哀れな転生者は普通に生きたい   作:カゲ ボウシ

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26話 試練(1)

 鬼が歩く度に地面に亀裂が生じて砕けていく。まるで、砕けた地面が俺たちの未来の姿であるかのように感じられる。

 

 此方と鬼との距離が10メートル程にまで達すると、凶々しいほどの覇気を奔流させている鬼の姿が露わになる。

 

 2メートルは超えている身長、外骨格でも装着しているかのように鍛え上げられた鉄壁の体躯、腕は大木のように頑丈で掠っただけでも暴風のような破壊力を齎すだろう。また、足も同じく頑丈であり、蹴られれば最後、骨すら残らずに塵と化すと考えられる。

 

 頭部には大きな白いツノが2本生えており、どちらも真っ直ぐに天井に向けられている。おそらく、ツノに刺されば鋼の鎧を着ていても串刺しにされると思えるほどに狂気を纏っている。

 

 鬼の髪に視線を向ける。髪は腰ほどまであり、生気が抜けたかのように真っ白だ。それが奴の不気味さを一層引き立てている。

 

 鬼の目を見る。奴の目は血を吸ったかのように紅く、この世の怨念を全て宿しているかのような邪悪さを醸し出している。

 

 最後に胸部を見る。すると、円を描くかのようにクリスタルのような結晶が8個備え付けられている。クリスタルからは濃密な死という概念が振り撒かれているような気がする。

 

 そんな鬼と俺たちとの距離が5メートルにまで達した時、鬼が地獄の底から這い出るかのような声で語りかけてきた。

 

 「試練を与える。武器を構えよ」

 

 「どういう……ガフッッ!?」

 

 気づけば俺の腹に穴が空いている。元から俺の腹の中に腕が生えていたかのように鬼の拳が背中から出ていた。それを認識した瞬間、激痛が身体を這い回り、視界が朦朧とする。

 

 「ッッッッ!?…いつ…やられた」

 

 奈落に落ちてから50階層に来るまでに死線を潜り抜けて、ある程度のことなら対応することは可能になった。少なくても、どのような状態でも致命傷は避けられるようになったと自負している。隙を突かれてもシールドを貼る癖がついたからだ。

 

 だが、今回はシールドを貼ることすら許されず、明確な人体の急所を尋常ではない速度で貫通された。

 

 「なんだ…よ、お前…は」

 

 鬼は此方の反応に興味深そうな声音で答える。

 

 「人間、腹を貫かれても対話を試みるか。よかろう、名を教えてやろう。泉津日狭女…他の名もあるが好いておらん」

 

 最後の方には忌々し気な感情が吐露しており、その名を呼べば最後、容赦なく殺されると感じられる。まあ、容赦されたとしても殺される程の威力を内包しているため、大した違いはないかもしれない。

 

 今この瞬間は鬼が答えてくれている以上、俺は質問を再び尋ねてみる。

 

 「試練の最終目的は何だ?」

 

 「……………………」

 

 回答は無反応。つまり、俺には伝えられないということだろう。それなら、別の質問をしてみる。

 

 「イナバは関係があるのか?」

 

 「其処の肉のことか? ふむ、関係ないな」

 

 「それならイナバを部屋から出してもいいか?」

 

 俺の言葉に鬼は少し考えるように唸り声を上げ、数分ほど経ってから此方の質問に対応する。

 

 「よかろう…但し、人間逃げるなよ?私は逃げる奴は大嫌いなんだ」

 

 そう言った鬼の言葉からは憤怒のオーラが散りばめられており、逆らえば殺すまで追ってきそうだ。だから、俺は絶対に逃げないことだけはアピールしておくことにする。

 

 「ああ、安心してくれ。逃げないから」

 

 「ならば良し。さっさと、それを離してこい」

 

 鬼の言葉に従うようにイナバの元に向かう、イナバは鬼の形容し難い覇気にやられて気絶していた。

 

