スズカの病室。
「はじめまして、アイルトンシンボリです。」
「はい。サイレンススズカです。」
トゥインクルシリーズを逃げで席巻したスズカ、ブラジルF3チャンピオンのアイルトン。出会う二人のスピードの申し子。
「ルドルフさんから僕と誕生日が同じだと聞いています。」
「あら、貴方も5月1日生まれなのね。よろしく。」
「二人ともあの日なのか……何の因果だかねぇ。アイルトンは当然知ってるよな?」
「はい。名前も同じですからね。」
「どういう事ですか?」
「1994年5月1日。F1で死亡事故が起きたんだ。クルマ好きの間じゃあ、スズカの走りはその人の再来って言われてたんだ。」
「そうなんですか?」
「まぁ厳密には難しい話なんだけど、クルマやバイクのレースには予選があって、そこで良いタイムを出した順に決勝でのスタート位置が決まる。彼は予選で一番前に並んで、そのまま逃げ切るレースが得意だった。もちろんピットとか色々絡みはあるけどな。」
「予選に、ピット?」
「予選はタイムアタック。タイムが速い順にレースのスタート位置が決まる。ピットはガソリンを足したりタイヤを変えたりするんだけど、解りにくいか。」
「うーん。そうだな…例えるなら予選はウマ娘で言えば枠番の抽選、タイヤは蹄鉄と同じ役割って考えたら分かりやすいか?」
「勉強しないとですね。ありがとうございます。」
「サーキットにも同じシステム時々導入しても面白そうだよな。」
「あら、ルキくんは何か思う所があるのかしら?」
「まぁサーキットにもよるけど、山の中で標高が高い所なんかは結構天気に振り回されたよ。タイヤをレインにするかとか路面温度とか。あとは流してる車両を上手く避けていかないとだし。」
「あ、あにょね。ルキさん。」
「ん?どうしたライス?」
「ルキさんって、レースをする人なの?」
「そういや言ってなかったっけ。今は引退したけどこれでもバイクで世界を戦って来たんだ。
「流貴は速いぜ。レース馬鹿だからな。さっき言ってたラップタイムの平均化なんて普通は気付かねぇよ。」
「平均化、どういう事ですか?」
スズカにも流貴が提案したラップタイムを揃えるトレーニングを説明する。
「なるほど。私達のレースは数分間しかないから、いつでも速く走れるように、ですか。」
「まぁな。ある程度考えてトレーニングしないと疲れるだけで実にならないと思うから、俺のレース技術を応用してトレーニングの効率化が出来ればと思ってる。」
「効率化、ウチのおハナさんも良く言ってるわ。」
「レースは物理と感覚。両方揃わないと勝てないがトレーニングは効率化して、ひいてはオーバーワークやケガを減らすように出来ればと思ってる。」
「なるへそ。」
「レース馬鹿も使いようだな。昔から流貴は天才と馬鹿のちょうど紙一重の所に居るよな(笑)。」
「あのね、さっきからホメてんのケナしてんの?(笑)」
____
その頃、ハンから依頼を受けたRF雨美。
「芥瀬流貴クンか。またあの子の名前を聞くとはねぇ。懐かしい。」
代表の雨美はかつて見た流貴の走りを思い出す。
ショップデモカーに乗せる新たな若手ドライバーを発掘するために見に行ったフォーミュラF4のテスト。そこで印象に残る走りをしていたのが流貴だった。
「右足はアクセルを踏んだまま、左足ブレーキでコントロールする。低速トルクの細いフォーミュラのためのペダルワークなんだろうけど、ロータリーエンジンにも有効なんだ。」
ロータリーエンジンは回転運動しか発生しない構造上エンジンが遠心力を産み出し車体が引っ張られ、エンジンブレーキも効きにくい。
その結果コーナリング時に独自のクセのある挙動を示しアクセルオフでコントロールしようとすると余計に挙動が乱れる。
「
流貴がハンを通して伝えたチューニングメニューはRF雨美の得意とするブーストアップなど定番といえる内容だが、ボディの補強やエアロキット装着のためにモノコックに手を入れる改造にはある程度の期間を必要とするため、その間データ取りも兼ねてデモカー乗せてみようというのだ。
「でもその前に、実力が錆び付いていないか確かめないとね。」
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再び病院。
見舞いを終えて帰る準備を始める。カウンタック、F355、スープラを暖気しながら、流貴と江助は喫煙者で一服している。
「あと半月ぐらいで退院か?」
「ああ。やっと出れるぜ。色んなヤツがお見舞い来てくれたお陰で退屈はしなかったけどな。」
「くくくっ。相変わらずじっとしてんのが苦手か。でもお前には良い休憩期間だったと思うぜ。これから忙しくなるだろうしな。」
「まぁ、ゆっくりと身の振り方を考えるのには良かったわ。」
「しかしあっさり引退したのは、少し勿体無い気もするな。」
