09.夜間警備
破壊工作及び、救援任務に関する報告を終えたイリヤは、自室で頭を抱えていた。
今まで失敗がなかった訳では勿論無い。人形たちに怪我をさせたこともある。ただ、これほど大規模なMIAを出したことはなかった。
全員見つけ出し、無事に保護したとはいえ、やはりイリヤにのしかかるプレッシャーはいつもより重い。
『イリヤ指揮官。一つ訊ねることが出来た』
携帯用端末に、サウンドオンリーでヘリアントスの声がした。先程まで報告のため通信していた相手だが、改まってどうしたのか。
イリヤは伏せていた頭を上げ、話を聞く。
「なんです……?」
『……貴官は、その身体が動けば現場に出たいと願うか? と。ふと、そう思ってな』
何を今更、と思った。思わずため息を吐きそうになるほどに。
「当然です。今回の案件も、もっと彼女たちに寄り添って考えるべきでした。──私は、
通信越しに、ヘリアントスが唸るのが聴こえた。
『……そうだな。だが、契約書にサインをしたのは貴官だ。その条件で構わない、と』
「ええ。分かっています」
端末を睨みつけるようにしながら、イリヤは拳を握る。
今更そんなことを蒸し返して、どうする気だったのかさっぱり分からない。
『近々また情報は送る。では、人形たちと仲良くやれ』
「了解しました」
通信終了。結局、イリヤの苛立ちが増すばかりで何か進展があるわけでもなかった。
握っていた拳を机に振り下ろして、逆に痛みに悶える。
そんな些細な痛みにすら涙が滲む自身に、ほとほと嫌気がさしてきた。
(なんでこんなに弱いんだろ……)
このままだと本当に泣き出してしまいそうだった。時計を見れば、基地消灯も間もなく。
基地に休みは無いが、仮眠程度は勿論ある。
もういっそ寝てしまえ。人形たちはまだ修復から上がってこないのだ。基地の中で無様を晒すくらいなら、寝てしまおうと考えた。
「けほっ……。ちょっと──薬抜いちゃってたかな」
なおさら嫌になる。身体まで弱い。人形たちの件で、定刻に飲まなければならない薬も抜けていたから、少し不安定になっているのかもしれなかった。
睡眠薬もろとも飲んでしまおう。イリヤは水と共に、薬を用意する。
□
カフェテリアでは、巡回シフトの人形たちが待機している。軽傷だったスパス、R93も整備を終えると、早速夜間警備に志願したまでは良かったのだが……。
「……無理でした」
席についてコーヒーを嗜む人形たちへ、しょんぼりとした様子でR93は頭を垂れる。
そもそも彼女が何をしていたかといえば、イリヤへの挨拶のはずだったのだが、思いがけず彼女とヘリアンの会話を盗み聞く形になり、その後に一人悶える彼女までもを見てしまって、声も掛けられずに逃げ出した次第だ。
「……相当キてるわね、指揮官」
巡回シフトのネゲヴは悩ましげに呟く。手は顎へ。まるで推理でもするかのようだ。
直属では無いものの、イリヤとの付き合いは決して短くないネゲヴ。一緒に過ごしてみればなるほど、世話焼きのX95やG36がイキイキとする訳だと知らしめられる。実際、イリヤに食事を作ったことがあったが、その際の喜びようといえば庇護欲をかられるような何かはあった。──というか、彼女自身に何かそう思わせるものがあるのだろうか。
そう推測はするが、自身ではイリヤの問題を解消する方法が見当たらない。
「それで、ボスは?」
VSK-94がコーヒーを一口啜ってからR93へ問う。
「そのまま薬を飲んでベッドへダイブです……」
「下手に起きているよりは、正解ですね」
VSK-94は時計を確認し、椅子から立ち上がる。腰にぶら下げた手錠が、ジャリジャリと物々しい音をたてる。
ここから先はカフェで腐っていても仕方がない。基地人員や他の人形たちと手分けする形で、R93たちと巡回に行けばまた話もできるだろう。
「時間です。行きますよ」
VSK-94の声掛けに、巡回メンバーが動き出す。あいにく、意気揚々と──とはいかないが。
基地内部は灯りがついている。当然といえば当然だが、鉄血もいつ攻めてくるかわからないのだ。今では敵は鉄血だけに留まらない。
幸いにして722基地では鉄血以外に遭遇したことはないため、警備ももっぱら鉄血人形の攻撃を警戒している。
敵がいつ押し寄せるかわからないのだから、基地は休むことなく動き続ける。巡回に当たるR93たちが終われば、また別な人形と交代して彼女たちが休む。
そうして基地は朝を迎えられるのだ。
「うぅん……。やっぱりX95たちが居てくれないと、指揮官は笑ってくれないんでしょうか」
「何よ、R93? 私達じゃ不満?」
誤解とはいえ、それを招きやすい物言いではあった。不機嫌に眉をひそめるネゲヴへ、「そういう訳では!」とR93は手と首をぶんぶんと横に振って必死に否定する。
「気持ちは分かるけどね。あの指揮官には笑っていてほしい……。──なんというか、そう思っちゃうのよね」
