「敵の斥候が居ますね……」

 

 R93が構えるライフル──そのスコープが、敵の姿を捉えた。少し待ってみたが、動く様子がない。だからと言って、小隊にも回り道をする余裕は無い。

 R93は静かに照準を合わせ、緑色に発色するライティングレティクルに描かれた目盛りに敵を乗せる。

 サプレッサーを装着したR93ライフルは小さくくぐもった銃声と共にライフル弾を撃ち出し、弾丸は真っ直ぐに対象の頭部を砕く。

 

「行こう」

 

 こちらが人形ならば、相手も人形。スパスを先頭に、小隊は周囲を警戒しつつ動く。K5が先ほど撃たれた鉄血人形を確認し、二発ほど胸元に撃ち込んだ。人形相手ならばオーバーキル程度がちょうどいい。

 

 それぞれ両翼に展開したX95、AR-57の両名は左右それぞれの偵察兵を撃ち倒し、小隊は尚も進んでいく。

 止まない雨は確かに今のところは味方のようだった。足場は悪いが、おかげで多少の痕跡なら流れてしまう。雨音は物音をある程度遮ってもくれる。

 通信基地に辿り着くまでは簡単だった。山奥に砦を築く訳にもいかなかったのか、そこは簡素な金網で囲われている。

 巨大なパラボラアンテナ、レーダーサイト。通信の傍受や増幅などを担う通信施設は、人形たちには見上げるほど巨大だ。

 

 フェンス切断用のカッタートーチを取り出して、スパスは素早くフェンスを焼き切る。雨による動作不良もなく、作動音は雨でやはりかき消されている。

 切り開いたフェンスから、スパスを先頭に内部へ潜入する。一度集団で固まり、周辺を確認するがブリーフィングとの地形の差は無い。

 通信施設であり、前線基地ではない。大きな規模ではなく、見張りが行き来している以外は単純な構造だった。

 

「今回は内外両方からの破壊ですね。スパスさん、具体的な案はありますか?」

 

 X95は稼動するパラボラアンテナを見上げるスパスへ訊ねる。「うーん」と少し唸ってから、スパスは再び小隊メンバーへ向き直った。

 

「このままじゃ通信もままならない。私とK5で通信施設のコントロールパネルをハッキングして、停止させる。R93、西側にある建設中パラボラアンテナの足場に上がって偵察と処理を。X95、AR-57は私たちの通信を聴き次第、装備品の爆薬を起爆──どう?」

 

 スパスの判断に、皆から異議は特に挙がらない。ただ、その運びにする理由だけは明らかにしておきたい。AR-57は納得した様子を見せつつも、スパスへ問う。

 

「その作戦自体に異議はないけど、コントロールから先に止める理由は?」

「さっきも言った通り、通信を出来るようにしなきゃ指揮官も指示が出来ない。それに、爆薬を使うんだから最後はどうせ見つかる。だから、まずは気付かれずに指揮官への連絡と私たちの通信を有効にするの」

 

 加えて、スパスは分担について『閉所を回る側には近距離火力と取り回しのいい武器を扱える方がいい』と付け加える。R93の役割は言わずもがな、遠距離からの偵察援護だ。

 

「それじゃあ、作戦開始……!」

 

 スパスの静かな一声で、部隊は雨の中で解散する。

 K5と行動を共にするスパスは、まず手近の建物に入った。施設全体の通信システムをダウンさせる方法は必ずある。

 

「巡回は居ないみたい……」

 

 ハンドガンを構えつつ、K5はそう漏らす。暗闇に染まった建物内には人形の気配はない。──ならば好都合だろう。

 スパスとK5は手分けして各部屋を捜索する。

 少しして二人が合流するが、互いにかぶり振るだけだった。そんなに都合良く事は運ばないと思い知る。

 警戒は続けつつ外に戻る。目の前で巡回の鉄血人形が破壊された。スパスがアンテナの足場へ目を遣ると、R93のスコープが光を返す。

 

「これなら安心ね」

 