「まぁ。世界のサーキットを回るのは面白かったけど、俺達の原点はやっぱりストリートだからな。」
「まあな。納車されたら首都高の走り方を教えてやる。お前のファン1号兼ライバルとして、待ってるぜ。」
「ああ。よろしく頼む。」
「よし、帰るぜ。やっぱりお前との一服は良い。」
「そりゃどーも。見送るわ。」
流貴が駐車場まで見送り、アイルトンシンボリのフェラーリをチェックする。
「このフェラーリは、年式からして中古だよな?」
「はい。買った時からこの仕様でした。僕はまだ改造の知識とかは無いので。」
「なるほど。ちょっと見せてくれ。」
(コンコンッ)
「F355の外装をチャレンジに変えたレプリカもあるって言うけど、こりゃ本物のカーボンだな。」
「でも割にキレイじゃね?チャレンジはレース用の車両なんだけどな。」
「プライベーターがレース用に色々手をいれたが実戦に行く前に他の車両に買い換えたか、あるいはチームの運営自体が難しくなって売っ払ったってトコかな。」
「そうですね。乗っていても駆動系の劣化等は感じません。」
「もしレースに使われていたらエンジンや駆動系のヤレが出るから、アイルトンは良いのを買ったな。」
「ありがとうございます。」
「よし、んじゃ。またな。」
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1月下旬。
流貴達の所にヨシムロレーシング監督が再び訪れる。
「久しぶりだな。洋谷君とマルゼン君に出てもらいたいレースが近付いて来たんだが、ライセンス不要のレースというのは見つからなくてね。」
「国内A級ライセンスなら、俺とマルゼンはもってますが。それで行けますか?」
「ああ。それなら大丈夫だ。それでFFとFR、どっちに乗りたい?」
「どういう事ですか?」
「
「筑波サーキットならコースは分かってるけど、事前にテスト出来るのならその方がありがたいわね。」
「了解した。」
「なるほど。俺はマルゼンとコウちゃんでコンビを組んで耐久レースに出ると思ってましたが、まずはスプリントからですか。」
「そうだな。芥瀬君にも来て欲しい。実はある人から伝言があってね。」
「伝言?」
「反幕君を通してチューニングを依頼しただろ?それで雨サンからウチに連絡が来て、デモカーに乗ってみないかと。」
「雨サンが俺に?」
「もしそれで筑波1分切りが出来たら、チューニングが完成するまでの間デモカーを貸しても良いと言っている。」
「なるほど。ありがたい提案ですね。ブランクを取り戻したいのもありますし、やるだけやってみましょうか。」
「了解した。日程はまた調整するが、ウチとRF雨美の合同テストになるな。他にやりたい事はあるかい?」
「そうねぇ。チューニングとかセッティングの講習会とかは出来ないかしら?」
「別に構わないが、どうして?」
「最近、後輩ちゃん達に色々聞かれる事が増えたんだけど、あたしはまだ整備や改造に関しては分からないから。」
「へぇ。トレセン学園でそんな話が出るとは珍しい。なんでまた?」
「うーん。ゲームのセッティングが難しいって言ってるわね。」
「ゲーム?って事はアレかなコウちゃん?」
「ああ。きっと映画になったのを見てゲーム買ったんだろ。」
「グランツーリスモ、だったかしら?」
「ああ。レースゲーマーが本当のレーサーになってル・マンまで行く。ある種のシンデレラストーリーだ。憧れる娘も多いんじゃないか?」
「確かにな。ただグランツーリスモはレースゲームというよりはシミュレーターを昔から謳ってるからな。セッティングに関してもシビアだ。」
「あたしもその辺りは勉強したいし、アイルーちゃんにも良いかもね。」
「なるほど。まぁゲームとはいえ、クルマ離れの時代に興味を持ってくれるだけでもありがたい。ウチと雨サンで色々相談して、また連絡するよ。」
「分かりました。」
「芥瀬君の退院が2月上旬って事だから、2月の半ばから下旬辺りを考えてる。トレセンの子達には授業のない土日の方が良いのかな?」
「そうねぇ。土日は普段ならレースもあるけど、まだ春シーズンの前だからその方が良いかもね。」
「了解した。次は退院日に迎えに来るよ。」
「はい。ありがとうございます。」
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夜。寝ながら考える。
(まさか雨サンからご指名があるとはね。初めて乗るクルマに慣れる時間は必要だろうけど、コースは分かってるからな。)
筑波はバイクでもグランツーリスモでも、それこそ山のように走って来たコースである。
(ラップタイムを揃える走りを何かしらの形で実演したいとは思っていたけど、これはチャンスなんじゃないか?)
百聞は一見にしかず。
言葉で伝えるよりも走りで示せるのなら、その方が伝わる事もあるのである。