冷たい。覚醒へ向かう彼女が感じたのは、頬を打つ雨粒の冷たさだった。
「う……うぅん……」
呻きつつ、いよいよ目を覚ます。左半身が重い。
「……私はAR-57。グリフィンの戦術人形――よし」
一先ず内部チェックと同時に、人間のように自身の事を口に出してみた。意味など無い。ただそうしてみたかっただけだ。
AR-57は仰向けに転がったまま周囲を見渡す。
土砂崩れの痕が周囲に広がっていた。最後に指揮官――イリヤへ交信を終えた瞬間、彼女は咄嗟に崖から飛んでいた。埋没による
左腕は動かず、押し流された木々に足をやられたか、左脚からは枝が数本突き出ている。幸い、異常はそれだけだった。
自身の武器を捜し、這いずって土砂の中から引っ張り出したものの、とてもではないが作動するとは思えない状況だった。スコープマウントに留まらず、レシーバー本体も強く岩に打ち付けたようで歪んでいる。仮に歪んでいなくとも、銃口に詰まった泥を掻き出すのは今の彼女には難しかった。
「……通信は?」
ふと、はぐれた人形たちが気になった。R93たちは真っ直ぐ崖から落ちたはずだ。無傷である筈がない。通信基地の破壊は成功していたから、彼女も躊躇わず通信という手段を取ったが、通信モジュールにも異常が起きている。人形間の通信は勿論、722指揮所の指令室とも音信不通。
自分はまだ生きている。だが、味方はそう信じてくれているだろうか? AR-57の中に不安が過った。もしかすると、破壊された事にされて、助けなど来ないのでは?
周囲の暗闇もなおさら彼女を不安にさせた。だが、どうしてだろうか。イリヤが自身を見捨てるとはAR-57には考えられなかったのだ。
遠くに何かの灯りが見える。ズームとデータベース照合により、飛行場であると判明した。しかも、味方飛行場だ。それが彼女の活力となった。
「よっ――」
片腕片足で立ち上がるなど、無謀だ。ただ動かないのは左腕で、損傷を受けた左足は可動こそしないものの股関節部からは動かせる。つまり、杖代わりにはなった。
ぎこちなく立ち上がり、AR-57サブマシンガンは投棄する事にした。彼女がその名を冠する通り、ラインラントアームズAR-57PDWは自身の半身とも言える武器。ASST――烙印システムにより、遠くにあるその銃の銃口の向きすら見つめなくとも分かる。
それを捨てるのは心苦しいが、それより自身の機能停止が懸かっている。AR-15アサルトライフルをベースにしたこのサブマシンガンを持っていくには、少々邪魔くさい。何せ単発でも動くならまだしも、全く動かせないのだ。
代わりに彼女はホルスターからファイブセブンピストルを引き抜いた。非常用のサイドアームで、弾薬はAR-57サブマシンガンと全く同じものを使用できる。製品名もSS190 5.7mm弾。軍用基準の高貫通力仕様だ。
ASSTの対象にならないファイブセブンピストルは、彼女の半身であるサブマシンガンの扱いに比べると僅かに劣る。だが訓練がない訳ではなかった。こういった事態も想定して、ピストルやナイフ戦闘のプログラムもある。最悪は徒手格闘だが、現状の状態で敵と出会えば不利になる。格闘を仕掛けるより、隠れた方が確かだ。
「行かなきゃ……」
頬についた泥を拭い、AR-57は半身を置いて飛行場へ歩き出した。目的地までかなり距離があるように見えるが、飛行場ははっきりシルエットが分かる。行くべきは今より低い場所なのだろう。左足を引き摺りながら、ピストルのスライドを引いて初弾を装填。左腕はぶら下がっているだけだから、破けた服にスライドを引っかけて操作せざるを得なかった。
鉄血は捜索に来るだろうか? 恐らく来るだろう。向こうにはグリフィンの彼女たちを追い詰めるだけの装備もある。
そうとなれば、つっかえ棒同然の曲がらない左足さえ邪魔だ。膝関節が逆に動いたせいなのか、本来曲がる方向に曲がらない。引っ掛かっているような感じだ。そうなると、しゃがもうにもしゃがめない。いつ敵に見つかるか分からないエリアで、立ち上がったまま歩くのは危険だ。かといって、脚を切り落とす訳にもいかない。折角切断されずに残ったのだから、動きが悪くとも使うべきだろう。
AR-57は左膝裏に手を右手を押し当て、脚を曲げようとする。全く力が掛からず、上手くいかない。
近くにあった木に左半身を預け、座り込む。脚を開き、右手で脛をつかむ。
「くっ……この――ッ!」
軋むフレームを無視して、AR-57はそのまま強引に、外れた膝関節を戻した。戻す際にバキバキと嫌な音はしたが、軋みながらも多少は膝の動きが戻った。
刺さった木も引き抜いて、AR-57は再び立ち上がる。歩くのも少し楽になった。
□
