また、夢を見ている。夢から覚めてはダメだと心と身体が拒絶する。だから、私は暖かな夢に今日も微睡む。
(楽しみね……今日は何の夢かしら?)
騒がしい程の蝉の鳴き声、ジメジメとした熟れた熱気、気が狂いそうな程の暑さが夏を感じさせる。
自分自身の両肩を見る。すると、総重量10キロ前後はありそうな防具入れと竹刀袋がカチャカチャと音を鳴らして存在をアピールしている。
(この夢は夏の剣道大会の時ね。今となっては懐かしいわね。確か、翔がマネージャーとして連行されて連れてこられたはず…)
夢の中だからだろうか、身体を動かして翔のことを確認したいのにできない。顔を見たいのに見えないから、少しもどかしい気持ちになる。
そんなことを考えていると、私の横に翔が歩いてきて困惑した顔で話し出す。
「まさか、マネージャーの真似事をするとは思わなかったぞ。家にいたはすが気づいたら目隠しさせられて此処まで連行されたし…それになんか言ってたな。確か、『私達は貴方を応援している派閥ですから、安心してください!』とか。全く意味がわからん」
「うぅ…谷口君、ごめんなさい。また、暴走したのね。後でしっかりとお話しておくから」
「いや、そこまで気にするな。それよりも八重樫さん、荷物を持つから渡してくれ」
翔は私が断る前に荷物を取って、「こんなに重いのか!?」と驚きながら歩いて行ってしまう。
私は身軽になった身体で置いてかれないように翔の近くまで走る。
そんな私を見ていた剣道部の先輩や同級生が「良いぞ後輩! もっとだ! いけ〜!」とか「そんな!? 私のお姉様が〜〜! あの裏切り共め!」とか色々言っている。
(えっと、同級生にお姉様とか言われてどうすれば良いのかしら? とりあえず、注意してみるべき?)
心の中で相談会を開き、議決した内容を同級生達に決行する。
「私は貴方達と同級生よ! もう〜、ふざけるのも大概にしなさい!」
「ああ〜、お姉様に叱られている。これはご褒美だわ……滾る!」
「いえ、アレは私に言ったのよ! 貴方じゃないわ!」
ええ、もう全て無視しましょう。そうしないと私の心は大会に入る前に溶け落ちてしまう。そんな私を見兼ねたのか、翔が励ましてくれる。
「……いつも大変だな。あ〜、なんだ。ジュースでも飲むか? いや、こっちは飲みかけだったわ。ちょい待ち。よし、新品の方どうぞ八重樫さん」
翔は私にジュースを渡してくれる。別に飲みかけでも構わないのに。そんなことを思ってしまう。
(今、私は何を考えていたの!? そんな…でも良いかもしれないわね。いえ、いけないわ!)
私が謎の葛藤を繰り広げていると、大会の入場口が見えてくる。それを翔は確認すると、私に荷物を返してから口を開く。
「すまん、ちょいっと用事あるから荷物役はここまでだ」
「ありがとう、谷口君。用事って何な…」
翔は私が話し終わる前に剣道部の顧問の人の所に行き、プリントを貰って何処かに行ってしまう。本人に聞けなかったから推測になるけど、個人戦メンバーと団体戦メンバーの報告に行ったのだと思う。
(何故か、心細くなってきたわ)
それは大会が直前にまで迫ってきたからか、それとも翔がいなくなってしまったからか。あるいは両方なのか。
(………大会のせいね。それしかあり得ないわ)
結論を出すのにラグは生じた気もするけど、それは電波が悪かったせいにする。
そんなことを考えていると、今見ている夢が倍速ボタンを押したかのように早送りになる。
夢の早送りが終わると、私が決勝の試合をしている場面になる。
目の前には不動明王のような体格をしている女子選手がいる。彼女の名前は不動 明。簡単に説明すると私のライバルだ。そんな彼女は両拳を振り上げて、左足を前に出す左上段の構えをしている。
一方、私は右足をやや前に出して、手は中段の構えにして応対している。
(高校の大会でも不動さんとは戦うのね)
不動さんと大会で対決することはそれなりにある。だから、彼女の戦い方はある程度予測出来る。しかし、それは相手も私の戦い方を知っているということ。また、彼女と私の技術は方向性は違えど拮抗している。
故に、この試合の勝敗は油断やミスをした方が負けるというシンプルな展開になる。
そこまで考えた後、私は気合の声を出して相手を牽制する。
「イヤヤャャャャーーーッッ!」
だけど、不動さんはそれに臆することなく、私以上の声を出して相対してくる。
「オォオオオオオッッ!」
気合の声と言うよりも雄叫びのような発声だった。私は思わず気迫に呑まれて身体が硬直してしまう。
ーー刹那。
不動さんが声を張り上げ、鍛え抜かれた腕が振り下ろされる。
「面ンンンンッッッ!」
パシィィィィンという音が私の頭部から鳴り響く。つまり……。
審判の声が私の鼓膜に聞こえてくる。
「面ありッッ!」
不動さんに一本取られてしまった。もう一度、彼女に有効打を決められてしまったら負けてしまう。それは絶対に嫌だ。何故なら、今日はとある集団の謎の策略により、翔が女子剣道部のマネージャーとして大会に来ているから。
(翔が来ていなくても負ける気はないけど、やっぱり好きな人が見てくれていると想いの強さが違うというかなんというか……あ〜もう! 試合に集中しなさい、私!)
