ハジメ達の方まで50メートルは距離がある。俺の肉体のスペックでは間に合わないだろう。だから、最初に行うのは自分自身に強化魔法を付与することだ。強化対象には速度を司る敏捷を選択する。
「〈慈悲深き乙女、弱者に栄光の光を与え給えー活性ー〉ッッ!!」
足に青い光を纏わせていく。力が沸き上がり、自身が急加速するのを実感する。しかし、同時に足から強烈な痛みが生じて顔をしかめる。
「クッッ……痛!?」
足の痛みの原因は、強化魔法の効果に身体が耐えられなかったからだ。俺の中で最弱なステータスは耐性値であり、元々2番目に高かった敏捷値へ更に強化魔法を行った。当然、耐性値と敏捷値のバランスは改悪されてしまって身体が持たなくなる。つまり、分かりきった阿呆なことをしたのだ。
「構うものか!」
額に滴る脂汗を左手で拭いながら、遠くに見えるハジメ達を見る。そして、目標に向かって全速全身で石橋を駆けていく。
ーー ハジメまで残り40メートル。
ハジメが錬成でベヒモスの上半身を埋めることで動きを防いでいる。しかし、所々に亀裂が発生しており、5秒も持たずに崩壊するだろう。
それならば、俺がすることは速度のギアを更に上げることだ。お守りを握って限界を越えていく。己の身体の心配など眼中にない。
(ッッッ!?もっと速く、疾く!)
ーー ハジメまで残り30メートル。
天之河光輝、坂上竜太郎、メルド団長や他の騎士団員がこちらに向かっている。どうやら、やっと逃げてきたようだ。天之河の顔が曇っているのはハジメにでも発破をかけられたのだろう。
俺が走ってくることに気が付いたメルド団長が声を掛けてくる。
「戻れ!!」
メルド団長の言葉に対して俺から言えるのは否定だけだ。そもそも、このままではハジメだけが撤退出来ない。錬成でベヒモスを抑えていて、動くことが出来ないからだ。
(ハジメ、雫、白崎さんを無事に帰すんだ!そのためなら…)
だから、俺はすれ違う瞬間にメルド団長たちに伝える。
「残念ながら、親友を向かいに行く必要があるからな」
「待て……!!」
後ろから何か聞こえるが気にしない。気にするような余裕も時間もない。それに途中で停止出来るような速度で走っていない。
ーー ハジメまで残り20メートル。
左足の筋肉繊維が痙攣し、今まで以上の激痛に苛まれる。さながら、肉を両断されたかのような痛みが足全体に広がる。
「痛ッッッッッ!?肉離れ!?」
苦痛によって歩幅が狂っていき、身体が地面に近づいていく。それに抗うために、杖に魔力を込めて回復魔法の詠唱を行う。
「負けるかァァァ!!〈偉大なる英雄に安息の息吹をー治療ー〉!!」
痛みを感じる箇所が淡い光に包まれていき、足の違和感がなくなる。これなら問題なくハジメの方まで走ることが出来るだろう。
ーー ハジメまで残り10メートル。
ハジメの錬成が崩れた。ベヒモスが怒気を感じさせる咆哮を上げて突進を開始する。俺は即座にハジメに声を掛けながら、防御魔法を唱える。
「グルァァァァァァアアアア!!!」
「うるせえ!!ハジメ、走れ!〈ー聖壁ー〉ッ!」
俺が防御魔法を発動すると、突進してきたベヒモスが防御魔法にぶつかる。ハジメは俺の声を聞いてこちら側に全力で走ってくる。
「ッッ!?ベヒモス、火力バカにも程があるだろう」
軋むような音が防御魔法の壁を通じて伝わってくる。残っている魔力を全て注いで防壁の耐久性を上げる。そして、フードマントに付けている最後の魔力回復薬を出して今のうちに飲む。
(手持ちのアイテムはゼロになったか)
ーー ハジメまで残り0メートル。
ハジメの場所まで到着する。ハジメは疲労が滲むような声で俺に今後の情報を教えてくれる。
「メルド団長たちが橋を抜けたら魔法の斉射が来るから急いで!」
ハジメからの情報は凶報だった。
(ああ、なるほど…石橋ごとベヒモスを落とす作戦か)
すぐに後方から複数人の魔法の詠唱が始まる。どうやら、メルド団長達は橋を抜けたようだ。
