コバルトブルー   作:RPM

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10:クリスマス②

 

 

「……以上が蹄鉄の戦後から現在までの歴史だ。メーカーに関しては書類を回して読んでくれ。」

 

そして書類が一巡する。

 

「なにか質問はある?」

 

「はい。」「はいデェス!」

 

「ん。エルコンドルパサーとグラスワンダー。」

 

「海外の蹄鉄メーカーは取り扱っていないんですか?」

 

「ああ。ウチでやってるのは国内3メーカーの物と形状や材質を合わせたコピー、メーカーにはストック分として送る。」

 

「ん?予備在庫って事かい?」

 

「そうですね。さっきも言った通りウマ娘の競技人口は多いですし毎年新入生も居るでしょうから。在庫が少なくて困る事はあっても多くて困る事は無い訳ですが、発注が結構こまめに来ますね。」

 

「ふむ、なるほど確かに。」

 

「他には何かありますか?」

 

「蹄鉄は加工っていうか、セッティングみたいなのはあるのかしら?」

 

「削ったり逆に接地面を増やしたりか。ウチはメーカーじゃないからそこまでは手を付けない。バランスはメーカー純正の方がちゃんと出る。」

 

「なるほどね。」

 

「車ならバネ下…足元は軽いほど良いとされてるが、蹄鉄はある程度重いほうが踏み込み時安定してトルクを発生出来る。ただし当然ながら摩擦抵抗も増える。脚力や脚質に合わせて考える事だ。」

 

「タイヤサイズも同じよねぇ。」

 

「まぁ理屈は同じだな。俺の仕事で分かる範囲はここまでだけど、大丈夫かな?」

 

「分かりました。」「はい。」「ああ。」

 

「んじゃあ、メシ食いながら色々話をしようぜ。」

 

「そうだな。」

 

「それと、ルッキーとスケっち。二人に頼みがある。」

 

「ん?」「なんだ?」

 

「まずはルッキー、アンタが俺らの街にトレーナーとして来る前提で話す。皮算用かもしれねーがな。」

 

「そうならねぇように頑張るさ。で、何だい?」

 

「ゼロヨンのスターターを頼みたい。」

 

「へぇ。トーキョードリフトみたいな感じ?楽しそうじゃん。」

 

「ああ。盛り上がるぜ、今まではバイクのゼロヨンを埠頭でやってたけど、来年からは4輪も開催予定だ。」

 

「んじゃあ、俺への頼みもゼロヨン絡みか?」

 

「ああ。スープラに載ってた2Jエンジンを使わせて貰いたい。」

 

「別に乗り潰す気でいるし、そんな珍しいエンジンでもないから良いぜ。どのボディに載せる気だ?」

 

「90スープラだ。BMWのエンジンも決して悪くはないんだ、コンピュータとブーストアップで500~600馬力はイケるらしいからな。」

 

「なるほどね。しかしゼロヨンってなるともっとさらにパワーが欲しいって事か。」

 

「ああ。」

 

「あのー、ちょっといいッスか?」

 

「どうしたウオッカ?」

 

「車とバイクって、そんなに違うもんなんスか?」

 

「ん、というと?」

 

「いやぁ、バイクはデカくても200馬力あるか無いかって感じなんスけど、さっきからとんでもない数字が聞こえるから聞いてみたんス。」

 

「それはだな、車重が全然違って来るから、パワーもそれだけ必要になるって事だ。」

 

「あたしのタッちゃんでも450馬力ぐらいはあるわよ。車重も結構あるけどね。」

 

「確かカウンタックは初期モデルで1300kg、マルゼンのモデルは1500kg近くあったかな?」

 

「そうねぇ。でもそんなに感じないのよねぇ。どうしてかしら?」

 

「きっと重心って言うか、動きの軸が良いんだろうな。」

 

「うーん…どういう事?」

 

「カウンタックは乗員やエンジンを車体の中心に集めるように設計されている、ギアボックスもドライバーの真横だ。動きの軸がドライバーと近いから乗りやすいんじゃないかな。」

 

「この間ジャージ屋くんの言ってた、軽量化はどうかしら?」

 

「もちろんそれもバランスを崩さないように考えてる。窓のアクリル化やドアのFRP化。外側だけ軽くして重心は変わらないように軽量化するんだ。」

 

「なるへそ。」

 

「キミ達ウマ娘の走行フォームも、姿勢を下げる事が多いだろ?アレは重い頭脳の位置を下げる事で重心を下げる意味もあるって言われてる。」

 

「ふむ。一見すると全然違うようで、ウマ娘とあんちゃん達のレース、繋がる部分もあるって訳か。」

 

「そうですね。何処までフィードバック出来るかは分かりませんが、働く物理法則や走りの理屈は同じはずですから。」

 

「ハンちゃんは、アメリカに住んで色んなレースを見て来たんだよね?」

 

「ああ、元々はユタ州にあるボンネビルでバイクの最高速チャレンジをするためだった。けど年に一週間しかないスピードウィークのためだけに移動するより、他にアメリカで見たいレースも多かったし、いっそ移住しようってね。」

