コバルトブルー   作:RPM

40 / 46
37:暫定と未来

 

 

カセットコンロの火が吹き出す音と、鍋の煮立つ音だけが響く宴会場。

 

(少し腹に入れておくか。)

 

すき焼きの香りに食欲をそそられて、空きっ腹で酒を飲むと一気に酔いが回る事もあり、食べ進める。

 

(卵を溶いて、牛肉と野菜と…焼き豆腐も入れよう。)

 

取り皿に乗せ食べる。卵が割り下の甘みをまろやかにする。

 

(うん…美味い。ここまでしっかり肉を食うのは久しぶりかな。)

 

思えば、ゆっくりと食事をする事自体が久しぶりなのかもしれない。

 

(一応、止まるって目的は、達成出来たのかねぇ?…良いもんだな。こういうのも。)

 

そこに一升瓶と徳利、ぐい呑みをお盆に乗せたユノハナブルームが帰って来る。

 

「あら?しっかり食べられてますね。」

 

「色々喋ったら、リラックス出来たのか、腹が減ってきてね。」

 

「安心しました。あまり空腹で飲まれるのも、良くありませんから。…では、どうぞ。」

 

日本酒が徳利に注がれ、ぐい呑みをもらう。

 

「へぇ…良い酒だな、これは。」

 

「この辺り自慢の地酒でございます。」

 

「なるほどね。」

 

「すっかり、落ち着かれましたね。」

 

「まぁ、な。今日の目的だった、止まるを出来た気がするよ。」

 

「良かったです。」

 

「…その上で、一つ。」

 

「はい。」

 

ぐい呑みを一口飲む。

 

「まずは、俺のやってみたい事をやる。…忘れ物は、いつか取りに行く。」

 

「ご友人の、やりたかった事ですか。」

 

「まぁ、暫定の答えだな。」

 

「良いと思います。女将の受け売りですが、人生遅すぎるという事はないと。」

 

「どんな形であれ、レースに関わっていく事で、見えて来る物もあるだろうしな。」

 

ユノハナブルームもぐい呑みを飲み、笑い合う。

 

「ふふっ。」

 

「ははっ。」

 

「芥瀬様も、なかなか飲まれますね。」

 

「この酒は口当たりが良いからな。つい飲み過ぎるヤツだ。」

 

「お付き合い、いたします。」

 

「ありがとう。」

 

____

 

 

翌朝。

 

(パチッ…。)

 

流貴が起きる。

 

「あれ…何で布団に?」

 

宴会場でユノハナブルームと日本酒を飲み、緊張がほぐれて以降の記憶が無い。

 

(スーッ。)

 

襖が開き、ユノハナブルームが来る。

 

「お目覚めですか?」

 

「ああ。おはよう、俺はどうしてここに?」

 

「私と日本酒を飲んだ後お眠りになられたので、お運びしました。」

 

「寝落ちかよ…情けねぇとこ見せちまったな。」

 

「いえいえ、かわいい寝顔でしたよ。」

 

「…言うなこら(笑)」

 

「朝食の用意が出来ております。宴会場へお越しください。」

 

「…りょーかい。」

 

宴会場へ着き、なんとなく他の客へ会釈しながら席に座る。

 

(夜飲んでたのは俺だけだったけど、そこそこ客が居たんだな。)

 

朝食はご飯にきゅうりと茄子のぬか漬け、鮭の塩焼き、豆腐とワカメの味噌汁。

 

(シンプルイズベストな和食って感じだな。夜が脂っこかったから丁度良い。)

 

ゆっくりと朝食を食べていく。

 

(ズズッ。)

 

味噌汁を飲んでいると、

 

(ブーッ、ブーッ。)

 

スマホが震える。 

 

(LANEの音じゃないって事は、マルゼンか?まぁ、メシの後で良いだろ。)

 

 

そして朝食後。

 

「空いている食器、お下げいたします。」

 

「ああ。ありがとう。」

 

ユノハナブルームが食器の片付けに回る中、メールをチェックする。

 

『From:マルゼンスキー、浴衣似合ってたわよ~。でもなんで最初にあたしじゃないのよ?ぶーぶー( ・ε・)』

 

