哀れな転生者は普通に生きたい   作:カゲ ボウシ

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11話 夜の語らい

 絢爛と輝く月明かり、羽衣のように包む夜の風、俺の左手からは八重樫さんの暖かさが伝わってくる。

 

 「谷口くん、この大きな木がある場所でいいと思うわ。ほら、ベンチも丁度空いてるわよ」

 

 八重樫さんは人差し指を立てて、その場所を俺に教えてくれる。それに答えるために俺は「ああ、そうだな」と返答する。

 

 (なんでこんなに恥ずかしいんだろうな)

 

 もしも、これがお昼だったならばお互いの顔が秋の紅葉みたいになっていることに気づいただろう。だが、今は月明かりしかないため、お互いの顔など見えないのだ。

 

 しばらくして、八重樫さんが独り言のようにポツリと呟く。

 

 「谷口くん…私たちがクラスメートになってから、9か月は経ったのかしら」

 

 「もうそんなに経ったのか。向こうにいれば今頃は2013年の12月…クリスマスぐらいになってるかもな」

 

 俺の言葉に八重樫さんはこちらの目を見つめながら「あら、クリスマスを私と過ごしてくれるの?」とお茶目なことを言う。俺は普段の八重樫さんなら言わないようなセリフに驚愕してしまうが、しっかりと言葉を返す。

 

 「別に構わないぞ。どうせ、ハジメとアニメ鑑賞会かカラオケにでも行くしか予定がなかったからな〜」

 

 「…そう。やっぱり…て…ハジ……」

 

 八重樫さんが呟いた声に聞こえない箇所があった。だから、何を言ったのか尋ねたら「なんでもないわよ」とそっぽをむかれる。俺はそんな八重樫さんの反応に疑問しか生まれなかった。

 

 (ふむ、解さない。何を言ったのか気になるな…)

 

 しかし、どれだけ八重樫さんに聞いても教えてくれなかったので諦めることにした。

 

 それから、会話が少し途切れる。だが、途切れた時間も嫌な感じはなく、心に温かな光をもたらしてくれる気がした。

 

 (ああ、心地よいな)

 

 5分ほど無言の時間が流れていたが、何かを決意したかのように八重樫さんが話し出す。

 

 「谷口くん…その…ね?そろそろ、名前を呼んでもおかしくないほど一緒にいたと思うのよ。その……翔って読んでもいい?」

 

 「それぐらい構わないぞ。俺は雫ちゃんとでも呼ぼうか?」

 

 「もう〜、香織のマネしないで良いわよ。雫でお願い。」

 

 俺はその言葉に了承して、「雫」と呼んでみる。すると、雫は身体をビクッとさせて小刻みに震え出し、両手で顔を隠す。どこか小動物みたいで可愛い。

 

 「やっ…やっぱりなしよ!なし!」

 

 何故だろうか。そんな恥ずかしがっている雫をずっと見たいと感じる。だから、俺は「雫、雫、雫」と連呼してみる。その言葉に連動するように雫の顔の赤さが濃くなり、身体の揺れも大きくなる。

 

 「うぅ……ダメよ!やめなさい!ダメったらダメなの!」

 

 そんな雫の反応に俺はクスッと笑うと「今度、覚えておきなさい!翔に目に物を見せてあげる!」と返された。

 

 「おうおう、期待しとく」

 

 「……その反応はムカつく。いいわ、私の全身全霊のプレゼントをしてあげるから」

 

 おざなりな受け答えをしたせいで、雫を怒らせたみたいだ。言葉の節々からほのかな怒りを感じさせる。多分、そのうち手痛いしっぺ返しが待っているのだろう。

 

 (これは…覚悟しとくか)

 

 さて、雫との語らいもそろそろ終わらないといけない。懐中時計を見たら1時間は彼女と話していたからだ。

 

 (明日のオルクス大迷宮で寝不足はシャレにならない)

 

 だから、俺は「そろそろ帰るか」と雫に伝える。少し寂しい気持ちがあったのは内緒だ。

 

 「そうね……ねえ、気負わないでね。もし何があっても翔のことを助けてあげるから。私を頼りなさい」

 

 「ああ、ありがとう。何かあった時は頼む」

 

 俺の言葉に雫は嬉しげな顔で「うん」と言ってくれる。ずっとこんな時間が続けば良いのに。そんな考えが浮かぶ。それを振り切るように俺は雫に帰ることを告げる。

 

 「じゃあ…帰え…『見つけた』えっ?うぐっ、痛ッ!?」

 

 ーーいや、言えなかった。痛い、痛い。頭が痛い。何かが見ており、底が見えない谷で嗤っている。「おいで、おいで」と語りかけてくる。

 

 身体が支えられない、落ちる。全身に地面の冷たさを感じて寒い。

 

 お守りを握る。ダメだった、意味がない。生気が抜けていくような感覚が襲われる。

 

 そんな死にそうに倒れている俺に雫が駆け寄ってきて、「大丈夫、大丈夫」と言いながら優しく抱きしめてくれる。なぜか、痛みがゆっくりと引いていく気がした。

 

 (暖かい…)

 

 荒い息が整っていく。次第に頭のモヤが取れていくような気がする。自分自身の正気が戻ってくるように感じられる。

 

 しばらく、雫に抱きしめられたからだろうか。俺は話せるぐらいまでに回復する。だから、雫から離れようとしたが離してくれない。

 

 雫は俺の身体を包んだまま話しかける。

 

 「翔……明日は宿にいた方がいいわよ?どう考えても迷宮に行けるような顔をしていないわ」

 

 「いや、行く。ここまで来たんだ」

 

 俺の言葉を聞いた雫は悲しそうな目でこちらを見ていた。

 

 気まずい空気が周囲に流れるが、それを壊すように「帰りましょう」と雫が言う。

 

 「ああ、ごめんな。帰ろう」

 

 吹き抜ける暗い風はどこまでも冷たく、月光は怪しく光り、繋がれてない左手は寂しさを俺に感じさせた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 黒い雨が肌を刺す。

 

 ポツポツと雫が落ちる。

 

 黒い炎に晒される。

 

 メラメラと灰になる。

 

 浸される、侵される。

 

 喜びもなく、悲しみもなく。

 

 サラサラと何かが消えていく。

 

 悪神は笑い。心からの喜びを。

 

 狂気的な空間で悪神は嗤う。

 

 お気に入りが落ちるのを見守る。

 

 貴方を黄泉の国へ導きましょう。

 

 黄泉比良坂は直ぐそこに。

 

 谷の底にあるのだから。

 

 貴方の名前は…。

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