スポーツウェアメーカー、WINNING MUSUME社内。
トレセン学園が冬休みに入った事もあり、殆どの社員が仕事納めをして年末休みに入る。
「今年も無事に業務を終える事が出来ました。では、体に気を付けて冬休みに入りましょう。一年間お疲れ様でした。良いお年を。」
「「「「「お疲れ様でしたー。」」」」」
「レース場スタッフとして参加される社員の方は、そちらで仕事納めとなります。よろしくお願いします。」
「分かりました。お疲れ様です。」
レース場スタッフの仕事とはG1以外のレースでウマ娘が着る体操着や、ゼッケンに不備が無いかを確認する仕事である。
特にゼッケンがレース中に落下した場合、後続者が踏んで滑り転倒、多重事故に繋がる可能性もあるため目立たないながらも大事な仕事である。
しかし多くの人数は必要ない仕事であり、出向という形でレース場に行く。
スタッフとして参加するのでウマ娘達のレースを間近で観戦出来る役得はあるが、北海道等遠くの地方へは行きたがらない者も多い。
今回は江助が中山レース場スタッフとして参加する事になっていた。彼の仕事納めである。
(とりあえずお見舞いに行ってから、千葉に行くか。)
レース場近くのホテルを会社側で手配され、体操着も既に運び込まれているので、あとは手ぶらで行くだけだ。
スープラのエンジンに火を入れ、暖気しつつクルマにもたれかかり一服付ける。
するとそこに漆黒の大型バイクが近付いてくる。
(あれはもしかして…ブラックバード?)
ホンダCBR1100XXスーパーブラックバード
エンジン:水冷直列4気筒DOHC
排気量:1137cc
出力:164馬力
車両重量:256kg
ギア:6速
ホンダが世界最速を目指して作ったハイスピードツアラー。
ノーマルではわずかに300kmに届かなかったが、タイヤを変更した車両が303kmを記録。
バイクでは世界で初めて300kmの扉に手を掛け「スズキGSX-R1300隼」の出現まで世界最速のバイクとして君臨した。
バイクとしては車重が重いため、サーキットや峠を攻めるよりはハイウェイクルージング向きである。
名前は24000メートルの高高度をマッハ3で飛ぶアメリカの超高速偵察機「SR-71」から取られ、某湾岸線のポルシェと同じ由来である。
江助はそのバイクに見覚えがあった。
バイクが横付けし、ライダーがヘルメットを脱ぐ。
切れ長の目付きと港町の男らしく日焼けした肌が特徴のかつてのヨシムロの仲間。反幕尚三だ。
「よう。合宿ぶりだな、ハン。」
「どうもスケっち。名刺貰った会社に居てくれて助かったぜ。居なかったら交番で聞くとこだ。」
「ルキの見舞いに来たのか?わざわざ寒い中、単車でご苦労なこった。」
「ツラ出すついでに、色々話したい事もあるんでね。案内を頼む。」
「りょーかい。」
____
その頃。流貴とマルゼンスキー。
ライスシャワーのお腹は売店のお菓子だけでは収まらず、スピカメンバーや黄金世代等他のウマ娘でちょっとしたクリスマスパーティー状態になっていたスズカの病室に預け、ウーマーイーツの追加注文を受け取るため外に出ていた。
「ねぇルキくん。」
「ん?何だ?」
「この間、お友達に首都高で会ったわよ。」
「名前は?」
「これ、名刺ね。」
「ジェイちゃんか。日本でスタントマンとはねぇ。てっきりバイクスタントでドル箱スターにでもなってるかと思ったよ。」
「お見舞いに行けなくごめんって言ってたわ。」
「まぁそりゃしょうがない。スタントも演技の一つだからな。喋らないからこその表現もあるし、裏で相当な練習がある筈だ。」
「良く分かるわね?」
「裏で山ほど練習してんのは、俺達のレースもキミ達のレースも同じだ。畑違いの世界でもなんとなくは分かるよ。」
「なるへそ。キャロットマンは見た事ある?」
「ああ、時々ニチアサは見るぜ。もしかしてそのスーツアクターなのか?」
「そう言ってたわよ。何回か学園の感謝祭にも来た事あるって。」
「再会すんのが楽しみになって来たな。頑張ってトレーナーになんねぇとな。」
「お手伝いは出来ないけれど応援してるわ。あたしもルキくんに学園に来て欲しいから。」
「そりゃどーも。」
「それと、ルキくんの目から見てライスちゃんはどうかしら?」
「まだ会ったばかりだからな…でも前提として、中央トレセンに居る時点で才能はあるだろ。超高倍率のレーシングスクールに受かるようなモンだからな。」
「でも、性格が大人し過ぎる気がするのよね。」
「まぁそこは、あの子なりのスイッチがあるかもしれない。それを見つけたい所かな。」
「スイッチ?」
「俺達走り屋には多いが、ハンドルを握ると性格が変わるヤツが居るのと同じように、引っ込み思案が開き直って覚悟を決める。そういうスイッチが、あの子にもあるんじゃないかな?それを見付けんのもトレーナーの仕事かもしれねぇ。」