 

「モータースポーツ留学ってか。」

 

「まぁそんな所か。さて…何人かアメリカって聞いて耳が立ったな?まずはアメリカ出身の二人に聞こう、ボンネビルに行った事は?」

 

「名前は知っていますが、行った事はありません。」

 

「エルも無いデスね。」

 

「んじゃ、どういう場所か説明しとくか。」

 

「お願いします。」

 

「はいデェス。」

 

「ボンネビル・ソルトフラッツ。塩湖が干上がって出来た広大な平原。」

 

「ボンネビルって名前はバイクのグレードで知ってるんスけど、えんこってなんスか?」

 

「読んで字の如く、塩分を含んだ湖だ。どうやって出来たのかは海の一部が地殻変動で移動したとか、バクテリアの働きだとか諸説ある。」

 

「なるほどッス。」

 

「地面が塩だけどアスファルトと同じぐらいのμ(摩擦)を発生出来るから、1912年から最高速を競う舞台として使われて来た。公式な記録とはされない事が多いがな。」

 

「そうなんスか?」

 

「環境があまりに特殊過ぎるからな。標高1282mの高地、さらに摂氏40度を越える高温になる事もある。見た目はバカでかいゲレンデみたいでキレイなんだけど死ぬほど暑い、日焼け対策は必須だぜ。」

 

「となると、燃調も難しいのかしら?」

 

「さすがにキャブ車乗りは分かってんね。最高速狙いのエンジンチューンは基本的にドラッグレース、ゼロヨンと似通ってくるが、空気と燃料の比率が平地と変わる。」

 

「日本車の記録で、残ってる物は?」

 

「ルッキーの興味ありそうなのだと、80年代にRX-7で383kmを記録してる。それとウオッカ、バイクではCBR600RRが274kmを記録してるぞ。割りと最近だ。」

 

「スッッゲェ!」

 

「俺がロータリー好きなの覚えてたのか。と、600ccが300kmの大台を見据え出したか。恐ろしいね。」

 

「さすがに専門的な話になってしまったが、ゼロヨンの起源にはキミ達ウマ娘のご先祖様が関わっている事も忘れないで欲しい。」

 

「それは俺も知ってる。確か西武開拓時代に牛追いのカウガールウマ娘が直線で速さを競ったんだっけか?」

 

「そう。自動車ってモンが発明されるよりも昔の話だ。さて、ボンネビルの説明はもういいかな?」

 

「ありがとうございます。」

 

「次はキングヘイロー。キミは合宿の時もウチに来てくれたけど、アメリカは確かお母さんがケンタッキーオークスを勝ってるんだっけ?少し家の事も聞いたし、ある意味因縁の地かな?」

 

「ええ、でも私は私の道を行く。お母様は関係無いわ。トレーナーと話合って、決めたのよ。何を言われても曲げるつもりはないわ。」

 

「良いじゃないか。昨日のブーイングは明日の金になる。キミ達のようなオーバルトラックを走るレースの、とあるレーサーの言葉だ。」

 

「もう宣言しているけれど、私の次走は高松宮記念よ。」

 

「1200m、オーバルトラック半周。その短い競り合いの中で。俺達に答えを見せて、いや魅せてくれよ。」

 

「ええ。覚悟なさい。」

 

「楽しみにしておくよ。」

 

「ところで、私達と同じコースを走るレースって?」

 

「何年か前に日本人が勝ってたアレかい?」

 

「惜しいですね。確かにインディもシンプルなコースで走りますが、俺が言ったのはNASCARって言うカテゴリーです。ストックカーって呼び方もあります。」

 

「なるほどね。」

 

「ブーイングが金になる、ねぇ。確かにそのぐらい図太くなきゃレースの世界はやってらんねーよな。」

 

「まぁ、彼はダース・ベイダーとかよく映画ネタの悪いニックネームを付けられてたけど、ある意味NASCARの起源を象徴する男だったと思う。」

 

「というと?」

 

「また歴史の話になるけど、さっきのボンネビルでのスピードチャレンジが始まったのと年代的には近い。今から100年ぐらい前のアメリカの法律、何か分かるかい?」

 

「もしかして、禁酒法か?」

 

「その通り。NASCARの起源は禁酒法時代、マフィアが密造した酒を運ぶため、ポリスから逃げるために腕を磨いたアマチュアレースって話がある。」

 

「ほう。そりゃまた面白い(笑)」

 

「夜な夜な首都高走ってるヤツが言うかね。」

 

「くくくっ。知ってたか。」

 

「俺らだって埠頭ばっか走ってる訳じゃねぇのよ。色々噂は聞いてんぜ?」

 

「ハンはいつまでこっちに?今度隣乗らねぇか?」

 

「そうだなぁ。んじゃ正月ぐらいまで居るか。」

 

「仕事は大丈夫なの?ハンちゃん。」

 

