あるレーサーは言った。
「死ぬ事も契約の内」であると。
またある文豪はこう言った。
「スポーツと呼べるのは登山と闘牛と、モータースポーツだけだ。それ以外は単なるゲームに過ぎない。」
(死線をくぐる場所にこそ価値がある。か?今言ったら顰蹙を買いそうだけどな。)
スマホで様々な電子書籍を読み漁る。
(命を張る戦場って意味では、マン島はエベレスト登頂みたいなモンか。)
マン島レースは、事前に遺書を書く。"何があっても自己責任"という覚悟が必要なのである。
レーサーを「命を粗末にする仕事」とする家族との折り合いがあまり良くなく、もしもの時の事はレース仲間に託してあった。
(しかし暇だなぁ。)
ケガは右大腿骨の複雑骨折。
バイクに乗る場合、普通のツーリングでは問題ないがレースには使えない足になっていた。
素早いクラッチやリアブレーキの操作、膝を路面に擦るコーナリング。色々と支障が出てしまう。
(参ったねぇ。)
見舞いに来たチームメイトや関係者には、医師を交えて説明をし、引退する旨を伝える。
「そうか……残念だがこればっかりはな。
何か協力出来る事があったら言ってくれ。」
「ええ。その時はまた。」
バイクに乗り始めたのは16の時。元々四輪志望でありカートからデビューした。
その後F4へのステップアップテストには受かったものの、レーシングスクールに行く資金は家族もカートのチームも頼れず、家族の元を離れてバイクレースへと転向。カートまでは自由にさせてくれた家族も、これ以上は危険と判断したのだろう。
(また四輪に戻るのも手かもしれねぇが治療のブランクを考えると難しいだろう。契約した以上は結果を出さないとだからな。)
(ん?そういやバイクはどうなった?)
看護婦を呼び車イスに乗せて貰う。
「押していきますか?」
「いえ、自分で動けます。」
(随分軽々持ち上げられたな…ウマ娘ってすげーんだな。)
驚きつつも通話可能エリアへ移動。
走り屋時代から世話になっていたバイクショップに問い合わせる。
『もしもし、ご無沙汰してます店長。』
『なんだ、意外と元気そうじゃねーか。』
『ええ、まあ…俺のバイクどうなってますか?』
『怪我の割に軽症だな。あと、アイツが持ってきてくれたからあとでお礼言っときな。』
『はい、分かりました。お世話になります。』
電話を切り、今度は走り屋時代の仲間にLANEを送る。
『バイク持って行ってくれたって?度々世話になるな。ありがとう。』
『良いって事よ( ´∀` )b俺はお前のファン第一号だぜ。あと、着替えの方は足りてるか?』
『とりあえず足りてる。また足りなくなったら頼む。』
『ああ、了解。それと、これからどうすんだよ?』
『怪我が治らない事には分からねえが、ウマ娘に興味が出てきたかな。』
『こっちの界隈に来るなら歓迎するぜ。ウチの会社は娘達のジャージも作ってる。搬入の仕事があるからまたな。』
(人間関係はあっちの世界のまま。だけど所々変化もあるってわけか。)
仲間の男はスポーツウェアメーカーの社員。
ライダースーツのインナー等を彼のメーカーから提供して貰っていた。それがこちらの世界ではウマ娘達にも関わる仕事になっていた。
(昔の人間関係に助けられるってヤツかね。そういうのはもっと歳を取ってからだと思ってたけど。)
病室に戻りスマホに「月刊トゥインクル」という雑誌のバックナンバーやウマ娘の書籍をまとめてダウンロード。
ウマ娘という種族や元の世界での競馬との相違点等色々と知っておく必要がある。
その後数時間をかけて読む。
(目が疲れて来たな。…一旦休憩して情報を整理しようか。)
ウマ娘は別世界の名と魂を受け継ぎ、産まれて来る存在。
古くより人類と共存しモータリゼーションの発展までは、物流や力仕事などで活躍していた。
(自動車が発明されるまでの馬車の仕事を、こっちの世界じゃウマ娘が担っていた訳か。)
元の世界における競馬、トゥインクルシリーズは日本では第二次大戦後の時代に発展したが、起源は平安時代にあるとも言われる。
また世界全土では紀元前のギリシャが最古とされ、現代のように競技として形作ったのは16世紀イングランドとの事である。
またアメリカでは西部開拓時代。インディアン達先住民や牛追いのカウガールウマ娘が、直線のレースで競い合っておりドラッグレースの起源ともされる。
(ここにゼロヨンの起源があったとはねぇ。
何事も温故知新ってヤツかな。)
ウマ娘の起源はレビューの中には、都市伝説だと一蹴する声もある。
しかし女性でありながら男性の定冠詞「ミスター」や「キング」の名を持つ者も居る事等から、別世界の存在についても議論の余地ありとの声もある。
別世界については自分の元居た世界だが。異世界などフィクションの物だと彼自身思っていたのだ。
(どうせ言った所で誰も信じねぇよな…とりあえず種族の不思議はまだ、解明されていない部分もあるって事か。)
様々な書籍を読む中で「トレーナー」という職業を知りレースに関わるのならその職を目指そうと思う。
経験しなければ分からないたろうが、人間のアスリートで言えばインストラクターに当たる物と解釈する。
(セカンドキャリアには早い気もするが、レーサーでもいつかは通る道だ。)
どんな世界でも世代交代は必ず訪れ、彼もいつかは後輩を指導する立場になる。それが違うレースになっただけの事だ。
(結局俺はどんな形でもレースに携わる仕事がしたいのか。レース馬鹿は死んでも治らなかったってか?)