「確かにそうね。レース前に何かしらのルーチンを入れている子もいるわね。」
「なるほど。そういうのを考えんのも面白いかもな。」
「ルキくんは何かやってたの?」
「うーん……強いて言うならルーチンっていうよりゲン担ぎだけど新品のツナギで走るとコケるってジンクスがあったから、新品着る時はバイク乗る前にわざと地面に寝っ転がってた。はたから見りゃただのアホだろうが(笑)」
「なんだか、とってもシュールねぇ(笑)」
____
数十分後。
出前バイクがパレードの如く列をなして到着。ちょうど江助達も合流し、厨房が戦場と化していたのか、帰還兵のようになっているウーマーイーツ配達員とピザーヤスタッフ達をねぎらう。
「お疲れ様です。よければこれをどうぞ。」
「「「「ありがとうございます。またよろしくお願いします!!!」」」」
缶コーヒーの詰め合わせを渡し帰っていくのを見送る。
「久しぶりだなルッキー。元々あんた用に買ったコーヒーだったんだけど悪いね。」
「まぁしょうがない。来たついでに運ぶの手伝ってくれよ。」
「りょーかい。しかし多いな。」
「台車借りれねぇかな?」
結局台車を借りてスズカの病室へ運び込み、挨拶をしながら料理やデザートを配っていく。
「ライスちゃんにリンゴのタルトね。」
「わぁ、ありがとうマルゼンさん。」
「お礼はルキくんに言って。お金はルキくんが出してくれたから。」
「えへへ、ありがとう。ルキさん。」
「良いよ良いよ。いっぱい食べて大きくなれよ。」
そして、尚三が改めて挨拶をする。
「こんにちは、合宿ぶりですね。皆さん。」
「おう。」「ああ。」「うむ。」
「まさかゼロヨンのお兄さんもルキくんのお友達だったとはね。」
「ゼロヨン?」
「ああ。トレセンの合宿所近くの埠頭の走り屋が集まって色々やってんだぜ。特に夏場は盛り上がる。」
「なるほどね。そりゃ面白そうだな。」
「ルッキーは走りの世界じゃ有名人だからな。今度来た時は港町の全員で歓迎するぜ。」
「荒っぽい歓迎になりそうだな(笑)」
「それと、俺の今の仕事についても話をしておこう。」
「ん?そんなに特殊な仕事してんの?」
「まぁ、鉄工所兼ボディチューナーって所か。」
「それだと、スポット溶接のボディ補強とかロールケージ組んだりとかかな?」
「あとはエンジンも弄る。ボンネビルで得たノウハウを街のヤツらに伝えたくてな。」
「蹄鉄のあんちゃんは少し工場も見せてもらって、他にも色々やってるとは思ってたが、クルマの方が本業かい?」
「そうですね沖野さん。色々兼業でやってる感じです。そもそも蹄鉄メーカーも他業種との兼任が多いですから。」
「確かに鉄を加工するって意味では同じか。ちょいと教えてもらえるかい?」
「元々その話もする予定でした。ルッキーもこれからトレーナーになる上で必要になるかもしれない知識だし、聞いてくれ。」
「ああ、頼むわ。」
「まず、元々蹄鉄は職人が鉄を炙って熱して曲げ、手作業で一つ一つ作っていました。」
「ふむ。」
「しかし、戦後の経済成長に応じてトゥインクルシリーズが興行として大幅に発展、各地にトレセンが設立され競技人口が増加し、段々と需要に対して供給が遅れがちになります。」
「そういう時代もあったんだな。」
「ボク達も教科書で見たよ。」
「勉強熱心だなテイオー。良い事だ。」
「では続きを、それに対応するために金属加工を得意とする他事業のメーカーが蹄鉄職人達を雇い入れ技術を継承しつつ、より量産性に優れた鋼材の削り出しによる蹄鉄が出来ました。そして現在に至ります。」
「なるほどねぇ。ハンちゃんありがとう。」
「どういたしまして。ここからは現在URAに蹄鉄を供給しているメーカーだ。これを見てくれ。」
そういって書類が渡される。
・AHI
正式名称、
または東洋重工とも呼ばれている。
1850年代に造船所としてスタートし、
そこからタービンメーカーへ。
現在は蹄鉄とタービンメーカーを兼業。
・MSC
正式名称、
1920年代に銃器メーカーとしてスタート。
1958年に銃刀法が始まり、需要が軍・自衛隊や警察関係者のみとなったため蹄鉄事業に乗り出す。
・NPM
正式名称、
1910年代に飛行機・戦闘機メーカーとしてスタートし、その後自動車メーカーとなるが、他社に吸収合併され、蹄鉄メーカーはその一部門となる。
「面白いね。元々物騒なモン作ってたのが蹄鉄メーカーになってるとは。」
「まぁ似たような話は世界中にある。アメリカじゃGMのプレス技術を借りてマシンガン作ってたりもしたし、ドイツじゃ自動車メーカーの人間が戦闘機作りに借り出されてんだからな。」
「まぁ、レースもある意味戦争だしな。興行が発展出来るくらい平和になったって事でもあるか。」
「そういう事さ。」
蹄鉄メーカーのモデルはIHI、
南部、中島飛行機・プリンス自動車。