哀れな転生者は普通に生きたい   作:カゲ ボウシ

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28話 鬼の呟きと60階層

 眼下で満足そうに人間が倒れる。それを見た後、泉津日狭女は割れた鬼の仮面と武装を解除して独り言を呟く。

 

 「人には鬼としての側面しか見せてはならないものの、ずっと武装をしておるのは疲れる。此奴も寝ておることだし解いて良かろう」

 

 2メートルはあった身長が160センチ程にまで縮み、筋肉質だった身体や鬼のような顔が妖艶な色気のある女性に変貌する。それを為した泉津日狭女は再度口を開く。

 

 「やはり鬼ではなく、鬼人の姿の方が心地よいの。うむ、酷女などと世に書いて伝えた奴を殴りたいと何度思ったことか…いや、書いた奴が死んだ後に殴ったかの? ふむ、念には念を帰ったらもう一度殴ろうか」

 

 そこまで記憶に残っていないので、後で締めることにした泉津日狭女。彼女は其処で思考を一旦区切り、谷口 翔との戦闘を思い出しながら評価を述べていく。

 

 「試練は合格だが落第点スレスレよな。多く見積もっても100点中、30点程か。あの程度、即座に行えるのが英傑というものだが、お主はあくまで凡人の枠から抜けておらん。このままでは翼の物共に殺られるのが目に見えておる」

 

 溢れたのは賛辞ではなく、厳しいダメ出し。それは化け物から見た判断ではあるものの、未来に確実に起こってしまう戦闘を踏まえるとこの程度の厳しさは必要であった。

 

 続けて、泉津日狭女は先の戦闘で違和感があったところを考えていく。

 

 「戦闘中の思考が別人のように変貌しておったな。なぜ自殺覚悟で攻撃するような者が生存を望みながら戦うのか。いや、それが面白いからこそ、私はお主を認めたのじゃが…」

 

 眼下にいる人間の戦闘は異常の一言であった。死にたがりの自殺戦法と、生きたいと願う意思の力による限界突破。それは矛盾している。思考の軸がブレており、いつ破裂しても可笑しくない爆弾のような未知数さを秘めている。

 

 だが、それを泉津日狭女は認めた。矛盾しながら破天荒な事をする奴を見るのは面白いからだ。面白いからこそ、更に見たいと思える程に焦がされた。まあ、それによって泉津日狭女は興が乗り、対象を殺しかけてしまったが…結果的に死んでないから良かろうと思考を放棄している。

 

 暫し、泉津日狭女は谷口 翔の異常性について考察をする。そして、ある程度理解した彼女は呟いていく。

 

 「ふむ、なるほど…死の川を渡った影響か? 生と死の二面性を同時に持つなど異常の魂魄よな」

 

 生と死とは何か。それを簡潔に述べれば気質のことである。

 

 生の側面なら生きたい、殺したくないといった善性の気質に偏る。

 

 一方、死の側面なら生きたくない、殺したいという悪性の気質に偏る。

 

 このように善性と悪性どちらかに偏ることにより、現世と常世の均衡を保っている。

 

 故に、生と死の二面性を同時に持つことなどあり得ない。

 

 いや、例外に関しては起きることもある。

 

 それでも、生と死の二面性を同時に持つことになれば死の側面に偏って自ら自殺することを選ぶか、暴走して殺害を繰り返した後に生者の秩序によって処されて常世の住人となるだろう。

 

 つまり、生と死の二面性を同時に持つものは最終的に常世側に落ちるのだ。

 

 「それに、あの女神の厄災も掛かっておる。精神耐性が有るとはいっても耐えられる筈がないのだが…」

 

 眼下の人間に対しての不思議だけが積み重なっていく。そして、泉津日狭女はある物を発見して納得する。

 

 「これは…なるほど、お守りか。しかも、あの女神とは真逆の神性を纏っておる。このお守りがお主を生者側に留めておるのか。ふむ、それを大事にすると良い。まあ、寝ているし聞こえておらんか」

 

 謎が解けた泉津日狭女は満面の笑みで谷口 翔を見て帰る前に呟く。

 

