その頃、体育館では。
(ざわざわ…ガシャガシャ。)
流貴の講習会やロケテストの順番待ち・ギャラリー等のためにパイプ椅子が並べられ、作業をしながら近い世代同士で雑談をしていた。
「相変わらずワケが分かンねェ走りをしやがる…。」
「ふぅン…シャカールくんが匙を投げるとは珍しいねぇ。っくくく。」
「うるせェぞタキオン。まァ、アイツは人間の外れ値。バグみたいなモンだってのはこの間から分かってたンだが。」
「私は研究が忙しくてサーキットには行かなかったが、少し彼に興味が沸いてきたよ。」
「ン?戻って来たか。」
流貴と光良が戻って来る。
「おや?芥瀬君、これは何だね?」
「車とバイク用のスーツとヘルメットです。元々は筑波でレーシングウェアについての話もする予定だったので。」
「ふむ、なるほど。ではたづな、ロッカールームからハンガーラックを持って来よう。」
「分かりました。」
「あたしも手伝うわ。理事長さんだと背伸びしないとでしょ?」
「むむ。すまぬなマルゼンスキー。」
たづなさんとマルゼンスキーによってハンガーラックが運ばれ、レーシングスーツをぶら下げる。
「2人ともありがとうな…さて、実際に車やバイクのレースに出るかどうかは別として、装備品について教えたい。」
「やっと聞けるわね。」
「ただ。その前にもう1個お礼がある。」
「あら、何かしら?」
「俺が退院した時に花束を作ってくれた、カレンブーケドールってのはどの子だ?」
「はい……私です。」
「キミか。遅れちゃったけど、ありがとうね。」
理事長が流貴の対応に感心する。
(ほほう。時間は経っても例は尽くすか。)
「あんまり花には詳しくねぇんだが、なんか花言葉とかで選んでくれたのか?」
「ええ。貴方の事は店長から聞いていたので…ガーベラを中心に入れました…彩りも鮮やかですので。」
(ゆっくり喋る子だなぁ。)「あの、花びらが細くて色んな色のヤツかな。花言葉は?」
「色によって違う場合もありますが、ガーベラ全体として"常に前進"の花言葉があります。」
「なるほど、そいつは面白い。他には?」
「はい…。"青春"や"信頼"の花言葉を持つ黄色や紫のプリムラも入れました……芥瀬さんとは昔からの付き合いだと…聞いておりますので。」
「まぁね。花屋のコンちゃんと、そこに居るタケちゃん。後はお寺の住職のワラちゃんに、ジャージ屋のコウちゃん。みんなで学生の頃からツルんでたよ。」
「なんだか……花束みたいで素敵ですね。ふふっ。」
「んで、どういう訳かみんなウマ娘に少しずつ関わりのある仕事に就いてるんだよね。あと、花束だとしたら俺らかなり五月蝿いぜ?」
流貴の言葉に光良が笑う。
「くくくっ、違いねぇ。未だにPAで喋ると止まらなくなるからな。それともエンジン的な話か?」
「色んな意味でやかましいな(笑)…おっと。俺から振ったとはいえ、話が脱線し過ぎたな。そろそろ戻そうか。それとカレンブーケドール。改めて…ありがとう。」
「いえ……その。喜んで頂けたようで、私も…嬉しいです。ブーケって呼んで下さい。」
「了解。じゃあブーケも、色々見ていってくれ。」
レーシングウェアの説明と質疑応答へと入っていく。
「まぁ。まずは見て触って、気になる事があれば聞いてくれ。」
(ペタペタ……サワサワ…)
「皮?」「布かしら?」
そして、ウマ娘達が流貴に質問する。
「あのー?」「すいませーん。」
「はい。何が気になったかな?」
「あの、車用のスーツの素材って何ですか?」
「確かノーメックスって言ったかな。燃えにくい化学繊維だ。」
「燃えにくい?」「どういう事ですか?」