 ちょっとした皮肉だった。バレたらどうするのか、と内心考えながら破壊された人形を建物内に引きずり込んで隠すスパス。

 通信施設にはそう何棟も建物がある訳ではない。二人は再び雨の中へ飛び出した。

 

 □

 

 X95とAR-57は破壊すべき通信機材に爆薬を仕掛ける任務を負っていた。相手は生産力もある鉄血だ。少ない損傷では復旧させられてしまう。故に二人は、巨大なパラボラアンテナを復旧出来ないよう、爆破して切り崩そうとしている。

 少なくとも稼動しているアンテナは二基。夜の闇に巨大建造物の証しとも言える、障害灯が輝く。

 アンテナは勿論だが、電力も断たなければならない。変電施設の破壊も必要だ。まずは手近にあった変電施設を確認しにいくX95。AR-57はその少し後ろを、周囲に警戒しつつ付き従う。

 変電施設も簡素なフェンスで囲まれているだけだ。X95がカッタートーチで焼き切ると、素早く内部へ入り込む。

 

「どうするの? まだスパスたちが終わってないだろうし、爆薬は無理だと思う」

 

 AR-57は変電器の停止に関して、X95へ問う。問われた彼女の答えは決まっていたようで、返答は早かった。

 

「直接破壊しましょう。ハッキングは勘づかれる可能性がありますから」

「いや、どうやって……。爆破もまだマズイのに」

 

 AR-57が迷う間に、X95は変電器のスイッチを切る。それからアサルトライフルのストック部分で殴り付け、操作盤ごと破壊してしまった。「文字通りの破壊」にAR-57は目元を覆った。清純な見た目に反して、イリヤの下に来たX95は少々手荒な気がする。少なくとも、AR-57はそう思っている。

 

「電力が止まったことに気付くまで、恐らく時間はありません。急ぎましょう」

 

 ここからは時間の問題だ。スパス達は勿論、X95達にもゆっくりと施設を巡る時間はない。

 パラボラアンテナの近くにいた見張りへ、X95は照準を合わせる。マグニファイヤを立ち上げ、ドットサイトをズームさせることでその姿はより克明になった。トリガーを引き、見張りを撃ち倒す。異変に気付いた人形達へは、AR-57が入れ替わりで銃弾を見舞った。彼女のバレルは今回のためにイリヤが選んだ高精度拡張バレル。サプレッサーを取り付けても、精度に影響は無いと言えた。

 

「仕掛けるなら根本かな?」

「そうですね。下の支えを失えば、アンテナは倒壊する筈ですから」

 

 十数メートルはあろうか。パラボラアンテナとしては比較的中型ではあるが、二人からすれば見上げるほど大きい。アンテナ自体は過去に人間が建てたものを再利用しているのだろう。鉄血らしい造形ではなかった。

 見張りが彷徨いている中で、のんきに整備用はしごを上って爆薬を仕掛ける暇は無い。使用する爆薬はC4プラスチック爆弾だ。ひとつでは倒壊させる威力にはならないだろうが、二人の手持ちをいくつか密集して設置、誘爆させれば威力の底上げはできる。

 雨に濡れた爆薬の水気をぬぐい、アンテナ基部へ張り付ける。それを繰り返し、基部の片側が爆破で潰れるように設置した。起爆すれば、バランスを失ったアンテナは基部が潰れた方へ倒壊する寸法だ。

 

 信管をそれぞれ突き刺し、遠隔装置を起動。遠隔起爆装置(デトネーター)も問題はない。

 アンテナ二基全てに設置を終えると、X95はスパスの連絡を待った。

 

 □

 

「ここが最後……」

 

 数棟の建物を探って、スパスたちは運も悪く“当たり”は引けなかった。これから突入する先が、間違いなくコントロールパネルの備える建物だろう。

 スパス、K5共に改めて薬室への装填を確認してから静かにドアを開ける。

 室内は真っ暗だ。非常灯が発する微かな赤色が暗い建物の中で反射している。雨は強さを増し、ついには遠くで雷まで鳴り出した。風速も比例して増している。建物の窓が強風を受けて、激しく軋んでいた。

 

「スパス!」

 

