薄暗い洞穴の中、凍てつくような風が肌を撫でる。俺はそれに構うことなく、奥の壁に耳を当てて裏側の音を確認する。壁の奥からは、そよそよと風が流れる音や、ポタポタと水滴が落ちる音が聞こえてくる。
「風があるなら空間はそこそこ広いか。他に聞こえたのは水滴だったよな?うーん、このあたりに水源になるものはなかったはずだが…」
どんなに記憶を掘り返しても、地底湖や水溜りはなかった。周囲に断層なども一切見つからないので、雨水ということもない。どう切り口を変えても、水滴が急に発生しているということになる。そんなことがあるのだろうか。不思議である。
「はあ〜。ここは魔法世界。よし、その解釈でいこう」
俺は理科のテストで全滅しそうな思考をしながら、この壁を壊す方法を考えていく。
厄災の眷属の放出を使うのはどうだろうか。先ず、火属性と闇属性はダメだろう。狭い場所で壁を打ち抜くために発動するような属性ではない。使用したら最後、洞穴が崩落して生き埋めになる可能性が非常に高い。次に、水属性でパイルバンカー型を創造することも考えた。しかし、確実に魔力が足りないので断念する。最後に風属性だが、霧散するというのにどうしろというのだ。
「さて…どうするか」
端的に言って詰みである。厄災の眷属が使えない以上は壁を人力で壊すしかないが、杖と己の肉体しかないので今度は火力が足りない。まさに悪循環。洞窟の道端にダイナマイトは落ちていないだろうか。
「はぁ〜、手を動かすとしますか」
愚痴を言っても埒が明かないので、人力で掘削することに妥協した。本当は妥協などしたくないが仕方ない。
計画が決まったので、杖の先を地面に押し当てて掘削していく。掘って、掘って、掘りまくる。だが。壁を掘り進んで行くごとに土や砂の帳が視界を塞ぐため、作業は遅々として進んでいない。余りの進捗の悪さに心が折れてしまいそうだ。
「…これ何時間掛かるんだ?」
疲労によって思わず口から不安をこぼしてしまう。しかし、手は休むことなく杖を握って掘削の作業を進める。
以降も俺は身体を泥だらけにして壁を掘り進めていった。そんな作業が3時間ほど経過した頃、掘っている壁の奥から光が差し込んでくる。光が漏れているところを、更に杖で突っつくとパラパラと崩れて壁が完全に貫通する。
「はぁ…はぁ…はぁ…。よし、終わった!」
余りの嬉しさに涙が出てきそうだ。それほど苦労した。もう一度は絶対にしたくないと思えるほどには身体が限界だ。
俺は数秒ほど壁掘りの達成感に浸った後、壁の奥の方に目を向けた。
「…………」
目の前の光景を見て、俺は驚愕と困惑で身体が彫刻のように硬直した。
暫く、静寂が周囲を支配して色がなくなる。しかし、硬直から立ち直った俺がポツリと呟くことで現実に色が戻ってくる。
「えっと…えっ?」
視界に入る景観は疑問の一言に尽きる。とりあえず、気になるものを俺は個別に見ていく。
先ずは岩で製作された墓を見る。少し歪だが普通の墓と言っても良いだろう。しかし、問題は墓に書かれている名前が俺の名前なのだ。クッキリと間違いなく、谷口 翔と日本語で書かれている。また、墓には血塗れのお守りが飾られている。余りの恐ろしさに発狂したくなるが、漢字の書き方の癖や筆圧を見たことで安堵する。完全に親友のものと一致している。おそらく、ハジメが書いたのだろう。
次に墓の近くの床に獣の皮をつなぎ合わせた服やズボンなどが置いてあるのが見える。また、服類の上からノートが一冊置かれている。ノートを観察すると、水に濡れたものを無理やり乾燥させたかのようにシワクチャになってしまっている。
最後に神秘的な鉱石を見る。色はブルー系で、煌々と発光しており、宝石としての価値はかなりモノであると察せられる。また、その鉱石の周辺は水溜りが出来ていることが確認出来る。
俺はそんな場所に踏み込んで一番気になる場所に行く。そう、自分自身の墓の場所だ。
「なんでハジメが俺の墓を?」
まるで俺が死んでしまったかのように厳粛に墓が建てられているのだ。気になるのは当然のことだろう。それを解決するのに使えるアイテムは……やはり、ノートだろうか。
俺はノートを手に取って見る。表紙にはハジメが書いたであろうタイトルが書いてあった。
「日記?」
疑問しか湧かない。何故、ハジメは日記をこんな場所に置いて言ったのか。しかも、カモフラージュ用の壁までして隠していたのだ。
「はぁ〜、読むか。いや、読んでいいのか?」
例え、親友であろうとも人様の日記を読むことは罪悪感から躊躇ってしまう。しかし、読まない以上は意味不明な墓やカモフラージュの壁の真実がわからない。
「ごめん、ハジメ。ノートを読むからな」
親友に一言だけ謝って、俺はノートを開いた。
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ー日記ー
ー奈落の底 1日目ー
奈落の底に落ちたというのに生きていた。不思議で仕方ない。なんでだろう。明らかに死んだと思っていたのに。
可笑しな点は他にもあった。僕は奈落に落ちている最中、意識を失っていたのにも関わらず、落とし穴対策用の手榴弾が使用されていたことだ。それにより、助かったことは嬉しいけど疑問が気になって素直に喜べない。
とにかく、奈落の底で起きたことは日記に書き起こしておこう。もしかしたら、後で使えるかもしれない。
怖い、怖い、怖い。なんなんだ、分からない。ここの魔物は異常だ。抵抗する時間もなく、左腕を食べられてしまった。熊型の魔物だった。おそらく、アレがボスだ。左腕がないよ。なんでないの? 血が出ている止まらないよ。ねえ、僕の腕はどこに行ったの?