「そこは自営業だから自由が効くんだ。もうちょい色々話したいが、今日はもう結構良い時間だろ?」

 

「おっと。」「マジだ。」「あらあら。」

 

結構な時間話し込んでしまい。

急いで帰宅準備をする面々。

 

流貴がエントランスまで見送り解散となった。

 

「んじゃあ、今度は中山で。」

 

「俺はスズカと中継を見せて貰う。」

 

「おう、またな。」

 

「ああ。」

 

____

 

 

その夜。

 

中山レース場近くのホテルの一室。

缶の酒を持ち寄り、大人達が飲んでいる。

 

「あんちゃん達。今日は色々聞けて楽しかったぜ。」

 

「いえいえ。自分の見て来た事が、少しでも役に立てば良いな。と。」

 

「そこは俺達の共通認識です。流貴?」

 

LANE通話で流貴が喋る。

 

『もう消灯時間過ぎてんだけど。俺も飲みてぇぜ。』

 

「退院した時に取っとけよ。酒は逃げないぜ。」

 

『まぁ、そうなんですが。リハビリ頑張るしかないですね。』

 

「さて、走りの世界を見て来たあんちゃん達は、有馬をどう見る?」

 

『やっぱり坂ですかね。厳密にはポケットでしょうか?』

 

「ポケット?」

 

『ええ。中山の坂は登りの急さばかりが取り上げられますが、その前にちょっとだけ下る。ちょっとしたポケットです。』

 

「なるほどなぁ。なかなか良い目の付け所だ。早く上がって来いよ、芥瀬。俺達は待ってるぜ。」

 

『ええ。頑張ります。』

 

「流貴は誰が、勝つと思う?」

 

『さっきのポケット、無意識にブレーキをかけた状態からの登り。頭の切り替えが早い娘が勝つかな。問題はそれがゴール直前にあるって事だ。』

 

「って言うと?」

 

『2キロ以上走って、酸素がどれだけ頭に回せるかって事さ。スタミナとペース配分、失敗したらポケットは蟻地獄になるだろうな。』

 

「なるほどね。」

 

「流貴って時々、怖えー事言うよなぁ。」

 

『ま、今回はまだ傍観者として楽しませて貰う。コウちゃんは?』

 

「俺の仕事で気になったのは、再採寸が多かった事かな。」

 

「再採寸?」

 

「本格化したウマ娘の成長はヒトよりも早い。が、今年は例年よりもジャージの再採寸が多かったんだよ。」

 

『それは良い事じゃないの?』

 

「いや、体が急に伸びている裏で関節は悲鳴を上げてるかもしれねぇ。今回俺が現地まで来たのは無事を見届ける意味もあるんだぜ。」

 

『なるほど、確かに。』

 

「どうしても、ダブってしまうんだな。お前ら。」

 

「せっちゃんの事?もう話したのか。」

 

『乗り物が好きな二人、マルゼンとウオッカと話すうちにな。確かにレースは楽しい。でもそれだけじゃない。今日言ってたNASCARの彼もそうだろ?』

 

「ああ。分かってたか。」

 

『2001年の死亡事故。やっぱりアメリカンにとって衝撃だったんだろう。未だにあのゼッケンは永久欠番だ。』

 

「ああいう事故はNASCARではよくある事で、運転席回りもスチールパイプのロールケージで頑丈だから、多くの観客はまさか死ぬとは思ってなかった。」

 

「という事は、その中で何かが起きた?」

 

「ああ。ハーネスの固定が甘く、ドライバーがジェットヘルを被っていたのが原因とされている。死因は顎をハンドルに強く打ち付けた事による頭蓋骨骨折だったんだ。」

 

『ジェットヘルにサングラス、そして蓄えた口髭。あれは一つのアメリカンレーサーのアイコンだった。しかしそれは安全面に配慮した物ではなかった。カッコ良さと安全面、何処で折り合いを付けるのかです。』

 

「なるほどなぁ。」

 

「俺達は車とウマ娘、両方のレースに携わる者として、色々フィードバックを考えています。」

 

『モータースポーツの理論で、ウマ娘のレースを科学するってか?』

 

「それで何処まで事故を防げるかは、分からないけどな。」

 

『結局、安全面と楽しさは相反する物だからな。俺達が走り屋やってて、楽しめばそれだけ警察に目を付けられるのと根本は似てるのかもな。』

 

「でも、レース場ではそれが合法になる。ある意味社会の外側かな。」

 

「俺達トレーナーも、色々新しく知っていく必要があるのかもな。芥瀬がトレーナーになって新しい風を吹き込んでくれたら良いな。」

 

『何処まで出来るか分かりませんが。役に立てるのなら幸いです。さて、俺はそろそろ寝ます。見回りの看護婦にドヤされたくないので(笑)』

 

「ああ、おやすみ」

 

「おやすみ。」

 

 

それぞれの思惑を胸に、有馬が来る。

 

 




NASCARドライバーの言葉はデイル・アーンハートが言ったとされる「日曜のブーイングは月曜の金になる。」から。
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