 「イナバ、ゆっくり休んでおけよ」

 

 イナバを両手で担いで、両開きの扉から更に50メートル程離れている所に避難させる。これ以上離れたら逃げたと言われかねないので、イナバにはこの場所で我慢してもらおう。

 

 「それじゃ、戻るとするか」

 

 完全に回復した腹の部位を確認しながら大きな扉を潜り、鬼の正面に戻ってくる。相変わらず、鬼は近くにいるだけで呑まれてしまいそうな殺意を振りまいていて嫌になる。

 

 「待たせたな。泉津日狭女」

 

 「ほう、本当に戻ってきたか。よかろう、少し手加減してやろう」

 

 鬼はそう言うと、空間を歪めるかのように放出されていた邪気を弱める。その効果が劇的であり、まるで変質した世界が元にでも戻るかのように気持ち悪さが掻き消された。

 

 そして、それを為した鬼は少し微笑んでから無表情の顔に戻り、両腕を構えて俺に告げる。

 

 「さあ、死合おうか」

 

 ーー 瞬間。

 

 無拍子で泉津日狭女の右拳が視界一杯に広がる。これを塞がなければ、俺の頭はザクロのような赤い肉を四方八方にばら撒くことになるだろう。だから、対抗するために闇風属性の放出でシールドを形成する。

 

 しかし、紙でも破くかのように泉津日狭女の右拳がシールドを破壊し、尚も此方を追撃してくる。

 

 「!?」

 

 俺はその攻撃を驚愕しながら後方にステップして回避する。ほとんど条件反射のような避け方であったため、体制を崩して自分自身の身体の中心線がズレる。

 

 (マズイ!?)

 

 そんな俺のことなど知ったことではないというように泉津日狭女が前進し、左回し蹴りを頭部に放ってくる。

 

 (どうする。何も出来ない)

 

 泉津日狭女の攻撃を防ぐ術がない。いや、更に体勢を崩してやればギリギリ避けられるかもしれない。俺はその考えを決行し、強引に頭を後ろへ傾ける。身体は頭の重心に引き寄せられ、地面に全身をぶつける。それにより、紙一重で狂風を纏い放たれた左回し蹴りを回避する。

 

 此処に来るまで0.1秒も経っていない。明らかに超次元の戦闘に冷や汗が止まらない。更に、一手でも対応を間違えれば、俺の身体は塵のように木っ端微塵になるというのだから笑えない。

 

 俺は考えるのを辞めて、泉津日狭女の目を睨む。だというのに、泉津日狭女は倒れた俺を見て、面白いものを見つけたかのように笑いながら話しかけてくる。

 

 「流石だ。あの女神のお気に入りなだけ有る。まさか、一撃目だけでなく、二撃目も避けられるとはな。そして、倒れている人間に対して攻撃していたら相打ち覚悟で潰すつもりか?」

 

 ああ、泉津日狭女に戦術など意味を成さないということだろう。

 

 俺は泉津日狭女がハジメ達に向かうのを危惧している。もちろん、俺に試練を与えて地獄の底にでも帰ってくれるなら、それはそれでいい。だが、そうはならない可能性も十分にある。そのため、此処で確実に泉津日狭女を倒すために自滅覚悟で咄嗟に罠を張っていたが…見破られているなら意味がない。

 

 泉津日狭女の問いに俺は嘆息混じりに答える。これで少しでも時間を稼いでやる。

 

 「ああ、そうだな。近接戦でお前に勝つのは無理そうだからな。かと言って、遠距離に逃してもくれなさそうだ。だったら、自滅覚悟で特大のものを撃とうと考えていたんだよ…」

 

 「自身の命すら天秤にかけるか。今どき珍しい奴よ」

 

 俺の言葉に満足したのか、泉津日狭女はカラカラと笑いながら赤い目で射抜いてくる。

 

 (くそ、隙がないな。完全に武としての極地に達していて、素人如きが意表を突いても対応してきそうだな)

 

