哀れな転生者は普通に生きたい   作:カゲ ボウシ

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27話 試練(2)

 剛と剛の凌ぎ合い。其処に柔などという技はなかった。何故なら翔は武道など習っていないため、泉津日狭女は手加減をしているためだ。

 

 故に起きるのは鋼に鋼をぶつけ合うという愚かしい戦闘。当然、ほぼ同質の材料で叩き合っているのだから、双方に同様の被害が出ていなければ可笑しい。

 

 だというのに、現在のところ被害が出ているのは翔だけだ。泉津日狭女の攻撃は翔を貫通し、翔の攻撃は赤子の手を捻るかのように握りつぶされている。

 

 それは何も不思議な事ではない。翔と泉津日狭女の間に明確な差があるからだ。例えば、術者の力量、鬼と人という遺伝子レベルでの体格差、実践での戦闘経験など挙げれば切りがない。

 

 故に、翔が追い込まれるのは極自然の摂理といっても良いだろう。強い者は強く、弱い者は弱い。弱肉強食の世界が適用されたのに過ぎない。それを象徴するかのように、翔の牙となる武器は既に剥がされた。頑丈だった杖は既に中心から真っ二つにへし折れ、ハジメが作った刀は鉄の塊と化している。

 

 結果、残る牙は己の身体一つとなるが拳は一撃ごとに粉砕し、あまつさえ放出流転に耐えきれなかった肉体が自壊を始めている。このまま時間が過ぎ去ればジワジワと強者に自然淘汰されるだろう。

 

 現状の厳しさを確認した翔の口から出る言葉は悪態のみ。

 

 「はぁ…はぁ…クソッ。手加減されてこれかよ…」

 

 「どうした、その程度か? わざわざ試練に協力してやっているのだ。この程度では捻り潰してしまうぞ?」

 

 「言っとけ…〈ー放出流転ー〉ッ!」

 

 束の間の睨み合いと馬耳罵倒を挟み合う。

 

 ーー刹那、拳と拳が重力に導かれたかのように相手の破壊を求め合う。

 

 翔は火属性の放出流転を纏った右拳を泉津日狭女の脇腹を狙って攻撃する。それに合わせて泉津日狭女が左手を挟み込みガードした上で、残っている右手を下から上に振り上げて迎撃する。

 

 それにより、起きるのは常人では5体満足では済まない猛烈な衝撃と爆風の二重奏の調べであり、触れざる者全てを肉片と化す破壊の重撃といっても過言ではない死神の導きだ。

 

 そんな泉津日狭女の重撃だったが、翔は左足に火属性を付与して右前方に潜り込みながら回避する。

 

 当然、翔の未熟な放出流転を受けた自身の足は粉々に爆発するが、泉津日狭女の死神の一撃は空を切った。

 

 だが、これで終わりという訳ではなかった。

 

 突然、後ろ合わせだった翔と泉津日狭女が向かい合わせになっていた。言うまでもなく、これを為したのは泉津日狭女である。つまり、無拍子で翔がいる場所に移動したのだ。ただそれだけの事ではあるが、こと戦闘においての威力は絶大である。

 

 目を見開きながら驚愕していた翔の脇腹を泉津日狭女の右拳という名の砲撃が襲撃する。未だ翔は放出流転の水属性で足を治療中であり、即座の切り替えは不可能。結果として、翔の脇腹を抉り取るかのように風穴が空くことになる。

 

 余りの驚きと痛みにより、翔は口から血反吐と共に声を出す。

 

 「ガフ…ッッッッッ!?」

 

 「私に距離など関係ないということは理解していたと思うが…ふむ、疲労か? 人族の身体は脆いのう」

 

 泉津日狭女の言っていることは正しかった。今までに打ち合った回数は100撃を超え、1,000撃超え、おそらく10,000撃は到達しているだろう。

 

 それによって翔の身体は有り体に言えば疲労困憊。もっと具体的に述べると、放出流転による自壊、治療しきれずに放置した無数の打撲跡や切り傷、2時間にも及ぶ人外との戦闘などによってズタボロのボロ雑巾と言っても過言ではない状態になっていた。

 

