日本人MotoGPライダー、
その名前とブレーキングを最小限にし、アクセルの全開時間を長く取るドリフト・スライドを駆使するアグレッシブな走り。
派手好きの観客に受け、アクセルボーイと呼ばれていた。
彼のライディングスタイルは高い平均速度を維持出来るため、予選でのスーパーラップに向いていた。
しかしタイヤへの負担が大きい弱点もあり、彼自身タイヤマネジメントに課題があった。
特に柔らかい素材を使うレインタイヤとは相性が悪く、雨のレースを苦手としていた。
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売店で差し入れの菓子類を購入し、スズカの病室へ向かう一行。
移動しながら話す。
「なるほどな。トレーナーになりたいのか。俺は歓迎するし、紹介もしてやるよ。トレーナーも人手不足なもんでな。」
生徒数およそ2000人と言われる中央トレセン学園。生徒数に対してトレーナーの数が足りていないらしい。
(まぁそんだけウマ娘が居ればそれもそうか。)
「俺達はスピカってチームだ。もしかしたら知ってるかもしれねぇが。」
「ええ、雑誌で拝見しました。」
「お前らも自己紹介しておけ。」
「はい、スペシャルウィークです。よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしく。」(確か今年のダービーウマ娘だったな。)
「ボクはトウカイテイオー。よろしくね、ルキちゃん。」
「ああ、よろしく。」(人懐っこい娘だな、トウカイテイオー。確か来年のクラシックの有力株か。)
「ゴルシちゃんだぞ!なぁなぁ!オメェの足は改造でもされてんのか?」
「……は?」
「ゴールドシップさんの言葉を、いちいち間に受けては身が持ちませんわ。」
「キミは?」
「メジロマックイーンですわ。以後、お見知りおきを。」
(ゴールドシップは現在デビュー戦のみ、メジロマックイーンは名門メジロ家か。彼女もクラシックの有力株だったな。)
「さっきも聞いたけど改めてよろしく。」
「ウオッカっす。よろしくお願いします。」
「アタシはダイワスカーレットです。よろしくお願いします。」
(この二人もまだデビュー戦のみ、しかしティアラ路線にて有力株か。)
色々と会話をしながらスズカの病室に到着する。
「今日も来てくれたんですね。あら?そちらの方は?新しいトレーナーさん?」
「はじめまして。芥瀬流貴ってモンだ。一応これでも、バイクで世界を戦って来た。」
「レーサーの方ですか?」
「そうだな。今は引退した身だが。」
「その足はレースでのお怪我ですか?」
「いや。記憶が飛んじまってるが、どっかで轢かれたらしいな。」
「それは、その…残念です。」
「まぁ、起きちまった事は仕方ねぇ。そっちも似たような状況じゃないか。中継で見させてもらったよ。」
「私も途中の記憶は曖昧なんです。」
「そいつは当日にも聞いたが…芥瀬。そっちの世界でも似た事はあるのか?」
「そうですね。強い衝撃を受けた時意識と記憶が飛ぶのは一説によると、防衛本能の一種だと言われています。」
「なるほどな。身を守るって訳か。俺も時々コイツらに蹴られて意識が飛ぶが、もうすっかり慣れちまったな。」
「…何したんすか沖野さん。」
「アンタはデリカシーがないのよ。」
「いつも一言多いんダヨネー。」
散々な言われようだが、こういったイジり合いが起きるのも信頼があればこそだろう。
(まぁそんだけ懐かれてるって事か)
確かに沖野は無精髭や結んだ襟足等、所々にだらしなさも見える。
しかしG1ウマ娘を教育してきたトレーナーとしての手腕は確かだろう。
するとそこに、
(コンコンッ)
「芥瀬さんに面会のお客様がおいでです。」
「わかりました。」(…誰かな?)