 考えても、考えても俺だけが死ぬという結末しか思い浮かばない。そして、更に追い討ちをかけるように泉津日狭女が呟く。

 

 「私は一回殺された程度では死なんぞ。ほら、この胸元に8つのクリスタルがあるだろう? 人間風に分かりやすく言えば残機というやつだ。それに現世で死のうが向こうで復活できる」

 

 「なっ!?」

 

 さも当然のように言われた言葉が俺の思考を打ち抜く。1回殺せても、後7回も残っているとかふざけている。それに違う場所で生き返ると言っている。道楽としても許されて良いものではないだろう。化け物を殺せる奴など英雄以外の何者でもない。そして、俺は英雄ではない。

 

 どうすれば良いだろうか。最初に闇と風属性の二重複合で仕上げたシールドは意味を成さないのは先程の戦闘で分かっている。それならばと考えて攻撃しようとしても見破られる。挙句の果てには殺しても死なない。

 

 あまりの非常識さに俺の口から溢れる。

 

 「ふざけんなよ、マジで」

 

 「何、簡単なことだ。人間も私のように身体を概念で強化すれば良い。人間にはあの女神の力が宿っておるのだから使える。そうすれば、もしかすると私を倒せるかもしれん」

 

 泉津日狭女はダメな生徒を諭すかのように俺に教える。それは確実なヒントで有るのだろうが、皆目検討がつかない。何が言いたいのか核心には触れてないのだから当然である。

 

 だから、疑問点を泉津日狭女に問いかける。

 

 「俺にそんなことを教えるのは何故だ?そもそも、女神とは?身体を強化させるってのはなんだ?」

 

 「ふむ、最初と最後の問いには答えてやろう。人間に教えるのは…先程も言ったであろう?これは試練であると。人間に見込みがあると判断して、試練の指導をしてやっているのだ。」

 

 泉津日狭女は最初の問いに答えた後、話す内容をまとめるかのように数秒ほど時間を置いてから最後の問いに答える。

 

 「ああ、これぐらいの内容にするか。うむ。人間。お前が使っている厄災の眷属の技は我らの使っているものと同一だ。故に、私のように概念だけを身体に纏わせることが出来るという訳だ。これを"放出流転“という。そして、この技を人間が身に付けたと判断したら今回の試練は終了する」

 

 そう言いながら、泉津日狭女が放出の火属性を出して身体全体に練り上げていく。更に水属性を活用して力に耐えきれずに壊れかけている肉体を変成していく。

 

ーー それらが混ざり合った瞬間。

 

 今まで以上の濃密な瘴気が滲み出し、世界が悲鳴を上げているかのように空間が軋んで断層が発生していく。おそらく、目の前の奴の放出に耐えられなかったのであろう。

 

 意味がわからない。ただでさえ、放出の二重複合が限界というのに、更に発展させて体内で循環させる必要があるらしい。ああ、可笑しすぎて笑えない。少なくても、俺がすれば身体が水風船のように破裂するだろう。

 

 それを今からしろと泉津日狭女は言うのだ。ああ、それは…。

 

 「無理だろ…『ならば死ね』」

 

 俺が言い終わる前に泉津日狭女が冷淡と告げる。そして、再び泉津日狭女が口を開く。

 

 「そもそも私も今回の試練は面倒なのだ。早く帰りたくて仕方ない。だが、人間。お前は少し面白いから鍛えてやると言っているのだ。有難く受けろ。無理なら死ね」

 

 何とも傍若無人な発言に俺の身体は硬直する。そんな俺に対して、泉津日狭女が拳を構える。つまり、話し合いは終わったということだろう。

 

 本当に嫌になる。今回で放出段階から一段上の何かを習得しないと問答無用で死ぬのだから。ああ、それでも先に活路があるというのなら…。

 

 「やってやるよ!〈ー放出流転ー〉ッ!」

 

 俺は勇気を出すために咆哮上げて、泉津日狭女に挑んでいく。

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