 もちろん、翔は奈落の底で生活していた為、地上で生活している人々よりは体力があるだろう。しかし、それは何の慰めにもならない。目の前にいるのは人外魔鏡の住人であり、日本最古の鬼である。そんな者と戦うのに少し人間を踏み外しただけの体力程度では足りないのだ。

 

 そんなズタボロの翔を面白がるかのように泉津日狭女が口を開く。

 

 「火属性と水属性の放出流転を自壊させながらでも使いこなせたのは認めてやろう。だが、足りん。二重複合出来んようでは合格は与えられん…それに属性に囚われているようではこの先が知れているというものだ」

 

 「……どう言うことだ?」

 

 血を吐きながら翔は泉津日狭女に問う。翔は属性というものを極めようとしていたのに、相手から告げられたのは方向性が違うという言葉だ。翔が困惑してしまうのも仕方ない。

 

 泉津日狭女はそんな翔を揶揄うように告げる。

 

 「ハハハハッ。気づいておらんか。いや、それも仕方なし。私も全ては言っていなかった事だけのことよ。元来、鬼とはそういうものであろう?」

 

 「チッ…ふざけているのか?」

 

 翔はまるで頓知をしているような押し問答に苛立ちを隠さなくなる。それを楽しそうに見た後、さらにふざけながらヒントを与える泉津日狭女。

 

 「もちろん、楽しんでおるとも。愉快、愉快、実にお主は面白いのう。さて、駄賃がわりに教えてやろう。先程も言ったであろう? 放出流転は概念を宿すと。属性は側に過ぎん。つまり、火属性を火属性として見ていては成功などせん。火の概念だけを取り除くことこそが真髄だと」

 

 「だからどういうことだって聞いてるんだが?」

 

 泉津日狭女の容量を得ない話し合いに付き合うのは懲り懲りだと一刀両断して翔は尋ねる。それを呆れた顔で泉津日狭女が答える。

 

 「せっかちな男は嫌われるというのにな。まあ、良い。属性には属性の法があるのだから、属性の法に従う。たしかに正しいな。だが、お主は概念を使いたいのであろう? ならば、新たに法を敷く程度はしなければ意味がない。身体に火属性を纏わせることなど出来ないのだからな」

 

 「つまりアレか? 火の概念は破壊…だから破壊の法を敷くということか?」

 

 翔の言葉に対して、怪しげにニヤリと笑う泉津日狭女。つまり、合っているということだろう。更に、補足するような泉津日狭女が言う。

 

 「良いぞ、良いぞ。実に良い。火属性は破法、水属性は創法、風属性は無法、闇属性は反法と言っているが…まあ其処はお主が好きに呼ぶと良い」

 

 「わかった。いや、ちょっと待てくれ! 闇属性は吸収じゃないのか? その言い方だと反射とかの意味合いになる気が…」

 

 翔は闇属性に関しては聞き直す。概念の見極めを間違えれば身につくものさえ身につかないのだから当然である。それに対して泉津日狭女が呟く。

 

 「ふむ、お主は闇属性の放出段階に引っ張られておるな。たしかに、闇属性は吸収の側面もある。こと放出段階では其方の方が見えやすいこともあるだろう」

 

 泉津日狭女はそこまで話すと一息入れ、数秒ほど間を開けて言葉を出していく。

 

 「だが、本当の効果は吸収して反射するという一連の動作だ。そして、それを放出流転すれば敵の攻撃を吸収し、自らの攻撃に転用する事が可能になる。故に、闇属性の概念を摘出すれば攻防一体の法を使えるようになるわけだな」

 

 「……なるほど」

 

 翔は顔を曇らせて相槌を些か適当気味に放った。今迄、闇属性の思い違いをしていたのだ。自分自身の判断能力に不甲斐なさを感じるのも仕方がない。

 

 それから無言の状態が5分ほど続いたが、泉津日狭女はその空気を離散させるように呟く。

 

 「お主の身体の修復も済んだようだな。休憩もそろそろ良かろう。ああ、それと放出流転には派生技もあるぞ」

 

 「どうい…チッ!?」

 

 翔が疑問を言い切る前に泉津日狭女の掌底打ちが放たれる。それが翔の頭部を狙って、空を螺旋状に喰い破りなから接近してくる。

 