____
数ヶ月後。トゥインクルシリーズの秋シーズン。
サイレンススズカが毎日王冠を驚異的な大逃げで制し、その直後の天皇賞秋で骨折という波乱の幕開けで始まった。
(なんか俺とダブるな。)
彼の足は松葉杖で歩けるまで回復。
現役時世話になったドクターにトレーナーになる上で役に立ちそうな知識。人間工学等様々な話を聞く。
人間とウマ娘では、発生するパワーに大きな差があるが応用出来る部分もあるかもしれない。
参考までにサイレンススズカ。
1000メートル通過時のタイムから速度を計算してみる。
1000÷57.4=62.7
ラストスパートではさらに加速。骨折する直前は70㎞程出ていたと思われる。
(だいたいスポーツカートか、原付の最高速と同じぐらいだな。)
その速度を人間とほぼ変わらない体で出すためか、食欲旺盛なウマ娘も多いとのこと。
(消費するカロリーは走るためだけじゃなく、
骨格や筋肉が吸収してる部分もあるだろうな。)
まずは、中央トレセン学園トレーナー試験。
受からない事には何も始まらないが、自分がレースを経て得た物等、役に立つ物は何でも使っていく。
(かなりの難関って聞くけどどうかな。)
(色々考え事したからか、
腹減ったな。売店行くか。)
売店に行ってみるとなにやら騒がしい。
制服姿のウマ娘達が、差し入れがどうのこうのと言っている。
(女三人よれば姦しい。ってヤツかな。)
「いちご大福売ってませんか?スズカさんの好物なんです。」
(ん?スズカ?)
「申し訳ありません。果物を使った和菓子は賞味期限が短いので取り扱ってないんです。」
「しょうがないだろスペ。代わりに何か別の菓子にしよう。」
「すいません。ちょっと通して下さい。」
黄色いカッターシャツにベストとアシンメトリーヘアが特徴的な男と、並んでいるウマ娘達に断り売店に入る。
すると、
「え…?あの?」
「ん?俺がどうかしたか?」
「違ったら申し訳ないんすけど、レーシングライダーの
「ああ、そうだけど、キミは?」
「ま、マジっすか!?オレ、ウオッカって言います。いつもレース見てました。」
「そいつはどーも。こんな状態じゃなきゃもっと良かったけんだけどな。」
「えーと、その、足は大丈夫なんすか?」
「とりあえずバイクは引退だな。」
「そ、そんなぁ。」
「ん?ウオッカ、コイツは?」
「どうも、紹介が遅れました。元ライダーの
「ほう、ウオッカはバイク好きだもんな。
有名人に出会えて嬉しいんじゃないか?」
「まさかスズカ先輩と同じ病院だったなんて、すげー偶然っすね。今度サイン下さい!」
「そいつは良いけど、ちょっと落ち着こうか。」
「すいません。つい。」
「貴方は、彼女達のトレーナーさんですか?」
「ああ。沖野ってモンだ。よろしくな。」
「そうでしたか。色々とお聞きしたい事があります。」
「ん?良く分からんがとりあえず一緒に来るか?スズカの見舞いに。」
「ありがとうございます。」
そしてスズカの病室に向かう一行。