2月上旬。流貴の退院日。
「退院おめでとうございます。」
「んじゃあ、一足先にトレセン学園に行ってるぜ。お見舞いも来れたら来たいけど、試験で忙しいからな。」
「はい。頑張って下さい。」
「ああ。またな。」
「はい。また。」
まずはスズカへ挨拶をしてエントランスに降りると、走り屋仲間やヨシムロレーシングの仲間達が迎えに来ていた。
「おめでとう。芥瀬君。」
「退院おめでとう、芥瀬。」
まずは晴一から花束が渡される。
「ありがとうコンちゃん。」
「その花束の組み合わせバイトの子が考えたんだけど、センス良いだろ?トレセン学園のウマ娘だぜ。」
「へぇ。何て名前の娘?」
「カレンブーケドールだ。俺はブーケって呼んでる。」
「了解、ブーケちゃんね。覚えとくよ。で、俺は誰の隣に乗れば良い?」
「いや、芥瀬君には僕からのプレゼントがある。」
(チャリーン)
そこにヨシムロの監督が割って入り、キーが投げ渡される。そのヘッド部分には3本の音叉が重なり、雪の結晶のようにも見えるエンブレム。
「これは…ヤマハのキー?」
ヨシムロレーシング監督が、乗って来たハイエースの後ろからシートのかかったバイクを降ろしてくる。
「さあ、
そしてシートカバーがふわりとめくられ姿を現したのは、ヨシムロレーシングカラーのガングレーメタリックとレッドにペイントされたバイク。
YOSHIMURO YAMAHA YZF-R6 BN6
エンジン:水冷並列4気筒DOHC自然吸気
排気量:598cc
出力:118馬力
車両重量:190kg
ギア:6速
初期モデルは1998年にデビューしたYZF-R6。
同じYZFシリーズの「YZF-R1」は998ccの排気量を持ち、世界でもトップクラスのリッターバイクとして知られている。
しかし狭い日本の公道では持て余す事も多く、より多くのユーザーが楽しめるようにと開発されたのが中排気量のYZF-R6である。
BN6型はその最終モデルであり、2017年にモデルチェンジ。
"凄みをまとった未来感"というコンセプトでデザインされ、某漫画の
「芥瀬君がマン島で乗る予定だったYZF-R6と同じモデルを用意した。ウチのサイレンサーを入れてある以外はノーマルだが。」
ヨシムロ独自の三角型のサイレンサー「Delta-Cyclone」は通常の丸型サイレンサーよりも細長く、ハングオン時に深いバンクを生み出す狙いがある。
「知ってるとは思うけど、この型はヨーロッパでの規制に対応した結果先代よりもパワーは落ちてる。物足りないかな?」
「そうですね。でもその分ピークパワー・トルクの発生回転が低くチューニングされてるから、町乗りでも扱いやすいと思いますし、膝のリハビリにはちょうど良いかもしれません。色々とありがとうございます。」
「そりゃまあ、芥瀬君はウチの看板だからさ、やっぱり乗ってて欲しいのよ。とはいえ、あんまり無茶しないように(笑)そろそろ出発かな?今度は筑波で。」
「ええ。ではまた。」
そして、寺へと向かう一行。
____
トレセン学園。
午前の授業が終わり昼食後、体育館に集められた生徒達。
マルゼンスキーとシンボリルドルフが登壇する。
「後輩ちゃん達に大事なお話よ。あたしのサーキットデビューが決まったわ。」
「マルゼンスキーは、進路の一つにレーシングドライバーを志している。その初陣となるレースの目処が立った。」
「トゥインクルシリーズからは引退したけど、走りたい気持ちはまだまだあるからね。後輩ちゃん達にも、持て余しちゃってる子がいるんじゃないかしら?」
「競争本能を発散する場としては適した職業だと思われるが、場合によっては大きな危険が伴う世界でもある。そこで一つ提案だ。」
「今度あたしの乗るクルマのテストの時、後輩ちゃん達をサーキットに招待して、色々お勉強して貰おうと思ってね。」
「詳細はプリントに纏めて配布する。」
『日時:2月下旬
場所:茨城県下妻市、筑波サーキット。
概要:マルゼンスキーの乗るレース車両の走行テスト、レースゲームに向けたセッティング講習会、関係者による模擬レース等を計画。
参加チーム、関係者:ヨシムロレーシング、RF雨美
トゥインクルシリーズからの引退、及びトレセン学園からの卒業後において私達ウマ娘の競争本能を発散する場の一つとして考えられていたモータースポーツだが、未知の世界でもある。
この度マルゼンスキーのモータースポーツデビューに伴い、安全にレースを楽しむための知識やルール等の教えを乞う。
安全性とスピードの両立はトゥインクルシリーズ、モータースポーツ共に重要なテーマであり、有意義な時間となる筈だ。
また、最近生徒間でレースゲームが流行っているとの情報を受けチューニングやセッティングに関する講習会を行う。
元国際ライダー、芥瀬流貴氏による車やバイクの実演走行、タイムアタックあり。
以上。
生徒会長、シンボリルドルフ。』
生徒達の反応は様々である。
(サーキットねェ……なんかデータ拾えっかな?)