 当然、抗うために翔は先程聞いた破法を両足に用いて回避する。結果的に避けることは出来たものの、翔の右足が破法に耐えきれずに弾け飛ぶ。

 

 「痛ッッッ…!? いきなりかよ」

 

 「ほう。片足は成功したか。面白い、面白いぞ。ハハハハハッッ!」

 

 泉津日狭女は翔の残っている左足を見て高笑いしながら、自身の技のスピードを一段上げる。この鬼がスピードが上げた理由はただ一つ。不意打ちを塞ぎながら破法を未熟ながら成功させた翔に対して興が乗ったからだ。つまり、ノリ的にやってしまったと言い換えても良い。

 

 当然、そんなことなど知った事ではない翔が感じたことはこれであろう。

 

 「ふざけんなよ…手加減はどうした! 泉津日狭女!」

 

 「手加減しておるとも…お主は死んでないじゃろ? まあ、避けねば死ぬがなッ!」

 

 それを手加減と言っていいのか甚だ疑問ではあるものの、翔が死んでないのも事実。それは、ひとえに泉津日狭女の攻撃を受けてボロボロになろうとも諦めない翔を認めたからだ。お気に入りになったといっても良いだろう。だからこそ、翔が更に上に成長するのをこの目で見たいと泉津日狭女は思ってしまった。

 

 故に、今から放たれる泉津日狭女の一撃は現在の翔では確実に避けきれない技となる。それを放つ理由を泉津日狭女は語る。まるで、翔に対して愛を囁くかのように。

 

 「さあ、防ぐか、避けてみろ。期待しておるぞ!」

 

 その期待が籠った泉津日狭女の右拳の一撃は、翔の腹を狙って放たれる。その一撃にはこれまで以上の破法が付与されている。まさに言った通り、防ぐか避けなければ、四肢五体が全て破裂して翔は死ぬであろう。

 

 故に、翔がする事は唯一つ。破法と創法を同時展開し、泉津日狭女の一撃を凌いでみせるのみ。言ってることは単純であるが、実際に行うのは困難の極みと言っても良いだろう。だが、それをしなければ死ぬ。ああ、それは許されない。

 

 (何も為さずにこの命を使い切る? それだけはしてはいけない。ああ、許してなるものか!)

 

 ならば、為してやろうと翔は怒号にも似た叫び声を捻り出し、両足に破法と創法を展開していく。

 

 「オオオォォッーー泉津日狭女ェェッッ!!」

 

 「良いぞ、良いぞ、良いぞ! その覇気は実に素晴らしいな!!」

 

 期待に応えるかのような翔の充足した覇気は現在の空間全てを支配するかのように轟く。

 

 そして……翔は破法と創法の同時展開を為し、泉津日狭女の死神の一撃が虚しく消えていった。

 

 完全に成功である。翔は破法と創法の同時展開に成功して、命を紡いだのだ。故に、これで試練は終わりであろう。泉津日狭女の試練の最低限のノルマを達成したのだから当たり前である。

 

 しかし、翔はここでは終わらせない。終わらせてやらない。散々、殴られたのだからお返しぐらいはしたいと考えたからだ。故に、翔は破法と創法の二重展開を右拳に発動させる。

 

 そして、翔は叫びながら現在行える最大出力の右拳による一撃を放つ。狙いは泉津日狭女の顔面だ。

 

 「少しはこっちの痛みを知りやがれェェッッ!!」

 

 「フハハハハッッ、最高だ。尚も私に攻撃してくるとは思わんなかったぞ。お主はどこまで楽しませてくれる。面白い、その攻撃受けてやろう!」

 

 泉津日狭女は翔の攻撃を避けることなく、むしろズレた位置を自ら修正させて顔面に受ける。そして、何かがひび割れるかのような音を轟かせて翔の攻撃が炸裂した。

 

 翔はそれを為したことを認識した瞬間、満足して地面に倒れる。そもそも、動かない身体を無理やり動かしていたような状態だったのだから倒れてしまうのも無理がない。

 

 そんな翔を見つめながら、クツクツと笑いながら泉津日狭女は告げる。

 

 「見事、見事なり! 試練は合格だ!」

 

 その言葉を聞いて満足気に翔は意識を手放していった。おそらく、彼が今から見る夢は勝利の美酒を存分に味わうような夢になるであろう。

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