2階層に後一歩というところで足を止める。後ろの方に生物の気配を感じたからだ。ここには人や動物がいないため、確実に魔物であろう。
「戦闘は終わったと思ったんだが…はぁ〜」
俺はため息を吐きながら踵を返して気配の発生源を見る。そして、理解不能な状況に石のように硬直して唖然としてしまう。
何があったのか状況を簡潔に語ると、ウサギが可愛い声を出しながら土下座している。更に、その体制で器用に長いうさ耳を使って獣肉を俺に献上している。
「きゅ、きゅいきゅい、きゅううぅぅ!きゅう?」
ウサギが必死に喋っているが理解不能だ。ウサギ語という特定的すぎる言語など習っていないのだから当然である。むしろ、ウサギ専門家の方がいるなら今すぐに登場してほしい。
「きゅう、きゅう?きゅううう!きゅううう?」
とりあえず、俺はウサギ側に一歩進んでみる。すると、ウサギは土下座しながら一歩下がる。先程と逆の行動をしてみると、ウサギも追従してくる。今度は2階層の方に向かってみる。そしたら、ウサギが「きゅぅぅぅ」という悲しそうな声を出して鳴く。
「………どうしろと?」
困惑する俺の視線と何かを懇願するウサギの視線が混じり合い、先程の戦闘以上の緊迫感が周囲を染め上げる。
一向に動かない俺の態度に何を思ったのか、ウサギが更に獣肉を追加してくる。まるで、これで話を聞いてくださいと言っているように感じる。
(いや、だからどうしろと…もしかして、ウサギの気持ちを察するまでこの状態なのか?)
現状を少しでも把握する為、俺は未だに土下座しているウサギに対話を試みる。
「俺は谷口 翔だ。えっとお前の名前は…流石にないか」
「きゅい!」
こちらの言葉に対して、ウサギはうなづきで返答してくれる。いや、ウサギが言葉を分かるのはどういうことなのだろうか。ウサギ型の魔物だからそういう進化もあり得るのだろうか。ダメだ。疑問と疑問が累乗的に増えてしまう。
ひとまず、黙っていても仕方がないので再び問いかける。
「何か用事があるんだよな?」
「きゅう!!きゅうううぅぅ、きゅう?」
「俺に危害を加える気はないんだよな?」
「きゅう!」
ウサギの言葉は依然として理解不能だが、うなづきや声の抑揚から簡単なことなら分かりそうなので継続していく。
そして、そんな異文化交流が30分程続いた後、ウサギのしたいことが分かった。どうやら、強くなるために深い階層に潜りたいが、一匹では太刀打ち出来ないので俺に手伝ってほしいらしい。
(この世界のウサギってバトルジャンキーなのか?戦闘賛美にも程があるだろう…はぁ〜)
何でこんなことで悩んでいるのだろうか。おかしい、今頃は二層に潜っていた筈なのに。
そんな気持ちはウサギには伝わらず、俺の後ろの方でウサ耳をユラユラさせながら遊んでいる。まあ、その遊びは近づいてきた魔物を狩るという物騒なものだが…しかも、首を両断させて一撃で倒している。
「もういい。うん、なんかよくわからないけど諦めた」
ちなみに名前はイナバに決まった。イナバという名前に特に意味はない。ウサギが地面にイナバと書いていたので、それにしただけだ。何故ウサギが文字を書けるのかとか気にしたらいけない。たぶん、知能が高いのだろう。
そんなイナバだが、好物はハジメの日記で出てきた回復する水らしい。今もそれが入っている革製の水筒をうさ耳で掴んで飲んでいるぐらいだ。更に言うと、酔っ払いのように足をフラフラさせながら飲んでいる。これは…大丈夫なのだろうか。
「きゅう!きゅう!きゅうぅぅぅ!」
元気そうなので大丈夫であろう。そんなイナバを見て、愉快すぎる仲間ができたと思うのは許してほしい。そもそも、ウサギとチームになるとはどういうことなのだろうか。ああ、疑問が尽きない。