そう語って、ネゲヴは自身の発した言葉がそこそこ恥ずかしいものだったと気づいた。みるみるうちに顔を真っ赤に染めて、それ以上は何も言わずにメンバーから顔を背けてしまった。
「なんにせよ、私達にボスの過去や問題を探る権限はありません。あの人の命令に従い、戦うのみです」
あまりに退屈な警備巡回。気難しそうな顔のまま、VSK-94はイリヤに関する話は打ち切った。
あまりにキリがない。そんなことより、給料分は働かなくては。
指揮所内部では他の人形たちともすれ違うこともある。一部には夜ふかしして一晩中ビデオゲームに打ち込んだりする人形もいるため、そうした問題行為を是正するのも、巡回を請け負った人形の仕事だ。
今回はそういった人形は居ないようだが、ふとR93が気付いた。
「この先って、指揮官の私室がある居住区画ですね……」
『居住エリア』と書かれた札が、R93ら巡回人形の目に映る。
彼女の言う通りイリヤの私室もあるエリアになってはいるが、人形は指揮官をサポートする存在でもある故、特段立ち入りが禁止されている訳ではない。
無論、巡回エリアにも含まれている。VSK-94からすれば、何故狼狽えるのかいまいち理解し難い。
「何故狼狽えるのです? 仕事ですが」
「それは……そうですけどぉ……」
R93は少々恥ずかしそうに身を捩る。
先程見た、情緒不安定なイリヤの姿がメモリーから離れない。人間ならば忘れられたのだろうか? 彼女は少しだけ、今の自分自身を恨む。
悩む間も与えられずに、VSK-94、ネゲヴ共に構わずエリアに足を踏み入れていった為に、R93も駆け足気味について行かざるを得なくなった。
居住エリアは灯りが絞られ、廊下は薄暗くなっている。
周囲を照らすのは常夜灯と避難案内の電光プレートだけ。指揮官の私室は勿論だが、基地に勤める人間スタッフや人形の部屋もここにある。そのため、夜間の居住エリアは電力節約の意味もあって照明は最小限だ。
「特に不審な点は無さそうね」
ネゲヴは規定の巡回ルートに沿って回りつつ呟いた。
「まもなくボスの私室ですね」
「大丈夫でしょうか、指揮官……」
巡回開始からそこそこの時間が経つが、R93は未だに気を取り直すに至っていなかった。
VSK-94は無関心を貫くが、ネゲヴは呆れ気味にR93を見つめる。
「まーだ言ってるの?」
「もし飲んだ薬が多かったり、毒だったりしたらどうするんですか!?」
「……そんなわけ無いでしょ」
考えすぎだ。ネゲヴの呆れも頂点に達する。
第一、任務の失敗は今回の一度ではない。その際は、すぐに切り替えられていた。
あまりにR93が引きずるので、ネゲヴは巡回任務を受けた際に預かった手動解除キーを取り出す。
グリフィン&クルーガーの指揮所含め、そのほぼ全てが自動ドア。特に居住エリアはプライバシーのためロックが掛かる。また、非常時の対応の為にも手動でドアを開けられるようにする、一種のマスターキーが存在する。
それが、ネゲヴの取り出したカードユニットだ。
「そんなに気になるなら、少し様子を見ましょう。いい? VSK-94」
「……まあ、このままR93がウジウジしているのを見ているのも気持ちが悪いですし。巡回の一環ですから」
「『気持ち悪い』はひどくないですか!?」
R93のテンションが少しだけ上がる。VSK-94は本心を言っただけなのだが。
イリヤの私室は気付けば目の前だ。
ネゲヴがカードを手に、カードリーダーを管理モードに切り替えた。
一瞬、任務での突入を控えるような静寂と緊張感に包まれる。ただ、それを感じたのはR93だけだった。
ドアに手を掛け、ゆっくりとスライドさせる。
音もなく開くドアの隙間から、R93は部屋の中を覗いた。
「どう? 様子は」
「寝てるみたいです……」
R93が見る限り、イリヤはすやすやと寝息を立てているようだった。彼女が考えていたようなことは見受られなかった。
「だから言ったのに。ほら、閉めるわよ」
ネゲヴはR93をドアから引き剥がし、再びドアを自動モードへ戻す。ロックが掛かり、立ち入りも制限された。
「さて、そろそろ分かれましょうか。三人で固まるのはここまでです」
居住エリアはそこそこ広い。人形たちの居住スペースも含めれば、分かれないと効率があまりに悪い。
交替時間も含めれば、あまり猶予はなかった。
VSK-94の提案に賛同し、R93もひとまず安心した様子でグループを解散した。
人形たちの警備はまだ続く。
夜はまだまだ明けないのだから。
お疲れ様です。
最近体力落ちてきたのか、すぐ疲れて眠くなってしまうのでなかなか筆が進みません。
今回からまた少し、書き方が変わってます。
第二章は722指揮所のちょっと平和な話をメインにしたいですね。
次回もよろしくお願いいたします。
ちなみに722のカフェに春田店長ことスプリングフィールドさんはいません。