哀れな転生者は普通に生きたい   作:カゲ ボウシ

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18話 奈落の底の洗礼

 追われている。気配から考えるに5匹程度だろうか、一定の距離を付かず離れずで追ってくる。チラリと後ろを見ると、どいつもこいつも目を充血させて美味しいおやつを見つけたかのように俺を追ってくる。

 

 「チッ、うっとおしい犬っころ供め!」

 

 後ろの奴らに喰われた右手は肘から下が存在せず、血を地面に垂らす装置と化している。治療をしたいが、そんな便利な道具は待ち合わせていない。また、自分自身の技能である祈祷は何故か使用不可となっている。そのため、目下治療の見通しが経っていない。

 

 「何故、技能が使えなくなっているんだ!」

 

 俺の切実とした声が迷宮に響き渡る。しかし、それでも特別な能力が目覚めるというご都合主義は起きず、現状で出来ることはガムシャラに迷宮を走るのみ。だが、それも長くは続かないだろう。血を多量に出した影響からか、頭がクラクラして思考が霞んでいくからだ。ああ、確実にこれだけは言える。このまま行くと、俺の命はない。

 

 その運命に抗うために探索してきたマップを頭の中で思い浮かべて、生存のための計画を立てていく。しかし、追手は戦略、戦術共にこちらを上回っており、先程から微調整をしながら確実にこちらを仕留めにきている。

 

 「何なんだ…ここは、想定以上だ」

 

 現在、奈落の底を探索してから2日は経っている。その期間に発見したものを一言でまとめると異常である。いや、洞窟自体は割と良くある砂と岩と薄暗い灯りで構成されている。しかし、其処で暮らしている獣どもが異常なのだ。生物の限界点を超えているような運動性能、人間の大人と同程度の状況判断能力、魔物が持つ固有技能は一撃必殺レベル。まさに、魑魅魍魎であり、油断すれば己の血肉が喰われる世界だった。それを証明するかのように俺の右手がないのだから笑えない。

 

 こんなことを考えていたせいか、喰われた右手の状態が気になってくる。俺は走る速度を変えず、再度喰われた右手を見る。右手は黒い瘴気を発しながら血塗れだ。そう、黒い瘴気を出しているのだ。

 

 「理解できないこと…ありすぎるだろ」

 

 自分自身の恐ろしさに背筋が凍る。血と共に禍々しい暗黒の瘴気を発しているのは、どう考えても人間ではない筈だ。少なくても、俺の前世と今世を含めた人生経験の中では異常だ。もしかしたら、陰陽の術や法という神業ならあるのかも知れないが、俺はそんなことを習ったことがない。つまり、この瘴気は法や術など関係なく自然的に発生しており、自分自身の生命活動の一部として存在しているということだ。なるほど、更に意味がわからない。

 

 「結局、どういうことだ?……チッ!」

 

 目の前に殺意の白線が横切る。どうやら、奴らに待ち伏せされたみたいだ。後ろにいる5匹、正面から追加で1匹…完全な積み将棋だ。

 

 ジリジリと這い寄られて、奴らと俺の距離は3メートルほどにまで近づいた。至近距離になったため、洞窟という暗い場所でも此方を追っていた獣の姿が視認できるようになる。

 

 奴らは日本でいうところの狼と酷似している。毛並みは白。2本の尻尾は天井に向かって直立しており、眼は黄色でドロドロとした殺意を滲ませている。体表には赤黒い線が脈動しており、魔の物という言葉を体現しているかのように禍々しい。更に、固有技能による雷のようなものを出している。

 

 そんな狼たちが俺の生命を絶つために攻撃してくる。

 

 「「「「「「グルゥア!!」」」」」」

 

 「ふざけんな!数が多すぎるわ!」

 

 狼は雄叫びを上げながら、6匹全員が寸分の狂いもなく俺に接近してきた。上、下、右、左、前、後、どの方角も一匹ずつ配置されており、逃げ場所などない。狩人のような緻密さで獲物を確実に仕留める手腕を賞賛したくなる。まあ、それが敵でないならという注釈が付くが…。

 

 「はぁっ!」

 

 最初に近づいてきた前の狼を正確に杖で殴る。杖からビリビリとした感触が手に伝わる。前に身体ごと飛び込んで他の方角の攻撃から逃げていく。

 

 「わざわざ1対1の状態にしてくれて助かるな!!」

 

  「「「「「「グルゥゥゥ」」」」」」

 

 唸り声を上げているが、構っている暇はない。狼どもが大勢を立て直す前に逃げる。そして、この場所の支配者がいる場所に誘導していく。

 

 アイツらも、それには気づいているようで攻撃の頻度が上げている。雷を纏って神速で爪を振ってくるので回避は不可能だ。だから、俺は甘んじて受ける。

 

 「ッッ…!?」

 

 狼の爪によって、己の肉が抉られながら焼けていく。熱いと痛いが両立する痛みが肋や、背中を中心に広がる。拷問のような時間だった。

 

 「それも…終わりだ!」

 

 俺は視界に広がる光景から、この領域がボスの場所だと察する。そして、直ぐにボスの地面を揺るがす雄叫びが空間に広がる。

 

 「グゥルアアアァァアアア!!!」

 

 その声を聞いた瞬間に俺は狼の方に踵を返す。このまま進むと、こちらまで危ないからだ。狼はいきなり振り向いた俺の動きに硬まったまま動かない。いや、どちらかというと俺ではなく、聞こえてきた雄叫びに硬直したの方が正しいかも知れないが…。

 

 (まあ、それも分かる)

 

 背後から暴風のような刃が近づいてくる。俺はそれをしゃがみ込んで回避。すぐに起き上がり、狼が両断される光景を無視して脱出していく。もしも、俺が振り返っていたら両断された狼どもと同じ末路になっていただろう。

 

 ある程度、距離が離れたら狼どもの亡骸がある場所を見る。そこには、2メートルはある熊のような魔物が一匹いる。その熊は足元まで伸びる長い腕を使いながら器用に狼を捕食している。

 

 「はぁ〜、苦労して逃げた狼をこんな簡単に殺すとか…やってられないな」

 

 上には上がいるというが、格上にも程がある。現実はゲームではないのだから、ボス戦など必要ないのだ。しかし、最終的には熊の魔物を倒さないと奈落の底から抜け出せないので倒す必要がある。

 

 もちろん、あの熊の隙を突いて下の階層に続く階段に向かったことがあるが、その時は俺の四肢をバラバラにされた。まあ、今の右手のようにいつの間にか生えてくるので問題ない。いやいや、そんなことはあり得ないと思うかも知れないが生えているのだから仕方ない。代償として、何かが抜けていく感覚はあるが、それが何かは分からない。つまり、気にしても意味がないというのが俺の結論だ。

 

 まあ、そろそろ気づいたら生えてくるという怪奇現象を解明しないとダメだとは考えている。

 

 「ほんと…どういう理屈だ。これ?」

 

 生えてきた右手を見て、力を入れながら問題がないか確認する。当然、問題はなく通常通りに動いてしまう。そして、黒い瘴気も右手の修復が終わると何事もなかったかのように消えている。

 

 「はぁ〜」

 

 溜息をこぼす。やることが多すぎて、前途多難だ。

 

 「拠点に戻ってステータスプレートを見るか」

 

 俺は敵に遭遇しないように大きな岩石に隠れながら、拠点へと戻っていった。

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