石嶋がNSXを押してピットロードへ出す。
その後ろに、帰ってきた江助のスープラが付ける。
「お疲れ様でした。洋谷君。」
江助がヘルメットを脱ぎながら答える。
「はぁ。疲れましたよ、バトンタッチです。」
「了解です。では皆さん、自分も洋谷君と同じアウトラップ一周の後タイムアタックに入り、クールダウンして帰って来ます。」
「ほぉ。記者はんがどんな走りみせるか、オモロそうやん。」
「石嶋さんは速いぜ、タマ。」
「目標は、ナンボでっか?」
「そうですね…さっき芥瀬君の言った車を階級に例える話。アレで言えばNSXはRX-7と同じ階級ですので、57秒辺りで。」
(ザワッ!)
石嶋の宣言に、回りがどよめく。
(あの記者さん何者?)
(紳士的な態度が逆に怖いわ。)
(芥瀬さんは確か、56秒だったわよね?)
「へぇ。俺にさらっと挑戦状をくれますか。ただのウマ娘記者じゃ、なさそうですね?」
「芥瀬君、自分の過去はこの際置いておいて下さい。ですがスピードを語れない者にウマ娘の気持ちが、分かりますか?」
「…なるほど。行ってらっしゃい。」
空気が殺気立つが石嶋は動じず、乗り込んでエンジンに火を入れる。
(キュアッキャッキャ…ガォォン!)
反射的にウマ娘達の耳が伏せる。
(車高の低いNSXのロールバーに、ヘルメットを当てずにくぐりやがった。)
コースインしていくNSX。
第一コーナーを抜けた後のS字。ミッドシップ特有のフロントタイヤの冷えを防ぐため、軽く蛇行して温める。
ピットロードでは。
「あの記者さん。時々トレセンに来るけど、なーんか、色々ありそうよね。」
「ああ。前にマルゼンにちょっと話した、有馬の帰りに首都高で会ったのがあの人だ。」
「えっ!?ジャージ屋くんが本気になる相手なら、ヤバいわね。」
「NSXは確かに軽さから来る速さだけど、貼り付くような安定感もある。」
聞き耳を立てるウマ娘達。
「でも、限界を超えたら一気に回るわ。ミッドシップの怖い所よ。」
流貴が補足する。
「RX-7の方が全体的に挙動が軽いから合わせやすいんだけどな。ミッドシップは限界が高い分、何処まで攻めて良いか分からねぇ。」
____
コース上。
第一ヘアピン、タイヤブリッジを抜け第二ヘアピンへ。
(スッ…)
素早くノーズがインに入る。
(よし、行けるな。)
バックストレッチから全開走行に入っていき、全員が音の変化に気付く。
「始まったな。」
最終コーナーを抜けホームストレートへ。
(ジャリッ…ジャリッ!)
ディフューザーが火花を散らす。
「計測開始だ。」
ハンがストップウォッチを押し、サーキット側のコントロールタワーでも計測が開始される。
(ガォンッ、ガォンッ!)
シフトダウンし第一コーナー進入。流貴は音でギアの繋がりに気付く。
「音の繋がりが早いな。シーケンシャルか?」
「そうだろうな。タイムアタックには良いミッションだが、緊急時にギアの段飛ばしが出来ねぇリスキーさもある。」
「俺の乗ったFDも同じミッションだったが、スピンの早いミッドシップに入れるかよ?」
第一コーナーの立ち上がり、ミッドシップのトラクションが効きフロントが浮き気味になるが、
(パッ…パッ…パッ。)
小刻みに光るブレーキランプに、流貴が気付く。
「あれは…左足ブレーキで過重を前に移してるのか。」
「あそこまでやられちゃあ、流貴のタイムに寄せるってのはハッタリじゃねぇな。NSXの方がFDより重いからギリギリのラインか。」
S字を抜け第一ヘアピン進入。
(カポンッ!)
