崖から落ちたR93は、普段から自信を抱く自らの幸運のお陰か、落下先で何層にもなった木の枝がクッションになり、かすり傷で済んでいた。
木の上から遠くを見つめ、彼女は先に飛行場がある事を突き止めた。
「この先に飛行場がありますね。味方の飛行場です。先程銃声も聴こえましたし、皆さん無事ですよ」
軽やかに木から飛び降り、語り掛けた先にはR93とは正反対に、重傷を負ったX95が木の根本に寄り掛かっていた。
「……先程とは、正反対になってしまいましたね」
落下の衝撃で右腕を失い、腹部にも枝が貫通。残った左腕も表皮が一部削げ落ち、機械である事をまざまざと見せ付けるようにフレームがあらわになっていた。
自嘲気味に笑うX95へ、R93は明るく笑い掛けた。
「確かに、立場は逆転しました。けれど、幸運は私に恩返しの機会もくれたんです。スパスさん達も近くにいると思うけれど……」
「もう三十分、近くを捜し回ったのでしょう……? 移動したのでは……」
R93たちが目を醒ましたのは一時間ほど前。既に夜は明けて、木々の隙間から朝日が射し込もうとしている。
三十分で状況確認、そしてもう三十分でメンバーの捜索。結局、合流はならなかった。
武装は両者とも破損し、サブウェポンを出す他無かった。しかし、X95は損傷の激しさから武器を持てなかった。そうした状況のため、R93は自身のシグP320ピストルに加え、X95から預かったベレッタ92FSブリガディアピストルを左手に握り締め周辺警護だ。
X95も力を振り絞って歩いては来たが、長時間立ち続けるのは既に苦しかった。潮時か。察した彼女は、R93を呼んだ。
「R93さん……。私はもう置いていってください。足手まといになります。バックアップはありますから、基地でまたお会いできますよ……。ね?」
置いていけ、と言うX95の言葉にR93は頑として譲らない。
「絶対に連れ帰ります。皆私を見捨てようなんてしなかった……。だから、幸運にも無傷の私が貴方を助け出さないと」
「鉄血の追手も来ています。それに、私はもう動けそうにありません。……ここで二人でやられれば、それは不運ではありませんか?」
X95も譲らなかった。自身のせいでR93に何かあれば、それは苦しい傷になる。だからこそ、意地を張らずに置いていってほしかった。彼女はそう願った。駄々をこねる子供のように、X95を連れ帰ると利かないR93相手にもだ。
『それは困ります』
がさり。葉の揺れる音と共に、冷たい女性の声がする。
咄嗟にR93は自身のピストルをその方向へ向けた。
現れたのは金髪のショートカットの女性だった。サプレッサー付のライフルを携え、腰にはIDカードと手錠が下がっている。
「VSKさん!?」
味方だ。R93は思わず目を丸くする。
すべて見透かすような瞳は真っ直ぐに二人を見つめている。
現れた彼女はVSK-94。グリフィンのライフル戦術人形であり、元警察局の人形だ。
「無事で何よりです。X95、ボスの命令は『損失ゼロで全員を連れ帰る』こと。よって、見捨てるという選択肢はありません」
「ですが……」
『ですがも何も無いのよ、X95。指揮官がそう指示するなら、私達はそれを絶対に達成するわ。――何があろうとね』
VSK-94の後を追って現れたのは、X95に良く似た純白の衣装に身を包んだ少女。服は返り血なのか、所々が赤く染まっている。ピンク色の髪に、真っ赤な瞳は狂気をはらんでいるようにも映るだろう。
「……ネゲヴさん?」
「VSKと合流して正解ね。X95を運び出すわよ」
X95にネゲヴと呼ばれた人形は、周囲警戒もそこそこに手早く脱出に向けて動き出す。
「私が彼女を抱えます。R93、一度私の武器を預けます。勝手は変わりますが、ライフルは扱えますね?」
VSKの問い掛けに、R93は迷わず頷いた。ASSTにより紐付いた武器ではないが、手動ボルト操作でないだけでライフルなのは変わらない。
VSK−94ライフルを受け取り、操作を手早く確かめる。マガジンの着脱、コッキングハンドルの操作まで。一分もしないうちに、慣れない武器はだいぶ様になった。
「射程は400メートル程度ですか。……行きましょう」
R93はP320ピストルをホルスターに仕舞うと、ライフルのコッキングハンドルを軽く引いて装填を確かめる。92FSピストルはX95に返し、捜索救難部隊であるネゲヴとVSK-94を交互に見つめた。
X95を抱え上げ、そのまま歩き出すVSK-94。見た目は華奢な少女でも、その中身は機械だ。重量は決して軽くないが、VSK-94も警察局に採用された人形として力はあった。
「重かったら言ってくださいね……?」
「私の心配より、まずは自分の心配をしてください。帰り道で機能停止されてしまえば任務は失敗なのですから」
森を歩き出して、X95も少しだけ気を取り直したようだった。もはや身体の自由は利かないが、それでも感情モジュールが生きている限り『羞恥』という感情も生まれるわけで。