十分ほど暗闇を歩いて、飛行場の灯りも希望に変わり始めた頃、周囲を足音が埋め尽くした。
慌ててその場に伏せ、ピストルを手に近くの草陰へと転がり込む。
「鉄血か……」
すぐにその場は鉄血に埋め尽くされた。飛行場はまだまだ先で、身体はろくに動かない。なんてことだ、と歯噛みする。
敵の探索の隙を縫って、這いずってでも前に進むしかない。見えるだけでも七体は居る。全体ならもっと居るはずだ。重傷の身体に、武器はピストル一挺。正面からの戦闘になれば勝ち目はない。
ゆっくり、まるで虫が這うかのような速度で前進する。これでは、到着するころには一週間は経っていそうだ。焦れったいと思う気持ちを押し殺し、確実に1センチメートルずつでも前に進む。
近くには鉄血人形がいる。短機関銃を携えた、近接戦闘型の“リッパー”だ。その足下をゆっくりと匍匐前進する。
――瞬間、リッパーの上半身が粉々に砕け散った。
「何……!?」
目を丸くするAR-57の耳に飛び込んだのは、重たい銃声だった。つまり、狙撃。着弾と銃声のタイムラグは僅かだが、距離はある方だろう。700メートルかその辺りか。
しかし、その狙撃が味方によるものか分からない。鉄血を味方と判断しない第三勢力も至るところに居る。それらはグリフィン人形だろうと攻撃を仕掛けてくるだろう。判断材料がない。
前に進めずいるうちに、近辺の鉄血人形は跡形もなく始末されてしまった。残ったのはAR-57だけ。銃声と威力から判断して、.338口径以上の大口径ライフルだ。
今は静かにする時か。息を潜め、頭を地面に付くほど低く下げる。
――すると、今度は微かな駆動音が近くで止まった。羽虫のようなその音は、小型の飛行ドローン。
「……まさか、バレてる?」
ドローンのカメラは隠れているはずのAR-57をじっと見つめていた。カメラと視線が合う。
恐らく狙撃者のものか、その味方のもの。万事休すかと思ったその時だった。
『AR-57さん、聴こえますか? 722基地所属、IWS2000です。今、敵は近くにいません。聴こえたら返事を』
――ドローンが喋った。
IWS2000というらしい声の主に、AR-57はドローンにのし掛からんとする勢いで飛び付く。
「IWS!? もしかして、私を助けに!?」
『は、はい! まずは落ち着いてください。私は約800メートル先から見ていますから』
「他の皆は? 私はいいから、他の皆も――」
『まだ連絡は入っていません。ですが、捜索部隊は既に近辺に入っています。AR-57さん、まずは貴方からです』
IWS2000の言い分は正しい。傷を負った自身が捜索に加わったところで足手まといになるのは明白だし、IWS2000たちに下っている指示は救助だろう。重傷を負っている自身を、鉄血が迫る中に置いていけるわけがない。
そもそも、IWS2000ライフルは対物狙撃銃。遠距離でこそ真の威力を発揮できるライフルで、近距離は不利。彼女がベストポジションに張っているなら、無理をさせるべきではない。
AR-57は現在飛行場まで7キロメートルの地点にいるとIWS2000が告げた。思っていたより近い。それが活力になった。何より、味方の狙撃援護がついてくれるのは心強い。
立ち上がり、顔辺りまで一緒に上昇してくるドローンを一瞥する。
「――悪いけど、あと少し手伝って。基地に戻れたら、ケーキでも何でも奢るから」
『はい。脱出まで、精一杯援護させていただきます』
ドローンが飛び去っていく。恐らく、IWS2000が利用する索敵ドローンだったのだろう。この後も近辺の索敵に使われる筈。
AR-57は左足を引き摺りながら、遥か先の飛行場を目指した。
――時おり響く、雷鳴のような銃声をその耳に聴きながら。
最近あとがきもろくすっぽ書かず、無愛想に作品投げてるだけなのでここからはちゃんとやります。
まず、追いかけてくださっている皆様ありがとうございます。第五話もお疲れさまです。
実はドルフロ復帰はつい二ヶ月ほど前で、邪神ちゃん前線やらずに一旦やめたんです。
それからアニメ始まって、創作意欲が掻き立てられた感じでこうしてます。
ネゲヴ単話や少女前線時代のオリジナル人形シリーズ時代から、いつかは普通にグリフィンの話を書きたいと思っていたのでちょうど良かったです。
今回からIWS2000が登場。かわいい(語彙力)
怪我(損傷)を無理矢理治す辺りはファークライとかを見ていただければ。知らなかったら、痛そうだなーと思っていただければ嬉しいです。
ちなみにX95だけ持ってません。
出てくれませんが試行回数400までは甘えだと思ってるので、嘆くのは後にします。
次回もまた、よろしくお願いいたします。