3階層に入ってから歩きにくい。足裏にタール状のものが粘りついてくるからだ。しかも、半液体状であるため、靴の中にまで浸食してくる。イメージとしては、沼地の中を歩いているような感じだ。とにかく不快としか言いようがない。
ちなみに、ウサギのイナバは俺の頭の上を占領している。重いので降りて欲しいのだが、イナバは首とウサ耳を全力で横に振って拒否してくる。仕方ないので俺の頭から追い出すのを諦めることにした。
(にしても…魔物が出てこないな)
先程から1時間以上は3階層の中を歩いているが、魔物の気配すら感じられない。そのため、余計に足の不快感が気になるという謎のループに入っている。
突如、頭の上のイナバが耳を立てて騒がしくなる。
「きゅううぅ、きゅう?」
イナバは2、3秒ほど威嚇をしていたが、途中から疑問のような鳴き声に変わる。どうやら、発見した気配が消えてしまったようだ。だが、まだウサ耳はピクピクと動かしているので微かに何かを感じているらしい。
「なあ、イナバ。どこから気配を感じたんだ?」
「きゅっ!」
俺の言葉に対して、イナバは右前足を気配があったと思われる場所に向ける。その場所を見てみるがタール状の海しかなく、おかしなところはない。
そう判断して視線を戻そうとした瞬間、サメのような魔物が口を開けて襲ってくる。
「いきなりかよ!?、イナバしがみついておけよ」
少し手荒な動きをすることになるのでイナバに注意する。それを聞いた頭の上の住人は即座に対応してくれる。つくづく、魔物とは思えないが今はスルーだ。
俺は右手に持っている杖でサメの頭部を狙って振り下ろす。脳天に決まったはずだが、ゴムを殴ったようかのように衝撃が緩和された。おそらく、物理関係に耐性があるのだろう。
一瞬で判断し、魔法に切り替えて戦うことにした。杖をサメに向けて厄災の眷属を発動しようとしたが……その前にサメがタール状の海に消えてしまう。
「普通に相手をするのはバカらしいな…〈ー放出ー〉〈ー闇、風ー〉」
外側に闇属性の吸収、内側に風属性の無効を付与したシールドを展開する。縦は2メートル、横は大人3人が入れるほどの大きさだ。
さて、これで後はシールドを動かしながら移動させるだけなのだが…これが中々に難しい。
「う〜ん、空間認識能力の問題だから鍛えるしかないか」
「きゅ?」
俺の独り言にイナバが不思議そうにしているので、「なんでもない」と答える。そして、すぐに止めていた足を進める。
暫くシールドの移動展開に悪戦苦闘していると、またサメが襲ってくる。しかし、今回は闇属性に吸収されて闇の世界に消え去った。
そんな戦闘をしていたら、頭の上で優雅に寛いでいるイナバに怒られてしまった。
「きゅうううう〜〜!」
カウンターはダメとか言われてしまうと、俺の手段が殆ど無くなってしまうので勘弁して欲しい。そんな思いはイナバに通じず、前足でペシペシと俺の頭を叩きながら怒ってくる。
(イナバは騎士的な戦いがしたいみたいだ。…… いや、なぜ俺はウサギ語を理解できているんだ? おかしいだろ)
自分自身の適応能力を誉めれば良いのかどうか悩んでしまう。いや、悩んでいる最中もイナバが頭の上でジタバタと抗議してくるので、そこまで真剣には悩んでいないけど。
(あっ…次の階層の入り口が見えた)
今回は非常に呆気なく終わったので、なんというか逆に怖くなってくる。まあ、何も無い方が良いはずだ。だから、そんな些細な疑問は無視しよう。
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あれから2日ほど掛けて15階層まで登った。いや、今はそんな回想を頭の中でしている場合じゃない。
荒い息を整えて後ろを振り返り、イナバに話しかける。
「イナバ!あの虹色に光るカエルどうにかしてくれ!」
「きゅう!?きゅううう!」
イナバでもダメみたいだ。うん、それもそうだ。誰も常に口から毒のヘドロを出すような奴とは戦いたくないだろう。しかも、1匹や2匹とかではなく、20匹は俺たちを追ってきている。そのため、集合恐怖症的な怖さをこちらに与えてくる。更に厄介なことに、この階層のカエルは全て即効性が高い神経毒を持っている。
ちなみに、俺もイナバも一回だけ毒を食らったので、アイツの毒の怖さは身体が覚えている。どれほどヤバいのかというと、1秒で手や足がしびれ、2秒で歩行困難に陥り、3秒で呼吸困難になるほどヤバい。たぶん、例の回復する水がなかったら俺たちは死んでいただろう。いや、俺は蘇生するから、その点を踏まえると永遠の地獄の中にいたかも知れない。
(ここから出たら解毒薬を買っといた方がいいな)
値段は高いが背に腹は代えられない。その前にお金を稼がないといけないが、適当に魔物でも殺せばいいだろう。
(その時はイナバが勝手に獲物を仕留めていそうだしな)
未来に想いを馳せながら魔物から逃げていく。しかし、目の前にも羽から麻痺毒を巻き散らす蛾の魔物が現れる。
「この階層は殺意ありすぎるだろ!ふざけんな!」
「きゅい!きゅい!」
イナバも憤りを感じているみたいで、地団駄を踏みながら怒っている。どうやら、珍しくイナバと意見が合うようだ。明日は雨かもしれない。