 「それではまた会おうか。若造にしては気骨があって楽しめたぞ。こちら側に落ちるならお主を婿にでも取ってやろう。さて、向こうに帰って桃太郎にでも喧嘩を売ろう。ヤツは何故か最近強くなり、口癖まで変わりおって…安泰じゃと言って何でもかんでも防ぐのは気に食わん。今日こそ勝鬨をあげてやろう」

 

 謎の宣言をしてから泉津日狭女は真っ暗な奈落を作り出し、その中へと入っていった。それにより、残ったのは一人と一匹の動物と、破壊され尽くした部屋だけになった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 耳元から声が聞こえる。いつも聞いている声だ。そいつは自身の胸元辺りをピョンピョンと飛んでいるのか、心臓に軽い衝撃が定期的に起きる。

 

 「きゅううう!きゅう?きゅぅぅう!」

 

 重い瞼に対抗して意識を浮上させる。そして、気だるげな身体に力を入れて周囲の確認をする。目に見えるのは、ウサギのイナバと台風にあったかのような迷宮のフロア。

 

 「おはよう、イナバ。少しごめんな」

 

 起こしてくれたイナバを抱えて胸元から降ろす。そして、ボロボロの服や壊れた武器を視界に入れる。

 

 「ハジメ…すまん」

 

 ハジメから貰った服や武器は被害がない所を探す方が困難なほど酷い有様だった。これからハジメに会えたとして、貰ったもの全て壊しましたごめんなさいと言わなければならないだろう。

 

 (流石にハジメでも怒りそうだよな。うん、何か機嫌が取れるものでも…奈落にそんなモノはないか)

 

 そんなことを考えながら、武器の損耗具合を見ていく。

 

 最初に真っ二つに折れた黒い杖を確認する。この折れ方から考えて、もう使うことは不可能だろう。この階層の拠点に置いていくことにする。

 

 次に、ハジメから貰った黒刀を見る。刃の部分が完全に欠けており、打ち直しでもしない限りは再び使うことは不可能だろう。

 

 「うーんこれは許してくれるか?」

 

 おそらく、ダメだろう。少なくとも、ボロボロにする期間が速すぎると思う。

 

 「ハジメにあった時に土下座だな。さて、これからは己の肉体のみで戦わないといけないのか…」

 

 刀を鞘に帯刀して腰に下げ直す。そして、自身の右手に創法と破法の同時展開を行なってみる。すると、創法が甘いみたいで破法に耐え切れていない。そのため、拳の皮膚が捲れてきて痛い。同時展開を解除して創法のみにして傷を高速で治す。

 

 どうやら、創法と破法の同時展開による戦闘は未だに出来ないようだ。

 

 「そうだよな…」

 

 死線場で繰り返し行えたから普段でも問題なく扱えるということはないみたいだ。おそらく、アドレナリンとかその辺が足りていないのだろう。

 

 さて、そろそろ50階層の拠点で休もう。イナバは戦闘根性が丸出しでウサ耳と4つの足でシャードーボクシングしているが抱っこして拠点に移動する。

 

 その間、イナバはジタバタと物凄く暴れる。多分、気絶してしまったことが悔しくて、そんな己を鍛え直したいのだろう。

 

 「きゅう!きゅぅぅ!きゅう?」

 

 「はいはい。戦闘は明日にしような」

 

 今から戦闘しても何も身に付かないと思うので、イナバの戦闘アプローチを断後拒否して今日を終わらせた。

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 あれから10階層は下りた。多分、此処が60階層であろう。何故、正確ではないのかと言うと200メートル程度の階層や何もなかった階層があったからだ。正直、カウントして良いのか悩んでいる。

 

 さて、そんな俺たちだが今回は落ち着いて迷宮を移動している。この階層と相性が良いからだ。いや、フィールド的には鬱蒼とした森林地帯なのでそこまでなのだが、敵とすこぶる相性が良い。

 

 ここの敵がどのようなものかというと、2メートル程度のラプトルやらティラノサウルスのような力押しの魔物だ。そう、力押しなのだ。それなら50階層の鬼との戦いで文字通り死ぬほどしたため、この程度の相手なら怖くない。また、イナバは空中に移動可能だから地上の敵は相手にならない。