イン側の縁石に乗って車体が浮く。
(おっと…仕方ない。)
立ち上がりに向けてアクセルを開けたいところだが、アクセルを抜き軽くブレーキを当てフロントを沈める。
「飛んだ!?」
「何が起こったの?」
ヘアピン上のスタンド席で観戦していたウマ娘達がどよめく。
(戻ったな。)
再びアクセルを踏み、エキゾーストで観戦者が我に返ると、NSXはタイヤブリッジ下に居た。
(なら次のヘアピンは…、)
第二ヘアピン進入。今度は事前に左足ブレーキで過重を移した状態からブレーキング。鮮やかにグリップ走行で立ち上がる。
(ここからは、仕上げだ。)
バックストレッチを抜けて最終コーナー。丁寧にアクセルと左足ブレーキでキツくなる出口へ向けて姿勢を作る。
「来た…!」
立ち上がって全開。コントロールラインが迫る。
(ガオォーン…。ジュッ。)
火花の残光を残しながらゴール。
(…カチッ。)
シフトダウンし第一コーナーへ消え、クーリング走行に入るNSX。
「タイムは…?」
「やられたな、こりゃ。」
____
電光掲示板に、タイムが上がる。
『0:56:918』
石嶋がピットに帰って来る。
「ふむ。狙い通りですね。芥瀬君に合わせたつもりですが、相手が見えない分やりにくいですね。」
「なるほど。俺がさっきやった走りのコピーですか。ミッドシップでやられるとは思いませんでしたが。」
「ですが。あの車の方軽いですから、タイヤが持てば詰める気だったでしょう?」
「(笑)どうでしょうね?」
「…次は、我々の戦場で会いましょう。」
2人の会話に、周囲のウマ娘達は困惑する。
(どういう意味なんだろう?)
(芥瀬さんが、トレーナーになるって意味?)
____
やや含みのある空気の中。筑波サーキットでの走行・講習会は無事に終了した。
「終了ッ!皆、お疲れであった!」
そして、理事長が帰りの会を開く。
「今日。素晴らしい走りを見せた芥瀬君に、総括をお願いしたい。」
「…分かりました。みんな、今日は楽しかったか?」
「楽しかったです。」「うん!」「はい!」
「そりゃ良かった。だが、レースは楽しいだけじゃないのは、分かってるよな?俺は病院でスズカと会って、色々話したんだ。」
「!」「えっ!?」「…。」
「俺も、かつて事故で仲間を失ったが……、それでも走りから降りられなかった。キミ達ウマ娘も同じ。余程の事がなければ走りから逃げられない。」
シビアな空気に、耳と尻尾が垂れる。
「だが。限界を知り、手前で止める事は出来る。今日俺が見せたラップタイムを揃える走り。あれを、出来る範囲で良いから、やってみてくれ。」
ウマ娘付き添いのトレーナー達から疑問が上がる。
「揃える事に、意味があるんですか?」
「はい。ウマ娘のレースは短い。だから安定してタイムを出せる下地がいる。そして、限界の手前でコントロール出来れば、オーバーワークや怪我も防げるはずです。」
「でも。限界の手前では、レースに勝てないのでは?」
「はい。ですが、タイムを抑えて走る練習を繰り返していけば、体が出来上がります。」
「!。つまり、成長に合わせて限界を上げられる?」
「その通り。エンジンの暖気をするように、いきなり限界に行こうとしたら体が付いて来ません。本格化のスピードは個人差があるでしょうが。一気に負荷を上げれば、怪我に繋がります。」
(限界を、コントロール…。)
(怪我を防ぎながら、速くなれるの?)
「なるほど。ありがとうございました。」
「最後にもう1つ。俺も過去には色々あったし、ウマ娘のみんなも色々あるって聞くが、走る時はちゃんと前を見ろ。…じゃあ、またな。」
(前を…見る?)
(またって、どういう意味なんだろ?)
帰りの会が終わり、トレセン学園行きのバスを見送る。