10月31日 午前1時半頃 深層洋館 2階廊下
漂ってきたミルクのような甘く柔らかい肉の匂いに、洋館の廊下で呆然と立ち尽くしてたゾンビの身体がびくりと痙攣する。知性を失った代わりに”食物”に対する嗅覚は以前と比べ物にならない。濁った目で周囲を見渡すが獲物の姿はない。
「たたたたたたたっ!」
毛先の高い高級な赤い絨毯の上をゾンビの足元を凄まじい勢いで赤子がハイハイで駆けていく。
ごぼぉぉぉぉぉ!
ゾンビが反射的に強力な胃酸を吐き散らすが赤子を掠めもしない。
「たやぅ!」
ばっとドアに飛びつくとドアノブを回して慣性に従ってドアを開き目的地まで一直線。なんてことはない階段の上り下りやドアの開閉も70cmの体高の赤子にはさながらSASUKEの障害物。
おぉぉぉぉぉぉっ!
「ちっ!おりゃ!」
ドスリ!
時たまいる不意打ちが十八番の這いずりゾンビも護身用に持ってきたダガーナイフを眉間にぶっ刺して余裕で撃退。
「ぷぅぅぅ!バブちゃん、ゾンビなんてへっちゃら!」
高速で足元を這いまわる獲物に対してはゲロを吐く以外の攻撃手段を持っていないので、最初から相手にしなけれ
ばいい。
しかし、洋館に跋扈するクリーチャーはゾンビやゾンビ犬だけではない。
ガサガサガサ!
「えっ!な、何ぃ?この音、ゾンビとかじゃない?」
ようやくたどり着いた血清のある保管室前。天井から何やら不穏な音。バブが恐る恐る視線を上げると……。
しゃぁぁぁっ!
「ぴゃぁぁぁ!蜘蛛!蜘蛛っ!」
世界最大の蜘蛛のサイズは30cmというが、天井から八つの目でみるくを見下ろす蜘蛛は優に一メートルを超えてい
て、牙を剥き出しにしてみるくを威嚇する。
ぶしゅっ!
「きゃぁぁぁぁ!」
大グモはTウィルスの影響で体躯が極度に巨大化したため、巣を張らずに毒液を駆使して狩りを行う。咄嗟に横に転がって
回避したもののゾンビの胃液とは酸性も毒性も比較にならない。絨毯がじゅうじゅうと溶けて泡を吹いている。
がさがさががさ!
「うわぁぁぁぁぁっ!もう一匹きちゃぁぁぁ!」
今度は壁を伝わってもう一匹の大グモが出現。思いのほか射程のある毒液を二体同時に吐いてみるくを追い詰める。寧々丸
の焼いたゾンビの匂いに釣られて別の部屋にいたクリーチャーたちが寄ってきていた。
じゅっ!じゅぅぅぅぅっ!
「ふみゃぁぁぁっ!」
全身をローラーと化してころころ四方八方に転がって大グモの毒液を辛くも回避する。毒液では拉致が空かないと大
グモが牙を剝き出しにしてみるくに襲い掛かる。
「こにょ!赤子を舐めるにゃ!」
ドスリ!
至近距離で毒液を浴びせようと開かれた口腔にダガーナイフを容赦なく突き差し、せき止められた毒液が暴発して自
らの顔面を焼く。
しゃぁぁぁぁ!
「おまえにはこっち!」
虎の子の違法改造して電圧をでたらめに上げたスタンガンを取り出して、死角になるクモの背中に馬乗りになると脳天
に突きたてる。
バヂヂヂヂヂヂヂヂッ!
クモの八本の肢がバタバタと動き沸騰した体液が体節から噴き出す。数十秒スタンガンを押し付けているとボン!と頭
部が内部から破裂して大グモは息絶えた。
「たやぅ!」
後ろから襲いかかるもう一匹の毒の牙をでんぐり返しで躱して、バッテリーの切れたスタンガンを投げつけて牽制する。
しゃぁぁぁぁっ!
「たぅ、もう武器がにゃい……こうなれば!」
じりじりと後退して怒れる大クモを前に赤子は最後の手段に出る。
「ひっひっ……あっあっあっあ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
赤子のRPのために日々泣き真似の練習を重ねてきた中身15歳JK。日ごろの練習の成果の見せどころ。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!ママァァァァァァァァ!あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
みるくのギャン泣きは館中に響き渡り、鬼の子が赤子の窮地に駆け付けた。
「耳、キーンとするわ。オギャちゃん、助けにきたよ」
シルバーサーペントの銃星を大グモの口腔に合わせると野太い銃身から44マグナム弾が吐き出される。
ズドン!
重々しい銃声とともに大クモに口腔が炸裂した胸部が破裂して八本の肢がバラバラに四散する。
「びゃぁぁぁぁ!……寧々丸ちゃん?」
寧々丸の存在をみとめるとぴたりと泣き真似はやんだ。
「どったのオギャちゃん?ノラちゃんは?」
「寧々丸ちゃん!ノラちゃんがこんなでっかい蛇に噛まれて倒れた!毒蛇毒蛇!だから血清取りにきた」
「マジか。よっしゃ、あとは寧々丸に任せな」
寧々丸はしゃがんでみるくを背負うと保管室の血清を手に屋根裏部屋前の廊下に急ぐ。胸いっぱいに寧々丸の花のような
芳香を吸い上げる。
「寧々丸ちゃん、いい匂い……♥」
寧々丸の少し低めの体温が高速ハイハイで火照った身体に心地いい。ほっとしたことでうとうととし始めた赤子の耳に寧
々丸の独り言が切れ切れに聞こえる。
「……第二期生いまだ健在……引き続き……経過を……観察」
「ふぇ、寧々丸……ちゃん……?」
寧々丸の不穏な口調に言いようのない不安を覚えるが、そこは赤子、一度お眠になるとあとはすとんと眠りの世界へ落ちて行った。
つづく