(仕方ない…逃げられない以上はこちらも攻撃するか)
とりあえず、目の前にいる蛾を駆除するために技能を行使する。
「〈ー放出ー〉〈ー水ー〉」
水属性で銃弾型を創造して、蛾の頭を狙って射出する。放たれた銃弾は距離も近いこともあり、正確に蛾の脳天を穿つ。
俺はそれを見届けたら、即座に後ろを振り向き、再び技能を発動するためのイメージを固めていく。属性は闇属性を選択。黒い球体の直径は4メートル程に設定、顕現させる場所はここから5メートル先のカエルの集団がいる中心にする。
イメージが固まったので、実行するためにトリガーの言葉を紡いでいく。
「〈ー放出ー〉〈ー闇ー〉」
ーー瞬間。
黒い球体がカエルの集団の中心に発生し、近くにいるカエルや草木の全てを容赦なく吸い込んでいく。余りの吸引性から、こちらの方まで影響が出始めている。俺とイナバは吸引されないために全力でダッシュする。
「おおおォォ!!」
「きゅうぃぃぃぃぃ!!」
がむしゃらに走って大体100メートルほど移動したので足を止める。そんな俺を見たイナバも停止してこちらを見てくる。イナバは何処となく呆れているような気がする。他の人たちなら良いが、戦闘狂のイナバにだけは反論したくなる。いや、シエナも追加してくれ。
「…まあ、結果オーライというわけで」
「きゅぃぃぃ…きゅう、きゅううう!」
うん、今度から闇属性を使う時は、もう少し弱めに魔力を込めよう。
次の階層の階段が見えた。よし、進もう。今すぐに進もう。
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あれから3日ほど過ぎた。現在は44層でスイカ狩りをしている。
いや、実際にスイカがあるわけでなく、トレントのような魔物が落とす実がスイカ味なのだ。まあ、外皮が赤色であるため、見た目からは違和感がある。しかし、久しぶりの甘味なので、ちょっとした差異は気にならない。
(あれ? そういえば奈落に落ちてからの食事ってコレが初めてかもしれないな)
1階層から順に記憶を掘り出してみるが、1回も食事をした記憶がない。やはり、奈落に落ちてから最初の食事は、この階層で食べている木の実で間違いない。また、飲み水も殆ど摂取していないことに気づく。
(なぜ、疑問に思わなかったんだ?)
奈落に落ちて序盤の方では、飲食に関して違和感を感じていたのにも関わらず、現在は無くても良いという結論に至っている。甚だ意味が分からないけれども、そういう解釈を普通と思っている。
背筋に嫌な冷気を感じてしまう。まるで俺が…。そこまで、思考している時に、イナバが心配そうに声を掛けてくる。
「きゅううぅぅ?」
「ああ、大丈夫だ。それに気にしても仕方ないし…うーん、ステータスプレートでも見て気を紛らわすか」
不安を無くすために首から下げているステータスプレートをいじり、魔力を込めて起動させる。
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谷口 翔 17歳 男 レベル:7→45
天職:神官
筋力:200→650
体力:100→500
耐性:90 →450
敏捷:350→800
魔力:400→950
魔耐:300→900
技能:精神耐性[中]・厄災の眷属[+放出(水・火・風・闇)][+ 供与(水・火)]・言語理解・祈祷
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ステータスの数値では、筋力や体力が劇的に伸びている。これはイナバを頭の上に乗せて迷宮内をずっと探索していたせいだろう。
悲しきことにアイツは俺の頭の上で寛ぐことを覚えてしまった。そのため、魔物が出ない時は自堕落に俺の頭の上で寝ている。まあ、魔物が出た時は生首置いてけお化けに変化するので問題ない。いや、色んな意味では問題があるのかもしれない。
次に厄災の眷属から供与という技能が生えてきた。一応、唱えてみたが俺には全く効果がないので、文字通り誰かに渡すものだろう。まあ、イナバにも効果がなかったので、この技能は今のところ迷宮入りしている。時効までに分かると良いのだが…。
他には特にはない。あるとすれば、ステータス値のトータルがおかしいとかそのぐらいだ。
(外に出たら、こんなステータスプレート見せられないな…)
冒険者協会とかで見せて、騒ぎになる想像しか出来ない。ステータスプレートの隠蔽の方法を考えた方が良いのかも知れない。
(まあ、ここを出てからだな。そろそろ50階層も近いし、頑張るか!)
意気込みも終わったため、未だにスイカを食べているイナバに声をかけて出発する。
「イナバ、そろそろ次の階層に行くぞ」
「むきゅっむきゅっ…きゅう?きゅううぅ!」
俺の声を聞いたイナバは残りのスイカ味の木の実6個を全て吸い上げた。無理して吸い上げたため、リスやハムスターが貯食するみたいになっている。
「そんな無理しなくても…まあ、良いか」
イナバがよく分からないことをするのはいつものことなのでスルーして、階層を降りていく。