 

 結果、俺たちはのんびりしながらこの階層を歩いている。まあ、イナバは魔物に喧嘩を売って戦っているが…。

 

 そんなことを考えていたせいか、横からティラノのような魔物が咆哮を上げて顎門を広げながら襲ってくる。

 

 「シャァァアアア!」

 

 「きゅううう?きゅう!」

 

 気づいていたイナバはティラノが突っ込んでくる場所を予測し、奴の首元に薄い空間を形成。

 

 そして、ティラノの首がその空間に触れると……紙を切るみたいにスパッと切断された。

 

 「……何それ、怖!?」

 

 「もきゅ?きゅううぅぅ!」

 

 怯えた俺の言葉など聞こえておらず、イナバはティラノを捕食している。味はそこまでなのか、直ぐに食べるのをやめてしまったが…魔物肉に美味しい不味いなんかあるのだろうか。少し気になってしまう。

 

 全く関係ない思考を停止させて、先程から気になっていることを調べるため、ティラノの頭部を見る。

 

 「なんでここの階層の魔物は花を頭につけているんだ?」

 

 ここの階層の魔物は殆ど頭部に花がついているので疑問で仕方がない。最初はそういう生物だと決めつけていたのだが、同じ種類の魔物の中には頭部に花をつけていない個体もいたので不思議である。

 

 「流行りってわけでもないよな〜。どう思うイナ……なんでお前まで花つけてるの?」

 

 イナバの頭部に花がついてたので引きちぎる。引きちぎった花から何か出てきて俺に当たったが、何も異常は起きない。一体今のは何だったのだろうか、不思議だ。

 

 「…考えてもよく分からないな。それでイナバ大丈夫か?」

 

 「もきゅ!きゅうううう、きゅうう」

 

 俺の心配に対して、イナバは自身の身体を隅々まで確認した後、元気な声で返事をした。どうやら、問題はないらしい。

 

 それなら奥地に進んでいこう。先に進めば頭に付着する花が何なのかも分かるはずだ。

 

 そんな決意をしてから30分程度すると、目の前に緑色の植物の人間が出てくる。顔は醜悪で見るものによって吐き気を催すだろう容姿をしている。また、左右からは触手のような蔓をウネウネと漂わせており、クトゥルフとかにでもいそうな感じだ。いや、覇気的なものが貧弱だからそんなに怖くはないけど。

 

 「とりあえず倒すか」

 

 「きゅう!」

 

 イナバと会話をして、俺は破法と創法を拳に纏う。どうやら今回は成功したようだ。

 

 ちなみに、現在の破法と創法の同時展開成功率は約50%であり、何とも微妙な感じになっている。一応、これでも成長している。何しろ、55階層の時なんか同時展開の成功率は20%もあれば良かった方なのだから。

 

 心の中で自分自身を慰めて、気持ち悪く蠢いている植物の人間に殴りかかる。

 

 「ふっ!」

 

 「シャャャ!?」

 

 慌てながら植物の人間は俺の攻撃を避けようとするが、間に合わず頭部を破裂させて絶命する。

 

 「………」

 

 ここまであっさりと倒すとこちらが悪いような気がする。

 

 「きゅううう?」

 

 うん、ごめんイナバ。もっと強いのかと思っていたんだ。とりあえず、破損した自身の腕を回復させて次の階層に向かおう。

 

 「きゅううう!」

 

 納得の言っていないイナバは既に事切れた植物の人間に復活しろと憤っている。うん、そんなことしても復活しないから辞めような。いや、もしかしたら復活パターンもあるかもしれないが…。

 

 ちょっとした心配が出てきたので、1分ほど待機してみる。しかし、死体が蘇ったりはしなそうだ。これで安心して背中を向けられる。

 

 「イナバ、そろそろいくぞ〜」

 

 「きゅう?きゅううう!きゅうう!」

 

 なんだかんだいつも通りにイナバの文句を受け流しながら深層へと向かった。

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