自分自身の恋愛脳に恥ずかしくなってしまう。でも、これは誰にも聴こえていないから大丈夫なはず……いえ、香織も途中から試合を見に来ているし、もしかしたら私の様子の可笑しさから気づくかもしれない。
(香織は何故かその辺に聡いのよね……誰の影響なのかしら?)
そんなことを考えながら、私は自身の開始線に足を置いて、2本目の準備をする。
主審は私と不動さんが開始線に着いたことを確認して、再び試合の合図を出す。
「2本目ッッ!」
その合図を聞いた瞬間、私は不動さんに仕掛ける。左足に全身全霊の力を込め、稲妻の如く疾走し、狙うは……。
「小手ェェェッッ!!」
パシッッッッという音が不動さんの左小手から発生する。もちろん、それを為したのは私だ。
故に結果は…。
それを見ていた主審と副審が旗を上げて叫ぶ。
「小手ありッ!」
これで私と不動さんは一本ずつ有効打を与えたことになる。つまり、次の3本目を決めた方が勝利する。
そんな時だからこそ、開始線に戻る前に翔の方を見る。彼は香織や光輝、龍太郎……それと、香織に拉致られて連れてこられた南雲君がいる。
(後で香織に説教しないと……はあ〜)
そんな心の溜息が聞こえたのか、別の理由かまでは分からないけど、翔が私に手を振ってくれる。
(えっと……その……試合、頑張って勝たないといけないわね!)
私は開始線に戻り、不動さんと再び睨み合いながら竹刀を構える。
そして、3本目の始まりを告げる声が会場に響く。
「3本目ッッ!」
開始の声と共に、私と不動さんは踏み込みながら気合を乗せた声を出す。
「オオオオォッッ!」
「メェェンンッッ!」
パシィィィィンという音が響くが……審判達の反応はなかった。つまり、私も彼女も有効打としては浅いと判断されたのだろう。
(こうなると、マズイわね。不動さんと耐久戦は避けたいから…此方から誘い込むしかないわね)
私は誘い込む為に僅かに竹刀の中心線をズラす。すると、不動さんは間髪入れずに動く。おそらく、罠であろうとも叩き潰すつもりで動いたのだと思う。
数秒すら経たずに不動さんが予備動作を終わらせて、声を張り上げて突っ込んでくる。
「オオオオオオオォォッッ!」
此方に向かって神速と見間違えるかのような竹刀が怒涛の勢いで迫ってくる。それでも、眼前の技を返して絶対に一本取ってみせる。
まず、私は摺り足で後ろに下がる。今の間合いでは彼女の技を避けて反撃しても有効打にはならないためだ。
次に、自身の竹刀を斜め右横にしながら振り上げる。すると、私の竹刀に彼女の竹刀が滑るように流れていく。
最後に、そのまま摺り足で一歩前進しながら、左胴を狙って竹刀を正確にコントロールして叫ぶ。
「胴ッッッッ!!」
結果は……主審が声を張り出す。
「胴ありッッ!」
その声を聞いて、私は勝利の余韻に浸りながらも粛々と礼をして閉会式なども終わらす。
そして……。
(最後は…そう、翔がサプライズで)
疲れて疲労困憊だった私や剣道部員の目の前にクーラーボックスが置かれる。どういうことだろうかと部員一同で首を捻る。
そんな不思議そうにしている私たちに監督が話し出す。
「今日来ていたマネージャーの…えっと、誰だったかな。ああ、そうだ。谷口君から差し入れだそうだ。『お疲れ様です。よろしかったら、皆様でお召し上がりください」だと……八重樫、よかったな〜」
「監督、それはどういう意味でしょうか!?」
「いや、だから彼氏からの『彼氏ではありませんので!』…そうか? まあ、良いから食べるなら早く食べろよ」
私を揶揄うだけ揶揄って何処かに言ってしまう監督。そして、ポツンと置かれたクーラーボックス。
(食べないと失礼よね。ええ、他意は……ないわ。それよりも、翔は帰ったのかしら? そういえば香織達も見かけないし)
一寸の寂しさが私の心に浸透していくような気がする。いえ、正確に言うと非常に寂しい気持ち。
(私、頑張ったんだから何か言ってくれても…)
そんな感情に浸りながら、アイスを食べるためにクーラーボックスを開ける。すると、私の名前が書いてあるアイスを見つける。手に取ると、猫型のアイスであることが分かる。
(にゃ…にゃ…かわ〜〜いい!)
