ーー 夢を見ている。大きな石橋の上で無数のガイコツの群れと対峙している夢。きっと、ベヒモス戦の夢だと思う。
目の前に無数のガイコツがいる。はやく倒さないと、みんなが危ない。
「はあッッ!」
私は声を張り上げて、持っているサーベルでガイコツの首を刎ね飛ばす。骨だけとは言っても、生物を殺しているという感触が自分自身の身体を駆け回る。
(嫌な感触ね)
そんな感触を我慢し、敵の首を切り飛ばしていく。しかし、倒しても倒してもガイコツが出現する。ああ、忌まわしき虫のように湧いてきて本当に嫌になる。
少し現実逃避するために、翔の方を見る。彼を見ただけで身体に熱くなってきて嫌なことも頑張れる。
(翔のためなら私は……)
そんな思考をしている途中、翔の逞しい声が聞こえてくる。
「雫たち! 攻撃力を上げるバフを発動させる! 各々、最大火力で突破しろ!」
ああ、翔が私の名前を読んでくれている。嬉しくて、嬉しくて仕方がない。いや、そんなことを考えている場合ではない。
私は翔の言葉に「了解!」と返答する。他のクラスメートや騎士の方々も「了解!」と返答している。
そして、私たちの返事を聞いた翔は極大の魔法陣を構築し、支援魔法を発動する。それを受けた瞬間、これまで以上の力が奥底から噴出してくる。
(いつも欲しいタイミングで私を支えてくれる翔が大好きよ)
幼い時に渡してくれた可愛いキーホルダーは私の女でありたいという感情を支えてくれた。また、剣道大会で暑さでやられていた時は何処かで買ってきた猫の形のアイスを持ってきてくれた。
それ以外にも、男みたいにカッコいいと言われて心が沈んでいた時は「八重樫さんは可愛いと思うぞ」と言ってくれたり、足を擦りむいた時は何処からか絆創膏と消毒液を持ってきて「傷が残るといけないからな」と言いながら治療してくれたり……いつも私を助けてくれる。
今回だって形は違うけど、私の心を温かく照らしてくれる。だから……。
(何で危険な状況なのに、こんなことばっかり考えてしまうのかしら?)
どうしようもないほど、翔のことが頭から離れない。彼を守りたい、そのためならお姫様ではなくてもいい。そう思えるほどに好き。
だから、こんなガイコツ供には負けない。負けてなんかあげない。もっと、もっと、一撃を速くしないと。その思いに反応して、剣速が上昇する。剣道や道場の稽古以上に感覚が研ぎ澄んでいく。
それから、数分で50体は斬り伏せた。目の前には下層に向かう階段がある。
(これなら大丈夫ね。そういえば、翔は何をしているのかしら?)
ふと、気になって翔を探す。すると、彼は南雲くんを助ける為にベヒモス側に向かおうとしていた。
(ダメよ! そんなの危ないわ!?)
分かっている。翔は南雲くんを見捨てたりなんかしないことを。彼は親しい人がピンチの時は私の幼馴染以上に頑固になることを分かっている。
だけど、それでも止めないといけない。だって、このままでは夢で見た通りになってしまうから……。
私は翔の腕を掴んで止める。「行かないで、辞めて、ここにいて」そんなことを言って全力で翔を引き止める。
いや、実際のところ少し違う。私は翔の勇姿を見てみたいと思っていたから必死に止めてなどいなかった。
むしろ、その先を……南雲くんと一緒に帰ってきて「ただいま」とかふざけながら言う翔を見たかった。
(その光景を私は見てみたい。狂おしい程に求めている)
結局のところ、私はお姫様を諦めても良いと思いながら、お姫様になることを諦めてなどいなかった。
彼が勇敢な王子様で、私はそんな王子様の帰還を待ち焦がれる可憐なお姫様。そんな体験をしてみたいと心の底ではずっと思っていた。
ええ、そうね。どう考えても私は矛盾している。矛盾して大事なモノを何も守れずに無くしていく。そんな馬鹿な女。
だから、これはそんな傲慢な女に対しての罰。どうしようもなく、浅慮な女に対して神様はきっと天罰を下したのだろう。
ああ、南雲くんを助けようと落ちていく翔の姿が見える。奈落に私の光が消えていく。これが結末であると無慈悲に宣告してくる。
(違う、私の見たかった結末はそんな……)
夢のお城は砂のようにサラサラと崩壊した。残ったのはお城の跡地だけ、ただそれだけだけだった。
これは期待したモノではない。そんなことを私は認めてしまっていいの?