自分の病室に移動し始める流貴。
「…あれ?」
「どうした?ウオッカ。」
「なんかオイルの匂いがするんすけど。」
「ウマ娘は鼻がきくな。付いて来るかい?」
「良いっすか?じゃあ、ちょっと行って来るわ。トレーナー。」
「ああ、わかった。」
____
流貴の病室には、ツナギ姿の男が待っていた。
「おう。久しぶりだな、流貴。」
「お待たせしました、久しぶりです先輩。」
「すっかり出世しやがって。街のならず者だった俺達からよ。」
「あれ?店長じゃないっすか。」
「なんでウオッカも居るんだ?」
「スズカ先輩のお見舞いっす。」
「へぇ、流貴と同じ病院だったのか。意外と世間は狭いってヤツかね。」
「二人はどういう知り合い?」
「オレの父ちゃんのバイク見て貰ってます。」
「なるほどね。では今日はバイクの件で?」
「そうだ。流貴のバイクが直った報告だよ。ちょいと年式が古い車種だったから、パーツを集めるのに時間がかかった。」
「ありがとうございます。でもわざわざ来る程の事ですか?」
「ついでにツラ見とこうと思ってな。しかし、その足じゃ満足に乗れないだろ。」
「そうですね…。そういやウオッカ、免許は持ってんのか?」
「持ってますよ、普通免許っすけど。」
「それなら、大丈夫だな。」
「…え?」
「俺のバイク、ウオッカに譲るよ。」
「い、良いんですか!?」
驚きつつも耳と尻尾が嬉しそうに揺れる。
「俺も良いと思うな。ウオッカはバイクのためにお年玉貯めてんだろ?」
「なんで知ってんすか!?」
「オヤジさんから聞いたよ。それだけ本気って事だ。良いじゃないか。」
「じゃあそのお金は、維持費やガソリン代に回せ。ちゃんと取っておくように。」
「当たり前じゃないっすか!」
「オヤジさんにも話を通しておいてくれ。在学中は名義をオヤジさんにした方が良いと思う。」
「了解っす。」
「保険関係の書類はウチにあるから、流貴は実印の入った委任状と免許。あと印鑑証明のコピーを取っといてくれ。」
「了解しました。」
「俺は用事が済んだから帰るけど、ウオッカはどうするんだ?」
「スズカ先輩の所に戻ります。芥瀬さんはどうしますか?」
「色々調べて疲れたから、夕飯まで昼寝でもするかな。」
「じゃあまた今度っすね。」
「じゃあ流貴、またな。」
「ええ、また。」
____
「そういえば芥瀬さんのバイク、車種はなんすか店長?」
「それは見てからのお楽しみだぜ、とりあえずヤマハとだけ言っとく。」
「チームと同じメーカーっすね。」
「流貴はヤマハが好きなんだ。」
「あと、名義変更って意外と簡単なんすね。」
「本人がやる場合はもっと簡単だぜ?紙切れ一枚だ。だけどそこから始まる色々。乗り物と乗り手の絆は簡単なものじゃない。」
「父ちゃんもずっと長い間、古いバイクをメンテして乗ってますね。」
「ウチとしちゃありがたいお客さんだ。それと、紙切れ一枚で始まるのはお前らウマ娘のレース登録だってそうだろ?」
「確かにそっすね。」
「世の中だいたいのモンはたった一枚の紙切れから始まるが、そこから始まる出来事は簡単なモンじゃない。」
「うーん、まだオレには分かんないっす。」
「ま。こういうのは、経験してみないと分かんないよな。…そんじゃ、またな。」
「はい、またお店で。」
____
それから数日。
お互いの暇潰しを兼ねて、スズカと色々な話をする。
「私と同じ名前のレース場ですか?」
「ああ、ついでに市の名前も同じだぜ。三重県鈴鹿市、鈴鹿サーキットだ。」
スマホで検索をかけるスズカ。
「面白い形をしていますね。」
「立体交差のあるサーキットは、世界的にも珍しいからね。」
「そうなんですね。」
「世界選手権のトリになる事も多いけど、俺が走ったのは全日本の時代だな。」
「えーっと?どういう事ですか?」
「キミ達ウマ娘のレースだと海外遠征はある程度の戦績があれば自由に組めるだろ?でもモータースポーツは選ぶ選手権によってスケジュールが決まってるんだ。」
「それは……ちょっと窮屈というか、そんな風に感じた事は無いんですか?」
「俺にも苦手なコースはあるから、色々面倒な事もある。けど逆に言えば、早目に対策を考えられるって事でもある。」
「レーサーの方はそういう風に考えるんですね。」
「その辺は人によって変わるかな。直感や感覚で走るタイプも居れば、データを見て走りを変えるのも居る。スズカは割と感覚で走ってないか?」
「そうかもしれません。先頭で走ってレース中感じるのは、風と自分の鼓動。それが気持ち良くて。」
「あと、コースの暗記はしてるか?」
「暗記…ですか?」