襟足を伸ばし剃り混みの入った髪と眉、コメカミにピアスを付けたパンクな雰囲気ながら、理数系のロジカルウマ娘、エアシャカールは考える。
「アンタは行くの?シャカール?」
話しかけて来たのは、シャカールとはゲーム好き同士の仲で人混みを嫌う小柄なウマ娘、ナリタタイシン。
「逆にオマエは来ンのか?タイシン。」
「人混みは嫌いだけど、ココのみんなはまだ知ってるヤツらだし、ゲームの役に立つならね。」
「オレも行くかァ。レースは数字のカタマリ。オレ達とは違うレースにも、一応興味はあるからなァ。」
その頃、とあるトレーナー室。
「ん?このプリントは何だいアルダン?」
「先ほど配られまして。トレーナーさんもクルマがお好きですから、興味があるかと思いまして。」
メジロアルダンからプリントを渡されたトレーナー。彼の名は
元医師のトレーナーであり、先天的に身体の弱いウマ娘達を見ている。担当はメジロアルダン、ケイエスミラクル、ツルマルツヨシ。
「へぇ、懐かしい名前が並んでいるな。挨拶も兼ねて行こうかな。」
好奇心旺盛なメジロ家のお嬢様ウマ娘。メジロアルダンは、トレーナーのクルマ趣味にもある程度の理解と興味を示していた。
「懐かしい名前が並んでいる。とは?」
「俺のクルマの改造を以来したのがRF雨美で、吉室君とは同い年。サーキットで良く会ってたんだよ。」
「そうだったのですね。」
「最近動かしてないし、エンジンかけにいくか。」
「あら。乗っていないのですか?」
「新年度からのツヨシとミラクルのレーススケジュール調整とか色々あったし。夜な夜な首都高に走りに行くのは降りたからな。」
「なるほど。」
「これからは、それなりのペースで付き合って行く。これは今度の講習会の中にあるテーマにも通ずる所があるかもな。」
「そうでしょうか?」
「キミ達ウマ娘の競争本能との付き合い方だよ。引退後に整備されていない場所で走ったら、最悪身を滅ぼす。」
「……。」
「クルマの場合はガソリンや維持費、メンテナンス代か。飛ばせばそれだけ負荷も増える。クルマは最悪廃車にすれば済むが、カラダはそうは行かないからな。」
「そうですね。」
「ま、だから俺みたいのが居るんだけどな。卒業後も出来る限り面倒は見るさ。」
「ありがとうございます。」
駐車場に移動し、エンジンに火を入れる。
MAZDA SAVANNA RX-7 SA22C
エンジン:水冷直列2ローター自然吸気
排気量:654×2cc
出力:300馬力
車両重量:1000kg
ギア:5速
1978年に登場したマツダRX-7は、レースで活躍し輸出名のRX-3でも知られるサバンナクーペから、サバンナの名称を受け継いだスポーツクーペである。
浜人のSA22Cはマツダスピードの前身であるマツダオートがプライベーター向けに市販していたレース用のドライサンプ・ペリフェラルポート仕様の13Bエンジンへと載せ換えており、自然吸気ながら10000回転を回し300馬力を絞り出す。
「マツダのRX-7。Rはロータリーエンジン、Xは試作機の意味と未来へ向けた記号、7はマツダ社内での車体格からと言われている。」
「ロータリーエンジンとは?」
「普通のエンジンはピストンの往復時に爆発が起こり、そこからシャフトを回して動力にするがロータリーエンジンはおにぎり型のローターが回り、それぞれの面で爆発を起こす。つまり1回転で3回爆発しそれだけパワーを稼げる。」
「すごいですね。ですが、あまり聞かないような?」
「採用例がピストンエンジンに比べて少ないからな。パワフルではあるが、その分燃費も悪い。」
「なんだか、オグリさんみたいですね。ふふっ。」
「確かにな(笑)まあ詳しい構造や利点・欠点なんかは今度の講習会でもやると思う。」
「楽しみにしております。」
____
数日後の早朝、草鞋家のお寺。
(おや…芥瀬君?)