「車の事故で一番ヤバいのが車両火災だからな。ただしレーシングスーツも、あくまで服に火が燃え移って火だるまにならないってだけだ。熱自体は通るから長く火の中に居たら火傷はするよ?」
「え?」「それじゃあ何のために着るんですか?」
「理由としては時間の確保だな。脱出や救助が来るまでの時間を作る。じゃないと助かる物も助からないだろ?」
「なるほど。」「確かにそれはそうですね。」
「それに本人が起きてれば良いけど、燃料が漏れて火災が発生する程に車体が損傷していた場合は、事故の衝撃で気を失っている可能性もあるからな。あと、肩のストラップには気づいたか?」
「え?」「そんなのあったっけ?」
改めてスーツを確認するウマ娘達。
「これは何ですか?」
「ドライバーが気を失っていた場合に引っ張り上げるための物だ。筑波で見た子は知ってると思うけど、レーシングカーの運転席回りは狭いし、シートも体をピッタリ覆うバケットシート。」
「確かに、乗り降りが大変そうでしたね。」
「そう。だからドライバーを引っ張り上げるためのストラップが要るんだ。あとは各車両に消火器が積まれているのも、救助しながら消火活動を行うためなんだよね。」
「なるほど…。」「じゃあバイク用はどう違うんですか?」
「まずは触ってみな?車用とはかなり違うはずだから。」
(コンコン…ゴツゴツ)
「この背中の出っ張りは?」
「これはネックハンプ。タンクに伏せた時の背中側の空気の流れを整える。あとは転んだ時に背中を一応守る。他にもプロテクターを付ける必要があるけどな。」
「分かりました。」
「まぁ。実際に車やバイクに乗るかは別だけど、こういう装備も覚えておくと良い。」
するとそこにウオッカが来る。
「でも芥瀬さんって、コケたの見たことないんすよね。」
「ああ。MotoGPに出てからは、幸いにもやらかしてないな(笑)」
「う~ん。俺が芥瀬さんを見始めたのってMotoGPからなんすよね。」
「………そうだなぁ。じゃあバイクが転ぶ原理やハイサイド、力のかけ方まで色々と話そうか。」
「了解っす。」
「よろしくお願いします。」
重要な話と悟ったのか、姿勢を正し聞き耳を立てるウマ娘達。
「まず。タイヤで走る乗り物の場合は、タテ方向の進む力と、ヨコ方向の遠心力に対してタイヤが踏ん張る力の使い分けが大事だけど、ウマ娘の場合ヨコ方向の力に関してはあまり聞かないよな?何でか分かるか?」
「オレ達にヨコGが発生しないっつー話っすか?」
「まぁ。厳密には発生してない訳じゃないけど、滑らずに曲がれるのは何でかな?」
「関節が柔らかいからっすかね?」
「それも一つ。乗り物の足回りは基本的に上下動しか出来ないからな。もう一つは俺なりの考えでもあるけど、何か分かるか?」
考えるウマ娘達。
「走行フォーム?」「シューズ?」「蹄鉄の関係?」
「うん。蹄鉄までは当たりだよ。」
さらに考えるが、分からない。
「そろそろ答えを教えて欲しいっす。」
「そうだな…蹄鉄。接地点の移動だよ。」
「接地点の移動?」
「タイヤは転がるけど、足は1歩ごとに地面から離れるから、その時にヨコGや遠心力をある程度は逃がせているんじゃないか?って思ったんだよ。」
「確かに言われてみればそうっすね。」
「力が逃げているって事は考えようによってはパワーロスだけど、100%の出力のままでは曲がれない。乗り物もブレーキをかけるしウマ娘も足の回転を落とす。これは仕方のない事だ。」
(パチパチパチパチ)
「なるほど。興味深いねぇ。」
拍手をしながら、アグネスタキオンが話に入って来る。
「やぁ、私はアグネスタキオン。ならばその範囲内で何処までいけるのか、教えてくれるかい?っくく。」
(まーた変なのが来たよ…。)
講習会は続いていく。