「ああ。そっちのレースだと、もしかしてあまり意識しないかな?」
ウマ娘のレースは最長3600m。周回数にして2周前後といったところ。
形もシンプルなオーバルトラックであり、スプリントやマイルでは半周程度の距離。サーキットレースのようにコースを暗記する必要はほとんど無いのだろう。
「言われてみれば、考えた事ないかも?」
「やっぱりそうか。同じ競争競技でも自分の足で走るのと機械で走るのじゃ、色々と違う所も出て来るもんだな。」
(コンコンッ)
「夕飯の時間ですよ~。」
「おっと、もうそんな時間か。じゃあスズカ、また今度な。」
「はい。楽しいお話ありがとうございます。」
____
またある日。
スズカに聞かれる。
「芥瀬さんは、どうして日本に?」
「終活って言ったら、大袈裟かな。ヤバいレースに出る予定だったから。」
「……えっ?」
「MotoGPの事、調べたんだろ?」
「はい。5月~6月の間も、レースの日程が入っていました。」
5月~6月。MotoGPにおいてはスペイン、フランス、イタリア、カタルーニャ、ドイツ、オランダでのレース。
さらに言えばこの年はドゥカティと、流貴の所属するヤマハが好調であり星を分け合いつつの上半期終盤。
その重要なラウンド蹴ってまで帰国した理由。
それは向こうの世界と同じく、マン島に向けての身辺整理や終活であった。
改めて持ち物を調べた所、トロフィーやツナギ、ヘルメット等。色々と保管していた貸し倉庫の鍵のコピー。
さらにスマホのメモ帳から、遺書の下書きが出てきたのだ。
「マン島レースはサーキットじゃなくて整備されてない公道を走る。下手すりゃバイクがどこに飛んでいくか分からない。海岸を抜けるルートで事故れば崖から落ちる事だってありうる。」
「どうしてそんな危険なレースに?」
「仲間の夢だったし、俺自身も憧れはあったレースだから。」
「怖くはなかったんですか?」
「まぁ、なんだ。死んだら死んだで仲間に会えただろうし、生き残れたらハク付けになった。どう転んでも納得する覚悟だった。」
「という事は、その、お友達の方はもしかして…。」
「ああ、その通りだ。そのうち話す事もあるかもな。」
「……。」
「話を戻そう。競争競技ってのは、どうしても危険が付き纏うモノだ。トゥインクルシリーズだって、死亡事故がなかった訳じゃない。」
トゥインクルシリーズにおいて、死亡事故の起こった例は多くはないが、生身で走るためそれ相応の危険はある。
骨折による転倒時、内ラチに頭から突っ込んでしまった場合。
同じく転倒時、後続のウマ娘が避け切れず多重事故になってしまった場合などが、死亡事故の例として挙げられる。
「危険、と言われても、私はあまり感じた事はありません。」
「逃げは競り合いが無いからかな。でも、後続に突っ込まれるリスクは他の脚質より増える。」
「じゃあ、あの時は…。」
「天皇賞の時は上手く減速しながら、アウトコースに避けて行ってたな。キミは朦朧としてたようだけど。」
「思い出そうともしました。でもやっぱり、記憶が曖昧なんです。」
「辛い所もあるだろうけど気になるなら、ウマチューブとかにアーカイブが残ってるんじゃないか?」
はっとしたような顔になるスズカ。
「気が付きませんでした。」
「アーカイブでオンボードとかの映像見て自分の走りを見直すのは俺達はやるけど、ウマ娘はやらない子が多いのかな?」
「言われてみれば確かに、でも見返す子も居ると思います。」
「色々見てみると良い。どうせ入院中は暇だしな。」
「そうですね。」
「そろそろ戻ろうかな。喋り疲れた。んじゃあ、またな。」
「はい、また。」
____
その日の夜。
(なんか妙だな?)
ここ数日間、スズカへの見舞いが来ていない。
(そんなに薄情なヤツらとも思えないし、学園の方で何かあったのか?)
するとスマホにLANEが届く。
度々やり取りしている、走り屋時代の仲間からだ。
『学園の回りをパパラッチ共がうろついてやがる。搬入の邪魔だクソったれ。(ーーメ)』
『もしかして生徒は外出禁止?』
『かもしれねぇな。スズカの様子はどうだ?』
『あれ?なんで知ってんの?』
『先輩から聞いたし、着替えの手配もウチでやってる。伝票見りゃ分かるのよ。』
『なるほどね。一応話し相手にはなってるけど。』
『まぁ形は違っても、お前もスズカもレース馬鹿だから、話が合う所もあるかもな。』
『馬鹿は褒め言葉として受け取っとく。けどやっぱり二人じゃ寂しいかな。』
『もうちょい間を持たせてくれ。なんとか対応を考えてみる。』
『分かった。ほとぼり冷めたら教えてくれ。』
『ああ、またな。』
『おやすみ。』