誰か助けてよ。お願いします。お願いします。お願いします。
ああ、父さん、母さん、翔くん、白崎さん。みんなに会いたいな。
ー奈落の底 2日目ー
昨日は取り乱した。今は錬成を使った洞穴で魔物から隠れている。
とても神秘的な鉱石を見つけた。アクアマリンを濃くしたような色だ。その石から出る水を飲むと魔力が回復して、怪我の傷が治った。左腕は生えてこないので、傷に効果があると推定される。
痛い、痛いよ。無くなった左腕が痛い。
まだ助けは来ないのかな?
ー奈落の底 3日目ー
今日は洞穴から少し出て、この場所の探索を行った。ここから5分程度の場所で赤い血の海を見つけた。僕はそれに近づいた。ああ、なんで近づいたんだろう。無骨な黒い杖、いつも首に下げていたお守り、ステータスプレートがあった。それ以外はグチャグチャになった肉と、折れた骨だけだった。嘘だよね。これは夢だよね。嘘だ、嘘だ、嘘だ。
転移前にしていた新作ゲームまだ終わってないよね。一緒に終わらせるって言ったじゃないか。約束したよね? 守ってよ…お願いだから…。
そういえばギャルゲーとか言ってNOeSISっていうゲーム渡された時のこと許してないんだよ。怒った僕に絶対に流行るノベルゲー教えるって言ったじゃないか。まだ、教えてもらってないよ。勝手にいなくならないでよ。なんで…なんで…。
アニメだって、いつものように続編が出そうなアニメを教えてよ。1話切りしたらいけないアニメを教えて欲しいよ! 翔くんの解説楽しかったのに…なんで死んでるの?
そうか、僕が生きていたのは……。
生きていてごめんなさい。
ー奈落の底 4日目ー
死にたい。死にたいよ。何で僕を助けたの翔くん。辛いよ。
ー奈落の底 5日目ー
ー奈落の底 6日目ー
ー奈落の底 7日目ー
ー奈落の底 8日目ー
なんで僕がこんなに苦しんでいるの? 悪いことはしていないのに。
誰がこんな目に合わせた。ああ、エヒトとかいう神だ。許さない。
クラスメイトが僕に魔法の攻撃をして奈落に落とした。許さない。
奈落のウサギが見下してきた。うざい。消えてしまえ。
奈落の熊だけは絶対に殺してやる。僕の腕を返せ。
誰も助けてくれない。親友は死んでいる。どうすればいい。どうしたらいい。
ー奈落の底 9日目ー
俺は行きたい。そのためなら何でもしてやる。邪魔するものは誰であろうと敵だ。殺してやる。
何が必要だ。力がいる。理不尽に対抗するための力が欲しい。親友を死なせることがない力が欲しい。何も失わない力が欲しい。
ー奈落の底 10日目ー
今日で日記を辞める。
殺してやる。腹が減った。魔物を殺して喰らってやる。親友を喰べたお前たち魔物供は許さない。
ー奈落の底 ??日目ー
よう、翔。これを読んでいるってことは生きていたんだよな?
それはあり得ないか。俺がハッキリとこの目でお前が死んでいるところを見たからな。だが、もしも、お前が生きていたならこの場所に置いてあるものは好きに使ってくれ。
後、墓を掘ってみろ。翔のために武器を用意してある。といっても、大したものではないがな。まあ、少しは使えるはずだ。ちなみに、八重樫さんにも同じものを渡すつもりだ。ペアルックって奴だな。嬉しいだろ?
なあ、翔。俺はこの世界から帰るための方法を探し出す。そして、翔の蘇生方法も一緒に探す。きっとあるはずだ。魔法の世界なんだから夢ぐらい見てもいいだろ?
また、遊ぼうぜ。
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自分自分の身体が震えているのが分かってしまう。どの感情を整理すれば良いのか分からなくなる。喜怒哀楽は綯い交ぜになり、激流のように俺の感情を掻き混ぜる。
水滴がポタポタと落ちてシミを作っていく。視界が水で覆われて見えない。いくら手で拭いても目から水が止まらない。
「…心配…させて…ごめん…ハジメ」
何故か言葉が上手く出てこない。いつものように思考が回らず、感情に翻弄されてしまう。ああ、そうか…俺は泣いてるんだ。認識した瞬間、これまで以上に雨粒がポロポロと俺の顔を流れていく。どう泣き止めば良いのか分からない。
そんな状態でも一つだけ言わないと。多分、親友に届くことはないかもしれない。それでも言わないといけないような気がした。
「ああ、また一緒に遊ぼう。そのために…ここから出る!」
洞穴で起きた些細なこと。そう吐いて捨てることは可能かもしれない。でも、俺にとっては一筋の希望といっても良いほど心に灯火を与えてくれた出来事だった。