コバルトブルー   作:RPM

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33:ゆこま温泉へ②

 

 

ゆこま温泉の座標が沖野から流貴のスマホに送られ、翌朝出発する事になった。

 

「改めて私からも、しっかり休むように言っておきますね。」

 

「なんだよ。ワラちゃんまで?」

 

「芥瀬君。貴方は吉室君の夢を受け継ぎつつ、自分なりに楽しんでいたとは思いますが彼の死を契機に、あまり笑わなくなりました。」

 

「……えっ?」

 

「人の夢を背負うのは素晴らしい事ですが、ある意味では呪いでもあるのです。」

 

「そんな風に思った事は、ないんだけどなぁ。」

 

「貴方はきっと。贖罪はある種の停滞でもあると考え進んで来たのでしょうが、それ故に止まる事を恐れているのでは?」

 

「さぁね。長いレーサー人生で、どっかのリミッターが壊れたのかね?動いてないと落ち着かないんだよな。」

 

「そろそろ。貴方は貴方の人生を、歩んでも良いのでは?マン島で死に、こちらの世界へ来たのも何かの縁でしょう。」

 

「…神様もありがた迷惑だな…はぁ。」

 

流貴はため息をつき、続ける。

 

「転生した時は、生きてるだけで儲けもんだと思ったけど、居場所を作る手間が出来た。」

 

「一度自分と、やりたい事と、しっかり正面から向き合って下さい。」

 

「確かに。その向きで見た事は、なかったかもな。自分をケツから見てる感覚はレース中にあったんだけど。」

 

流貴は自分の走りを俯瞰で見る・客観視するのが得意であるが故に、自分を正面から見た事はなかったのかもしれない。

 

「湯けむりの中で、何か見付かると良いですね。」

 

「温泉に入って。頭空っぽにすれば、何か分かるかねぇ?」

 

____

 

 

翌朝。

 

「では、行ってらっしゃい。」

 

「行ってきます。」

 

人の慣らしがてら、RX-7で出発する。

 

「速さと快適性は相反する物だと思っていたが、あの爺さん何考えてんだよ(笑)」

 

筑波で乗ったNA-7と同じ430馬力。しかし驚く程に乗りやすい。

 

「こういうクルマもあるんだな。」

 

府中から1時間ほどの場所にあるゆこま温泉。

 

「ゆっくり流して行こうか…たまには。」

 

(ゴォーーーー)

 

低回転のロータリー特有の静かな音が、今は心地良い。

 

(そういや。ロータリーの開発コンセプトは、動弁系が無いから振動・騒音が少ないだったか。)

 

つい、また考えてしまう。

 

「…難しいな。頭を空にするってのは。」

 

やがて、ゆこま温泉へと続く峠道に入る。

 

「今日は慣らしだ。攻めねぇぞ。」

 

ついつい悪い虫が疼きそうになり、自分に言い聞かせる。

 

(ちょっと、一服さして貰うか。)

 

待避所を見つけ車を停める。2月の峠道は枯れ木で景色が少々寂しい。

 

(ジュッ!)

 

山の澄んだ空気と煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 

(自分探しなんてガラじゃねぇと思ったが。自分を分かってないヤツが、誰かを導けるとも思えねぇしな。)

 

これも、トレーナーになる上で必要なのかもしれないと考える。

 

(チリチリッ。)

 

タバコが灰になっていく。

 

(……。)

 

「よし。行くか。」

 

灰皿にタバコを捨て、温泉へと向かう。

 

____

 

 

「ここか。」

 

ゆこま旅館へ着き、駐車場に車を停めていると。

 

「ようこそ。おいで下さいました。」

 

「!?」

 

女将が、そこに居た。

 

(普通、暖簾くぐってから会うもんじゃねーの?)

 

「おや。驚かせてしまいましたか、懐かしい音がしたもので。」

 

「懐かしい音?」

 

「ええ。まずはお入り下さいな。と、申し遅れました。女将の保科と申します。」

 

「よろしくお願いします。」

 

旅館の中へ通される。

 

「沖野様からご紹介の、芥瀬様ですね?」

 

「はい。そうです。」

 

「お荷物、お持ちいたします。若女将のユノハナブルームと申します。」

 

「ありがとうございます。ウマ娘ですか。」

 

「はい。女将とは現役時代からのお付き合いです。」

 

部屋に案内されながら、女将に駐車場での事を聞く。

 

「女将さん。さっきの懐かしい音ってのは?」

 

「ええ。私事ですが大学の同期に、あの音の車に乗っている者がおりまして。」

 

「なるほど。その方は今、お元気なんですか?」

 

「トレセン学園でトレーナーをやっております。」

 

「トレーナー…ですか。」

 

「ええ。彼は一時、医者だった事もあります。」

 

「優秀な人なんですね。」

 

そして部屋に着く。

 

「では、ごゆっくり。温泉はいつでもどうぞ。」

 

「はい。ありがとうございます。」

 

適当に座りお茶を入れ、灰皿を用意する。

 

(さっき聞いたトレーナーについて沖野さんに聞きたい気もするが……今日は考えるのを辞めよう。)

 

タバコで思考を落ち着かせる。

 

(何でもかんでも、裏を取ろうとするのは悪いクセかな。レースでもねぇのに。)

 

レース中は何かトラブルが起きれば裏を取る。タイムの伸びない原因は、タイヤかサスか、それともフレームか?

