コバルトブルー   作:RPM

23 / 43
21:トラクション

 

 

2月中旬。

 

流貴の貸し倉庫。

 

久しぶりのサーキット走行に向けてツナギを取りに来ていた。

 

流貴はウェアデザインには無頓着であり、ツナギのデザインを自分のニックネームからの連想で一般公募し、その中から採用された物を使用している。

 

流貴のニックネームである「アクセルボーイ」は若くして世界へ飛び出した事からBoy(少年)としての意味合いだったが、徐々にライティングスタイルからBowie(鋭い)の意味合いも含んでいった。

 

そこから出来上がり採用したデザインはアクセルの頭文字である「A」を3本の日本刀が型取ったエンブレム。ネイルスターヤマハのブルーのツナギにシルバーの刀が映えていた。

 

ヘルメットは黒地にネイルスターエナジーのグリーンの爪マークが入ったArakiヘルメットの物を使い続けている。

 

そこにLANEが届く。

 

『芥瀬君。お客さんですよ。』

 

(ん。ワラちゃんからか。客のメンツはいつものヤツらかな?)

 

『了解。ちょっと待ってて、帰る。』

 

(ツナギをトランクケースに…いや、いっその事こっちを着ていくか。)

 

ツナギに着替え、着ていた服をYZFのトランクケースに入れて寺に帰る。

 

____

 

 

お寺の駐車場にバイクを停めると、マルゼンスキー達に出迎えられ、ツナギに注目が集まる。

 

「あら?コレがルキ君の勝負服かしら?」

 

「わぁ。カッコいいね。」

 

「ふむ。これがバイク用のスーツですか…。」

 

「ああ。今度サーキットで着るから久しぶりに着心地を確かめようと思ってな。でもやっぱりコレだけだと寒いわ(笑)」

 

「では、中に入りましょうか。」

 

結人が先導し中に入り、流貴の下宿している部屋に通される。

 

「着替えて来るから待ってて。」

 

数分後。流貴が着替えてライダースーツを手に持って来る。

 

「バイク用のスーツ見るのは初めてか?」

 

「近くで見るのは初めてね。……なんかゴツゴツしてて、クルマ用のツナギとは素材も違う感じね。」

 

「僕も初めて見ます。」

 

「クルマ用のは耐火性の化学繊維だけど、バイク用のはコケた時の事を考えて摩擦に強い革素材を使ってる。ゴツゴツしてるのは脊髄や関節を守るためのプロテクターだ。」

 

「色々あるのね。」

 

「まあ、そういうウェアや装備に関する事も今度の講習会で話す。バイク用とクルマ用、それぞれ見た目は似てるようで結構違うからな。」

 

「なるへそ。楽しみにしてるわね。」

 

「失礼いたします。どうぞお召し上がりください。」

 

結人がお茶とお茶菓子を持ってくる。

 

「ありがとうね。住職さん。」

 

「ありがとうワラちゃん。ところで、今日はなんか人数が少ないな。チケゾーは?」

 

「チケゾーちゃんはデビューが来年だからね。」

 

「なるほど、まだその時じゃないってか。」

 

「そうねぇ。あとはルキくんの話を理解出来るかしらね。チケゾーちゃん、ちょっとおバカなところがあるから。」

 

「暗記パンでもありゃ良いんだけどな(笑)。まぁ、お互いに色々話してみるよ。まだお見舞いでちょっと顔を合わせた程度だからな。」

 

「そうねぇ。今度の講習会で色々聞けるかしら?」

 

「ああ。ラップタイムを揃える走りに関しても、筑波でならやりやすい。ちょうど何かしらの形で実演したいと思ってたしな。」

 

「どういう意味かしら?」

 

「筑波は低速コーナーが多いから使うギアもだいたい決まってくる。で、ギアによってカバー出来る速度も限界があるからな。という事は?」

 

「うーんと……曲がるスピードが揃うって事?」

 

「その通り。速度が揃えばある程度タイムも勝手に揃う。学校で習う時間・距離・速さの法則の応用だな。」

 

「あ、あの。」

 

「ん?どうしたライス?」

 

「今のお話、メモしても良いのかな?」

 

「いいよー。」

 

サラサラとノートにメモをしていくライスシャワー。

 

「前回の指示から半月以上過ぎたから、そろそろ何か言いに来るだろうと思ってたよ。」

 

「勘が良いわね。」

 

「メモ出来たよ、ルキさん。ありがとう。」

 

「よし。ただこのやり方は、スピードが見えてるから出来る走り方でもある。それを体感で調整出来るようにして、体内時計を作っていくんだ。」

 

「うーん。結構難しいかもねぇ。」

 

「だけど、マルゼンもレーサーを目指すなら必要な技術になるぜ。競技車両はスピードメーターが無い事もあるからな。」

 

「どうして無いのかしら?」

 

「僅かながら抵抗が増えるんだ。タイヤの転がるスピードから計算して計器に出すにも、センサーやら色々と必要だ。レースじゃその僅かなパワーロスすらも無くしていく。」

 

「なるへそ。あたし達も地面の蹴り方を考えるし。蹄鉄選びにもこだわるものね。」

 

「まぁ、その辺は各々クセもあるだろう。いくら体を鍛えても、上手く伝えられなきゃ宝の持ち腐れだからな。」

 

「楽しみねルキくん。アナタがどんな走りをするのか。」

 

「そいつはどーも。そういや、コウちゃんは?」

 

「エンジンのオーバーホールって言ってたわ。ハンくんの所に行くって。」

 

「今度サーキットに持ち込んで走るからかな?」

 

「それもだけど、この間の夜の走りも影響ありそうね。」

 