(いえ、そんなの認められないわ。ええ、そうよ。認めないわ)
心に黒い水が浸食する。それは何処までも深く、暗く、理解してはならない闇。
(翔は奈落に落ちてなんかいないわよ。だって私の傍にいるもの。それに南雲くんも香織の近くにいる。ええ、後はみんなで帰るだけだわ)
それからの記憶はない。だって、翔の腕の中で夢心地に私はいるのだから…。
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ハジメと翔が奈落に落ちてから5日後、勇者一同はハイリヒ王国へ帰還した。それにより、緊張感から解放されて一定の余裕が生まれてきた。とはいっても、南雲ハジメと谷口翔という人物が奈落の底へ落ちて戦死したという事実により、意識呆然としている者や錯乱状態にある者もいる。
そのような状態にある者たちは教師である畑山愛子の元へ集い、心に負った深い傷を回復させていた。その中の一人に八重樫雫もいる。
だが、雫は現状に納得していなかった。身体や心に何も問題など存在しないと思い込んでいるからだ。故に、愛子に対して雫は抗議する。
「先生、迷宮に行かせてください。香織や光輝たちが迷宮に行っているなら幼馴染として…いえ、ストッパーとしていく必要があります」
「八重樫さん、貴方は錯乱状態にあります。そんな状態で戦闘に行くなんて認めません。自殺をするようなモノです。どうしても迷宮に行きたいと言うなら、谷口君が亡くなったことを貴方がしっかりと受け止めてからです」
「何を言っているんですか先生。たにぐ…翔なら私の傍にいますよ?」
雫は頬を赤めながら周りには見えない翔の腕に抱きついて存在をアピールする。しかし、当然それは偽物である為、愛子は顔を悲しげに歪ませて雫に説得する。
「ですから…『愛ちゃんそろそろ辞めた方が…』 今、愛ちゃんって言ったのは誰ですか! わ・た・しは先生です!」
愛子は説得中に聞こえてきた声に対して、幼い身体を精一杯伸ばして犯人を探す。しかし、余りにも容疑者が多すぎるため、泣く泣く諦める。
「生徒さんの気持ちが分からないです……いえ、こんなことで諦めてはダメよ! 私は先生だもの! 私、ファイト〜」
そんな可愛いらしい愛子という生き物を見て、周りにいる生徒は朗らかに笑みを溢す。いつも地球で見た愛子の一人漫才に心が癒されていくのを感じるからだろう。
雫はそんな暖かな場所で一人、他の人には見えない翔と会話をする。
「ねえ、翔…今日は街に行きましょう。ほら、新しく可愛いケーキを見つけたって言ったでしょ? そこに行きたいの」
他の人には見えない翔は無言で雫に向かって笑う。それを了承したと解釈した雫は早速街に行こうとしたが…先生と周りの生徒に止められる。
「愛ちゃん、ヤバいよ!」
「愛ちゃん、流石にそれはマズいから止めて〜」
「「「うんうん、愛ちゃん、任せた!」」」
「えっ!? 貴方たち、都合が良すぎませんか!? でも生徒に助けを求められているこの瞬間はチャンス? 先生に任せなさい!」
なんだかんだ言いながら愛子は雫を無理やり止めて、雫を充てがわれた部屋に移動させる。そして、ミッションをクリアさせた愛子は溜息をしながら、周囲の生徒を見て心の中で言葉を紡ぐ。
(谷口くん、南雲くんのことは未だに悔いています。もしも、私がもっと早く行動していれば違った結末があったのかもしれないのですから。だからこそ、今度は全力で生徒たちを必ず守ります。)
愛子の心の中で思ったことは懺悔にも等しい誓い。そんな愛子の気持ちに生徒たちは今日も傷を癒やされるのだった。
心の中に篭った雫だけを置いて、今日も揺り籠のような暖かな風がゆらりゆらりと流れていく。