コバルトブルー   作:RPM

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36:過去と理由②

 

 

(視野が狭くなる…か。)

 

走っている時は視野が狭くなる、ユノハナブルームに言っておきながら、自分もそうであった事を思い出す。

 

(新品のツナギで走るとコケるってジンクス。だから走る前に、地面に寝転がって泥を付ける。アホみたいなゲン担ぎだが、それすらも忘れていた。)

 

マン島レース。友との約束の場所に立てた事で、舞い上がっていた。

 

(それだけで死んだとまでは思わないが、そこに気が回らない程の状態で走り出した。あのまま走り続けたとして…。)

 

やっぱり、怖い。

 

(フラッシュバック、か?)

 

誤魔化すように、震える手でタバコに火を付ける。

 

(ジュッ!)

 

マン島のギャップで跳ね、首から壁に突っ込んだあの時。アドレナリンが出ていたから冷静でいられた。しかし今は、思い出して呼吸が浅くなる。

 

(……。)

 

廊下を歩く足音。ユノハナブルームが焼酎とグラス、割り材を乗せたお盆を手に戻って来る。

 

「…おや?顔色がすぐれませんね。悪酔いしてしまいましたか?」

 

「いや、酒のせいじゃない。思い出しただけだ。」

 

「芥瀬様にも、怖い瞬間があったのですね?」

 

「ああ。」

 

タバコを吸いながら、考える。

 

(ここで死んで転生したなんて言ったら、酔っ払いの不謹慎な冗談としか思われないだろうな。)

 

「ゆっくりで、大丈夫ですよ?」

 

「まぁ、レースの世界に長く居れば、怖かった事の1つや2つはある…それだけだ。」

 

「そうですね…。飲みながら行きましょう。水割りと炭酸割り、どちらにしますか?」

 

「炭酸割りで頼む。」

 

(トクトク…シュワ。)

 

焼酎を作るユノハナブルームを見ながら言う。

 

「だが。恐怖心というのは、無くしちゃいけないんだよな。」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。恐怖心がある事で、事前に危険を察知出来る事もある。あとコレは漫画の受け売りだが…。」

 

(カランッ…。)

 

焼酎に氷を落とす音と、沈黙。 

 

「その漫画では、何と?」

 

「今日死ぬかもしれない。そう思わないヤツがみんな死んでいる…と。いつも思っている訳じゃないがな。」

 

「私達とは少し、違いますね…どうぞ。」

 

(コトッ。)

 

焼酎の炭酸割りが置かれる。

 

「ありがとう。とりあえず飲もうか。シラフで言うには、お互い重い話だろ?」

 

タバコを消して、焼酎を一口飲む。焼酎の辛味と炭酸の刺激が気持ち良い。

 

「私もレースで怖い瞬間はあったのですが、死を意識するほどの事はありませんでした。」

 

「そうか。まぁ、まだスピードが乗り物よりは遅いからかな。」

 

「…かもしれませんね。ところで。」

 

「ん?」

 

「芥瀬様がレースから降りきれないのは、トレーナーになる上では必要な部分もありますが、何か理由があるのでしょうか?」

 

(グビグビ…コトッ。)

 

焼酎を少しあおり、グラスを置く。

 

「ちょっと、忘れ物があるもんでね…まぁ、俺が勝手に思ってるだけなんだが。」

 

「それは、どういう?」

 

「……。昔死んだ仲間のやりたかったであろう事を、勝手に受け継いで来た。」

 

「勝手に、ですか?」

 

「ああ。別に託された訳でもないのにな。」

 

「どうしてそこまで?」

 

「アイツが死んだ時。最後に峠をもう一回走ろうと、誘ったのは俺だからだ。」

 

「贖罪、でしょうか?」

 

「それだけじゃ、止まっちまうから走って来たつもりだが、実際はどうだったんだかな…。」

 

ユノハナブルームは焼酎を飲み、答える。

 

「…慌てて答えを出さなくても、良いんじゃないでしょうか?女将も言っていたじゃないですか。」

 

「慌てて答えを出すと、中途半端になる。か。」

 

「ええ。芥瀬様は、誰かの目標を背負いながら、進めていると思います。」

 

「そう、言ってくれるか。」

 

「きっとそれは、トレーナーになる上でも必要になるかもしれません。」

 

「……ありがとう。」

 

焼酎を飲み干す。

 

「次は、どうしますか?」

 

「そろそろ、日本酒を貰おうか。」

 

「熱燗にしますか?」

 

「いや、冷たい方が好きだな。」

 

「では、準備して来ます。」

 

再び厨房に戻るユノハナブルームを見送る。

 

 

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