「……二層に行くか」
一人と一匹というパーティーを結成させながら深層に潜っていった。
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二層に降りると深淵の如き暗闇が待ち受けていた。本当に何も見えない状態に平衡感覚が異常を起こしそうだ。
ちなみに、ここまで暗い理由は壁側に光る鉱石が一つもないためだ。こんなことなら一階層から光る石を採取しておけば良かったと後悔してしまう。
まあ、仲間の位置はなんとか分かる。何故なら、先程から風を切る音が然りに聞こえるからだ。その音を辿れば必然とウサギのイナバを発見することが可能だ。
(どうせ、敵を見つけた瞬間に殺しまくっているんだろうな)
常在戦場のウサギのイナバにより、俺の戦闘が全くと言って良いほど存在しない。どちらかというと、この階層に来てからは雑用をしている。
例えば、灯り役だ。もちろん、懐中電灯という便利なものはないので、灯りには放出の火属性を使っている。しかし、継続して放出の火属性を維持させるのは困難なため、一定の間隔で消したりつけたりしている。この作業は非常に面倒だが、修行の一環として割り切って行っている。
まあ、それでも俺の戦闘が少なすぎるので、そろそろ戦闘をしたいのだが……戦闘狂のイナバがいるので回ってくることはないだろう。
「なあ、イナバ…敵を倒すのは楽しいか?」
「きゅっっ!」
イナバは仕留めた灰色のトカゲの肉を食いながら反応してくれる。実に楽しそうで何よりだ。この調子なら本当に戦闘する機会はなさそうだと思ってしまう。
そんなことを考えながら歩いていると、突如眩い光が俺の目を刺激する。そして、右側の腕が徐々に石化していく。どうやら、トカゲが所有している石化の技能を受けたみたいだ。
「チッ!」
舌打ちをしながら、回復の水を石化部位にかける。こうすることで、何故か石化状態が治癒されるのだ。なんとも不思議な水である。
俺の治療が終わったため、頼れるイナバの位置を確認する。イナバは空中を高速移動し、トカゲの方に特攻している最中だった。
必要ないかも知らないが、援護しておこう。
「〈ー放出ー〉〈ー火、水ー〉」
言葉に反応して空間を断裂するかのような爆音が周囲に鳴り響き、トカゲの視線が俺の方に向けられる。火属性と水属性の二重複合が失敗した時の爆音を上手いこと使ってみたが、視線を逸らすことに成功したみたいだ。
当然、その隙を逃すはずがないイナバは白い毛を風に靡かせて、目にも止まらない速さで敵の懐に潜り込む。
「きゅ!!」
イナバは短い鳴き声を上げると、名刀のような切れ味を誇る蹴足を振り下ろす。三日月を連想させる鋭利な白線はトカゲを斬首し、音を置き去りにして胴体と分離させる。
それを成したイナバはウサ耳を足でかき分けて、ダンディーにカッコつけている。タバコを持たせたら、似合いそうなほどである。
どこからツッコんでいいのやら。俺の認識しているウサギの定義が異世界に来てから現在進行形で跡形もなく崩れ去っていく。
ふと、可愛いものが好きなポニーテールの女性を思い出してみる。
(うん、夢を守るためにもイナバを見せてはダメだろうな…)
変な覚悟を決めて、探索を進めていく。
覚悟を決めてから10時間ほど経過した頃、三層への階段が見えてくる。チラッと見えている感じでは黒い粘液性のものが散布されている。もしかすると燃料系の素材だろうか。それなら火属性の取り扱いは厳重に注意しよう。
そんなことを考えながら、狂喜乱舞している相棒に釘を刺しておく。
「跳ね火になる可能性があるから加速攻撃は禁止しろよ?」
「……きゅぅぅぅ」
非常に嫌そうな声をイナバが出しているが、了承してくれているみたいなので三層に進んでいく。