哀れな転生者は普通に生きたい   作:カゲ ボウシ

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13話 初めての迷宮と魔物

 ぴちゃぴちゃと水滴が弾ける音、唸る獣の咆哮、人の雄叫びが俺の耳に入ってくる。

 

 周囲には堅い岩の壁、発光している壁の鉱石、ジャリジャリとする砂が見受けられる。

 

 現在、俺たちはオルクス大迷宮の1階層にいる。とは言っても、入口から5分も離れていない浅めの場所だ。それにしては、魔物が多くいるようだが気にしても意味がないのでスルーする。

 

 この迷宮に入るまでのことは聞かないでほしい。それに触れると俺の心の障子が砕けてしまうそうだ。

 

 まあ、あれだ。迷宮に突入するためには入口でステータスプレートを掲示する必要があるのだが、俺が見せようとした瞬間に雫にプレートを取られることがあったとかその程度だ。気にするほどでもない。

 

 そういえば、先程から雫は死亡者というワードに異常に反応する。昨日見た夢はそんなにも悪かったのだろうか。朝に夢とやらを聞いておけば良かったと少し後悔する。

 

 兎にも角にも、ここに来るまでに色々あって俺は疲れた、非常に疲れた。魔物よりも人の方が怖いのではないかと思うほどには疲れたのだ。

 

 もしも、HPが見えればレッドラインだろう。サイコロを降ればファンブルを連発している状態とも言える…SAN値チェックは必要だろうか。

 

 そんな俺の心労など梅雨知れず、灰色のウサギのような丸い獣が襲ってくる。魔物については詳しくないので、ハジメに手話を使って聞く。

 

 【ハジメ。あれは何だ?】

 

 【ラットマンだよ。腹筋割れてるのが特徴!】

 

 なるほど、とてもコミカルな獣らしい。つい、存在の滑稽さに声を漏らす。

 

 「ハッ、イカしてるな」

 

 俺の声を聞いた周りのクラスメートが引いている。何故か1メートルほど距離を取られた。なんなら、雫からはこれの何処がイカしているのか言ってみろと殺意が送られてくる。慌てて、俺は異議申し立てするために口を開く。

 

 「えっとだな、あの獣を好きというわけじゃないからな?」

 

 安心したクラスメート達が戻ってくる。雫からは慈愛のような笑顔が向けられてくる。俺はそんなクラスメート達に心の中で驚愕する。

 

 (本気で好きと思われていたのか!?)

 

 そんな悠長な俺たちにラットマンが脚に力を入れて、驚異的な速度で向かってくる。まるで、生命を抉る銃弾のように疾走してくる。

 

 俺は自分自身に降りかかる悪意を否定する為に杖を構える。そして、信頼できる相棒のハジメに指示を出す。

 

 「ハジメッ!」

 

 「了解、任せて!」

 

 ハジメは俺の言葉に答えると、身体をしゃがませて両手を地面に付ける。さながら、アニメの中で頻繁にチビと言われた錬金術師のようだ。俺がそんな奇天烈なことを考えている間にハジメは技能を行使する。

 

 「〈ー錬成ー〉」

 

 ハジメが宣言すると共に、1メートル程の落とし穴が完成する。

 

 ーー 瞬間。こちらに向かっていたラットマンの姿が落とし穴に消えていく。足を取られて、暗闇へと誘われる。

 

 「ハジメ、ナイスだ!」

 

 俺はハジメを褒めながら、敵の生命を絶つ詠唱を開始する。

 

 「〈ー満たせ、集え、光の奔流よ。万物を穿つ槍となれー〉

 

 その言霊に反応するかのように魔法陣が展開され、邪悪を退ける希望の光が展開されていく。

 

 やがて、眼前の魔法陣が3メートル程までになると、注いでいる魔力から跳ね返ってくるような強い抵抗を受ける。

 

 ーー 直感する。終焉が近づいているのを理解する。

 

 だから、俺は……最後の祝詞を唱えて、幕引きを図る。

 

「〈ー聖槍ー〉」

 

 俺の傍にあるのは、目が眩むほど輝く光の矢。それが標的に狙いを定め、敵を穿てと語りかけてくる。

 

 「食らいやがれッ!!」

 

 ーー 刹那。

 

 稲妻のように疾走する一条の槍が放たれ、骨と肉を断つ音を周囲に撒き散らす。そして、胸元から血を多量に垂らす獣の亡骸を作り上げた。

 

 その光景が俺たちに勝利したのだと伝えてくる。戦闘の結果を見届けて力を抜く。俺とハジメは拳でハイタッチしてから話す。

 

 「おつかれ。落とし穴の精度が上がっているな」

 

 「おつかれ、翔くん。錬成のコツを掴んできてるのかも?」

 

 ハジメは何処か満足げな顔で俺に言う。実際、錬成のコツを掴んできているのだろう。戦闘を重ねるごとに落とし穴を作るのが速くなり、穴の深さも増しているからだ。

 

 それに引き換えて俺の方は手詰まり状態だ。使えるのは魔法だけ。いや、杖の仕込み刀を抜刀すれば近接戦を出来ないこともない。しかし、ほとんど練習していないので敵に避けられるのだ。だから、俺はずっと後衛で控えながら魔法で攻撃している。

 

 そもそも、近接戦に俺の出番などない。それを証明するかのように現在、雫が前方で右手にサーベルを持ちながら戦っている。

 

 「はぁっ!!」

 

 雫は雄叫びと共に、真横に一閃を放つ。それは型なき有構無構の一撃。それだけで確実に敵を葬っている。まさに、剣の申し子。しかし、現状を作り上げた雫は満足しておらず、「まあまあね」と言っている。

 

 俺の頭の中にある辞書が、そんなことはないだろと呟いている。一応、横にいるハジメに聞いてみる。

 

 「なあ、ハジメ。雫の言葉の使い方…間違っていると思うんだ」

 

 「うん…言いたいことは分かるよ。更に言うと、翔くんは八重樫さんが剣術を使った時はアレよりヤバいのかって思っているんでしょ?」

 

 「ああ、そうだ。……雫を怒らせるのはやめとく」

 

 俺の言葉にハジメは憐れむような顔をして「懸命な判断だね。でも、朝の撫で撫で事件あるから無理じゃない?」と言ってくる。

 

 ああ、神は死んだ。俺は天を仰ぐ。なんであんなことしたのだろうか不思議で仕方ない。実際、撫でる必要があったかというとなかったように感じる。

 

 とりあえず、帰ったら謝ろうと心のメモ帳に書き込んでいると、先頭にいる近接組が嬉しそうな声を上げている。なんなら、ジャンプしているやつまでいる。

 

 その騒がしい場所に近づくと、階層が変わる境目がある。どうやら、ようやく一階層の攻略が終わり、二階層の挑戦が始まるようだ。

 

 「ハジメ。1階層でこんなに疲れているのに…20階層までとか辛いぞ」

 

 「翔くん。僕はもう諦めている」

 

 死んだ魚のような目をして放心した俺とハジメを残し、クラスメート達と付き添いの騎士達が2階層に進出していく。

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