『いきなりキミだと、デキてるって勘違いされそうだからな。』

 

『えぇ~。あたしはルキくんとアベックでも全然良いわよ~(*^ー゚)』

 

『やめなさい(笑)』

 

『でもそれなら、何で自撮り送ったのよ?』

 

『筑波じゃ殺気立ってたから、怖がらせちまった子も居るかと思ってな。走行の合間に軽い質疑応答は予定してたけど、話しかけてくる子がほとんど居なかったんだ。』

 

『なるへそ~。それなら結構、効果はあったと思うわよ。』

 

『下宿してる寺の場所はゴルシ辺りから拡散されてそうだから、誰か来るかもな(笑)』 

 

マルゼンとのメールを終了し部屋へ戻る。

 

(チェックアウトまでは、まだ少し時間があるな。)

 

浴衣から私服に着替え一服。廊下を忙しなく歩き回る音が聞こえる。

 

(女将さん達は忙しそうだし、お土産屋は自分で探すか。)

 

荷物を纏めて駐車場へ向かおうとすると、ユノハナブルームに声をかけられる。

 

「あら、もうお帰りですか?」

 

「いや。とりあえず車に荷物積んで、お土産屋に行ってくる。帰る時にはまた声をかけるよ。」

 

「分かりました、行ってらっしゃいませ。」

 

 

温泉街へと向かう流貴。

 

「いらっしゃいませー!」「おはようございまーす!」

 

威勢の良い声が響く。

 

「活気があるな。」

 

店頭に並ぶお土産を見ていく。

 

「温泉人参?」

 

「へいらっしゃい。1個どうだい?」

 

一つ渡され、食べてみる。

 

(シャリッ、シャリッ。)

 

「柔らかいですね。これは一体?」

 

「温泉を冷やした温泉水を使って、低温でじっくり蒸してるのさ。」

 

「なるほど。」

 

「ウマ娘の子達にも人気だよ。」

 

少し考える。

 

(スピカの子達に買って行きたいけど、あの子達の食べる量を考えると、車に乗りきらないよなぁ。)

 

「…郵送はお願い出来ますか?」

 

「おや?まとめ買いって事は、あんたトレーナーさんかい?」

 

「いえ。今はまだトレーナー志望ってところですが、個人的に親交のある子達が居ます。」

 

「なるほどねぇ、試験頑張んなよ。…と、郵送の場合はこの紙に記入してちょうだい。」

 

書類に必要事項と住所を記入し、温泉にんじんと温泉饅頭をまとめ買いする。

 

「あとは、自分用に温泉にんじんと温泉饅頭を1箱ずつお願いします。」

 

「毎度ありっ!」

 

 

お土産を買い、旅館へ戻りチェックアウトする。

 

「いい顔になったね。ちゃんと休めたようで何よりだ。」

 

「色々と、ありがとうございました。…また、止まりたくなったら来ます。ユノハナブルーム、飲みに付き合ってくれてありがとうな。」

 

「ええ。私も楽しかったです。またいらしてくださいね。」

 

「じゃあ、気を付けてね。トレセンに行ったら所納参ってトレーナーを探すと良い。アンタが来た時に言った、ロータリー乗りで元医者のトレーナーさ。」

 

「分かりました、ありがとうございます。…ではまた。」

 

「ああ。またね。」

 

「お気をつけて。」

 

(ボォーッ。)

 

低回転の穏やかなロータリーサウンドを響かせて、流貴が帰っていく。

 

 

峠の下り道。流貴は行きに考えていた事の続きを思い出す。

 

「ロータリーエンジンは、動弁系が無く振動・騒音が少ない事から未来のエンジンと言われていた。」

 

少しきついカーブが迫り、シフトダウンしてクリアする。

 

(ボォンッ、ボォンッ。)

 

「しかし、量産化が出来たのはドイツのNSU社と日本のマツダのみ。それ故技術競争が無く進化出来なかったため、今では立ち止まった未来と言われる。」

 

どこか、自分と重なる。

 

「立ち止まっても良いじゃないか。未来は作れるんだからな。」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。