そこには朝の早い住職の結人よりも早く起き。薄暗い中駐車場でYZFに跨がり、スタンティング・スティルをする流貴の姿があった。
「おはようございます。相変わらず、素晴らしいバランス感覚ですね。」
「今度久しぶりにサーキットで走るから、カラダの歪みを見とかないとね。」
「そうでしたね。どうですか?こちらの世界は?」
「そう言われてもなぁ。まだまだ色々知らなきゃならない。ただウマ娘達のレースによる興行収入のお陰なのか、元の世界よりも金回りが良い気はするね。」
「なるほど。」
「ようやく病院にカンズメだったのから開放されたんだ。この世界をせいぜい楽しませてもらうさ。筑波はそれこそ山ほど走って来た道だからな。」
____
東京都千代田区外神田。
秋葉原電気街、PCショップオーカワ。
「よう。例のブツ届いてっか?」
「いらっしゃい、シャカール。届いてるよ、しかしいきなりどうしたんだ?アクションカメラなんて買って。」
「ちょっと面白いかもしれねェ話があってな。」
シャカールは事情を話す。
「なるほど。筑波でイベントねぇ。」
「アンタもそっちの界隈に、片足突っ込んでンじゃねェの?」
「なんでそう思うんだ?」
「アンタから時々、油脂系の臭いがすンだよな。」
「そういやウマ娘は鼻が効くんだっけか、別に隠してた訳じゃねぇが。俺も走り屋、確かに最近色々と動きがあるのは知ってるがな。」
「動き?」
「首都高の監視カメラをハッキングして見てると、時々新顔と常連が混ざって走ってんだよな。トレセンのマルゼンスキーのカウンタックなんかもな。」
「あァ。アイツか。」
「きっと面白ぇ事になる。そんな予感がしてる。」
「そうかよ。ンじゃな。」
「毎度あり。これからもよろしく。」
夜になりショップの店じまいをし、首都高の監視カメラにハッキングを仕掛ける男。彼の名は、
エアシャカール行きつけのPCショップを経営する走り屋であり。ハッキングやインターネットを通じて走り屋達のデータを集めるなど、情報収集にも余念がない。
「そろそろ行くか。」
深夜0時。一般車が減り始め、首都高が最も盛り上がる時間に彼は首都高に上がる。
FreiHeitWelt PORSCHE 911 993
エンジン:空冷水平対向6気筒SOHCターボ
排気量:3600cc
出力:500馬力
車両重量:1300kg
ギア:6速
空冷最後のポルシェ911である993型。先代までの「カエル顔」を継承しつつも空力に優れたボディデザインであり。流線型のグラマーな造形となっている。
千葉県のポルシェ専門チューナー、FreiHeitWeltによってチューニングされ、グラマーなボディがより強調されるワイドボディやエアロパーツを装着する。
(C1で速いイエローのスープラ。どうやらトレセン学園に出入りしている業者らしい。マルゼンスキーのカウンタックを引っ張るように走ってる事からも間違い無いだろう。)
首都高を流しつつ、最近よく見かける走り屋達の関係性を、ウマッター等の情報から整理する。
(さらに芥瀬流貴のインタビューにあったトレセン学園の服飾関係者。ここが繋がればカート上がりで世界に出た走り屋が首都高に来る事になるかもしれねぇ。面白い獲物だ。)
走り屋達が、流貴をターゲットに動き出していく。