VSK-94には任務である以上気にする要素ではないかもしれないが、X95には少々違っていたようだ。
「景色はどう? なかなか味わえないわよ、そこは」
ネゲヴの少々皮肉ったような問いにも、X95は応えられた。
「悪くありません……。ところでネゲヴさんはまたケチャップですか?」
ぴたり、とネゲヴの動きが止まる。『ケチャップ』と言われてから、フリーズを起こしたかのように固まった。
歩き続けるVSK-94の元へ駆け寄ると、前へ回り込んで彼女が抱えるX95に詰め寄った。
「次にそれ言ったら、基地に帰ってから給料が吹っ飛ぶほど奢らせるわよ」
「……わかりました。帰ったら、みんなで何か美味しいものを――」
言いかけて、X95は視線だけを周囲へ巡らせた。ほぼ同時に全員が警戒態勢へ。VSK-94もX95に了承を取り、彼女を肩に担ぐとホルスターからGSh-18ピストルを引き抜いて構えた。
「前方から鉄血人形。援護位置に移動します」
姿勢を低く取り駆け出したR93は、そのまま近くの大木へジャンプ。不安定だが視界の取れる枝の上で、立射姿勢のままVSK-94ライフルを構えた。
「一仕事増えそうね。……スペシャリストに正面切ってきたこと、後悔させてやりましょう」
「私は遮蔽物を探します」
ネゲヴ、VSK-94は互いにアイコンタクトを取る。同時に、二人は駆け出した。ネゲヴは敵へ、VSK-94は近くにあった倒木へ。
――刹那に銃弾が飛び交う戦場へと、名もない谷間の森は姿を変えた。
「やっぱりシステムに繋がってない銃は使いづらいけど――」
木の上から音もなく敵を狙撃するR93。普段使うライフルとは射程距離が圧倒的に短く、そして比較して精度も高いわけではない。更に、当然ASSTで繋がった武器でもないため、その感覚のズレは想像以上に大きかった。
引き換えに得られたのは圧倒的な
「――これはもはや、運などではありませんわ」
そうだ。スコープを覗きながら、R93は噛み締める。何度も似たような感覚は得たが、今回で確信に変わった。
幸運もまた、一つの実力ではある。しかし、彼女には幸運だけでは手に入らない『仲間』が居た。それはもはや運ではなく、別な何かだ。
R93は理解する。
X95を助けなければならない。皆を守らなくてはならない。生きて帰らなくてはならない。
義務であり、責務であり。同時に正義であり、責任である。運だけでは片付けられないものも、とうの昔に背負っていたのだと。
「撤退していきます! ネゲヴさんっ!」
スコープの向こうで、鉄血人形たちが進行方向を変えた。少なくとも、これ以上の攻撃を無意味と判断したのは間違いない。
「見えてるわ。大したことなかったわね」
ネゲヴ軽機関銃の銃口が硝煙を上げる。大したことない、と言ったものの、ヒヤリとくる物はあった。何体の鉄血を薙ぎ倒したか数えるのは止めていたが、弾薬ベルトボックスは今取り付けているものが最後だった。残りは非常用のガリルAR用マガジンだ。ネゲヴの武器にも使用できるため持ってきたが、30発の装弾数は、軽機関銃にはいささか心許ない。
とにかく、鉄血は諦めたらしい。大きく息を吐きだして、ネゲヴは戦闘態勢を解いた。
「近くに敵はいなさそうですが、この結果を見て詰め寄られると不利になります。急ぎましょう」
VSK-94が出てきて、そう告げる。彼女もただ待っていた訳ではなかったようで、倒木には機能停止した鉄血人形がもたれ掛かっていた。
彼女が伝えたように、まだ鉄血工造の行動範囲内らしいのは確かで、再度攻めてくるのも時間の問題と言えた。
X95の意識もはっきりしている。各人形は互いに視線を交わらせると、飛行場までの残り距離を一気に駆け抜ける。
「捜索部隊のIWS2000、G36から対象の発見連絡が入りました。あとはスパスだけですね」
「大丈夫です。彼女は、私の幸運なんかよりずっと強いんですからっ!」
VSK-94の報告に、R93は走ったまま笑い掛けた。VSK-94は変わらず冷たい視線を投げかけるだけだったが、肩に担がれたX95はR93へぎこちないながらも笑みを向けていた。
スパスは間違いなく生きている。きっとすぐに見つかる。一瞬森へ振り返ったR93は、そう確信を抱いていた。
第7話もお疲れさまでした。
次はいよいよスパスの回です。
ネゲヴのケチャップに触れたりと、今回はちょっと明るめになっています。
……X95は大変なことになってますけどね。AR-57より重傷です。
VSK-94、ツリ目で好き。
アニメ、アマプラ組なのでやっと11話見ました。ネゲヴクッソかわいい。語彙力を失った。
以上!
また次回もよろしくお願いいたします。
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スペシャリストさんがプロフェッショナルさんになっていたので、修正いたしました。失礼いたしました。