実際の運転では交通ルールを守り、
安全運転を心掛けましょう。
石嶋は駐車場に着き。三脚等の機材や、クルマの盗難防止のため脱着式にしているステアリングを入れているバッグを助手席に置く。
ステアリングを取り出して装着し、エンジンに火を入れる。
秋本改 ホンダ NSX TYPE-R NA1
エンジン:水冷V型6気筒DOHC自然吸気
排気量:3100cc
出力:390馬力
車両重量:1200kg
ギア:6速
日本最大手のマフラーショップとして知られるチューニングショップ、秋本レーシング。
マフラーが有名である事から、ライトユーザー向けのショップと思われているが、クルマを総合的に改造するノウハウも持っている。
大阪市堺市に本社を構える関西の老舗チューナーであり、かつてはS30型フェアレディZでレース活動をし、鈴鹿サーキットのレコードを度々塗り替えていた事から「L型チューンの秋本」と言われていた。
そんな秋本レーシングが、サーキットでのタイムアタック向けにNSXをチューニング。
排気量を3100ccに拡大して48Φの6連スロットル化、さらにピストンの圧縮比を13近くにまで上げ、エキゾーストマニホールドやマフラーもオリジナルで制作され400馬力近いパワーを絞り出す。
足回りはフロントサスペンションの取り付け基部にパイプフレームを増設。サスペンションアーム等も新しく制作されている。
外装はワイドボディ化に前後カナードや大型GTウイング、さらにディフューザーも装着され高いダウンフォースを生み出す。
ミッションは6速シーケンシャルに換装されクラッチを踏まずにギアチェンジが可能なセッティングになっている。
(最短ルートは7号から首都高だが……少し寄り道していこうか、NSX。)
____
江助と尚三が原木から京葉道路に乗る中、石嶋はICの上を通る国道を通過し357号線。通称「東京湾岸道路」へと向かう。
江助、尚三は京葉道路から7号小松川線、石嶋は東京湾岸道路から湾岸線入り。
(わざわざ遠回りをしたのは、すいた道でドライブを楽しむためでもあるが、ある程度高い速度で走ってタイヤに熱を入れる意味もある。特にこの時期はな。)
スポーツカーにとって理想のレイアウトとされるミッドシップ。しかしエンジンを後部に積んでいる分フロントが軽く、旋回軸であるフロントタイヤを温めにくいという弱点もあり、しっかりと熱入れをする必要がある。
(今回はどう記事を書こうかね…。)
「月刊ターフジャーナル」はかつてチューニングカー雑誌を出版していた編集部がカー雑誌の廃刊に伴い一度解散。その後再び集まりウマ娘雑誌を作るようになった。
(黄金世代の誰か。あるいは一つ上の世代が来るとは思っていたが、少し番狂わせが起きたのも確かだ。グラスワンダーの差し足は素晴らしいが、前走から考えたらよくここまで持ってこれたとも思う。)
元カー雑誌編集部の者達が作っているだけあり、細かくレース技術を研究する記事や、カー雑誌時代のホイールカタログのように、蹄鉄のカタログページも掲載している。
(トレーナーとウマ娘はレーサーと監督。そんな風に当初は考えていたが、それを超えた関係に発展する例も多いと聞く。でもそれをゴシップやスキャンダル的に取り上げるのは、俺たちの仕事じゃない。)
ウマ娘雑誌としては色気がなく、アイドル的な側面にはほとんど触れない雑誌であるが、コアなレースファンには受け一定の人気を得ている。
(オートサロン等でもコンパニオンには全然目を向けずにクルマの写真ばかり撮る人達がいるから、ウマ娘ファンにもそういう人達がいるんじゃないか?と踏んだのは正解だったようだな。)
石嶋はカー雑誌時代、試乗インプレッションやカメラマン。さらにはライターとして執筆も行う等ほとんどの作業を担っていた。
(借り物のクルマを壊したら、当然怒られる。だからといって安全に走って、高価なパーツを組まれたチューンドカーのポテンシャルを引き出せず、タイムが出せなくてもまた怒られる。そんなせめぎ合いの中で走って来た。)
そうやって色々なショップと信頼関係を築いていき、ストリート系のショップからの依頼で公道も走るようになり、今へと至る。
(そろそろ辰巳の分岐か。)
もう少し湾岸線を進むとコミックウマーケットやホビーショー等で知られる国際展示場のある有明。球体の展望台が特徴のテレビ局本社ビルやレインボーブリッジで知られるお台場などがある臨海副都心エリア。さらに進むとジャパンダートダービー等でお馴染みのレース場がある大井や羽田空港へと繋がる。
また、これら臨海副都心エリアを初めとする一帯は東京港の埋め立て地であり、古くは1853年(嘉永6年)ペリーが来航し開国を要求。これを脅威に感じた幕府は江戸の防衛のため海上砲台の設置を命令。お台場という地名の由来も、この砲台があった事が由来である。その後明治時代から、度々改修をされて現在に至っている。
その手前の辰巳JCTより、9号深川線へと入りC1へ向かう。
(湾岸でタイヤもエンジンも充分に温まった。ここからは全開で行かせて貰おう。)
首都高9号深川線は1980年に開通。湾岸線と6号向島線を結ぶ。そのほとんどがストレートと高速コーナーのハイスピード区間。
自然吸気エンジンとシーケンシャルシフトがラグのない加速を産み、NSXは200キロオーバーの領域へと加速していく。エアロパーツが仕事を始める。それは空気の壁を切り裂くかの如く。
____
その頃江助と尚三は、7号小松川線の錦糸町を過ぎた辺り。何度か遠征はしているが尚三は東京の人間ではないため、インカムで道を確認しながらも飛ばしていた。
『念のために確認な。この先両国JCTから6号向島線だぞ。』
『了解。んで、箱崎JCTを過ぎて江戸橋JCTからC1だよな。内周り?外周り?』
『外回りで行こうか。あと、箱崎じゃ9号からの合流で飛ばして来るヤツが居るから注意な。』
『了解、面白い物が見れるかな。』
『さぁ、どーだか。』
____
9号線、木場を過ぎて福住へと向かう。
江助と尚三が7号から両国JCTを抜けて6号へ向かう頃石嶋は福住料金所横を抜ける。
江助・尚三、清洲橋IC通過。
石嶋、隅田川大橋通過。
そして、箱崎JCTにて江助と尚三、石嶋合流。