____

 

 

その頃、ハンの工場。

エンジン室にて二人でエンジンをバラしていく。

 

「変な色の911に絡まれたって?」

 

「ああ。青と緑の間みたいなヤツだ。昔ポルシェのプライベーターのレースカーにあったような。」

 

「ドイツの空調メーカーがスポンサーのヤツだな。あとは似たような色のF1があったよな。アパレルメーカーがスポンサーの。」

 

「あったなぁ。"走るワンレンボディコン"とか言われてたな。」

 

エンジンヘッドを外し、カム・バルブ回りへ。

 

「そういえば911は、アメリカじゃウィドーメーカー(未亡人製造機)なんて呼ばれてる。」

 

「エンジンの位置からしてバランスの悪いクルマだからな。下手に踏めばどこに飛んでいくか分からねぇのに、上手く走らせてた。C1には慣れてなさそうだったが。」

 

「リアエンジン車は後輪にトラクションがかかるが、代わりに前輪の過重不足によるアンダーステアも出やすいからな。」

 

「そのアンダーで離れたんだろうな。C1は途中で曲率の変わるコーナーが多いから、慣れないとせっかくのトラクションも生かせない。」

 

「つまり逆を言えば、そいつがコースを覚えたら勝てない可能性もあるって事だな?」

 

「そうだな。色々とさらに強化していく事も必要になるかな。」

 

「この3S-GTEエンジンのレース用と同じ、2.1リッター化とタービンや吸排気の見直しか。アクセルを半開き(パーシャル)から踏み足した時のレスポンスアップだな。」

 

エンジンブロックからクランクシャフトやコンロッドを取り出す。

 

「その時はまた頼むわ。しかしなんつーか、600馬力も出せりゃ十分だと思ってたのが、ここに来て不足を感じる事になるとは。」

 

「ピークパワーは文字通り回し切った時の数値だからな。それよりもトルクだ。エンジンを回す力の方がパーシャルの多い場所では重要になる。」

 

「排気量を上げて、トルクを太くした方が良いって訳か。」

 

「まぁ。ある程度はタービンで補えるが、あくまで補助的なモノとして俺は考えてる。」

 

「なるほどな。」

 

エンジンの完全分解が終わり、パーツを並べていく。

 

「よし。バラすの手伝ってくれてありがとう。組み直しは出来るのか?」

 

「いや、さすがにそこまでは…組む事は出来るかもしれないけど、精度は出せる自信がねぇ。」

 

「了解。適当に一服したり、ガレージの本を読んだりしててくれ。」

 

「ありがとう。頼む。」

 

エンジン室を出て、クルマが停められたガレージスペースへ。

 

そこにはハンが夏の埠頭ゼロヨン用に仕上げる予定の90スープラと、もう一台シートカバーを被ったクルマがあった。

 

(ハンが首都高用に買ったらしいコイツ…。ロングノーズ・ショートデッキのやや角張ったクルマ。筑波で見せてくれんのかね?楽しみだな。)

 

____

 

 

再びお寺。

 

「なるほど。ポルシェ911とバトルしたと。」

 

「あたしとアイルーちゃんのクルマはすぐに置いていかれたわ。ジャージ屋くんも察知してフルブーストにしたみたいね。あのポルシェは一体何馬力出ていたのかしら?」

 

「どうだろう。パワーはスープラと同じくらいだとしても、911は荷重の関係で立ち上がりが速いからな。」

 

「ルキさん、荷重って何?」

 

「マルゼンの隣に乗ってて、発進する時に体が後ろに引っ張られたりするだろ?あの力を荷重って言うんだ。」

 

「なるほど、そうなんだね。ありがとう。」

 

「二足で走る時は足の裏に力を入れて地面を掴むイメージで走るけど、タイヤの場合は前後に上手く荷重を移動させないとだ。特に前輪の荷重が不足すると曲がらないぞ。」

 

「そういえば、あたしのタッちゃんも重量配分は後ろ寄りらしいわね。」

 

「そうだな。どうせなら実物を見ながら話そうか。」

 

駐車場へと移動する。

 

「カウンタックは確か、メーカーの公称値は48:52だったと思う。まだ当時はクルマも多くが手作りの時代で、多少の個体差はあるにしてもな。」

 

「どうして後ろ寄りなのかしら?」

 

「前輪の舵取りを考えつつ、後輪にトラクションをかけるためだろう。あとは座席と前輪が近いから、乗車時には少しだけ前の荷重が増えるしな。」

 

「なるへそ。曲がりにくさを感じないのはそのお陰なのかしら?」

 

「まぁ、これは俺の推測だからどこまで計算しての設計かは分からない。だけど前後の重量配分を均一にしたいのはあると思う。」

 

「それがスポーツカーにとっては理想って言うわよね。」

 

「だが、911のような例外も存在するのが面白いところだ。リアエンジンで後輪に荷重をかけて他のクルマ置いていく程のトラクションを得る代わりに、フロントが浮いて曲がらなくなる可能性も考えて乗る。」

 

「曲がらないなんて、ゾッとするわね((( ;゚Д゚)))」

 

「マルゼンもたいがいスピード狂って言われてるけど、俺みたいなレース馬鹿に言わせれば、まだまだかわいいもんだよ。」

 

「あたしも、今度色々と勉強させて貰うわ。」

 

「今日はそろそろ帰るかい?」

 

「そうねぇ。スズカちゃんのお見舞いにも行ってからね。」

 

「俺もそろそろ行かないとな。」

 

「よろしく言っておくわ。じゃあまた今度、サーキットでね。」

 

「ああ。またな。」

 

 

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