その気持ちが抑えられず、私の口から溢れてしまう。
「にゃにゃ」
「にゃにゃ? えっと、八重樫さん大丈夫か?」
聞かれた、聞かれた、聞かれた、誰かに聞かれた。一秒でも速く犯人を特定しないと…。
「にゃ…にゃれ!」
「えっと……谷口だけど」
一番見つかったらダメな人に見つかってしまった。えっと、何処かに穴はないかしら、地球の裏側に行けるような穴。おそらく、私の顔は夏の太陽よりも真っ赤になっているの。ええ、だから早急に逃げないといけない。
「にゃ〜〜〜〜!!」
「おっおい! どこに行くんだよ!」
「「「お姉様!? 何をした谷口! 事と次第によっては殺す! なくても殺す!」」」
「ひどくね!? 何こいつら!?」
私の背中からそんな喧騒が聞こえてくるけど、今だけは逃げないとダメだかは逃げる。だって、可愛らしい姿を見せるなんて恥ずかしいから。
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日差しがゆらゆらと私の顔に当たる。余りの眩しさに瞼をゆっくり開ける。
「うっっ…何か恥ずかしい夢を見たわ」
「おはよう! 雫ちゃん!」
「ええ、おはよう、香織。今日も南雲君と一緒なのね」
私の言葉に何故か香織の表情が曇ってしまう。何がいけなかったのだろうか。分からないけど、謝罪をしましょう。
「香織、ごめんなさい。何か嫌な…『そんなことないよ! うん、今日も南雲君と一緒で楽しいよ!』そう、それならよかったわ」
香織の表情は未だに硬直しているけど、本人がそう言っているなら私が気にし過ぎてもいけないだろう。
(本当にそうなの?)
心に疑問が湧いてくる。何故だろうか、わからない。理解したくない。だから、私は見ないことにした。
気持ちを切り替えて、目の前の翔に声をかける。
「おはよう、翔。今日は体調どうかしら?」
最近、翔は喉の調子が悪いのか微笑むだけで終わってしまう。正直、寂しい気持ちはあるものの、翔がいるだけで私は良いと思っているから問題ない。
「そうなの? 今日も頑張りましょう、翔」
いつものように翔の目の前で着替える。薄い布を抜いで胸の下着の位置を整える。そして、戦闘用の服を装着していく。あれ? 私は翔の前で着替えるほど大胆だっただろうか。いえ、私はいつも通りなはず。
次に、少しアホ毛が跳ねている横髪や頭頂部の髪を櫛で丹念に直し、ヘアゴムで後ろ髪を括る。
これで私の支度は全て終わったので、部屋にいるみんなに知らせる。
「行きましょう、翔。香織と南雲君も準備は…大丈夫そうね。ドアは私が開け……」
しかし、私は言葉を最後まで言えなかった。何故なら、シエナ・ハリスがドアを開けて入ってきたからだ。彼女は私を見て哀れむような目を最初にする。
そして、次に彼女は優しげでありながらも棘が多量に含んでいる内容を話し始めた。
「雫さま、貴方の今の姿は……見るに耐えかねます。私も翔さまが行方不明な事に焦燥はしております。ですが、そのように本当の彼を見ないのはどうかと思いますよ?」
分からない。シエナという女性が何を言っているのか、想像すらしたくない。だから、私は彼女の内容全てを否定する。
「何を言っているの? 翔は此処にいるじゃない! しっかり私の目の前に…アレ? どうして?」
さっきまでいた翔が消えてしまった。元々、其処にはいないかのように何処かに行ってしまった。ああ、そうなのね。あの時、やっぱり奈落に落ちて…。
「嫌よ。そんなの嫌。だって私は翔が…翔が…」
私の言葉によって再び翔が目の前に現れる。だけど、霞のように直ぐに消えてしまう。身体から力が抜けていき、気づけば地面に座っていた。
そんな私を見たシエナが口を開いて私に話し始める。
「言葉では無理ですか。まあ、それなら後は叩いて直すしか有りませんね。さて、それでは夢の世界から目覚めて頂きますよ。早く私と一緒に翔を探しに行ける状態になりましょう」
「何をするのよ、離して! 私は! 香織、助け…」
香織は痛ましそうにするだけで、何もすることはなかった。そして、そのまま私はシエナに訓練場へと連れて行かれた。