 K5が不意に声を荒げた。彼女がハンドガンを構えるより早く、見張りの鉄血人形がスパス目掛けて短機関銃を向ける。対するスパスの反応はそれより更にワンテンポ早く、肩付けして構えるまでもなく鉄血人形目掛けて引き金を引いた。今回スパスは、自身のショットガンにサプレッサーを用いている。お陰で弾の拡散も抑えられ、集中した散弾に腹部を射ぬかれた鉄血人形は、上半身から真っ二つに吹き飛ばされ、機能を停止する。無論、銃声もほぼ無しだ。

 今のところは潜入しているグリフィン人形側に運の全てが向いている。気付かれた様子もない。

 

 部屋の一つ一つをクリアリングしながら探索していると、奇妙な端末が備わったサーバー室のような部屋を発見した。スパスはそれこそがコントロールパネルではないか、と結論付ける。

 素早く近付き、パネルを操作する。複雑な暗号化が施されている訳ではなかったが、やはりハッキングは避けられなかった。

 停止ではダメだ。内部データを破壊し、文字通り内部から施設を破壊する。スパスの得意分野ではないが、破壊くらいはグリフィンの人形なら可能だ。

 見張りをK5に任せ、素早くハッキングを済ませる。破壊するだけなら特に警戒する必要もない。関係ファイルをひたすら使い物にならなくするだけ。

 比較的単純な作業だが、だからこそ完璧である必要がある。スパスのハッキング時間は十分を超えた。

 それから更に一分して、スパスはやっとハッキング時のセカンダリレベルから帰還する。

 

「出来た?」

「うん、大丈夫。通信を開通するね」

 

 スパス、そしてK5はグリフィン人形の通信システムをオンライン化する。今まで静寂を保っていたメンタルに仲間たちの声が流れ込むようだ。通信封止により独立していた各個体が繋がっていく。遥か遠くの指揮官とすら、人形たちには目の前のようにすら感じた。

 

『通信が出来るということは、上手く行ったのね』

 

 イリヤの声には明確な安堵があった。時間にして何時間掛かったろうか。まだ日暮れだった任務開始時から、すっかり夜になってしまっている。彼女の心配は相当大きな物だっただろう。少なくとも、イリヤはそういう指揮官だ。

 

「ハッキングで内部データは破壊したよ。あとは物理的な破壊だけ」

『──データが来たわ。X95たちがそちらに行っているのね。……よし。脱出ルートを送るから、隙を見てアンテナを破壊、速やかに脱出して』

 

 指揮官であるイリヤの声に、小隊メンバーが反応する。

 すぐに脱出ルートがアップリンクされる。スパスは合流の号令を掛けつつ、X95らに爆薬の起爆を指示する。

 ここからはスピード勝負だ。スパス、K5が建物を出るとR93が目の前に着地してきた。足場から飛んだのだろう、派手な登場だ。

 それからAR-57に先導され、X95が駆けてくる。白くか細い手には無骨なデトネーターが握られている。彼女は全員の集合を目視すると、安全装置を外してデトネーターを握り締めた。

 

 ──轟音。響いたのはただただ地鳴りのように響く轟音だ。それから悲鳴を上げるようにひしゃげる金属の音。

 アンテナが倒壊していく。ぎぃぎぃと音を上げ、その巨体がゆっくりと倒れていった。

 

「走ってッ!」

 

 スパスが叫ぶ。後は場の混乱に乗じて、小隊はイリヤが送った脱出ルートを駆けるだけだ。

 人形たちに疲れはない。足の早さに人間との差は無いが、疲れが無い以上、到着は早い。追ってくる鉄血人形に振り向き様の応戦を行いながら、小隊メンバーは山を下る。ヘリコプター到着まで五分。

 脱出ルートはほぼ侵入ルートと同じだ。改めて見れば、崖があり危険なルート。だが人形たちの精密さからすれば、それは無関係だ。

 ──外的要因が加わらなければ。

 

 空から花火のような音が迫る。

 

「迫撃砲ッ!」

 

