10月30日 午後9時頃
「車が故障したから徒歩になるけど、大丈夫。私の後ろをついてきてもらえれば大丈夫です」
虫のざわめきと獣の雄たけびが木霊する鬱蒼とした森の中を従井ノラは散弾銃を構える若セバスの後ろを青い顔をしながらついていく。
ずぅぅん……!
「ひぃ!なんですか今の音?!洋館の方から……爆発?」
犬耳状の癖毛の影響で常人の数倍の聴力が洋館の方角から聞こえる爆発音のようなモノを捉える。そばにまとわりつく貧乏神も怯えた顔を見せる。
「爆発?こんな山奥の洋館で定例会議なんておかしいと思ったけど何かのサプライズかな?ただでさえこのあたりで猟奇事件が起こったていうのに、きな臭いな」
この山の近辺の民家で人間が無惨に食い殺されるという事件が数件起きていることと、山奥の不気味な雰囲気に呑まれて見習い含め全セバスチャンに支給されるベレッタF92S(セバスチャン).カスタムの銃把を握る手にも力がこもる。
「ノラちゃん、大丈夫?一本吸って落ち着きなよ」
びくびくと怯えるノラの後ろからついてくる深層第一養子の寧々丸が、のんきに吹かしていたアイコスを緊張と恐怖でガチガチに固まったノラに差し出す。
「遠慮いたします……それよりもよく平気でいらっしゃいますね」
「寧々丸鬼やし。こんくらいへっちゃら」
自分より頭一つ以上高い長身の寧々丸の余裕に満ちた言葉に、ほんの少しだけノラは落ち着きを取り戻す。
「さすがは深層家のご令嬢。この従井ノラ、命がけでお守りいたします」
見習いの臆病の虫を追い出すべく、格好をつけてベレッタを構えたノラに若セバスから笑いが漏れる。
「頼もしいな。たとえ見習いでも心意気は一人前でなきゃ……それにしても先に到着した深層姉妹の方々との連絡も通じない。電波が悪いのか……?!」
その時、若セバスの目と鼻が異変を察知する。
「ま、まて!あ、あれは……」
鼻孔をつく血生臭い死臭。自分たちを取り囲む何者かの気配。草むらに横たわる”何か”を確認するべく若セバスが散弾銃を構え、息を殺して接近する。
「ひぃぃぃっ!うわぁぁぁぁぁぁっっ!!」
ショットガンの下部に取り付けられたウェポンライトで照らし出されたのは骨まで見えた腕。骨格標本のように半分以上筋繊繊維がむき出しになるまで嚙みちぎられた顔面。それが同僚のセバスチャンと理解した時に若セバスは絶叫した。
わぉん!うぉぉぉおん!
若セバスの声が犬笛になったかのように数頭のドーベルマンが森の中かから若セバスめがけて疾走してくる。いずれも眼が白濁して、所々肉が腐り落ちて爛れており赤身が露出している。
「うわわっ!くるな!くるなぁぁぁっ!!」
ドン!ドンドンッ!ドンッ!
ポンプアクション式の散弾銃を異形の野犬の群れに乱射する。OOバック弾は野犬の肉をえぐり骨を砕くがいずれも直撃とはならず、いたずらに接近を許してしまい一斉に飛び掛かかられる。
「ぎゃぁぁっ!やめろぉぉぉ!うわぁぁぁぁぁっ!」
弾切れになった散弾銃をこん棒がわりにした必死の抵抗も虚しく、四方八方から飢え渇く牙の餌食となる。
「ノラちゃん!逃げろ!寧々丸お嬢様を……他のお嬢様を守って……!」
体中を嚙み砕かれ血飛沫で真っ赤になった顔の中で強い意志を宿した視線がノラを貫く。
「寧々丸お嬢様!こちらです!」
「若セバス!あんたの犠牲は忘れない!」
さらに野犬の遠吠えが聞え野犬の群れの第二派がノラと寧々丸を猛追する。ノラが寧々丸のしんがりを務め野犬をベレッタで狙撃する
バン!バン!バン!
「全然当たらない……!」
常時猛スピードで動くターゲットをハンドガンでとらえるのは至難の業である。しかも、怯えた貧乏神が周囲を飛び回って邪魔になる上に、異常事態で泡を食った状態なら当たる物も当たらない。十五発装填のマガジンはあっという間に空になる。
「ひぃぃ!もう弾切れ……うわぁぁぁっ!」
ドゴォォォ!
飛び掛かってくる野犬に死を覚悟したノラを救う一発の轟音。サバゲ好きの寧々丸が護身用に持参したカスタムリボルバー”シルバーサーペント”の44マグナム弾が野犬の頭部を木っ端みじんに粉砕する。
「ほら!こっち!急いで!」
「申し訳ありません!寧々丸お嬢様!」
ノラよりもはるかに正確な射撃で野犬を一頭一頭仕留めていくが若セバスを満足いくまで食い散らかした野犬も殺到してキリも限りもない。
背中に背負った棺桶を野犬に投げつけて観音開きの扉に飛び込んだ。こうして従井ノラの長い夜が始まった……。
つづく