 

(チッ…。レースのために鍛えた頭の回転が、今は邪魔だな。)

 

少し早めだが温泉に向かおうとした時、襖が開きユノハナブルームが入って来る。

 

「茶葉とマッチの予備、お持ちしました。」

 

「ああ。どうも。」

 

「焦ってらっしゃる目ですね?」

 

「…分かりますか?」

 

「僭越ながら、芥瀬様の事は沖野様からお聞きしています。つい先日大きな働きをされた事や、経歴も。」

 

「まぁ、別に隠してる訳じゃないですし。」

 

ユノハナブルームが隣に座る。

 

「お話、よろしいでしょうか?」

 

「仕事の邪魔じゃなければ。」

 

「私も現役時代、よく怪我をしました。」

 

「なるほど、ダブりますか?俺が。」

 

「私は芥瀬様ほど、レースでの戦績は残せませんでしたが、女将のお陰で長く走れました。」

 

それを聞いて、やはり女将の経歴が引っ掛かる。

 

「あの女将さん、何者なんです?」

 

「女将は、まだウマ娘の治療に湯治がなかった頃から研究を始めた先駆者なんですよ。」

 

「なかなかに酔狂というか、変わってますね。」

 

「ええ。一時はトレーナーと女将を兼業していました。」

 

「タフな人ですね。」

 

「それは芥瀬様もでしょう?あんなに同じ所を回るレース、私達では考えられません。」

 

やはり自分の居たモータースポーツの世界は、少し異常なのかと思う。

 

「そこまで言いますかね?」

 

「芥瀬様は走り続ける事が普通になり、止まれない方とお見受けします。」

 

「まぁ、それはあるかもしれません。」

 

「ですが人生はバイクと違い、止まっても転びませんよ?」

 

流貴はため息をつきながら答える。

 

「はぁ…。分かってはいるんですがねぇ。怖いのかな俺?走るのがアイデンティティだったので。」

 

「私も引退した時は色々と未練がありました。頭で分かっていても、心が付いてこないというか。ゆっくり慣れていくものです。」

 

「ブルームさんは、ちゃんと降りれた側ですね。」

 

「芥瀬様は、どうですか?」

 

「俺は……。」

 

答えに詰まってしまう流貴。

 

「すいません。降りたと認めたくない自分が居るようです。」

 

「…お風呂、入りますか?一度ほぐされてはいかがでしょう?」

 

「そうですね…そうします。」

 

「どうぞ、ごゆるりと。」

 

____

 

 

かけ湯をして体を洗い、温泉へと浸かる。

 

(はぁ…。)

 

熱い湯に浸かり脳の血行が促進されていくが、不思議と思考は穏やかだった。

 

(結局…俺は、生き急いでただけなのかねぇ?ったく、一度死んだのにおかしな話だよなぁ(笑))

 

するとそこに。

 

(ガラガラガラッ。)

 

「人参ジュース、お持ちしました。」

 

お盆に人参ジュースの入ったグラスを乗せたユノハナブルームが来る。

 

「ああ。ありがとう。…おっと。」

 

気が抜けて、ついタメ口になってしまったが、ユノハナブルームは笑ってくれた。

 

「やっと、心を開いて下さいましたね。」

 

「ちぇっ、バレてたか。」

 

「はい、芥瀬様。貴方は言葉よりも走りで示してきた方ですから。丁寧語は苦手だろうとお見受けしました。」

 

「とりあえず一杯貰おうか。」

 

人参ジュースの優しい甘みが染み渡る。

 

「そういえば。ちゃんと引退したウマ娘と喋るのは、初めてかもな。」

 

「ちゃんと。ですか?」

 

「今まで会ってきたウマ娘の重鎮。マルゼンやルドルフ。トゥインクルシリーズからは引退しているが、イベントレースへの出走は時々しているみたいだからな。」

 

「確かにそうですね。」

 

「俺もああいう風に、引退したけど需要がありゃ出ていく。ぐらいでいいのかねぇ?」

 

そこに女将の保科がやってくる。

 

「慌てて答えを出さなくても、良いんじゃないかい?」

 

先ほどとは違い、砕けた口調だ。

 

「女将。そろそろご夕飯の支度ですか?」

 

「ああ。呼びにきたのさ。それとアンタ。」

 

「はい?」

 

「慌てて答えを出そうとしても出るもんじゃないし、それじゃ中途半端な答えに辿り着いちまうさ。」

 

「…ですかね?」

 

「今日は、立ち止まって考えられるようになった。それだけでも進歩さね。湯あたりする前に、上がりなさいな。」

 

「失礼いたします。」

 

「ああ。人参ジュース、ご馳走さま。」

 

出ていく2人を見送りシャワーを浴びる。露天風呂から見える夕焼けが、妙に優しく感じるのだった。

 

「浴衣。ねぇ?これを着た方が落ち着くか?」

 

今まではツナギを着る事も、レース前のスイッチであったため、浴衣にもそのような効果があるのかもしれない。

 

「慣れねぇな。…あ、そうだ。」

 

ふと悪戯心が芽生え、脱衣所の洗面所の鏡に映る浴衣姿の自分を撮る。

 

「もう寝顔晒されてるし、開き直ってやる。誰に送ろうかな?」

 

「ライスは、あんまり拡散しなさそうだよな。悪ノリならテイオーかウオッカ辺りか?マルゼンは…やめとくか。」

 

この間、寝顔を盗撮したマルゼンスキーも候補に浮かぶが。1人暮らしのウマ娘に送るのは、あらぬ誤解を生みそうなのでトレセン学園内にする。

 

「勝手にデートだ抜け駆けだ言われても面倒だからな。」

 

しばし考える。

 

「よし。ウイニングチケット…チケゾーにしよう。」

 

\キャアアァァーー!!!/

 

トレーニング終わりのトレセン学園が、黄色い悲鳴に包まれた。

 

 

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