 K5が声を上げると、部隊は素早く互いの距離を開く。一網打尽だけはあってはならないからだ。

 鉄血人形の撃ち出した迫撃砲が地面で炸裂する。炸薬の衝撃は強烈で、後ろを走っていた人形たちの足が止まる。しかし、最悪だったのはR93だった。

 小隊はまさに危険な断崖ルートに差し掛かっていた。先導していたスパス、しんがりを務めるSMGの二体と異なり、R93は爆風に足を取られよろめく。

 

「あっ……!」

 

 R93は踏みとどまろうとしたが、その足は無常にも空を切った。遥か下は木が覆い茂っている程度にしか見えない。落ちれば一堪りもない。

 

「R93ッ!」

 

 力強く地面を踏み締め、スパスは先導を止め転回する。

 

「R93ッ! ライフルをっ!」

 

 スパスの声を聞いて、R93は咄嗟の判断でライフルをスパスへ向けた。彼女はそのバレルを掴むと、すんでのところでR93を支えた。

 前進どころか、危機に陥った。スパスは自慢のパワーでR93を引き上げようとする。AR-57が追手の人形を迎撃し、X95とK5がR93の救助に手を貸す。

 

「行ってください! これじゃあ全員が……!」

「ううん! 絶対に見捨てないよッ!」

 

 R93は見捨てるように懇願したが、スパスはかぶりを振って、腕により一層の力を込める。イリヤも諦めないように呼び掛けている。

 ──しかし、再び空が轟いた。

 

「迫撃砲が来るッ!」

 

 AR-57の報告も皆には届いたかどうか。強烈な爆風は、支えの弱いスパス達を吹き飛ばすには充分だった。

 最悪なのは、刹那に弛んだ地盤が爆発により崩れ出したこと。

 

「くっ! 指揮官、後は頼んだからね!」

『AR-57!?』

 

 AR-57も崖崩れに巻き込まれる。彼女の残した言葉を拾ったのは、司令部に残った人間達だけだった。

 

 □

 

「……全人形、トレーサーの反応が消えた」

 

 MTs-255の報告が、722司令部司令室に虚しく反響する。同席したG36は口許を手で覆い、ショックを隠せずにいた。

 

「……そんな」

 

 何よりショックを受けていたのは、イリヤ当人だった。彼女は言った。『必ず無事に帰還させる』と。

 しかし今彼女が見上げているのは、全員の信号がオフラインになったという、紛れもない現実。

 

「私……。こんなつもりじゃなかった」

「ご主人様の采配のせいでは──」

「違うわG36。もっと何かやり方があったの、きっと。ルートを変えるだけでも──」

「山岳地帯だ。ヘリを寄せる場所はあそこを抜けた先にしかない」

 

 自分を責めるイリヤへMTs-255は優しく肩へ触れる。小さな肩は震えていた。完全に放心している。

 

「指揮官。結果がどうなるにせよ、任務は達成された」

「失敗よ」

「指揮官。任務はあくまでも、通信施設の破壊だ。成功だ」

「違う。みんなが帰ってこなきゃ、成功なんかじゃ──」

「イリヤッ!!」

 

 狼狽するイリヤを、MTs-255が怒鳴り付けた。G36がその気迫に息を呑む。

 

「お前が狼狽えるのは分かる。だが、それなら他にやることがあるんじゃないか?」

「──ライーサ……」

 

 目を丸くしてMTs-255を車椅子から見上げるイリヤ。狼狽はすぐに消え、指揮官の一面が現れる。

 

「すぐに信号が最後に確認された近辺へ、捜索救難を行う。G36、空いている全人形のリストをお願い」

 

 指示を受け、G36は一礼と共に指令室を後にする。

 

「ライーサ……、ありがとう」

「今のはアタシじゃない。用意してくるから、イリヤもしっかり表情を作りなよ。指揮官が泣きべそかいてたんじゃ、カッコつかないからね」

 

 MTs-255はそう言い残し、部屋を後にした。彼女に言われ、イリヤはコンパクトを開いて自身の顔を確認する。

 

「本当ね……」

 

 腫れぼったい目をした自身を見つめ、イリヤは小さな嘲笑を見せた。

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