コバルトブルー   作:RPM

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35:過去と理由①

 

 

宴会場に着く。

 

「芥瀬様、こちらのお席へどうぞ。」

 

「ああ。ありがとう。」

 

案内された席に座り、コースターの上に伏せられたグラスを表に向ける。

 

「これは寄せ鍋、いやすき焼きか?」

 

「すき焼きと、焼き人参もご用意しております。」

 

「とりあえず、乾杯するか。」

 

「はい。一杯目はビールでよろしいですか?」

 

「ああ。そうだな。」

 

(シュポンッ!)

 

栓抜きの気持ちいい音が響き、ビールがグラスに注がれる。

 

「おや?またご入浴の後から、お顔が戻られてますね?」

 

「ちょっとスマホで遊んでたら、つい自分の走りを見返しちまった。デジタルデトックスってのが必要かねぇ?」

 

「とりあえず、飲みましょうか?ビールがぬるくなりますし。」

 

「…そうだな。」

 

「乾杯の音頭はどうしましょう?」

 

「そういうのは、苦手だ。頼んで良いかな?」

 

「分かりました。では…本日はようこそお越し下さいました。芥瀬様のご退院を祝しまして、乾杯ッ!」

 

「乾杯…いただきます。」

 

(カランッ。)

 

軽くグラスを鳴らし、ビールを飲む。

 

「…染みるな。風呂上がりだからか。」

 

「うふふっ。少しお顔がほぐれましたね。」

 

「まぁ、飲みの場自体は嫌いじゃない。レースの打ち上げなんかも良くやったからな。」

 

「そういえば、芥瀬様は何年ぐらいレースを?」

 

「高校出てすぐにMotoGPに行って、5年間だな。」

 

「では、最初の2年間はお酒は飲まれずに?」

 

「いや。海外、特にヨーロッパはその辺緩いんだよ。18から酒が飲める国が殆どだから。」

 

「なるほど。そちらのレースの打ち上げは、どんな雰囲気だったのでしょう?」

 

「基本外国人は感情表現がストレートだから、飲みでも騒がしい(笑)特にイタリアやスペイン、ラテン系の奴らはな。俺が勝った時は胴上げされたり(笑)」

 

「なるほど、賑やかですね。そういった席では、皆さん仲良くされるのでしょうか?」

 

「そこはまぁ。コースの上では敵同士だったとしても大人の社交場だしな。特にスポンサー違いの同じメーカーの選手同士とかだとな。」

 

「そこは私達ウマ娘と一緒なんですね。」

 

「確かにな。…1年も経ってないのに、ずいぶん変わったもんだ。」

 

「そうかもしれませんね。…お料理もどうぞ、ゆっくりお聞きしたいです。」

 

すき焼きの牛肉が白くなり、ちょうど食べ頃になっていた。

 

「美味そうな牛肉だな。やっぱり日本食の味付けが、俺は好きだな。」

 

「海外のお食事は、どうでしたか?」

 

「味は良い。特にイタリアやフランス辺りは。ワインも飲んでる瞬間は良いんだが、翌日に響くんだよな。」

 

「先ほど、洋酒が苦手とおっしゃいましたね。」

 

「アルコール度数も関係あるんだろうけどな。ゆっくり長い時間飲むのは、やっぱり日本って感じがする。」

 

「なるほど。芥瀬様は、お食事はゆっくりなされるタイプなんですね。」

 

「こう…なんていうか。レースで普段、極限状態に居る分メシの時はゆっくりしたいというか…そういうのだ。」

 

「引退なさって、今はゆっくり出来ていますか?」

 

「体はな。まだ心は…走ってる気がする。」

 

ユノハナブルームは、まだ走りから降りきれない流貴と、過去の自分を重ね少し言葉を考える。

 

(ぐつぐつ…。)

 

鍋の煮立つ音だけが響き、気が付けばグラスが空いていた。

 

「2杯目、行かれますか?」

 

「そうだな。はけ口になっても、良いのなら。」

 

「ええ。お客様の話を聞くのも、仕事のうちですので。」

 

(トクトク…、ぐびぐび。)

 

2杯目のビールが注がれ、一口飲み、ユノハナブルームが切り出す。

 

「そうですね。心だけ走っているというのも、トレーナーになるなら悪い事ではないのかもしれません。」

 

「どういう事?」

 

「女将と私は、トレーナーとその担当ウマ娘でした。」

 

「それは聞いたな。それで?」

 

「勝てない事に焦って自主トレをし過ぎた結果、怪我をしてしまいました。」

 

「負荷のかけ方を間違えたか、それとも過負荷でか?」

 

「さすがに理解が早いですね。私のせいで怪我をしたのに、女将は研究していた湯治に私を連れて行ってくれました。そこで言われたんです。」

 

「何て?」

 

ユノハナブルームが、目をしっかりと合わせてくる。

 

「トレーナーも、心はウマ娘と一緒にレースに出ているのだと。」

 

「そう…か。」

 

「芥瀬様は、何故トレーナーを目指しているのですか?」

 

「一度、レースという物を一歩引いた監督や指導者という、違う視点から見てみたい気持ちがあったから。」

 

「それは何故ですか?」

 

「そうする事で、見えてくる物もあるからだ。走ってる時はどうしても視野が狭くなる。キミが過去に怪我をしたのも、多分そうなんじゃないか?」 

 

「確かに、あの時は焦っていました。でも、止められなかった。」

 

「それはよく分かる。が、気持ちだけ先行しても、上手く走れないんだよな。」

 

流貴がビールをあおる。

 

「はぁ。キミ達ウマ娘の、生身で自由に走れるってのも難儀だよな。怪我をするまで止まれない。」

 

「どういう事ですか?」

 

「レースに使う車両は厳重に管理され、勝手に乗れないからな。だけど生身は、走りたい時に走れる。それって、冷静に考えるとヤバくないか?」

 

ユノハナブルームもビールをあおる。

 

「ええ。私も、あの時は止まれませんでした。そんな暇なんて無いと。」

 

「ああ。俺にもそういう時はあった。結局空回りして、タイヤを終わらせて…。」

 

「タイヤ、ですか?」

 

「ウマ娘なら蹄鉄かな。蹄鉄は何レースか使えるらしいけど、タイヤは一回のレースで何回か交換するから、出来るだけ持たせて交換にかかる時間を短く。そのタイムロスで勝てなくなる事もある。」

 

お互いのグラスが空き、ユノハナブルームが聞く。

 

「お互い、もう少し飲んだ方が色々話せそうですね。」

 

「ああ。長い夜になるかもな。」

 

「お付き合いいたします。」

 

「ありがとう。そろそろ焼酎に行こうかな。」

 

「では、グラスをゆすいで参りますので少々お待ち下さい。」

 

厨房へ行くユノハナブルームを見送る。

 

(長い夜…か。たまにはこういうのも、悪くない。)

 

 

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