魔法の詠唱を聞いたベヒモスが先程作った俺の防御魔法を食い破り、雄叫びを上げて向かってくる。
(ハジメを確実に逃すには、もう少し粘る必要があるな…)
それならば…することは決まっている。俺はハジメに伝える。
「ハジメこのまま走れ!俺は橋が崩れても戻れる策がある!」
「翔くん、本当に?」
ハジメの疑問に肯定するために首を縦に振る。こちらの反応を見たハジメは「分かった!」と言って走り去って行く。
「ベヒモス、もう少し付き合って貰うぞ!」
ベヒモスに宣言したら防御魔法を再度発動させて我慢比べを行う。
それとは別に戻れる策が可能か確かめるため、足元に30センチ程の防御魔法を展開させる。足元に防御魔法があるのを確認したら、身体を預けながら乗ってみる。すると、身体はすり抜けることなく空中に浮いている。どうやら、賭けに勝ったみたいだ。
「成功!」
溢れんばかりの嬉しさを心の中にしまい、上空から流星のように振り掛かる火や風、水などの魔法の塊を後ろに下がりながら避ける。
順調にベヒモスの相手をしながら20メートル程まで撤退出来た。しかし、石橋から悲鳴が聞こえてくる。
ーー ミシッミシッミシッ。
瞬間、耐久限度を超えた石橋がベヒモスを中心に崩落していく。現状を把握した俺は親友の方を見る。頭を下げて魔法から身を守りながらも確実に橋を抜けていく姿が見える。このままいけば、無事に終わるだろう。
残るは自分自身の心配だけだ。魔力の残量と踏み込む足の感覚を計算しながら足場を展開していく。
「〈ー聖壁ー〉、〈ー聖壁ー〉、〈ー聖壁ー〉!!!」
命綱などないスリリングな遊戯に心臓が破裂しそうになる。下を向くと、恐怖で身体がすくむので絶対に見ない。見るのは目の前の光景だけだ。
視界に雫の姿がハッキリと見えてくる。涙で潤んだ目でこちらの帰還を待っていた。
(雫。無事に帰ってきたんだから泣くなよ)
彼女に微笑みながら足場に防御魔法を展開して、源義経のように八艘飛びしていく。
ーー駆ける、駆ける、駆け抜けていく。強風と石の瓦礫や砂を押し退けて、出口へと向かって行く。
ああ、これで帰れる。俺はそう思っていた。しかし、現実は無常であり、アクシデントが発生した。
(えっ……ハジメ!?)
一瞬の出来事だった。ハジメが軌道の逸れた魔法に当たったのだ。そして、抗うのも虚しく奈落に沈んで行っている。
(行けるか? いや、やるんだ!)
出口から方向転換して奈落の底へ進路を変える。瓦礫が身体に当たっても気にせずにハジメに向かう。やがて、目視できる範囲まで到達する。
(見つけた!)
ハジメに近づくと、意識がないことが分かる。
(確か…アレがあったはずだ!)
思考は刹那の如く、これからすることを決めた。ハジメの鞄の中から魔物の羊毛が詰まっている手榴弾を出して安全ピンを抜く。そして、ハジメの身体に叩きつける。すると、ハジメが羊毛に包まれていく。
(後は安全な着地点は…こんなところにないか。いや、アレは??)
俺の視界にあるのは、水が流れている洞窟の入り口。あそこにハジメを投げ込めばいい。
「さよならだ。ハジメ…〈ー聖壁ー〉!」
残りの魔力全てを使って角度を調整しながら足場を作る。そして、踏み込んでハジメを蹴り、真っ暗闇の底から洞窟に進路を変える。
離れて行くハジメを見て、ゆっくりと目を瞑ってこれから起きることに備える。
(ある意味、自殺できたな…)
俺は唇を三日月のようにして苦笑いする。
そして、全身が砕ける音と、意識が霞のように消えて行く消失感を最後に俺の記憶が消し飛ぶ。
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赤く染まった骨と肉片と血溜まりの海。そんな場所に彼岸花のような赤い眼をしている女神が現れる。女神は血溜まりの海の中央まで向かうと言霊を放つ。
「〈ー■■ー〉」
女神の言葉に反応するように、血溜まりの海がゆっくりと形を為していく。
それを見届けると女神は儚げに笑いながら消えていった。